内田悟氏の個人サイト《ラジオ工房》に,《ラジオ少年製 3R-STD 真空管ラジオ 3球受信機の組み立て 》と題した記事があるのだが,これが丸々,原恒夫氏の「ラジオ少年」批判になっている.私は,内田氏の原氏批判はまことにその通りであると思う.内田氏は露骨には書いていないが,「ラジオ少年」の組み立てキットが実際には少年には組み立てできないものである以上,「ラジオ少年」はNPO法人を隠れ蓑にした営利事業者,単なる不親切なキット通販業者だと内田氏は指摘しているのだ.「ラジオ少年」のキットを購入したが組み立てられずに困った消費者が,内尾氏のサイトへ相談を持ち掛けているらしい.内尾氏は,いわば「ラジオ少年」による消費者被害を救済する破目に陥っているわけで,ネット上で公然と名指し批判に踏み切ったのは,よっぽど業腹だったからであろう.
ま,内尾氏の怒りはよく理解できるのであるが,原氏の「ラジオ少年」が悪質な団体かというと,そうとも言い切れないのではある.というのは,「ラジオ少年」が頒布 (実態は販売) しているラジオのパーツで,真空管回路用IFT (中間周波数トランス) というものがあり,これが新品は世の中を探しても「ラジオ少年」製しかないのである.中古品がオークションで流通しているが,これはほとんどが経年劣化しており,よほどの熟練者でなければ修理して再生利用することができない代物である.つまりラジオ製作初心者は,「ラジオ少年」のIFTを買って使わざるを得ない.従って「ラジオ少年」は,そのIFTがある限り,真空管ラジオ製作趣味の世界での存在意義が揺るがないのだ.
「ラジオ少年」と内尾氏の対立は,私には無関係だとして放っておけばいいかというと,実はそうもいかない.内尾氏の原恒夫氏批判の中で最も厳しいのは,「ラジオ少年」製のトランスが設計不良だとの指摘であるが,実は私は,「ラジオ少年」のチョークトランス (電源回路に使う部品の一つ) を使ったことがあるのだ.その指摘の箇所を,テキストのみ下に引用する.
《出力トランスは分解してみませんでしたが、噂によると鉄芯の組み方が電源トランスと同じだと言われています。
シングルの出力トランスはB電流が流れるので、直流磁化を防ぐため鉄芯の組み方にギャップを開けるのが常識です。
また200Hのチョークコイルも同様です。
EIの鉄心がそのまま組み立てられ、ギャップがあるのが正常です。
電源トランスの場合、EIが交互に組み合わされ、ギャップができません。
カバーを外せばわかります。
鉄芯を揃えて組み立て、間にパラフイン紙を挟んでギャップを作る。
逆に電源トランスの場合、ギャップは作らない。
分解してみると、噂通りEIのコアが交互に組み込まれています。
この方法は拙いです、直流磁化が防げない出力トランスです。
これが素人が設計したラジオ部品の正体です。
速やかに訂正することを望みます。》
書いてある技術的内容は「出力トランス (段間結合用チョークコイルも同じ) はEの形とIの形の鉄心を組み合わせるのだが,その組み合わせ方を間違えると,コイルを流れる直流成分の影響 (直流磁化) で周波数特性が劣化する」ということである.これはたぶん常識だ.
この箇所の原文で内尾氏は,フォントサイズを大きくしてまで《これが素人が設計したラジオ部品の正体です》と罵っている.こともあろうに日本アマチュア連盟の副会長を名指しで,電気回路の素人だと断じているのだ.ここまでは「ラジオ少年」を「不親切な通販業者だ」程度に批判していたのだが,ここに至ってはもう「悪質な通販業者だ」と言っているに等しい.もはや喧嘩腰である.
私は電気回路の素人だが,内尾氏の主張が正しいことはわかる.それで,以前「ラジオ」少年から購入したチョークコイルを,信用できる業者の製品に交換しようと結論したのである.秋葉原の春日無線に出かけたのは,それが理由であった.
長々と書いてきたが,実はこれは前フリなのである.これからが本題.
春日無線で買い物を終えた私は,秋葉原駅に戻り,駅ビルに隣接して部品屋さんが並んだ長屋であるラジオセンターに行った.そしてかなりショックを受けた.ここには,抵抗器とコンデンサの専門店や,スピーカーユニットの専門店や真空管専門店などあったはずだが,軒並みシャッターを降ろして,シャッター商店街と化していたからである.
特に,海外ブランドのコンデンサを販売していたCR屋さんがなくなっていたのには驚いた.ラジオであれば部品はありきたりのものでいいが,管球アンプの場合は,部品にこだわることが製作する楽しみの大きな要素なのである.多少のストックは持っているが,もうあれやこれやの貴重なパーツは手に入らなくなるのだろうか.だが,もう一軒,その手の高級部品を扱っていた店が東京ラジオデパートの中にあったはず.
それで私はラジオデパートに足をむけたのだが,そちらも惨状を呈していた.狭い通路でタバコを吸いながら酒をのんでいる店員の前をすり抜けながらエスカレーターで館内の上下を見て回った…しかし昔と同じ佇まいで営業していたのは,キョードー真空管ただ一軒であった.
駅に隣接するラジオ会館で,若松通商がいまだ健在なのは心強いが,かつて自作派の聖地であった秋葉原電気街は,陥落寸前なのであった.ニュー秋葉原センターの春日無線,ラジオセンターの東栄変成器,東京ラジオデパートのキョードー真空管,そして少し駅から離れてクラシックコンポーネンツとアムトランス.さながらドイツ軍の猛攻の前に,分散孤立しつつ戦う自由フランスのレジスタンス小隊を想起させた.意味わからぬが,そういうことだ.
しみじみとした思いを胸に帰宅し,廃墟のごとき東京ラジオデパートに残るキョードー真空管のサイトを私は閲覧した.
するとそこには次のような文言が記されていた.
《キョードーでは、新旧・真空管をはじめ、真空管アンプ用トランスやその他周辺部品、真空管ラジオ、IFT、コイルなどのラジオ用部品、また、ビンテージオーディオに関する書籍やデータブックなども随時買取をしておりますので、どうぞお気軽にご相談下さい。
昔に購入した真空管の中から使わないものを売りたい。
ご家族が残されたものをまとめて処分したい。
いろいろなものが混在して大量に残っているので手がつけられないままで処分に苦慮している。
など様々な状況に応じて、なるべく依頼されるお客様が不安のないように順次お客様とご相談をさせていただきながらお話しを進めさせていただきますのでどうぞ、安心してご相談いただければと思います。
当店のお客様はどなたも真空管のことをよくご存知のいわばベテランの方がほとんどですので お売りいただきました貴重な真空管は また再び真空管を愛情を持ってお使いいただけるマニアの方の手にお渡しすることができます。》
どうだろうか.この文章は,故人が残した真空管などのラジオ部品を誠意をもって引き取らせて頂きます,と言っているのだ.
とりわけ《お客様とご相談をさせていただきながらお話しを進めさせていただきますのでどうぞ、安心してご相談いただければと思います 》には,在りし日のラジオボーイに対する敬意が感じられるではないか.ある日,キョードーを訪れた遺族は,息子が6WC5とか2A3を詰めた箱を持ち,その横に遺影を掲げた老未亡人が立っている.そんな光景が目に浮かぶようだ.
その日,私がエンディング・ノートにキョードー真空管の連絡先を書き足したことは言うまでもない.
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