趣味の工作とDIY

手先を動かすと痴呆防止にいいと聞いたもんでハア.

2019年5月27日 (月)

クラシック・レイディオ (三)

 内田悟氏の個人サイト《ラジオ工房》に,《ラジオ少年製 3R-STD 真空管ラジオ 3球受信機の組み立て 》と題した記事があるのだが,これが丸々,原恒夫氏の「ラジオ少年」批判になっている.私は,内田氏の原氏批判はまことにその通りであると思う.内田氏は露骨には書いていないが,「ラジオ少年」の組み立てキットが実際には少年には組み立てできないものである以上,「ラジオ少年」はNPO法人を隠れ蓑にした営利事業者,単なる不親切なキット通販業者だと内田氏は指摘しているのだ.「ラジオ少年」のキットを購入したが組み立てられずに困った消費者が,内尾氏のサイトへ相談を持ち掛けているらしい.内尾氏は,いわば「ラジオ少年」による消費者被害を救済する破目に陥っているわけで,ネット上で公然と名指し批判に踏み切ったのは,よっぽど業腹だったからであろう.
 ま,内尾氏の怒りはよく理解できるのであるが,原氏の「ラジオ少年」が悪質な団体かというと,そうとも言い切れないのではある.というのは,「ラジオ少年」が頒布 (実態は販売) しているラジオのパーツで,真空管回路用IFT (中間周波数トランス) というものがあり,これが新品は世の中を探しても「ラジオ少年」製しかないのである.中古品がオークションで流通しているが,これはほとんどが経年劣化しており,よほどの熟練者でなければ修理して再生利用することができない代物である.つまりラジオ製作初心者は,「ラジオ少年」のIFTを買って使わざるを得ない.従って「ラジオ少年」は,そのIFTがある限り,真空管ラジオ製作趣味の世界での存在意義が揺るがないのだ.
「ラジオ少年」と内尾氏の対立は,私には無関係だとして放っておけばいいかというと,実はそうもいかない.内尾氏の原恒夫氏批判の中で最も厳しいのは,「ラジオ少年」製のトランスが設計不良だとの指摘であるが,実は私は,「ラジオ少年」のチョークトランス (電源回路に使う部品の一つ) を使ったことがあるのだ.その指摘の箇所を,テキストのみ下に引用する.
 
出力トランスは分解してみませんでしたが、噂によると鉄芯の組み方が電源トランスと同じだと言われています。
シングルの出力トランスはB電流が流れるので、直流磁化を防ぐため鉄芯の組み方にギャップを開けるのが常識です。
また200Hのチョークコイルも同様です。
EIの鉄心がそのまま組み立てられ、ギャップがあるのが正常です。
電源トランスの場合、EIが交互に組み合わされ、ギャップができません。
カバーを外せばわかります。
鉄芯を揃えて組み立て、間にパラフイン紙を挟んでギャップを作る。
逆に電源トランスの場合、ギャップは作らない。
分解してみると、噂通りEIのコアが交互に組み込まれています。
この方法は拙いです、直流磁化が防げない出力トランスです。
これが素人が設計したラジオ部品の正体です。
速やかに訂正することを望みます。
 
 書いてある技術的内容は「出力トランス (段間結合用チョークコイルも同じ) はEの形とIの形の鉄心を組み合わせるのだが,その組み合わせ方を間違えると,コイルを流れる直流成分の影響 (直流磁化) で周波数特性が劣化する」ということである.これはたぶん常識だ.
 この箇所の原文で内尾氏は,フォントサイズを大きくしてまで《これが素人が設計したラジオ部品の正体です》と罵っている.こともあろうに日本アマチュア連盟の副会長を名指しで,電気回路の素人だと断じているのだ.ここまでは「ラジオ少年」を「不親切な通販業者だ」程度に批判していたのだが,ここに至ってはもう「悪質な通販業者だ」と言っているに等しい.もはや喧嘩腰である.
 私は電気回路の素人だが,内尾氏の主張が正しいことはわかる.それで,以前「ラジオ」少年から購入したチョークコイルを,信用できる業者の製品に交換しようと結論したのである.秋葉原の春日無線に出かけたのは,それが理由であった.
 
 長々と書いてきたが,実はこれは前フリなのである.これからが本題.
 春日無線で買い物を終えた私は,秋葉原駅に戻り,駅ビルに隣接して部品屋さんが並んだ長屋であるラジオセンターに行った.そしてかなりショックを受けた.ここには,抵抗器とコンデンサの専門店や,スピーカーユニットの専門店や真空管専門店などあったはずだが,軒並みシャッターを降ろして,シャッター商店街と化していたからである.
 特に,海外ブランドのコンデンサを販売していたCR屋さんがなくなっていたのには驚いた.ラジオであれば部品はありきたりのものでいいが,管球アンプの場合は,部品にこだわることが製作する楽しみの大きな要素なのである.多少のストックは持っているが,もうあれやこれやの貴重なパーツは手に入らなくなるのだろうか.だが,もう一軒,その手の高級部品を扱っていた店が東京ラジオデパートの中にあったはず.
 それで私はラジオデパートに足をむけたのだが,そちらも惨状を呈していた.狭い通路でタバコを吸いながら酒をのんでいる店員の前をすり抜けながらエスカレーターで館内の上下を見て回った…しかし昔と同じ佇まいで営業していたのは,キョードー真空管ただ一軒であった.
 駅に隣接するラジオ会館で,若松通商がいまだ健在なのは心強いが,かつて自作派の聖地であった秋葉原電気街は,陥落寸前なのであった.ニュー秋葉原センターの春日無線,ラジオセンターの東栄変成器,東京ラジオデパートのキョードー真空管,そして少し駅から離れてクラシックコンポーネンツとアムトランス.さながらドイツ軍の猛攻の前に,分散孤立しつつ戦う自由フランスのレジスタンス小隊を想起させた.意味わからぬが,そういうことだ.
 しみじみとした思いを胸に帰宅し,廃墟のごとき東京ラジオデパートに残るキョードー真空管のサイトを私は閲覧した.
 するとそこには次のような文言が記されていた.
 
