外食放浪記

藤沢近辺であれを食いこれを食べ.自炊のことや思い出話もむりやりここに.

2021年10月13日 (水)

それは海苔弁じゃないかも

 東京の人形町に海苔弁専門店がオープンして大人気のようだ.(テレ朝news《“高級海苔弁”1000円超えも大人気!11品で超豪華》[掲載日 2021年10月12日 20:10])
 この海苔弁当のお値段千円は《ぜいたくすぎ》だとニュースは述べたが,人形町というロケーションを考えれば,魂消るほどではないと思う.
 この辺りの会社に勤める会社員たちの普通の昼飯に,あと二,三百円足せば,なかなかおいしそうな弁当が食えるのだ.
 毎日となればちょっと考えてしまうだろうが,時々「今日のお昼は千円海苔弁にしよう」と奮発するのはいいんじゃないだろうか.
 
 ついこのあいだ,NHK《逆転人生》に梅宮アンナさんが出演して,海苔弁の思い出を語った.
 アンナさんが学生の時,お昼の弁当は故梅宮辰夫が作ってくれた.
 その弁当には海苔が何層にも敷かれていた (アンナさんはミルフィーユみたいにと言った) が,その海苔は,細かくちぎってから米の飯の上に敷き詰めたのだという.
 このやり方は私もする.家庭で作る「ミルフィーユ海苔弁」の定法だといってもいい.
 海苔が細かくちぎってあると,食べやすくて,おいしさも増すのである.
 
 で,件の千円海苔弁はどうかというと,弁当箱の大きさに切った海苔を,ビラーッとそのまま貼り付けている.忙しい客を待たせておいて,海苔をちぎって貼るなんてやっていられるわけがないからだ.
 そしてその上におかずがたくさん載っている.だから海苔は全然見えなくなっているし,醤油のしみた海苔と白い飯のおいしさは味わえなくなってしまっている.
 どこが海苔弁なんだかわからない.
 
 大量に作るコンビニ弁当と異なって,個人営業の持ち帰り弁当店は,少ない販売個数で売り上げを確保しなければならないから,弁当の単価が千円になってしまうのは致し方ない.
 そして千円という単価に見合った内容にすると,どうしてもおかずをたくさん詰め込むことになる.
 そういう弁当の名を「海苔弁」にするのはキャッチーだけど,ちよっと違うよねーと思わぬでもない.
 梅宮辰夫が娘のために作った弁当は,そして私たちが自作して食べておいしいと思う海苔弁は,手間はかかるけれど千円よりずっと安く作れて,そして温かいものだと思う.

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2021年10月12日 (火)

私は栗御飯には新栗を使うが

 もうとっくに栗の旬だが,私が買い物にでかけるスーパーには,栗が出ていない.
 栗御飯は,ワンシーズンに何度も炊いて食うほど好きではないのだが,それでも季節のものだから食わずにすませるのも落ち着かない.
 そこで八百屋さんにいってみると,店の隅っこのところの台に少し置かれていた.
 群馬県産の品種名が書かれていない袋が一つと,茨城県産の利平栗が二袋だった.無銘の群馬産は小粒で,茨城の利平は「特選」と袋に書かれていた.
 店に入ったのがちょうど昼頃だから,飛ぶように売れて残りがそれだけになったというわけではなかろう.
 秋には栗御飯を炊こうという人が今は少ないのだろうか.それとも,今年の栗は味が劣るとか,何かわけがあるのだろうか.
 
 私は利平を一袋買った.一袋に十三粒入って五百九十九円,重さを量ったら三百二十グラムだった.
 栗御飯のレシピは特にどうということもない.栗の色が映えるように,出汁と塩で炊くのが普通だが,私は白醤油をすこーし加えて炊くのが好みだ.
 炊き上げた栗御飯を食みながらネットで栗御飯を検索してみたら,天津甘栗を使うレシピがたくさんヒットした.
 なるほどね.
 天津甘栗なら下拵えが必要ない.ぱかっと鬼皮を剥いて,すぐに使える.
 いわゆる時短というやつだろう.
 残念なことに,天津甘栗の実は黒くて,秋の色とは言い難い.新栗の炊き込み飯は秋の味覚だが,天津甘栗飯は一年中通して楽しめる飯だと思われる.どんな味なのか,近いうちに炊いてみよう.

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2021年10月 8日 (金)

テレビCМを観て買って失敗した

 ときたま日本ハムの「ストックミート ほぐせるお肉 プルドポーク」のテレビCМを目にする.動画は《プルドポーク ぼくらの初プルド プルポサンド篇
 公式サイトの商品情報はここ.この商品を使ったレシピはここ
 商品説明に《フォークで簡単にほぐれるほど柔らかい豚肉です。トレーの上でほぐしてそのまま召し上がれます。常温保管も可能なため、ローリングストックにも便利です。しっかり燻製が効いたスモーキーBBQ味です》とあり,非常時用の備蓄食料にもいいようなので,Amazonで購入してみた.ダンボールのパッケージに六個入りである.
 
 届いたプルドポークを咀嚼して味わって,私は全身から力が抜けた.
 プルドポークは,豚肉から,これでもか,これでもかと旨味を取り去ったらこうなる,という食味であった.
 普通に加熱すると豚肉は固くなるものだが,フォークでこんなに簡単にほぐれるようにするには,相当な高温高圧調理をしたものと見える.
 その際に,すべての旨味が肉から抜け出てしまったのだろう.
 出汁がらに燻蒸香をつけてどうする.余計にまずくなるわ.
 
