外食放浪記

藤沢近辺であれを食いこれを食べ.自炊のことや思い出話もむりやりここに.

2019年10月 9日 (水)

横浜美術館と WINE STAND BASIL

 ようやく昼間の気温が下がって,外出しても汗をかかずに済む季節になったようだ.
 少し前のことだが,藤沢駅のホームに美術展などの案内掲示をするスペースがあり,そこにオランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たちがあった.今週末から来週にかけて,またまた東京湾に台風が上陸するらしいので,今のうちに出掛けてこようと思った.
 横浜市は,六十五歳以上の高齢者に「濱ともカード」という優待施設利用証を配布している.横浜美術館はこれが使えるのかと思ってネットで調べたら,月に一度だけ「コレクション展」が無料で鑑賞できるのだという.しみったれているなあ.
 ちなみにこのカードは,横浜市内の高齢者は「持っているけど使わない」ものらしい.どの施設で利用できるのか,スマホでネット検索できる高齢者以外にはわからない仕組みになっているからだと思われる.例えば横浜美術館は横浜市のお膝元でありながら,カード特典はないに等しい.美術館に限らず,横浜市の高齢者優待事業に協賛していない施設 (それがほとんど) で「ここは濱ともカードを使えますか?」と施設側に訊ねて,「いいえ」と断られるのを何度か経験すると,もう使う気になれない.カードのデザインも,デカデカと「寿」と書いてあり,こんなものを人前で出したくない.高齢者=寿というのが行政側の国語感覚なのである.w
 あ,いいことを思いついた.条例で横浜市の高齢者は,運転する車のボンネットにデッカイ「寿」ステッカーの掲示を義務付けるのだ.高齢者が運転を嫌がって事故が減るかも知れない.
 それはともかく,横浜美術館のカフェ (単なる休憩所だが) では電子マネーもQRコード決済も使えない.濱ともカードも使えない.使えるのはクレジットカードだけである.コーヒー一杯をクレカで払う高齢者がいたらお目にかかりたい.ミュージアムショップも同じだ.絵葉書一枚を買うのにクレカを使うのは勇気がいる.
 ついでに書くと,横浜市の「敬老特別乗車証」は,これを使ってバスに乗るためには,厚生年金をフルに受給している健常高齢者の場合,年額九千円を負担しなければならない.たまにバスに乗るだけで,そんな高額負担を納得する者はいない.これも,敬老精神ありますという形だけの「お飾り」だ.
 もっと書くと,林文子横浜市長は,元々がお茶くみOLから身を立てて遂には外車販売会社の社長,ダイエーの会長,東京日産自動車販売の社長に上り詰めた 立身出世伝 立志伝中の人である.だから営利事業と聞くと血が騒ぐのだと思われる. 市長は横浜の生まれではないので,ペリー以来の横浜の歴史なんか知ったことではないから,山下公園一帯を大規模再開発し,現時点で市民の大部分が反対であるとされるカジノを山下埠頭にぶっ建てることに執念を燃やしている.再開発構想をごり押しすれば,赤レンガ倉庫も馬車道も歴史の証人氷川丸も,古き良き港横浜の情緒は霧消するだろう.自民党公認を勝ち取り,晴れて故郷の東京から国政に打って出るにはそれくらいのことを
 
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 さて上の写真 (↑) にある横浜美術館の最寄駅は,みなとみらい駅で,地上に出るとすぐ近くに敷地入り口がある.
 
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 (↑) 上の写真は美術館前の広場で,掲示板の奥に玄関がある.
 
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 (↑) 玄関を入ると大きな立て看板.今回の美術展のメダマはルノワールの『ピアノを弾く少女たち』だというアピールだ.ルノワールはほぼ同じ構想とサイズで六枚の絵を描いた.下の画像はそのうちの一つで,Wikipediaに掲載されている作品.オルセー美術館蔵.
 
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(Wikipedia【ピアノに寄る少女たち】から引用;パブリックドメイン) 
 
 今回の美術展の出品作家は ここ で一覧できる.作品リストは ここ
 私はアンドレ・ドランの作品は初めて観たのだが,『座る画家の姪』(『座っている画家の姪』とも) が素敵な絵だと思った.
 平日の午前中ということで,展示室は適度な込み具合だった.ざっと見た感じ,私のような爺 σ(^^) は数人しか来ていなかった.来館者はほぼ女性ばかりで,もしかすると美大生かも知れない若い娘さんが数人,真剣な眼差しで絵を鑑賞していた.あとは高齢の婦人たちであったが,彼女らは,失礼ながら巣鴨地蔵通り商店街へ買い物にきたとでもいうような服装と髪型の皆様であった.それがセザンヌの絵の前で井戸端会議的に「パリに行ってもルーヴルしか観ないなんて人がいるから驚いちゃうよねー」とか会話しておられる.恐るべし,日本婦人の経済力とタフネス.私ゃもう欧州に行く気力も体力もない.お金もね.
 
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 (↑) は大画商ポール・ギョームの邸宅を模型化したものの一部.展示室の壁に埋め込むような形で観覧に供されている.これは撮影可.
 実は朝,バスに乗り遅れまいとして走ったときに足首をくじいたせいで,立っているのがしんどくなってきた.それで,この美術展の他に横浜美術館コレクション展が同じフロアにあるのだが,そちらは次回に,ということにして,飯を食って帰ることにした.
 会場出口の特設ショップで展示会グッズを販売していたので,マグネットを一つと来年の卓上カレンダーを買った.
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WINE STAND BASIL
 
 横浜美術館に隣接する商業施設「クイーンズ・スクエア」で,いい店はないかと少し歩き回った.商店やレストランはいくつかのブロックに分かれているが,「1st」の二階に「WINE STAND BASIL」という店を発見した.ちょっとわかりにくい場所にあるのだが,要するにビルの外に張り出したテラスがレストランになっている.
 上の写真は,遊園地「よこはまコスモワールド」の向こうに見えるランドマーク「コスモクロック21」だ.ウェイターは細身の青年で,テラスの空いているテーブルに案内してくれた.隣のテーブルには,ちょっと知的な雰囲気が漂う中年の外国人女性がいて,グラスワインの赤を飲んでいた.
 私もまねて,グライワインの赤と「本日のシャルキュトリーと前菜の盛り合わせ」を注文した.シャルキュトリーcharcuterie.いろいろな肉加工品のこと.これは千二百円なのに,量が思ったよりずっと多かったので,グラスワインを三杯も飲んでしまった.
 隣のテーブルの外国人女性は,赤の次に白のグラスワインをオーダーした.そしてそれをすっと飲み終わると,カツカツとヒールの音をさせながら去って行った.彼女は特に酒肴をつままなかったようで,それはなかなか恰好いいと思った.
 その次に隣のテーブルにきたのは,まだ二十代の前半と思われる娘さんだった.彼女はランチを注文したあと,スマホで通話をした.電話の相手はどうやら友達らしく,彼女は,クイーンズスクエアかどうかはわからないけれど,服とか雑貨のショップ店員さんのようだった.
「しゃべらなくていいから,わたしの話を聞いてほしいの」
と言った.昼飯時ではあるけれど,たぶん相手はまだ仕事中なんだろう.
 ランチに来るちょっと前に,店に外国人の客がきたという.彼女は英語での接客がうまくいかなかったらしい.店長か先輩かに叱られたのだそうだ.
「それでね,心がおれちゃったの」
と言った.そして,聞いてくれてありがとう,と言って通話を切った.
 若い時は,そんなことはよくあることだ.折れた心は食べれば治る.彼女はランチをもりもりと食べ終わると,伝票をつかんで仕事に戻って行った.私もそろそろ帰ろうと思った.
 グラスワイン三杯が千二百円,シャルキュトリー盛り合わせが千二百円.合計二千四百円に加えて消費税10%のお昼御飯であった.ごちそうさまでした.また寄ります.

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2019年10月 6日 (日)

パスポート受け取りの日に

 一週間前に切換申請したパスポートを受け取りに,神奈川県パスポートセンターに行った.
 JRで藤沢から横浜へ行き,みなとみらい線横浜駅で発車寸前の電車に飛び乗ったら,これが特急で,日本大通り駅を通過して終点の元町・中華街駅まで行ってしまった.しかしここで逆方向の電車が来るのを待つのは何だかバカみたいなので,下車して地上に出た.
 山下公園を右手の道路の向こうに見ながら散歩だ.そういえばマリンタワーを眺めるなんて何年ぶりのことだろう.
 スターホテルの前を通る.ここの一階にはカジュアルなレストラン Eggs'n Things がある.遅い朝食を摂る外国人でテラス席は一杯だった.
 その次はホテルニューグランドだ.公園通りに面して「ザ・カフェ」の窓が並んでいる.時刻は昼前の十一時過ぎ.ここでナポリタンを食べたい気分になったが,その前に用事を済ませなきゃと思って通過.それから旧英国七番館,ホテルモントレ横浜,県民ホールの前を通って産業貿易センターに到着.二階のパスポートセンターに入ると,パスポート受け取り窓口の前の長椅子には三人しかいなかった.
 そのうちの一人は若い女性で,大きいキャップを深くかぶり,濃い色のサングラスをかけ,大きなマスクをしていた.顔が全くわからない.何かわけありなんだろうか.彼女は窓口で「全部とってください」と言われた.写真と照合するのだから,そりゃそうだよね.
 私の番が来て,窓口の職員さんに名前を呼ばれた.本籍を口頭で述べて顔をよく見せれば手続き終わり.さあ昼飯だ.
 パスポート切換申請書を出しに来た前の週は,THE HOF BRAU の日替わりランチを食べてガッカリした.今日はどうしようと少し思案して,SCANDIA GARDEN に決めた.
 このレストランは,二階がちょっと改まった会食の席に使える SCANDIA で,一階がカジュアルな SCANDIA GARDEN という具合に分かれている.SCANDIA GARDEN は洋食屋さんと呼んでもいいくらいの気軽な店だが,しかし会社員が毎日の昼飯を食うにはお値段がやや高め.赤レンガ倉庫や山下公園に遊びにきた人たちが「お昼は久しぶりにスカンディヤにしましょう」と立ち寄るくらいの感じだ.若い二人連れは赤レンガ倉庫のレストランに行くせいか,この店は客の年齢層がやや高め.
 
