新・雑事雑感

主に時事的話題です.

2019年12月 9日 (月)

慶應大学伊藤教授の大ウソ (補遺)

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 NHK『食の起源』が考古学的証拠に反する嘘八百の番組であることを,この連載の本文で詳述した.ところが週刊ポストが早速,提灯記事《糖質制限ブームの真逆へ、Nスペ『食の起源』に驚きの声出る》を掲載した.(2019年12月20・27日号) 
 同記事曰く《シモンズ大学が13万人の食生活と健康状態を20年以上追跡調査し、普段の食生活で糖質の摂取量が標準的な人(総カロリーの60%が糖質)と、とくに少ない人(総カロリーの35%が糖質)を比べると、後者の死亡率が1.3倍以上に高まった》と.
 
 この記事を書いた記者は,NHK『食の起源』を観ていない.もし放送を観ていたら,番組の途中で伊藤教授が矛盾したことを吹きまくったことに呆れたはずである.
 例えば伊藤教授は,《標準的な大人の場合,毎食,茶碗に1杯程度》の米飯が適量だと主張した.この米飯量は240kcal(=茶碗一杯)×3食=720kcalである.
 
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(『食の起源』の一場面)
  
 厚生労働省のガイドによれば,30~49歳で身体活動レベルがIIの男性の推定エネルギー必要量 (kcal/日) は2,650kcal である.
 すなわち,伊藤教授が主張する720kcalは,一日に必要な総エネルギー量の27%にしかならないので,実はこれはかなり厳しい糖質制限に他ならない.
 伊藤教授は「糖質を減らすと死亡率が高くなる」と言いながら,厳しい糖質制限を視聴者に推奨したのである.自分が何を言っているのか,全くわかっていないのだ.でたらめも甚だしい.
 私が連載《慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一), (二), (三) 》で暴いたように,同教授の主張は支離滅裂である.これを垂れ流したNHKの罪は大きい.(了)
 
[この連載記事の一覧]
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (補遺)

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2019年12月 8日 (日)

性善説

 個人情報を含む行政文書が記録された神奈川県庁のハードディスク (HDD) がネットオークションを通じて転売された問題だが,私は神奈川県民なので無関心ではいられない.詳しい事件経過をまとめたサイトがあるので紹介する.
「世界最悪級の流出」と報じられた廃棄ハードディスク転売事案についてまとめてみた》(2019年12月7日更新)
 
 ブロードリンク社の元社員である高橋雄一容疑者が同社から盗み出したHDDは18個で,9個は回収されたが残り9個は行方不明である.
 神奈川県は,データが流出したわけではないと言っているが,行方不明のHDDをヤフオクで落札した人は,修復ソフトでデータのサルベージを試みる可能性がある.問題のHDDはNTFSフォーマットされたただけらしいので,データがサルベージされる可能性は高い.
 それでも「流出したわけではない」と言うつもりだろうか.時事通信によれば,黒岩知事は記者会見で「貴重な個人情報を公表することなく消去するか県にお返しいただきたい」と述べたが,随分と呑気なお人である.

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2019年12月 6日 (金)

塩がうま過ぎて

 NEWSポストセブンの記事《朝の定番「ご飯、味噌汁、焼き魚」 夕食にした方がベターか 》(掲載日時 2019年12月6日 16:00) を読んで,そうなんだよなーと思った.塩分過剰摂取のことだ.
 ただし,記事の内容には承服しがたいところがいくつもある.例えばこれ.
 
「ご飯、味噌汁、焼き魚」は和食の定番だが、気になるのは塩分だ。健康検定協会理事長で管理栄養士の望月理恵子氏は時間栄養学の観点から「朝食よりも夕食のほうがよい」と指摘する。
「朝は、塩分を排泄する腎臓の働きが活発ではなく、味噌汁や焼き魚などの高い塩分が体に蓄積されやすい。腎機能は午後6時過ぎから活発になるので、塩分の多いメニューは朝より夕方に向いている」
 
 たぶん,望月氏は,上のことを根拠もなく言っている.栄養に関する「健全な常識」から見て,塩分の多いメニューは夕方に食べましょう,なんてのは小手先の話に過ぎない.一日の塩分摂取量の絶対値を減らすのが,日本的食生活を改善するための,まっとうな方法である.
 その観点からすると,やめたほうがいいお菜の代表格は塩鮭だ.悪魔的にうまいけどね.鮮魚店やスーパーで売られている塩鮭の切り身は,「甘口」でも塩気が強いと私は思う.買ってきた生鮭をそのまま焼いて,醤油を少し垂らして食べるのがいい.それで充分にうまい.
 
 塩鮭の次に,納豆も塩の摂り過ぎになりやすい食べ物だ.
 普通の納豆は,発泡スチロールの容器に入れて売られているが,ほとんどの商品には中に「納豆のタレ」が同梱されている.
 昔々は,納豆にあんなものは入っていなかった.自分ちの醤油と,カラシや青海苔,あるいはネギを入れて調味したものだ.
 納豆の大手メーカーの人に聞いた話だが,あのタレを入れるようになったのは,某スーパーの圧力によるものだ.
 まず最初にスーパーから値下げ圧力がかかった.それに抵抗したら,じゃあ付加価値をつけろ,と強引に押し切られてタレを付けたのだという.その次にカラシを付録に付けさせられた.いわゆるバイイング・パワーというやつだ.
 私の考えだが,納豆好きの人は,あのタレは不要だと思っているんじゃないか.あの小袋入りのタレは,すごく塩っぱいのだ.同梱のタレを使う場合は,私は半分の量で充分だし,小袋のフチをちょっと破り取るのがめんどくさい.卓上に備えてある普段使いの醤油を少し垂らせばそんな手間はいらないし,あまり感心しない原材料 (脚註) を使っている納豆のタレより,鮮度保持のために改良された容器に入っているまともな製法の醤油のほうが断然うまい.
 
 塩鮭,納豆の次に塩分御三家といえば味噌汁だ.特に最近はやりのフリーズドライのインスタント味噌汁.同じインスタントでも粉末タイプは,一杯分を椀に入れる際の量の調節が容易だ.しかしフリーズドライ品は必要量を割って椀に入れるのが難しい.勢い,一杯分を丸ごと使うことになる.で,塩分摂りすぎになる.
 歳を取ると,どうしても血圧が上昇する.私は今,収縮期血圧が130mmHgを少し上回り,拡張期血圧が80ちょっとだ.この年齢としては普通かと思うが,五年前に心臓バイパス出術をした身としては,これ以上の血圧にはなりたくない.それを考えると,味噌汁は即席製品でなく,減塩を心がけつつ,鍋に湯を沸かして具を煮るところから自分で拵えるのがよろしいと思い,実践している.
 炊き立ての白飯に塩鮭と納豆と味噌汁くらい年寄りに毒な朝飯はない.しかしたとえ毒であっても,世にこれ以上うまいものはないと言いたい.ならば少しでも塩を減らそうと自戒している.
 
[脚註]
* 納豆のタレの原材料例;たん白加水分解物,異性化液糖,醤油,食塩,砂糖,醸造酢,かつお節エキス,昆布エキス,酒精,調味料 (アミノ酸等),ビタミンB1
* 納豆そのものの原材料は,大豆と納豆菌だけだ.これほどシンプルな加工食品はないのに栄養的な価値は高く,しかも冷蔵すれば納豆菌の力で保存性は非常に高い.それなのに何が悲しくて,加水分解物や異性化液糖や,日持ち性向上のために「調味料(アミノ酸等)」や「ビタミンB1」をぶちこんで食わにゃならんのか.

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2019年12月 2日 (月)

慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三)

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 前回の記事で,ヒト属には,脳の大きさ (ニューロンの新生,増加) を制御しているらしい遺伝子MCPHがあると述べた.
 MCPHはサルにも存在するようで,中国の研究者は,アカゲザルを実験動物として研究が進めている.中国は,この種の研究に関してはナンデモアリで倫理規範もへったくれもない国だから,現代人を対象にしてゲノム編集なんかを平気で行う.
 *「世界初のゲノム編集赤ちゃん」の正当性主張 中国科学者 (HUFFP0ST,2018年11月29日)
 * ゲノム編集サルでクローン 中国で5匹誕生 (日経新聞,2019年1月24日)
 
 MCPHに関してもアカゲザルのゲノム編集を行ったと報道された.
 * ヒトの脳を発達させる遺伝子、サルへの移植に成功。「非常に危険な道」と物議 (HUFFPOST,2019年4月15日)
 
 脳を制御している遺伝子はMCPHだけではないようで,新井先生の総説も少し,脳の機能に関わるDNAのことに触れている.それらの脳の遺伝をつかさどる遺伝子の全体像が分明でないのにMCPHの動物実験だけが先行し,やがてヒトMCPHバンクなんぞができて,MCPHビジネスが起業されるというおぞましい未来が私たちを待っているかも知れない.
 それはともかく,脳科学は時代の脚光を浴びている学問ジャンルだ.いずれヒトの進化におけるMCPHの意味が明らかにされるだろう.そのような状況下,伊藤教授は医学部の教授であるから,ヒトの脳の発達に関わる遺伝子のことを知らないはずがない.
 しかるに伊藤教授は,NHK『食の起源』の放送では遺伝子のことを視聴者に隠し,炭水化物を多食すると脳が大きくなるというトンデモな方向に暴走したのである.そして興味深いことに,伊藤教授が暴走した部分は,NスペPlusの記述にはほとんど記載されていないのである.そこで,かろうじて書かれている部分を下に引用する.
 
20191201e
 
 農学部や生活科学系学部などで栄養学を学んだ学生は皆承知しているように,上の引用文中の《加熱されたでんぷんは体内でブドウ糖に分解され、腸で吸収。その多くが脳へと向かう 》の《その多くが 》は嘘八百である.実際の放送では,もっと詳しいナレーションが行われ,もっともらしい動画が映し出されたので,テキストに起こして《 》内に紹介する.
 
加熱されたデンプンは,体内で糖に分解されます.(画面19) そして腸から吸収され,ある場所へと向かうんです.
 
20191204a
(画面19) 

 その場所はどこなのか.人体にブドウ糖を注射して確かめた貴重な映像です
 
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(画面20)
 
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(画面21)
 
  
 赤や黄色で示されているのが,ブドウ糖がたくさん集まっている場所.(画面21)
 ほとんどが脳に集中していることがわかります(画面20)
 脳は体の中で最もエネルギーを必要とする臓器だからです.デンプンを加熱して食べ始めた祖先の脳にもブドウ糖が大量に届き始めたと考えられます.
 
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(画面22)
 
 木の実などを生で食べていた頃は,得られるブドウ糖の量は少なく,脳の神経細胞はそれを細々と吸収するだけでした(画面22)
 

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(画面23)
 
 でも加熱調理によって大量のブドウ糖が送られてくるようになると,余すところなく吸収しようと,神経細胞は増殖を始めたと考えられます(画面23)
 そして,脳に何が起きたか
 
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(画面24)
 
 左が初期の人類,右がその後火を使い始めたホモ・エレクトスの頭蓋骨(画面24)
 
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(画面25)
 
 ホモ・エレクトスの脳は,なんと2倍以上に巨大化したのです(画面25)
 
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(画面26)
 
伊藤教授……肉はやっぱり栄養分がたくさんあるじゃないですか.だから脳が大きくなったって言うんですけれども,それだけではなくって,きっと毎日根っことか取れますよね(画面26) それを調理することで,たくさん糖分が入って,そして脳が大きくなった.脳が大きくなってから狩りができるようになったと.(画面27)

20191204k
(画面27)
 
20191204m
(画面28)
 
TOKIO長瀬……他の動物でも脳みそが大きくなるってことはあり得るんですか? 
(画面28)

20191204l
(画面29)
 
伊藤教授……人間だけが特徴的に大きいんですね.考えてみると人間しか調理しないんです.
TOKIO長瀬……確かにそうですね.
 

