新・雑事雑感

主に時事的話題です.

2017年8月13日 (日)

状況証拠

 昨日の記事《2017年8月12日 糖質制限食本・補遺(六) 》の末尾に次のように書いた.

医療と栄養学という分野は,状況証拠に基づく推測が大手を振ってまかり通る世界なのである.そしてこれが糖尿病の治療に混乱をもたらした原因である.

 この文章を掲載したあとで,何というか胸騒ぎがしたので,念のために「状況証拠」の語義を確認してみた.
 まず,Wikipedia【間接証拠】にこう書かれている.

間接証拠(かんせつしょうこ)とは証明の対象となる事実を間接的に証明する証拠のこと。情況証拠、状況証拠とも。
犯罪事実を間接的に推測させることになるが、直接証拠と比較して犯罪事実の証明としては弱くなる。
世間の注目を集める事件において被疑者が否認したまま直接証拠がなく間接証拠だけで立件された場合は、裁判がより注目を集める要因にもなる。

 この Wikipedia の記述は,一般的に理解されている「状況証拠」の語義だ.

 ところが検索結果のトップに出てくる《弁護士三浦義隆のブログ 》にある次の記述を読んで私は驚いた.(以下の引用箇所において,文章を読みやすくするため,文中の過剰な改行は省略する)

情況証拠とは、直接証拠に対立する概念だ。
直接証拠と情況証拠は、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る必要があるか否かで区別される。
すなわち、直接証拠とは、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経ない証拠 一方、情況証拠とは、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る証拠という区別になる。
これだけだとわかりにくいかもしれない。
直接証拠において、事実認定のために推認の過程を経る必要がないのは、「その証拠が真実である」ということと「犯罪事実があった」ということが論理的にイコールの関係にあるからだ。
直接証拠の代表は自白。「私が甲氏を包丁で刺し殺しました。」との被告人の自白は、その自白が真実である限り、被告人が犯人であるということを直接示す。
だから裁判においては、その自白の任意性や信用性が争点になる。自白に任意性も信用性もあるなら有罪判決を出すことができる。
自白のほかには、犯行を直接目撃したという内容の目撃者証言や、被告人と一緒に犯行をしたという内容の共犯者供述も、その供述が正しいなら直ちに被告人が犯人だといえるから、直接証拠だ。
このように、直接証拠というのは基本的に全て供述証拠だ。反対に、物証は基本的に全て情況証拠だ。

 私が驚いたのは《このように、直接証拠というのは基本的に全て供述証拠だ。反対に、物証は基本的に全て情況証拠だ》という記述である.

 ここで,Wikipedia【証拠】から以下を引用する.

実質証拠
 次の直接証拠と間接証拠を併せて実質証拠という。
 直接証拠
  主要事実を直接的に証明する証拠を、直接証拠という。例えば、民事訴訟において、契約書や、契約を締結した旨の当事者本人の供述は、契約の存在についての直接証拠となる。また、刑事訴訟において、被害者・目撃者の犯行目撃証言や、被告人の自白は、犯行の事実についての直接証拠に当たる。直接証拠が信用できるものであれば、その要証事実は認定できることになる。

 この記述によれば,契約書そのものは《契約の存在についての直接証拠となる》.
当然のことである.
 だが契約書は,物的証拠以外の何物でもない.
 同じく Wikipedia【証拠】に次のようにある.

人的証拠と物的証拠
証拠方法が人(証人や鑑定人)であるものを人的証拠、物(書証物)であるものを物的証拠という。

供述証拠と非供述証拠
人の供述(ある事実について言葉で述べること)を内容とする証拠を供述証拠、そうでない証拠を非供述証拠という。

 弁護士三浦義隆氏は,《直接証拠というのは基本的に全て供述証拠》でありかつ《物証は基本的に全て情況証拠だ》と主張しているのだが,氏の主張に従えば Wikipedia【証拠】に解説されていることは誤りであり,契約書は《立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る》必要がある「状況証拠」だということになる.

 だがしかし当該契約書が,改竄が不可能なように注意深く製本され,末尾に契約当事者の自筆による署名があり,実印が捺印され,かつその実印の印鑑登録証明書が添付されていれば,この契約書は契約の存在そのものであり,全く推認の過程を必要としない直接証拠であり,かつ物証である.
 従って弁護士三浦義隆氏の《このように、直接証拠というのは基本的に全て供述証拠だ。反対に、物証は基本的に全て情況証拠だ》との主張は完全に破綻しており,事実に反する.

 次に法律用語の範疇外の例を示す.
 胃の進行がんであった患者AさんがB医師の執刀で全摘手術を受けたとする.
 そしてこの全摘の是非を巡って,Aさんの胃がんが進行がんだったか否かがトラブルになったとする.
 このときB医師による「Aさんは確かに胃の進行がんでした」との証言は,間接証拠であり,かつ供述証拠であるから事実であるかの推認を必要とする.
 しかし摘出された胃が保存されていれば,これは事実であるかの推認を必要としない直接証拠であり,かつ物的証拠である.

 このように法律用語の範疇においても,それ以外の場合においても,弁護士三浦義隆氏の主張は誤りである.
 三浦氏がなぜ間違った主張をしているかというと,《人的証拠と物的証拠》の対比と《供述証拠と非供述証拠》の対比を同じものだと,混同,誤解しているからである.
 どうしてこんな馬鹿な誤解をしたかというと,頭の構造が中学生並だからとしか考えられ
 こんな知力の人物がよくぞまあ司法試験に合格したもんだと呆れたが,考えてみたら年甲斐もなく網タイツと伊達メガネをして世間に恥をさらした防衛大臣も弁護士であった.

 結論.私の「状況証拠」の用法は正しいので,訂正を要しない.よかったよかった.