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 ランチセットの中からハンバーグステーキ・デンマーク風をチョイス.パンかピラフのどちらにしますかと訊かれたのでピラフにした.
 飲み物は冷たいウーロン茶.
 
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 デンマーク風のハンバーグといっても別段かわったものではない.ファミレスのそれと異なる点は,フライドポテトではなく,煮たジャガイモが付け合わせになっているところである.あとはブロッコリとフライドオニオン,マッシュルームが皿に載っている.
 よくテレビの食い物番組で,何を食っても「甘い~」としか言えない頭の甘いタレントが,ハンバーグにナイフを入れると,決まって「肉汁があふれてるー」とか言うておるが,ありゃあ肉のスープではのうて牛の脂肪がとけたもんだがね.単に脂身の多い肉を挽けば,そうなるんだがね.肉の良否とはまた別の話じゃ.
 この店のハンバーグは,あの手のふわふわしたやつではなく,しっかりとした食感で満足感が高い.私はこのハンバーグが好きである.
 ではあるけれど,サイドのピラフは,いただけない.もう少しよい米を使って欲しい.米は,ランチ一人前に使う量は少しだから,原価をそれほど押し上げないはずだ.
 
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 昼飯を終えて外に出る.食事の最中は,すぐ帰宅するつもりでいたのだが,交差点の歩道を渡って横浜開港資料館の裏口 (↑画像) を通りかかって気が変わった.元々は門衛の詰所だったとかいう建屋 (↓画像) にある喫茶店"Au Jardin de Perry"に寄ってみようと思ったのだ.ついでに開港資料館の展示も見てみよう.
 
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 "Au Jardin de Perry"は片仮名だと「オゥ・ジャルダン・ドゥ・ペリー」だ.直訳は「ペリーの庭」らしいが,ペリーの庭って何だ.ていうか店名が長すぎ.「開港資料館の裏口の喫茶店」も長い.「ペリーの庭」でいいじゃないか.意味わからんけど.
 店内は昭和レトロで,戦後の銀幕のスターが,向かい合ってお茶を飲むのによさそうな雰囲気.
 下の画像の席の反対側の窓にある席 (敷地の外の広場が見える) がいいのであるが,あいにく満席だったので,ここに腰かけた.
 
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 各テーブルには「値上げの御挨拶」が書かれた手書きのメモがあった.
 ほー,十二年もの間,値上げせずに頑張ってきたのか.うんうん.
 
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 おいしいコーヒーを頂いて,会計をしたらコーヒーは税込み四百四十円だった.前に来たときは確か税込み四百円だったはずだがと思ってネットで確認したら,最近この店に来た人のブログに四百円だったと書いてある.前から外税表示だったっけ? この文面だと,値上げ前は消費税8%を,あたかも店側が負担していたように受け取れる.と思ったが,零細な喫茶店に目くじら立てるのはやめよう.
 ちなみに SCADIA GARDEN は増税前後で価格 (内税表示) を変えていない.実質値下げしたということである.
 
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 上の画像は開港資料館の中庭にある「たまくすの木」を正門から撮ったもの.「たまくす」は漢字で玉楠と書くが,タブノキと呼ぶのが普通かと思う.Wikipedia【タブノキ】には《また横浜開港資料館の中庭の木は「玉楠」と呼ばれ有名である 》とある.
 今やっている企画展示は「横浜開港160周年記念 開港前後の横浜 村びとが見た1858~1860」だ.同資料館の公式サイトには,展示されている資料の一部しか掲載されていない.たまには散歩がてら,展示を見に来るのもいいもんだと思った.

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2019年9月25日 (水)

日本大通り THE HOF BRAU

 そろそろ東南アジアは乾季だ.ベトナム観光のツアーを探したところ,手ごろな価格のツアーがあったのでネットで申し込んだ.すると手続きの途中に「パスポートの残存期間が六ヶ月以上あることが必要」とあった.
 パスポートを取り出して調べたら,来年の二月で失効することがわかった.一ヶ月足りない.
 このパスポートを作ってから,もう十年も経ったのかー.しみじみとしながら神奈川県パスポーセンターの公式サイトにアクセスし,切換 (更新) 申請書類を作成した.正確にいうとパスポートには有効期間中であっても「更新」という概念はなくて,その有効なパスポートを破棄して,新しく作ったパスポートに「切換」るということになる.でも必要書類が少なくて (本人確認書類不要,戸籍抄本不要),新規作成よりも簡単なので「更新」という人もいる.
 
 私がパスポートを初めて作ったのは遅くて,三十歳を過ぎていた.私と同じ世代には,学部や大学院の在学中に欧米に留学したり,今でいう学生ボランティアとして発展途上国に出かけた人たちがいた.現在のように盆暮れの休暇に大挙して海外へ遊びに行く時代ではなかったから,留学にせよボランティアにせよ,彼らは勇気があったと思う.
 "If an ass goes a travelling, he'll not come home a horse. " という英語の諺がある.「ロバが旅に出たとて,馬になって戻ってくるわけはない」という意味だ.旅にも色々あるけれど,旅を「海外で暮らして異文化に触れる経験をする」ということに限れば,行かないよりは行ったほうがいいと私は思う.諺の通り,ロバは結局,ロバだとしても,しかし旅に出るロバは偉い.私には海外で暮らす勇気がなかったから,遂に旅に出ないロバでしかなかった.人生にいくつも後悔はあるけれど,海外経験をしなかったことはその一つだ.
 さて私が一冊目のパスポートを作った頃,神奈川県パスポートセンターは窓口の数が少なかった.しかも昼休みは受付の時間外になってしまう.窓口にはカーテンがあって,十二時少し前になると,シャーっと音を立てて全部閉まってしまうのだ.当時のお役所はみんなそうだったから,私たちも不思議には思わなかったけれど.
 それが今ではどうだ.申請者の列に並ぶと,まず整理券発行窓口で書類の不備・不足がチェックされる.申請者は指摘された不備を訂正してまたチェックを受け,OKが出ると,整理券を持って申請の窓口の前で待機する.この段階の手続きは,あらかじめパスポートセンターのサイトで申請書を作成してダウンロードし,印刷したものを持ってくればノーミスだから,チェックは一分もかからない.
 申請窓口は十四もある上に,書類審査は整理券発行窓口で実質的には済んでいるから,処理は流れるように進む.実に合理的にできている.私が初めてパスポートを作った三十年以上前の大昔とは大違いだ.
 
 それでも申請者の数は多いから,昼前の十一時を過ぎると待機人数が増える.そこで公式サイトには親切に,十一時前に来ることを勧めると書かれている.私はこの日,東海道線で横浜へ行き,みなとみらい線に乗り換えて日本大通り駅で下車した.地下の駅から地上に出ると,数人の婦人が立っていて「私たちはボランティアで道案内をしています」と声をかけられた.パスポートセンターへ行きます,と答えると「ここを右に歩いた二つ目の信号で,道の向こう側に渡って,そのまま行くとビルがあって,その二階です」と言う.それは私が歩きたい道とは違うので,「ありがとう」とお礼を言い,無視して別の道を歩いた.ヾ(--;)オイオイ
 産業貿易センタービル (産貿ビル) 二階のパスポートセンターに着いたのは十一時少し前だったが,手続きが終わったのは十一時を回った頃だった.エスカレーターで一階に降りるとすぐドトールがあり,ポップに「タピオカ ~黒糖ミルク~ 」とあった.黒糖ミルクのタピオカは飲んだことがないのでこれを買い,狭い店内には先客が数人いたので,私はテラス席に腰かけた.
 産貿ビルのテラスから右に行くと県民ホール,ホテルモントレ,ホテルニューグランドがあり,道を渡ると山下公園で,氷川丸などがある.左に行くと大桟橋埠頭や赤レンガ倉庫があって,この産貿ビルのテラスは,横浜港散策の中間点にある.
 
