食品の話題

定年まで食品会社の技術者として生きてきました.食品科学や食品の法律,食品事件など.

2019年3月31日 (日)

カップ麺のスープ後入れ方式

 カマタミワさんの新刊『ひとりぐらしこそ我が人生』が出たので早速購入 (Kindle版) した.
 最初の方に次のような四コマがあった.
二コマ目《初めてお高いのを買った時 あとに入れる液体スープも先に入れちゃったんだよな だがもはやそんな失敗はしない私だよ
三コマ目《お湯も注いだし さて何分待てば…
 ここでカマタミワさんは「粉末スープもお召し上がり直前に」とカップの「調理方法」に書かれていることに気が付いた.
 これについてのミワさんの感想は以下の通り.
最近のは粉も後入れのやつがあるの!? 知らんかったけど!? よく食べるのはドラッグストアで買う安売りのシーフードヌードルで、お高いの買うの数年ぶりだから知らんかったんだけど!? ここ数年の変化?
 
 実は私もつい最近,このことに気が付いた.
 味付き即席麺の嚆矢である日清チキンラーメンが世に出たあと,じきに麺には味を付けず,粉末スープを小袋に入れて添付する方式になった.その方が,本物のラーメンに少しでも近いからだろう.
 それからあと,「粉末スープ+ごまラー油」は「出前一丁」の独自方式だったが,スープが粉末と液体の二つが主流になり,さらには調味油も別添になってスープ三袋別添方式まで出てきた.たしか高価格帯のカップ麺では,具の袋と香辛料なんかまで付いて五袋方式まであったような気がする.
 さすがに今は具とスープ二袋に落ち着いたが,この場合は具と粉末スープを先に入れてから湯を注ぎ,食べる直前に液体スープ (中に調味油が一緒に入っている) を加えるという時代が長く続いたはずだ.
 それが,最近は先入れは具だけ (まれに具も後入れ方式の製品がある) で,スープは粉末も液体も後から入れる方式になっている.全即席カップ麺がそうかは知らぬが.
 これは生ラーメンの作り方と同じで,麺自体に味がつかなくて私の好みではこれがいいと思うのだが,それでは,なぜ以前は粉末スープを先入れにしていたのか,それが疑問だ.
 これについては昨年辺りからネット掲示板やブログに情報が現れている.それを読むと「粉末スープを後入れにすると,先入れよりも風味がよいから」との記事あるいは質問への回答が散見されるが,これでは「なぜ以前は粉末スープを先入れにしていたのか」の答えになっていない.後入れの方が味がいいなら,後入れにすればいいからである.現時点で,日清チキンラーメン以外の袋入り即席麺はすべて,粉末スープを後から入れる調理方法だから,カップ麺も後入れにして何の不都合もないはずである.
 一つ考えられるのは,粉末スープにデキストリンとか食添増粘剤を入れ,トロミで「濃厚さ」を増強するためではないか,ということ.この場合は,後入れにせざるを得ない.先入れにすると,デキストリンあるいは食添増粘剤が不均一に固まってしまいやすいからである.この解釈では,カップ麺の場合は,袋入りラーメンと異なり,メーカーとしては先入れにしたい (理由はわからない) のだが,「濃厚さ」を優先すると,後入れになってしまう,ということだ.
 これはもう即席麺メーカーに問い合わせるしかないかも.あるいは『チコちゃん』にでも質問葉書を出してみるか.

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2019年3月26日 (火)

戸塚 「そば処 しら石」

 数年前に「成熟そば」の話をどこかで知った.
 その時は変な言葉だなと思った.成熟と熟成はどう違うのか.蕎麦が成熟するってのは日本語として違和感があるぞ,と思った.
 日本の国語辞典中,最も信用できる日本国語大辞典 (日国) にある「成熟」の語義によると,
 
(1) 果物や穀類が十分にみのること。よくうれること。また、人の心やからだが十分に成長すること。
(2) 上達すること。熟練していること。熟達。
(3) 情勢や機運などが最も適当な時期、あるいは充実した時期に達すること。
 
