新・雑事雑感

主に時事的話題です.

2019年1月20日 (日)

明治のクチャラー

 芸能情報記事《「いだてん」低迷は想定内 NHK大河脚本にクドカン起用の狙い 》(日刊ゲンダイDIGITAL,2019年01月17日 09時26分) に,自称コラムニストの桧山珠美の発言が取り上げられていた.

ストーリーのテンポの速さや情報量の多さに、高齢者がついていけず嫌気を差し、視聴率はひと桁にまで下がる可能性もあります。もっとも、低視聴率の方がいろいろと新しい試みができるので好都合かもしれません。紅白の目玉のように、少しずつサプライズを発表し、若い人向けに話題を広げていくと思います

 これは大河ドラマ「いだてん」の視聴率が第二回放送で既に,歴代ワーストに迫る状態であることを指しての発言である.
ストーリーのテンポの速さや情報量の多さに、高齢者がついていけず嫌気を差し、視聴率はひと桁にまで下がる可能性もあります 》とは,また随分とふざけた書きぶりである.年寄りをバカにするなと言いたい.
 そもそも《嫌気を差し 》は中学生レベルの誤用で,「嫌気がさす」が正しい.こんな日本語も知らぬ三流ライターが何を偉そうに言っておるか.この愚か者めが.
 高齢者が「いだてん」に興味を失ったとすれば (桧山がそう言う根拠は知らないが),クドカンの脚本に異議があるからだろう.第二回放送まで観たところでは,ストーリーはモタモタしているし,画面から読み取れる情報量が少なすぎるからである.例えば,綾瀬はるかさんが女学生役で出演したのだが,その学校の制服のデザインがとてもかわっていた.この制服のことだけで五分や十分の時代考証的な説明が必要だと思われたが,何の説明もなかった.もっと情報密度を高くしてくれ.
 
 さてクドカンの脚本の最大の問題点は,明治の中頃から東京オリンピックに到るドラマの狂言回しに古今亭志ん生 (ビートたけし) を持ってきたことだ.
 ビートたけしは志ん生の噺を寄席で聴いたことがあるだろうが,今の高齢者のほとんどは志ん生の肉声の噺は知らない.なぜかというと,地方生まれ地方育ちの私たち高齢者が子供の頃には,志ん生の芸は既に衰えていて,ラジオの音量を上げても志ん生が何を言ってんのか,皆目聞き取れなかったからである.w
 その点で八代目文楽や六代目圓生,三代目金馬,八代目可楽らはすごかった.私たちの世代が落語のおもしろさを知ったのは彼ら昭和の名人たちのおかげである.
 それに志ん生は東京オリンピック開催の三年前に脳出血で倒れ,半身不随となっていた.だから「いだてん」の終わり頃には,たけしはドラマ中の語り部であるにもかかわらず半身不随で登場してナレーションをすることになる.どんなドラマだよ.

 それはさておき,第二回の放送で,生理的な不快感を覚えた視聴者が多かったのではないか.
 志ん生の若い頃を演じる森山未來という俳優が,寄席の中で食い物を頬張ってクチャクチャと咀嚼するシーンがあったのである.どう見てもあれは演出ではなく,森山未來自身がいわゆるクチャラーなのだろう.これを見て,親から飯の食い方を躾けられた高齢世代は「嫌気がさした」はずである.w

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公園のベンチ (三)

 厚労省や東京都の調査報告は「ホームレス自立支援法」ができて以来,「ホームレス」の数が激減したと書いている.
 既に書いたように,「失われた二十年」の日本の経済状況を鑑みれば,「ホームレス」が減少する要因は考え難い.
 では「ホームレス」はどこに行ったのか.あれこれ情報を検索すると,社会福祉士で社会運動家の藤田孝典氏の著書『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版) に行き当たった.以下,同書からの引用である.

〈23 区内のホームレス数は、平成11(1999)年度の5800人をピークに以後漸減傾向にあります。平成27(2015)年1月調査では対前年比177人減の778人となりました。これは、都区共同事業である自立支援システムが効果的に機能していることに加え、生活保護の適用等によるものと考えられます〉
 東京都のホームページは誇らしげに発表する。カウント方法に問題があるのは、支援者の間では有名な話だ。夜に公園を閉め、野宿されないようにし、簡易宿泊所に送り込んで巧妙に隠してしまった「成果」とも言える。自転車でぶつかったあの「おっちゃん」との出会いから15年、今はゴミ捨て場で拾ったスーツを上手く着ている人もいるし、個室トイレで充電したスマホを手に、日雇い派遣に出かけている人もいる。宿泊先として、カプセルホテルやネットカフェ、マンガ喫茶などが全国に普及した。シャワーも浴びられるし、ヒゲを剃る設備もある。もはや誰もホームレスであることに気づかないし、見分けもつかない。また、ホームレスと後ろ指をさされないよう、彼らなりに非常に身なりに気をつかう。
 20年前と変わらないのは福祉事務所のほうである。「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者」と、ホームレス自立支援法における定義を律儀に守って、勤務時間内である昼間に目視でカウントしに行く。
 髪もヒゲも伸び放題、何日も入浴しておらず、段ボールを敷いて寝て、昼間はぼろぼろの服で歩いているなど、「わかりやすい」ホームレスはもう少数派なのだ。
住宅街をスーツ姿で歩いている人が、ネットカフェを泊まり歩いて体をぼろぼろにしているかもしれないのだ。
》(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)

