外食放浪記

藤沢近辺であれを食いこれを食べ.自炊のことや思い出話もむりやりここに.

2017年4月20日 (木)

横浜中華街 山東

 会社員時代の同期の男から,横浜辺りで昼飯を食おう (酒を飲もうという意味) とのメールがあった.
 彼は東京が生活圏で,滅多に横浜まで来ることはない.横浜なら私に土地勘があるから店は私が選ぶことにし,ミシュランガイドの横浜・川崎・湘南版 (2015年) を探すと,安くてよい店として中華街の「山東」が掲載されていた.私には勝手知ったる横浜中華街であるが,「山東」に入るのは初めてなので,この店に決めて返信.

 石川町北口改札で待ち合わせ,西門から善隣門へ抜け,中華街大通りを東へ歩く.聘珍樓の手前の薬局の角を左折すると「山東一号店」(本店) がある.その向こうに「山東二号店」があり,二号店のほうが店構えは大きい.
 私たち二人のすぐ前を歩いていたグループ客が,ぞろぞろと一号店に入った.入口ドアから中を覘くと店はかなり狭く,グループ客で満杯になりそうだったので「二号店に行こう」と店の前を通り過ぎたら,ドアが開いて後ろから「だいじょぶよー」と声を掛けられた.グーループ客は二階に案内したから,一階でよければ客はいなくて空いていると言う.
 席に着くと店員さんがメニューを持ってきたが,そもそもの目的が酒だから,あれこれ料理を選ぶのは面倒くさい.
 それでメニューには記載がなかったが「ランチのコースはありますか」と訊いたら,二千円でできるとのこと.料理はそれに即決して,「あと,紹興酒をボトルでください」と注文した.時刻はちょうど午後一時で,「山東」では本格的な昼酒客は少ないらしく,店員さんの顔には少々驚いたような色が浮かんだ.
 そりゃそうだろうね.中華料理店は居酒屋じゃないのだから.
 でも,仕事に追われて老後の趣味を持てなかった団塊の爺たちが,今や定年で暇を持て余しているこれからの時代は,料理店においても昼酒がニッチからメジャーになりつつある.場合によっては朝酒のビジネス展開すらありうるとも言われている.誰が言っているかというと私だ.
 新しい日本の昼酒黎明期を目前に,私たち二人が,横浜中華街のミシュランガイド掲載店「山東」にとって黒船であるかも知れぬ.時代の夜明けを「山東」従業員の皆さんと共に寿ぎたい.

 さて前菜盛り合わせ (かなり盛りがよい) と瓶ビール一本でまずは乾杯し,それから直ちに紹興酒に移行する.
 ネットで下調べした情報では水餃子が「山東」のウリであるらしい.確かに,なかなかの美味であったし,他にも定番中華料理である海老のチリソースなども結構なお味であった.
 料理がうまいと話しも弾む.
 だが昔会社員だった人々は,仕事がらみの昔話をすると,現役のときの社内序列,地位がどうであったかを避けて通れぬことが多い.
 だから負け組の会社員だった私は昔話が嫌いだ.ヾ(- -;) こらこら
 それで私たちはこの日,病気の話で大いに弾んだのである.ヾ(- -;) おいおい
 ガンだの心筋梗塞だの,お互いの術後経過を話し終えたあとは,北朝鮮問題に話題が移ったのであるが,私たちが飲み食いを始めてからずっと隣のテーブルにかなり年輩の御老人がいて,私たちの話に耳を傾けていた.
 初めは客かと思っていたのだが,そのうち御老人が料理を運んできたりしたところをみると,どうやら「山東」の人のようであった.かといって,オーナーは女性だと公式サイトに書かれているから御主人ではなさそうで,よくわからない.

 結局この日の午後一時から日暮れるまで延々六時間,私たちは紹興酒のボトルを何本も空にして飲み続けた.料理はランチコースに少し追加したかも知れぬが記憶がない.
 そろそろ帰ろうと勘定を済ませて道路に出ると,御老人が玄関の外に出てきて手を振って見送ってくれた.私たちは酔った勢いで,ありがとうござましたーおいしかったでーすと大きな声を上げ,「山東」を後にしたのであった.

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 横浜の中華街には,中小規模の店で時として極めて接客態度の悪い店があり,そんな店に入ってしまうと大変に不愉快な思いをすることがある.
 ことがある,どころではなく,三十年ほど前は小さい店の半分は中国式接客の無礼な店だったと思う.釣銭を放り投げてよこすとかね.
 「海員閣」は漫画『美味しんぼ』で傲慢な店として描かれたことで知られているが,その程度の店は他にいくつもあった.
 私の経験では,ある日家族揃って某店 (今はもうない) に入り,ランチを注文したあと「薬を飲みたいのでお水をください」と言ったら,ふてぶてしい顔付きの女店員に「水だってただじゃないよ.うちはお金払えばお茶だすよ」と言われたことがある.
 また関帝廟通りに面したS風楼なんか,初めて入った時に店員の無礼な態度にカッときて,皿を叩き割ってやろうと思ったくらいだ.こんな店に「食べログ」で高評価点を付けてありがたがっている連中の気が知れない.
 横浜中華街は,飲食店の接客の点で非常に低水準であり,そんな有様だから,ミシュランガイドに掲載されているのは「山東」一軒しかない.
 これまで大切な食事の際は,そこそこ安心できる老舗の大きな店を選んでいたのだが,小さな店でも「山東」のように良いところがあるとわかったのは収穫だった.また寄せてもらいます.ごちそうさまでした.

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2017年3月29日 (水)

大船 鴇

 昨年末,会社員時代の後輩たちと酒を飲む機会があった.
 午後一時ちょうどに,JR川崎駅のコンコース,改札を出た辺りで待ち合わせ,さあどこへ行きましょうかという段になってその後輩の一人が,「昼酒飲める店を探してあります」と言った.
 もう何年も前からだが飲食店業界では,団塊世代の爺さんたちの「昼飲み需要」にビジネスチャンスがあると指摘されてきた.
 実際にその通りになったようで,大昔は昼酒というと,東京でも赤羽であるとか湯島であるとかのディープなスポットに出かけたものであるが,昨今はあちこちの駅前飲食ビルに入っている小ぎれいな居酒屋で,堂々昼間から宴会を催すことができる.生きててよかっ

 で,昨年末の昼酒は川崎駅近くのビル地下一階の,客が五十人は入ろうかという居酒屋に入った.ここの主たる客層は二十代から三十代の若者といったあたりだろうか.しかし店内を見渡すと,ちらりほらりと年寄りが独酌する姿も見えた.

 我々の席に注文を取りにきたのは,かわいい顔をした小柄な娘さんで,笑顔できびきびと注文を受け,我々が刺身やら焼鳥盛り合わせなんぞを頼んで「とりあえずそれで」と言うと,彼女はオーダーを復唱した.
 そこまではごく普通の居酒屋風景であろうが,件の後輩が娘さんに「きみって出身はどこかな,福建?」と訊ねた.
 すると娘さんは「○○省です」と答えたのである.
 私は全く気が付かなかったのであるが,あとで後輩が言うには「だって,少し中国語訛りがあるじゃないですか.江分利さんはわかんなかったですか?」だと.

 昔のことであろうが,大陸中国のデパート店員とかホテル従業員の接客態度は極めて横柄で有名だった.
 私も経験があるが,客に対してニコリともしない女店員が無言で釣銭をこちらに放り投げて寄こすので,これが日本なら「店長を呼べ!」と怒鳴るのだがと悔しい思いをしたものである.
 そういう中国式接客は中国人の国民性であると一般に言われていたが,しかし香港では私はそんな屈辱的な目に遇ったことはないし,大陸でもうんと下層階級の人たちは割とフレンドリーだったし,あるいは私の経験した限りでは,超高級料理店の女性従業員はドレスのスリットがセクシーでとても好感度の高い接客であったから,横柄なのは国民性だと言っては間違いのような気がする.