とある.次に「熟成」の意味はどうかというと,
 
(1) 十分にでき上がること。また、機会が熟すること。成熟。
(2) 化学物質、配合原料、中間的な半製品などが、特定条件のもとで内部から自然に化学反応を進め、必要とする物理的または化学的性質を獲得していくこと。食品工業、窯業、肥料工業、ビスコース工業などでいう。
(3) 動物体の蛋白質、脂肪、グリコーゲンなどが、酵素や微生物の作用により、腐敗せずに適度に分解され、特殊な香味を発すること。なれ。
 
である.
 では「成熟そば」とは何かというと,狭義には秋に収穫して脱穀してから半年近く低温で保存されたソバの子実 (「丸抜き」という) を指すが,広義にはそれを挽いた蕎麦粉,さらにはその蕎麦粉で打った蕎麦を意味しているらしい.
 草本植物全般に言えるかどうかよく知らないが,栽培作物では,それが有限伸育性であるか,無限伸育性であるかが重要である.
 有限伸育性とは,イネが代表的な作物で,開花すると茎や葉の成長が止まり,光合成した貯蔵物質を種子に集中する性質のことである.この場合は,一本の稲穂の米粒全部同時に完熟するのみならず,同時に栽培されてきた他の個体も同時に完熟する.イネにはこのような性質があるので,期が熟したら田圃の稲を一斉に稲刈りできるわけだ.
 これに対して無限伸育性の作物は,開花して結実しても,その植物個体の成長は止まらない.また新たな開花と結実が生じる.その結果,普通のトマトを見ればわかるように,一本の茎に赤く熟した実とまだ緑色で熟していない実がついている状態となる.従って無限伸育性の作物は,全部の実が熟したところで一斉に収穫するということができない.トマトのように熟したものを順に一つ一つ収穫していくことになる.実はこれは,ある種の野菜にとっては有利な性質で,収穫時期の幅が広くなる (店頭に出回る期間が長い) のである.
 余談だが,ダイズのように品種によって有限伸育性のものと無限伸育性のものが存在する作物がある.この場合のように品種に関しては有限伸育性型,無限伸育性型と呼ぶことがある.有限伸育性型のダイズは種子が大粒であり,収穫される種子の数は少ない.無限伸育性型のダイズは種子が小粒で,収穫できる種子の数が多い.言い換えると,結実した種子の数が多いから小粒になるのである.実際は用途によって,この二種類の作付けを仕分けている.日本に米国から輸入されている大豆は搾油用であり,小粒の品種である.
 さて「成熟そば」のことに戻る.栽培作物のソバは,無限伸育性なのである.これを私は,農学部出身のくせに,この歳になるまで実は知らなかった.知識がないことの言い訳にはならないが,実際のところ,収穫期のソバ畑を目で見たことはなかったからである.
 で,ソバはトマトと異なって,ああいう作物だから,熟したものを順に収穫するということができない.一斉に収穫せざるを得ないのだが,都合の悪いことに,後から結実した種子が完熟するまで待っていると,先に成った実が地面に落ちてしまうのである.すると結果的に収量が減ってしまう.そのため,秋の最大収量の時期に収穫されたソバの子実 (玄米と同様に玄蕎麦という) には,完熟した粒と未熟の粒が混在することになる.いわゆる「新蕎麦」は,このような状態の玄蕎麦を挽いて作った蕎麦粉を打った蕎麦なのである.
[註;玄蕎麦の構造は,一番外側に黒い殻 (果皮) があり,その内側に甘皮 (種皮),内部に胚乳部・子葉部 (胚芽) がある.玄蕎麦から殻を取り除いたものを「抜き」とか「丸抜き」と呼び,この状態で保蔵する.製粉業者はこの丸抜きから数種類の蕎麦粉を篩分しながら製造するが,子実のどの部分が含まれているかで蕎麦粉の色や風味が異なる]
 例えば米の場合,言葉の定義からいうと新米とは,それが収穫されてから,次年度産米が収穫されて市中に出回るまでのものをいう.次の年の米が出回ると新米から古米に呼び方が変わるのである.
 しかし私たちの習慣では,秋に収穫された米が新米と呼ばれるのはせいぜい年内である.なぜかというと昔は,米の保蔵技術が低く設備 (温度管理できる倉庫) もなかったため,年を越すとどうしても品質劣化が進み,食味が明らかに低下したからである.高齢者は記憶しているように昔は,夏場の米は品質が悪かったから,一層新米の旨さが引き立ったものである.しかし現在では保蔵条件が進歩したから,一年中おいしい米が食えるようになった.ありがたいことである.
 実は蕎麦も米と同じなのである.いわゆる新蕎麦は,ソバの子実が晩秋に収穫 (ちなみに北海道産が一番早く出回り,かつ北海道が最大産地であるため,蕎麦にはハシリがなく,一気に旬が到来する) されてからせいぜい年内の蕎麦をいう.理由は米と同じで,昔は年を越した蕎麦の実は品質が低下したからである.ところが,保蔵技術が格段に進歩した現在では,新蕎麦よりも,むしろ年を越して二月から三月あたりの蕎麦のほうが旨いじゃないかという説が,蕎麦職人の中から現れた.
 神奈川県川崎市の「幸町満留賀」と同市「石臼挽きそば 長寿庵」の二店の店主たちが上の説を提唱し,年を越してから製粉した蕎麦粉の蕎麦,すなわち「成熟そば」が美味であるとする宣伝活動を始めた.そして次第にこの説に賛同する店が増えてきたのが現状である.
 ただし,現時点では「成熟そば」は少数派である.老舗の名店は新蕎麦を善しとして,「成熟そば」には無関心ではないかと思う.
 また,「成熟そば」には食品科学的エビデンスがない.あくまでも経験的かつ感覚的な話にすぎない.私見だが,「成熟そば」は食品科学分野の恰好な研究テーマになるのではなかろうか.「成熟そば」が旨いという説が事実なら,これは「丸抜き」状態の蕎麦子実において一種の追熟現象が起きているのかも知れない.あるいは香気成分の化学的変化が生じている可能性も考えられる.とすると,「追熟そば」または「完熟そば」が日本語として正しいのであるが,オリジナリティを尊重して,本稿では「成熟そば」としておく.現役の食品科学研究者がこれに関心を持って,「丸抜き」の追熟あるいは完熟現象を科学的に解明してくれないものかと思う.
 