 豚肉が本来持っているはずの精気というものが全く感じられない「肉のようなもの」を,我慢して三つ食べたのだが,それ以上はどうにも食べる気になれず,そこで残った三つを開封して,レトルトのカレーに入れてみた.
 レトルト・カレーは具が貧相だから,ほぐしたプルドポーク (内容量120g x 3) を加えれば,枯れ木も山の賑わいになるかと思ったのである.
 レトルト・カレーはグリコの「LEE x20」を二つ使った.このレトルト・カレーは,トマト由来の酸味が少なくて私の好みなのだが,具材がほとんど入っていない.だからいつも何かしらの具材を加えて食べることにしている.
 で,鍋に「LEE x20」とプルドポークを入れ,水でトロミを調節した.さらに香りを増強するために,GABANのガラムマサラを大さじ二杯加えた.
 ガラムマサラがよく混ざったら火を止めて粗熱を取り,冷蔵庫で一日寝かせた.これでできあがり.
 
 さてプルドポーク・カレーの味はどうであったか.
 まずかった.
 レトルト・カレー界で最強の辛口である「LEE x20」も,GABANのガラムマサラも,奮闘虚しくプルドポークに敗北した.
 まずいものは,どう手直ししてもまずいのであった.

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ビリヤニを作る

 最近,テレビの料理番組で何度か,インド料理の「ビリヤニ」を取り上げてレシピを紹介していた.
 そのうちの一回は「伝説の家政婦」として有名なタサン志麻さんで,放送ではかなりざっくりとしたレシピ紹介ではあったが,出来上がりの映像は実にうまそうであった.
 この作り方は日本テレビ《沸騰ワード10》に《シマさんのビリヤニ》(9/24放送) という題で載っている.
 私はまだビリヤニを食べたことがない.しかしこの料理に特化した料理本も出ているくらいの人気料理らしい.
 タサン志麻さんのビリヤニより少し前に,NHK《あさイチ》で料理研究家の荻野恭子さんが「チキンビリヤニ」の調理を実演した.
 たまたまテレビをオンにしたらこれをやっていて,この時もうまそうだなーと私は思った.
 荻野さんのレシピは《チキンビリヤニ》に載っているが,タサン志麻さんのレシピと随分違う.荻野さんはインド米 (バスマティライス) で作ることを勧めているが,タサン志麻さんは放送では日本の米で実演したが,タイ米が本来のビリヤニであると《沸騰ワード10》番組サイト掲載のレシピに書いている.(私の個人的意見では,インド料理はインド米で作るのがよいと思うが)
 
 このレシピの違いについて不思議に思って調べてみると,実は「これがビリヤニである」という確定したレシピは無いようなのだ.つまりビリヤニは,よく名前の知られたインド料理だが,インドの地方によって,あるいは家庭によって色んなビリヤニがあるということみたいである.
 
 さて私もビリヤニを作ってみたいと思って,タサン志麻さんや荻野恭子さんのレシピ以外に,さらに調べを進めてみた.
 その中で最も本格っぽいのがFoodieに掲載されているものだと思う.
 
Foodie《「ビリヤニ」の本場の作り方をインド人シェフが解説!本物の味を楽しむ4つの条件》[掲載日 2016年8月4日]
 
 しかしこれは本格っぽすぎて,私みたいな初心者はやはり志麻さんや荻野式で始めるのがよかろうと思う.
 ついでだが,絶対こういうやり方では失敗するよねーというのがあったので紹介する.つい最近,産経新聞に掲載されたものだ.
 産経新聞《カレーだけがインド料理じゃない スパイスたっぷり「ビリヤニ」の魅力》[掲載日 2021年9月26日 11:00] から少し引用する.
 
お祝いでふるまう手の込んだ料理
 作り方を厨房(ちゅうぼう)で見せてもらった。ナツメグ、コリアンダー、ガラムマサラ、シナモン、グリーンカルダモンなど、調合するスパイスは10種類以上。料理長のダリプ・シンさんは「ビリヤニは手間がかかる料理だが、スパイスの調合が最も大切だ」と話す。
 米にも特徴がある。使用する「バスマティライス」は、細長くパラパラとしたインドの米で、タイ米よりも香りが強い。米を肉やスパイス、フライドオニオンなどの調味料を混ぜたカレーのような「マサラ」と混ぜ、インドのバターである「ギー」で炒める。「米がつぶれないように炒めすぎないようにするのがポイント」(シン料理長)
 ダム・ビリヤニの「ダム」とは「蒸す」という意味。「蓋をして蒸すことで、スパイスの香りを閉じ込める」(シン料理長)。炒めた米を器に入れてナンで蓋をし、オーブンで10分ほど蒸し焼きにすれば完成だ》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
 タサン志麻さんと荻野さんのレシピは,初心者向けにアレンジされたものだろうが,しかし産経の記事を書いた浅上あゆみという女性は,料理を全くしない人のようだ.《作り方を厨房で見せてもらった》と書いているが,よそ見していたのだろう.
炒めた米を器に入れてナンで蓋をし、オーブンで10分ほど蒸し焼き》するというのだが,炒めただけの水分をあまり含まない米を,蒸し焼きにはできない.
 産経の方法でできるものは真っ黒焦げの米だ.
「浅上あゆみ」を検索してみると,料理に無縁のなんでもライターのようだ.こういうライターの料理記事を掲載するところが,いかにも産経新聞だなあ.



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2021年8月21日 (土)

ウスターソースは懐かしの /工事中

 テレビ朝日系列《上沼恵美子のおしゃべりクッキング》を毎日楽しみに視聴している.
 講師は和洋中の三人いて,三人とも辻調理師専門学校の教授である.
 上沼恵美子さんは,コロナ禍以前の放送では料理のアシスタント (調味料を混ぜたりする) をしていたのだが,今は講師の先生との間にアクリル板が立てられているため手伝うことができない.それで彼女は横でしゃべりに徹していて,これがおもしろい.
 先日は,料理をしている講師の岡本健二さんに唐突に「料理の先生ってスキャンダルがありませんねー,まじめなのか,うまいことやってらっしゃるのか」と話しかけた.
 たぶん岡本講師が「まじめなんです」と答えるのを期待していて,「そんなわけないですやろ」とツッ込むつもりだったのだろう.
 しかし岡本講師は「うまいことやってるのとちがいますか」と返したので,上沼さんは唖然として二の句が継げなかった.
 こういう料理と無関係なやり取りがあるので,この番組は面白い.
 