 中国人のことはそれとして,日本人の中にも,飲食店の主人で極めて傲慢無礼なやつが希にいる.
 かつて日本経済新聞の特別編集委員を勤め,『全日本「食の方言」地図』(日本経済新聞社) などの著書で知られる野瀬泰申氏は,ネット上でかなり前に《野瀬泰申のチャブニチュード判定委員会》と題した連載をしていた.(チャブニチュードとは,飲食店で感じる「チャブ台をひっくり返したくなる怒りのエネルギー」を,おもしろおかしく五段階評価したものである)
 氏の飲食店評価は,出てくる食い物が単にまずいだけならチャブニチュード 1~2 であるが,これに接客態度の傲慢・横柄・不潔なんぞが加わると,とたんにチャブニチュード 4~5 となる.
 氏や私のような老人世代は「男は食い物のうまいまずいを殊更に言うんじゃない」という親父からの教育を受けて育ったから,大抵のまずいものはおいしく頂いてしまうのであるが,ただし客を客とも思わぬ接客は許しがたい.そういった怒りのツボが私と野瀬氏は似ているので,チャブニチュード判定委員会の連載を私は愛読していたものだ.

 ところで例のミシュランガイドのこと.
 東京の,政財界や芸能界の有名人が懇意にしているとかいう星三つの高級店は,庶民には無縁の世界のお話ではあるわけだが,ミシュランガイドの功績は,どこぞの鮨屋やラーメン店のように客に罵声を浴びせるような店は決して掲載されないということを私たちに再認識させてくれたことだろう.
 それはそれとして,東京を離れて横浜や鎌倉あたりにくると,ガイドブックに載っているが意外に敷居の低い店があり,しかもそのような店では料理が美味であることははもとより,上質の接客を受けられることをミシュランが確かめてくれているわけで,少しよい気分で食事をしようという時には,私はミシュランガイドに掲載されている店を推したい.

 話かわって先日,私の娘からメールがあり,私の誕生日にランチをしないかとの連絡であった.
 私が「父は初めてなんだが大船の鴇はどうだろう.ミシュラン掲載店だよ」と返答すると,すぐに予約を入れてくれた.
 当日は正月以来の息子も来てくれて,久しぶりの家族食事会と相なった次第.
 このは,稲庭うどんを食わせる至って庶民的な店である.店構えは立派だが,それが証拠に酒肴のお値段はそこらへんの居酒屋とさして変わらぬ価格帯である.こんな店が近所にあれば毎日でも昼酒をくらいに通いたいほどだ.
 さて予約した食事は十一品五千八百円のコースである.
 案内された個室の卓上に,献立をPCで印刷したものが置かれていた.これをスキャンしてここに掲載すれば一目瞭然なのだが,たぶんこれは著作物扱いになると思われ,そこで料理の一覧を以下に転載する.

 平成二十九年○月○日
  本 日 の お 料 理

食前酒   日本酒 明鏡止水ラヴィアンローズ
先 付   平目煮凝り
         旨出汁ジュレ
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前 菜   平目湯葉けんちん鳴門巻き
         ずわい蟹べっこう餡 露生姜
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吸 物   小柱銀杏安平清まし仕立て
         新若布 口柚子
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向 付   生本まぐろ (奄美大島)
      活〆天然平目 (小田原)
      活〆天然ぶり (伊東)
      あおりいか (小田原)
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焼 物   天然ぶり照り焼き
         酢取り茗荷
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口代り   完熟トマトのコンポート
         梅酒ジュレ
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煮 物   佐賀農園有機栽培
         ふろふき大根
揚げ物   天ぷら盛り合わせ
         海老 いさき さつま芋 シシトウ
食 事   稲庭うどん冷または温をお選びください
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デザート  抹茶アイスと豆乳プリン
         抹茶ムース
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 以上のお料理になります。ごゆっくりお楽しみください。
                     鴇 店主  印

といった具合であった.(ただし料理の写真は娘が撮影したもの)
 私たちの部屋に料理を運んできてくれた年輩の女性はたいへんにフレンドリーで,食事会の趣旨が私の誕生日であると娘が述べたら,それじゃ記念にお写真をお撮りになりませんか,と言い,シャッターを押してくれた.
 食前酒からデザートに至るまで,この日はとても楽しく,私はいつになく日本酒を四合飲み,大船駅まで足元覚束ずというご帰宅となったのであった.
 鴇,よいお店である.ごちそうさまでした.

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2017年3月 5日 (日)

藤沢 近江堂の団子

 藤沢駅の北口を出るとすぐにビックカメラのビルがあり,その横に「遊行通り」という道の入口があって,その先は藤沢橋交差点方向に続いている.
 ビックカメラのビルの東側,遊行通りに面して近江堂という和菓子屋さんがある.藤沢駅北口が現在のような姿に再開発されるずっと前からある古い店の一つだ.
 その近江堂に,先日の朝の十時少し過ぎ,銀行へ行く用事があったついでに何の気なしに入ってみた.この辺りは私が若かった頃からの馴染みの通りであるのに,どういうわけかこれまで近江堂に入ったことがなかったからである.
 それに,去年であったかテレビ東京で,人気のお笑いコンビ「さまぁ~ず」の二人が湘南を散歩するという番組があり,そのときに近江堂に立ち寄って菓子を買っていたのを思い出したこともあった.

 朝の十時過ぎに,開けたばかりの店に入り,壁際の棚と店内中央のテーブルに並べられた品をざっと見渡すと,この店の売り物は和菓子といっても高級な生菓子とか干菓子などではなく,いたって庶民的な菓子を商っているようだった.
 そして店の奥,入り口のドアの真正面にガラスの商品ケースがあり,大福や団子の類が置かれていた.直感的にこれはおいしそうだと感じられたので,粒餡の草餅と道明寺の桜餅を二つずつ注文した.
 ついでに「みたらし団子を三本ください」と言ったら「五本だとお得ですよ~」と言われたので,こうなりゃもう今日の飯は甘いものだと決めて,団子を五本買った.

 さてその日の昼飯と夕飯に,買ってきた餅と団子を食った.特にほめておきたいのだが,初めて買った近江堂の草餅は,蓬の香りが立っていておいしいものだった.蓬はもしかしたら今年採れたものかも知れない.
 余談だが,日本全国で食べられている草餅 (京都の生八つ橋や大宰府の梅ヶ枝餅など類似の菓子も含めて) は大変な量になるに違いない.それに使用する蓬も大量であろうと想像されるが,それは果たして自生しているのを採集したものだろうか,それとも畑で栽培したものであろうか.これについて Wikipedia には記載がない.
 調べがまだ行き届いていないのであるが,少なくとも回転焼きで知られる「御座候」のウェブサイトには,

「安全な原料を調達できないか?」
始まりは平成18年。もともと自生しているものが原料となることの多いよもぎでしたが、栽培工程のわかる安全な原料を調達できないものかと相談を受けたのがきっかけでした。
しかしよもぎは農作物として栽培されている事例がほとんどなく、何もかも手探りの状態で栽培に向けた調査、試験をスタートしました。

とあり,蓬は《自生しているものが原料となることの多い》こと,そして同社では原料蓬の一部を農家に栽培委託していることが書かれている.この記述からすると,おそらく個人商店の和菓子屋が使う蓬は,自生のものを地産地消しているのではないだろうか.