20191204n
(画面30)

伊藤教授……調理をする動物っていませんよ.だからそう思うとやっぱり我々がやっぱりデンプンを調理したってことが,脳が大きくなった原因です.
(画面30;伊藤教授は,放送時収録の音声では「原因です」と断定したが,放送時の字幕では「原因ではないか」と修正されていた.こういうやり方で情報操作が行われるのだなと,細かいテクニックに感心した)
TOKIO長瀬……空腹時にイライラするってのは,やはりそういうことと現象的に近いものがあるんですか?
伊藤教授……やっぱり脳ってのは基本的にはブドウ糖しか使えないです.ですからやっぱり脳にとってブドウ糖がないってことは,ものすごく困るんですね.
TOKIO長瀬,国分……なるほど.おもしろい.
近江アナ……進化の過程を見ていくと,人間と糖の関係って切っても切り離せない.だからこそ現代の私たちの健康にも糖質が重要な役割を果たしているという事実がわかってきたんです.
 
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(画面31) 》
 
とまぁ,このような進行を番組前半に行い,続いてNHK『食の起源』はアンチ糖質制限キャンペーンを展開したの
である.(画面31)
 この連載の最初に,NHK『食の起源』はツッコミどころ満載だと書いた.そのツッコミどころを一つ一つ説明していく.
 
〈ナレーション1〉
加熱されたデンプンは,体内で糖に分解されます.そして腸から吸収され,ある場所へと向かうんです.その場所はどこなのか.人体にブドウ糖を注射して確かめた貴重な映像です.ほとんどが脳に集中していることがわかります.
 
 (画面20と21) が掲載されている論文 (著者は福井大学高エネルギー医学研究センターの岡沢秀彦先生) を探したのだが見つけることができていない.岡沢先生によるこの画像は,脳のどの部位が活発にグルコース (ブドウ糖) を代謝しているかを示している.論文を読んでいないのだが,標識したグルコースを物理化学的方法で検出し,それをCGで表現しようとしたものだろう.その目的のためには,脳にグルコースが集中するような条件で測定を行う必要がある.そのためには,脳以外の臓器や骨格筋にグルコースが行かないようにしなければいけない.例えば予め骨格筋に貯蔵されているグリコーゲンをMAXにしておき,グルコースが骨格筋に蓄積しないような条件を工夫したのではないか.食べ物の成分として炭水化物が糖に分解され,小腸で吸収され,そのうちのグルコースが血糖として全身に行きわたるというプロセスでは困るわけだ.標識したグルコースを,消化吸収のプロセスではなく,血管に注射したのはそのためだろう.つまり,(画面20と21) は「脳にグルコースが行くようにして測定された」のであり,「人体に吸収されたグルコースがどこに行くか」とは意味が違うデータだと考えられる.
 放送では「腸から吸収されたブドウ糖は,ほとんどが脳に集中している」という伊藤教授説をナレーションしたのだが,これは嘘である.血糖は全身に送られるのである.その大部分は脳以外に送られて消費 (下記) される.それは,グルコースを血管に注射するのではなく,消化吸収されたグルコースが体のどの部位で代謝されるかを測定することで理解される.一般向けの定性的概論としては,この総説 を参照されたい.肝臓での代謝,解糖系,筋組織における代謝,脳での代謝に分けて解説されている.
 定量的な話は,独立行政法人国立健康・栄養研究所の田中茂穂先生の総説「総論 エネルギー消費量とその測定方法」(静脈経腸栄養,Vol.24 No.5,2009) が参考になる.この総説の表1を下に引用する.
20191204j
 表1の「安静時」とは,
・約12時間以上の絶食
・安静仰臥位で筋の緊張を最小限にした状態
・快適な室温で心身ともにストレスの少ない覚醒状態
であり,基礎代謝量を100とした時の,各臓器が消費するエネルギーの割合を示している.(出典;Elia M. Organ and tissue contribution to metabolic rate. Edited by Kinney JM and Tucker HN. Energy Metabolism. Tissue Determinants and Cellular Corrolaries. Raven Press, New York, 1992, p.61-77. )
 この表の数値は,安静時であっても体格によって異なるし,また身体が活動している時には骨格筋のエネルギー消費の割合が高くなるだろう.しかし一般的に言えば,放送時のナレーション《脳は体の中で最もエネルギーを必要とする臓器だからです》は嘘である.肝臓と脳が必要とするエネルギーはほぼ同程度だ.臓器ではないが,個々の筋肉ではなく全身の筋肉が必要とするエネルギーの合計も,肝臓に匹敵する.
 腸から吸収されたグルコースが体のどこに運ばれて消費されるかの割合は,体格や活動状態によるから一概には言えないのだが,少なくともNHK『食の起源』が放送した「ブドウ糖は脳に集中する」が虚偽であることは明らかである.脳は吸収されたグルコースの20%程度を消費するに過ぎない
 こんな事実は管理栄養士には常識だし,栄養学とは無縁の若い女性でも知っている.彼女らは,小山内あやさんのような美しい体を手に入れるために筋トレをする.脳トレに励むお嬢さんはいない.
 それはともかく,伊藤教授は「体に消化吸収されるグルコースが増えたためにヒトの脳は大きくなる方向に進化した」という奇説を正当化するために「脳の大きさは遺伝的にプログラムされているのであり,すなわち生殖細胞に起きた突然変異こそが〈ヒトの脳が大きくなる方向に進化した原因〉である」ということをひた隠しにした.それが (画面22と23) である.
 
〈ナレーション2〉
木の実などを生で食べていた頃は,得られるブドウ糖の量は少なく,脳の神経細胞はそれを細々と吸収するだけでした.でも加熱調理によって大量のブドウ糖が送られてくるようになると,余すところなく吸収しようと,神経細胞は増殖を始めたと考えられます.
 
 芋や球根にはデンプンなどの分子量の大きい多糖類が貯蔵されているが,それら貯蔵器官以外の根や地下茎は強靭な繊維質が多く,そのままでは人間には食べることも困難だ.貯蔵器官に含まれる多糖類も多くは結晶状態であり極めて難消化性である.堅果のデンプンも同様で,そのまま多食すれば下痢をする.また植物の地上部 (茎,葉) には結晶性のセルロースが多く,非常に難消化性である.
 樹上生活から地上に降りた初期の人類は,現代人と同様に,芋や堅果を食べてもほとんど消化できなかったはずである.なぜなら,そもそも人間の消化器官は生のデンプンを消化可能にはできていないのである.下表に草食動物とヒト,肉食動物の腸の長さを示す.(資料から抜粋)
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動物  腸の長さ(m)   腸/体長
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ウマ    30       12
ウシ    50       22~29
ヒツジ   31       27

ヒト     7        4.5
ライオン   7        3.9
オオカミ   6        4
----------------------------------
 上表を見ると,ヒトの腸は肉食動物並みの長さしかないことがわかる.こんな短い腸でも初期の人類が樹上で生きていられたのは,軟らかい果肉にショ糖や果糖を含む果実を食べていたからだと考えられる.ところがアフリカは,気候変動のために熱帯性森林は疎らになり,彼らは樹上生活を追われた.地上における競争者である草食動物ほどの長い腸を持たなかった初期人類は,デンプンやセルロースを消化できなかったに違いない.地下茎も根も堅果も彼らの食料にはならなかったのだ.そこで彼らは捕獲しやすい小爬虫類や魚,昆虫などを食べて生き延びたと思われる.肉食獣の食い残しを漁ったとする仮説もある.(Wikipedia【腐肉食】の「古人類は屍肉食いであったか」を参照)
 それらの動物性の食料は短い消化管でも消化吸収できるから有用だったが,脳と赤血球のエネルギー源であるグルコースをほとんど含んでいない.ヒトの臓器や筋肉などは,安静時であってもエネルギーを消費する.これが基礎代謝だ.生きているだけで必要な最小コストである.
 初期人類の誕生,すなわちヒトの系統がチンパンジーから分岐したのが約700万年前だとして,ホモ・エレクトスが火を扱えるようになった約75万年前 (この推定年代の考古学的証拠はゲシャー遺跡から得られた) まで,人類はデンプン質の食べ物を食べて消化吸収することができなかった.つまり脳やミトコンドリアを持たない細胞 (赤血球など) のエネルギー源であるゴルコースを,日常的に継続して食べ物から経腸的に得ることができなかった.(ロビン・ダンバーは,ヒトが「調理をできる」程度に火を扱い,グルコースを安定的に食べ物から得ることができたのは,さらに時代を下って約50万年前だと推定している)
 それでは,約200万年前から約75万年前までの間,ヒトの脳の最小コストはどのように賄われていたのか.
 それが「糖新生」である.
 肉食動物や雑食性動物 (これに加えて反芻を行う草食動物も) は血糖値が低下して脳や赤血球が必要とするエネルギーを供給できない状態になると,血糖値を制御するホルモンの一つであるグルカゴンが分泌される.グルカゴンによって活性化した酵素が,肝臓に貯蔵されているグリコーゲンの分解,およびアミノ酸等からの糖新生を促進し,血糖値が上昇する.この反応は,腸からグルコースが吸収されない状態でも,生体が致命的なダメージを受けるのを防ぐ仕組みである.少し詳しい説明は《糖新生とは 》に譲る.(Wikipedia【糖新生】は説明に不充分な点がある)
 伊藤教授は《木の実などを生で食べていた頃は,得られるブドウ糖の量は少なく,脳の神経細胞はそれを細々と吸収するだけでした(画面22) としているが,《細々と吸収するだけ》で脳などが必要とするエネルギーを確保できていたとする根拠の説明がなされていない.
 肉食獣のような狩りの能力も,草食動物のような長い消化器も持たない初期人類は慢性的に食料不足だったろう.不足どころか飢餓状態になっても脳を維持できたのは糖新生という生体反応が存在したからである.『食の起源』の放送で伊藤教授が糖新生の重要性に触れなかったのは,著しくアンフェアである.
 次に《でも加熱調理によって大量のブドウ糖が送られてくるようになると,余すところなく吸収しようと,神経細胞は増殖を始めたと考えられます(画面23) が意味不明だ.脳とは別のことになるが,筋肉の場合は運動することで筋繊維の損傷が起きると,損傷から回復する生体反応が始まるが,その回復に必要なものはタンパク質やペプチド,アミノ酸である.そして損傷して失われた筋
繊維以上に回復が行われ,結果的に筋肉が増強する.この過程は運動生理学の研究者が確かめ,またボディビルダーたちが,運動の前に糖質を摂取し,運動後には筋肉の増強のためにプロテイン飲料を摂取することで実践的に確認した.
 脳はどうなのか.伊藤教授は,大量のグルコース (ブドウ糖) が脳に供給されると神経細胞が増殖すると主張している.しかし筋肉の場合,大量のグルコースを供給しても細胞の増殖は起きない.筋肉内にグリコーゲンとして蓄積されるだけである.
 なぜ脳の神経細胞は,筋肉細胞の増殖とは異なり,グルコースを与えると増殖するのか,伊藤教授はそれを説明せねばならない.もし伊藤説が正しいならば,狩猟で得た生肉を主食としてきた伝統的なエスキモーよりも,ほぼトウモロコシとわずかなトウガラシのみを食べてきた伝統的な南米高地の先住民 (以前はインディオと呼ぶのが普通だった彼らの食生活については,四十年ほど前に当時の文部省の研究プロジェクトチームが調査した結果がある) の脳は大きくて然るべきだが,私はそんな話を聞いたことがない.
 余談だが,(画面23) でナレーションが《
余すところなく吸収しよう》としたのは文学的な擬人化表現である.細胞レベルの事象は生命科学の言葉で説明されねばならない.科学に文学的表現を持ち込むのはペテンだ. 
 