 というわけで,今年も「成熟そば」の時期がやってきたのだが,つい先日,横浜市戸塚区と藤沢市が接する辺りで「成熟そば」と染めた幟を見つけた.箱根駅伝第三区のランナーたちが,右手に藤沢バイパス入口を見ながら藤沢橋交差点へ向かって走る地点だ.この幟は,造酒屋が新酒の時季になると軒に杉玉を下げるのと似ていて,「成熟そば」をお出しできる時季となりました,との意味であると言う.その幟を立てていたのは,「幸町満留賀」や「石臼挽きそば 長寿庵」とは違ってほぼ無名の「そば処 しら石」という店である.川崎まで蕎麦を食いに出かけずに済むのはありがたい,と私は早速店に入った.
 普通の蕎麦屋なら客で混雑が始まる午前十一時半の少し前だったが,店内に先客は一人もいなかった.だが,掛かってくる電話に出る女将さんと思しき女性は「一時間待ちです」と答えていた.どうやらこの蕎麦屋は,店に来る客よりも出前が中心の店のようであった.
 私は天ざるを注文したのだが,できあがるのに二十分近くを要した.厨房は出前をこなすのに大忙しであるのだろう.
 やってきた蕎麦には海苔が載っていたが,これは邪魔なので,まずは海苔だけを食べてしまい,続いて蕎麦を数本,口に入れて噛んでみた.そして「おお,なーるほど」と膝を打った.確かに,新蕎麦とは異なる風味があったのである.「成熟そば」説は事実だろうと私は思う.実際に私は,蕎麦つゆなしで半分ほどを食べてしまった.残り半分にはほんの少しの蕎麦つゆを付けて食べたから,蕎麦つゆは天ぷらのために使ったようなものだった.出前中心でやっている無名店でも馬鹿にはできないなあと感じた次第である.
 ただ一つ,文句がないことはない.エビの天ぷらがいわゆる「蕎麦屋の天ぷら」で,衣がサクッではなく,バリバリに固い.もしかすると薄力粉に重曹を加えているのかも知れない.つまり温かい天ぷら蕎麦用に揚げる衣と区別がされていないのだ.しかも衣をできるだけ大きくなるように揚げている (いわゆる「花を咲かせる」だ;動画はここ) ため,前歯で噛むとバキと煎餅のような音がした.w
 蕎麦は旨かったが,天ぷらは落第点である.この店で蕎麦を賞味する場合は,蒸籠だけにするのがお勧めである.言うまでもなく,かけ蕎麦や温かい種ものは,蕎麦の旨味もへったくれもないので,富士そばでよろしい.w
 