キョードーでは、新旧・真空管をはじめ、真空管アンプ用トランスやその他周辺部品、真空管ラジオ、IFT、コイルなどのラジオ用部品、また、ビンテージオーディオに関する書籍やデータブックなども随時買取をしておりますので、どうぞお気軽にご相談下さい。

 昔に購入した真空管の中から使わないものを売りたい。
 ご家族が残されたものをまとめて処分したい。
 いろいろなものが混在して大量に残っているので手がつけられないままで処分に苦慮している。

 など様々な状況に応じて、なるべく依頼されるお客様が不安のないように順次お客様とご相談をさせていただきながらお話しを進めさせていただきますのでどうぞ、安心してご相談いただければと思います。
 当店のお客様はどなたも真空管のことをよくご存知のいわばベテランの方がほとんどですので お売りいただきました貴重な真空管は また再び真空管を愛情を持ってお使いいただけるマニアの方の手にお渡しすることができます。
 
 どうだろうか.この文章は,故人が残した真空管などのラジオ部品を誠意をもって引き取らせて頂きます,と言っているのだ.
 とりわけ《お客様とご相談をさせていただきながらお話しを進めさせていただきますのでどうぞ、安心してご相談いただければと思います 》には,在りし日のラジオボーイに対する敬意が感じられるではないか.ある日,キョードーを訪れた遺族は,息子が6WC5とか2A3を詰めた箱を持ち,その横に遺影を掲げた老未亡人が立っている.そんな光景が目に浮かぶようだ.
 その日,私がエンディング・ノートにキョードー真空管の連絡先を書き足したことは言うまでもない.

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2019年5月26日 (日)

クラシック・レイディオ (二)

 構想を練っている途中のクラシック・レイディオの部品を調達に,昨日,秋葉原へ出かけてきた.
 まず秋葉原駅の電気街口を出て左に行く秋葉徘徊コースを取った.駅の改札口を出てすぐのところは以前のままだが,そこを左に折れたら,通りの左側にあったファストフーズ店がなくなっていた.その代わり通りの右側に『コメダ謹製「やわらかシロコッペ」秋葉原店』が出店していた.あとで調べたら去年の秋にできた店だった.
 それはいいのだが,この通りが三差路にぶつかる信号の向かい側に磯丸水産があったので驚いた.これも調べたら,できたのは最近の話ではないらしい.いかに私の足が秋葉原から遠ざかっていたということだ.買い物に来たのでなければ,そのまま磯丸に入って昼飲みするところだが,それはやめた.
 磯丸水産の隣がニュー秋葉原センターで,その地下続く階段を降りると「喫茶室ルノアール ニュー秋葉原店」がある.秋葉原にはルノアールが幾店もあって,昭和通りに近い店「Cafeルノアール秋葉原昭和通り口店」はヨドバシカメラで買い物した帰りに立ち寄る.「喫茶室ルノアール秋葉原店」では,ドスパラ本店の周辺で買い物した帰りに一休みする.少しずつ店名を変えているのがおもしろい.
 さて何年か前まで,ニュー秋葉原センターの主は「国際ラジオ」だった.知らない人が見れば廃棄物置き場のような店だったが,これは戦後の秋葉原に誕生した「ジャンク屋」の最後の一軒だった.私も何度かここで買い物をしたことがある.
 しかし五年前に《「国際ラジオ」がひっそりと廃業 》したとのニュースが流れた.
 戦後の電気工作ファンたちは,廃棄物の民生用ラジオや軍需の放出品の中から使えるパーツを集め,同好の士以外には全く意味不明な機械を拵える趣味世界に遊んだ.
『スター・ウォーズ』に惑星タトゥイーンのジャンク屋が出てくる.壊れたロボットや,山賊部族がかっぱらってきた宇宙船の残骸が店に積まれていて,客はそのガラクタの中から自分に必要な物を探して買っていく.あんな風にしてこの国の戦前・戦中生まれの世代は,自分のR2D2を作っていたのである.
 だがその後,みんなが豊かになって,新品の部品を買って見栄えの良い作品を製作する時代がやってきた.かく言う私はその時代に育った.こうして秋葉原の「戦後」が終わったのだったが,国際ラジオは頑として営業を続けた.平日の売上なんか,はほとんどなかったのではないかと思う.若かった私が,たまに休日に店を覗くと,かなり高齢の男性が,私には用途が想像できない金属製の箱,その箱からは線材が何本か飛び出していたが,それを手に取ってしみじみと眺めていたりした.それはもしかすると,通信兵だったその人が満州の戦場で死守した通信機の部品だったかも知れない.
 それからまた時代が過ぎていき,戦前戦中生まれの世代がすべて逝ったあと,とうとう国際ラジオは店を閉めた.私が最後に訪れたのは,その隣にある「春日無線」に,真空管オーディオアンプの電源トランスを特注しに行ったときだったから,国際ラジオ閉店の一年くらい前だった.客は一人もいなかったが,時代遅れのラジオ爺である私は,少年柴田翔もこの場所に立ったことがあるかも知れぬと,少しばかり感傷的になったことを覚えている.
 書き出しからして話が横に逸れた.春日無線には,ラジオの電源に使うチョークコイルを買うためであった.
 