 さて,この番組の講師は辻調理師専門学校の先生だから,料理の基礎を生徒に教えるのが本業で,テレビ番組向けに色んな家庭料理を作ってみせるのは余技だ.
 しかも,一度披露した料理は二度同じものを拵えるわけにはいかない.《おしゃべりクッキング》のような長寿番組になると,アイデアを絞り出すのは大変な苦労だと思われる.
 一例を挙げると,少し前に岡本講師が「ソース鶏めし」を紹介した.たぶんこれは岡本講師のアイデア料理だ.
「鶏めし」は醤油の炊き込み御飯と決まっているから,私は「ソース味か,これはおもしろい」と画面に見入った.
 レシピは上記のリンク先を参照していただきたいが,出来上がった「ソース鶏めし」についても上沼さんは次のように書いている.
 
ほとんどウスターソースだけの味つけでこんなにおいしくなるとは!カレーのようにガツンとこない、ほわっとやわらかくて懐かしい味。すごく簡単なので、ぜひやってみてください。
 
 番組の公式サイトには上のように《こんなにおいしくなる》と書いてあるが,実際の放送中では,上沼さんは試食しても「おいしい」とは一言も言わなかったのである.
 では何と言ったか.
 いつもの放送では一口食べるなり激賞するのだが,この「ソース鶏めし」だけは「懐かしい味ですね」と
 

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2021年7月 7日 (水)

素麺に似て非なるもの

 まいどなニュース《「そうめんはもう茹でないでください!!」女将の戦後体験から生まれた調理法に「目から鱗です」》[掲載日 2021年7月6日] に,伝統的な素麺の茹で方に異を唱える人が紹介されている.
 下の引用のうち,上の《 》が,その方法,下の《 》が考案者の主張である. 
 
◎鍋で沸騰させたたっぷりのお湯にパラパラッとそうめんを入れて菜箸でほぐし、再沸騰したら蓋をして火を止める。
◎5分後に(10分後でも変わらないのだそう)そうめんをザルにあけ、流水と氷水でしっかりと冷やしながらもみ洗いをして、そうめんのぬめりを取る。
──そうめん動画は200万回以上も再生され大反響ですね。
 再生回数が伸びているのは視聴者の皆さんが「本物」を分かってくれているからだと思います。良いものを良いと思って周りに勧めてくれているからだと。「本物」を理解して視聴されている皆さんがすごいんです。いつもありがとうございます。》(文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 早速試してみた.
 使った素麺は,コンビニでもスーパーでも,どこでも手に入る素麺界のスタンダード「揖保乃糸」である.
 生憎,食材のストッカーに揖保乃糸がないというおかたは,小豆島でも長崎五島でも,各地のうまい素麺でお試しあれ.
 奈良の三輪素麺はお勧めしない.忌避していただきたい.ここの生産者には,五島から仕入れた素麺に「三輪素麺」のラベルを貼って偽装し,五島の製品に利益を上乗せして贈答用高級品として販売してきた黒歴史がある.三輪素麺こそ,日本の食品偽装史における暗黒金字塔だからである.
 
 さて,実食の感想だ.
 考案者は《戦後の苦しい時代を乗り越えてきた私》と仰っておられるので,詐称でなければ戦前のお生まれということになる.
 しかし動画を拝見した限りでは,私 (七十一歳の団塊世代で,物心がついたころには既に日本の経済成長が始まっていた;戦後の苦しい時代を乗り越えてきたのは,私たち団塊世代の親たちであり,そのほとんどは既に世を去った) と同世代の,七十代のように見受けられる.
 とても私よりも一世代以上歳上の,八十代や九十代の女性とは思われぬ若さである.
 そこにまず私は驚いた.そして,彼女がその若さを保っているのには,さぞかし日々の努力を惜しまぬ生き方があるのだろうと感服した.
 で,彼女が戦後の苦しい時代に考案した素麺の「余熱調理法」で作った揖保乃糸はどうなったか.
 この「余熱調理法」は,料理嫌いで頭が悪くてズボラなのに料理の失敗はしたくない性格の悪い皆さんに,ぜひともお勧めしたいと思う.
 なんとか素麺といえばいえるものができることは間違いないからである.
 素麺とうどんの食感の違いなんてどうでもよい,《「本物」を理解して視聴されている皆さん》ではなく,「偽物」で充分だという皆さんは「余熱調理法」で素麺を作っていただきたい.私はいやだが.

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2021年6月27日 (日)

焼きネギ味噌 (一)

 豆腐を油で揚げた油揚げが,豆腐よりも日持ちしないのは,多孔質だからである.
 油で揚げると豆腐の内部から水が蒸気となって放出され,その水の抜け出したところが泡状の孔 (あな) となって残る.これを膨化といい,スポンジ状になる.
 実際の製法は全国豆腐連合会のサイトのコンテンツ《豆腐加工食品詳細》に紹介されている.
 多孔質になると,表面積が著しく増える.その結果,油揚げに含まれている揚げ油の酸化速度が非常に大きくなる.
 また表面積が大きいと細菌の繁殖も速くなる.
 圧搾脱水して薄くカットした豆腐 (油揚げの材料) を油で揚げている最中は,表面は高温になるが,豆腐の内部は沸騰水程度の温度であるため,耐熱性菌が残存してしまう.
 また,スーパー等の店頭で油揚げが置かれている場所はあまり温度が低くないので,菌の繁殖が進行している上に,照明光 (油脂の酸化を促進する) に晒されているので酸化も進んでいる.
 そのため午後遅くになると,消費期限の迫った油揚げが値引きされて販売されるのだが,その日の夜に食べるというのでなければ,これは避けた方がよい.
 このような少々劣化が始まった値引き品を買って,すぐ帰宅して食べる場合に一番よい調理方法は,煮ることである.
 まず油揚げに熱湯をかけて,いわゆる「油抜き」をしたあと,汁の具にしてもいいし,稲荷寿司のような味付けに煮て,飯のおかずにしたり,熱いうどんに載せて食べるのが私の好物だ.
 それはそうなのだが,値引き品の油揚げを焼いて食べるにはどうしたらいいか,諸兄は御存知か.
 