 で,その日の昼飯も夕飯も餅と団子を食ったのだが,食べきれないみたらし団子が二本余ってしまった.
 団子を入れてあるパッケージには「本日中にお召し上がりください」と書いたシールが貼ってあったが,すぐ腐敗するとかカビが生えるとかは考えにくいので,まあ大丈夫に違いないと食卓に置いておいた.
 翌日の昼,前日に食べ残したみたらし団子を食べて私は「おお」と感心した.
 というのは,前夜に食べたときにはちゃんと柔らかくおいしかった団子が,翌日にはデンプンが老化して明らかに固くなっていたからである.シールに「本日中にお召し上がりください」と書いてあった通りの品質であったから,「やるやるとは聞いていたがなかなかやるな近江堂」(←寛平ちゃんとか高田の純ちゃんが今でも言う半分死語化した昭和感溢れる台詞) というわけなのであった.

 近江堂の団子が,一日で味が落ちてしまったのに,私がなぜ感心したかというと,これが本来の団子だよな,と思ったからである.
 セブンやローソンはどうか知らないが,私の家の近くのファミマでは,山崎製パンの団子が定番になっている.
 ちなみに同社の商品情報ページをみると,

串団子 (たれ・あん・三色)
自慢のたれ・あん・三色、3本パックの団子
サッと程よく焼き目をつけた団子にとろりとしたタレをからめた「串団子 (たれ)」、あんの甘味がおいしいハーモニーを奏でる「串団子 (あん)」、彩りと香りのバラエティを楽しめる「串団子 (三色)」を取りそろえました。今日の好みで選んで、煎れたての緑茶といっしょに召し上がれ!

となっているが,実際に商品のパッケージに表示されている商品名は「串団子」ではなく「串だんご」である.ウェブを検索して調べてみたら,十年前の商品は包装にも「串団子」となっていたらしい.山崎製パンは,同社公式サイトを管理する部署の仕事が雑である.(笑)

 この団子については栄養成分表が掲載されているが,なぜか原材料表示が見当たらない.
 そこでパッケージに記載されている原材料表示を以下に示す.

原材料名/醤油だれ (砂糖、醤油、昆布だし)、上新粉 (うるち米(米国))、砂糖、トレハロース、ソルビット、加工デンプン、グリシン、pH調整剤、調味料 (アミノ酸等)、カラメル色素、酵素、(原材料の一部に卵、小麦を含む)

 ここに表示されている原材料のうちで,デンプンの老化を遅延させ,翌日翌々日になっても団子の柔らかさを維持させる効果を有するものというと,まずトレハロースである.(トレハロース製造者である林原のURL はここ)
 原材料表示からは判断できないのであるが,食品添加物である「加工デンプン」 (多種多様な性質と効果の製品がある) も老化防止の目的で添加されているかも知れない.
(話が横に逸れるが,「加工デンプン」は我が国の食品添加物界における恥部,食品業界の暗部である.これについては稿を改めて詳述する必要があると常々思っている)

 山崎製パンの団子には,上に示したように各種の食品添加物が用いられている.
 私は,このブログで度々書いているように,食品添加物すべてを頭から否定する一部のインチキ評論家が大嫌いである.
 なぜかというと,現在の私たちが謳歌している豊かな食生活に食品添加物は寄与していると考えているからだ.
 しかし,食品添加物全部を肯定しているのではない.私が肯定する食品添加物は,消費者にメリットがあるものに限る.
 例として,みたらし団子を考えてみよう.
 みたらし団子は,日々の食生活の必需品ではない,たまに食べればいい嗜好品だ.町に買い物に出たついでに,思いついて和菓子屋に寄って,買って帰ればいい,そういう食べ物である.
 包装に「本日中にお召し上がりください」と書いたシールが貼ってあるだろう.その通りに,その日のうちに食べればいい.そういう食べ物である.
 実際に近江堂の団子は,翌日は固くなってしまったが,当日中ならおいしかったのである.

 さあ,だとすれば,山崎製パンの「串だんご」に使用されているトレハロース (たぶん加工デンプンも) は,消費者にとって何の意味もない食品添加物ではなかろうか.
 然り.トレハロース以外にも,上述した表示に書かれているグリシンやpH調整剤などは,消費者のためではなく,山崎製パンの都合で使用されている食品添加物なのである.
 すなわち私の基準によれば,山崎製パンの団子は,消費者にメリットのない添加物を用いているのである.
 諸兄がお住いの町に和菓子屋がなければ仕方ないが,もし和菓子屋があるのなら,コンビニで団子を買わずに,その店で買おう.そしてその日のうちに食べよう,そのほうが旨いと私は断言する.きっと昔から人々が食べてきた団子の味がすると思うのである.

 終りにまたまた余談だが,後日の午前中に近江堂へ行き,豆大福を買った.開店直後に店頭に並べられたその大福は,実にとろけるが如くに柔らかった.
 これが時間経過と共に,食感がしっかりしてくる.そこで思ったのだが,十個くらい買って帰って一日中,二時間おきに豆大福を食い続け,その試験結果を基に「近江堂の大福はね,〇時に店に行って買うと旨いんだ」などと講釈を垂れてみたい今日この頃である.

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2017年2月26日 (日)

鎌倉 石窯ガーデンテラス (四)

 さて石窯ガーデンテラスのテラス席で前菜を楽しみ,パンを一つ手で割って食べているときに気が付いたのだが,女性従業員の一人が,各テーブルの客たちにさりげなく視線を送っていた.
 想像だが,客たちの食事する早さに目を配っているのではなかろうか.
 この日は,テラスの端にテーブルを三つつなげて歓談している年輩客のグループがいて,この人たちは話に花が咲くからどうしてもゆっくりと食べることになる.
 一方,私のように一人の客はそれに比べると食べるのが早いだろう.
 そういう客たちの状況に,女性従業員さんは心配りしていたのではないだろうか.
 実際,私がパンを一つ食べ終わったときにちょうどいいタイミングで,テラス席係の女性が私のところにやってきて「メインディッシュをお持ちいたします」と告げたのだ.
 もし客の様子を見ながら料理を運んでくるようにしているのだとすると,これはなかなかよいレストランではないかと思う.
 昨年十二月の記事《鎌倉のパエリア (十二) 》に書いたように,小町通りの Brasserie 雪乃下という店は,本来三十分かかる料理を十五分で席に運んできた.客よりも店の都合優先 (回転を速くしたいのだろう) が露骨であった.
 それがおいしいものなら文句はないが,ファミレスだってまだこれよりはいいぞというグレードの料理だったので本当に腹が立った.(《鎌倉のパエリア》は,外食放浪記カテゴリに一から十三までの連載が入っている)
 それに比べると,まあ暖かなテラスでのゆっくりとした食事ということもあっただろうけれど,この日の食事を私は気持ちよく楽しむことができた.
 で,運ばれてきたメインディッシュがこれ.

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 鴨のロースト一切れを半分に切って口にいれると,ソースのオレンジの風味がパッと口の中に広がって,口にはださないが「お,うまいじゃないか」と思った.
 付け合せの鎌倉野菜もちょうどいい焼き加減で,おいしい.
 みすぼらしいとしか言いようのない Brasserie 雪乃下の料理に比べると雲泥の差とはこのことだ.
 これから春になると鎌倉の町は大賑わいになり,天気がよかったりすると平日でも石窯ガーデンテラスには客の列ができるかも.それでもまた近いうちに昼食を摂りにきたいなと思ったことである.

 あ,このレストランのパンについての補遺を.
 コースについてくるパンにはバターがついていない.でも何もつけなくて十分においしい.
 店内の一角でパンを販売しているので,食事についてくるのと同じ大きさのパンの六種類詰め合わせと,クルミとレーズンの入ったパンを買って帰った.
 パンというものは,焼きたてを好む人が多いだろうが,翌日になって風味が落ち着いたものをオーブントースターで温めて食べるのもまたおいしい食べ方である.
 私はこのやり方で翌日まで待って食べたが,旨かった.天然酵母のパンは,腕の悪いパン屋に限ってナチュラルがどうの自然がどうのと偉そーな講釈を垂れて,しかしその割にうまくないのが多いが,石窯ガーデンテラスのパンは天然酵母ながら控えめな風味で,どなたにもお勧めできると思う.