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2019年3月21日 (木)

年寄り向けのオヤツ

 今の高齢者というものは,特に会社員の男だが,体に良くないことばかりして生きてきた人が大半であろう.戦中生まれで無能だが権力欲は強い上司と,言われたことしかやらない部下たちとの板挟みになり,その結果のストレスが故に大酒を飲み,〆のラーメンを食いながらタバコを吸い,資産は蓄えずに大量の内臓脂肪を蓄えてきた.
 会社員の場合,勤務先の健康診断では普通は動脈硬化の診断はしてくれない.しかし,そこら辺の内科医でも頸動脈の狭窄はエコー検査で診てくれるし,少し大きめの病院に行けば,心臓冠動脈の造影検査をしてくれる.そこで高齢者諸兄,それらの検査を行い,結果を見て驚くがよい.私と同様に,貴兄の血管はボロボロである.
 思い出ぼろぼろは胸にしみるが,血管ぼろぼろは,やがて狭心症の胸痛をもたらす.この血管老化の大きな原因は喫煙と高血糖だと考えられる.それは現在では常識だが,私が若い頃は喫煙は肺がんとの関係を指摘されていたが,動脈硬化の原因だとは私は知らなかった.それで一日に二十本も吸うスモーカーになってしまった.そして狭心症の症状が出てから,ようやく喫煙をやめた.
 喫煙は自らを律すれば禁ずることができるが,高血糖は自覚がないので,コントロールするには病院で検査 (通常は食後1時間の血糖値と,HbA1c値) をしてもらうしかない.だが食後血糖値もHbA1c値も検査結果であって,食事の指針にはならない.検査値が,現在の定説である食後血糖値 140mg/dl,HbA1c 6 以上であった場合は,糖質制限をする必要がある.
 また,検査値が正常範囲内にあっても,必要以上に糖質を摂らないほうがいいことは今では常識だ.必要な糖質量とは,筋肉と肝臓に蓄えることのできる糖質の最大量のことである.これ以下にするのは避けたほうがいいという.なぜなら,このような状態で筋トレをしても,筋肉が増えることはないからである.
 重度の糖尿病の治療のために糖質摂取を厳しく制限すると,筋肉が衰える.一昨年の夏に私は糖尿病を発症したが,厳しい糖質制限と有酸素運動を実行し,三ヶ月で治癒した.その当時は,筋肉量が減った自覚もあったし,体から力が抜けたような状態で,速く走ることが全くできなくなった.筋肉に糖質が枯渇すると,無酸素運動ができなくなるのであると言われていたが,それが実感できた.厳しい糖質制限は,糖尿病の治療法であって,治療が終わったらやめたほうがいい.
 私は今,筋トレと緩やかな糖質制限を行っているが,これでHbA1c値も食後血糖値も正常である.
 緩やかな糖質制限食のいいところは,食いたいものが全く食えないというストレスがないことだ.米の飯やパンを腹いっぱい食ったりしなければ,天ぷらやトンカツを食いながら酒を飲んでも大丈夫だ.ジャンクフードの雄,ケンタッキー・フライドチキンもOK.お茶の時間に,お菓子もつまんでもいいが,しかしお菓子のためにトンカツを諦めたくはないので,低糖質のお菓子を愛用している.そのいくつかを紹介する.
 下の画像は,アサヒ食品グループの「乳酸菌ビスケット チョコチップ入り ココア味」「乳酸菌ビスケット 豆乳の甘味 プレーン味」,グリコ「SUNAO ビスケット 宇治抹茶」,ファミマ「RIZAP ミニチョコチップスコーン」である.
 