ホームレス自立支援法」の施行以後,ホームレス」は,私たちの目に見えないところに行った (隠された) とする,藤田氏の見解は,おそらく当たっているのだろう.
 バブル崩壊後,ホームレス自立支援法」が施行されてから暫くのあいだは,公園等のベンチは,既設の仕切りの無いタイプに,角材や金属パイプを後から取り付けたもの (ベンチの仕切り写真館 No.1~8など写真のほとんど;以下,No.だけを示す) が主だったと思う.それはもう「ホームレスの排除」だけに特化したベンチだった.それから少しすると,仕切りは,一見すると手摺りに見えるものに変化して行った.たぶん,「ホームレス排除型」の仕切りは,見た目が余りにも露骨だったからだろう.
 それでも,手摺り付きベンチから伝わってくる不寛容な心は隠し難い.このブログの筆者のように行政に異議ありと申し入れる人はいただろうが,役所の担当者は「御意見は承っておきます」としか思わなかっただろう.区民から「ホームレスのせいで治安が悪化した」というクレームが来れば区役所はただちに動いても,「ベンチというものの理念」では無視されたものと思われる.
 私もかなり以前は,行政のサイトに設置されている「御意見」のフォームを使用して区長や市長などに提言を送信したものだが,これまで一度も返事がきたことはなかった.担当者は上司に報告すらしていないのではなかろうか.
 
 さて今もあちこちでよく見かける形のベンチは,セパレートベンチという名称だ.このメーカーのサイトに載っている商品説明には

 《座りやすさと立ち上がりをスムーズにする手すりを取り付けています。さらに寝転び防止効果もありますので保安上においても有効です。
 
と書かれている.保安上の有効性=「ホームレス排除」がうたわれているわけだ.
 その後もベンチのデザイン的な進化はさらに進行した.四角い石材のストゥール型 (No.51),箱状のデザイン (No.56) などもよく見かける.それに,「ホームレス排除」の機能を持たせればいいのであれば,横長のベンチではなく,横になって寝られないように,花壇や樹木の周りに,ドーナッツ型や曲率半径の短い曲線を使ったデザインのベンチを設置すればいい.
 
 それやこれやで,首都圏の公園や駅前広場はどんどんおしゃれな空間になり,「ホームレス」たちはどこかに追いやられた.そうしておいて行政職員は,彼らがいなくなった場所へ「実態調査」に出かける.藤田氏が述べるように,これが「ホームレス」激減の実態なのかも知れない.『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』には次のようにも書かれている.
 
日本のホームレス概数調査は、もはや意味を失ってしまったと言わざるを得ない。調査によって、支援対象者を捉えることに失敗しているからだ。河川敷に出かけて一人ひとり数えている労力があるならば、現在のホームレスおよび生活困窮者がどこに居住しているのか、実態に迫る調査こそ必要ではないか。

 公園等の公共施設にあるベンチを見ると,行政が先頭に立って「ホームレス」を無慈悲に排除してきたかのように見えるが,弱者に冷たいのは行政ではなく,私たちがバブル崩壊後に作ってきた格差社会,不寛容社会なのだと思う.行政は私たちの社会の姿を映す鏡に過ぎない.
 例えば行政が都市整備のために市民のヒアリングを行ったとする.その会場で「この地域にはホームレスがいる.もっと治安をよくするべきだ.何かあってからでは遅い」と意見を述べれば,これは無敵だ.市長だろうが区長だろうが,誰も反対できない.その意見の本音が「地価が上がるようにしてほしい」だったとしても,さらに一層,誰ものんびりすることのできない公園を目指して街の整備をするだろう.その方向の究極のベンチは (ベンチの仕切り写真館 2 No.82) かも知れない.こういう形のベンチは東京にもあるが,私はこれを最初に見た時,ベンチだとは思わなかった.
 
 ところで,街中のベンチについて書かれたネット上の資料を丹念に拾って読んでいた私は,この十年ほどのあいだに,仕切りのないベンチが復活しているような印象を持ちつつあった.
 そんな時に,《ベンチの仕切り 》を読んだので,やっぱりそうなのかもな,と思った.この記事では,仕切りのあるベンチと仕切りのないベンチが混在しているという.もしかしたら,ここの仕切りなしベンチは,もうこの辺りには「ホームレス」はいません,という行政の宣言なのかも知れないと思ったことである.

[追記] 本記事中で紹介できなかったウェブコンテンツ

日本では、ホームレスが凍死しても、公的機関がその数を集計したり、ましてや発表することはありません 2017年01月10日 16時36分07秒

平成最後の年末年始「突然、路上生活を強いられる人々」の厳しい現実 この20年でホームレスは減ったのに…2018年12月31日 12時0分

屋内でもご用心! 凍死が年に1000人超えで熱中症を上回る 2018年2月18日 20時0分
 
 私がまだ若かった頃,「池袋駅周辺では一冬に何人もの凍死者がでる」という新聞記事を読んだ.東京全体では二桁の路上凍死者があったのではないか.そしてバブル崩壊後はさらに一桁上の数に達したかも知れない.彼らの死を知っているのは東京都監察医務医院のはずだが,この機関が公表している生データをどう差し引きしても「ホームレス」の死者数は計算できそうもなかった.生データが集計整理されて公式サイトに公表されるときに「ホームレスは含まない」と註記されることもある.どうやら「ホームレス」の死は,監察医務医院が扱った総死者数の中に埋もれているようだった.また,生活拠点を持っていた人々の中から常に「ホームレス」になる人々が発生するのだが,死者として都の調査結果数字から消えていく人々もいる.いわば「ホームレス」は動的平衡状態にある.かつて日弁連は,「ホームレス」は状態を指す言葉であって,生きている人間を呼ぶ言葉として相応しくない,と喝破したことがある.私もそう思う一人であるが,書籍やブログ等ではホームレスと呼ぶことが一般的であることから,止むを得ずこの記事では,カッコをつけて「ホームレス」と記した.

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2019年1月19日 (土)

朝日新聞社は反社会的勢力の友軍である

 朝日新聞社が運営している情報サイト「AERA dot.」に,以下に示す反社会的な記事が掲載された.(掲載日付 2019/1/17 19:08.)