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2017年2月25日 (土)

鎌倉 石窯ガーデンテラス (三)

 前回の記事に書いた舟田詠子著『パンの文化史』(朝日選書,1998;講談社学術文庫,2013) を取り寄せて読んでみた.
 するとこれ以上なく明快に,人類史上最古の醗酵パンは,新石器時代のトゥワン遺跡 (スイス) で発見されたものであることが詳述されていた.
 遺跡からパン焼き窯が発掘されたとかいう状況証拠ではなく,1976年に,五千年以上前に焼成された醗酵パンの実物が,スイスのビーラー・ゼー湖岸にあるトゥワン遺跡で出土したのである.
 トゥワン遺跡は下層,中層,上層の三層から成るが,中層から五千七百年前に焼かれた醗酵パンの断片が,上層からは五千五百年前の醗酵パンが完全な姿で見つかった.上層出土のパンは写真の画像も示されている.
 前回の記事に書いたように,Wikipedia【パン】に記載されている矛盾,すなわち醗酵パンの発祥の地に関して

(A)
トゥワン遺跡 (スイス) の下層 (紀元前3830-3760) からは「人為的に発酵させた粥」が発見され、中層 (紀元前3700-3600) からは「灰の下で焼いたパン」と「パン窯状設備で焼いたパン」が発見されている。粥状のものを数日放置すると、自然の出芽酵母菌や乳酸菌がとりつき、自然発酵をはじめ、サワードウができる。当初これは腐ったものとして捨てられていたが、捨てずに焼いたものが食べられるだけでなく、軟らかくなることに気付いたことから、現代につながる発酵パンの製法が発見されたと考えられている。

(B)
パンは当初、大麦から作られることが多かったが、しだいに小麦でつくられることのほうが多くなった。古代エジプトではパンが盛んに作られており、給料や税金もパンによって支払われていた。発酵パンが誕生したのもこの時代のエジプトである。

 として,(A) 新石器時代の欧州内陸部と (B) 古代エジプトの二ヶ所が何の説明もなく併記されているが,(B) 説の《発酵パンが誕生したのもこの時代のエジプトである》は明らかな間違いである.
 私も漠然と醗酵パンはエジプトに始まったと誤解していたので,蒙を啓かれた思いである.この原稿を書き始めたのは,テレビ番組に出てきた石窯ガーデンテラスで飯を食うかと思ったのがきっかけだから,一億総白痴なんぞと馬鹿にせずにテレビは観てみるもんだなあと思った次第である.

 Wikipedia には各項目の記述内容を統括する責任者がいない.多数の執筆者が各自勝手な主張を正誤関係なく記述するため,その項目内部での矛盾も項目間の矛盾も修正されないことが多く,百科事典として,これが致命的に近い弱点となっている.執筆者たちの論争になった場合は「ノート」にその旨が書かれているからまだ助かるが,そうでない場合 (執筆者たちが書きっぱなしで放置状態の場合) は,記述が正しいかどうかを利用者が自力で調べ,判断しなければならないのだ.それはつまり百科事典としての意味がないということである.自分で調べられるなら,わざわざ百科辞典は読まぬよ.(笑)
 Wikipedia【パン】の場合がまさにそれで,《発酵パンが誕生したのもこの時代のエジプトである》という誤りについて「ノート」には全く議論のあとが見られない.この項目の執筆者たちは誤りに気が付いていないのである.結局のところ,執筆者たちがこんな有様では Wikipedia【パン】の記述には信頼性がないと考えるべきであろう.

 さて醗酵パンの学術的議論については舟田詠子著『パンの文化史』に譲って先を急ぎ,石窯ガーデンテラスのパンのことに戻る.
 公式サイトの記載を再掲する.

石窯ガーデンテラスのパンの特徴
 ホップ種を使用しています
 ホップ種は、野生のイースト菌をうまく取り込みゆっくり時間をかけて酸味と苦みをマイルドにし、奥深い味を作り出します。毎日の自然環境がその日その日の味を作り出します。酵母と作り手が強調しながら時間をかけて、小麦の甘みとホップの酸味を引き出し、素朴で存在感のあるパンを作ります。

 ホップ種の説明をする.パン作りをする人は知っているだろうが,レストランを訪れる一般客は,ホップ種と言われても何のことやら理解できないからだ.
 ホップ種は「パン種 (ぱんだね)」の一種で,パン種はパンを醗酵させるために生地に入れる「醗酵の元」である.醗酵一般の用語としては醗酵種とかスターターともいう.(Wikipedia【スターター】の1.の語義〈発酵の開始のために加える微生物の集団を含んだもの〉参照)

 既に述べたトゥワン遺跡で発見された古代のパンが何をパン種に用いていたか不明であるが,それ以後の人類は自然界から様々なパン種を見出して使用してきた.
 これも詳しく紹介すると長い説明になるので,ウェブコンテンツ《世界の発酵種 》を紹介する.
 ホップ種については,このウェブページに次のように書かれている.

ホップス種
 ホップス種は現在のパン酵母が普及する昭和初期以前まで、酒種と並びパンの発酵に用いられてきました。ホップの煮汁にじゃがいも、小麦粉、りんごなどを加えて種継ぎを行ってホップス種が作られます。ホップに含まれる抗菌作用成分がホップス種の培養中に製パンに適さない微生物の繁殖を防ぎます。
 ホップス種を用いたパンの特徴は、ホップ特有の苦味といわゆるイースト臭の無い淡白な香りを持ちます。

 石窯ガーデンテラスのパン種が自家製なのかそれとも購入したものかはわからない.
 食べてみた印象は,クセのない風味で,まあまあおいしいパンだと言っていいだろう.
(続く)

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2017年2月23日 (木)

鎌倉 石窯ガーデンテラス (二)

 境内から坂道の舗装道路に出てすぐ,石窯ガーデンテラスの敷地入口になる.
 道路と洋館のレストラン建屋のあいだのスペースは,広いオープンカフェになっている.

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 ここで御年配の三人の人がアウトドア用の折り畳み椅子に腰かけて水彩の絵筆を走らせていた.ここから見た石窯ガーデンテラス洋館の玄関がちょっと「絵になる」からであろう.ちらと皆さんの描きかけの絵を見ると,揃ってなかなかの腕前のようであった.

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 玄関ドアを開けて中に入るとレジカウンターがあり,係の女性に「一人です」と告げると,店内の席とテラスのテーブルとどちらがいいですかと訊かれた.私は迷わずテラスがいいと答えた.この日はそれくらいよい陽気だったのである.
 案内されたテラススペースには,小さな庭に面して (その向こうにはイングリッシュガーデンがある) ゆったりと四人掛けテーブルが十席ほど並べられている.テーブルも椅子も,元はオイルフィニッシュだったのかウレタン塗料か何かで塗装してあったのか,全く判別できないくらいに風化して,いい雰囲気である.

 まぶしいくらいの日差しのテラスで席に着き,脱いだ上着とバッグを椅子に置いてメニュを開くと,献立は二種類だった.
 一つは「ガーデンコース」といい,メインディッシュに肉か魚の料理を選び,これに前菜とパン,コーヒーとデザートが付くもの.
 もう一つの献立は「パスタコース」で,いくつかのパスタから一皿を選び,これに同じく前菜とパン,コーヒーとデザートが付くものである.
 パスタコースは炭水化物定食の趣があるので,ガーデンコースを食べようと思い,メインディッシュには鴨のローストを選んだ.(おそらくメインディッシュは月替わりで季節の料理になるのだろうが,同レストランの公式サイトに掲載されているメニュは更新されていない)

 ほどなく前菜と,バスケットに入れられたパンが二つ,席に届けられた.配膳係のお嬢さんから前菜の説明は受けたのだが,忘れた.スープはサツマイモのポタージュで,あとは鶏のホイル焼きとエビのフリッター.それぞれにソースがかけてあるのだが,そのソース名を忘れたのである.