 チョークコイルのことの前にまた話が横に逸れる.
 少し前にヤフオクに手を染めてから,ずっと骨董品のラジオやその部品の出品をウォッチしているのだが,非常に活発に取引が行われているので少々驚いている.これはきっと,仕事から引退した団塊爺さん婆さんたちが売ったり買ったりしているのに違いない.婆さん,と聞いて不審に思う向きがあるかも知れないが,私がラジオ部品を買った相手の一人は女性だった.このジャンルの趣味には女性もいるようなのだ.
 で,ヤフオクで取引されている骨董品のラジオは何に使うかというと,全くのジャンクは分解していわゆる「部品取り」をする.まだ使える部品を取り出して自分で使うのが普通だが,希少品の「お宝」であれば再びオークションに出す目利きの人もいる.この手の転売もヤフオクではよく見かける.
 骨董品ラジオのもう一つの用途は,修繕して再び放送が聴取できるようにすることだ.あまり知られていないが,老人の趣味として確立しているように思う.団塊世代を対象にした書籍も何冊か出版されている.(『定年前から始める 男の自由時間 真空管ラジオ・アンプ作りに挑戦!』,技術評論社;『真空管式スーパーラジオ徹底ガイド』,誠文堂新光社など)
 この趣味の世界で有名人が何人かいるが,『真空管式スーパーラジオ徹底ガイド』の著者である内尾悟氏はその一人だ.氏の個人サイト《ラジオ工房》も有名.
 内尾氏とは別のタイプの有名人に原恒夫氏がいる.この人はNPO法人「ラジオ少年」の代表で,一般社団法人日本アマチュア無線連盟 (JARL) の副会長でもある.「ラジオ少年」の公式サイトには同法人の事業理念が謳われ,真空管式ラジオの組み立てキットや測定器の頒布事業を行っているのだが,理念と事業実態との乖離を指摘する声がある.内田悟氏である.(三に続く)

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2019年5月 8日 (水)

クラシック・レイディオ (一)

 私は小学校高学年のときに,初めて真空管を見た.民生用トランジスタが量産されるようになる時代の少し前のことだった.普及し始めたテレビも真空管式で,テレビに使われていたのは性能が優れているミニチュア管 (Miniture Tube) であったが,歴史の古いST管 (Standard Tube) もアマチュアが製作する趣味的なラジオではまだ採用されていた.むしろST管より少しあとに開発されたGT管 (Glass Tube) や軍用に重宝されたメタル管 (Metal Tube) よりもその外観の点で,アマチュアのラジオ製作者には好まれていた.
 これらの真空管の他に,柴田翔『されどわれらが日々』(現在は文春文庫) に表題作 (芥川賞受賞作) と共に収められた「ロクタル管の話」には,ロクタル管つまりLOCTAL管 (Lock-in-Octal Tube) が登場する.この真空管は今でも,品薄と種類の少なさもあって,昔は少年だった人々に強い人気がある.柴田翔よりも若い世代の人間である私もその一人で,真空管ステレオアンプを製作するのに必要なロクタル管を,製作に取り掛かるその日のために大切にとってある.手が震えてハンダゴテを持てなくなる前に作りたいものだ.
 さて近々,私がラジオ少年時代に憧れたST管の六球スーパー (スーパー・ヘテロダイン信号増幅方式) のラジオを作ろうと思う.これまで私が製作してきたのは五球スーパーである.これは,数百kHz~千数百kHzの範囲にある商業放送電波をいきなり455kHzの固定中間周波数 (高周波であるラジオ電波と,音声周波数の中間だからそう呼ぶ) に変換して一段だけ増幅するという,いわば普及品のラジオである.これでも東京のラジオ局の放送を関東地方一円で聴取するには充分だが,その他の地方局の放送を聴くにはいささか力が足りない.それで昔は,周波数変換段の前に高周波増幅を一段行う方式が,高級品のラジオには採用されていた.真空管の数として六球になる.だから六球スーパーというのだが,これを昭和懐かしのST管で作って,私のラジオ少年の思い出に,われらがラジオの日々に,幕を引こうというのである.幕を引くという意味は,現在の商業ラジオ放送,つまり中波帯AM放送は廃止の方向にあるからで,それほど遠くない時期に,おそらくまだ私が存命のうちに,AMラジオは歴史的使命を終えるのだが,その前に,敗戦後の復興期日本で作られた最高性能の真空管式ラジオを製作して,その懐かしの音を耳に記憶しておきたいということなのだ.
 