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 Amazonの中を検索すると「おから」を材料にしたクッキーがいくつも出てくるが,はっきり言わせてもらうが,マズイ!
 あるものは異常に硬くて歯が欠けそうだ.またあるものは異常にボソボソで,高齢者は誤嚥必定である.
 やはり技術力の高いメーカーはいいものをつくっているなあと言わざるを得ない.中でも上に挙げた「乳酸菌ビスケット」は,素朴なビスケットで,紅茶に添えるのにいい.グリコのSUNAOビスケットは,甘味料の後味に問題があると思う.RIZAPのミニスコーンは,従来は大きいサイズだったのを小さいサイズにリニュアルしたものだ.これを二つ三つ,コーヒーに添えるのも,スコーンが嫌いでなければお勧めだ.
 ただし,これらは酒のつまみにはならない.一日の摂取糖質量が少なかった日には,柿ピーをつまみながらハイボールを晩酌 (といっても深夜だが) している最近の私である.


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2019年3月11日 (月)

グルテンフリー

 食物アレルギー現象は複雑 (厚労省サイトのコンテンツ《食物アレルギー 》) で,発症時の年齢によって小児型と成人型に分類されるなど,発症メカニズムの生化学的理解は簡単ではない.
 生化学的理解は難解だが,現象的には鶏卵,牛乳,小麦,大豆,米が五大食物アレルゲンとされている.
 このうち,小麦と米は主食的な食材であるため,そのアレルギーがある場合は食生活に大きな影響がある.
 日本人で小麦アレルギーを有する人がどれ位いるかという大雑把な数字はないように思われるが,種々の資料から推測すると,全人口の 1% 以下ではなかろうか.
 米アレルギーはそれより少ないと推定されるが,低アレルゲンの米が機能性食品の第一号 (1993年に東大農学部の荒井綜一先生らが開発した) であったことは,あまり知られていない.この研究成果は資生堂から市販されたが,やはり市場性が余りにも低かった (すなわち高価にならざるを得ない) ためだろう,現在は販売終了している.
 小麦アレルギーに話を戻す.小麦は私たち日本人でもそうだが,欧米人の食生活では特に小麦に対する依存度が高いので,小麦アレルギー対応食品の市場は日本よりずっと活性化している.(《小麦大国のグルテンフリー食品 》)
 グルテンフリーとは,グルテンフリー・ダイエットのことで,本来の意味は「グルテン除去食」であり,小麦アレルギー対応食品であったのだが,米国のいわゆるセレブ層が近年「グルテンフリーは健康にいい」として大きな流行になりつつある.日本では最近,メディアが流す情報の中に「痩せる」という意味で「グルテンフリー」という言葉が散見されるようになった.
 単に「グルテンフリーは健康にいい」というと,フード・ファディズムとかオカルト栄養学 (筆者の造語 w) のようであるが,Wikipedia【グルテンフリー・ダイエット】は次のように述べている.
 
結局グルテンが含まれる食品を除去することであり、米などの他の炭水化物に置き換えない限り、炭水化物の摂取量を減らすことになる。
 
 婉曲な記述だが,つまり,痩せるという目的でのグルテンフリー・ダイエットは,小麦の忌避に意味があるのではなく,結果的に糖質制限食なのだと言っていて,おそらくそれは正しい.
 上に挙げた《小麦大国のグルテンフリー食品 》には次のように書かれている.
 
小麦アレルギー・セリアック病・グルテンに敏感な人々はグルテンフリー商品を切実に必要とするが、マジョリティの消費者ではない。グルテンフリー商品を消費する真のマジョリティは、小麦を摂取しても何の問題もない人々であり、その理由は単なるダイエットである。数年前に、グルテンフリーダイエットを提唱する『Wheat Belly』という本がベストセラーになってから、多くのセレブがこのダイエット方法を真似するようになった。そのダイエット効果について疑問視する声も多いが、健康ブームとして、大勢の人々がグルテンフリーダイエットを行うようになったのは事実である。現在の市場規模は一〇億ドルであるが、二〇一九年には現在の倍以上に成長するとみられている。
 
 テレビの報道によれば,最近の米国におけるグルテンフリー食品展示会では米が注目されているそうだ.ただ,それは小麦アレルギー対応食品としての意味であって,小麦の代わりに米を摂っていたのでは,「痩せる」意味でのダイエットにはならない.従って米を原材料に用いる加工食品は,「痩せる」グルテンフリー食品のメインストリームにはならない.
 いずれ日本でも「痩せる」グルテンフリー・ダイエットがよく知られるようになるとは思うが,この点を誤解すると失望する人が出てくるだろうと予想される.