 話は横に逸れるが,ただの思い付きの三浦つながりで Wikipedia【三浦和義】を読んでみたら,次の記述があった.

アメリカ捜査当局は、1979年に腐乱死体で発見された三浦の交際相手であったD子の殺人容疑(ジェーン・ドゥ・88事件)で訴追、再逮捕する方針を固めていたことを現地日時2009年1月10日に元捜査官が明らかにした。
元捜査担当者によると、死因や殺害の状況の詳細は不明だが、被害者の銀行口座から426万円が引き出された状況証拠に基づき、三浦による単独犯行と断定。三浦が死亡する直前の段階で死刑求刑が可能な第1級殺人と窃盗容疑で近く逮捕状を請求する方針を固めており、捜査トップにも報告していた。三浦の弁護側はロサンゼルス・タイムズ紙に「死人に鞭打つとは滅多にない話だ」とコメントしている。

 おお,偶然にもこんなところに「状況証拠」の用例があるではないか.
 だから何なんだと言われると,何でもないです.ではまた.

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2017年8月12日 (土)

糖質制限食本・補遺(六)

(前回の記事の末尾)
その一方,研究資金に事欠かない医学部は,栄養学に興味関心がないのであった.
 必要があれば諸外国での研究成果を紹介し,それで事足れりとしていた.その一例が,糖尿病の治療における臨床栄養だった.

 週刊文春,週刊新潮や週刊現代などのいわゆる総合週刊誌において,医療や健康に関する情報記事の掲載頻度はかなり高い.
 週刊文春を例に取ると,先々週号 (8/3号) では《「歯の寿命」は10年延ばせる!》,先週号 (8/10号) では《オバマが絶賛「夢のがん免疫治療法」》 《肉を食べて「熱中症」を防ごう!》の二本,今週号 (8/17,8/24特大号) では《ライバルが認める「がん手術の達人」58人》が載っている.
 これはつまり国民の健康に対する関心の高さを反映しているわけである.医療・健康と不倫芸能人が,日本国民の二大関心事であると言ってよい.いいのかよ.
 テレビも事情はほぼ同じで,報道系情報番組は北朝鮮と不倫が二本柱であるが,バラエティ系情報番組 (NHK『あさイチ!』,同『ためしてガッテン』,日本テレビ『世界一受けたい授業』,テレビ朝日『林修の今でしょ!講座』,テレビ東京『ソレダメ !~あなたの常識は非常識 !?~』) は健康情報を取り上げる頻度が高い.
 ただし,テレビ番組ではNHK『総合診療医ドクターG』が大変に高いレベルにあるので,それと比較すると,『ためしてガッテン』の放送内容はまだ何とか我慢できるとして,『世界一受けたい授業』『林修の今でしょ!講座』『ソレダメ !~あなたの常識は非常識 !?~』が取り上げる健康情報のお粗末さ加減は,視聴していて腰から脱力してしまうほどのものである.

 余談だが,週刊誌記事でもテレビ番組でもネットコンテンツでも,『ソレダメ !~あなたの常識は非常識 !?~』のように「!?」が付いているのはロクなものではない.自ら「?」で信憑性に疑問符を付けてどうするのだ.
『ソレダメ !~あなたの常識は非常識 !?~』には自称名医の町医者やインチキ本を書き殴った管理栄養士が登場するが,彼らの知的レベルは準レギュラー出演者のギャル曽根 (実は私,この頭のいい女性のファンであるし,他にも,家事研究家の美しい女性たちが出演するので『ソレダメ !』は欠かさず観ている ヾ(--;) ) 以下なので,お笑い番組として観ているほうがいい.
 中でも『ソレダメ!』で頻繁に登場する管理栄養士,伊達友美の言うことはほとんどトンデモの水準に達している.それに,彼女のダイエット本のタイトルにはやたらと「キレイ」が入っているのだが,テレビで本人を見ると「キレイ」のエビデンスが疑われると言わざるを得ず,果たしてこれはいかがなものかと思う.

 閑話休題.
 週刊誌記事やテレビに出てくる医師が用いる言葉に「エビデンス」がある.
 Wikipedia【エビデンス】に次のように書かれている.

医学・保健医療の用語
一般には、医学および保健医療の分野では、ある治療法がある病気・怪我・症状に対して、効果があることを示す証拠や検証結果・臨床結果を指す。エビデンスは、医療行為において治療法を選択する際「確率的な情報」として、少しでも多くの患者にとって安全で効果のある治療方法を選ぶ際に指針として利用される。
つまり、「この患者はAという病気である確率がoo%。このAという病気をoo%でもつ患者にB治療法はXX%の確率で効果がある」として、他の治療法と比べて最も効果のある治療法を選択する際の基準選に利用される。言いかえれば、患者の治療に際して、効果の確率(効果量effect size)を知るための手段がエビデンスであり、この効果量がどの程度の確率で正しいかを知るための手段の客観的な基準がエビデンスである。高いエビデンスを求める方法として、ランダム化比較試験、コホート研究、症例対照研究が挙げられる。ただし、生物には個体によるゆらぎがあるため、これらの一般的な確率は個々の患者の状態によって適切に修正されなければならない。
この分野において、「エビデンスがある」と言えば、一般的には「科学的根拠」という意味であり、「エビデンス・レベル」は、個々の修正が適切であれば、確率の「信頼度」と言い換えることができる。

 回りくどくて部分的に誤っている記述だ.
 要するに「エビデンス」とは,誤解している人が多いと思われるが,《効果があることを示す証拠や検証結果・臨床結果》ではなく,効果に関する《確率的な情報》すなわち状況証拠なのである.
 医療以外の分野において,ある命題の正しさは,数学でも物理でも化学でも論理を用いて証明される.基礎医学を含む生命科学全般も同じである.
 だからこれらの分野の研究者は「エビデンス」がどうのとは言わない.
 証拠と言わずに「エビデンス」という語を多用するのは臨床の医師と栄養学者だ.
 医療と栄養学という分野は,状況証拠に基づく推測が大手を振ってまかり通る世界なのである.そしてこれが糖尿病の治療に混乱をもたらした原因である.
(続く)

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2017年8月10日 (木)

糖質制限食本・補遺(五)

 さて,この連載《糖質制限食本・補遺》は,森永卓郎著『モリタクの低糖質ダイエット ぶっちぎりのデブが4カ月で19.9㎏減!』の読書感想文である《2017年8月2日 糖質制限食本 》の注釈として書き始めた.そろそろ本題,すなわち森永氏が《低糖質ダイエット》と呼んでいるところの「糖質制限食」についての解説に入る.