〈ナレーション3〉
左が初期の人類,右がその後火を使い始めたホモ・エレクトスの頭蓋骨.ホモ・エレクトスの脳は,なんと2倍以上に巨大化したのです. 
 
 このナレーションの「なんと2倍以上に巨大した」は,「ホモ・エレクトスの頭蓋骨容積は,初期人類と同じ500ml程度から,1,000ml以上に増加した」という文脈で語られた.これが誤りであることは,この連載の《慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)》で述べたが,もう一度ロビン・ダンバーが『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト,2016年) の図1-3 (p.23) で解説している箇所を引用する.要点は着色して示す.
 
《図1-3に主要な化石ホミニンすべての脳容量を示す。過去六〇〇万年という長い時間をかけて、ホミニンの脳の大きさは一貫して増え、類人猿に近いアウストラロピテクスの時代の脳から現生人類の脳までで三倍になった。これを見ると、脳には際限なく大きくなるような圧力がたえずかかっていたように思われる。しかし、これは大きな脳に対する淘汰圧がずっとあったことをかならずしも意味するわけではない。事実、地質年代をとおして脳の大きさが継続して増加したというのは、異種の標本をひとまとめにしてしまったことから生じた錯覚だ。異なる種を区別すれば、より継続平衡に近いパターンが見えてくる。つまり、新たな種が生まれるたびに、当初は脳の大きさに急激な増加や移行期らしき兆候が見えるが、しばらくすると脳の大きさは安定するのだ。
 
 ホモ・エレクトス (190万年前~7万年前) は,ホモ・ハビリス (240万年前~140万年前) と共通の祖先から分岐した種であるが,ホモ・ハビリスの脳が500mlくらいだったのに対して,ホモ・エレクトスの脳は900~1,100mlであるとされる.(Wikipedia【人類の誕生】)
 つまりホモ・エレクトスは出現したとき既に大きい脳を持っていた.「約200万年前に火を使うようになったホモ・エレクトスの脳は,調理による栄養改善効果によって巨大化した」(=伊藤教授説) のではなく,「大きい脳を持って出現したホモ・エレクトスは,大きい脳のおかげで,約75万年前に火を使うことができるようになった」(ロビン・ダンバーの解説) のである.
 伊藤教授の説の基礎になっている「200万年前にホモ・エレクトスは火を使うようになった」は,加熱調理したデンプンを食べたことによりホモ・エレクトスの脳が大きくなったという奇説の辻褄合わせをするために行われた捏造である.ゲシャー遺跡の考古学的研究によれば,ホモ・エレクトスが火を使い始めたのは約75万年前だ.このように証拠を無視して論を組み立てるのは,非科学的であること甚だしい.仮説以下の暴論である.
 その暴論を粉砕しかねない質問がTOKIOの長瀬さんから飛び出た.
 
〈出演者の発言〉
TOKIO長瀬……他の動物でも脳みそが大きくなるってことはあり得るんですか?
伊藤教授……人間だけが特徴的に大きいんですね.考えてみると人間しか調理しないんです

TOKIO長瀬……確かにそうですね.
伊藤教授……調理をする動物っていませんよ.だからそう思うとやっぱり我々がやっぱりデンプンを調理したってことが,脳が大きくなった原因です
 
 長瀬さんの質問は,伊藤教授説の致命的な部分を衝いている.これは「ライオンやオオカミなどの肉食獣の仔を,離乳後ずっと,炊いた米飯を主食にして育てたら,脳が巨大化するか?」という内容を含んでいるからだ.
 伊藤説に従えばイエスだが,さすがにそう答える度胸はなかったようだ.学者生命が終わってしまう.
 そこで伊藤教授は,この質問に答えず,逃げることにした.ホモ・エレクトスの脳が巨大化した原因は,グルコースが大量に脳に供給されたことだと言ったばかりなのに,グルコースが原因ではなく調理をするかどうかだと問題をすり替えたのである.ここに至っては,全国の理系のおとうさんたちは,こういう奇説を講義される慶應大学の学生たちに同情しただろう.
 
 番組はこのあと,もっと珍妙な主張を展開したのだが,ここら辺にしておく.次の放送は「塩」がテーマらしい.どんな内容になるか,楽しみである.
[慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (補遺) へ続く]
 
[この連載記事の一覧]
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (補遺)

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2019年11月30日 (土)

慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)

[慶応大学伊藤裕教授の大ウソ (一) へ戻る]
  
 前回の記事の最後に掲げた画像と文章を再掲する.(破線と破線の間)
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 整理すると,NHK『食の起源』は,ホモ・エルガステルとホモ・エレクトスを一緒くたにすることで,あたかも200万年前に火の使用が始まったかのような捏造を行ったのである.
 なぜそんなことをしたのか.それは次のグラフを視聴者に見せるためである.

 
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(画面17;グラフ上の絵を拡大したものが下図) 
20191129f
(画面18)
 
 画面18は,NHK『食の起源』が「人類による火の使用は200万年前に始まった」と主張したことを示している.
 これは根拠のない真っ赤な捏造なのであるが,伊藤裕教授の「人類の脳の発達は,加熱調理されたデンプンの摂取により大きく促進された」という奇説を裏付けるためには,どうしてもこの捏造をする必要があったのである.
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 人類による火の使用がいつ始まったかについて,NスペPlus『「ご飯」は健康長寿の敵か?味方か? 』(以下,NスペPlusと略する) がどのように書いているかを見てみよう.NHK『食の起源』の放送時のナレーションとは少し異なるが,大意は変わらない.
 
かつて祖先は木の上で果実などを食べて暮らしていた。しかし700万年前、地球全体が寒冷の時代になると森が縮小して果実が減り、祖先は食べ物を求めて地上に降り立つ。こうして二足歩行の人類が誕生したのだ。
しかし当時はおぼつかない二足歩行で、走ることもままならなかった祖先。おいしい果実などが落ちていても、素早い動物に先に取られてしまう。祖先が得られたのは、他の動物があまり食べないような、殻が硬い木の実や、地面を掘らないと手に入れられない地下茎などだった。しかし木の実や地下茎には、エネルギーのもととなるでんぷんが多く蓄えられていた。生の木の実や地下茎は決しておいしくはないが、か弱い存在だった祖先はそれを食べて何とか生き延びたと考えられる。
ところがその後、食生活に劇的な進化をもたらす「食の大革命」が起きたことが分かってきた。証拠が見つかったのはイスラエル北部。200万年前に誕生したホモ・エレクトスという祖先が暮らしていた遺跡だ。石器時代に現れたホモ・エレクトスが使っていた石器に、彼らの食生活が激変したことを物語る痕跡が。通常、割れた石の表面は滑らかだが、いくつも穴ぼこのある石がたくさん見つかったのだ。
バル=イラン大学のニラ・アルパーソン・アフィル博士は、実験によって、石に穴ぼこが開いた原因を明らかにした。
「実験で確かめたんですが、この石器のかけらを高熱にさらし続けると、石がはじけて同じような跡ができました。つまりこれは、ホモ・エレクトスが火を使っていた証拠なのです。」(アフィル博士)
化石の中からは、火で焼かれた木の実も見つかった。ホモ・エレクトスは、火を使って、でんぷん質の木の実や地下茎を調理して食べ始めたと考えられるのだ。
 
 上の引用文中の《証拠が見つかったのはイスラエル北部。200万年前に誕生したホモ・エレクトスという祖先が暮らしていた遺跡だ 》は真っ赤な嘘である.「イスラエル北部」とは前回の記事で述べたゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡を指すが,この遺跡から発掘された「火の使用を示す証拠」は約75万年前のものである.この遺跡の発掘に関する報文はScience誌 (2009年12月18日発行) に掲載され,すぐに NATIONAL GEOGRAPHIC の公式サイトでも《現代的生活の起源はホモ・エレクトスか 》(2010年1月12日) が掲載された.その記事にも,75万年前だと書かれている.(文字の着色箇所)
 
イスラエル北部にあるゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡で、社会的組織が形成され、コミュニケーションが行われ、また日常生活を営む場所と労働のための場所が区別されていたことを示す最古の証拠が発見された。これらはすべて現代人的行動の顕著な特徴と考えられている。
 この遺跡は75万年前の狩猟採集民の野営地で、ホモ・エレクトスなどの人類の祖先によって作られたと考えられる。
 
 ゲシャー遺跡から発掘された火の使用を示す証拠についてWikipedia【初期のヒト属による火の利用】は以下のように記述している.これは既に述べたが下に再掲する.
 
イスラエルのベノット・ヤーコヴ橋の河岸にあるゲシャー遺跡では、ホモ・エレクトスかホモ・エルガステルが79万から69万年前に火を使っていた証拠がある。焼けたオリーブ、大麦、ブドウの種や、木、火打石が残されており、火を使った確実な証拠としては、これが世界最古のものと見られている
 
 私はこの記事を,ロビン・ダンバー著『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト,2016年) を参照しながら書いているが,ではロビン・ダンバーは,人類による火の使用についてどう述べているかを,下に引用しよう.(要点箇所の文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
《…… (前略)
 四〇~五〇万年前以前にアフリカ、ヨーロッパ、アジアで炉が発見されていないのは、この時期が火の使用における主要な転換期だったためと解釈されてきた。これより以前に自然の火 (落雷による火など) にたまたま出くわしたら、ホミニンはその機に乗じて火の力を利用したかもしれなかった。火を完全に使いこなすようになったのは約四〇万年前で、いったんその扱いに慣れると、どこでも意のままに火を絶やさずにおくことや、火をおこすこともできるようになったようだ。火にかかわるこの転換期は、定まった住居 (洞窟や小屋も含む) の出現と時を同じくしているらしい。大きな炉は一日に三〇キログラム以上の薪を必要とすると思われ、これは時間、エネルギー、協力という意味でたいそう大きな需要になる。だれかが、それだけの薪を集めなければならないからだ。これを毎日行うとすれば、すでに限界に近い時間収支に大きな負担を強いることになる。さらに、大きな火を絶やさないためには何人かが互いの活動の調整を図らねばならないかもしれない。互いの協力が必要だと認識し、交代しながら火を守るには、言語と認知能力が欠かせないだろう。どちらも大きな脳がなければできない。あとの章では、こうした認知能力を可能にするほど大きな脳が、約五〇万年前の旧人の出現より前にできたわけではないと論じよう。要するに、それよりはるか以前に料理を思わせる証拠 (たいてい、黒こげの骨や種子) はたしかに存在するとはいえ、これらの証拠は料理が四〇万年前まで食事の際の習慣にはなっていないことを示してもいる。もしこれが正しいなら、料理は初期ホモ属の食事に大きな影響を与えるほどの習慣にはなっておらず、したがって彼らの時間収支危機のおもな解決策にはならなかったと結論づけざるをえない。人類進化の他の側面の多くと同じように、火にかかわる文献は、とかく火が使用された最古の証拠の発見に焦点をあてがちだ。けれども、火の使用または料理が一度起きたと証明するのみで十分とはいえまい。料理が重要な役割を果たしたと主張するには、火が毎日のように、習慣的に使用されたという確証がなければならない。…… (後略)

 
 文中に出て来る「時間収支」の概念についてはダンバーの著書を参照されたい.
 上に引用したロビン・ダンバーの説得力ある文章は,名指しはしていないが,ハーバード大学のリチャード・ランガム (Wikipediaには,英語版,日本語版共に項目が立てられていない) を批判したものである.リチャード・ランガムは,NHK『食の起源』の実質的MCを演じた慶應大学医学部・伊藤裕教授と同工異曲の珍説を唱えている人物である.邦訳著書は二冊あり,そのうちの『火の賜物―ヒトは料理で進化した』(NTT出版,2010年,原書"Catching Fire:HOW COOKING MADE US HUMAN" ) がよく知られている.リチャード教授はこの邦訳が出版された半年後に国際霊長類学会大会で講演するために来日した.その際に行われたインタビュー「火の使用,料理の発達と人類の進化」(日本調理科学会誌,Vol.44,No.4,2011年) が論文誌に掲載された.その中から抜粋引用する.
 