 藤沢駅北口のスーパー「サミットストア」の棚に値引き販売の「栃尾の油揚げ」(あぶらげ) があった.消費期限はあと二日.
 安かったので買ったが,この越後長岡名物の油揚げは米の飯のおかずにしにくい.
 レシピサイトを覗いてみても,この油揚げは焼いて酒の肴にするしかないと思われる.
 他人のレシピで多いのは,中に切り込みを入れて納豆やネギ味噌を詰め込むというやつ.
 しかし,栃尾揚げは普通の油揚げとは異なり,元々が袋状にはならないものだから,何のために中に納豆なんぞを詰めるのか,その理由がわからない.普通の油揚げを巾着にする料理方法に発想が引っ張られているだけだ.わざわざそんなことをせずに,焼いた栃尾揚げと,小鉢の納豆を一緒に口に入れて食べれば同じことだからである.
 納豆だけでなくネギ味噌も,栃尾揚げの中に詰め込む理由がない.面倒なだけである.
 だが私のやり方は違う.それを以下に紹介する.
 
 賞味期限が迫った栃尾揚げを,ポリ袋のパッケージに入ったまま,パッケージの一部をほんの少し開封し,電子レンジで数分加熱する.
 加熱時間の目安は,パッケージの中に水蒸気が満ちて外にシューッと出てくるまで.
 これを「達温100℃」といい,繁殖しつつあった耐熱性菌は死んでしまう.菌の一部は耐熱性の高い芽胞を作って生き延びるが,加熱後はすぐ食べてしまうので,問題なし.
 この加熱処理は色々と応用が広く,冷蔵庫に入れてある常備菜を一日に一度「達温100℃」処理することで,かなり日持ちをよくすることができる.ただし,ジャガイモのように煮崩れてしまうものが入っているおかずはだめ.しかし牛肉とタマネギだけでカレーを作り,これをポリプロピレンやガラス製の耐熱保存容器に入れ,毎日加熱して「達温100℃」を繰り返すせば,長期保存もできるし風味も増すので,電子レンジの活用方法として優れている.
 
 さて「達温100℃」にした栃尾揚げはすっかりフニャフニャになっているが,これをオーブントースターで焼く.
 そのトースター用のトレーに載せて,上面だけを焼く.そのままトースターに入れて上面下面を同時に焼くと,油が垂れてトースターの中を汚してしまうので,トレーがなければアルミホイルを皿代わりにするとよい.
 焼いている間に,ネギ味噌を作る.
 深谷ネギのような普通の太ネギをみじん切りにする.白いところだけでなく緑色がかった部分も使える.
 栃尾揚げ一枚に対して,ネギは白いところを一本分くらいかと思うが,使う量のことは深く考えず,ネギ味噌は御飯の菜になるのだし,ネギ一本をみじん切りにして目分量でたくさん作ってしまえばいい.
 使う味噌の量は,常備している味噌の種類によって変わるから,これは各自の好みだ.
 私は小鉢いっぱいのみじん切りネギに対して,味噌をカレースプーンに一杯くらい使う.味噌は少ないかと思えるくらいでちょうどいい.減塩タイプがおすすめ.
 次に,器に入れたネギと味噌に,水または湯を加えて軟らかく練る.
 ネギ味噌は,他人のレシピ通りに作らず,初めての人は試行錯誤で自分が旨いと思う作り方を覚えるとよい.
 
 ネギ味噌の準備ができてトースターを覗くと,フニャフニャだった栃尾揚げの表面がカリッとして,いかにも旨そうになっているだろう.
 そうしたら,上下をひっくり返して,下面も焼く.
 下面も焼けたら,その上にネギ味噌をたっぷり塗り,再びトースターに入れて焼く.
 やがてネギ味噌の焼けるいい匂いがしてくるから,そうしたら取り出して四つに切って皿に盛り付ける.
 
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 焼いたネギ味噌は,しみじみと旨いものだ.もうとうに亡くなった私の父親の好物で,私は小学生の時に,父にネギ味噌の作り方を教えてもらった.以来,六十年の間,私はネギ味噌を作っては食べてきた.
 私の父親は,越後の長岡から東へ山深くに入ったところにあった中蒲原郡村松町 (合併して現在は五泉市) の生まれ育ちで,隣の長岡の栃尾地域に旨い油揚げがあると小学生の私に語った.
 当時は,油揚げは日持ちしないので,栃尾揚げは長岡に行かないと食べることができなかったのだが,昭和の後半に食品のチルド流通が発達したおかげで,首都圏のスーパー店頭に置かれるようになった.そしてすぐに居酒屋の定番メニューにもなった.
 熱い炊きたての飯にネギ味噌を載せて食うのも旨いが,握り飯や油揚げに塗って焼くのは格別だ.栃尾揚げは,ネギ味噌を塗って焼くのが一番美味だと私は思う.
 
 ところで,越後長岡のローカルな食べ物だった栃尾揚げが世間の人に知られる前に,普通の油揚げとネギ味噌の取り合わせは,昔からあった.私は学生時代に自炊してよく食べたものだ.
(続く)

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2021年6月 9日 (水)

アサリの呼吸

 冷蔵庫の肉や魚がなくなりそうなので,買い物に出かけた.
 藤沢駅北口のダイエー藤沢店で野菜を購入.キュウリ,カットレタス,モヤシ (ブラックマッペ),ミョウガ,アスパラガス,etc..
 それから「さいか屋」デパートの地下に降りて,鮮魚を見て回ると,アサリが安かった.季節だなあ.
 料理素材としては,アサリは水煮缶詰が便利なので普段はそれで済ませるとして,しかし味噌汁は殻付きのものでないと有難味がない.
 一パックをカゴに放り込んだが,量は味噌汁なら三椀,酒蒸しなら一皿分はたっぷりある.
 あとは本マグロの中おち丼,塩鮭切り身,精肉店に回って牛肉の切り落としを買った.
 