 連載の第一回《2017年8月3日 糖質制限食本・補遺(一) 》に私は次のように書いた.

このことを,一般社団法人日本病態栄養学会も設立趣旨として述べている.少し長いが引用する.

《我が国の栄養学は農学、家政学を背景に発展したために、臨床栄養学、特に病態栄養学の分野はきわめて立ち遅れています。医学教育においても栄養学は軽視され、医師の栄養学に関する知識はきわめて低いものとなっています。また、管理栄養士は臨床の場で重要な役割を担うものの、病態についての知識や臨床現場での実習が少ないため刻々と変動する患者に対応できる能力が十分とは言えません。(以下略)》

 だが《我が国の栄養学は農学、家政学を背景に発展した》は本当だろうか.
 下に,朝日新聞社サイトのコンテンツ"HUFFPOST"に大隅典子先生 (東北大学大学院医学系研究科) が寄せた記事《「論文」という文化をめぐって 》から引用する.

なぜ、日本のみで論文総数が2006年頃をピークに減少に転じたのか、種々の原因が考えられるが、研究者人口を増加させたにも関わらず、それに比例して研究費は増加せず、競争の激化も相まって研究者あたりの平均的な研究費は減少し、いわば、貧富の差が拡大していることが背景にあると思う。研究者人口が増えたのは、大学院の定員増加に舵を切ったためであり、そのこと自体は間違いとはいえないが、博士号取得者の人財活用は目論見どおりには進まなかった。大学院教育の負担が増えたことも、大学の法人化等への対応で種々の業務増加と相まって、研究そのもに割く時間が減ることに繋がった。
論文総数はアカデミアからのみならず、企業からのものも含むので、上記の動向には企業での論文に繋がるような研究活動が減少したことも反映されていると思う。勢い、アカデミアには「社会に役立つ研究」をすべし、というプレッシャーも大きくなっている。

 先生は私よりも一世代お若いので,実感としては御存知ないせいだと思われるが,《研究者あたりの平均的な研究費は減少し、いわば、貧富の差が拡大していることが背景にある》は半分正しく,半分間違っている.
 実は科学研究者あるいは科学研究分野の貧富の差は,2006年に始まったことではなく,連綿と続く我が国の伝統なのである.

 私が大学に入ったのは昭和四十三年だが,すぐに全学封鎖ストライキとなり,翌年春にはストライキは解除され,昭和四十五年の夏に教養学部から農学部に進学した.
 当時,産業界と結びつきの強い実学研究分野には,企業からの豊富な研究資金に加え,国から支給される科学研究費も手厚く配分されていた.
 その最たるものが医学部と,工学部の先端研究分野であった.
 医学部なんかはもう,堂々たる大学病院を従えて山崎豊子の『白い巨塔』そのものであった.(Wikipedia【白い巨塔】に《後の医学部に端を発する東大紛争に大きな影響を与えた》と書かれている通りである)

 工学部も同様で,研究棟は近代的な建物であった.
 これに対して,工学部から道路一本隔てた私の母校農学部では,関東大震災に耐えたというレンガ造りの建屋の中で,ボロボロの実験台の上で実験をやっていた.
 とはいえ農学部の中でも大隅先生が言うところの《社会に役立つ研究》をしていた農芸化学科は羽振りがよかったが,あとの学科は押しなべて貧乏だった.
 その農芸化学科の中でも応用微生物などは資金潤沢だったが,栄養学はぱっとしなかった.それどころか日本の農学部における栄養学全体がぱっとしなかった.
 本来であれば人間の食と栄養の学問であるはずが,ヒトを相手の研究は莫大な費用がかかるから,少ない研究費でできるマウスやラットの動物実験をやっていたのである.
 この種の実験動物は寿命が短いから,すぐに結果の出る研究テーマを選ぶのが精一杯で,現在はどうか知らないが,当時の学会誌に掲載されていた報文は「〇〇の欠乏症」とか「××の過剰障害」のような,およそ人間の健康とは無関係な研究テーマが多かった.
 だから私の知っている某大学農学部の栄養学の教授は,自分の学問を「ネズミの栄養学」と自嘲していた.
 貧乏なのは女子大学の家政学も同じで「△△女子大学学生寮の食事と貧血」みたいな調査研究が多かったのである.
 私よりもかなり年上の某女子大学教授の研究室ではガラス器具の補充もままならず,その先生はヤケクソで「本学の理念は貞淑な婦女子を育てることにあり,実験なんぞは無用である」と語った.
 その一方,研究資金に事欠かない医学部は,栄養学に興味関心がないのであった.
 必要があれば諸外国での研究成果を紹介し,それで事足れりとしていた.その一例が,糖尿病の治療における臨床栄養だった.
(続く)

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2017年8月 8日 (火)

糖質制限食本・補遺(四)

(前回記事の末尾)
ま,ホリエモンがどうなろうと一般国民の知ったことではないが,地域ぐるみで大学の研究者たちから糖質中心の食事を指導されたがために,その地域住民に糖尿病患者が増えてしまったのではないかと指摘がなされている.これは糖尿病治療に携わる医師たちの一部から「久山町の悲劇」と呼ばれている事例である.