郵便局でバイトした山口組組員を逮捕 生活苦からファストフードで働く組員は笑顔で新人指導も…
 
 上の記事の冒頭を,下に引用する.
 
暴力団組員が生活苦から素性を隠してアルバイトをし、逮捕されるという切ない事件があった。
 愛知県警は1月、六代目山口組の暴力団組員の男(60)が組員であることを隠し、郵便局でアルバイトし、報酬を得たとして詐欺容疑で逮捕した。
 組員の男は郵便局でアルバイトする際に、『反社会的勢力ではない』と誓約書にサイン。2017年11月29日、1日だけアルバイトをし、7850円の報酬を得たという。
 その後、自ら暴力団の組員だと申し出て退職したという。
 男は生活苦から広告を見て、応募してアルバイトをしたという。

 
 朝日の記事は,郵便局を欺いて就労し,作業報酬を得た暴力団組員に対して《切ない 》と同情してみせている.元々が全国紙という媒体は拡張団という組織を持っており,これが暴力団の資金源であったことはよく知られている.読売新聞なんぞは,新聞社自体が反社会的勢力と関係があった.だから私たちは,朝日の記事が暴力団組員が逮捕されたことに同情しても驚かないのだが,その同情が不当であることを以下に示す.
 朝日の記事は,当該組員が逮捕された理由がなぜ詐欺罪容疑なのかを,たぶん知っている (←警察がメディアを集めた会見で発表するから) くせに敢えて書かずに隠している.その方が記事としておもしろいからであろう.
 さて逮捕されるからには,その法的根拠が存在するのであるが,今回の組員の場合は愛知県の条例である.
 
愛知県暴力団排除条例
第十五条 事業者は、その行う事業に関し、契約を締結するときは、次に掲げる措置を講ずるよう努めなければならない。
 第一項 (略)
 第二項 (略)
 第三項 当該契約の相手方に対して、当該契約の履行が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるものでない旨を書面その他の方法により誓約させること。

 この件で当該組員が詐欺罪容疑とされたのは,上に掲げた愛知県暴力団排除条例第十五条第三項違反に該当するからである.
 民間企業で管理職のポストにある者にとって必須の知識であるが,正社員だろうが,パートあるいはアルバイトであろうが,自分の部下を採用する際には必ず会社と雇用契約を結ばせねばならない.(←労働法の知識)
 そしてその雇用契約を結ぶ時に,採用応募者が暴力団関係者ではないことを「書面その他の方法により」 (その他の方法とは,メールなど電子的方法のことと思われる) 誓約させる義務が雇用する側にある.
 これを怠るとどうなるか.暴力団は組員を会社に潜り込ませ,そのあとで別の組員がその会社の経営者を「お前んとこの会社は暴力団系の会社やと世間に言い触らしたるぞ」(←例えばの口調) と恐喝して金品を得ることができるのである.(資料《契約書に「暴力団排除条項」や「反社会的勢力の排除」が必要な理由とは? 》)
 その反対に,「暴力団員ではない」旨を書いた虚偽記載の誓約書をとってあれば,暴力団が会社を強請っても,警察に訴えれば詐欺罪で逮捕してもらえる.
 
 以前から法務省は,会社や個人事業主を暴力団から守る対策を講じているが,各地の暴力団排除条例はその一つである.朝日の記者であれば,そんなことは百も承知のはずであるが,暴力団排除条例が如何に大切かを読者に知らせるどころか,逆に当該組員が不当な仕打ちを受けたかのように《切ない 》と書いて反「暴力団排除条例」の論陣を張ったわけである.
 
 次に,この記事には,他に山口組の現役組員も登場する.この組員は,ある被災地で復旧作業のアルバイトをしているのだが,これについて朝日の記事は次のように書いている.
 
1年以上、ある被災地で土木作業員として仕事をしているBさんもこう打ち明ける。
 
「昔はヤクザのシノギとして、作業員を出す仕事をやっていた。それまで、ヤクザだろうが、一般人だろうが、人がいれば誰でもいいという業界だった。しかし、ヤクザが関わっているなら仕事は回せないと断られるようになり、廃業に追い込まれた。そこで、2人いた子分とも話して、自分たちで働くことにした」
 
 被災地の復旧作業なので、事前面接で暴力団など反社会的勢力ではないことを、面接で確認される。Bさんの場合は、それまでのツテもあり、何も聞かれずに仕事をしているという。
 もともとは、関西が本拠地の組に属していたBさん。被災地に入って以降は、定例会に出席することもなく、ヤクザとしての活動はほぼゼロ。苦境をこう訴える。
 
「遠いので定例会のために関西に戻ることもできないし、現場作業の仕事も忙しい。ヤクザをやめればいいのですが、どこの組も人数が減っており『名前だけでいいから、残ってくれ』と親分から言われたのでそのままになっている。やめようとすると面倒なこともあるし、このままでいいかなと思っていた。それが、郵便局でバイトして詐欺で逮捕だなんて聞かされると、ビックリですよ。被災地の復旧にかかわる作業ですから当然、税金が入っている。今は、祈りの境地です。この仕事がなくなれば、もう食い扶持があらへん」

 
 まず押えておかねばならないことは,この組員は逮捕はされないということだ.そうではなくて,この組員から「暴力団組員ではないこと」の誓約書を取らずに,この組員を災害復旧現場で働かせていた土木建設業者が県条例違反で行政処分を受けるのである.仮にこの男が組員であることを知りながら雇い,災害復旧現場で働かせたとすれば,当該業者は県の事業への入札資格を剥奪されるだろう.
 この組員が《この仕事がなくなれば、もう食い扶持があらへん 》と言っているのは「苦境」でも何でもない.暴力団から抜ければよいのである.そしてそれこそが県条例の目的なのである.飢えて死ぬか,組員をやめて正業に就くかを行政は迫っているのだ.
 それを朝日は,いかにもこの組員が不当な仕打ちを受けているかのように書いている.
 しかも,この組員は,実情として足抜けをしたわけではなく,被災地で《ヤクザとしての活動はほぼゼロ 》なのである.ヤクザとしての活動を少しやっているのである.朝日新聞社は,そのような現役暴力団組員を「まっとうに仕事をしている」と高く評価する.下の画像は,リンク切れあるいは記事削除に備えて,問題箇所を画像で保存したものであるが,この箇所に書かれている内容は,朝日新聞社の反社会的勢力に対する姿勢,つまりシンパシーを如実に示すものだ.呆れてものが言えない.
 