 帰宅して最初にしたのはアサリをリラックスさせてやること.
 店頭で売られている状態のアサリは大抵の場合,発泡スチロールのトレイに盛ってラップ包装されている.
 つまり窒息状態なのである.
 アサリはエラ呼吸だが,このように海水の無い酸素不足の環境では,呼吸ができないので体内に蓄積してあるグリコーゲンを分解する方法で生きることがわかっている.
 従ってアサリを買ってきてそのままにしておくと,どんどんグリコーゲンが減って (遂には死んで) しまうので,すぐにラップを外して塩水に入れてやらねばいけないのである.一番やってはいけないことは,ラップ包装されている酸欠状態で冷蔵庫に放り込むことである.こんなことをするとアサリは簡単に死んでしまう.
 酸欠状態のアサリを回復させるために用意する塩水の濃度は,水一リットルに食塩三十グラムでよい.
 これがアサリの一時的な保存方法 (飼育にはまた別のことが必要) だが,同時に砂抜きの方法にもなっている.
 
 さて,ここで私はかねてより疑問に思っていることがある.ウェブからの引用で示そう.
 次の記述は,福田かずみさんというかたが,一流誌ESSEのウェブ版,ESSEonline《効率的なアサリの砂抜き。水を多く入れすぎないで》に書いている解説記事だ.
 福田かずみさんは,《冷蔵庫収納家。独自の冷蔵庫活用術を構築し、家庭の冷蔵庫から食料廃棄をなくす啓蒙活動にも積極的に取り組む。ブログ「美人冷蔵庫LIFE」を更新中》だそうである.美人である (画像) ことに全く異論はないが,「美しい冷蔵庫LIFE」ではなく自分から「美人冷蔵庫LIFE」と言ってしまうのは如何なものかと批判する人がいるかも知れない.しかしかずみさんは美人だからよろしい.美人は無敵だ.
 
海水の塩分濃度は、約3%。
 水 500mlに対して塩大さじ1で、ちょうど3%になります。
 次に、砂抜きをするときの容器と塩水の量です。
 アサリは、水に深く浸かっていると酸欠になってしまいます。スーパーで売っているときも、パックの中には水が入っていないですね。
 砂抜きをするときの塩水の量は、アサリがやっと浸かるくらいが理想です。容器はというと、アサリが重ならないように、ボウルではなく平らなトレーがおすすめです。》

 アサリは水に深く浸かっていると酸欠になる (つまり溺れる) とかずみさんは言う.パックに包装されている時に水が入っていないのは,水があると酸欠になるからだというのだが,本当か.
 Wikipedia【アサリ】の記述を読んでみよう.次のように書かれている.
 
日本、朝鮮半島、台湾、フィリピンまで広く分布する。地中海(アドリア海とティレニア海)、フランス(ブルターニュ地方)、ハワイ諸島、北アメリカの太平洋岸に移入されている。汽水状態を好み、成貝は海岸の潮間帯から干潮線下10mほどまでの、浅くて塩分の薄い砂あるいは砂泥底に分布する》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 満潮時の海面と干潮時の海面のあいだの範囲を潮間帯というのだが,潮間帯で,しかも遠浅で海底が砂質または砂泥質のところがアサリの潮干狩りに適した砂浜である.
 しかし,実はアサリは,干潮線下10m (干潮時の海面より10mも深いところ) にも生息している.すなわち,福田かずみさんの説 (⇒ 海面下ではアサリは酸欠で溺死する) に反して,常時海面下の海底でもアサリは生きているのである.
 では,なぜアサリは深い海底でも酸欠にならないか.
 普通の小学生でも「貝はエラ呼吸だからです」と答えるだろう.
 むしろ頭の良い小学生 (低学年) には「干潮のとき,アサリはエラ呼吸なのに,海水のない砂浜でも酸欠にならないのはなぜですか?」と質問するのが適当だろう.きっと海の生き物について興味を持ってお勉強してくれるに違いない.
 だが福田かずみさんは,海の深いところを泳いでいる魚は,時々は海面に出てきて息継ぎをしないと酸欠になってしまうと,小学校の頃に思い込んだのだ.イルカみたいに.
 そしてその後のかずみさんは,魚類とか爬虫類とか両生類とか私たちの身の回りの生き物の体の仕組みがどうなっているか,本を読むことなく,授業中は教科書のページの隅に落書きして過ごしてきたのだろう.オタマジャクシがカエルの子だなんて聞いたら,幼い子の純真な眼差しをして驚くに違いない.
 福田かずみさんは,魚や貝の体がどうなっているかについて全く関心がないはずだ.塩鮭は,切り身がヒラヒラと海を泳いでいると思っているだろう.
 冷蔵庫に入っている色んな食材は,野菜でも魚介でも元は生き物だ.生き物について勉強しようとしない人が,栄養士を対象にして冷蔵庫の食品ロスを減らすにはどうしたらいいかを講演して ギャラを稼いで いるのだ.日本の未来は明るい.よかったよかった.
 さて,アサリは肺呼吸していると思い込んでいるのは,福田かずみさんだけではない.ウェブを「アサリ+砂抜き+ひたひた」で検索すると,「アサリは肺呼吸」派の人々がワラワラと出てくる.
 みんな小学校で,貝類はエラ呼吸をすると学習したはずなのに,どうしてこんな状態なのか.それが私が以前から持っている疑問なのである.
 
 三越伊勢丹グループが運営する食のメディア“Foodie”には,《失敗しないあさりの砂抜き法はこれ!【鮮魚店直伝】簡単レシピ付き》が掲載されているが,そこから一部引用してみよう.三越伊勢丹といえば一流デパートだ.そこの社員は優秀に違いない.アサリが肺呼吸だなんて言うはずがない.
 