 パンは自家製で,というよりパンがこのレストランのウリのようで,公式サイトには次のように書いてある.

石窯ガーデンテラスのパンの特徴
 ホップ種を使用しています
 ホップ種は、野生のイースト菌をうまく取り込みゆっくり時間をかけて酸味と苦みをマイルドにし、奥深い味を作り出します。毎日の自然環境がその日その日の味を作り出します。酵母と作り手が強調しながら時間をかけて、小麦の甘みとホップの酸味を引き出し、素朴で存在感のあるパンを作ります。

 パンとは何かを一口で言うのは難しい.歴史的にも地理的にも,色んなパンがあるからだ.
 Wikipedia【パン】を見てみよう.

基本的に、小麦粉やライ麦粉などに水・酵母 (イースト) を加えてパン生地 (en:dough ドウ) にし、それを焼いた食品を指す。発酵のための酵母と糖類 (砂糖など) をセットで加えることも一般的である。なお、出芽酵母を入れずに生地をつくるパンもあり、これを「無発酵パン」や「種なしパン」などと言う (その場合、出芽酵母で発酵させてから焼いたパンのほうは「発酵パン」と言う。)。無発酵パンとしては、生地を薄くのばして焼くパンがあり、アフリカ・中東からインドまでの一帯でさかんに食べられている。なお、生地を発酵させるのは主として気泡を生じさせ膨張させるためであるが、出芽酵母で時間をかけて気泡を生じさせる代わりに、ベーキングパウダーや重曹を加えることで簡便に気泡を生じさせるものもある。

 この定義のような説明について書く前に,歴史的なことを調べておく.
 終末期旧石器時代 (Wikipedia【亜旧石器時代】) に現在のシリア辺りでは気候の乾燥化によって野生のムギ類が減少したため,それまで食糧を採集に依存していた人々は農耕を始めたとされている.野生種から栽培種が選抜されたのである.(Wikipedia【テル・アブ・フレイラ】(現在から一万年ほど前のメソポタミア考古遺跡) を参照)
 この頃は,遺跡からの出土品から,麦を粉に挽いて粥にした食べていたと思われる.
 この時代から三千年ほど後の現在のトルコ共和国辺りでは,グルテンの多いパン小麦が栽培されていたようである.
 さらに時代が紀元前3700-3600年くらいになると,醗酵させた麦粥を焼いたものがスイスのトゥワン遺跡から出土している.
 この点について Wikipedia【パン】には矛盾したことが記載されていて,

トゥワン遺跡 (スイス) の下層 (紀元前3830-3760) からは「人為的に発酵させた粥」が発見され、中層 (紀元前3700-3600) からは「灰の下で焼いたパン」と「パン窯状設備で焼いたパン」が発見されている。粥状のものを数日放置すると、自然の出芽酵母菌や乳酸菌がとりつき、自然発酵をはじめ、サワードウができる。当初これは腐ったものとして捨てられていたが、捨てずに焼いたものが食べられるだけでなく、軟らかくなることに気付いたことから、現代につながる発酵パンの製法が発見されたと考えられている。

としておきながら,これにすぐ続いて次のようなことを記している.

パンは当初、大麦から作られることが多かったが、しだいに小麦でつくられることのほうが多くなった。古代エジプトではパンが盛んに作られており、給料や税金もパンによって支払われていた。発酵パンが誕生したのもこの時代のエジプトである。

 古代エジプトは,トゥワン遺跡よりも数百年,時代が下る.
 醗酵パンが生まれたのは欧州内陸部なのか,エジプトなのか.
 実を言うと,Wikipedia【パン】のこの記述矛盾には,この原稿を書き始めてから気が付いた.私は古代エジプトが醗酵パン発祥の地だと思っていたのだが,どうなんだろう.
 学術的にはどうなのかを知るために急遽,いささか古い本だが舟田詠子著『パンの文化史』(朝日選書,1998;講談社学術文庫,2013) を注文して確認することにした.食文化に関する書物には時としてトンデモ本があるのだが,講談社学術文庫のブランドを信用しようというのである.
(続く)

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2017年2月22日 (水)

鎌倉 石窯ガーデンテラス (一)

 先月の八日,ふとオンにしたテレビで『帰れまサンデー〈冬の鎌倉2チームで最新グルメ&名所巡り旅!出会えるまで帰れない〉』(テレビ朝日) という番組をやっていた.
 出演者は,お笑いコンビ・サンドウィッチマンの男性チームと,女優の藤田朋子さんと浅香唯さんの女性チーム.
 二チームは別々の地点から鎌倉散策を開始し,あちこち歩き回りながら,偶然出会えたらゲーム終了という内容の番組で,その途中であちこちのお店やレストランが紹介されるのである.
 鎌倉は狭い観光地だから,ゲームを始めた途端に二チームが出会ってしまう可能性が高く,そうなったら「尺」が全然足りないので放送することができずにテレビ朝日としては大損をこくわけだから,そこはそれ,撮影スタッフがちょっと誘導するとか何かしらの工夫があるのだろう.
 視聴者は,ヤラセなどと無粋なことは言わずに《冬の鎌倉2チームで最新グルメ&名所巡り旅!》を楽しめばいいわけだ.

 さて,その鎌倉散策の途中,藤田朋子さんと浅香唯さんは金沢街道のほうに足を向け,道を歩いていた人にレストラン「石窯ガーデンテラス」が評判いいですよと教えてもらう.
 そして彼女たちは石窯ガーデンテラスでランチを摂ったのだが,ちょっといい雰囲気のレストランだなあとの印象だった.

 私はこれまで石窯ガーデンテラスに入ったことがなかったのでウェブ検索したところ,浄妙寺の境内に大正十一年に建築された洋館を改装したカフェレストランであると出ていた.いつの創業であるかはわからない.
 浄妙寺は足利義兼によって文治四年 (1188年) に創建された鎌倉五山第五位の古刹である.
 鶴岡八幡から浄妙寺へと辿る道は金沢街道で,道を東に暫く歩き,「岐れ路」信号を左に行くと町名は二階堂である.右というかそのまんま東というか,道なりに進むと雪ノ下四丁目,浄明寺 (ややこしい) 一丁目となる.
 バスで行くならバス停「二階堂」で降車するとすぐ坂東三十三箇所第一番,鎌倉三十三箇所第一番札所にして鎌倉最古の寺とされる杉本寺がある.この辺りは四十年前には鄙びた田舎で,杉本寺は朽ちかけたような風情であったのだが,今では人家も増えて,訪れる観光客も多いようだ.

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(Wikipedia【杉本寺から引用;パブリックドメイン画像)

「二階堂」の次のバス停は「報国寺入口」である.
 報国寺は,知る人ぞ知るデート寺である.なんだそれは.
 今からちょうど四十年前のこと,静岡県に住んでいる女性が毎週末に私を訪ねてくることになっていて,今でいう遠距離恋愛だが,彼女が来たときはいつも報国寺をデートコースにしたものだ.