20190118d

 上半分は山口組現役組長の発言であるが,組長たる者が暴力団排除条例を知らぬはずはないから,この発言は一般市民を騙す意図のものであることが見え見えである.
まっとうに仕事して稼いでどうして悪いのか。なぜ、逮捕となるねん 》とかなんとかもっともらしいことを言っているが,勤務態度が良好だったかどうかなんてことは,逮捕とは無関係だ.アルバイトで労働する以前のこととして,郵便局を騙したことが「まっとうでない」から逮捕されたのである.
 次の発言者である山之内幸夫という男は,「最初で最後の暴力団顧問弁護士」として世間によく知られた男である.事件を起こして有罪となり,弁護士資格を剥奪された暴力団関係者である.それを《元顧問弁護士 》と書くのは読者をミスリードする意図である.こう書くと「現在は山口組の顧問を辞めている弁護士」と受け取れるが,実は犯罪者として「弁護士を辞めさせられた」男なのである.そういう男のデタラメな言い分を,何の批判もなく掲載した朝日新聞社の罪は重い.
仕事をきちんとして…なぜ詐欺ですか? 》は山口組の組長と同じ言い分で,山之内がヤクサ側の人間であることを示している.
ましてや郵便局は今…働く人が集まらない業種 》は爆笑ものだ.仕事がきつい上に職場に暴力団員がいるというのでは,ますます働く人が集まらなくなるではないか.
 
 大体において,新聞社の取材というものは,一方の側だけではいけない.この場合は,山之内ら暴力団関係者の発言だけを掲載して,まっとうな弁護士の健全な常識に基づく見解を載せなかった.これは朝日新聞社が反社会的勢力の友軍であることを示している.

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2019年1月18日 (金)

公園のベンチ (二)

 昨日の記事の末尾を再掲する.

ともあれこれ以後の東京都は,都民の目に見える形では,職員と機動隊による「ホームレス」排撃を実行しつつ,目に見えない形では,公園等の公共施設におけるベンチを「仕切り付きベンチ」にしていった.そしてこのベンチは他の自治体にも拡大伝播していった.

 公共施設に設置されるベンチが,次第に仕切り付きの形式に変化していくことに着目し,ネットに記事を書き,写真で記録した人たちがいた.一例として《ベンチの仕切り写真館 1 》《ベンチの仕切り写真館 2 》と《公園のベンチが人を排除する? 不便に進化するホームレス排除の仕掛け 》を紹介する.この三つのサイトは2007年頃までを扱っているが,私の記憶 (データはない) でもこの頃までに,公共的な場所にあるベンチは,仕切り付きタイプが席捲したと思う.
 
 前回に書いたように,「ホームレス自立支援法」の施行は平成十四年 (2002年) であるが,翌年に厚労省は「ホームレス実態調査」を実施した.それによると全国の総数は 25,296 人であった.人数が一番多かった大阪市は 6,603 人,これに次ぐ東京都23区は 6,174 人であった.
 東京都は翌十六年から毎年,調査を行い,結果 (路上生活者概数調査) を公開している.結果の一部を転記すれば以下の通りである.
-------------------------------------------------- 
【東京都23区における「ホームレス」総数
-------------------------------------------------- 
平成16年2月    5,365 (人)
  17 2     4,619
  18 2     3,773
  19 2     3,402
  20 1     2,611
  21 1     2,341
  22 1     2,055
  23 1     1,677
  24 1     1,437
  25 1     1,117
  26 1      955
  27 1      778
  28 1      744
  29 1      721
  30 1      620
--------------------------------------------------
【東京都23区の地区別「ホームレス」数 (平成三十年) 】
20190118a

【東京都23区の施設別「ホームレス」数 (平成三十年) 】
20190118b
 
 総数は年度別に集計した.このデータを見て誰でも驚くであろうことは,一貫して右肩下がりに都内の「ホームレス」(国は「ホームレス」としているが,都では路上生活者と呼んでいる) の数が減少を続けてきたことである.我が国の経済状況が「失われた二十年」に低迷したままだったのにもかかわらず,「ホームレス」は激減した.彼らは本当に減ったのか.彼らはどこに行ったのか.都の調査については,その信憑性を疑う声がある.(後述)
 
 地区別の結果,施設別の結果は
最新のものだけを上に示した.これを年度別に眺めても各地区,各施設毎に指摘すべき特別な傾向は見られないからである.

 ちなみに,厚生労働省は地方自治体の調査結果を集計して毎年公表している.例えば平成三十年の結果は《ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について 》である.
 結果をまとめて簡単に言うと,この十年程で驚くべき数の「ホームレス」が減少したというものである.