 話は別のことになるが,糖質制限向けの即席麺は種類が少ない上に,どういうわけか味が濃い.そして含有食塩量も多い.これでは高齢者の食事に常用するのは無理である.ところが米粉を使った麺料理にいいものを見つけた.かなり気に入ったので紹介する.エースコックの「鶏だしフォー」だ.古参の即席麺メーカーとしては,若い人たちは,NHKの朝ドラが安藤百福をモデルにしたこともあって,日清食品が一番有名だろうが,実はエースコックも昔から即席麺業界では大健闘している.特にベトナムでは,即席フォーのトップメーカーなのである.
 
 栄養成分と原材料を以下に示す.出典はエースコックの公式サイトである.
 
[標準栄養成分表1食(48g)当たり]
エネルギー 168kcal
たん白質  3.6g
脂質    1.6g
炭水化物  34.8g
食塩相当量 3.7g (米めん・かやく/スープ;0.9g/2.8g)
 
[原材料名]
米めん(ベトナム製造(米,でん粉,食塩)),スープ(食塩,香味油,植物油脂,香辛料,動物油脂,砂糖,でん粉,香味調味料,ねぎ,ネギエキス,酵母エキス,チキンパウダー)/加工でん粉,調味料(アミノ酸等),乳化剤,増粘剤(グァーガム),酸味料,甘味料(スクラロース,アセスルファムK),香料,酸化防止剤(ビタミンE),(一部に卵・大豆・鶏肉・豚肉を含む)
 
 以上の表示事項のうち,《調味料(アミノ酸等) 》は,商品の特性からして,日持ち向上剤であるグリシン製剤ではなく,グルタミン酸製剤だと思われる.ただし,全体的にもう少し食品添加物を減らせないものかという点が残念ではある.
 で,それはそれとして,何はともあれ食品は味である.アマゾンで十個入りを買い求めて食べてみた.このフォーだけでは一食の食事とするには侘しいので,トッピングを何か追加しなければいけない.ハム,鶏唐揚げ,肉団子などが候補だが,今回は冷蔵庫にあった残り物の,スーパー惣菜の小振りな海老天 (\150) を載せてみた.麺のおよその量はこれでわかるだろうと思うが,少な目である.
 
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 エースコックのフォー自体の熱量が低いので,天ぷらをトッピングしてもエネルギーは大したことは無い.これでもいいが,もう少しきちんとした一食にするなら,天ぷらは止めて,フォーにサラダチキンと山盛りの野菜サラダを付ければ,高齢者の「緩やかな糖質制限」の一食として,なかなかいいものになると思われる.
 肝心のスープのお味だが,ヒガシマルの「うどんスープ」をエスニックにした感じで,袋麺の中で出色の出来だと思う.いや,ヒガシマルのスープが関西風と言いながら「とんがった」味なのに比較すると,もっとおいしいと言っていいかも知れない.さすがはベトナム一の即席麺メーカーであるエースコックだ.よくフォーの雰囲気を醸している.ただし,スープを飲み干すと,高齢者には塩分摂りすぎなので,四分の三は残すようにしたい.
 食べてみて思ったのだが,エースコックには,カンボジアに工場を建てて,米麺「クイティウ」の即席袋麺も作って欲しい.目指すマーケットは米国のグルテンフリー食品市場だ.きっとカンボジアのためになるだろう.
 先日 (3/5) 放送されたテレビ東京『ガイアの夜明け』に,かつて村上ファンドで名を馳せた村上世彰氏が登場した.氏は現在,シンガポールを拠点として東南アジアの不動産開発をしているが,カンボジアにも不動産投資しているという.だが,氏の方法,つまり不動産事業では,結局のところ華僑を利するだけになるのではないか,カンボジア人が嫌う中国にカンボジアを占領させるだけではないかと私は思う.貧しい国に必要なのは,実業,モノづくりだ.

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2019年1月13日 (日)

御苑を飲んでみた

 昨年七月,皇居の一般参観に行った.宮内庁の生協で黒糖焼酎「御苑」を買うためである.
 その時の記事 (《黒糖焼酎を買いに 》) に,次のように書いた.