 まず,Wikipedia【コホート研究】から,語義と久山町に関する箇所を引用する.

コホート研究(こほーとけんきゅう、英語: cohort study)とは分析疫学における手法の1つであり、特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる観察的研究である。要因対照研究(factor-control study)とも呼ばれる。
ある基盤(地域、職業など)を元に行なう研究では実験的な介入は行なわない。主に一回の調査を行なう「横断研究」と、二回以上にわたり調査を行なう「縦断研究」があり、後者の中で特に最初の調査の対象者集団をコホートと呼ぶ。コホート研究はこの集団を前向きに追跡しているので、曝露から疾病発生までの過程を時間を追って観察することができる。したがって、疾病の自然史を調べることができる、観察の時間的な順序や論理の流れが実験に近い、複数の疾病についての調査が可能である(特定の曝露の広範な健康影響を調べることができる)、という利点がある一方で、対象としている疾病の発生が稀である場合には、大規模なコホートを長期間追跡する必要があり、時間とコストがかかるという欠点がある。

代表的なコホート研究
……
久山町研究
正式名称は「喫煙や食習慣などの生活習慣とがん死亡などの関連を検討するための大規模計画調査」で、通常「久山町研究」と呼ばれる。福岡市に隣接した糟屋郡久山町(人口約8,400人)の住民を対象に脳卒中、心血管疾患などの疫学調査を九州大学が1961年から実施しているもの。世界的に高く評価された精度の高い研究である。開始したのは九州大学教授勝木司馬之助である。追跡率は99%以上であり,全町民の詳細で長期間な研究は,世界でも例を見ないコホート研究である。

 Wikipedia にはこれだけの記載しかなく,福岡県糟屋郡の久山町住民を対象に実施されているコホート研究の主体である九州大学サイトにも簡単な紹介《久山町研究とは 》しかないが,高度に専門的な内容を持つものであるから致し方ない.多少詳しく知りたい向きは,このコンテンツの《研究テーマ》と《業績》を参照して頂きたい.

 さて「久山町の悲劇」とは,我が国における「糖質制限食による糖尿病治療」の先駆的指導者の一人である一般財団法人高雄病院理事長・江部康二医師が「久山町研究」について用いた言葉である.
 なぜ「悲劇」なのか.
 江部康二医師が,脂質栄養学 (J. Lipid Nutr.) 第26巻,第1号(2017) に投稿した総説《久山町の悲劇と糖質制限法 糖質制限は人類本来の食事、人類の健康食 》から久山町研究に関する部分を抜粋する.

4.従来の糖尿病食(エネルギー制限・高糖質食)は糖尿病を増加させる―久山町研究

久山町は、福岡市の東に隣接する、人口8,000人足らずの町である。1961年から九州大学医学部が、ずっと継続して40才以上の全住民を対象に研究を続けている。5年に一度の健康診断の受診率は約80%で、他の市町村に比し高率である。また、死後の剖検率も82%の住民において実施されていて、精度の高い研究の支えとなっている。
1961年当時、日本の脳卒中死亡率は非常に高く問題となっていたが、久山町の研究により、高血圧が脳出血の最大の原因であることが判明した。それを受けて、食事の減塩指導や降圧剤の服用で血圧のコントロールを行ったところ、久山町の脳卒中は1970年代には1/3 に激減した。
その後、久山町では、糖尿病が最重要研究テーマとなっている。その研究の結果、糖尿病は心筋梗塞、脳梗塞、悪性腫瘍、アルツハイマー病などの発症要因となることが判明した。1988年と2002年に40~79才の年齢層の80%近い住民を対象に75g経口血糖負荷試験を用いた糖尿病の有病率調査が行われた。1988年の時点で、想定されていたより、糖尿病や境界型の比率が多かったのを受けて、「食事指導+運動療法」による介入が実施され、糖尿病の発症を予防しようと試みられた。
しかし、その結果は、表2、表3 にみられるように、糖尿病および予備軍発症予防は失敗し、著明な増加が認められた。実際14年間の努力にも関わらず、糖尿病の確定診断がついた人が男性で15.0から23.6%、女性で9.9から13.4%と著明に増加した。
また男性では、40 歳以上の久山町住人の約6 割が、予備軍を含めた耐糖能異常という、数字に増えていた。研究責任者の九州大学・清原裕教授も2007年7月27日(金)の毎日新聞朝刊で「1988年以後、運動や食事指導など手を尽くしたのに糖尿病は増える一方。どうすれば減るのか、最初からやり直したい」とのコメントを述べた。
久山町で指導された食事療法・運動療法は、当然、日本糖尿病学会推奨のものである。即ち、食事療法は、カロリー制限の高糖質食(糖質60%、脂質20%、タンパク質20%)である。運動は本来、糖尿病発症予防に悪いわけがない。従って、日本糖尿病学会推奨の「糖質60%、脂質20%、タンパク質20%」で食事指導を行う限りは、運動療法を少々頑張っても糖尿病発症の増加をくい止めることはできないということが、証明されたわけである。「カロリー制限重視の高糖質食で14年間指導した結果、糖尿病が激増した」ということが久山町研究という信頼度の高いデータから導き出される結論である。

 箇条書きに要約すれば以下の通りである.