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2019年1月17日 (木)

公園のベンチ (一)

 公園等のベンチで寝るということは,大抵の人にとっては非日常的な体験だろうと思う.私も今までに二度しかない.あるのかよ.
 一度目は今でも覚えているが,昭和四十八年の五月の連休の時だった.突発的に思い立って学生時代の友人である西山栄一君と徳島の金毘羅さんへ旅行したのだが,前夜は二人して新宿で徹夜で酒を飲んでいたため,昼頃には眠くてたまらず,二人とも長い階段の途中にあったベンチで横になり,かなり長いこと寝込んだことがあった.目が覚めたら,観光客たちが私たちの寝ているベンチを遠巻きにし,指差しながらヒソヒソと「若いのに…」とか言っていた.懐かしい思い出である.ヾ(--;)
 二度目は,泥酔して東海道線に乗ったはいいが乗り過ごしてしまい,気が付いたら終点の沼津駅だった.駅員に改札口の外にでなさいと言われ,仕方なく駅前にあったベンチで夜を明かそうと思ったが,かなり寒い.すると近くにいた野宿の人が新聞紙をたくさんくれた.それにくるまって朝を待ち,何食わぬ顔で出社した.懐かしい思い出である.ヾ(--;)
 
 さて,野宿が日常的体験になると,なかなかややこしい事態が生じる.「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(平成十四年法律第百五号;以下「ホームレス自立支援法」と略す) によると,ホームレスは《第二条 この法律において「ホームレス」とは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者をいう 》と定義されている.
 そしてこの法の目的は《第一条 この法律は、自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに、地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し、国等の果たすべき責務を明らかにするとともに、ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ、必要な施策を講ずることにより、ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする 》とされ,《地域社会とのあつれきが生じつつある現状 》を基本的な認識としている.
 普通の法律は,第一条でその法律の目的を述べ,必要な場合は第二条で用語の定義をする.まず先に第二条についてだが,《故なく 》の意味が不明確だ.これはニュアンスとしては「公園等で生活してもよいという根拠 (権利) もないのに」であり,「お金がないから」などのその人の事情のことではない.公園等で生活する権利なんてものはないから,この文言は,単に個人的事情の配慮はしないということを強調しているわけだ.これに関して,平成二十四年 (2012年) 五月,日本弁護士連合会が作成した「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の改正に関する意見書」に次のように 書かれている.
 
しかし,まず,「故なく」との文言は不適切である。野宿生活を強いられるようになる背景には自分の力だけではどうすることもできない社会問題や個々の事情があるのであり,「故なく」という文言は,ホームレス問題が社会問題であることを覆い隠し,当事者自身に問題があるかのような印象を与えるものであって,差別を助長するおそれがある。
 
 日弁連が「故なく」について上のように述べたのは,「ホームレス自立支援法」第十一条と関係がある.
 本法第十一条は次の通りである.
 
第十一条 都市公園その他の公共の用に供する施設を管理する者は、当該施設をホームレスが起居の場所とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、法令の規定に基づき、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。》 (引用文中の文字の着色は当ブログの筆者による)
 
 上の引用文中の《必要な措置をとるものとする 》は,公園等で野宿する者は強制排除する,いう意味である.これについて日弁連は下記の意見を述べた.
 
「都市公園その他の公共の用に供する施設を管理する者は、当該施設をホ ームレスが起居の場とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、法令の規定に基づき、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。」と規定する本法11条については,本法制定当初から,公共施設からの強制立ち退きを促進するのではないかという懸念が寄せられていた。 実際,本法制定後,大阪や名古屋などの都市部を中心に,各地で行政代執行手続に基づき,あるいは法的手続さえ踏まずに,ホームレス状態にある者の強制立ち退きが行われてきた。こうした強制立ち退きは,しばしば1年で最も寒い冬の時期に行われる。十分な支援や代替住居の提供を行うことなく,テントや小屋掛けを破壊し撤去することは,野宿生活者を寒空の中に放逐し,より過酷な状況に追いやる,社会的排除の最たるものである。行政機関がこのような排除を行うことは,野宿生活者が迷惑な存在であるとの認識を市民に対して示すことにほかならず,子どもを含む市民による野宿生活者への襲 撃事件にも影響を及ぼしていることは否定できない。住宅困窮者の生存権保障の責任を負うべき行政機関が,強制立ち退きという非人道的な方法で住宅困窮者の生命や生活の安全を脅かすようなことがあってはならない。
 
 もちろん政府が,上のような人権的見地からの意見に耳を傾ける筈もなく,いわゆる「ホームレス」の排撃条項はそのまま温存された.
 さて,この法律が施行されたのは平成十四年 (2002年) であるが,これより少し遡って歴史的なことを見てみる.
 いわゆるバブル崩壊は,狭義には《バブル崩壊期間(平成不況(第1次平成不況)や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す 》 (Wikipedia【バブル崩壊】) が,社会的影響はその後も長く続いた.例えば,日債銀は1998年12月の金融調査で債務超過と認定されて国有化された.また山一證券は銀行からの支援を失って1997年11月に廃業,解散した.2000年代初頭には記録的な就職氷河期となり,高学歴者でも就職困難となり,学歴難民と呼ばれた.中途採用は,企業の採用抑制がピークに達した1999年には有効求人倍率が0.5倍を割り込んだのである.このような景気低迷期に企業は,業務の「アウトソーシング」,不採算事業からの撤退,部署の縮小による「リストラ=従業員の削減と非正規雇用化」を推進した.そしてこれらの経営施策により流動化した労働力の一部は,困窮のために生活拠点を失い,いわゆる「ホームレス」となったのである.
 元々,東京や大阪など大都市には「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことのできない最底辺の人々がいたのであるが,これが1990年代の後半に他の都市にも拡大していったのである.すると,都市部住民のあいだに,「ホームレス排撃論」が高まった.いわく不潔だ,治安が悪くなる,地価が下がる etc.
 実は,ホームレスを排撃せよという風潮は,バブル崩壊前から存在した.田中角栄以後の私たち日本人が何よりも大切にしたのは「お金」であった.その拝金主義思想が作り出した幻影がバブル景気であったのだが,バブルの競争からこぼれ落ちて将来に夢のない子供たちが始めたのが「ホームレス狩」だった.その子供たちの親である拝金主義世代が,経済力ヒエラルヒーの最底辺にいる「ホームレス」を蔑視していたのだから,判断力の幼稚な子供たちが「ホームレスを殺して何がわるい」と思うようになったは無理もないことだった.「ホームレス襲撃」が最初に明るみに出たのは昭和五十八年 (1983年) のことだった.「横浜浮浪者襲撃殺人事件」である.(この種の襲撃事件は今も後を絶たない;資料記事《都内の野宿者に向けられる差別と暴力の実態 2014.8.14》)
 バブル崩壊後の平成七年 (1995年),その当時の「ホームレス排撃」風潮を背景として都知事になったのが,日本人の思想的軽薄さを体現していた青島幸男であった.青島は都知事に就任するや「ホームレス」の排撃に着手 (1996年1月) した.青島は警視庁機動隊を動員し,新宿西口の道路にいた「ホームレス」を襲撃させ,駆けつけた支援援護団体も強制排除したのである.
 この青島の政治姿勢を週刊文春のコラムで批判した野坂昭如を「てめえなんかホームレス以下だ」と罵ったのは,都政の黒歴史として忘れがたい.
 