 ところで私の電気工作部品箱には,六球スーパー用の部品である三連バリコンとコイルがない.これをまず調達しなければならないのだが,秋葉原でも入手難である.少し前にネット通販で叩き売りされていた骨董ラジオを買い,この中から部品取りをしようと思ったのだが,解体してみたらバリコン (バリアブル・コンデンサ) はサビなどの状態が悪くて,そのパーツを私の最後のラジオに使いたくはないなと思った.
 それで,バリコンをヤフオク (旧ヤフー・オークション) で手に入れることにした.骨董の三連バリコンの出品を何度か見送ったあと,商品写真で見る限り美品のバリコンが出品されたので,即入札し,セリ勝って手に入れることができた.それが下の画像のものである.
 
20190508a
 
 状態から判断すると,これはおそらく未使用品である.いい物が手に入ったので私は深く満足した.ただし出品者のコメントには,容量を実測したところ420pFであると書かれていた.標準は430pFであるから少し足りない.また,全波受信機用だったらしく,トリマー・コンデンサ (バリコンと並列に入れる容量可変の小型コンデンサ) が付いていない.そのトリマー・コンデンサとの兼ね合いで,容量が少し小さいのであろう.
 中波AM放送用の受信回路に使用するコンデンサは,バリコン 430pF+トリマー20pFが標準であったから,私が手に入れたバリコンに組み合わせるトリマー・コンデンサには少し容量を増やすなど細工しなければいけないかも知れない.
 さらに言うと,トリマー・コンデンサは,往時の真空管ラジオを偲ばせる陶板を絶縁体基板として使用したものが,もはや流通していない.あるのは,中国製の粗雑な造作の製品である.私は 習近平が嫌いなので 昭和レトロが好きなので,日本が技術立国を志した時代の高品質コンデンサをぜひとも使いたい.そこで,これもヤフオクから調達することにしたが,同じことを考えている人は他にもいるらしく,もう二度もセリ負けた.あまりに高価な価格で落札されているので勝てる気がせず,気弱になっている.w 
 秋葉原にはもうこの種のラジオ用ジャンクパーツを扱う店はない.最後の店が閉店した時にはニュースになったが,あれからもう数年経った.だが,もしかすると,クラシック真空管を販売している某店にいけば,棚の片隅の部品箱に眠っているかも知れない.久しぶりに出かけてみようかと思う.

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2019年3月30日 (土)

ラジオはどこへ行く

 日本民間放送連盟(民放連)がラジオのAM放送の廃止を計画していると報じられた.(共同通信 3/22)
 AM局の多くは広告収入が低迷しているため,番組の放送を,災害対策として実施しているFMによる補完放送(ワイドFM)に一本化したいという.
 私は思うのだが,中波AM放送とワイドFMと,どちらが災害に強いかというと疑いもなく中波AMに決まっている.ワイドFMは,万が一中波AM放送が災害で停止したときの保険にすぎない.それに,全国の家庭で,災害用に非常袋に入れてあるポケットラジオは,中波受信専用である.小型でワイドFMが聴取できるラジオもあるだろうが,それは近くの中継局が健在だった場合にのみ役立つだろう.遠距離のFM中継局からの放送を受信できるのは,それなりの高性能ラジオだ.
 私の住んでいる地域では,むしろ中波AM放送の方がワイドFMよりも受信状態が良好である.日本の中波ラジオ放送がどうなるか,わからないが,なくならないことを切に望む.
 ところで先日,ガラクタ市みたいなところで,おそらく昭和二十年代のものと思われるジャンクのラジオを見つけた.
 木製のキャビネットの裏から中を覗くと,戦後は五球スーパー (スーパー・ヘテロダイン回路) が家庭用機の標準であったのだが,これは古めかしいST管 (スタンダード・チューブ) を使用しているものの高周波増幅一段と中間周波増幅一段の六球スーパーというちょっと高級なラジオである.昭和三十年代に入ると,MT管 (ミニチュア・チューブ) の五球スーパーが標準機になったから,このジャンク・ラジオは昭和二十年代のものであると推測される.
 
20190328g
 
20190328h
 
 上の画像は,木製キャビネットから取り出したラジオである.これを見ればわかるように選局ダイヤルメカは歪んでいるし,整流管の横の,真空管が挿されていないソケットは,無意味なダミーである.既製品のシャーシに余分な穴が開いていたので,体裁上,止む無くST管ソケットを取り付けて穴をふさいだのであろう.
 その他,あちこちの工作の出来栄えを見ても,これはメーカー品ではなく,アマチュアの自作機であることを窺わせる.選局ダイヤルメカの歪みは,シャーシに取り付ける穴の位置を間違って開けたためである.w
 このラジオのように,戦後しばらくは,多くのアマチュア・ラジオ愛好家たちが秋葉原辺りで部品を集め,無銘のラジオを製作して市場に供していたのである.(資料《日本ラジオ博物館 》)
 私の生家のラジオも,近所のおじさんに頼んで製作してもらったものだった.私はこのラジオを,父親に「勉強のためです」と嘘をついて分解したが,悲しいかな元にもどせなかった.そのトラウマが,後にこの歳になってもラジオをいじくる爺さんを作ったのである.
 