何が私たちをヒト (人類) にしたのか
「何が私たちをヒト (人類) にしたのか」という問いに対して私は,私たちの心や精神的なものではなく,直立二足歩行をし,大きな脳を持ち,木登りはあまりうまくないという私たちの身体的な特徴について考えました。この問いに対する従来の答えは「肉食による進化」でしたが,私の新しい答えは「料理」です。ヒトの進化についての研究者たちには,化石から,200万年前にある変移が起こったことが知られています。それは,類人猿に近い猿人の化石から,現代のヒトに近い,200万年前以降のより新しい化石への変移です。そして,その頃に起こった食事の変化が非常に重要な役割を果たしたのだと長い間考えられてきました。しかしこれまでは,この猿人がより多くの肉を食べるようになり,それによってヒトになったのだと言われていました。…… (中略)
 私の説は,アウストラロピテクスと呼ばれるこの猿人が火を使用するようになり,そしてそれが幾つかの理由からヒトとしての身体的特徴の進化を導いたのだというものです。まず,火を使用することができるようになった結果,ヒトはそれを用いて食物を料理することができるようになりました。食物を料理するということは二つの大きな効果をもたらします。食物を柔らかくすることと,食物の中により多くのエネルギーを与えることです。これらはいずれもたいへん重要なことです。食物が柔らかくなると噛みやすいので,そんなに大きな歯を必要としなくなります。食物を通じてより多くのエネルギーが得られることによって,大きな脳や大きな体を持つことができ,長距離の移動ができ,より頻繁に子どもを産むことができるなど,ヒト特有のさまざまなことが可能になります。…… (中略)
「私たちは火の使用と料理によってヒトになった」と私が言う意味は,「私たちが長い脚,完全な直立歩行,そして木登りに向かない足という,現代あるいは比較的最近の身体的特徴を持つことになったのは火の使用と料理によるものだ」ということなのです。
 
火の使用と料理はいつ始まったのか
 考古学的証拠から,ヒトは25万年前には火を使用していたことがわかっています。しかしそれ以前のこととなると,考古学的な証拠はなくなってしまいます。

 
 つまりリチャード・ランガムの説は「アウストラロピテクスが火を使用して料理をするようになり,人類は大きな脳を持つようになったが,アウストラロピテクスが火を使用したという考古学的証拠はない」というものだ.アウストラロピテクスの化石と一緒に炉の跡が発見されるという考古学的事実を前提とした上で,初めて彼らが料理をしたという仮説が可能となるはずだが,そんな考古学的事実はないと自ら言うのだから,リチャード・ランガム説は,科学的な仮説以前の,ただの空想に過ぎない.
 
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(アウストラロピテクスの復元想像図;パブリックドメイン,File:A.afarensis.jpg from Wikimedia Commons )
 
 ロビン・ダンバーは,たとえアウストラロピテクスが火を使用した考古学的証拠が発見されたと仮定してもアウストラロピテクスの小さな脳 (チンパンジー程度) では身体の発達に影響を与えるほどの料理 (→栄養改善) は不可能だったと論証し,リチャード・ランガム説を一蹴したのである.
 そもそもアウストラロピテクスは石器を作れず,ようやく自然石を使える程度の能力しかなかったとされる.それが火を熾して料理をしているというシーンは想像することが困難だ.
 この荒唐無稽なリチャード・ランガム説におけるアウストラロピテクスをホモ・エレクトスに置き換えた,タチの悪い焼き直しが伊藤裕教授の奇説である.私が伊藤説を「タチが悪い」と非難するのは,ホモ・エレクトスが火を使用していたという証拠はゲシャー遺跡から出土した約75万年前のものなのに,伊藤教授はこれを200万年前のことであるという捏造を行ったからだ.これに比べれば,自説について「考古学的証拠はない」と正直に述べたリチャード・ランガムはフェアだと言える.
 
 さて,伊藤教授は,200万年前にホモ・エレクトスが火を使い始めたという嘘で視聴者を騙したあと,いよいよ支離滅裂の度を増す.
 まずはNスペPlusの当該箇所の,ブラウザ画面のコピーを下に引用する.
 
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 何度も繰り返して述べるが,上のグラフ上にホモ・エレクトスが火を使っている絵を描き入れて,200万年前にホモ・エレクトスが火を使用していたと主張する伊藤教授の説は,ゲシャー遺跡の発掘結果を捏造した嘘である.
 その上さらに伊藤教授は,人類の脳の大きさの変化に関して, 約180万年前から現在に至るまで恣意的な回帰直線を描き入れて《脳が急速に“巨大化”していったことがわかってきた 》と説明した.
 この回帰直線が「恣意的」だという意味は,この散布図を素直に眺めれば700万年前から現在まで一本の二次曲線を引くのが自然であるからだ.そしてその場合は,200万年前の時点に何もイベントを設定しなくても済むことになる.
 仮に線形回帰を用いるならば,約300万年前頃から現在まで一本の回帰直線を引き,「約300万年前頃から脳の大きさが増大を始めた」するのが余程フェアである.上のグラフで,700万年前のサヘラントロプスや400万年前のアウストラロピテクスなどチンパンジーと大差ない猿人を,それよりも進化したホモ・エレクトスと同じ「人類」として回帰直線を引くのがそもそもおかしいのだ.
 では,なぜ伊藤教授はこのような無理筋の嘘を捏ねまわしたのか.
 リチャード・ランガム説が荒唐無稽になっているのは「アウストラロピテクスが火を使って料理をした」としている点にある.アウストラロピテクスをホモ・エレクトスに置き換えれば,リチャード・ランガム説を修正できると伊藤教授は考えたのではないか.
 しかしその考えは,ロビン・ダンバーが既に2016年刊行の『人類進化の謎を解き明かす』の中で否定していた.ロビン・ダンバーは同書にほぼ同様のグラフ (p.23,図1-3) を掲載している.ただし横軸は時間軸 (万年前) ではなく,化石人類を左から古い順に並べている.
 このグラフを一見すると,「人類の脳の大きさ」がアウストラロピテクスからホモ・ハビリスまではほとんど増えていないが,ホモ・ハビリスを起点としてホモ・エルガステルホモ・エレクトスホモ・ハイデルベルゲンシスネアンデルタール人へと急激に増加したように見える.しかしロビン・ダンバーは次のように述べている.文中の「ホミニン」はヒト族のこと.ヒト族にはヒト亜族とチンパンジー亜族がある.また文中の要点の着色は当ブログの筆者が行った.
 
本書の枠組みをわかりやすくするため、図1-3に主要な化石ホミニンすべての脳容量を示す。過去六〇〇万年という長い時間をかけて、ホミニンの脳の大きさは一貫して増え、類人猿に近いアウストラロピテクスの時代の脳から現生人類の脳までで三倍になった。これを見ると、脳には際限なく大きくなるような圧力がたえずかかっていたように思われる。しかし、これは大きな脳に対する淘汰圧がずっとあったことをかならずしも意味するわけではない。事実、地質年代をとおして脳の大きさが継続して増加したというのは、異種の標本をひとまとめにしてしまったことから生じた錯覚だ。異なる種を区別すれば、より継続平衡に近いパターンが見えてくる。つまり、新たな種が生まれるたびに、当初は脳の大きさに急激な増加や移行期らしき兆候が見えるが、しばらくすると脳の大きさは安定するのだ。
 
 この引用箇所は,同種のヒト族においては脳の大きさは安定していると述べている.このことからただちに,ヒト族の脳の大きさはコントロールされているのではないかとの想像が可能となる.事実,その通りなのである.私たちの脳の大きさは遺伝子によって制御されているのだ.このことについて書かれた短い総説から一部を引用しよう.(破線と破線の間)

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脳の進化と文化」(心身健康科学,5巻2号,2009年) 
      新井康允 (人間総合科学大学)
…… (前略)
 現代人の脳の大きさを,現存のゴリラ,チンパンジーなどの大型類人猿と比較してみると,現代人の脳は体の大きさと比較して極めて大きく,人類の脳は非常に特異的な進化を遂げている.
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図1は現存の大型類人猿と化石人類を含む人類の体重と脳の大きさの関係を調べたものである.ゴリラの体重はチンパンジーの約3倍もあり,体も大きいのに,脳の大きさはほとんど同じである.これに大して,人類の場合,現代人の体重はアファール猿人 (アウストラロピテクス・アフェレンシス) の体重より29%しか大きくないのに,現代人の脳は242%も大きく,人類の進化の過程で,脳の大きさの増大は特に著しい.
 脳が大きくなったのは適応進化の結果と考えられるが,図1に示したような急激な変化には,脳の大きさを制御する遺伝子が関係している.その代表的なものとしてはマイクロセファリン (microcephalin, MCPH) がある.…… (中略)
 MCPHには高度な多形性が見られ,この組み合わせが進化の過程で有効な淘汰の圧力として働いたと考えられる.(それ故,未だ脳の進化の可能性を秘めているかも知れない.) MCPHは正常な個体発生では,胎生期におけるニューロンの新生や移動の制御を促進すると考えられ,脳の大きさを増大するのに貢献したに違いない.小頭症の場合はこの過程の障害によって小頭症になってしまったわけである.…… (後略)
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[当ブログの筆者による註]
MCPHには高度な多形性が見られ 》は「高度な多型性が見られ」の誤植.遺伝子の多型についてはWikipedia【多型】を参照のこと.
これに大して 》は「これに対して」の誤植.
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 新井先生の見通しの通り,MCPHが脳の大きさを増大するのに貢献するとして,脳の大きさが増大することは必ずしもよいことではない.脳は大きなエネルギーを消費するからである.
 ある種における孤立したある集団が環境に適応する上で,そのエネルギー消費に見合った利益がなければ,脳が大きくなる変化は個体にとってデメリットとなり,結果としてその集団は脳が大きくなる方向に進化はしないだろう.
 逆に言うと,大きな脳がもたらす利益 (例えば言語と認知の能力向上や,道具を作り扱う能力の向上) によって,脳が消費するエネルギーを賄えるようになれば,脳が大きくなる方向に進化することになるだろう.これを新井先生は《MCPHには高度な多形性 (ママ) が見られ,この組み合わせが進化の過程で有効な淘汰の圧力として働いたと考えられる 》と書いているわけだ.
 これまで人類は,いくつもの種が,環境の変化 (多くは気候変動であったいう) を脳容量の増加で乗り切ってきた.そしてその大きさの脳では環境変化に適応できなくなった時に,滅亡してきた.その繰り返しの上に現生人類がある.その観点に立ってNHK『食の起源』の誤りを見ていこう.
[慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三) へ続く]
 
[この連載記事の一覧]
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (補遺)
 

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2019年11月29日 (金)

慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)

 昨夜のNHKスペシャル《食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~》(以下,単に番組またはNHK『食の起源』と略する) がおもしろかった.ツッコミどころ満載という意味で.w (以下に掲載する画像は,放送の画面をカメラで撮影し,トリミングしたものである)
 この番組の司会進行はTOKIOの四人と近江友里恵アナだが,この番組を監修したと思われる実質的なMCは慶應義塾大学医学部の伊藤裕教授である.
 この番組の基調はアンチ糖質制限 (画面の左肩に書かれていたサブタイトルは“発見!「糖質」のすごい力”だった;下の画面1) であり,日本人はデンプン質の食材を主食にするのがよいという主張がなされた.
 
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(画面1)
  
 下の画面2は,コメンテーターとして出演した女優の壇れいさんだ.彼女は番組の最初から最後まで特にコメントをするわけでもなく,「お米のご飯はすばらしい」と礼賛しただけだった.彼女の肩書は「日本食普及の特別親善大使」だが,この特別親善大使とやらは農水省が任命する.いてもいなくても同じ彼女の出演は,この番組が農水省の意向を忖度して制作されたものであることを疑わせた.
 