 ともあれこれ以後の東京都は,都民の目に見える形では,職員と機動隊による「ホームレス」排撃を実行しつつ,目に見えない形では,公園等の公共施設におけるベンチを「仕切り付きベンチ」にしていった.そしてこのベンチは他の自治体にも拡大伝播していった.

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エゾナキウサギ裁判

 ココログには,閲覧された記事名をリアルタイムに表示する機能があり,先程それを見たら,五年余前に書いた《滅ぶ 》が閲覧されていた.この記事は,私が書いた文章の中でも忘れがたいものの一つなので,嬉しかった.
 古い記事なので,今後,検索にひっかかるチャンスを増やすために,この記事を再掲する.
 
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 毎日新聞(10月14日)によれば,北海道新得町の佐幌岳の国有林でスキー場の新コース造成が進められている.
 林野庁は2012年5月,開発業者に国有林の使用を認め,道も同6月に道自然環境等保全条例に基づき開発を許可し,昨年10月に着工した.
 問題は,このスキー場開発により準絶滅危惧種のエゾナキウサギの生息地が破壊されるおそれがあることである.
 エゾナキウサギは氷河期前に地続きだったユーラシア大陸から渡り,氷河期後に道内の山岳地帯に生き残ったとされ「生きた化石」といわれる.昨年,環境省のレッドリストで準絶滅危惧種とされた.
 十勝自然保護協会,自然保護団体「ナキウサギふぁんくらぶ」などが開発許可の無効を求めて提訴するという.
 小川洋子さんの『いつも彼らはどこかに』に,ハーモニカを吹くような仕草をするハモニカ兎という名の,乱獲されて絶滅した架空の小動物がでてくる.乱獲された理由は,この兎の胃の中に二つ小石が入っていて,それが人間の薬になると言われていたからだった.(本当はその小石に薬効はなかったのだが)
《最後の一羽が死んだ時、どんなふうだったのだろう。カレンダーをめくりながら時折男は考えた。賢い動物だからきっと、この世界で自分がたった一人取り残されたことを悟っていたに違いない。それでもわずかな望みを持ち、野山を駆けるのだ。茂みの奥に気配を感じれば振り向き、雪に残る足跡を見つければ匂いをかぐ。けれど望みは叶えられない。そこにいるのはいつでも種類の違う兎で、ハモニカ兎に気づくと皆逃げてゆく。彼の周りは再び静けさに覆われる。
・・・
 ある日、その時がやって来る。ハンターは目の前にいるのが最後の一羽だと気づきもしないまま、たった二つの小石のために彼を撃ち殺す。銃声に消し去られたハーモニカの音はもう二度と戻ってこない。》
 この世に生きるものすべて,いずれは種の絶滅を免れない.ではあるけれど,エゾナキウサギのような生き物が,氷河期をも生き延びてきた種が,ヒトがこの星の上で生存するためには無意味としか思えぬスキー場やゴルフ場のために滅ぶこと,それを生存競争と呼べるのか.
 いかなる動物にも,種として存続するのに必要な最低限度の個体数がある.いったんそれ以下になったら,それからどうしようと,どう懸命に保護しようと滅ぶしかない.
 林野庁も開発業者も道庁も,いずれそのゲレンデで遊ぶであろうスキーヤーも,ハモニカ兎の最後の一羽を撃ち殺すハンターが自分であることを,なぜ想像しないのか.
 小川洋子さんは読売新聞紙上のインタビューでこう語っている.
《最後の1匹の究極の孤独を、考えてしまうんです。純真さ、警戒心のなさといった、自らの美点によって死に追いやられた存在を、書き留めておきたかった》

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十勝自然保護協会,自然保護団体「ナキウサギふぁんくらぶ」などが開発許可の無効を求めて提訴するという.
 
と書いたその提訴の経過はどうであったか,二つの新聞記事を示す.
 
2017.5.22 14:55 保護団体の原告適格認めず 希少ウサギ巡る訴え却下 》 (産經新聞だが,いずれはリンク切れになると思われる)
 
自然保護団体、二審も敗訴 北海道・希少ウサギめぐる訴訟》 (京都新聞;記事本文は1/16にリンク切れになったので現在は読めない)
 
 つまり一審も二審も原告に門前払いを食わせたのであった.そしてメディアは,全国紙は二審に興味を示さなかった.
 我が国の司法は,サステナブルな国土の維持に鈍感すぎる.もしも将来,エゾナキウサギが絶滅危惧種に指定されても,この訴訟を門前払いにした裁判官たちは,そんなこと屁とも思わないのであろう.