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「タピもまだまだ大人気 皆でタピタピしましょうね♪」と書かれているが,敢て「まだまだ」と言うからには,もはやタピオカブームは下り坂ということなんだろうか.「タピタピする」という幼児語は初耳だったので調べてみたら,これはドトールの造語ではなくて,「タピる」とか「タピ活」などの女子中高生の流行言葉の一つのようだ.「タピ活」ってなんだよ.
 黒糖モノでまずい飲食物はないと私は思っている.このドトールの黒糖タピオカミルクも,うまい.お代わりしたいくらいだが,かなりハイカロリーなので,二杯も飲んだら昼飯抜きということになる.
 で,その昼飯だが,この産業貿易センタービルは地下一階にレストランがいくつかある.その一つのインド料理店「スパイスマジック カルカッタ」のランチがリーズナブルなお値段なので,この店にしようかと一旦は思ったのだが,県民ホールの裏手に洋食屋があったのを思い出した.その店は"THE HOF BRAU"(ホフブロウ) という.昔からある店だが,私はここで飯を食ったことがない.
 
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 右下に映り込んでいるカブは,隣の蕎麦屋のものだ.この蕎麦屋がなければ,ホフブロウはいい雰囲気の外観なのに,惜しい.w
 ステンドグラスのドアを押して中に入ると,右側にかなり長いバーのカウンターがあり,左側にはテーブル席がある.予想したよりも広い店だった.
 あるブログ記事に,初訪の一人客が「カウンターにしようか,テーブル席にしようか」と迷う様子が書かれていたが,私の場合は,若い女性スタッフにどっちかというと冷たく「カウンターへどうぞ」と言われてしまった.ま,飯時にテーブル席に着く一人客が少数派だと思うから,カウンターで異存はない.
 上の画像に写っているが,店のドアの前にメニューがあり,これを読んで日替わりランチに決めていたので,それを注文した.「ハンバーグステーキと,シーフードのマカロニグラタン」セットである.
 私が注文をしたあとすぐ,横目でチラと見た感じではスリムで眼鏡をかけた若い男が店に入ってきて,席一つ離れて右側に腰をかけた.さっきの女性スタッフがメニューを書いた紙を差し出し,笑顔で「何になさいますか 💝」と言った.
 相手がアラウンド七十のヨボヨボ爺 σ(--;) の場合と,いかにも好印象の青年の場合とでは,女性の声のトーンが変わってしまうのは至極当然で,これに異存はない.()
 それはそれとして,ランチメニューは途中まで仕掛かりにしてあるのだろう.五分ほどで,ハンバーグとグラタンの皿がトレーに載せられてやってきた.トレーを運んできた女性のスタッフが「ライスはお付けしますか?」と言ったが,さっきタピタピしてきたばかりなので,要りませんと断った.
 日替わりセットのハンバーグステーキは鶏卵くらいの大きさで,三口で食べられるくらいだった.これにすごく細いフライドポテトが数本付け合わせてあり,全体にタップリとブラウンソースがかけられていた.ポテトはソースまみれでフニャフニャになっていたので,ハンバーグにソースをかけてからポテトを盛りつければいいのに,と思った.
 ハンバーグをナイフで一口切って口に入れると,うわっと驚くほど酸味が強かった.よく見るとソースにはピクルスが入っていて,酸味はピクルスの酢によると思われた.塩味もかなりきつくて,さっきの「ライスはお付けしますか?」は実は妥当なリコメンドなのだとやっと理解した.ランチの献立には単品のハンバーグステーキがあるのだが,もしそのソースもドミグラスではなくピクルス入りのブラウンソースだとすると,ライスなしで食べ切るのは少し厄介かも知れないと思った.
 もう一皿のグラタンはおとなしい味で,まずまずの味だった.あとほんの少しチーズを多く載せて焼いてあればいいのだが,とは思ったが.
 食べ終わっての感想だが,年寄りにはちょうどいい量だけれど,若い男には全然足りないだろうなあと思った.これで千円は,コスパがよろしくない.あと,すっぱすぎるハンバーグのソースの件だが,もし調味に失敗したのでなければ,私の口には合わない.というか,たぶん誰の口にも合わないだろう.ソースを作りそこなって,しかも味見をせずに客に出してしまったのであることを祈る.(婉曲な否定的表現)
 
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[追記]
 食べログの,よく知られた常連投稿者「一級うん築士」氏がホフブロウの店名について次のように書いている.
 
店名はドイツの有名なホフブロイハウスというビアホールの名前に由来。初代オーナーはフィンランド人で1980年に現在の場所に移転した。店の内装デザインはノルウェー人のデザイナーによる。それで非常にエキゾチックな雰囲気を醸し出している。現在のオーナーは1999年に店を引き継いだ。》(訪問は2012年12月)
 
 この記述の情報源は,店の関係者が書いたと思しきfacebook投稿《ホフブロウ》(2013年9月23日投稿) と思われる.「一級うん築士」氏はこのfacebook投稿を鵜呑みにしているようだが,それはいかがなものか.まず元の投稿記事から抜粋引用する.
 
ホフブロウの名前の由来をご存じですか?
よくお客様から「ホフブロウってどういう意味?」という質問を受けます。たしかに不思議な名前ですよね。覚えにくいし、日本人には親しみのない言葉です。
そこで今日はホフブロウの意味とその謎について書きたいと思います!
ホフブロウという言葉自体にはドイツ語で「ビール醸造所」という意味があります。
 
ホフブロウという言葉自体にはドイツ語で「ビール醸造所」という意味があります》とのことだが,初っ端から間違っている.「ビール醸造所」を意味する独単語は"Brauerei"(ブラウエライ),"Brauhaus"(ブラウハウス),"Bräu"(ブロイ),"Brau"(ブラウ) などである."Hof"は余分だ.では"Hof"とは何か,ということになるが,それは後述することにして次の引用箇所に進む.
 
一つ疑問があるのは、ホフブロウはドイツ語で「Hofbräu」と表記されます。当店の看板にはHOF BRAUと書かれている通り、英語なんですよ!なぜaの上に点を付けなかったのか。。。これはちょっとした配慮なのか未だに疑問が残ります。
 
 上の文章の筆者は,どうも初歩的な語学知識がないようだ.《aの上に点 》は中学生みたいだ.それをウムラウトと呼ぶことは,気の利いた高校生なら知っている.内容的にも,上の引用箇所なんか,もはや支離滅裂と言っていい.
 まず《ホフブロはドイツ語で「Hofbräu」と表記されます 》が間違いだ.正しくは「ホフブロはドイツ語で「Hofbräu」と表記されます」である.ドイツ語でビールの醸造所は"Brauerei"(ブラウエライ),"Brauhaus"(ブラウハウス) の他に“Bräu”でも“Brau”でもよいが,発音を片仮名でかけばそれぞれ「ブロイ」「ブラウ」である.ホフブロウの創業者 (現在の経営者とは異なる) は店名を,独語発音の「ホフブロイ」でも「ホフブラウ」でもなく,英語発音の「ホフブロウ」としたのであるから,そもそも店名に関して,現在の経営者がドイツ語を持ち出すこと自体がお門違いなのである.
 
というのも実は英語にもHofbrauという言葉が存在し、まったく違った意味を持つのです。英語では「カフェテリアスタイルのレストラン」という意味で、七面鳥やサンドイッチを主に出し、ドイツの料理は関係がないそうです。
実際アメリカにはたくさんのホフブロウというお店が存在し、出している料理はまさしく洋食という感じで、当店に近いものを感じました。
 
 これまた頓珍漢なことを言うものだ.《英語にもHofbrauという言葉が存在し 》と書いているが,英単語では“Hofbrau”ではなく“hofbrau”と書く.普通名詞だからである.そして店名“THE HOF BRAU”(The hof brau と書いても同じ意味) は“hofbrau”とは関係がない.“hof brau”と“hofbrau”は,一目瞭然,別の言葉だからである.スペース一つで意味が違ってしまうのだ.日本語は,外国語を片仮名で表記するときのルールが曖昧なので,こんな混乱が生じる.店名を「ホフ ブロウ」または「ホフ・ブロウ」と書けば紛れはなかったのに,創業者は店名の片仮名表記を「ホフブロウ」としたがために,1999年に事業を承継した現在の経営者は,店名がドイツ語と関係があるかのように勘違いしてしまったのである.(店を承継するなら,その時にちゃんと店名の由来を聞いておけ,と言いたい w)
 次に《実際アメリカにはたくさんのホフブロウというお店が存在し 》という誤解について指摘が必要だ.
 英語の“hofbrau”は普通名詞だから,業態を表すことはできるが店名には使えない.《ホフブロウというお店が存在 》するわけがないのである.つまり店名に使うとすれば“Hofbrau Denny's”といった形である.日本語でいえば「ビストロ 材木座」とか「小料理 こまち」みたいな用法だ.この例では「ビストロ」や「小料理」が業態を表している.
 ここで Wikipedia英語版の項目 Hofbrau (項目名は大文字で書き始める) から一部を引用しよう.
 