 おそらく 上写真の左側に写っている電源トランスは,これだけ古いものだともうオシャカ (規定電圧が出ない) になっているはずだが,三本のST管用アルミ製シールドケースは磨けば新品同様になるし,バリコンと中波同調コイルは問題なく使えると思われる.バリコンとコイルは秋葉原で骨董品の入手が可能だが,ジャンク屋にあるシールドケースは,かぶせ蓋がないとか,シャーシから取り外す際にネジ穴のある個所が破損してしまった半端品ばかりなのである.サイズの揃ったものが三本も,瑕疵欠損のない状態で手に入ったのはかなり嬉しい.
 アルミシャーシはきれいな外観のものに代え,回路部品 (抵抗器,コンデンサ) は経年劣化しているから交換して,レトロでありながら現在も中波AM放送を聴取できるカッコいいラジオに再生してみたい.さて久しぶりの電気工作だ.さあやるぞっ.

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2017年9月22日 (金)

BCL 残照 (一)

 先日,使用済みで不要になったハードディスクが七台にもなってしまったので,秋葉原に行って破壊してもらうことにした.
 ハードディスクは,以前はソフマップあたりが有料で破壊処理していたのだが,最近は無料でやってくれる小さな店がある.幾つも破壊処理するとバカにできない費用になるので,無料サービスはありがたい.これからは何か買うときは,ソフマップではなくその店にしようと思う.
「何個ありますか」と感じの良い女性店員さんが訊くので「七個です.いつの間にかたまっちちゃうんですよね」と言うと,「ですよねー,この間は九つも持ってきたお客さんがいましたよー」と彼女は言った.

 破壊してもらったお礼を店員さんに言い,その店を出てすぐ近くのドスパラのパーツ店に行って驚いた.
 あれほど広かった店舗の面積が,見る影もなく大幅に縮小されていたのである.
 そして品揃えは全くもうだめになっていた.私は若い男の店員をつかまえて Windows10 のDSP について少し話をしたのだが,店員としての覇気がまるでなく,商品知識が少なくて頼りない.価格も高い.ドスパラって,もしかすると実店舗はもうダメなのかも.私もドスパラは通販を利用することが多いし.

 ドスパラの次は真空管屋を梯子した.
 買いたい球があるというわけではなく,美しい欧州の古典管を眺めるのは目の保養だからである.
 最後はラジオセンターの内田ラジオに足を向けた.
 真空管ラジオのパーツは,稀に未使用の美品が出ることがあり,そんな珍品を内田ラジオで発見したら,要不要にかかわらず買っておかねばならない.こういうものは一期一会だ.
 だが,先程のドスパラにも驚いたが,センターの二階から内田ラジオがなくなっていたので,もっと驚いた.
 あとで調べたら,内田ラジオは一年以上も前に閉店したらしい.秋葉原電気街で最も有名な店主であった内田夫人はどうされたのだろう.お元気ならよいが.
 しかし内田ラジオはなくなったが,その跡の空いたスペースに入っている新しい店は,内田ラジオと全く同じテイストの店だった.ラジオ用真空管もあるし穴開け加工済の五球スーパー用シャーシもある.内田ラジオが店名を変更したのだと言われれば信じてしまいそうだ.これなら当分は秋葉原をウロつく楽しみに困らない.よかったよかった.

 で,その店の棚を見ると,トリオの通信型受信機 9R-59  (参考までに他の人のサイトに掲載されている 9R-59 の取説を紹介させて頂く) が陳列されていた.真空管式通信型受信機が全盛期だった頃の名機である.
 その陳列品は外観がとてもきれいであった.店の人に確認はしなかったが,ひよっとしたらリストア済品かも知れない.この 9R-59 は私がラジオ少年だった頃の憧れの機種だったのだよねーと,思わず遠い目になった.
 値段は四万円以上するのだが,もしこれがリストア済だったとすると少し高いという気がしないでもない.この種の,もはや性能的に実用機とは言い難い受信機は,自分で修理してノスタルジーを楽しむところに価値があると思うからだ.
 私は「買います」と喉から出そうになるのをぐっと堪えて,次に内田ラジオの斜め向かいの店に入った.
 そこで私は,往年の松下製 BCL ラジオ"PROCEED 2600",型番 RF-2600 が棚の最上段に陳列されているのを見た.ポップに「S級美品 調整済」と書かれていた.
 TRIO 9R-59 の次が PROCEED 2600 ときたか.ボクシングに喩えれば,第三ラウンドが始まるや否や,顎に一発食らったあとにワンツーパンチでボディブローを打たれてマットに膝から崩れ落ちた気がした.
 松下の BCL ラジオはクーガー・シリーズの製品が余りにも有名だが,それとは別のブランドでプロシード・シリーズがあった.そのうちの PROCEED 2600 は,BCL 趣味が最盛期を過ぎた頃の傑作機である.(また他人の褌で恐縮だが,資料サイトを一つ御紹介する)
 ソニーのスカイセンサー ICF-5900 を例えば陸軍一式戦「隼」とすれば,松下のクーガー2200 (資料サイト) は海軍零式艦上戦闘機であり,そしてプロシード2600は BCL 時代の最後に本土防衛の任に就いた紫電改であった.
 高雄基地駐留帝国海軍第701飛行隊の生き残り,滝城太郎一飛曹は,松山343航空隊,通称「剣部隊」に編入され,紫電改に搭乗して国土防空に奮戦するが,終戦を目前にして特攻に出撃したのである.
 意味わかりませんか.そうですか.私もわかりません.

 ともあれ,かつてラジオ少年たちが深夜,海外への憧れを胸に各国からの日本語短波放送に耳を傾けた BCL の時代が終わり,我が国のアナログラジオ設計製造技術はこれ以後衰退の道を辿った.トランジスターラジオ・メイドインジャパンの昔日の栄光は今やソニー ICF-EX5MK2 ただ一機の上に残照するのみである.