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(Wikipedia【報国寺】から引用;引用フリー画像)

 まずは鎌倉駅で待ち合わせをし,金沢街道方面行きのバスに乗る.「報国寺入口」で降りるとすぐに山門がある.この寺の竹林にある茶店で抹茶を頂きながら,暫くあれこれの話をする.それからまた八幡宮へ戻り,若宮大路と小町通りの間の路地にあるレストランで食事するのが定番であった.
 ある日,駅へと戻る帰りのバスで,道路の舗装がデコボコになっているところで旧い車体のバスがガタンと弾んだとき,よろけた彼女が私の腕を両手で抱えるようにすがりつくということがあった.その胸の薄さ腕の細さに,私は「ああこの人をいつまでも守ってあげ (以下略).
 そういうわけで,報国寺から少し東に行くと浄妙寺がある.バス通りから山門が見えるし,鎌倉駅からのバスで行けばほとんど歩く必要もないのだが,なぜかこの寺はいつも報国寺ほど観光客 (カップル) が多くはない.庭があまり大したことはないせいだろうか.

 さて昨日は関東地方各地は強風が吹き荒れたらしいが,鎌倉市内は全く無風で暖かい散歩日和であった.
 時刻は正午の少し前,バス停から浄妙寺へ歩いて行くと,和装のカップルが手を繋いで山門のほうから来てすれ違った.男のほうはどうでもいいが,娘さんの振袖姿というのは実によいものである.花のつぼみがほころぶようなその笑顔をちらりと見ながら私は,お幸せに,とつぶやいた.男のほうは不幸せでも一向に構わぬから,どうとでもなるがよい.おいおい.

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 山門を入ると境内には人の姿少なく,年輩の御夫婦と思しき二人連れと,振袖を召した娘さん二人連れが,盛りをすぎた庭の梅を眺めていただけであった.どこかの大学で謝恩会でもあったのだろうか.この日はあちこちで振袖美人を見かけた.眼福眼福 (←おやじくさ)

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 境内の左側のゆるい坂道を上がって行くと,寺域ではあるのだろうが,舗装された道路にでる.
 ここから少し上を見上げると石窯ガーデンテラスの屋根が見えた.
(続く)

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2017年1月19日 (木)

なべやき考 (大船 運ど運屋)

 昨日の記事《すきやき考》に私は次のように書いた.

以上をまとめて考察するに,江戸時代は貞享から元禄にかけて,鍋料理である「杉焼き」が料理屋でもてはやされた頃は,「焼く」には「煮る」調理も含まれていたと考えられる.
 翻ってみれば,和語「たく」は,「炊く」「焚く」の他に「焼く」とも書く.よく挙げられる用例は「護摩を焚く」「護摩を焼く」である.(共に「ごまをたく」と読み,後者は「ごまをやく」とは読まない)
 つまり「炊く」も「焼(た)く」も,便宜的に別の漢字を当ててはいるが,元々は同じ和語「たく」なのである.
 すなわち料理名の口語「すぎだき」を料理屋が「杉焼き」と書き表したために,次第に読みが「すぎやき」に変化したと考えられる.

 この論理を鍋焼きうどんに適用してみようというのが本稿の意図である.
 すなわち,元々は「鍋で炊いたうどん」料理は「なべだきうどん」であるが,この煮込みうどん料理を考案したうどん屋が品書きに載せる際に,「たく」に漢字「焼」を当てて「鍋焼き (なべだき)」と書いたために,いつしか客たちは「なべやきうどん」と呼ぶようになった.これが私の仮説である.
 以上,鍋焼きうどんについての考察終わり.昨日長々と《すきやき考》を書いたのは,実は本日の《なべやき考》のマクラだったのである.とはいえ短かすぎるのもなんだから,もう少し書き足す.

 鍋焼きうどんは,自宅で拵えようとすると色々な具を揃えるのがめんどくさいので,端から作る気が起きない.
 だったら蕎麦屋で注文して食えばいいようなもんだが,東京でも横浜でも藤沢でも,私が出向く辺りの町中で,蕎麦屋の熱い汁うどんを食うのは,私の苦手とするところだ.
 大阪人は東京のうどんを「人間の食いもんじゃねえ」と罵る (のがお約束だ) が,あの真っ黒けで極端に甘辛い汁はそう言われても仕方ないものだと思う.

 私の郷里の群馬県は,江戸期の昔から食い物には質素だったという.
 利根川流域は別として,赤城山麓から南に広がる地方,すなわち現在の関東平野北端に位置する県域は,陸稲耕作地帯だった.うまい米が採れなかった.そのせいで酒は臭い清酒しかできなかった.
 その代わり小麦栽培は盛んに行われ,うどんの質の高さには見るべきものがあり,福田赳夫元首相がよく郷土自慢していた.
 昭和の中頃の群馬.食い物に質素な一般庶民の家でうどんを打ったり,乾麺を茹でて食うときの汁は,煮干しで出汁を採った.蕎麦つゆでも,うどん汁でも味噌汁でも,すべて煮干しの出汁だった.煮干しは安価だったからである.
 蕎麦うどん用には,煮干し出汁に少しの醤油で味付けをした.砂糖や味醂は,贅沢品だったからとまでは言わないが,使わないのが上州の家庭では普通だったと思う.だから東京風の喉が渇くような甘辛さはなく,あっさりとしていて,蕎麦の味もうどんの味もしっかりとおいしく感じられたものだ.
 だがしかし時の流れは如何ともし難く,有名な水沢観音の門前街道のうどん屋も,昔は上州風の汁のうどんを食わせたのであるが,今ではすっかり観光地化してしまったせいで,東京からの観光客に迎合したのであろう,甘辛い汁や胡麻だれなどと妙なつけ汁が幅を利かせるようになり,中にはカレーうどんなどを出す店まであって,わけがわからぬ状態になり果てたのが残念である.

 東京の蕎麦の名店は別として,私が入口をくぐるような蕎麦屋は,うどんも商っている.
 そういう店で私が天ぷらを肴に酒をのんでいると,すぐ隣のテーブル席でデパートで買い物を済ませて立ち寄ったと思しき推定年齢五十七歳の御婦人が鍋焼きうどんを注文して食べたりする.
 その様子が否応なく目に入ってくるから鍋の中を何気なく見ると,立ち昇る湯気の中にメインは海老天か落とし卵,これに麩,蒲鉾,葱に椎茸が載った豪華な陣容で,この上なく美味のように見える.
 だがしかし,御婦人の箸でつまみ上げられたうどんは,甘辛く茶色に煮しめられていて,どう見てもまずそうだ.

 鍋焼きうどんは,美味なのか,まずいのか.

 いずれ遠くないときに西の方角から鉦や太鼓を叩いてにぎやかに阿弥陀如来様御一行がお迎えに来てくださるであろう私は,そろそろこの問題に決着をつけ,そうしてから浄土へ旅立ちたいと思う.
 で,思い出したのが大船駅に近いところにあるうどん屋である.
 ある日,鎌倉へ散策に出かけた折の帰路,鎌倉駅から大船駅行のバスに乗ったら,大船駅前の商店街 (仲通り商店会) が狭いバス通りとぶつかる角にある「運ど運屋」という暖簾が目に入ったのだ.
 妙な店名だが,看板には「手打ちうどん」とあり.運送屋ではなくて歴としたうどん屋なのである.
 「食べログ」をみると,絶賛レビューが並んでいて,評価は驚きの星3.5 だ.
 レビューの一部をタイトルだけ引用列挙してみる.(斜体の部分)

商店街の昭和なうどん屋さん
大船で雰囲気のある「運ど運屋」さん
冷やし+カレー= 素晴らしいコンビネーション
最近は高級な店もありますが、大船の庶民派うどん屋と言ったらまずここをお勧めします。
気軽に入れるうどん屋
大船仲通商店街を象徴する下町風のうどん屋さん【再訪】
「けんちんうどん」ですが豚肉が入ってます
透明感があり、つるつるとした喉越しとモチモチとした食感の麺
大船うどんと名乗ってもいいと思う
きちんとした手打ちうどんが食べられるお店です
「うどんや」だと思ってたけどなぁ…で、確かめた!
面白い屋号のうどん屋
大船の手打ちうどん専門店 @ 運ど運屋
手打ちうどんがなかなか美味しい、運の字ふたつの運ど運屋でうんどんや。
いつも通り過ぎていました。 大船に来ていつか行こうと思っていました、うどん屋なのでうどんの付くセッ
幼時(むかし)鍋焼きうどんはご馳走だった
   この人↑のレビューから以下に少し引用する.
ということで注文したのは、このお店のメニューでも単品では一番高い「なべ焼うどん:980円」。しばらく調理に時間がかかったものの、提供されたそれは、まさしく私の幼い頃に頂いた懐かしい「ご馳走」でした。
鍋焼きうどんとは、かくあるべき、というビジュアルと味付けで、心の中までぽかぽかと温まって、お店を後にしました。