Hofbrau is a cafeteria-style food service derived from the German term Hofbräu, which originally referred to a brewery with historical ties to a royal court. Such breweries often have beer gardens where food is served.
 
 facebook投稿《ホフブロウ 》は《というのも実は英語にもHofbrauという言葉が存在し、まったく違った意味を持つのです 》と書いているが,Wikipediaには“hofbrau”はドイツ語の“Hofbräu”から派生した語で,カフェテリア形式の飲食店であると明記してある.何を根拠に《まったく違った意味を持つのです 》と主張しているのだろう.また横浜山下町のレストラン“THE HOF BRAU”はカフェテリアではないから,アメリカのhofbrauとは全然業態が違う.《当店に近いものを感じました 》は無知に基づく我田引水の思い込みである.
 
 facebook投稿《ホフブロウ 》にはまだツッコミたいところがあるのだが,いい加減にして結論を急ぐ.
 私は上に「では"Hof"とは何か」と書いた.Hofは地名だ.ドイツ連邦共和国バイエルン州の北東部にある市であり,ビールの有名な産地である.だから“THE HOF BRAU”を素直に和訳すれば,「ホーフ醸造所」となる.レストラン“THE HOF BRAU”の創業者は,前々世紀までホーフに存在していたかも知れない小さな醸造所のイメージを「ホーフ醸造所」の名に込めたのだろうと私には思われる.この場合の「ホーフ醸造所」は,サントリーの「白州蒸留所」等と同じ用法だ.
 あるいは,ホーフにたくさんあった大小様々な醸造所の総称として「ホーフ醸造所」を脳裏に浮かべたのかも知れない.その場合は,店名の和訳は「ホーフの醸造所」とするのが日本語として適切だろう.
「ホーフ蒸留所」でも「ホーフの蒸留所」でも,ドイツではビールの醸造所に食堂が併設されていることが多いから,創業当時の“THE HOF BRAU”ではビール醸造所の食堂をイメージした店作りがなされたに違いない.
 
そして当店ホフブロウの名前の由来はミュンヘンにあるホフブロイハウスというビアホールからつけられたと言われています。
 
 facebook投稿《ホフブロウ 》は,上の引用箇所で店名の由来を述べている.しかしレストラン“THE HOF BRAU”の店名は英語である上に,ミュンヘンにある有名なビアホール“Hofbräuhaus”とは綴りが似ても似つかない.おまけに規模が違いすぎる.そこら辺の街の小さな中華料理屋が「北京大酒楼」を名乗るようなもので,ジョークにもならない.
 
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(Hofbräuhausの外観;Wikipedia【ホフブロイハウス】から引用したパブリックドメイン画像)
 
 1951年に店を開いた創業者は欧州人だったというから,欧州についての知識がない終戦当時の日本人みたいなセンスのない店名を,自分の店に付けるわけがない.
 食べログにおける「一級うん築士」氏は有名人だが,同氏による“THE HOF BRAU”のレビューは,店名の由来について調べもせずに丸写しで書いている.おまけに創業年も間違って記載している.まあ,きちんと正確なことを書いていたら,とてもじゃないけれど食べログに七千件以上のレビューを書き飛ばすのは不可能だが.w
[追記終わり]

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2019年8月27日 (火)

S&Bのお手軽調味料

 S&Bから少量の調理に向いたシーズニングが豊富に発売されている.吉田羊さんがCМでおいしそうに食べているので,私もやってみた.
 まずは「菜館」という中華料理系のシーズニングで「じゃがいもとピーマンの塩炒め」を拵えた.
 作り方は超簡単で,普通の大きさのメークインを二個,千切りにしてボウルに入れて水で晒す.水晒しを手抜きして炒めるとベタベタして旨くない.余談だが,May Queenをメークインと書くのは違和感があるなあ.Make inみたいだ.
 で,ピーマンも千切りにして,フライパンでじゃがいもと一緒に炒める.じゃがいもに火が通ったら菜館「じゃがいもとピーマンの塩炒め」をまぶして,ダマにならぬように混ぜながら更に炒める.シーズニングが均一に行きわたったらできあがり.
 
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 できたものを食べてみると,なかなか旨い.旨いが,既に中華調味料が冷蔵庫にあるなら,それを使えば同じテイストになるし,塩コショーだけでも充分に旨いという気がする.ま,買って常備しておくほどのものではないと思う.
 
 次に「菜館」とは別のカテゴリの「SPICE&HERB」シリーズの「ガパオ」を作ってみたが,パッケージに記載されているレシピ通りに作って味見したら,私には少し味が濃かった.
 そこで挽肉と同量の白飯を投入して炒め,炒飯風にしてみた.
 すると味の濃さは丁度よくなり,これはエスニック感があっておいしかった.目玉焼きをこの炒飯に乗せてトマトなんかをあしらうと,見た目もよろしい.シーズニング「ガパオ」はオススメだ.長粒米を炊いて,このシーズニングで炒飯にしてみたい.

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2019年8月16日 (金)

マカロニ市場藤沢店は雨漏りレストラン (笑)

 藤沢市の大庭というところに,イタリア料理店「マカロニ市場 藤沢店」がある.イタリア料理といっても東京にあるような本格のイタリア料理ではない.普通のファミレスタイプのパスタとピザの店だ.郊外型レストランでフロアは広い.
 ちなみに大庭は,鎌倉武家の大庭氏が拠った土地である.
「マカロニ市場 藤沢店」は,何年か前によく利用した店である.
 どういうわけか藤沢市周辺の一帯には,軽食を出す小さなドッグカフェはあるが,犬を連れて入れるレストランはほとんどない.ペットOKと料理店のサイトに書いてあっても,屋根のないテラス席だったりする.冬は寒風に晒され,夏には炎天下に飼い主も犬も青息吐息の有様となる.また通年,雨の日は使えない.そこにいくと
「マカロニ市場 藤沢店」には犬連れ客専用の屋内スペースがあるので,飯時には犬同伴客で満席のことが多い.
 
 さて昨日,夏休みだとて息子と娘が陋屋に来てくれた.そこで西日本を台風10号が襲い関東も時折激しい雨が降る悪天候の中ではあるが,愛犬を連れて「マカロニ市場 藤沢店」へ食事に出かけた.私たちは十一時の開店と同時に店に入った.以下はそのレポートである.
 
 店の紹介サイトに「わんちゃんレストラン」と題した写真があるので紹介しておこう.九枚の写真のうち下の図で黒四角で示したのがそのスペースの内装である.(掲載は2019年8月15日時点)
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 だが,この写真はかなり前の写真であると思われ,現在は酷い状態になっている.
 まず,内装写真の一番奥,突き当りの壁にエアコンが設置されているのがわかる.このエアコンは,フィルター掃除の時に壊したのだろうが筐体の前面カバーが落ちてしまうみたいで,今はガムテープを貼って落ちないようにしてある.そこまで酷く壊れたのなら買い換えたらどうだと私は思うが,動作しないエアコンはそのままになっていて,代わりに床に置かれた二台の家庭用扇風機がブンブンと回っていた.
 この「わんちゃんレストラン」は,内装写真では天井が見えないが,実は以前から天井板がないのである.透明塩ビの波板が屋根として張ってあるだけだった.
 その波板が経年劣化して割れてしまったのだろう.現在は台風で屋根が飛ばされた家屋のようにビニールシートで一時的に補修してある.塩ビ波板を張り替えるくらいは簡単なDIYの範疇だと思うが,修繕はしていない.しかもそのシート補修を全くの素人がやったと見えて隙間があり,昨日は雨が降っていたから雨漏りがしていた.まるで豪雨で被災したレストランのようであった.w
「ひでーなー」と言いつつ私たちが着いたテーブルは,かなり汚れていた.ろくに掃除をしていないと思われた.
 以前はこのスペースの端っこに犬用の水を入れる皿があったはずだと思って,そこに行ってみた.すると,洗ったようには見えない皿に汚れた水が入れたままになって置かれていた.昨日の客が使ったあと置いていったままなのであろう.見るからに不潔で,そんな皿を愛犬に使う気になれない.私は愛犬と出かける時はプラスティックの水入れ (アウトドア用の折りたたみコップ) を持ち歩いているので,店員が持ってきたグラスの水をそれに入れて犬に飲ませた.
 窓の外は雨.ベタベタに汚れたテーブルに落ちる雨漏りのしずく.ペット用の不潔な水入れ.しみじみと気の滅入る食事となった.
 断言するが,店内の掃除をおろそかにするような店の料理がうまいはずがない.それが証拠に,下のレシートの画像に「Pzハーフ&ハーフ」とあるピザは半分がマルゲリータのはずだったのに,マルゲリータ部分にチーズが載っていなかった.チーズの載ってないピザを私は初めて見た.
 お勘定は三人で六千円だった.温パスタ「季節野菜のトマトクリーム」は,アルデンテを通り過ぎていた.逆にピザ「蓮根バジル」は,噛むと蓮根がバキバキと音を立てた.
 今の日本は,あらゆることに「割引」がある.従ってこの店には「生蓮根割」「チーズ抜きマルゲリータ割」「エアコン故障割」「雨漏り割」「不潔割」があって然るべきであると思ったが,そのようなサービスはなかった.
 もう二度と来るものか.つぶれてしまえ.そう思った.ごちそうさまでした.(←食レポサイトの定型結語 ^^)
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2019年7月25日 (木)

なめこのピリ辛煮

 もう二十年近く前の事.妻と東北の夏祭りを見物に出かけた.青森のねぶた祭の前日は盛岡で宿泊したのだが,旅館の夕食に「なめこを辛く煮付けたもの」(一般的な名称は不明) が小鉢で出された.食べてみると,これが実にうまかった.
 以来,観光地に行くとキノコ加工品の瓶詰を探しているのだが,同じようなものは見つかっていない.
 