黒糖焼酎「御苑」は宮内庁生活協同組合が発売元で製造元は町田酒造 (鹿児島県大島郡龍郷町) である.価格は二千六百円 (720ml) で,私が日頃飲んでいる焼酎 (1800ml の紙パック) や泡盛が千五百円前後だから,私にしてはかなりの高級酒である.もったいないから正月に開封することにした.

 その言の通りに,この正月に「御苑」を開封して飲んだ.
 これまで私は自宅でも外でも,「黒霧島」などのグビグビ飲める安い焼酎を愛飲してきたので,「御苑」のような高級焼酎 (需給のアンバランスで高価になっている二,三のブランド焼酎は除く;その手の異常に高価な焼酎は飲んだことがない) の評価にバイアスがかかっている可能性はあるが,水で割らずにグラスの氷に注ぎ,カラコロと少し揺らしただけで口に放り込むと,かなり強い芳香がある.(ような気がする)
 旨いのでたちまちボトル三分の一を飲んでしまったのだが,一本空けてしまうのが惜しくなって,そこでやめた.

 これは一本常備しておくかと思ったが,再度入手するためにまた皇居に行くのは面倒くさいから,製造元である鹿児島の町田酒造のサイトを覗いてみた.たぶん「御苑」は,宮内庁生協が品質にあれこれ注文をつけて単独で蒸留している特注品ではなく,町田酒造のブランドで製造販売している焼酎を「御苑」のボトルと箱に詰めていると思われたからである.
 すると,同蔵の「里の曙 原酒」のアルコール分を調整 (四十三度→三十七度) したものか,あるいは「里の曙 白角」が「御苑」相当品と思われた.ただし「御苑」のボトルは「里の曙 原酒」と同じものである.また,アマゾンでの販売価格は「里の曙 白角」が prime価格すなわち送料込みで二千四百七十円,「里の曙 原酒」が三千二百四十円である.

 この二つを購入し,これをハレの酒として三月の私の六十九歳の誕生日と,平成最後の日に空けることにしようと思う.

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2019年1月 9日 (水)

何はなくとも餅なのだ (二)

 昨日の記事《何はなくとも餅なのだ (一) 》の末尾を再掲する.

冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.

 「なぜ命を賭してまで」という疑問に対する答えとしては「実は命を賭しているつもりはない」でいいのだが,この疑問の元々の趣旨が「餅による窒息死を減らすにはどうしたらいいのか」という観点だとすれば,全く答えになっていない.

 前回の記事でも引用した東京消防庁のサイトに,下の図が掲載されている.

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 この図からすぐわかるように,暮れと正月に餅を食わなければ,餅による窒息事故は半分に激減する.従って餅窒息事故を減らすには「なぜ爺婆たちは正月になると餅を食うのだろうか」という問題が考察される必要がある.
 これについては,婦人画報社の通販サイトに《おせちは作る?それとも買う?調査結果発表 》(2015年9月17日掲載) と題したおもしろい記事がある.
 先ず,御節料理を購入するか否かという質問に対する回答の要点は,
 
Q おせちを購入しますか?(N=894)
   購入する(重箱入り、単品含む) 60% 
   購入しない38%  
   その他 2% (未定、いただく等)
 と、6割が「おせちを買う」という結果となりました。
 購入しない理由として「自分で作る」方は16%でした。

 
であった.次に,御節料理を購入する人たちが購入理由として挙げたのは以下の通りである.
Q おせちを購入する理由は? (N=540、複数回答)
   1 自宅では作れないような品目が味わえるから    44%
   2 有名店の味を味わえるから    30%
   3 年末は忙しく準備する時間がないから    25%
   4 華やかで高級感があるから    24%
   5 自宅まで届けてもらえて便利だから    22%

 
であった.私の場合はというと,もう長いこと御節はデパートで購入している.価格帯は一万~一万五千円で,二段か三段の重箱風の折箱に詰めたものである.購入理由は,私は一年中暇で準備する時間は余っているのだが,作るのは面倒くさいし,娘夫婦などがやってきても,これさえ出しておけば一応の供応っぽくなるからである.御節を作っている暇があるなら,本を読みながら酒を飲んでいたい.
 さて,Wikipedia【御節料理】には次のように書かれている.
 