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(画面2)
 
 そのアンチ糖質制限の食材として,なぜか小麦でもトウモロコシでもなく,あるいは芋類豆類でもなく,NHK『食の起源』は米だけを絶賛した.その理由を,日本人はそのように進化してきたからだと番組はいうのである.
 
 
まず,今回の放送 (全五回のシリーズの第一回) を観て一番驚いたのは,番組の終わりに近いあたりで,少しでも暗算ができる視聴者なら唖然とするようなことを,伊藤教授が述べたことである.それは,食事における糖質と死亡リスクに関係があるとして糖質制限食の危険性を説き,その説明に用いた次の二つのシーンである.
 
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(画面3)
 
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(画面4)
 
 上に示した画面4で,《標準的な大人の場合,毎食,茶碗に1杯程度》の米飯が適量だというのが伊藤教授の主張だ.
 その「茶碗に一杯の米飯」とはどれくらいの量か.
 文部科学省の「日本食品標準成分表 (五訂増補)」によると,精白米を炊いた米飯は100グラム当たり168キロカロリーとなっており,飯茶碗に軽く一杯 (約150グラム) は約240キロカロリーである.これが米飯のエネルギー量として広く用いられている数値である.
 この番組が画面3で主張するところの,最も死亡率が低い (実はこれは,前提抜きに使用するのは不適切な表現なのであり,なんとなく「健康にいい」ような印象を与えて視聴者をミスリードしようという意図が見える) 糖質の量 (画面3の横軸は「量」と書いてあるが,伊藤教授は単位を%にしている.高校生でもこんな間抜けなグラフは書かない.やむを得ず伊藤教授に代わって解説すると,横軸は「食事で摂取する全エネルギーに占める糖質由来エネルギーの割合」のことだ) は,画面1のグラフでは50~55%であるという.
 すると,この番組が言うところの標準的な大人 (これまた意味不明な表現だ;男女の性差,年齢,身体活動レベルを考慮しない「標準的」などという語は無意味なのである) の日本人の場合,一日のエネルギー必要量は,(240kcal x 3食) / 0.50~0.55=1,309~1,440kcal (中央値は1,375kcal) だということになる.
 ところが,日本人の栄養に関して厚労省が示す最新版のガイドである「日本人の食事摂取基準 (2015年版) 策定検討会」報告書によると,30~49歳で身体活動レベルがIIの男性の推定エネルギー必要量 (kcal/日) は2,650kcal であり,同じ条件の女性は2,000kcal である.
 つまり働き盛りの日本人は,男性で1,275kcal,女性で625kcal も摂取カロリー過剰だと番組は放送したのである.これはすなわち,出演した慶應義塾大学医学部教授・伊藤裕氏の主張である.
 実は,伊藤教授の主張のように一日の摂取エネルギーを1,500kcal 以下にするのは,私のような高齢者はともかく壮年男性にとって,たとえ仕事がデスクワークでも難儀なほどの強い食事制限なのである.すなわちこの番組で伊藤教授は,厚労省の「日本人のエネルギー摂取基準」に異を唱えているわけだが,私が知る限り,厚労省の「日本人のエネルギー摂取基準」を真っ向から否定しているのは日本では伊藤教授ただ一人である.いや,持って回った言いかたはやめよう.伊藤教授は,支離滅裂なことを述べておきながら自分の言説の矛盾に気が付かないのである.そういう困った「学者」が番組の監修をしたのであるから,番組内容が大嘘になってしまったのは当然なのである.
 
 上に述べた伊藤教授の支離滅裂な言説は,ほんの一例である.さらに《食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~》の問題点を例示しよう.
《食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~》は,人類の発祥以来,その「食」においていくつもの画期的な変化があったとしている.まず番組は人類の誕生をマンガで説明した.以下の画像は伊藤教授の主張に沿って番組制作サイドが作成したものだが,これに対して私は,ロビン・ダンバー (オクスフォード大学教授,進化心理学),鍛原多恵子訳『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト,2016年6月30第1刷) の記述を根拠にして論じることにする. 同書は,人類進化に関する刊行物として最新 (原書;“HUMAN EVOLUTION”,Penguin Books Ltd.,2014
) のものである.この書籍には総説と著者の研究成果が含まれており,ウェブ上の書評では高い評価を受けている.
 
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(画面5)
 
 番組は画面5で,人類の起源を700万年前だとした.これは人類がチンパンジーとの共通祖先と分岐したことを指すが,ロビン・ダンバーの近著は600万年前としている.
 
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(画面6)
 
 番組では画面6で「700万年前の私たちの祖先」と表現したが,これは誤解を招く.現生人類の祖先が700万年前にいたわけはない.「私たちの祖先に繋がる類人猿」というべきだろう.画面6は,その類人猿が果実などを食いながら樹上生活していたことを述べたものである.
 
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(画面7;画面のマンガでは降雪が描かれているが,本当に雪がふったかどうか私は知らない)
 
 人類の起源に関する議論は,科学的な意味で実証されたわけではなく,すべて仮説である.従って新しい化石が一つ発見されれば簡単に定説が引っ繰り返る.そのいい例が,今から二十年ほど前までは定説だった「イーストサイドストーリー」だ.Wikipediaから引用すると以下の通り.
 
その内容は、アフリカ東部の猿人類が人類の祖先だとするものである。 アファール猿人、ルーシーが、南北につらなる山脈の東側で発見されたことから仮説が立てられた。およそ800万年前から、大地溝帯付近の造山運動が盛んになり、大西洋の水蒸気を含んだ偏西風が大地溝帯の山脈にぶつかって雨を降らすようになり、東側では気候の乾燥化が進んだ。その結果、森林が徐々に草原に変わり、類人猿の祖先は死に絶えてしまった。一方、人類の祖先は以前までの森林での生活で、中臀筋などの二足歩行に欠かせない筋肉を発達させていた(人猿の骨盤の化石より推定)と考えられるため、二足歩行により草原で生活の場を開拓して人類に発展したとする仮説である。
現在、この仮説は定説ではなくなってきており、人類は森林の中で進化したという仮説が有力である。
この仮説が破綻した理由として、800万年前の大地溝帯付近の造山運動は小さく、大きく隆起したのは400万年前であったと考えられるようになってきたことが挙げられる。これはヒトが二足歩行したと考えられている600万年前よりも後のことであり、大地溝帯形成を人類が類人猿から分岐する原因と考えると矛盾している。また、当時のアフリカ東部の乾燥化は完全ではなく、森林がかなり残存していたことが炭素同位体の分析から明らかになっている。
そして、この仮説が破綻する決定的な証拠が2002年にアフリカ西部であるチャドで600 - 700万年前と考えられるトューマイ猿人の化石が発見されたことである。頭骨から背骨につながる孔の位置から直立二足歩行をしていたことが分かり、顔の特徴から、絶滅した傍系ではなく、ヒト属の直系の祖先である可能性が高いことが判明した。この場所で、魚やワニの化石が発掘されたことからかなり湿潤な地域だったことが考えられる。
2003年2月には、提唱者であるイブ・コパン自身がこの仮説を自ら撤回している。
 
 若い頃から生命や人類の起源に関する話が好きだった私は,NHKの特集番組総集編のDVDシリーズ『NHKスペシャル 40億年はるかな旅』(一枚あたり五千八百円) などを「これは保存版だ!」と思い込み,合計五万円以上も財布をはたいて購入した.ところが現在では,それらは内容が大嘘だらけになってしまい,全くのゴミと化してしまった.しかしNHKの商売上手を知らなかった自分があまりにも悔しいので,いまだに自戒の念を込めて書架に飾っている.
 で,そのゴミ『40億年はるかな旅 第8集 ヒトがサルと別れた日』(1998年発売) で解説されていた人類の起源が「イーストサイドストーリー」だった.当時はみんながこの仮説は正しいだろうと思っていたが,しかし科学的データに基づかない「みごとな仮説」はむしろ怪しむべしという教訓となったのである.ちなみに「ヒトがサルと別れた日」とNHKは書いたが,ヒトとサルが泣いてお別れしたのではないから,漢字を使うなら普通は「分かれた」と書く.しかしこういう使い分けはめんどくさいから「わかれた」と書くのがお勧めだ.
 
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(ゴミの山)
 
『40億年はるかな旅』に限らず,NHKが渾身の力を込めて拵えたもっともらしい「科学」番組というのは,昔からそんなものなんである.だから録画した放送をビール片手に鑑賞しつつ「違うでしょー! あはははは」とツッコミを入れながら観るのがよろしい.番組内容を真面目に信じると後悔する.ま,せいぜい『ガッテン!』とか『チコちゃんに叱られる!』とかの娯楽番組を楽しみ,すぐに忘れるのがお勧めである.『チコちゃんに叱られる!』は割と良心的で「諸説あります」と画面に断りが出るが,NHKスペシャルは,番組に都合のよい説だけ集めて作るので,そこが困ったものである.
 閑話休題.画面7で,ナレーションは,700万年前に地球全体が寒冷化したとし,続いて《地球が寒冷化したため,果実が減り,祖先は食べ物を求めて地上に降り立ちました.こうして人類が誕生したのです》と述べた.寒冷化によって人類が誕生した地がアフリカであることに触れなかった理由は不明だ.
 ここのところは従来「寒冷化 (氷期) により海水温が低下したため,アフリカの熱帯域では降水量が減り,乾燥が進んで熱帯性の森林は縮小し疎らになった.そこで樹上生活していた類人猿は移動するためには地上に降りざるを得なくなった.こうして最初期の人類が誕生した」と説明されてきたところである.
 寒冷化すると樹々の果実が減るという理屈がよくわからないが,ともかく伊藤教授説では,700万年前に地上に降りた人類の祖先がいたという.だとすると,伊藤教授の言う人類の祖先とは,サヘラントロプス・チャデンシスのことを指しているに違いない.
 この霊長類の一種を最古の人類だとする説があるが,しかし頭骨しか発見されていないことから,これは仮説にとどまっている.というのは,人類の基本的プロパテイとして直立二足歩行があるので,将来もしもサヘラントロプスの脚の骨の化石が見つかったら,実はサヘラントロプスは人類ではありませんでした,ということになる可能性があるのだ.つまりサヘラントロプスは人類ではなく,「人類とゴリラやチンパンジーとの共通祖先」かも知れないのだ.だが科学的な慎重さを欠く伊藤教授は,サヘラントロプスを人類と断定して説明を進めた.
 何しろ人類の起源に関する話は仮説ばかりなので,Wikipediaでも項目によって一貫性が全くないのが現状だ.サヘラントロプスを最古の人類だとする百科事典項目と,それを認めない項目が混在している.それ故,伊藤教授が「サヘラントロプス=最古の人類」を唱えるのは自由だが,しかし「これはコンセンサスが取れていない仮説だ」と一言説明が必要だと思われる.それをしないのはフェアでない.
 
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(画面8)
 
 画面8は,画面7のナレーション《地球が寒冷化したため,果実が減り,食べ物を求めて地上に降り立ちました.こうして人類が誕生したのです 》に続いて,サヘラントロプスが樹上から地上に降りて,食べ物を探すという場面だ.ナレーションはさらに続く.
 
でも覚束ない二足歩行.やっとおいしそうな果実を見つけても,すばしっこい動物にとられちゃった 》と.
 
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(画面9;地面の落ちていた果実)
 
 ここは「すばしっこい動物に取られる前に,果実が樹の枝になっているときに食べろよなー!」と視聴者が大笑いするところだ.しかも画面では「すばしっこい動物」はキツネの姿恰好をしていた.これはまるで昔人気があったアニメの日本昔話みたいで,さすがにバカバカしいので画像を載せるのはやめておく.こういうデタラメは少年少女の教育上で有害だと私は思うが,伊藤教授はなんとも思わないようだ.
 