 つい先日,アマゾンで酒肴を探していたら,「なめこ三升漬け」というものがあった.製造販売者は「北海道名販」だが,同社が経営する北海道土産の販売店である「きのこ王国」のほうが通りがいいらしい.北海道名販は自社でもネットショップを運営しているが,どういうわけか,そのネットショップにはこの商品はなく,アマゾンと楽天にある.アマゾンでは「合わせ買い対象商品」のため配送料無料の五百四十円のみだが,楽天は配送料八百円を取るのでかなり高いものにつく.楽天で買うのはやめたほうがいい.
 それはさておき,その三升漬けを買って食べてみたのであるが,これが実に甘い.くどい味だ.甘すぎる.
 なんだこれは,と思って現材料表示を読むと,次の通りである.
 
なめこ、醤油、塩麴、唐辛子、醗酵調味料、酒、麹調味料、砂糖、鯖エキス、煮干エキス、一味唐辛子、カラメル色素、ph調整剤、調味料(アミノ酸等)、ビタミンB1、甘味料(カンゾウ) 》(phは誤りだが原文のままにした)
 
 塩麹を使っておきながら更に「麹調味料」なるものを使用している.塩麹自体が麹調味料なのだが,それとは別の「麹調味料」とは一体何なのか.わかりやすく書かないのが腑に落ちない.想像するに,麹調味料という名称で内容不明の業務用調味料なのではないか.
 また麹だけでも甘いのに,その上に砂糖を加え,更にカンゾウも使っているのが,理解に苦しむレシピだ.星一徹の晩酌の膳に,こんな甘ったるいものを明子が出したら,一徹は必ずや卓袱台返しの挙に出たであろう.
 ちなみにWikipedia【三升漬け】の記述は以下の通り.
 
三升漬(さんしょうづけ)は、青なんばん・麹・醤油をそれぞれ、一升ずつの分量で漬け込んだ保存食。北海道・東北地方の郷土料理である。
 
 なるほど,このいかにも北海道・東北の郷土料理らしいシンプルなレシピなら納得だ.辛いもん好きの御仁は大いに飯が進むであろう.北海道名販の「なめこの三升漬け」は,本来の三升漬けには使わない余計な調味料や食品添加物を加えて,どんどんまずくしたとしか思われぬ.
 さて昔々私が盛岡で食べた「なめこ加工品」と三升漬けはどうも別物のようだ.かくなる上は自作しかあるまいと,ネットのレシピを検索して作ったのが下の写真のものだ.
 
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 材料のなめこは,軸を切った小粒のものがポリ袋入りで味噌汁用に売られているが,あれは粘質物が多すぎて汁物以外には向かないように思う.
 そこで,大粒で軸が長い煮物用のものを買ってきた.調味料は日本酒,濃縮麺つゆ,水を同量ずつ.なめこがひたひたになるくらいに鍋に入れる.輪切りの唐辛子は適当量だが,私はかなりの量を鍋にブチこんだ.鍋を火にかけ,泡立たぬように弱火でちょっと煮立て,火を止めてできあがり.
 炊き立ての飯に載せて食ってみると,実にうまい.常備菜にしようと思う.
 

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2019年7月22日 (月)

『天気の子』 / テラスモール湘南「梅蘭」

『天気の子』を観てきた.
 前作『君の名は。』に続いて“Boy Meets Girl”のストーリーである.ただし,いい意味で.
『君の名は。』は物語にSF的な設定を施すことで,ストーリーの解釈に多様性あるいは膨らみとでもいったものを持たせることに成功していたが,今作『天気の子』は,SF風味を全く削ぎ落して,軽いファンタジーに仕立てている.
“Boy Meets Girl”モノというのは,少年と少女 (あるいは青年と乙女;特殊な例では『マジソン郡の橋』など) のあいだに何かしらの「試練」がなければいけない.その試練を二人が乗り越えて (あるいは乗り越えられないことで) 初めて物語が設立するのである.試練が何もなければ,よかったよかった,の一行で話は終わってしまう.
『天気の子』のストーリーは一本道で,「そうだったのか!」と驚くような仕掛けはない.それに粗筋はWikipedia【天気の子】に書かれているので,何を書いてもネタバレというほどのことはないから書いてしまうが,『天気の子』では東京を襲った異常気象が,今作『天気の子』の“Boy Meets Girl”における「試練」となるのである.
 
 家出して上京した高校一年生の森嶋帆高は,小学生の弟と暮らす中学生の天野陽菜と知り合う.この陽菜は,天空と地上の人間界を繋ぐ巫女として描かれる.『君の名は。』の宮水三葉と同じである.おそらく巫女は,新海誠監督にとって少女という存在が持つイメージなのだろう.
 ちなみにここで「天空」と書いたが,これは天界ではない.この物語の中では,天空に聳える積乱雲の最上部には,地上と異なる世界があるのだとされている.
 さて東京を襲った異常気象,すなわち降り続いて止まぬ「異常な連続降雨」は,このファンタジーにおける災厄である.しかし「異常な連続降雨」が起きた理由は,作品中で説明はされない.これはファンタジーのお約束だ.そして陽菜はこの「異常な降雨」を局所的かつ一時的に停止する「晴れ女」の能力を持っている.しかしそれは陽菜の真の能力ではない.
 ファンタジーの世界では,ヒーローあるいはヒロインの真の能力とは,この世において与えられた使命を果たす能力を意味する.使命とはこの世の災厄を祓うことである.そしてヒーローあるいはヒロインが,なにゆえにその使命を与えられたのかは不明でも構わない.一例を挙げれば,現代ファンタジーの出発点である『指輪物語』で,主人公フロド・バギンズ は,古の王の末裔でもなければ剣の達人でもない.たまたま「一つの指輪」を破壊する旅にでることになってしまったのである.
 陽菜も同じ.雨が降り続く東京.母の臨終の病室で,たまたま窓の外を見たら,廃ビルの屋上にそこだけ陽光がさしていた.誘われるようにして
そのビルの屋上に行くと,稲荷社があった.ちなみに稲荷は農業神であるが,すべての商工業の神でもあり,ビルの屋上には稲荷社が祀られていることが多い.
 民間信仰的な根拠資料を私は知らないが,新海誠監督は『天気の子』の物語において,雨は水神が,晴は稲荷が司っているとしている.両神の拮抗バランスが崩れて,異常な降雨現象が発生したという設定だ.
 降り止まぬ雨という災厄を祓うために稲荷神が人柱に立てた巫女こそが陽菜である.それは,たまたま,であった.陽菜でなければならぬということはなかった.しかし陽菜は,自分の運命を抗わずに受け入れて,人柱となった.
 陽菜の運命を受け入れなかったのは,帆高であった.ここから先は映画を観て欲しいが,物語は“Boy Meets Girl”から初々しいラブ・ストーリーへと変わる.
 普通のヒロイック・ファンタジーであれば,主人公は世界を救うことを選ぶか,愛する娘を選ぶか,悩み葛藤するのであるが,帆高は全く躊躇しない.ただ一途に陽菜を選ぶのである.世界なんかより愛だ.そしてその結果,東京は水没する.
 だが,若い人たちは帆高の選択に共感するだろう.私みたいな老人だって,若ければ帆高のように生きたいものだ.
 色々あって,帆高と陽菜は二年間,遠く離れて暮らす.二年後,二人は再会するのだが,帆高が坂道を歩いて行くと,坂の上に陽菜がたたずんでいる.このシーンで新海監督は観客に「回収されない伏線」を提示する.観客の想像力を掻き立てるかのように.『君の名は。』のラストシーンは素晴らしかったが,『天気の子』も劣らない.
 映画を観終わったらエンドロールで主題曲「愛にできることはまだあるかい」を聴いて頂きたい.『天気の子』は前作よりも音楽性の高い映画になっていると私は思う.
 才能ある若い人というのは羨ましい.『天気の子』公開の朝,新海監督がテレビに出て,音楽を担当すると共に映画創りにも大きく貢献したRADWIMPSに謝辞を述べていた.おそらくこれからもRADWIMPSは新海監督作品に関わっていくのだろう.
 