A.「水に深く浸かっていると、あさりが酸欠になり死んでしまう場合があります。頭が少し出るくらいのひたひたの水分量にすれば、あさりが殻を開け閉めする時に塩水が適度に混ざり酸欠になるのを防いでくれます」
 
 だがしかし,砂浜にいるアサリは,満潮時には酸欠になって死んでしまうことがあると三越伊勢丹デパートは主張しておる.
 全くどいつもこいつも,冷蔵庫評論家も一流デパートも,満潮時にアサリが酸欠で死ぬのを見たことがあるのか,正直に言ってみるがいい.
 実はアサリの砂抜きの際に,塩水をヒタヒタ程度にするのは,それでも砂抜きができるからである.
 つまりそれ以上に多く塩水を作るのは無駄だから,しないのだ.日々の暮らしの中で節約が大切だった時代からの生活の知恵なのである.
 
 料理の世界は嘘がまかり通っている.聞きかじったことを,試しもしないでブログに書いたりする人の何と多いことか.
 自分が思いついた嘘を自分で信じ込んで,ウェブに記事を書くのは馬鹿だ.
 デパートで活アサリを買ってきて,これを長生きさせるにはどうしたらいいか,実験してみよう.
 アサリをバットに拡げてヒタヒタの塩水に浸しておくと,水中の溶存酸素は次第に減少し,やがてアサリは酸欠で死ぬ.
 その逆に,水槽にたっぷりの塩水 (海水程度の塩分濃度) を入れて飼育すれば,塩水ヒタヒタ状態よりもずっと長生きする.決して溺れ死にはしない.これは,やってみればすぐわかることだ.
 さあ,冷蔵庫評論家や一流デパートがどう言おうと,アサリが肺呼吸ではないことをその目で確かめてみようではないか.
 もしも貝が肺呼吸で,海水中では酸欠になるのなら,養殖のホタテもカキもとっくの昔に死に絶えているぞ.
 
 ちなみに,店頭で売られているアサリは,トレーに入れたまま塩水のない状態で包装されているが,この状態ではアサリは呼吸ができないため,既に述べたように体内のグリコーゲンを分解する方法でエネルギーを得て生きている.この時に,グリコーゲンの代謝でコハク酸が生成する.コハク酸は旨味成分の一つなので,数時間程度であれば,塩水のない環境で酸欠状態にすると旨味が増すということはいえる.ただし,ストレスを受けたアサリの食味は落ちると思われるので,私は食材をこのように不自然なやり方で扱うことはお勧めしない.
 
[追記]
 上の記事を掲載した日の夜,NHK《ガッテン》が実にタイムリーに《まさか!?育てて最強「アサリ」新調理術》を放送した.
 この放送の中で,アサリの大産地である熊本県から,どのようにして東京の市場へアサリが輸送されるかが紹介された.
 熊本県の水深数十センチくらいの浅瀬で漁獲されたアサリは,メッシュコンテナと呼ばれる樹脂製の箱に入れられ,海水に浸った状態ではなくトラックに積まれて輸送される.
 この状態ではアサリは呼吸ができず,グリコーゲンを消費しながら何とか生きているが,三重県あたりで非常に弱ってしまう.(放送では「ヘロヘロ」と表現)
 そこでアサリは,メッシュコンテナに入れられた状態のまま,三重県下に設置されている輸送中継施設の,海水を満たした生け簀に沈められる.
 そしてその生け簀で二十四時間,静置されるとアサリは鮮度が回復する.
 そしてまたトラックに積まれて,大消費地である東京へと運ばれていくという.番組の公式サイトから下に解説を引用する.
 
アサリは、生きたまま家まで届くちょっと珍しい食材。鮮度が命なので、とにかく生かして、消費者まで届けなければならないんです。だから、スーパーで買ってきたアサリをよ~く見てみたら、どれも心臓がバックバク!では、いったいどうやって生きたまま届けられるのか。その要となるのが、いわゆる“アサリの保養所”。遠く離れた産地から、中央の市場やスーパーなどへ届けられる前に立ち寄る“中継点”で、アサリの活力を回復させる施設です。着いたときは、殻を閉じる力すら失っていたヘロヘロのアサリを温度や水質が管理された海水に、およそ1日浸してあげます。すると、すっかりリフレッシュ!殻をピッタリ閉じた元気なアサリに戻ることができるんです。
 
 生き物について小学生以下の知識しかない福田かずみさんは《ガッテン》を観ただろうか.
 貝類はエラ呼吸をするから,水がないところでは呼吸ができない.
 アサリは,海水中の溶存酸素をエラから取り入れている.だから,海水が少ないと弱ってしまう.かずみさんは《アサリは、水に深く浸かっていると酸欠になってしまいます》と書いているが,それは全く正反対の大間違いなのである.
 弱ったアサリを生け簀の海水に沈めることで,酸欠で瀕死寸前の状態から回復させることができるのを,かずみさんが理解してくれるとよいのだが.

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2021年6月 7日 (月)

私はパスタを茹でるのに塩を使わない /工事中

 AllAbout《塩を入れないでパスタを茹でるとどうなるの? 意外と知らない、茹で汁に「塩を入れる」理由》[掲載日 2021年6月6日 12:35] に土屋敦というかたが,いいことを書いている.
 