(1) 糖尿病は心筋梗塞,脳梗塞,悪性腫瘍,アルツハイマー病などの発症要因となることが判明した.
(2) 1988年と2002年に40~79才の年齢層の住民を対象に糖尿病の有病率調査が行われた.
(3) 1988年の時点で既に発症している糖尿病や,その予備軍である境界型糖尿病の有病率が高かったため,「食事指導+運動療法」による介入が実施され,糖尿病の発症予防が試みられた.
(4) しかし糖尿病および予備軍発症予防は失敗し,2002年の有病率調査では,逆に著明な増加が認められた.糖尿病の確定診断がついた人が男性で15.0から23.6%へ,女性で9.9から13.4%と増加したのであった.
(5) 久山町で指導された食事療法は日本糖尿病学会推奨が推奨しているカロリー制限の高糖質食 (糖質60%,脂質20%,タンパク質20%) である.すなわち糖尿病治療で行われてきた「糖質60%,脂質20%,タンパク質20%」で食事指導を行う限りは糖尿病発症の増加をくい止めることはできない.

 この総説の表題には「久山町の悲劇」とあるが,本文中には「悲劇」との表現はない.
 本文中にない表現を総説の表題に用いるのはセンセーショナルに過ぎていささかアンフェアであると私は思うが,実は糖尿病発症の予防に失敗したにもかかわらず九州大学の研究者たちが,江部康二医師ら在野の医師たちに対して失敗を頑として認めない (奇妙なことに一部のマスコミに対しては失敗を認めたが,その他に対しては認めないなど態度が一貫していない) ことに,江部医師の怒りが勇み足的に露呈してしまったとすれば,その気持ちはよく理解できる.
 久山町研究の代表者が介入試験 (食事指導) の失敗を認めないとはどういうことかというと,国の調査に基づく糖尿病有病率が誤っているのであり,有病率のデータは九州大学の得たものが正しいとし,1988年と2002年とで久山町住人における糖尿病患者が増加しているのは,我が国において糖尿病が増加している実態を反映したに過ぎないというのである.
 また実際に久山町住民に対する食事指導を行ったとされる中村学園大学の研究者代表による弁明が,我が国の食文化史を知らぬとしか思われぬ程度の低い反論であったことも,一般の医師たちの心象を損ねたようで,現在では江部医師の意見を支持する医師が優勢となっているとみられる.
(九州大学および中村学園大学と,江部医師ら在野研究者との対立に,私は唯我独尊的大学アカデミズムの頑迷を観るような気がするが,穿ち過ぎだろうか)

 ともあれ,この問題については江部医師を支持する立場の医師による《久山町でなぜ糖尿病が増えているのか? 》が要領よくまとめているので参照して頂きたい.
(続く)

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2017年8月 7日 (月)

糖質制限食本・補遺(三)

(前回記事の末尾)
さらに,一日の推定エネルギー必要量は厚労省が意味不明な値を示してくれているが,同省が示しているタンパク質や脂肪の必要摂取量は,栄養学者以外の一般国民が知ったら腰を抜かして立ち直れない程のものなのである.

 再度,日本人の食事摂取基準(2015年版) に戻る.
 ここに「たんぱく質の食事摂取基準(g/日)」が掲載されている.そこからたんぱく質必要量の部分を抜粋すると以下の通りである.

性別 男性
年齢    推定平均必要量  推奨量
12~14(歳)    50      60
15~17(歳)    50      65
18~29(歳)    50      60
30~49(歳)    50      60
50~69(歳)    50      60
70以上(歳)    50      60

性別 女性
年齢    推定平均必要量  推奨量
12~14(歳)    45      55
15~17(歳)    45      55
18~29(歳)    40      50
30~49(歳)    40      50
50~69(歳)    40      50
70以上(歳)    40      50

 スポーツに汗を流して青春を謳歌している中学高校生なら,この表を見て爆笑するに違いない.
 「なんで七十の爺さんと俺らが一緒の必要量なんだよ(爆)」
 その通りなのである.

 実は私たちの体,例えば筋肉は,常に分解と合成を繰り返している.
 なぜかというと,私たちの体の細胞は間断なく,主に活性酸素の作用で損傷を受けているので,分解しては遺伝情報に基づいて再合成することにより,損傷を修理しているのである.
 この時,筋肉を分解してできたアミノ酸の多くはまた再合成に使用されるが,30%程度は体外に排出され,不足分は食事で摂ったたんぱく質を消化して補給される.
 この分解と再合成は成長期に旺盛であるから,青少年は老人よりもたくさんのたんぱく質を必要としている.
 しかるに厚労省が示した「たんぱく質の食事摂取基準(g/日)」では,青年男子も爺さんも一律に「たんぱく質の平均必要量(g/日)」は50グラムだという.
 こんなに明らかな誤りが堂々とまかり通っているのは,我が国の栄養学において,豊葦原千五百秋瑞穂國の民は米を食うべきであるという思想が蔓延しているからである.前回の記事で《栄養学者以外の一般国民が知ったら腰を抜かして立ち直れない程のものなのである》と書いたのはこのことで,科学ではなくイデオロギーが日本の栄養学を支配しているのだ.
 ネット上を検索すると「日本人の腸は肉食より米食に適応して長くなっている」とかの嘘がまことしやかに流布宣伝されており,挙句の果ては根拠もなく「日本人なら米を食え」などと言う輩もいる始末である.
 この「豊葦原千五百秋瑞穂國の理想的な食事」思想は,生きていくのに必要最低限のたんぱく質と脂質を一食の食材中に確保したら,あとは,一日の推定エネルギー必要量との差を糖質で摂ることになっている.その結果,一日のエネルギー必要量が多い人の場合は,なんと六割のエネルギーを糖質で摂取している.