 さて物語のいくつかのシーンを反芻しながらシアターを出ると,昼飯時をかなり過ぎていた.いつもなら藤沢駅に戻って昼飯にするのだが,空腹だったので,テラスモール湘南の中にあるフード・コート「潮風キッチン」で済ませることにした.潮風キッチンには「梅蘭」という中華料理の店が入っていて,そこの「梅蘭焼きそば」が一風変わった料理なので食べてみることにした.(下の写真)
 

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 梅蘭焼きそばは,どこが一風変わっているかというと,普通の餡かけ焼きそばは,中華鍋またはフライパンで蒸し麺をパリッと焼き,その麺の上に八宝菜風の餡がかかっているのだが,梅蘭焼きそばは,餡と麺が上下逆になっている.作り方は,調理の実際を目で見たわけではないが,蒸し麺を中華鍋に押し付けるようにしてパリパリになるまで焼く.そこに餡をタップリと載せ,これに皿を上から被せる.あとは鍋を引っ繰り返して皿に載せる.チキンライスを薄焼き卵で包んでオムライスを作るのと同じやりかただ.(オムライスの動画)
 さて実食した感想.
 普通の餡かけ焼きそばは,餡の水気が麺に移って,食べていくうちにパリパリの食感からシンナリとした状態に変わる.この変化が餡かけ焼きそばのおいしさなのだと私は思うが,梅蘭焼きそばは麺が餡の上に載っているので水気が移らず,麺はパリパリのままで,軟らかくほぐれるということがない.全体が焼き固まっているので,箸先でほぐすのが難しい.いわゆる「ちぎり箸」をせずに上品に食べるのは少々大変だった.プラスティック製でディスポのナイフがあれば持参するのがいいだろう.というか梅蘭の店員は中国人だが,客は日本人である.日本人は箸のマナーを大切にしている.この焼きそばを箸だけで食べろというのは客への配慮が足りない.ま,そういう店なんだと思う.
 余談だが,以前中国旅行の時に,ちょっと高級な料理店で食べた餡かけ焼きそばがおいしかった.作り方は,まず麺をパリパリに焼いて半球状の器を作る.大きさは大き目のメロンの横二つ割りくらい.それに野菜と肉の餡を盛り付ける.そして餡を食べ進んでいくと,次第に麺でできた器が食べ頃の軟らかさになるという次第だ.
 それはさておき,梅蘭焼きそばのお味はどうだったか.残念ながら餡の塩味にしても旨味にしても,一味足りないというか味がボケているというか,それが正直な感想だ.この焼きそばは見た目は面白いが,この味で九百二十円はいかがなものか.話のネタに一度食べれば充分だ.ごちそうさま…か…な…
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2019年4月17日 (水)

ドライカレーについて

 私の高校生 (昭和四十年入学) 時代以前は,まだ日本の外食マーケットは黎明期にあった.郷里の前橋市でも,市中心部の繁華街にはデパートや洋服店,電器店などの商店は並んでいるが,家族で食事するようなレストランはあまりなく,デパートの食堂の他には大きめの中華料理店「来々軒」が人気だった.来々軒の息子が中学の同級生だったので特に店名を明記したが,他意はない.
 その他には,小さなシャレた洋食屋さんがあり,裕福な家庭の子女は,普段からここでプレーンオムレツなんぞを食っているらしかった.小学校六年のときの同級生で練炭会社社長の息子がいて,彼は上品な家庭環境が災いしてかクラスの中で浮いていたのだが,彼は私と仲良くなりたかった (私は児童会長だったのだ) ようで,昭和三十六年のある日この店に私を連れて行って,プレーンオムレツを御馳走してくれた.それは天上の美味であり,そして私が初めてナイフとフォークで食事した料理であった.
 その洋食屋さんの店先にはメニューを書いた看板が立て掛けてあり,そこに書かれていた献立を今でもそっくり覚えている.それはこうだった.
 
エビピラフ  エビの入ったチャーハンのようなもの
カニピラフ  カニの入ったチャーハンのようなもの
ドライカレー カレー味のチャーハンのようなもの
 
 この献立のピラフは,たぶん正しい意味のピラフではなく,書かれている通り「チャーハンのようなもの」だったに違いない.というのは,客が注文するたびにピラフを炊いていたのでは時間と手間がかかって仕方ない.仕込みである程度の量のピラフを拵えておき,オーダーがあった場合に,結局のところ炒めて「チャーハンのようなもの」にしたと思われるからである.今なら電子レンジがあるから,「チャーハンのようなもの」はせずに済むだろうが.
 ここで私が特に記したいのは,昭和三十年代から昭和四十年前後の昔,「ドライカレー」はチャーハンのようなものであったということである.
 それから何年かが経って昭和四十三年,大学に合格した私は上京した.田舎の学校の生徒だった時は,肉屋のコロッケとかパンの買い食いとかを除けば,飯は基本的に家で食うものだったが,一人暮らしの大学生の食生活は,自炊もしたが,かなり外食の占める比率が高くなった.朝は主に立ち食い蕎麦だが,喫茶店のモーニング・サービスのこともあった.昼はほとんど大学の生協食堂で食べたが,学友と洋食屋で食うこともあった.昭和四十年代の東京で「ドライカレー」は「ナポリタン」と並ぶ洋食屋の定番献立だったが,その東京の「ドライカレー」も,チャーハンのようなものであった.
 ここで Wikipedia【ドライカレー】を読んでみよう.以下に抜粋引用する.
 
現在、以下のスタイルのカレーライスが、ドライカレーと呼ばれている。
挽肉とみじん切りにした野菜を炒め、カレー粉で風味をつけ、スープストックで味付けをして煮詰め、平皿に盛った飯に載せた料理。一種のキーマカレー。(挽肉タイプ)
カレー風味の炒飯。家庭で簡単に作れる「ドライカレーの素」や、冷凍食品が各社から発売されている。「カレーチャーハン」とも呼ばれる。(炒飯タイプ)
生の米とカレー粉を具材と一緒に炒め、炊き上げたもの。カレーピラフ。(ピラフタイプ)
 
 この記述の後に,《1910年ごろ、日本郵船の外国航路船「三島丸」の食堂が、はじめてドライカレー(挽肉タイプ)を提供したといわれている 》とあり,「ドライカレー」は明治時代から存在したということになる.しかし,このブログで横須賀海軍カレーの大嘘を暴いたように,カレーに関する伝説は信用ならぬものが多い.Wikipedia【ドライカレー】が《といわれている 》としている根拠は,産経ニュースの記事《船上の伝統 ドライカレー 「欧風ダイニング ポールスター」》(2017.11.19 12:02) だが,記事の最初に日本郵船三島丸のカレー料理「ロブスター&ドライカリー」は,
 
12ミリ角程度の牛肉を、カレー粉やタマネギ、ニンニク、ショウガなどとともに炒め、約6時間かけてじっくり仕上げる
 
と書いておきながら,続いて
 
日本郵船の船で機関長を務めた、日本郵船博物館の堀江誠館長代理は「客船では牛肉をかたまりで買うので、固い部分をミンチにしたのが始まりのようです。コックが『ドライカレーはステーキよりもたくさんの肉を使わないといけないんだ』とぼやいていましたが、『他の料理より食べ残しがずっと少ない』とも自慢していました」と話す。
 ひき肉を使うのは、ドイツのハンバーグがヒントになったらしい。船は揺れることから、液状ではないカレーが好まれたという説もある。
 
 これは一体どうしたことだ.ロブスターが行方不明なのも問題だが,それよりも日本郵船博物館の堀江誠館長代理という人は《12ミリ角程度の牛肉》を挽肉だというのである.こんないい加減な人物の言うことを真に受けて記事にした産経新聞記者といい,それを読みもせずに出典として挙げた Wikipedia【ドライカレー】の編集者といい,全くもって大間抜けのコンコンチキとしか言いようがない.《船は揺れることから、液状ではないカレーが好まれたという説もある 》という説明は,横須賀海軍カレー関係者が主張していることと酷似している.横須賀市当局と市内のカレー屋たちは「カレーシチューは軍艦の中では器からこぼれてしまうので,小麦粉でトロミをつけたのが日本のカレーの始まりだ」と主張しているのである.
 大体において,「○○はウチが元祖」という話は,味噌煮込みうどんの山本屋本店とか木村屋總本店のアンパンなどしっかりした根拠のあるものもあるが,大抵はヨタ話だと思ったほうがよい.
 産経の記事にある「ポールスター」というレストランは,三島丸でカレー料理が供されていたことを根拠にして「ドライカレーはウチが元祖」と強引に主張しているといったところが事実であろう.ばれない嘘をつきたいなら,サイコロ切りにした牛肉のカレー風味料理がいつの間に挽肉料理になってしまっているという,いい加減な辻褄を合わせてからにせいと言いたい.

 さて,キーマカレーと「ドライカレー」の混同・誤用はいつの頃に生じたか.
「キーマカレー」という言葉が世間一般で用いられるようになったのは,私が妻を得た昭和五十年代初めのことだったと記憶している.その妻が「ドライカレーです」と言ってある日の食卓に出したのは,私には初見のキーマカレーだった.料理そのものは現在の日本で「キーマカレー」と呼ばれているものだったが,それを当時は「ドライカレー」と呼んでいたのである.もちろんインド料理で「キーマカレー」とは「挽肉のカレー」ほどの意味であり,どのようなものかは,料理するインド人によって千差万別である (と料理本にある) が,一般的には Wikipedia【キーマカレー】に掲載されている下の写真のようなものである.挽肉と少量の野菜を加熱調理して,アンコ状態にしたものだ.下に引用した画像ではトーストしたパンが皿に載っているが,白飯でもバターライスでも,あるいはナンでもいい.何でもいい.ヾ(--;)
 で,その日の夕食,これを食べた私は「全然ドライじゃないね」と言った.批判したわけではないのに,文句をつけられたと思った彼女は,その後二度とこの料理を作ることはなかった.
 そんなことはどうでもいい.要するに,昭和五十年代に,「キーマカレー」を「ドライカレー」と呼ぶ誤用が行われていたのである.
 