 そんなことを考えながら私は,腹の底からふつふつと湧き上がる物欲に耐えつつ自問した.
 本当にこれが欲しいのか? インターネットが短波放送の命脈を絶ったのに,今更 BCL をして何の意味がある?

(続く)

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2014年11月12日 (水)

営繕 (実践編四)

[ワイヤレスインターホンの設置]

 三十年前にはあったが,今はなくなってしまったものの一つにホームテレホンがある.
 なんだか意味不明な名称であるが,単に電話機とインターホンとを合体させたもので,玄関のチャイムのボタンを押すと,屋内の受話器で玄関の外と話ができるという,ただそれだけのものだ.

 こいつは電話機としてはダイヤル回線上で疑似的にプッシュ回線を実現したもので,音声通話の送受信しかできない (大昔のダイヤル式黒電話と中身は同じ) ので,すぐに時代遅れの役立たずになってしまったのだが,さりとてこれを捨てるとインターホンがなくなってしまう.
 かといってインータホンを新規に設置しようとすると,以前は壁に穴を開けたりの工事が必要だったので,電話機はその後なんども更新したが,このホームテレホンはインータホンとしてのみ使い続けてきた.

 このホームテレホンは受話器のワイヤレス時代以前のものなので,当然ながら子機はない.
 子機がないというのは,インターホン機能としても大変不便なので,今回の自宅修繕を機会に,ワイヤレスインターホンを設置しようと思い立った.昔はこんな便利なものはなかったので,隔世の感がある.

 具体的には,工事をせずにお手軽にというコンセプトなので,玄関に設置されたカメラの画像データを送信する機能はない通話のみのものを選択した.DXアンテナ(株)の DWP10A1 という機種である.これなら乾電池で長期間作動するし,子機は六台まで増設できるので,うちの中のどこにいても玄関子機からの呼び出しに応答が可能である.

 さてそこでDIYだ.玄関子機を固定する台座を自作しようというのである.
 まず楽天のショップで適当な大きさの板を調達した.これには予めチェーンがついている.「営業中」とか“We are open”などと書いて店のドアに下げるボードを自作するのに使う材料である.

20141111a

 この板に,オイルステインを塗って濃褐色に着色する.今回使用したオイルステインはアルキド樹脂塗料に褐色顔料を分散させたもので,容器のラベルには「チーク」と書いてあるが,塗り重ねればどんどんチーク材より濃い色調になる.今回使用した板の場合は,三回塗りでちょうどいい感じであった.

20141111b

 乾いたら,紙ワイパーを用いて余分な顔料をよく拭き取る.それからアクリル系の透明防水塗料を塗る.これも三回塗った.
 耐水性が不必要な場合は,合成樹脂塗料を使わず,ミツロウを繰り返し塗り込んで磨きあげると味わい深い渋い光沢がでるという.これに使うミツロウは,ワークブーツの手入れに使うものなので,ご存じの向きが多かろう.今回の製作物は屋外に置いて使用するものなのでアクリル塗料を使用したが,ミツロウを塗布する処理もいつかやってみたい.

20141111c

 十分に防水塗料が乾燥したら,テプラ SR3500P で作成したラベルを貼る.板が濃褐色なので,透明地に白文字のテープを使用した.本当は 24mm幅 36mm幅のテープを使いたいのだが, SR3500P は 18mm 24mm テープまでしか使えないのが残念である.その代わりフォントはPCに入っているフォントが使える.(取り消し線部分は 11/12 16:10 に訂正)
 今回は,通販では 24mm 幅テープはツヤ消しテープしか売られておらず,光沢テープが入手できなかったので,18mm の光沢透明テープを使用した.(下線部分は 11/12 16:10 に追加)
 
 

20141111d

 テプラは耐水性がないので,その上から透明保護フィルムを貼る.エーワン(株)の「屋外でも使えるサイン吸着シート 31042」というものである.

 最後に玄関子機を木ねじで取り付ける.
 出来上がりが下の画像である.

20141111e

 単三電池を三本入れた玄関子機はかなり重い.玄関に設置する際は,フックからチェーンで吊り下げ,さらにボード背面を強力粘着テープで接着固定するのがよいと思う.

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2014年11月 9日 (日)

営繕 (実践編三)

 エプロンを買う話の続き.
 雑誌なんかでガーデニングおやじの写真が載っていると,ブルーデニムか,生成りの帆布のエプロンをしていたりする.
 いかにもな感じでなかなかよろしいのであるが,着用感はどうなんだろう.ゴワゴワした感じで,動きにくいということはないのだろうか.
 これに対してクッキング系お父さんは薄手のエプロンだ.
 DIY老人用のエプロンにはどっちがいいか.

 Amazon で検索すると「【K0075、エプロンストーリー】シンプルエプロン」という商品が目についた.
 しかしこのエプロンを着用しているモデルさんをみると,身長167cmのスレンダー美女だ.購入者のレビューにも「(私が着てみたら)モデルさんほど見栄えがしなかった」とある.大変お気の毒であるが,これはまず間違いなく,高身長スレンダー美女向けのエプロンである.あ,美女でなくてもいいのですか.そうですか.
 次に見つけたのが「daysy 撥水TC胸付前縛りエプロン フリー ベージュ NS-20」である.商品の画像をみると,腰回りドスコイ型の寸胴シルエットで,これは絶対にスレンダー美女向けエプロンではない.あ,美女でなくてもいいのですか.そうですか.