 病院でも刑務所でも学校給食でも,この食事思想に基づいて調理が行われている.
 児童生徒に提供される学校給食は一日に一回だからまだ救いがあるが,病院や刑務所の食事は本当に粗食で,暫く入院や収監されたあと退院あるいは出所するときにはゲッソリと筋肉が落ちている.
 筋肉が減ると基礎エネルギー消費量も減るから,油断して食い過ぎるとすぐに肥満することになる.
 いい例が堀江貴文だ.刑期を終えて長野刑務所を出た時には一見痩せていたが,代謝は低下していたとみえてすぐにリバウンドし,今ではテレビで三段腹を披露している.
 ま,ホリエモンがどうなろうと一般国民の知ったことではないが,地域ぐるみで大学の研究者たちから糖質中心の食事を指導されたがために,その地域住民に糖尿病患者が増えてしまったのではないかと指摘がなされている.これは糖尿病治療に携わる医師たちの一部から「久山町の悲劇」と呼ばれている事例である.
(続く)

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2017年8月 6日 (日)

八月や

 この時期になると話題に取り上げられる俳句がある.

 八月や六日九日十五日

 この句,夏井いつき先生なら,観念が先行して映像の一片もないド凡人の作と一蹴するに違いない.
 単に調子がよいだけの句だと私も思う.

 僅か十七音で戦争と被爆の詩を作るのは,六日だけで手一杯ではなかろうか.九日と十五日も,それぞれを一句にするしかないと思われる.
 映像なしに言葉を繋げた「六日九日十五日」だけで作者と鑑賞者の間に了解が成り立つには,両者共に戦争体験者であるとの条件が必要だろう.これは要するに句が詩として独立していないのだ.だからこの句は,もうすぐ俳句として成立しなくなる時代がくるのである.
 ところが戦争体験のない戦後生まれの人が,上五の「八月や」を「八月の」「八月は」などとしただけの類句を作り,句集に入れて平気で出版したりするのだそうである.
 俳句は写生に限るとまでは言わぬが,思いつきだけで俳句を作るとそんなことになる.
 こういう類句を拵える作者の頭の中には,別に戦争や原爆や平和への思いなんかないのである.つまりは語呂がよければ何でもいいわけで,

 八月や根岸の里の侘び住まい

で構わぬのである.ついでに短歌も拵えてみよう.

 八月や根岸の里の侘び住まい それにつけても金の欲しさよ
 夾竹桃
根岸の里の侘び住まい それにつけても金の欲しさよ
 玉音や根岸の里の侘び住まい それにつけても金の欲しさよ
 敗戦や根岸の里の侘び住まい それにつけても金の欲しさよ
 ……

もういくつでもできる.(笑) 
 これはまあ冗談だが,「六日九日十五日」には,これから派生したおもしろい本があるらしい.

俳句ミステリー 完成!》 

「最初」を探す旅 小林良作『「八月や六日九日十五日」を追う』

 注文して読んでみようと思う.

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2017年8月 5日 (土)

積年の腰痛

 私が慢性の腰痛に悩まされるようになってから十数年になる.
 少し歩くと腰の鈍痛で一歩も前に歩けなくなるのだが,背中を丸め気味にして数分休むと,また歩けるようになる.
 これは間欠性跛行といい,腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状とされる.私の場合だが,腰を庇って歩くせいか,歩く姿勢も,他人から見るとヘンな格好に見えると言われた.
 整形外科の開業医によれば,私の腰には特に椎間板ヘルニアなどはないという.
 その医師は,脊柱管狭窄症の可能性を指摘しないので変だなとは思いつつ,勧められるままにリハビリの「牽引」などの治療もやってみたが,全く改善は見られないので,一年程でやめた.近所では名医との評判だったが,患者に愛想がいいだけの藪医ではないかと思われた.

 そんな状態ですっかり腰痛治療を諦めていたところ,一昨年の夏,NHKスペシャル《腰痛・治療革命 ~見えてきた痛みのメカニズム~ 》 (2015年7月12日放送) を観て私は,腰痛なのに腰を抜かすほど驚いた.

 そもそも日本人の腰痛は大部分が原因不明なのだという.
 腰痛に関する最新の研究成果によると,原因不明の腰痛とは,過去に腰に炎症が起きたことがあるとして,炎症が鎮まってもその記憶というか恐怖感がそのまま残っている精神的状態ではないかという.心因性腰痛症というらしい.
 心因性腰痛症のメカニズムが明らかになりつつあるのは,近年の脳科学の進展が大きく寄与していると思われるが,それはそれとして番組内容には深く感動したものの,私の性格はほとんどノーテンキと断じて構わぬものであるからして,私の腰に何かしらの精神的要因が影響しているとはとても思われなかった.

 さて二年後の今夏,ウォーキングを始めようと思い立った.
 定年後の無為徒食で巨大化する私の身体をなんとかせねばと思ったのである.
 だが,ウォーキングはいいが腰痛はどうする?
 間欠性跛行ウォーキングって恰好悪いなあ,はは.

 しかし,私は上に述べたようにノーテンキな性格であるので,よたよたと跛行してもいいやアハハと笑い飛ばして,早朝四時からのウォーキングを始めた.
 すると,である.
 その朝を境に,長年の腰痛が影を潜めたのである.以来,一度も腰が痛くなっていない.
 これには,せっかく腰痛が治ったのに腰を抜かすほど驚いた.
 私の腰痛はやはり心因性だったらしいのであるが,瞑想して心の底を観てみたが,心の闇とかがぜーんぜんないのである.ま,治ったんだからいいや,アハハ.

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2017年8月 4日 (金)

糖質制限食本・補遺(二)

(前回記事の末尾)
そこで病院の管理栄養士に予約を取り,具体的な食事指導を受ける.
 以下は,かつて横浜市にあった国立総合病院での私の体験だが,指導室に現れた管理栄養士は肥満体の女性であった.白衣からはみ出そうなゴージャスな体型を見て,なんかこー説得力ねーなー,と私は思ったが,仕方なく栄養指導を受けたのであった.