Paubhajiindia_1
(オリジナルソースを明記した上で,Wikimedia Commons “Paubhajiindia.jpg” から縮尺して引用;出典ウェブページ)
  
 前置きが長くなった.ここで正調「ドライカレー」を拵えてみる.
 まず,玉葱の中くらいのやつ半分をみじん切りにする.人参もほぼ同量,ピーマンは普通の大きさのを二個,いずれも細かく刻む.
 この三つを一緒くたにじっくりと中火で炒める.玉葱はよく炒めたほうがおいしいし,人参とピーマンは,加熱が足りないと挽肉と合わせた時に食感がよろしくないからである.もちろん量的なことはテキトーでいい.人参嫌いの向きは敢えて人参を食うこともない.
 彩のことでいうと,みんな同量に近いときれいに見える.下の写真A参照.
 
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(写真A)
  
 野菜をよく炒めたら,これに豚の挽肉百グラムを投入してさらに炒める.挽肉はすぐに火が通るから,硬くならぬよう,あまりだらだらと炒めないのがよろしい.下の写真Bを参照.
 挽肉はあまり割合を多くすると,なんだか「何を隠しましょう私は,実はキーマカレーです」という顔付になって,昭和四十年代のレトロ感が薄れるので,肉が食いたいなら素直にキーマカレーを作って頂きたい.
 
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(写真B)
 
 実は,一人前の量は作りにくいので,調理写真は二人前の外観である.
 具材を炒め終えたら味付けをする.カレー粉だけであると旨味に欠けるので,粉末の鶏ガラスープも使うが,チューブ入りのカレー風味調味料でもよい.私はグリコの「カレーマジック」を使った.これはマイルドとスパイシーの二種類があるので,好みで選べばよい.使用量も好みだが,上の具材量で,大さじ二杯くらいか.味付けしたら半分を冷凍にしておくか,氷温なら数日は保存できるので野菜サラダのトッピングに使える.
 次に米飯を炒める.白飯を百五十グラムから二百グラムをレンチンし,バターと和えてバターライスにし,これをフライパンで炒めた具材に投入して,カレー粉をふりかけて加熱しながらよく混ぜ合わせる.
 カレー粉はS&Bの赤い缶でもいいが,ここはひとつシャレて,評判のよいインデアン食品株式会社の INDIAN CURRY POWDER は如何だろうか.成城石井とかカルディコーヒーファームなんかで入手できる.確かめていないが紀ノ国屋にもあるかも知れない.
 ちなみにこのカレー粉の製造者はインデアン食品である.ブログ記事《カルディで買えるカレー粉「インディアン カレーパウダー」でチキンカレーを作る!》に書かれている「インディアン」ではない.インデアン嘘つかない.
 
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 上は出来上がりの写真だ.インデアン食品のカレー粉はS&B赤缶よりも色がきれいなような気がする.だがまあそこは好みで選択して頂きたい.ということで,副菜に温野菜を添えて,いただきます.

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2019年3月26日 (火)

戸塚 「そば処 しら石」

 数年前に「成熟そば」の話をどこかで知った.
 その時は変な言葉だなと思った.成熟と熟成はどう違うのか.蕎麦が成熟するってのは日本語として違和感があるぞ,と思った.
 日本の国語辞典中,最も信用できる日本国語大辞典 (日国) にある「成熟」の語義によると,
 
(1) 果物や穀類が十分にみのること。よくうれること。また、人の心やからだが十分に成長すること。
(2) 上達すること。熟練していること。熟達。
(3) 情勢や機運などが最も適当な時期、あるいは充実した時期に達すること。
 
とある.次に「熟成」の意味はどうかというと,
 
(1) 十分にでき上がること。また、機会が熟すること。成熟。
(2) 化学物質、配合原料、中間的な半製品などが、特定条件のもとで内部から自然に化学反応を進め、必要とする物理的または化学的性質を獲得していくこと。食品工業、窯業、肥料工業、ビスコース工業などでいう。
(3) 動物体の蛋白質、脂肪、グリコーゲンなどが、酵素や微生物の作用により、腐敗せずに適度に分解され、特殊な香味を発すること。なれ。
 
である.
 では「成熟そば」とは何かというと,狭義には秋に収穫して脱穀してから半年近く低温で保存されたソバの子実 (「丸抜き」という) を指すが,広義にはそれを挽いた蕎麦粉,さらにはその蕎麦粉で打った蕎麦を意味しているらしい.
 草本植物全般に言えるかどうかよく知らないが,栽培作物では,それが有限伸育性であるか,無限伸育性であるかが重要である.
 有限伸育性とは,イネが代表的な作物で,開花すると茎や葉の成長が止まり,光合成した貯蔵物質を種子に集中する性質のことである.この場合は,一本の稲穂の米粒全部同時に完熟するのみならず,同時に栽培されてきた他の個体も同時に完熟する.イネにはこのような性質があるので,期が熟したら田圃の稲を一斉に稲刈りできるわけだ.
 これに対して無限伸育性の作物は,開花して結実しても,その植物個体の成長は止まらない.また新たな開花と結実が生じる.その結果,普通のトマトを見ればわかるように,一本の茎に赤く熟した実とまだ緑色で熟していない実がついている状態となる.従って無限伸育性の作物は,全部の実が熟したところで一斉に収穫するということができない.トマトのように熟したものを順に一つ一つ収穫していくことになる.実はこれは,ある種の野菜にとっては有利な性質で,収穫時期の幅が広くなる (店頭に出回る期間が長い) のである.
 余談だが,ダイズのように品種によって有限伸育性のものと無限伸育性のものが存在する作物がある.この場合のように品種に関しては有限伸育性型,無限伸育性型と呼ぶことがある.有限伸育性型のダイズは種子が大粒であり,収穫される種子の数は少ない.無限伸育性型のダイズは種子が小粒で,収穫できる種子の数が多い.言い換えると,結実した種子の数が多いから小粒になるのである.実際は用途によって,この二種類の作付けを仕分けている.日本に米国から輸入されている大豆は搾油用であり,小粒の品種である.
 さて「成熟そば」のことに戻る.栽培作物のソバは,無限伸育性なのである.これを私は,農学部出身のくせに,この歳になるまで実は知らなかった.知識がないことの言い訳にはならないが,実際のところ,収穫期のソバ畑を目で見たことはなかったからである.
 で,ソバはトマトと異なって,ああいう作物だから,熟したものを順に収穫するということができない.一斉に収穫せざるを得ないのだが,都合の悪いことに,後から結実した種子が完熟するまで待っていると,先に成った実が地面に落ちてしまうのである.すると結果的に収量が減ってしまう.そのため,秋の最大収量の時期に収穫されたソバの子実 (玄米と同様に玄蕎麦という) には,完熟した粒と未熟の粒が混在することになる.いわゆる「新蕎麦」は,このような状態の玄蕎麦を挽いて作った蕎麦粉を打った蕎麦なのである.
[註;玄蕎麦の構造は,一番外側に黒い殻 (果皮) があり,その内側に甘皮 (種皮),内部に胚乳部・子葉部 (胚芽) がある.玄蕎麦から殻を取り除いたものを「抜き」とか「丸抜き」と呼び,この状態で保蔵する.製粉業者はこの丸抜きから数種類の蕎麦粉を篩分しながら製造するが,子実のどの部分が含まれているかで蕎麦粉の色や風味が異なる]
 例えば米の場合,言葉の定義からいうと新米とは,それが収穫されてから,次年度産米が収穫されて市中に出回るまでのものをいう.次の年の米が出回ると新米から古米に呼び方が変わるのである.
 しかし私たちの習慣では,秋に収穫された米が新米と呼ばれるのはせいぜい年内である.なぜかというと昔は,米の保蔵技術が低く設備 (温度管理できる倉庫) もなかったため,年を越すとどうしても品質劣化が進み,食味が明らかに低下したからである.高齢者は記憶しているように昔は,夏場の米は品質が悪かったから,一層新米の旨さが引き立ったものである.しかし現在では保蔵条件が進歩したから,一年中おいしい米が食えるようになった.ありがたいことである.
 実は蕎麦も米と同じなのである.いわゆる新蕎麦は,ソバの子実が晩秋に収穫 (ちなみに北海道産が一番早く出回り,かつ北海道が最大産地であるため,蕎麦にはハシリがなく,一気に旬が到来する) されてからせいぜい年内の蕎麦をいう.理由は米と同じで,昔は年を越した蕎麦の実は品質が低下したからである.ところが,保蔵技術が格段に進歩した現在では,新蕎麦よりも,むしろ年を越して二月から三月あたりの蕎麦のほうが旨いじゃないかという説が,蕎麦職人の中から現れた.
 神奈川県川崎市の「幸町満留賀」と同市「石臼挽きそば 長寿庵」の二店の店主たちが上の説を提唱し,年を越してから製粉した蕎麦粉の蕎麦,すなわち「成熟そば」が美味であるとする宣伝活動を始めた.そして次第にこの説に賛同する店が増えてきたのが現状である.
 ただし,現時点では「成熟そば」は少数派である.老舗の名店は新蕎麦を善しとして,「成熟そば」には無関心ではないかと思う.
 また,「成熟そば」には食品科学的エビデンスがない.あくまでも経験的かつ感覚的な話にすぎない.私見だが,「成熟そば」は食品科学分野の恰好な研究テーマになるのではなかろうか.「成熟そば」が旨いという説が事実なら,これは「丸抜き」状態の蕎麦子実において一種の追熟現象が起きているのかも知れない.あるいは香気成分の化学的変化が生じている可能性も考えられる.とすると,「追熟そば」または「完熟そば」が日本語として正しいのであるが,オリジナリティを尊重して,本稿では「成熟そば」としておく.現役の食品科学研究者がこれに関心を持って,「丸抜き」の追熟あるいは完熟現象を科学的に解明してくれないものかと思う.
 