20191128c
(画面10)
 
 画面10のナレーションは《他に何か食べられそうなものは…… 木の実です!》だ.
 柔らかな果実と同じく堅果も,わざわざ地面に落ちたのを探して食べなくても,すなおに樹の枝になっているのを取って食べればいいのだ.こうしてみると,人類が樹から地上に降りて直立二足歩行を始めたことに関して,番組が示した《地球が寒冷化したため,果実が減り,祖先は食べ物を求めて地上に降り立ちました.こうして人類が誕生したのです》という説明は,辻褄が合わなさすぎて無理がある.疎らになった樹々の間を移動するために地上に降りた,という普通の説明のほうがよいのではないか.そして降りたついでに地面に落ちている木の実を食べればいいわけだ.
 
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(画面11)
 
 画面11のナレーションは《殻が硬くて他の動物は食べませんが,がんばって割ってみたら,中から出てきたのはデンプンの塊です 》だった.
 地球上で繁栄している動物に,ネズミやリスの類がいる.彼らは堅果を好んで食べる.森にすむ彼らが,堅果を貯蔵する性質を持っていることが,堅果を作る樹木の繁殖に一役買っているとされているくらいだ.それなのにナレーションは,初期の人類が住んだ森にはネズミ類はいなかったと主張したのである.
 ナレーションの《殻が硬くて他の動物は食べません 》の根拠はいったい何だろう.
 実はNHKのサイトであるNスペPlusには,NHKスペシャルの放送内容が紹介されている.今回の放送の《「ご飯」は健康長寿の敵か?味方か?》(掲載 2019年11月22日) で
は,当該箇所が《他の動物があまり食べないような、殻が硬い木の実 》となっている.実際の放送では「他の動物は食べません」だったのに,公式サイトのコンテンツでは「他の動物があまり食べないような」と修正されているのだ.番組制作後に「他の動物は食べません」が誤りであると気が付いたのだろうが,実際の放送では修正されなかった.放送時に字幕で修正すべきであるのに,実にアンフェアである.
 実際の放送と公式サイトのコンテンツが異なっている例は他にもある.ナレーションでは《地球が寒冷化したため,果実が減り,》だったものが,公式サイトでは《しかし700万年前、地球全体が寒冷の時代になると森が縮小して果実が減り 》となっている.「地球が寒冷化したため果実が減り」ではその理屈がわからぬが,「森が縮小して果実が減り」なら因果関係の説明としてまともである.
 
 
 さて番組はこのような説明により,サヘラントロプスに始まる人類は,木の実 (堅果) の糖質を最も重要なエネルギー源としてきたと主張した.だがそれは単純すぎる.ヒトは糖質だけで生きられるわけではないからだ.生きるのにはアミノ酸や脂肪酸が必須だから,普通の説明のように「初期の人類は雑食性で,何でも食べた」とするのが納得しやすい.彼らは近縁のサルと同じく肉食獣の食い残し,小さな爬虫類,昆虫,木の実草の実や地下茎など,口に入るものは生きるために何でも食べたと思われる.採集するのに季節性がある堅果だけで生きられるわけがないのである.これについても,実際の放送では堅果ばかりを食べ物として重要だったと強調したが,公式サイトでは《殻が硬い木の実や、地面を掘らないと手に入れられない地下茎 》と書き,こっそりと,地下茎も食料だったとしている.
 
 このように番組が,初期人類の食べ物として堅果 (のデンプン) だけを異常に強調したのは,「デンプンを加熱調理して摂取したことが,人類の脳が巨大化した原因である」という伊藤教授の奇説を導き出すためであった.
 その奇説を視聴者に「そうなのか!」と思わせる道筋がおもしろかったので,以下に紹介しよう.
 まず番組はバルセロナ自治大学のカレン・ハーディ教授の仕事を紹介した.
 
20191129b
(画面12)
 
 ハーディ教授の方法論は,発掘された歯に付着している歯石を分析し,人類が何を食べていたのかを分析するということだ.
 実際の放送では,ハーディ教授の発掘現場に関する説明が全くなく,NスペPlusにも次のようにだけ書かれている.
 
アメリカでは今、「パレオダイエット」と呼ばれる、肉食中心のダイエット法が人気を集めている。パレオとは石器時代のこと。「石器時代は人類は狩りをし、肉を主食にしていたので、私たちの体は肉が主食の生活に適応しているはず」という考えが基になっている。
しかし最近、そのような定説を覆す大発見があった。バルセロナ自治大学のカレン・ハーディ博士は、石器時代の祖先の骨の化石を調査し、祖先が何を食べていたのかを解明した。ハーディ博士が調べたのは「歯にこびりついた歯石」だ。
特殊な溶液で小さく砕いた歯石を顕微鏡で観察すると、でんぷんの粒子が多数見えてきた。肉が主食と思われていた石器時代の祖先が、糖質を食べていたという決定的な証拠だ。さまざまな最新研究を総合すると、摂取カロリーの5割以上が糖質だったとの推測もある。
「祖先の主食が肉というのは間違いです。生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます。」(ハーディ博士)
 
 上の記述には「石器時代の祖先」としか書かれていないが,ハーディ教授のフィールドワークで有名なものはスペインのエル・シドロン洞窟で行われ,発掘と研究の対象はネアンデルタール人である.彼女は単独で研究しているわけではなく共同研究者がいる.また彼女と同様の方法論を用いている研究者もいる.
 彼女の名が大きく報道されたのは,2012年のNewScientist誌に掲載された"Neanderthal dental tartar reveals evidence of medicine "だった.
 この記事の冒頭を下に少し引用しよう.(要点の箇所の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
《The tartar on Neanderthal teeth has a tale to tell. The chemicals and food fragments it contains reveal that our close relations huddled around fires to cook and consume plants – including some with medicinal properties. The find is the earliest direct evidence of self-medication in prehistory.
Despite their reputed taste for flesh, we now know that at least some Neanderthals enjoyed a more varied diet. The latest evidence comes from an analysis of 50,000-year-old Neanderthal teeth from the El Sidrón site in northern Spain.
Karen Hardy at ICREA, the Catalan Institution for Research and Advanced Studies in Barcelona, working with Stephen Buckley at the University of York, UK, and colleagues, used a scalpel to scrape tartar off the teeth of five Neanderthals. They chemically analysed some of the tartar samples, and examined others using an electron microscope.
Smoke signals
The microscope revealed cracked starch granules, which suggests the Neanderthals roasted plants before eating them. ……》
 
 大昔の人類が何を食べていたかということは,食事残滓の化石が有力な情報となる.ただし,残りやすいものが発見されやすいので,バイアスがかかるのは避けられない.動物や魚の残滓は残りやすいが,植物質のものは残りにくい.風雨や微生物などで分解されやすいからだ.そのため,ネアンデルタール人の食生活は肉食という面が強調されてきた.これが俗説化して,NスペPlusに書かれている「パレオダイエット」という食事法を生んだ.
 本来のパレオダイエットは旧石器時代の食事を真似ようという趣旨の食事法であり,Wikipedia【パレオダイエット】に《農耕や牧畜に頼らず、日常的に簡単に入手できる魚介類、鳥類、小動物、昆虫、卵、野菜、キノコなどの菌類、根菜、ナッツ類など 》と書かれているように穏やかな主張だったが,現代では極端な肉食偏重のオカルト的食事法になってしまったようだ.ネアンデルタール人のイメージが歪められた結果だろう.
 ハーディ教授の業績は,ネアンデルタール人の歯石の中にデンプン粒を発見したことで,彼らが雑食だったことを改めて示したものである.
 それは価値ある仕事だが,NスペPlusの記述に書かれているように彼女が本当に《生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます 》と語ったとすれば,それは言い過ぎだ.堅果のように濃縮されたデンプンを,一年中いつも,どの土地でも,ネアンデルタール人が採集できたはずがなく,肉しか食べるものがない環境に置かれれば肉を食べて生きたに違いないからである.引用文中の《Despite their reputed taste for flesh, we now know that at least some Neanderthals enjoyed a more varied diet. 》が,わずかなデータ (=歯石からデンプン粒が発見された) を極端に拡大解釈 (=ネアンデルタール人の主食は常にデンプン質のものだった) しない妥当な見解というべきだろう.ただし私には,NHK『食の起源』がハーディ教授の発言を歪曲しているとしか思えない.彼女の肉声で「生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます」と語ったのを視聴者に聞かせないのはアンフェアだ.
 さて番組は次に,ホモ・エレクトスの時代にさかのぼる.
 
20191126e
(画面13)
 
 画面13あたりから,NHK『食の起源』は話の辻褄が次第にボロボロになる.例えばこの画面で,200万年前にホモ・エレクトスが現れたとしているが,この年代を200万年前とすることには問題がある.(後で詳しく述べる)
 余談だが,画面13のように200万年前の人類が腰に衣服を着用していたという証拠はない.
 
20191126f
(画面14)
 
 画面14の字幕にゲッシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡と書かれているのは,イスラエル北部のベノット・ヤーコヴ橋 (英語版 Wikipedia) の近くにあるゲシャー遺跡のことだ.ただし,日本語でウェブを検索するときは,ゲッシャー遺跡ではなくゲシャー遺跡と表記されるのが普通である.
 
20191126g
(画面15)
 
 日本語表記のことはともかく,番組は画面15で,ゲシャー遺跡から焼けた石器,焼けた堅果が発見されていることから《つまりこれはホモ・エレクトスが火を使っていた証拠 》とした.
 さらに,ネアンデルタールの食生活を研究しているカレン・ハーディ教授が,なぜかこの場面にも登場し,ホモ・エレクトスの食事について《これは人類が初めて火で木の実を調理したはっきりとした証拠ですね 》と語った.だがハーディ教授のこのコメントは,話の流れとして唐突感があり,どうも番組上の演出くさい.
 
20191126h
(画面16)
 
 NHK『食の起源』では番組の中で何度も「○○ということが最新の研究でわかってきました」と進行役の近江アナが述べたのだが,実際には目新しいことは何もなかった. ゲシャー遺跡から,火を使用した痕跡が発掘されたのは,かなりよく知られた既知のことだ.
 確からしいことを積み重ねて論を進めるのは大変よいことなのだが,実は画面13から16までには,確からしいことに見せかけたトリック=嘘が仕込まれている.
 番組が放送したストーリーは「200万年前にホモ・エレクトスが現れた」→「ホモ・エレクトスが住んだゲシャー遺跡から火を使用した痕跡が発掘された」→「これは人類が火を使って調理した証拠」であり,番組を観た視聴者は200万年前にホモ・エレクトスが火で調理したかのように思い込まされる.ところが事実は違う.これについてWikipedia【初期のヒト属による火の利用】に次の記述がある.(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
イスラエルのベノット・ヤーコヴ橋の河岸にあるゲシャー遺跡では、ホモ・エレクトスかホモ・エルガステルが79万から69万年前に火を使っていた証拠がある。焼けたオリーブ、大麦、ブドウの種や、木、火打石が残されており、火を使った確実な証拠としては、これが世界最古のものと見られている。
 
 最近の高校の教科書にどう書かれているかよく知らないが,NHK『食の起源』が,あたかも200万年前に火の使用が始まったかのように放送したとき,これを観たまじめに勉強している生徒は「あれ?」と思っただろう.
 人類が火を使い始めたのは200万年前ではなく,ゲシャー遺跡から出土した証拠によれば,時代をはるかに下った79万から69万年前あたりなのだ.どういうことかというと,高校生も頭をひねるこのトリックは「ホモ・エレクトス」という用語のすり替えを使って行われたのだ.
 実は東アフリカには,180万年前頃にホモ・エルガステルというヒト属の一種がいた.これは広義のホモ・エレクトス (=亜種) とされることもあるが,別種とされることが多い.このホモ・エルガステルの近縁種から,後に現生人類が派生したとされる.
 これとは別に,ホモ・エルガステルから遅れて現れた近縁の一種が,アフリカを出てユーラシアに広がった.これが狭義のホモ・エレクトスである.狭義のホモ・エレクトスはすべて滅亡した.ちなみに,ホモ・エレクトスがアフリカを出たことと,その滅亡については,Wikipedia【ホモ・エレクトス】には以下の記述がされている.
 