 それはいいのだが,商品タイトルに「撥水」とあるのに,購入者の一人が「水もよく吸収してよい」とレビューに書いて☆5つの最高点をつけている.撥水なのに水をよく吸収するのがいいことなのだろうか.この人はどういう評価基準なのか,わけがわからぬ.
 案の定,もう一人の購入者は,このエプロンは全く撥水せず,洗い物のあとで下の服まで濡れていたと書いて☆一つの評価である.☆一つの評価の気持ちはわかるが,下の服まで濡れるって,君は風呂場で大型犬でも洗ったのか.

 疑問点はあるが,これを注文した.
 着用結果はどうであったか.
 ボタンホールの仕上げがとてもいい加減で,安物という感じであった.ていうか,\1047 の安物なんだけどね.
 それより,こいつは丈が短かすぎる.まるでミニスカートのようだわウフ.おい.

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2014年11月 8日 (土)

営繕 (実践編二)

[ドアノブとドアレバーの交換]

「メッキがはがれる」という.
 正体が暴露される,あるいは馬脚を顕すといったほどの,悪い意味で使う.
 しかしこれはメッキに対する不当な評価である.
 要は複合素材ということであり.メッキは,構造を保持することと,表面の美観および保護を別々の素材で担おうという技術なのである.
 例えばある会社を訪問したとしよう.
 玄関を入ってすぐに受付があり,そこに驚くほどの美人がいて私をみて会釈する.
 ちらりと名札を見ると,音無響子と書いてある.
「鬼瓦営業部長さまに二時のお約束を頂いております」と言うと,上の階に連絡を入れて営業部長を呼び出し,会議室を案内してくれる.
 指定された会議室で待っていると,業界で敏腕の名も高い鬼瓦権蔵営業部長が現れたのだが,これが子供が怯えて泣き出すような顔だ.美しい受付の響子嬢とあまりにも違うが,これを指して「会社のメッキがはがれる」とか「会社が馬脚を顕す」とは言わない.機能の分担に過ぎないからである.
 これが反対に,受付に鬼瓦権蔵みたいな顔のお嬢さんがいたとしよう.私はそれを見て踵をかえして玄関ドアを出るであろう.メッキとはそういう技術なのである.違いますか.そうですか.

 クロムという金属は,腐食しにくく極めて摩耗に強い.それで工業的にはピストンなどの表面のメッキに使われるが,家庭でもいろんなところに使われている.その一つがドアノブだ.
 その摩耗に強いクロムメッキを施したドアノブでも,三十間年も人の手に触れられると,あたかも雨だれで石に穴があくように,摩耗する.

 今回の自宅の修繕で,ドアの塗装をやり直したのであるが,塗装の際にはドアノブをいったん取り外す必要があるから,ついでに新しいものに交換することにした.
 下の画像が取り外した古いドアノブだ.メッキが剥げている.長年にわたるその方の働きご苦労であった.誉めてとらす.

20141108d

 ドアノブを交換するときには,ドアノブ各部の寸法を確認するが,普通の製品は何十年も規格通りに作られていて,ほとんどテキトーに買ったものでも合うようになっているのがありがたい.

 作業で注意する必要があるのは,古いドアノブの取り付けに使われている木ねじを外すときだ.
 まずケガキ針のようなもので,木ねじの頭の溝を掃除する.錆て浅くなっていることが多いからである.
 掃除した溝にドライバの先を当て,腐食のために遊びができてしまっている場合はドライバを回転させたときに「ナメ」てしまう可能性があるので,ねじ頭に「アネックス(ANEX) ネジすべり止め液 No.40」を一滴垂らすとよい.これは骨董品の真空管ラジオやアンプをリペアするときの常套手段だ.

 不幸にも「ナメ」てしまったときは,これまた常套手段がある.
 まず「アネックス(ANEX) ネジとりインパクト No.1903-N 」のねじ取りビットを使って,ナメたねじ頭に溝を新たに作る.そこに同製品のインパクトドライバを打ち込んで逆回転させる.道具としては他にプラスティックハンマーが要る.
 ねじがわずかでも回転して,頭が1ミリでも上に出ればしめたものである.このねじ頭を,神工具と称えられる「エンジニア ネジザウルスGT PZ-58」でくわえて回転させればよい.

 下の画像は新しく交換したドアノブだ.気分一新である.

20141108e

 次に,拙宅には,家具の裏側になって開かずの間状態にしていたドアが一つあり,そのドアのレバーが下の画像である.

20141108a

 アルミ合金素材に塗装をしたものであるらしく,塗装のピンホールから腐食が進行していた.
 これを真鍮に銅メッキしたものに替えたのだが,古い方が規格品だったので,木ねじ穴の間隔など,新品への交換は何の支障もなかった.

20141108c

(続く)

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2014年11月 7日 (金)

営繕 (実践編一)

 前回,「DIY精神のインフラであるホームセンター」と書いた.
 それは確かにそうで,ホームセンター以外に実店舗でDIY商品を扱うのは東急ハンズくらいなものだろう.
 ところが我が国で初めてホームセンターという形を展開したドイトの衰退を見ると,DIYは地盤沈下しているのかも知れないなあと思う.つまりDIYは,それだけでは商売として成立しないのかも知れない.
 カインズは近くにないので行ったことがないのだが,これを取り上げたテレビ番組を見た限りでは,DIYも扱う日用品スーパーという印象を受ける.
 とはいえ現在のホームセンターが,DIY商品を扱ってくれるならそれで文句はない.