 「食べログ」という口コミサイトが信用できないことは,去年の事件 (「食べログ」は,レビュー者たちの評価とは無関係に,運営側の都合で恣意的に飲食店の評点が決定されていることが,飲食店主の告発で発覚した事件) で今や世間に広く知れ渡ってしまったが,その他にも,飲食店の法違反 (食品衛生法違反など) などネガティブ情報や,辛口評価は書いてはいけない規則 (書いたら削除される) があるなど,まあ随分なことをやっているサイトである.
 そんなわけだから,レビューにも信憑性に疑問符が付く.
 ではあるけれど,《幼時(むかし)鍋焼きうどんはご馳走だった》さんが《鍋焼きうどんとは、かくあるべき、というビジュアルと味付けで、心の中までぽかぽかと温まって》とまで書いているので,この「運ど運屋」で鍋焼きうどんを食べてみることにした.体がぽかぽかと温まる料理は私たちの身の回りによくあるが,心まで温めてくれる食い物は,そう滅多にあるものではない.

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 店を訪れたのは昼前の十一時半頃.既に席の半分に客がいて,小上がりに会社の上司と部下二人と思われる三人連れ,テーブル席には会社員三人のグループ,老夫婦一組,御婦人二人連れ (会話から察するに母娘らしい)などなどであった.人気のある店のようだ.

 私のテーブルに,薄手のガラスコップに注がれた熱い蕎麦茶が置かれ,店の人は「熱いから気を付けて」と言った.熱くて持てなかったから,気を付ける必要はなかった.熱いお茶は湯呑に入れて欲しいものだが,それは私の個人的希望に過ぎない.店の流儀にとやかく言うものではなかろう.
 さて鍋焼きうどん九百八十円也を注文して待つこと暫し,出てきた鍋は土鍋ではなく鉄鍋だった.そしてこれに薬味 (柚子の皮と葱) の小皿と椀が一つ付いて来た.
 具は,衣は大きいが海老の身は小さな小さな (人差し指くらいの長さ太さ) 海老天が一本,車麩ではない極く普通の麩一個,紅白蒲鉾各一枚 (五ミリ厚),椎茸一個,筍一切れ,葱,ほうれん草であった.
(この鍋焼きうどんの料理写真は,ここを御覧いただきたい)
 椀に汁とうどんを取り分けたのだが,箸で持ち上げたうどんが自重で切れそうだったので,慎重な取り扱いが必要であった.次に先ず汁を蓮華で飲んでみた.
 レビューに《鍋焼きうどんとは、かくあるべき、という 味付け》と書かれた汁の,あまりの甘辛さに私の口はひん曲がった.
 「食べログ」レビューで皆が絶賛したうどんを食べてみた.
 レビューに《きちんとした手打ちうどん》と書かれたうどんは,箸で切れそうな,腰抜けうどんであった.
 もったいないから具は全部食べたが,汁はほぼ全部残した.飲んだら血圧が上昇して収縮期 140 を突破すること必定と思われたからである.
 というわけで,これで私は今生の鍋焼きうどんは堪能した.心置きなく御仏のもとに参ることにする.

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2016年12月20日 (火)

辻堂 越後屋担庵

 私のような一般の日本人が『スター・ウォーズ』というとき,それは

オリジナル・トリロジー (旧三部作)
 スター・ウォーズ エピソード 4『新たなる希望』   (1977年)
 スター・ウォーズ エピソード 5『帝国の逆襲』    (1980年)
 スター・ウォーズ エピソード 6『ジェダイの帰還』  (1983年)
プリクエル・トリロジー (新三部作)
 スター・ウォーズ エピソード 1『ファントム・メナス』(1999年)
 スター・ウォーズ エピソード 2『クローンの攻撃』  (2002年)
 スター・ウォーズ エピソード 3『シスの復讐』    (2005年)

の映画六作品を指す.
 ところが『スター・ウォーズ』にはスピンオフ作品群があって,小説に始まり,コミックやアニメに展開されている.日本では全く売れなかったが Windows ゲーム (ただしクソゲー) もあった.(《スター・ウォーズのスピンオフ一覧 》にまとめられている)
 古くからの『スター・ウォーズ』ファンは,これらのスピンオフ作品群に興味はあるが,入手は困難であるし,手に入れても言葉の壁があるだろうから,かなり敷居が高いと思われる.しかもオリジナル映画六作品とは,世界観は共通しているとしても設定に整合性がとれていないものが多いと聞く.

 そんなわけでスター・ウォーズのスピンオフ作品は日本のファンには縁遠かったのであるが,2012年10月にウォルト・ディズニー・カンパニーが本編六作品の制作会社ルーカスフィルムを買収したことから状況が変わった.ウォルト・ディズニー・カンパニーは新たな三部作 (エピソード7,8,9) の製作と共にスピンオフ作品も作ると発表したのである.
 Wikipedia【スター・ウォーズ・シリーズ】からその辺りを引用する.

アンソロジー・シリーズ
実写映画本編を補完する実写映画シリーズ。2013年、ルーカスフィルムがスター・ウォーズのメインストーリーとは別の劇場映画をいくつか製作すると報じられ、2015年4月にアメリカのカリフォルニア州アナハイムで開催された本シリーズのオフィシャルファンイベント「スター・ウォーズ セレブレーションアナハイム」で、これらのスピンオフは「アンソロジー・シリーズ」のレーベル名の下で公開されることが明らかにされた。2016年12月公開の『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を皮切りに、2作品の公開が発表されている。

 で,この年末に『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』公開の運びとなったのである.
 昨年公開された,本編六作品に続く三部作の第一弾『フォースの覚醒』は,新登場人物の紹介以外には,内容的に本編へのオマージュだけであり,古いファンには納得できても,若い映画ファンには大しておもしろくない作品だったと思う.
 それでは本家スピンオフ第一弾『ローグ・ワン』はどうであったか.
 これがなかなかよかったのである.私は年寄りの『スター・ウォーズ』ファン必見かと思う.
 それはどうしてかというと,本編六作品がジェダイという超人たちの物語であるということと,叙事詩スペース・オペラという作品の性格からして,敗れた者,倒れた者にはほとんど焦点が当てられていないのであるが,一方の『ローグ・ワン』はジェダイが壊滅したあとの物語であるため,登場人物が,超人ではない被弾すれば死ぬ戦士たちだからである.これがために手に汗握るストーリー展開になっているのだ.私は,この作品はヒロイック・ファンタジーとして本編よりもいい出来ではないかとすら思う.
 本編六作品では,単純に反乱軍は善,帝国は悪として語られているのだが,この『ローグ・ワン』では,反乱軍の戦いも汚いものだと反乱軍のスパイであるキャシアン・アンドーは述懐する.
 戦争は,戦う双方ともに殺しあう悪である.当たり前のことだ.戦場で自分が悪であることに心が辛うじて耐えられるかどうかは,戦う大義があるか否かにかかっている.そうでなかったら生きていけないとキャシアン・アンドーは言うのである.第二次世界大戦後,ベトナム戦争もイラク戦争も,米国兵士たちの心に深刻な傷を負わせたのは,いずれも大義なき侵略戦争だったからだ.キャシアンの台詞はそのことを示唆している.
 このようにして,お気楽なエンタメ映画と言い切っていい『スター・ウォーズ』シリーズに,『ローグ・ワン』は初めてリアリティを持ち込んだのである.この作品の監督,ギャレス・エドワーズは若い人だが,Wikipedia【ギャレス・エドワーズ】に次のように書かれている.