ホモ・エレクトゥスの1亜種、あるいは近縁種ともされているホモ・エルガステルの仲間からホモ・サピエンスがアフリカにおいて進化したと考えられ、その他のエレクトゥスは全て現生人類とは別の進化経路を辿っているというのが現在の進化論の主流である。
ホモ・サピエンスとホモ・エレクトゥスは数万年同時に同地域に暮らしていたと考えられるが、彼らの遭遇は極めてまれであったと考えられる。ともにハンターとして獲物を追ってアフリカを出たが、約9万年前当時の人口は、たとえば広いインド全体でもサピエンス数百人、エレクトゥス数千人と考えられる。(この数値は公式な発表では存在せず、あくまでも数人の研究者の推測である為、時代により相当な誤差が生じる可能性は否定できない)。これは、たとえば北海道の山奥で希少種である雷鳥に遭遇する程度の可能性と言える。しかし、獲物が競合するホモ・サピエンスとホモ・エレクトゥスは、互いに争うことはなくても、狩猟技術の進んでいたホモ・サピエンスが圧倒的に生存に有利であったため、数万年をかけて両者の地位は逆転し、やがて、各地でホモ・エレクトゥスは主に飢餓により絶滅に向かっていったと考えられる。
 
 以上をここで整理すると,NHK『食の起源』は,ホモ・エルガステル (広義のホモ・エレクトス) と,狭義のホモ・エレクトスを,「ホモ・エレクトス」という名で一緒くたにすることで,人類による火の使用をゲシャー遺跡のデータよりも100万年以上も古いことにし,あたかも200万年前に火の使用が始まったかのような捏造を行ったのである.人類の起源に関する知識を持たないNHKの制作スタッフにそんな捏造ができるはずがない.これは伊藤裕教授の指示によるものだろう.
 伊藤教授はなぜそんなことをしたのか.それは次のグラフを視聴者に見せるためである.
 
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(画面17;グラフ上の絵を拡大したものが下図)
20191129f
(画面18)
 
 画面18は,NHK『食の起源』で伊藤裕教授が「人類による火の使用は200万年前に始まった」と主張したことを示している.
 これは根拠のない真っ赤な捏造なのであるが,後述する伊藤裕教授の「人類の脳の発達は,加熱調理されたデンプンの摂取により大きく促進された」という奇説を裏付けるためには,どうしてもこの捏造を行う必要があったのである.
[以下,慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二) に続く]
 
[この連載記事の一覧]
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (一)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (二)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (三)
慶應大学伊藤裕教授の大ウソ (補遺)

 

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2019年11月27日 (水)

小泉大臣の愛犬散歩

 昨夜放送されたテレビ東京『ガイアの夜明け』で,レジ袋問題が取り上げられた.番組は最初に,京都府亀岡市が,プラスチック製レジ袋を禁止する条例の制定を目指していることを紹介した.捨てられたレジ袋が市内を流れる桂川流域を汚染し,桂川を船で下る保津川下りの観光価値を著しく損ねていることに,市長が危機感を持ったからである.(資料;日経新聞《レジ袋 有料でもダメ 京都府亀岡市、全国初の条例めざす》掲載 2019年2月21日 9:03)
 ところが,この全国初の取り組みは,市内の魚屋や豆腐屋など商工業者の強い反発に遭っている.市の担当者が条例の説明に各戸訪問するが,業者から,けんもほろろの対応を受けているシーンが番組で放映された.
 市が条例の説明会を開いたところ,コンビニ業界から強硬な反対が発言されたようだ.「熱いグラタンを手で持って帰れと言うのか! バッグに入れても,こぼれたグラタンで中がドロドロになったらどうするのか!」といった風な反対である.亀岡市の取り組みは,前途多難と思われた.
 どこの家庭でも,使っていないレジ袋があると思う.上の例でいえば,持参した古いレジ袋に熱いグラタン (の容器) を入れて,それをさらにエコバッグに入れて持ち帰れば何の問題もないと私は思うが,コンビニ業界はそのようには考えないようだ.コンビニの客はエコバッグを持って買い物には来ない,だからレジ袋を無料提供するのだ,という従来の発想を捨てる気はないらしい.
 私の行動範囲の藤沢駅周辺では,駅北口のデパート「さいか屋」も南口の小田急デパートもレジ袋は無料だが,駅から少し歩くOKストアは既にかなり前から有料にしている.藤沢のOKストアは価格が安い人気店なので,レジ袋を有料にしても客足が遠のくことがないからだろう.このスーパーはほとんどの買い物客がエコバッグ持参である.
 このように,競争力のある小売店は,レジで販売するレジ袋を高額 (三十円とか五十円とか) に設定しても,消費者の理解は得られると私は思うが,どんなもんだろう.高額にすれば,エコバッグの普及を促進するような気がする.だがやはりコンビニ業界は,有料化を骨抜きにできるまで抵抗するんだろうなあ.
(資料;NHKニュース《プラスチック製レジ袋 来年7月から有料義務化の方針 課題も》掲載 2019年11月4日 18:37)
 さて来年七月にレジ袋有料化義務が実施されると,レジ袋の製造業者は大打撃を受けると思われる.『ガイアの夜明け』は経済番組であるから,レジ袋の製造ではシェア六割の福助工業の取り組みを紹介した.土壌中の細菌が分解できる生分解性プラスチックは以前からあるが,海洋に流れてしまったレジ袋でも生分解可能なレジ袋の開発を進めているのだ.これは群馬大学工学部との共同研究だが,見通しが立ちつつあるという.
 現在の政府方針は,レジ袋有料化の対象から生分解性レジ袋を外す方針だが,上に示したNHKニュースに書かれているように,これには反対論がある.一種の抜け道となる可能性があるからだ.
 原則として小売店がレジ袋を客に無料提供することは禁止するが,ただし環境汚染が深刻な水圏においても生分解性を示すレジ袋に限り,高額でレジで販売することを認めるようにすればいいのではないかと思う.そういうやり方で,福助工業が生き残れるようになればいいのだが.
 ところで,『ガイアの夜明け』のスタッフが,レジ袋問題について小泉環境大臣にインタビューをした.
 その時に小泉大臣は次のような談話をした.
 
20191127a
 
 大臣は夫人と一緒に,飼っている犬の散歩をするようだ.散歩の途中で犬が脱糞するのは普通だが,その時の始末の様子が下の画像である.
 
20191127b
 
 小泉大臣はレジ袋に右手を突っ込み,そのまま糞をつかむ.次に袋を裏返すとレジ袋の中に犬のウンチ (大臣は糞をウンチと言った) が入った状態になる.それを手にぶら下げてご帰宅になるのだという.
 
20191127c
 
 大臣は「はっと気が付いたが,これもプラスチックの袋だな」と語った.気が付いたのはいいが,そのあと糞入りのレジ袋をどうするのかまでは言及しなかった.
 私は,「ウンチをレジ袋でつかむ」小泉方式は環境によろしくないと思う.たまに犬の腹具合が悪かったりすると,道路の舗装を汚してしまうからで,あと始末が大変だ.舗装道路ではなく土の道だと,枯葉や小さな石粒が糞についてしまうので,帰宅してトイレに流すのがためらわれる.
 そこで私の流儀だが,私は飼い犬の散歩の際は,折りたたんだトイレットペーパーを「ワンちゃんのお散歩バッグ」に入れて出かける.
 犬が道端で踏ん張って脱糞姿勢になったら,すかさず糞の落下予想位置にトイペを置く.次に,ペーパーの上に見事着地した糞を丁寧にくるみ,それをポリ袋に入れ,さらに「お散歩バッグ」に入れて持ち帰り,帰宅してからトイレに流すのだ.私の ウンチ 排泄物と同じ環境放出プロセスに乗せるわけだ.もちろんポリ袋は汚れてはいないから再使用する.
 このやりかたが一番いいと思うのだが,困ったことに,ごくまれに愛犬が糞をリリースする寸前に尻を振ることがある.こんな場合,せっかくトイペを敷いたのに,想定外のところにウンチが落ちてしまうのである.このとき私は「わーっ」とか言いながら反射的に,落下するウンチを手で受けることになる.これが,私の愛犬のウンチ始末方法の欠点ではあるが,しかし小泉大臣の「レジ袋でつかむ」方式よりは環境にやさしいと考える.
 
20191127d
 
20191127e
 
 まことに,一人一人が気付いたことを始めるのが大事である.ぜひとも大臣におかれては,愛犬のウンチをレジ袋でつかむようなことをせず,手で受けるのも辞せずという不退転の決意で犬の散歩に取り組んでいただきたいと思うのである.

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2019年11月26日 (火)

香港の民主派を支持する

 私がこのブログのコメント投稿欄を閉じたのは,粘着質の若造がネチネチと絡むが如きコメントを何度もしてくるのが鬱陶しかったからである.
 その若造が陰性に絡んできた私の文章の一つ《呼び捨て》を下に再掲する.
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2019年9月2日 (月)
呼び捨て
 
 今朝,偶々テレビをオンにしたら,テレビ朝日「グッド・モーニング」で香港の民主活動家,アグネス・チョウ (周庭) さんのインタビューが放送されていた.MCの坪井直樹アナはアグネスさんについて「日本語でまくし立てる」とか「過激」などと言った.誰が聞いてもアグネスさんの日本語は「まくし立てる」とは遠いものであるにもかかわらず,だ.
 改めてウェブを調べてみると,他局がアグネス氏とか周庭氏と書いているのに,「グッド・モーニング」の公式サイトではチョウと呼び捨てにしていた.この局は,香港の現在について何か含むところがあるようだ.
 香港の民主化運動が過激かどうかは,その只中にいる香港の人々が判断する.たかがテレビのアナウンサーが,現場から遠く離れた東京のスタジオで何を偉そうに.現地からレポートしろ.

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 上の記事を書いてからおよそ三ヶ月後の今月二十四日,香港区議会選挙が実施された.投票率は中国返還後に行われた選挙で最高の71%に達し,民主派が452議席中の390議席を獲得して歴史的な勝利を収めた.
 この区議会選挙に至るまで,相変わらずテレビの情報番組では,香港の学生運動を否定的に報道し続けた.どちらかというとリベラルだと思われていた森永卓郎氏も「この学生たちの背後に黒幕がいるのではないか」とテレビでコメントしたのには驚いた.学生たちの「支援者」を「黒幕」と呼べば,学生たちがあやつり人形だとの印象を与えることができるからだ.同氏の一見リベラル寄りな発言は,今後は眉に唾をつけて聞く必要があるだろうと思った.
 この日本のメディアの状況について,立命館大学の上久保誠人教授が《香港デモに「暴力はダメ」と安易に考える人に伝えたい大事なこと》(DIAMOND online,2019/11/26 12:15) を書いている.この上久保教授の冷静な文章に,私は大いに納得した.
 中国共産党の「一国二制度」はフィクションに過ぎない.香港人が民主主義を望めば,中国共産党は必ずやこれを圧殺するだろう.香港の市民と学生たちはきっと敗北するだろう.しかしたとえ敗れるとしても,自由と民主主義を求める人々が香港にいたことは,歴史に記憶されるだろう.だから私は香港の学生たちを支持する.彼らは,昭和四十三年における私たちの世代の敗北に重なって見えるからである.