 というわけで,今年も「成熟そば」の時期がやってきたのだが,つい先日,横浜市戸塚区と藤沢市が接する辺りで「成熟そば」と染めた幟を見つけた.箱根駅伝第三区のランナーたちが,右手に藤沢バイパス入口を見ながら藤沢橋交差点へ向かって走る地点だ.この幟は,造酒屋が新酒の時季になると軒に杉玉を下げるのと似ていて,「成熟そば」をお出しできる時季となりました,との意味であると言う.その幟を立てていたのは,「幸町満留賀」や「石臼挽きそば 長寿庵」とは違ってほぼ無名の「そば処 しら石」という店である.川崎まで蕎麦を食いに出かけずに済むのはありがたい,と私は早速店に入った.
 普通の蕎麦屋なら客で混雑が始まる午前十一時半の少し前だったが,店内に先客は一人もいなかった.だが,掛かってくる電話に出る女将さんと思しき女性は「一時間待ちです」と答えていた.どうやらこの蕎麦屋は,店に来る客よりも出前が中心の店のようであった.
 私は天ざるを注文したのだが,できあがるのに二十分近くを要した.厨房は出前をこなすのに大忙しであるのだろう.
 やってきた蕎麦には海苔が載っていたが,これは邪魔なので,まずは海苔だけを食べてしまい,続いて蕎麦を数本,口に入れて噛んでみた.そして「おお,なーるほど」と膝を打った.確かに,新蕎麦とは異なる風味があったのである.「成熟そば」説は事実だろうと私は思う.実際に私は,蕎麦つゆなしで半分ほどを食べてしまった.残り半分にはほんの少しの蕎麦つゆを付けて食べたから,蕎麦つゆは天ぷらのために使ったようなものだった.出前中心でやっている無名店でも馬鹿にはできないなあと感じた次第である.
 ただ一つ,文句がないことはない.エビの天ぷらがいわゆる「蕎麦屋の天ぷら」で,衣がサクッではなく,バリバリに固い.もしかすると薄力粉に重曹を加えているのかも知れない.つまり温かい天ぷら蕎麦用に揚げる衣と区別がされていないのだ.しかも衣をできるだけ大きくなるように揚げている (いわゆる「花を咲かせる」だ;動画はここ) ため,前歯で噛むとバキと煎餅のような音がした.w
 蕎麦は旨かったが,天ぷらは落第点である.この店で蕎麦を賞味する場合は,蒸籠だけにするのがお勧めである.言うまでもなく,かけ蕎麦や温かい種ものは,蕎麦の旨味もへったくれもないので,富士そばでよろしい.w
 
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2019年3月25日 (月)

藤沢 TO THE HERBS

 世の中は,人々が仕事をすることで成り立っていることは言うまでもない.太古の昔,まだ人類が誕生する前,アフリカで樹上生活をしていたサルたちは,植物が豊富な環境に生きていたから,そこら辺の,手を伸ばせば届く枝になっている果実を取って食べていたに違いない.これは私たちの「仕事」の概念から外れる.彼らは働かざる者であった.
 現在は否定されているが,人類の起源について「イースト・サイド・ストーリー」と呼ばれる仮説があった.この仮説は,約千万年 - 五百万年前にアフリカに大地溝帯が生じたあと,この地溝帯の東側は気候変化で森林が消滅し,サバンナになったと主張した.密林が消滅した環境に生きるサルたちの中から,二足歩行をするものが現れた.Wikipedia【大地溝帯】は次のように述べている.
 
乾燥化によって木と木の間隔が広がったことにより、木から木への移動を行う際に地面に降りる必要が生じ、ついに直立二足歩行を獲得した
 
ついに直立二足歩行を獲得した 》とはまた随分と誤解を招く言い方だ.進化が「獲得する」などと「合目的」的に起こると考えたエンゲルスじゃあるまいし,ここは「直立二足歩行できるサルのみが生き残った」とするべきであろう.だが,この仮説は既に述べたように現在は否定されている.否定された説をイジッても仕方ないが,「イースト・サイド・ストーリー」という命名は,なんともセンスのないことであった.仮説の内容が,あの「ウェスト・サイド・ストーリー」と全く無関係であり,似ているのは「東側」という点だけのダジャレだからである.働かなくても食えるエデンの園を追われたアダムに喩えて,この仮説を「イースト・オブ・エデン」と名付けたら後世の人は大いに感心したであろうに.
 それはともかく,サルが手を伸ばせば届くところに食べ物があるのではなく,何らかの理由により人類が樹上生活を追われ,能動的に食物を探しに行かねばならなくなった時に,私たちの仕事=労働が発生したのである.すなわち無為徒食,働かずに食っている私はサルに近い.異なっているのは,私は時々買い物に出かけるという点である.
 そういう長い前置きをしておいて,藤沢駅の辺りに買い物に出かけたときのことを書く.
 まずは薬局で点鼻薬「アレルカットM」と目薬「サンテゴールド40」および痒み止め「ウナコーワクール」を購入した.サルには必要のない品物である.それから藤沢駅に隣接している商業ビル「リエール藤沢」の三階に入っている書店「ブックエキスプレス藤沢店」で,何か面白そうな本はないかと棚の間を逍遥した.私は新刊書でも古書でも通販で買うのが主だが,たまには書店に行かないと,本との出会いがなくなってしまうから,書店で時間をつぶすことは絶対に必要だと思っている.
 さて結局,買ったのは椎名誠『殺したい蕎麦屋』,東野圭吾『ラプラスの魔女』,勢古浩爾『定年バカ』の三冊である.
それからエスカレーターで一階に降りて,カフェの Becker's でカフェ・ラテのラージを買い,エスカレーターが見える窓際の席で『殺したい蕎麦屋』を読み始めた.この写真入りエッセイ集の最初は「さらば愛しき犬たちよ」で,これがしみじみとよかった.私は老人性の多涙症を患っているので,つい鼻の奥がジンとしてしまった.カウンターパンチをもらった気分だ.
「さらば愛しき犬たちよ」を読み終えて,窓の外に眼をやると,このビルの二階にあるレストラン「TO THE HERBS」の,メニューを載せた立て看板が,エスカレーターのところに出ていた.そういえば昼飯の時刻だったので,TO THE HERBS で何か食おうと考えた.
 TO THE HERBS は古くからある店だ.私がまだ若かった頃,この店でしょっちゅうピザとかパスタを食べたものだが,それももう二十年以上前の話だ.w
 Becker's を出て,その立て看板のところに行くと,ドリンクの無料サービス券が箱に入っていて,遠慮なくお取りくださいと書かれていた.つまりは五百円のドリンク付きの料理を五百円引きするクーポン券だ.それを一枚とって二階に上がり,店に入った.
 いつ改装したのか知らぬが,内装は昔よりオシャレになっている.席に着くと,黒いスーツをノーネクタイでカジュアルに着たフロア担当の男が来たので,私は「海の幸のペスカトーレロッソ」を注文した.食べる料理は立て看板を見て決めていたので,メニューは開かなかった.
 続いて「お飲み物は何にしますか」と彼が言うので,グラスワインの赤を頼んだ.料理は税抜き価格千四百八十円である.
 厨房に私のオーダーを伝えに行った黒服さんは,ややあってから戻ってきた.そして「念のために,ですが」とメニューを開いてペスカトーレロッソを指で示して「これでよろしいでしょうか」と言った.
 普通の店ではペスカトーレロッソというとロングパスタを使うが,この店の料理に使われているパスタは,太い筒状のショートパスタで,たぶんパッケリ (例えばコレ) だろうと思う.私はパッケリを食べたことがないので,どんなパスタか,食べてみようと思ったのである.ちなみにペスカトーレは複数の魚介を意味し,ロッソは赤,つまりトマトソースの料理だ.
 想像するに,この店のちょっとかわったペスカトーレロッソは,オーダーする客が少ないのではなかろうか.それで,私がスパゲッティのペスカトーレと勘違いしていないか,確認に来たのだろう.
 さてそれから十五分以上経って十二時になり,店内が私以外すべて女性客で満席になった頃,ペスカトーレロッソの皿がやってきた.
 パッケリは,茹で上げてから平らにつぶしてある.大きさは縦が五センチほど,幅が四センチくらいだろうか.穴の側から見ると,ちょうど小さなイカ焼きを横にカットしたようになっている.パッケリの中に詰め物をして調理することもあるらしい.イカ飯みたいになるのだろう.w
 フォークで刺して噛むと,かなり噛み応えがある.ロングパスタの,プツッと噛み切れる「アルデンテ」の食感とは異なり,さりとて固い弾力というのでもなく,ちょっと名古屋の味噌煮込みうどんに似た印象だった.具はアサリ,ムール貝とイカ,それに大小二種類のエビだった.トマトソースの具合もちょうどよく,お値段通りの一皿だった.これは,また来た時にリピートしようかなと思った.ごちそうさまでした.
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