* 愛らしいエゾナキウサギの姿

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2019年1月16日 (水)

「名ばかり第三者委員会」方式の危機管理

 娯楽番組を垂れ流すしか能のない民放テレビについて,娯楽番組を見るしか能のない私が思うに,テレビ界のタブーはジャニーズ事務所だけでなく,秋元康も同じなんだなと思った.NGT48の山口真帆さんというメンバーが複数の男に襲われた事件についての報道のことである.
 山口さん自身の証言によれば,NGT48の運営サイドが,内部処分をするからと彼女を宥め,警察に届けを出して事件化するなと指示した.ところが運営サイドが一ヶ月経ってもその口約束を守らないので,業を煮やした山口さんが覚悟の告発をしたわけである.
 しかし状況は山口さんに不利に推移し,被害者である彼女がファンに「謝罪」するという理不尽なことになった.
 この時点では,並み居る情報バラエティ番組MCたちの中で,彼女に「謝罪」させたのは理不尽だと異議を唱えたのは加藤浩次だけだった.その他の番組はその日,事件に触れたくないのが見え見えの姿勢だった.
 なんで私がこんな下世話な芸能界のことに関心を持っているかというと,山口真帆ちゃんがカワイイからです 秋元康のビジネスがタブー化していると思ったからである.
 アイドル少女たちの青少年ファンだって薄々感じているだろうが,事件勃発後に山口さんの告発を全否定したのも,その後すぐに告発の一部を事実認定したのも,一転して昨日になってNGT48の今村支配人を更迭したのも,アイドルビジネスの総帥である秋元康の意思である.それ以外にない.実務責任者のクビを切り,対処を「第三者委員会」(納期不明) に丸投げすることで,秋元は事態を乗り切れると見込んだのだ.
 私は隠居老人であるが,現役のビジネスマン諸兄は「あーあ,また対策を小出しにしちゃって バカじゃないか 」と思ったであろう.
 少し前まで危機管理のプロは「不祥事の火消しには先ずトップが矢面に立つことが大切で,最終責任を持っていない者をスケープゴートにしてはいけない」と教えたからである.
 だが近年,企業トップが国民の前に出ることなく,会社の意向を忖度する「第三者委員会」を設置して,これに不祥事の始末をやらせる方式 (偽装改善と時間稼ぎ) でも一定の成果 (企業の受けるダメージの最小化) が上がるようになり,実業界はこぞってこれに倣いすることになった.
 NHKはこのインチキな「第三者委員会」方式を「名ばかり第三者委員会」と名付けてと批判した.(《"不合格"続出 第三者委員会って名ばかり? 》)   
 とはいうものの,秋元康は「第三者委員会」を設置してこの事態を乗り切るだろうという気がする.芸能界なんてのはそんなもんだ.

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2019年1月14日 (月)

花魁とその父 (ToT)

 今朝,何気なくテレビを点けたら,夏目三久さんがMCをしている番組で,北九州市の成人式に花魁スタイルで出席した馬鹿娘を好意的に紹介していた.その大馬鹿娘の父親まで登場し,下品に育った我が娘の情けない恰好を見て,嬉しそうに涙ぐんでいた.
 各地で毎年恒例になった成人式の花魁スタイルについては,ネットの口コミでは「親の顔が見てみたい」などと書かれているのだが,実際に父親の顔を見てみたら,この親にしてこの娘ありという顔だった.
 放送では,コメンテーターの長嶋一茂が「成人ていうのは自分で働いてる人のことで,セットされた式に出ることじゃない」と正論を語ったが,夏目三久さんは,手で一茂の発言を押しとどめるようにして,色んな考えがありますから…と述べた.つまりは花魁成人式に夏目さんは好意的なのだ.美人なのに,頭の中身が (以下略)

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2019年1月13日 (日)

御苑を飲んでみた

 昨年七月,皇居の一般参観に行った.宮内庁の生協で黒糖焼酎「御苑」を買うためである.
 その時の記事 (《黒糖焼酎を買いに 》) に,次のように書いた.

黒糖焼酎「御苑」は宮内庁生活協同組合が発売元で製造元は町田酒造 (鹿児島県大島郡龍郷町) である.価格は二千六百円 (720ml) で,私が日頃飲んでいる焼酎 (1800ml の紙パック) や泡盛が千五百円前後だから,私にしてはかなりの高級酒である.もったいないから正月に開封することにした.

 その言の通りに,この正月に「御苑」を開封して飲んだ.
 これまで私は自宅でも外でも,「黒霧島」などのグビグビ飲める安い焼酎を愛飲してきたので,「御苑」のような高級焼酎 (需給のアンバランスで高価になっている二,三のブランド焼酎は除く;その手の異常に高価な焼酎は飲んだことがない) の評価にバイアスがかかっている可能性はあるが,水で割らずにグラスの氷に注ぎ,カラコロと少し揺らしただけで口に放り込むと,かなり強い芳香がある.(ような気がする)
 旨いのでたちまちボトル三分の一を飲んでしまったのだが,一本空けてしまうのが惜しくなって,そこでやめた.

 これは一本常備しておくかと思ったが,再度入手するためにまた皇居に行くのは面倒くさいから,製造元である鹿児島の町田酒造のサイトを覗いてみた.たぶん「御苑」は,宮内庁生協が品質にあれこれ注文をつけて単独で蒸留している特注品ではなく,町田酒造のブランドで製造販売している焼酎を「御苑」のボトルと箱に詰めていると思われたからである.
 すると,同蔵の「里の曙 原酒」のアルコール分を調整 (四十三度→三十七度) したものか,あるいは「里の曙 白角」が「御苑」相当品と思われた.ただし「御苑」のボトルは「里の曙 原酒」と同じものである.また,アマゾンでの販売価格は「里の曙 白角」が prime価格すなわち送料込みで二千四百七十円,「里の曙 原酒」が三千二百四十円である.