 さて肥満体の管理栄養士が私に提示したのは,古典的な栄養学が教えるところの糖尿病治療食であった.
 これは今でも,糖尿病患者の教育入院で患者に教えられているはずである.
 詳細は略するが,大雑把に言うと,まず指導対象者の生活スタイルや職業等を勘案して,対象者が一日に摂取するエネルギー (kcal/day) を決める.
 この時,本来は,対象者の基礎エネルギー消費量 (基礎エネルギー代謝量;BEE=basal energy expenditure) に身体活動レベルに対応した係数を乗じて,一日に摂取するエネルギーを決めるのだが,基礎代謝量の測定は簡単でないので,代わりにハリス-ベネディクトの式を用いる.この計算式は,測定値から得た回帰式 (出典;Harris, Benedict "A biometric study of basal metabolism in man (1919) ") であるが,具体的には,

男性
 BEE  = 66.4730 + 13.7516 w  + 5.0033 h  − 6.7550 a
女性
 BEE  = 655.0955 + 9.5634 w  + 1.8496 h  − 4.6756 a
(w:体重(kg),h:身長(cm),a:年齢(歳))

である.しかし元のデータが欧米人から得たものであることと,計算が少し面倒くさいので,日本人については,普通は以下の簡易式が使用される.

男性
 BEE  = 14.1 w  + 620
女性
 BEE  = 10.8 w  + 620

 ここで BEE は回帰直線から求めた推定値であることを指摘しておかねばならないが,一日に摂取するエネルギーを求めるために,BEE に乗じる身体活動レベル係数もまた実は推定値なのである.
 推定値に推定値を乗じて得られる値が何を意味しているか,ほとんどわけがわからないが,ともかく厚労省 (と我が国の栄養学者) は「エネルギーの食事摂取基準:推定エネルギー必要量 (kcal/日)」として公表している.最新の基準は2015年版で,その一部を抜粋すれば以下の通りである.

性別          男性            女性
身体活動レベル I    II   III    I    II   III
18~29(歳)  2,300  2,650  3,050  1,650  1,950  2,200
30~49(歳)  2,300  2,650  3,050  1,750  2,000  2,300
50~69(歳)  2,100  2,450  2,800  1,650  1,900  2,200
70以上(歳)  1,850  2,200  2,500  1,500  1,750  2,000

 詳細は厚労省の資料「日本人の食事摂取基準 (2015年版)」に説明があるが,私の場合は上表の「50~69(歳)」「身体活動レベル I 」であるので,2,100kcal/day ということになる.
 
 さて次に,この値から実際に食べる食品量を計算するのであるが,それには元々は糖尿病治療食のために考案された「食品交換表」が用いられる.
 これは,一日に摂取する食物を六食品群に分類し,各食品の80kcalを「1単位」として表にまとめたものを用いて簡易計算する方法である.(参考資料;『糖尿病の為の食事について』)

 しかし食品交換表を用いて食事を設計する方法には大きな問題がある.
 実際の食品には栄養成分含有量の大きなバラツキがあるのだが,食品交換表はそれを反映していないのだ.
 その極端な例は,野菜と食肉加工食品である.
 テレビの食レポ番組を観ていると,レポーターが農家に出かけてトマトを食べ,目をつぶって天を仰ぎ,「うわっ甘ーいっ,おいしいですねーっ」と言ったりしている.
 一般的なトマトの糖度は5~6であるが,高糖度の品種は10を超えるものがあるから「うわっ甘ーいっ」は了解するが,「おいしいですねーっ」は味覚が幼児レベルであることを露呈している.
 それでもトマトは元々糖質含有量が高いから仕方ないとして,キュウリをかじっても「うわっ甘ーいっ,おいしいですねーっ」と言うのを聞くと,私はテレビの前のイケア製安楽椅子からヘナヘナと床に崩れ落ちるしかないのである.
 このように愚かな消費者とマスコミに迎合し,何でも甘けりゃ売れると考える愚かな野菜生産者のおかげで,食品交換表は信頼性を失ってしまっている.
 またロースハムなどの食肉加工食品は,水を注射するなどの方法でいくらでも重量を増やすことが可能で,栄養成分表示がなされていればその数値を基にカロリー計算できることはできるが,そんな手間を家庭でかけてはいられない.
 というわけで,食品交換表を用いたカロリー計算にはあまり実用性がないのである.

 さらに,一日の推定エネルギー必要量は厚労省が意味不明な値を示してくれているが,同省が示しているたんぱく質や脂肪の必要摂取量は,栄養学者以外の一般国民が知ったら腰を抜かして立ち直れない程に酷いものなのである.
(続く)

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2017年8月 3日 (木)

糖質制限食本・補遺(一)

 昨日の記事《2017年8月2日 糖質制限食本》で,私は「糖質制限食」について何も説明しなかったが,これには補足が必要だろう.

 大学の農学部 (今は農学部を改称して生命科学学部とか,そんな学部名になっているところが大半である) には必ず栄養学の講座や研究室がある.その農学部出身にはよく知られているが,一般の人は聞いて「えーっ」と驚くだろうことが一つある.それは,我が国では伝統的に医学教育において栄養学が不在であったということである.
 例えば,ある精神科医が書いているブログ《精神科医こてつ名誉院長のブログ 》から冒頭部分を引用する.

医学教育で「分子栄養学」を教えないのが諸悪の根源
医学部では栄養学を全く習いませんでした
栄養学を知らないのに、高血圧患者に減塩指導を、糖尿病患者にカロリー制限を指導している
その指導を患者はまじめに聞いて実行しようとしている
これって、マヌケな構造ですよね
自分も勤務医時代、入院患者に高血圧食(減塩食)、糖尿病食(カロリー制限食)の食事箋の指示を出していた、恥ずかしい
一方、管理栄養士は大学で、経験に基づくが理論に基づかないカロリーベースの「古典栄養学」を学んでいる
彼らは、自分が習ったことは100%正しいいと確信しており、それが間違っているとはこれっぽっちも考えていない
だからそれを否定すると激怒する
この「古典栄養学」の基づいて栄養指導をしている
これも、マヌケな構造ですよね

 このマヌケな構造の文章には,読点はあるが句点が打たれていない.中途半端である.書いた人間の頭が中途半端だからである.
 このように,日本語の文章をきちんと書けない人間が医者をやっていることに私は深い悲しみを新たにし,二度とこのような医者が患者の治療に携わることのないよう切に祈るものであるが,それはそれとして,ここに書かれている内容,すなわち医師も管理栄養士も栄養学を知らないということは事実である.