キャリア
VFXクリエイターとして、BBCやディスカバリーチャンネルの作品を手がけ、英国アカデミー賞を受賞するなど成功を収めた。2008年にはBBC製作の大河ドラマ『ウォリアーズ 〜歴史を動かした男たち〜』を監督し、250もの視覚効果をすべて自分自身で担当した。また、映画製作の分業化に業を煮やした結果、Sci-FIチャンネルの48時間映画コンテストにてクルーなしで俳優を1人だけ使って製作した短編映画を発表し、グランプリを受賞した。その後、自身にとって初の長編映画での監督作品となった『モンスターズ/地球外生命体』は、低予算映画ながら多くの批評家や映画監督から賞賛され、英国インディペンデント賞にて3部門を受賞し、英国アカデミー賞にもノミネートされた。これらの功績から、『GODZILLA ゴジラ』の監督に抜擢された。その後、2016年公開予定の『スター・ウォーズ』の単独映画を監督することになった。

 ギャレス・エドワーズに本編の監督もやって欲しいと思ったのは私だけではないだろう.
 付け加えると,本作品では,ジェダイの時代に生まれていたらジェダイになれたかも知れない僧兵チアルート・イムウェの奮闘が印象的だった.また使命を果たしたローグ・ワン戦士二人の最後のシーンも美しい.

 話が横に逸れるが,昔の Windows RPG には,ウォーリア,ソーサラー,ローグ (!) の他にモンクという職業設定があった.モンクはすなわち棒術を使う僧兵であり,若い人は知らない (チアルートが盲目であるという設定だけで闘技が棒術であることなどは全く無視し《どう見ても座頭市の勝新じゃねーか!?》と書いている無知なサイトがある.どこの座頭市が棒術の達人なんだよ.座頭市は僧じゃないし<笑>;このウソサイトは検索するとすぐみつかるだろう) だろうが,チアルートのキャラはモンクそのものであることを指摘しておきたい.そういうことも映画を観る上で知っていると楽しい知識である.
 そして,Wikipedia にネタバレ気味に書かれてしまっているが,本編ファンなら「おお,そうきたか!」と思わず口元が緩むラストシーン.これがいい.

 なんだか今年は,くだらないアメコミ実写映画もやたらとあったけれど,いい映画もいくつか観ることができた.
 来年はたぶん新シリーズの第二作 (エピソード8) が出て,つぎの年にはスピンオフ第二弾 (タイトル未定) がやってくるだろう.頑張って長生きしようと思って,映画を観たあと景気付けに昼酒をやることにした.昼酒の言い訳になってないような気がするが,まあそんなことはどうでもよろしい.

 さていつも私が映画を観るのは辻堂駅北口の Terrace Mall 湘南内のシネコンだが,このモールには,高いばかりでおいしくないレストランが多い.婉曲な言い方をやめると,だめなレストランばかりだ.
 それがために映画を観たあとの飯は藤沢駅に戻るしかないと思っていたのだが,『ローグ・ワン』を観たあと,辻堂駅まで歩きながらふと気が付くと Terrace Mall 湘南のすぐ隣に道路を挟んで小さなビル (Luz 湘南) があり,飲食店が幾つか入っているらしい.
 ものは探検だというわけで,その小さなビルの一番上のフロアに行ってみると,
「やきとりセンター」「北海道」「ラ パウザ」「三ツ矢堂製麺」「九州料理ふくまる」「サラダバー けん」「越後屋 坦庵」「温野菜」といった店が入っていた.
 「北海道」とか「温野菜」なんかはお一人様には無縁の店と思うが,「越後屋 坦庵」はどんな店か知らないので,入ってみることにした.
 「越後屋 坦庵」は,品書きをざっと見たところ,どうやら焼魚定食と蕎麦が食える居酒屋といったコンセプトのようだ.ネット情報ではかなり酷い評価も書かれているが,よい店だとする人もいる.

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 本日は様子見というわけで,銀鱈の西京漬,ししゃも (カペリンじゃないやつ),胡瓜の辛子味噌漬,てんぷら盛り合わせを注文した.飲み物は黒霧島と赤兎馬をロック各一.
 料理は,まあまあの出来だと思う.てんぷら盛り合わせは,小さい海老天が三本にキス,かぼちゃ,さつもいも,茄子が盛られていて七百八十円.揚がり方は及第点で,コスパがかなりいい.辻堂に映画を観に来たときの昼酒に贔屓にしようかと思う.
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2016年12月14日 (水)

鎌倉のパエリア (十三)

 料理店の商品は料理である.従って料理店は,店に来て食事をする客に料理の品質を保証しなければいけない.
 料理店が行なわねばならない最低限度の品質保証とは,食品衛生だ.いくら美味でも食中毒のおそれがあっては端から論外なのだ.食べて安全安心な食事であってこその,うまいまずいに違いない.
 Brasserie 雪乃下のなんちゃってバーニャカウダのことだが,何が目的で「食べられない煎り大豆」に生野菜のスティックを挿して鉢植えの花に見立てるという盛り付けをしたのか,その必然性が不明だ.厨房の人間の基本姿勢に問題がある.
 また同レストランの雪乃下パエリアは,レシピを作った本人が試食していないのではなかろうか.
 税込み千八百五十円なら,もっとずっとまともな料理が作れるはずだ.例えば大手のファミレスが「スペイン料理フェア」を企画したら,もっとコスパの良い料理を提供できると思う.
 小町通りや若宮大路の飲食店にはこんな店が多いのだが,なぜこんな店がはびこるか.
 つまるところ鎌倉の繁華街は観光地であって,顧客満足度が低くても,一見客だけでやっていけるからだろう.

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〈レストランへの階段〉

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〈バーニャソースをテイクアウトしたのは,容器に表示が適切に書かれているかどうかを確認するためである.結果は全然ダメだった (笑)〉

 ちなみにフランス料理店を名乗りながら釜揚げシラス丼だのハヤシライスだのをメニューに載せている料理人がどんな人物かと興味が湧いたので,同店公式サイトの料理人紹介を見てみたら次のように書かれていた.

料理専門学校卒業後、単身スイスへ渡り5年間の修業を経て帰国。その後、神奈川・東京を中心に11年間料理人を務めた後、現在の【Brasserie雪乃下】に料理長として就任。

 フランス料理を勉強するならフランスに行くだろうから,スイスで修業したことがフランス料理店 Brasserie 雪乃下の無国籍化に大いに寄与したのであろう.なるほど.
 余談だが,藤沢駅の近くに「イタリアン居酒屋」と称する居酒屋「トラットリア ピラータ~TRATTORIA PIRATA~」がある.
 いかにもわざとらしくイタリアっぽい名の店のシェフの経歴は,同店のサイトにこう書かれている.

高校卒業後、飲食店でバイトを始め、その後磯料理屋にて修行!

 磯料理屋でイタリア料理を覚えたという非常に興味深い経歴である.おもしろそうなので出かけてみようかと思ったが,公式サイトは「女子会向き」の店だとアピールしていて,爺さんには敷居が高そうなので諦めた.(笑)

 ま,そんなこんなでこの日の昼飯は大変に不満足なものであったと長々と書いてみたが,この日鎌倉に出かけたそもそもの目的は「松本竣介 創造の原点」展だったのだ.書いているうちに忘れそうになった (笑) が,こちらはとても良い絵画展であった.会期残すところ十日.まだのかたは是非.

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