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2019年11月21日 (木)

患者の知識レベル以下

 週刊女性PRIME [シュージョプライム]が《森本毅郎アナ、本番中に緊急搬送されるも即復帰「本当の病状」を本人に聞く 》と報じた.(掲載日2019年11月20日 21:00)
 森本さんは私よりも一世代上のかたで,現在八十歳.かくしゃくとしてテレビでMCをしていらっしゃる.まことに心強いことであるが,先日,ラジオの生放送中に体調が悪化して番組途中で退席したことが報道された.しかし幸いすぐに回復して,またレギュラー番組に復帰した.
 上記の記事は復帰後にインタビューをしたことを書いたものである.その中に次の記述がある.
 
森本が続ける。
「かかりつけの病院で検査をしてもらったのですが、原因はよくわからないということで、いますぐ手術の必要なしとなり、週明けからは普通に仕事ができました」
 救急車で搬送されたものの、帰りはふつうに帰ったという。それにしても80歳だと聞いて驚いた読者も多いだろう。
「80にもなればあちこち痛んでしまいますが、なんとか復帰しました」
 当日の検査については、
「造影剤を入れて血管を全部調べるんですね。どれくらい細くなっているか。その結果、いまは特別な処置をすることがないと。何が原因かはわからないんですよ」
 イムス葛飾ハートセンターの金村賦之医師が説明する。
「考えられるのは、心筋梗塞を起こしたか、ステント手術をしたところが発作を起こしたのかもしれません。それは心電図を見ればわかるはず。原因不明のまま終わることはないと思います」
 それにしても心臓の病気ですぐに復帰できるものなのか。
「心臓に関してはありえない。倒れた原因が心臓だけでなくて、頭とかの血管障害もありえます」(金村医師)
 
 イムス葛飾ハートセンターの金村という男,まともな医者なのか.
 私は五年前に心筋梗塞を起こし,冠動脈のバイパス手術をした.その際に循環器疾患の患者として最低限必要な知識は勉強したのだが,ここは日本心臓財団のコンテンツ《狭心症とは 》を紹介する.
 この解説記事の中で「安静時狭心症,冠攣縮性狭心症」「不安定狭心症」「微小血管狭心症」が説明されている.
 このうち「冠攣縮性狭心症」は,解説に《多くの場合、冠動脈が一過性に痙攣 (けいれん) を起こして収縮し、血流を一時的に途絶えさせるために起こる狭心症であり、攣縮性狭心症ともいいます 》と書かれているように,一過性で再現性に乏しい.そのため,発作の頻度が低い場合は,検査入院しても心電図による診断が困難なことがある.
 また,「微小血管狭心症」については《冠動脈には異常がないのに、心筋の小さな細い血管が狭窄して血流配分に支障をきたしているのではないか、と考えられるために微小血管狭心症といわれています。X線血管造影検査では写ってこないような細い血管の病変を想定するので、診断は多くの場合、推定にとどまります 》と書かれている.原因不明の狭心症発作の際にこれを疑うわけだが,検査データは得られないので「原因不明」とせざるを得ない.
 また私は,四十代で冠動脈にステントを入れる治療をしたが,この時は心電図では全く異常が認められず,エックス線造影検査で冠動脈の狭窄が発見されたという経験をした.
 このように,金村が主張するような《それは心電図を見ればわかるはず 》は大嘘なのである.
 さらに金村は《倒れた原因が心臓だけでなくて、頭とかの血管障害もありえます 》とも言っているが,報道によれば森本さんは「脳血管障害を発症して倒れた」のではない.狭心症の治療をした経験がある森本さんは,覚えのある痛み (これは狭心症患者には理解してもらえるだろう) を胸に感じて,意識正常のまま救急車で病院に行ったのである.それなのに金村は何を血迷ったか,あさっての方向を向いて《頭とかの血管障害もありえます 》と大ボケをかましている.しかも医者のくせに「頭とかの」とは何だ.情けない.
 この男の日本語が非医学的なのはさておき,原因不明の脳血管障害だと診断されたまま元気に退院する者はいない.誰だって原因が明らかになるまで検査を続けてもらう.もらいたい.そんなことは一般常識だ.
 さてもイムス葛飾ハートセンターという機関は,患者を診ることなく,検査データも見ずに,ああだこうだと見当違いなホラを吹く金村みたいな男でも務まるらしい.おそろしいことである.

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2019年11月19日 (火)

マイナンバーカード普及に小手先の施策

 共同通信が昨日報道した《政府、新ポイントに2500億円 五輪後、番号カードで25%還元》(2019年11月19日 18:31) によれば,政府はマイナンバー(個人番号)カードを用いるポイント還元事業の全容を固めた.
 
2020年9月から21年3月までの7カ月間で、最大2万円までのキャッシュレス決済の利用や入金につき、25%に当たる5千円分のポイントを付与する。20年度当初予算案に関連費用約2500億円を計上する方向で調整している。
 
 これは現在実施中のポイント還元事業に続く施策であるが,その意図は,ほとんど普及していないマイナンバーカードをなんとかしたいということである.各種報道によれば,マイナンバーカードの普及率は僅か14%ほどであるらしい.このままでは多額の費用を注ぎ込んだ挙句に野垂れ死んだ住民基本台帳カードの二の舞となる可能性が高く,もしこの制度が実効性を獲得できなければ,農家や一部の商工業者など富裕層国民の収入を正確に把握したい (=課税所得を捕捉したい) という行政当局の悲願は遠のくことになる.(資料参照 Wikipedia【クロヨン】)
 だが,このポイント還元事業による五千円程度の「飴」に釣られてマイナンバーカードを取得するのは,富裕層ではなく低所得者層であると思われる.
 富裕層の課税所得を捕捉したいのなら,現在検討中としている「金融機関口座との紐付け義務化」をすれば済むことだ.それをしないのは,政府のアリバイ作りに過ぎない.
 
 私がマイナンバーカードを取得する際に,役所の窓口で「このカードは重要な個人情報だから,やたらに持ち歩かないほうがいいですよね?」と訊ねたら,そうですとの答えだった.それほど多額でもない買い物に,マイナンバーカードを提示させようというのは,紛失事故の原因になるだけだと思われる.
 
 さて実は,半年前にもマイナンバーカードについて記事を書いた.それをリンクではなく,下に全文引用しておく.
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2019年5月18日 (土)
昼めし旅
 
 今年の二月だったと思うが,ネット上のニュースで「これまで確定申告にはマイナンバー通知カードを提示すればよかったが,マイナンバーカードの普及を促進するために,来年の確定申告から,マイナンバー通知カードではなく,マイナンバーカードを提示することが必要との方向で政府は検討を進めている」との報道がなされた.
 今その情報ソースを探しているのだが,見つからない.記録しておけばよかったと反省している.
 というのは,私はこれまで確定申告の際に,通知カードの提示で済ませてきたのだが,「いよいよマイナンバーカードを作らねばいけないのか」と観念して,カード取得を申請したのである.
 ところがその後,一向にその続報がない.これは国民をミスリードするためのガセネタだった可能性が高い.つい先日 (5/10),「デジタルファースト法案」が衆院本会議で与党などの賛成多数で可決され参院に送付されたが,むしろ調べてみると,マイナンバーカードは今後も普及しないだろうとするレポートがぽつぽつ現れている.
 現在,マイナンバーカード普及率は今年の三月で,わずかに12.8%に過ぎない.普及が望めないとして既に廃止され,新規発行が停止された住基カードと同レベルの普及率である.これでは何のためにシステム開発に巨費を投じたかわからぬ事態になっている.そこで東京新聞は,マイナンバーカード制度が行き詰まる可能性もあると指摘している.
 
マイナンバーカード普及率12.8%止まり 来年から更新時期 》(2019年3月18日 東京新聞朝刊)
 
 この記事に次のことが書かれている.
 
昨年秋の内閣府の世論調査では、53・0%が「カードを取得する予定がない」と回答。うち26・9%が取得しない理由を「個人情報の漏えいが心配」と答えており、不信感は根強い。
 
 この引用文中の《個人情報の漏えいが心配 》とあるのは言葉のアヤで,ここで言う個人情報とは収入と金融資産のことである.マイナンバーカードを持ちたくないとする国民は,マイナンバーカードのそもそもその目的であるところの,全国民に広く課税することに拒否感を持っているのである.
 日本国民の過半を占める勤労者 (給与所得者) 層は,マイナンバーカードを持たなくても何の痛痒もない.政府はマイナンバーカードの利便性をテレビでしきりに宣伝しているが,普通の勤労者は,税務署に完全に収入を捕捉されているから,この国民階層には,マイナンバーカードを普及させる意味がないのである.行政サービスを受ける際の利便性がどうのこうのと政府は言うが,運転免許証と健康保険証があれば生活に全く困らない.だから,失うものを何も持たぬ大半の勤労者国民はマイナンバーカードに無関心だ.
 マイナンバーカードに《個人情報の漏えいが心配 》と不信感を持っているのは,収入や金融資産を税務署に捕捉されては困る富裕な国民階層である.それはどのような人々か.
 
 テレビ東京の人気番組『昼めし旅』は,タレントや局のADなどのレポーターが,一般人の食事を拝見するという番組である.
 大半の場合は,レポーターが農村あるいは漁村を歩きながら,畑や漁港で働いている人にインタビューをして「あなたの御飯を見せてください」とノー・アポで頼み込む.都市部で勤労者層の人にインタビューすることは,まずないが,自営業の人たちにはインタビューすることがある.
 それで「いいよ」と承諾してくれた農家や漁師の人の自宅をレポーターが訪問するのだが,これがほとんどの場合,大豪邸なのである.番組レポーターが「すごい豪華なおウチですねー」と驚くと,農家の人は「田舎はみんなこんなもんだー」と事も無げに答える.
 外観こそ普通の瓦葺き日本家屋の農家であっても,玄関を上がると,リフォーム済みの近代住宅だ.システムキッチンを備えた台所だけで六畳あったりして,これに広いダイニングルームが付く.都会なら会社役員のお宅みたいな様子である.
 というわけで,この番組を観ていると,日本の税制に関して,古くはクロヨン,その後はトーゴーサン呼ばれた言葉を思い出さざるを得ない.本来課税対象とされるべき所得の内,税務署がどの程度の割合を把握しているかを示す数値を捕捉率というが,クロヨンとトーゴーサンは次のように書かれている.
 
勤労者が手にする所得の内、課税の対象となるのは必要経費を除いた残額である。本来課税対象とされるべき所得の内、税務署がどの程度の割合を把握しているかを示す数値を捕捉率と呼ぶ。この捕捉率は業種によって異なり、給与所得者は約9割、自営業者は約6割、農業、林業、水産業従事者は約4割であると言われる。このことを指して「クロヨン」と称する。
捕捉率の業種間格差は「9対6対4」に留まらないとの考え方から「トーゴーサン」という語も生まれた。即ち、捕捉率を給与所得者約10割、自営業者約5割、農林水産業者約3割にそれぞれ修正した呼称である。
 
 大抵の都市部勤労者は,一生働いても,一億円以上の資産を蓄財できる人はホンの一握りだ.だが私の住む陋屋の周辺には,まるで『昼めし旅』に出てくるような農家の豪邸がたくさんある.彼らは地元の祭りにポンと信じがたいような寄付金をだす.以前,氏神様の例祭に使う子供神輿を作るからといって寄付の要請が町内会経由できたとき,農家の皆さんは一戸あたり,現金で若い会社員の年収ほどの寄付をした.
 その時に思ったのだが,現代日本での勝者は農業と漁業の従事者である.彼らの豪邸は,給与所得者たちの血税で贖われている.
 彼らは戸数が減った (言い換えれば,富裕になれなかった人々は離農したのであろう) とはいえ,今でも地方の保守政治家の有力な支持者である.従って,いくら国税当局がマイナンバーカードを普及させようとしても,立法サイドがそれを押しとどめる.国民すべてに公平な課税の理念は,夢のまた夢だ.私の推測だが,マイナンバーカードは,住基カードと同じ運命を辿るだろう.
(了)

 

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