ネットで調べていると、塩を入れるのは沸点を上げるため、とか、塩なしの水で茹でるとパスタがくたくたになって食べられたものではない、とか、いろいろ書かれています。料理の世界は今も迷信に満ちていますので、自分でいろいろ試して、確かめてみるとよいでしょう。
 
 ほんとにそうだ.
 私は高齢になってからというもの,血圧がややもすると130を越えたりするので,パスタを茹でるのに塩を入れることをやめた.
 私はうどんが大好きだが,茹でる時はたっぷりの水を使い,茹で上がった麺も水でよく洗って充分に塩気を抜いてから食べる.
 乾麺の蕎麦で,最近増えている低品質の製品は原材料表示に「小麦粉,塩」あるいは酷いのになると「小麦タンパク,塩」と書かれているものが非常に多い.
 これは,蕎麦の製麺技術が低いので,それをカバーするために,うどんの製麺法を用いているのである.
 小麦

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2021年6月 5日 (土)

じり焼の謎

 テレビの料理番組を観ていると,希に乾物のサクラエビを使った料理が紹介されることがある.
 サクラエビは日本の数ヶ所で生息が確認されているが,漁業として行われているのは駿河湾のサクラエビ漁で,その歴史は古くはなく,明治二十七年に始まったとされている.
 静岡県外には,水揚げされた浜で天日乾燥した乾物が流通するが,駿河湾に面したあちこちでは乾物に加工する以外の食べ方も行われる.中でも,静岡県の郷土料理といってもいいのは生のサクラエビのかき揚げで,これは農水省の「農産漁村の郷土料理百選」に入っている.
 私が幼少の砌は,乾物のサクラエビはそれほど高級な食材ではなく,玉ねぎと乾物のサクラエビのかき揚げは庶民的な惣菜であった.
 それがこのところ不漁が続き,乾物のサクラエビは高級食材の仲間入りをしている状況である.
 同等のものが台湾からも輸入されているが,駿河湾産は台湾産の二倍近い店頭価格だ.
 
 さて話代わって,私の郷里の群馬県には,家庭で作る「じり焼」という食い物がある.超シンプルな「お好み焼き」みたいなもので,小麦粉に少々の具材を混ぜ込んでフライパンで焼いたものだ.
 この系統の食い物は,近畿地方の「一銭洋食」が有名だ.Wikipediaにも項目が立てられていて,Wikipedia【一銭洋食】に次のように解説されている.
 
一銭洋食(いっせんようしょく)は、水に溶いた小麦粉にネギなど乗せて焼いた鉄板焼き料理。「洋食焼き」、「壱銭焼き」、「べた焼き」などとも呼ばれる。
 大正時代の近畿地方の駄菓子屋では、水で溶いた小麦粉に刻みネギやわずかな肉片などを乗せて焼き、ウスターソースを塗ったものが「洋食」と銘打って売られていた。当時は小麦粉やソース自体がエキゾチックな食材と見なされており、お好み焼きのルーツのひとつとされる料理である。
 東京のどんどん焼き(お好み焼き)を起源とする説もある。神戸では同種の料理を「肉天」と呼び、洋食という言葉は使用されない。
 洋食焼きは当時1枚1銭で売られていた為に「一銭洋食」と呼ばれるようになった。 具材はねぎ、千切りキャベツ、ひき肉、すじ肉、こんにゃく、かまぼこ、もやし、魚粉、豆類、天かすなど多岐にわたり、店や時代によって様々である。
 洋食焼きは戦後も「拾円焼き」「五〇円焼き」などと銘打って店舗の軒下などで作られてきた。岸和田市のかしみん焼きや高砂市のにくてんのように、現在も一銭洋食系統の粉物料理が作られ続けている地域もある。懐古的に商品化された京都市の壹錢洋食や、ねぎ焼、キャベツ焼きのような例もある。
 また名称は「お好み焼き」に変えたものの、戦前と同じ様式で作り続けられている地域も少なくない。広島では戦後、洋食焼きをベースに独自の地域的発展を遂げ、広島風お好み焼きが誕生した。》
 
 上の記述にあるように,「一銭洋食」は駄菓子屋などで子供相手に売られていた食べ物であり,家庭料理 (というほどのものではないが) ではない.
 今でこそ家電のホットプレートが普及しているが,昔は鉄板で焼く料理は外食に限られていたからである.まあ外食といっても見栄えの良い店舗ではなく,駄菓子屋とか縁日の屋台が主だったのであるが,それがいつしか具材に肉や魚介を使うようになり,高級化して「お好み焼」になった.
 東京の「もんじゃ焼」も同じで,今でこそ月島あたりの名物料理になってしまっているが,ありゃあ昔は駄菓子屋の店先に置かれた小さな鉄板で子供たちが作って食ったものが,今は大人の食い物に昇格したもんだと年寄りは言っている.
 群馬の「じり焼」も同じで,腹を減らした子供が,勝手にフライパンで焼いて食ったものだ.
 さて,ここでタイトルに「謎」と書いたのは,同じ名称でちょっと様子の異なるものが大分県にもあるからだ.
 これは農水省のサイトのコンテンツ《うちの郷土料理》に《大分県 じり焼き (じりやき)》として紹介されている.大分県は豊後大野市という地方に伝わるものだそうだ.このコンテンツにダウンロード・フリーの画像があるので,下に示す.
 
20210605a
 
 掲載されている解説には《地粉を水で溶いたものをクレープのように薄く焼いて、細かく砕いた黒砂糖やかぼちゃのあんを巻いて食べる》とあり,「お好み焼」ではなく,素朴な甘い菓子に近いもののようだ.
 この記事の元になったのは,大分県が作成した《次代に残したい大分の郷土料理》に掲載されている《じり焼 (豊後大野市)》である.
 大分県はこうして県の公式サイトにレシピを記しており,他のウェブコンテンツと参照比較しても内容に間違いはないようである.
 しかし私の郷里の群馬県は,《次世代へ伝えたい ぐんまの郷土料理・伝統料理》の中で
 
群馬県の特産品である小麦粉を使って手軽に作ることができる「やきもち」は、群馬の粉食文化を代表する郷土食です。小麦粉を使い、丸く焼き上げるほかには特別な決まりはなく、地域や家庭によって生地や具、作り方や呼び方も少しずつ違い、県内各地でいろいろな味の「やきもち」があります。地域によって「おやき」や「じり焼き」などと呼ぶこともあります。
 