 また,J-STAGEに掲載された
大学における臨床栄養教育の現状と課題~医師のための栄養教育はどうあるべきか?
の冒頭にも次のように書かれている.

日本の医学教育において、臨床栄養に関する教育は重視されてこなかった。近年、医学部教育の中に栄養管理に関する講義が組み込まれている医科大学・大学医学部は増加しているが、欧米と比べると、栄養教育の講義時間数はまだまだ十分とは言えない。
(筆者は滋賀医科大学附属病院栄養治療部の佐々木雅也ら)

 このことを,一般社団法人日本病態栄養学会も設立趣旨として述べている.少し長いが引用する.

我が国の栄養学は農学、家政学を背景に発展したために、臨床栄養学、特に病態栄養学の分野はきわめて立ち遅れています。医学教育においても栄養学は軽視され、医師の栄養学に関する知識はきわめて低いものとなっています。また、管理栄養士は臨床の場で重要な役割を担うものの、病態についての知識や臨床現場での実習が少ないため刻々と変動する患者に対応できる能力が十分とは言えません。一方、医学、医療は新しい技術の導入により日々進歩を遂げつつありますが、治療の基本としての栄養管理や食事療法の重要性が再認識されるに至り、医師、管理栄養士にとって病態栄養学を学ぶことは必須になりつつあります。
 このような実情を踏まえ患者を対象とした代謝栄養学の情報交換のため、臨床医、栄養学研究者、管理栄養士が一堂に参加して疾患の病態研究を行い、効率の良い栄養療法の実践と新たな治療法の開発を目指した「任意団体日本病態栄養学会」を1998年に設立しました。
 本学会の設立当初は200余名の会員でしたが、爾後、学会活動に対する管理栄養士・医師などの関心は極めて高く、2013年には7,500名を超える会員数となりました。
 なお、新公益法人制度の発足により本学会は2009年7月、一般社団法人日本病態栄養学会として現在に至っています。

 病態栄養学会は《学会活動に対する管理栄養士・医師などの関心は極めて高く、2013年には7,500名を超える会員数となりました》と言うが,現役で働いている医師と管理栄養士の総数は数十万人と推測されることからすると,学会会員数七千五百人はあまりにも少ない.医師と管理栄養士の栄養学に対する関心はほとんどないと断じてよい.関心もないし知識もないのである.もちろん優秀で志の高い医師たちは,医学部を卒業後,自ら研鑽して栄養学に詳しくなっていくが,そのような医師は残念ながら現状では少数派である.

 この驚くべき事実は,実は一般国民の知らない我が国の医療の暗部である.
 例えば仮にあなたが,激務と日頃の不摂生で肝機能検査値に異常が発生して倒れ,総合病院に入院したとする.
 医師は「栄養をとって安静にすれば回復するでしょう」と言う.
 あなたが「どんな栄養を摂ればいいんでしょうか」と質問すると,医師は病院所属の管理栄養士に指導を受けてくれと言うだろう.栄養学を学んでいない医師には,患者の食事栄養指導は無理だからである.
 そこで病院の管理栄養士に予約を取り,具体的な食事指導を受ける.
 以下は,かつて横浜市にあった国立総合病院での私の体験だが,指導室に現れた管理栄養士は肥満体の女性であった.白衣からはみ出そうなゴージャスな体型を見て,なんかこー説得力ねーなー,と私は思ったが,仕方なく彼女に栄養指導を受けたのであった.
(続く)

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2017年8月 1日 (火)

大学の見識が問われる

 Yomiuri Online (7/31 7:31) に《炎上と延焼を繰り返すネットCMの舞台裏 》と題した記事が掲載された.筆者は,殿村美樹氏.氏はPRプロデューサーであり,同志社大学大学院ビジネス研究科「地域ブランド戦略」教員,かつ関西大学社会学部「広報論」講師でもある.

 この殿村氏の文章には特に目新しいことや魅力的な意見が書かれているわけではない.既に他の人が書いていることを下敷きにした,有体に言えばゴミみたいな記事であるが,あれあれと呆れる箇所があったので,以下に一部を引用する.

議論になっている宮城県のPR動画は、県や市町村、JR東日本仙台支社などでつくる観光推進協議会が今夏実施している観光キャンペーンです。壇蜜さんが伊達家家臣の末裔という設定で、ずんだや牛タンなどの名物を紹介します。壇蜜さんの唇のアップとともに、「宮城、行っちゃう」など扇動的なセリフが織り込まれ、性的ともとれる演出が見られます。

 呆れる箇所とは《「宮城、行っちゃう」など扇動的なセリフが織り込まれ》である.
 日本語の常識をお持ちのかたなら誰でも指摘するであろうが,ここは「扇動的」ではなく「煽情的」と書かねばならない.(ただし,正しい漢字表記ではないが「煽」を「扇」と書くことが新聞では一般的である.すなわち意味不明だが「扇情的」も可)
 これはどういうことかというと,殿村美樹氏は「煽情的」という言葉を知らないのである.「煽情 (扇情)」の意味で「扇動」と書いたのである.
 このように日本語の不自由な人物が同志社大学大学院と関西大学社会学部で学生を教育しているのである.学生がかわいそうとしか言いようがない.

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