 この二つを購入し,これをハレの酒として三月の私の六十九歳の誕生日と,平成最後の日に空けることにしようと思う.

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干物爺

 一年余り前から,急速に体の乾燥を自覚するようになった.最初はドライ・アイ症状である. 朝起きたときが酷くて,瞼が眼球に貼りついたようになるのである.
 ドライ・アイ用の目薬が売られているので,これを使ってみたが,保湿剤が配合されているため眼球の表面がネバつくような不快な違和感があり,これは私には向いていないと判断した.
 普通の目薬はどうかと思ったら,第二類医薬品の目薬は,ドライ・アイには向いていないことがわかった.充血の除去に効果がある血管収縮剤が含まれているので,頻繁に点眼することができないのである.「使用上の注意」に,例えば「用法・用量 1日3~6回、1回1~3滴を点眼してください」などと書かれている.私が必要なのは,涙の代わりになる目薬で,これには第三類医薬品の目薬のうちで保湿剤を含まないものが適しているが,これはほとんど市販されていない.結局,下の写真に写っている「サンテ40ゴールド」が連用できるので,これが涙の代わりに適していると結論した.
 
20190112a
 
 次は唇が乾いてガサガサしてきた.「唇の渇き」と書くとセクシーだが,「唇の乾き」は寂しい.命短し恋せよ爺い 熱き唇 さめぬ間に.何を言ってんだかわからぬが,これは対処が簡単で,上の写真で目薬の右の「ニベア リップクリーム」に著効があった.
 そうこうしているうちに,手の親指の角質化 (指先と爪の脇あたり) が気になりだした.衣服の表面に触れると,ひっかかりを感じるのである.角質が割れて小さな突起ができているのだろが,肉眼ではよくわからない.ネットで調べると,これはもう尿素配合クリームが第一選択らしいので,藤沢の大きなドラッグストアに出かけた.
 店内のどこにあるのか探したが見つからずウロウロしていたら,きれいな店員さんに「何かお探しですか?」と声をかけられた.そこで指先の角質化のことを相談したら「どれでも似たようなものですけど,これが評判いいですね」と言って勧めてくれたのが,上の写真の「SHISEIDO やわらかスベスベクリームN」(指定医薬部外品,100g) である.美人店員さんが勧める製品に間違いがあろうはずがない.私はにっこりと微笑んでレジに向かった.
 このクリームの使いかただが,私は風呂上りに親指と人差し指の角質化しているところに少量を塗布し,目が非常に細かい爪やすり (ダイヤモンド) で軽くこすっているが,これでツルツルになる.踵用の目の粗いやすりでは,角質を削り過ぎてしまう (角質化が促進されるように思われる) ので注意が必要.
 で,このクリームはなかなかよろしいのであるが,問題は一瓶に百グラムも入っているので,なかなか使いきれないことだ.資生堂は,足の踵が象のような人が使うことを想定しているのかも知れない.
 さて,上の写真の左端「新ウナコーワ クール」だが,これは脚の脛が乾燥して著しく痒いので探した薬である.
 高齢者の脚の痒みには皮膚科を受診すべきややこしい疾患があるようだが,私の場合はこの「新ウナコーワ クール」を塗布すると治まるので,これでいいと思われる.虫刺され用に著効あるステロイド配合薬の必要はなさそうだ.
 で,風呂に入ると脛の広範囲が痒くなることがあるので,風呂上りにこれを塗って痒みの治まるのを待つ.そののちに下の写真の「ニベア スキンミルク」を少量塗布する.非常に展伸性が高い乳液剤なので,少し塗れば充分だが,これまた使い切るのに数年かかりそうだ.
 実はこの乳液は,四年前,心臓外科に手術入院したときに,きれいな看護師さんに指示されて購入されたものである.入院中,どういう場合に使うのか忘れてしまったが,美人看護師さんが指示することに間違いがあろうはずがない.それで,よくわからぬが,現在は脚の乾燥肌症状に使用している.「新ウナコーワ クール」との併用で,脚の痒みはピタリと治まっている.
 
20190112b
 
 以上が一年前の冬の,ドライ・アイ,手指の角質化,脚の乾燥による痒みの対策であった.
 ところが今年の冬は,新たな問題が発生した.カンボジア旅行から帰ったあと風邪を引き,風邪が治ったあと,「ドライ・ノーズ」症状が固定してしまったのである.
 この症状になったのは初めてだが,極めて不快で,鼻腔内部にカサブタができる.このカサブタを物理的に除去しようとする (いわゆる「鼻をほじる」) と,かなり痛いし鼻血が出る.
 対策としては,鼻洗浄と保湿しかないらしい.鼻の洗浄には色々なツールが市販されているが,私が試してみたのは以下の通り.いずれもアマゾンで検索,入手できる.
 
ハナノアシャワー 痛くない鼻うがい 使い方簡単タイプ
アルガード 鼻すっきり洗浄液 100mL
ハナぴゅあ(鼻の洗浄ミスト)
 
 どれも一長一短だが,現在は,症状が酷い時には洗面台で「ハナノアシャワー」を使用して鼻腔を洗浄し,そのあとの保湿には,鼻腔が乾燥したなーと思った時に「ハナぴゅあ」で生理食塩水を噴霧している.この噴霧は,三回プッシュを,一日に四~五回である.鼻腔を生理食塩水で濡らし,少ししてから強めに鼻をかむと,例のカサブタが柔らかくなってとれるのである.「ハナぴゅあ」を使うことで,ドライ・ノーズのストレスはかなり低下した.
 さて今年は新たにドライ・ノーズになったわけだが,そこかしこが干物状態になった爺としては,早く春になって,空気がしっとりしてくれぬものかと切に思う.

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