と述べており,「じり焼」は「やきもち」の別称であるとしている.
 群馬県の公式サイトにレシピが書かれていないので,「じり焼」がどのようなものかが不明である.(しかも掲載されている写真は明らかに「じり焼」とは別物である)
 それなのに《小麦粉を使い、丸く焼き上げるほかには特別なきまりはな》い,と書かれている.作り方に決まりがないようなものが,すなわちレシピのない食べ物が,どうして《群馬の粉食文化を代表する郷土食》になり得るのか.小麦粉を材料にして丸く焼けば「じり焼」であるなら,ホットケーキもドラ焼も,「一銭洋食」も「お好み焼」もすべて「じり焼」だということになる.そんなわけがあるもんか.少しは考えてものを言うがよい.
 大分県が「じり焼」の典型的レシピを示して,これが「じり焼」だとしているのに比較すると,我が郷土,群馬県という地方 (の人間) のいい加減さが際立っている.
 こんな有様だから,テレビ番組《踊る!さんま御殿!!》や《秘密のケンミンshow》で中山秀征 (群馬県出身) が「群馬県人はホットケーキに砂糖醤油をつけて食べる」なんてことを言い始めるのである.(中山秀征は子供の頃「じり焼」をホットケーキと呼んでいたらしい w)
 そこで群馬県の「じり焼」について書かれたレシピを探してみた.
 すると群馬県玉村町の公式サイトにそのレシピを発見した.
 それがこれ
 まずキャプションが次のように記述され,次にレシピが掲載されている.
 
群馬県南部は、古くから米麦二毛作と養蚕が盛んで、多様な粉もの食が生まれてきました。また、県内の他の地域と同様「かかあ天下と空っ風」と言われるように、上州独自の風土や気質が知られ、女性も男性と一緒に働き仕事を終えてから食事作りをすることから、簡単・時短で栄養もとれる「おっきりこみ」や、おやつとして「おやき」などが食されてきました。「じり焼き)」は、ご飯が少し足りないときに、小麦粉に野菜や桜海老などを具として混ぜ、お好み焼きのように焼き、ご飯の足しにしました。また、小麦粉の生地に少し余ったご飯も具として他の具材と一緒に混ぜ込み、子どものおやつなどにしました。
 
[じり焼き ]
材料
材 料 4個分
地粉(小麦粉)   200g
水         200ml
キャベツ      160g
長ネギ       140g
さくらえび     20g
かつお節      10g
紅しょうが     20g
油         小さじ2
しょうゆ(ソース) 小さじ4
① キャベツは細切りに、長ねぎは小口切りにする。
② 小麦粉と水を混ぜ、生地を作る。
③ ②の生地に具を加え混ぜる。
④ フライパンに薄く油をひき、③を流し入れて中火で焼く。焼き色がついたらひっくり
返し、ふたをして火が通るまで弱火で焼く。
⑤ 適当に切り分け、しょうゆ、またはソースをかける。
※ 具は玉ねぎやニラ、小女子やじゃこなど家庭にあるものを使い、残りご飯を混ぜ込む
こともあります
 
 およそのところは上のレシピでよいのだが,「キャベツ,かつお節,紅しょうが」を入れると具だくさんの「お好み焼」感が出てしまう.
 つまりクレープ状にはならず,ぼってりとした食感になってしまう.
 そうではなくて,群馬県で終戦後から昭和三十年代にかけて,腹を減らした子供たちがフライパンで焼いて食っていたプアな代用食は,小麦粉,長ネギの小口切り,サクラエビを焼いたものであった.(群馬の農家が農作業の間に食べる間食は「おやき」「やきもち」と言うが,これと「じり焼」を混同している人が多い.また最もよく知られている「おやき」は長野県の名物だが,それは群馬のものとは異なる)
 ここまできてようやく冒頭に振ったサクラエビの話を回収しよう.
 あくまで「昔は」の話であるが,群馬県の「じり焼」の具材は,長ネギの小口切りとサクラエビだったのである.
 それくらい,サクラエビは身近で安価な乾物だったのである.
 一つ付け加えると,昭和三十年代の群馬県では,庶民にとって鰹節は高級食材であった.味噌汁や蕎麦つゆなどの出汁を取るには専ら煮干しが用いられ,鰹節は正月の雑煮のすまし汁など,ハレの日の食材であった.
 
 その思い出のプアな代用食「じり焼」を再現してみた.
 調理に用いる熱源だが,プロパンガスはまだ普及していなかった時代である.
 小学校低学年の当時,私は「じり焼」を作る時はまず七輪に炭火を熾した.飯は,台所の「へっつい」で羽釜と薪で炊いたが,調理には七輪または灯油のコンロが用いられた.
 食パンを焼くにも七輪だ.灯油コンロでは石油臭いにおいがついてしまうからである.七輪なら遠赤外線効果でトーストされるわけで,あれはうまかった.思い出は最上の調味料である.
 閑話休題.下がその再現「じり焼」である.
 
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 小麦粉は市販の「お好み焼粉」で代用できる.玉村町のレシピに従うと,26センチのフライパンで三枚を焼ける.
 生地には下味を付けず,焼いた「じり焼」にはウスターソースをかけるのが昔風だが,なければ中濃ソースでよい.
 豊後の人がこの写真を見たら「これがじり焼?」と思うかも知れないが,これが上州の「じり焼」である.
 で,私が以前から不思議に思っているのは,九州と北関東という遠く離れた二つの地方で,全く異なる食べ物がなぜ「じり焼」という同じ名で呼ばれているのだろう,ということである.
 江戸時代からある郷土食では,殿様の国替えの結果,ある地方の食べ物が別の地方でも食べられるようになったという例はあるが,豊後の殿様が上州に転封されたことはないようだ.
 私はかねてよりそういう疑問を持っていたが,群馬県人である中山秀征の世代でも,もはや「じり焼」を食べたことがないことから考えると,群馬の「じり焼」は滅びたのだろう.だから私の疑問は無意味なものになった.大してうまい食い物ではないから,それもよかろうと今は思っている.
 

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