 私は工具やら塗料やらを購入するときは専らコーナンに行くのだが,他の店はどうなっているんだろうかと,先日,スーパービバホーム豊洲店 (地下鉄有楽町線豊洲駅すぐ) に行ってみた.
 店内を徘徊した印象では,工具が充実しているようだ.価格は,Amazon より高いものもあれば安いものもあるというところ.しかし少しくらい高くても (概ねワンコイン程度) 実物を見てから買うことができるので,この店はなかなか使えると思った.
 その一例が,ベッセル(VESSEL) ドライバーセット ファミドラ8 TD-800
 Amazon の商品ページで画像を見たときは奥様向けのドライバセットかと思ったのだが,これがどうして,なかなかよさげ.つい衝動買いしてしまった.
 私はオーディオアンプやPCを自作するので,電気工作系の工具は一通り所有しているが,木工系統は全然だめ.それで工具コーナーをうろついているうちに,物欲スイッチが入ってしまったのである.
 ついでにいうとアネックス(ANEX) T型ラチェット付ドライバー 8本組 No.5700 も実物を見ながら比較検討したのだが,これは狭いところでの作業性に難があるのではなかろうか.もちろん両方持ってれば最高だが,それはもう工具フェチの仲間入り.
 で,ベッセルのドライバセットを買った.

 さてホームセンターの商品というのは実用一点張りで,愛想がない.この点では Amazon に利がある.
 私がDIYを始めるにあたって,一番欲しいものはエプロンなのだが,これはコーナンにもスーパービバホームにもない.
 なぜエプロンか.
 エプロンといっても,フリルかなんかついていて,若い男が劣情を催す種類のものではない.あー,あなたエプロンで劣情を催しませんか.そうですか.私は昔催しましたが,それはともかく小物の塗装でも壁塗りでも,その他の作業でも,衣服の汚れは避けられないので,それなりの格好をしなければならない.
 一番いいのは動きやすい薄手の作業服上下 (これは工場勤務経験者ならおわかり頂けるはず) だが,それでは工事業者になってしまう.白衣では,目的を逸れてコスプレ方面に行ってしまいそうだ.それでDIYをする男はエプロンを着用するのである.
 東急ハンズに行くと,会社を定年退職したので暇つぶしにハンズでアルバイトしてます,といった様子のDIYアドバイザーがいる.彼らがたいていエプロンスタイルで,なかなか見た目がよろしいと以前から思っていて,で今回エプロンを調達したいと思うのだ.

 あー,実践編といいながらなかなか実践しませんが,そこんとこ気にしないように.

(続く)

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2014年11月 5日 (水)

営繕 (講釈編三)

 Wikipedia【日曜大工】によると《日曜大工とは、大工とは別の職業を持つ者が、休日や余暇を利用して行う木工作業を指す》なんだそうである.

 前回,悠悠自適の境遇のはずの私の友人が,日曜百姓の程度を超えて農作業にいそしんでいて,プロでもなくアマでもない状態であるという話を書いた.
 上の Wikipedia【日曜大工】の日曜大工の定義は「プロではない」ということをいわんとしていて,気持ちはわかるのだが,《大工とは別の職業を持つ者が》といわれると困る.私は無職なのである.また《休日や余暇を利用して》は,普通はそうだろうが,私は休日も労働日も区別がなく,一日二十四時間がヒマなので,「余った暇」はないのだ.

 ということで私の自宅修繕は日曜大工と呼ぶのは適切ではなく,また大工仕事とはいえないものもあるので,広くDIYということにする.

 ところでこのDIYだが,本来は精神性のあるものなんだそうだ.
 ホームセンターなどの業界団体である一般社団法人日本ドゥ・イット・ユアセルフ協会は商売ベースのせいか,DIYについてウェブサイトで簡単にしか触れていないが,その他の資料を参照すると,DIYの起源は,1945年のロンドンにおいて第二次世界大戦で破壊された街を復興しようとする国民運動が始まり,そのスローガンが“D.I.Y.”=“Do it yourself”であったことであるという.

 想像だが,ドイツ軍の爆撃でボロボロになったロンドンで「市長は何やってんだ,道路は穴だらけだし水道は止まったまんまだ」とか文句をたれた市民がいたのであろう.そういう野郎に不屈の愛国者ジョン・ブルが静かに“Do it yourself”と言い,文句たれ野郎は恥じてうなだれた.そういうことがあったんじゃなかろうか.Do するのが yourself であって myself でないのは,そういうことなんだろう.ルー大柴風ですが.
 日本でも同じであったろう.空襲で焼け野原になった東京の再建はDIYで始まったに違いない.

 日本ドゥ・イット・ユアセルフ協会によると,日本で最初にDIY関連商品を揃えた本格的ホームセンターが誕生したのは昭和四十七年だという.それは奇しくも私が社会人になって世に出た年だ.いうなれば,私はDIY精神のインフラであるホームセンターと共に生きてきたのであり,私がDIYに深く共感するのは当然の帰結なのである.理屈に無理がありすぎですか.そうですか.

(続く)

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