御節料理の基本というのは、祝い肴三種(三つ肴、口取り)、煮しめ、酢の物、焼き物である。地方により構成は異なる。三つ肴の内容は関東では黒豆、数の子、ごまめ(田作り)の3種、関西では黒豆、数の子、たたきごぼうの3種である。
 
 昨年末にデパートで買った御節料理を仔細に点検してみると,これのどこがめでたいのかと首を傾げたくなるようなチマチマとした創作料理っぽいものが詰め込んであった.黒豆には小さな金箔が貼りついて
いたりしたが,そんな小細工に何の意味があるのか,私にはわからぬ.笹の葉にくるんだ親指の爪ほどの大きさの麩饅頭が入っていて,品書きには「甘味」と書いてあったが,小さすぎて食った気がしなかった.改めてこの御節を眺めていると,これはかつてのバブル景気の残光なんではないかと思えてきた.
 そんなことを考えながら,先日 (1/4) に放送されたテレビ東京《昼めし旅 新春開運SP~全国の豪華雑煮グランプリを決定!~ 》を観たら,奈良県奈良市大柳生町 (奈良市東部の農村地域) の旧家をレポーターの宍戸開が訪問し,その地域の伝統的な雑煮 (*脚註) の作り方を見せてもらっていた.
 その時に,旧家の主である御婦人 (私よりはお若い) が,雑煮と一緒に食べる御節について語ったのが下の画像である.(録画データの加工ではなく,テレビ画面をカメラ撮影してトリミングしたもの)
 
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 このかたのお話では,紅白なますに刻んだ干し柿を加えたなます,黒豆,田作り,祝いごぼうが正月の料理であるという.これを聞いて私は感じ入った.奈良市という歴史ある土地の旧家というものは,さすがである.御節の本来をきちんと押さえて緩むところがない.私のようにデパートで買ってきた御節の黒豆に金箔の切れっ端が貼りついていたのが軽薄だなどと文句を垂れている輩は恐れ入るばかりである.
 この家の主は昭和三十年代初めの生まれであり,現在は母上と二人暮らしのようであるが「昔は正月の料理は,女が立ったり座ったりしなくてもいいように,男がしたものです」と語った.それでも御節の作り方は,女性であるこのかたにも伝えられた.
 そして,どこの家でも正月の料理は自分の家で拵えた昭和をとうに過ぎ,御節がスーパーやデパートで出来合いを買うものとなった平成の終わりに,彼女のように自分で御節を作る人 (世帯) は遂にわずか十六パーセントの少数派となったのである.
 おそらく次の元号のうちに,御節そのものが日本の正月から姿を消すだろう.岩村暢子さんの『普通の家族がいちばん怖い ― 崩壊するお正月、暴走するクリスマス』(新潮文庫,2010年) を読むと,そんな気がしてくる.
 テレビの娯楽番組とはいえ馬鹿にはできない.奈良では私よりも若い御婦人が今でも御節を手づから拵えていると知り,来年の正月は,もし生きていればの話だが,デパートのバブリー御節を買うのは止めにしようと思ったことである.
 
[*脚註]
 この時の『昼めし旅』は各地の雑煮を紹介するのが目的だった.奈良の雑煮は,かつては土地の人は単に雑煮と呼んでいたが,2005年の文化庁「お雑煮100選」で「きな粉雑煮」と名付けられ,この名で全国に知られている.
 作り方は,まず最初に味噌仕立ての雑煮を作る.具は頭芋 (里芋の親芋のこと;京都で頭芋と呼ぶのは里芋とは別種の海老芋の親芋だと資料にある),大根,人参,豆腐.頭芋は関西の慣わしで「人の頭にたつように」との縁起担ぎ,豆腐は蔵の白壁に見立て (=繁盛) たものだという.大根と人参は丸い形に切るが,これも縁起担ぎ.
 頭芋は切らずにそのまま下茹でする.それから他の具を入れ,煮えたら合わせ味噌 (味噌の種類は地域により異なる) を溶き入れ,味噌仕立ての雑煮のでき上がり.
 これとは別に丸餅を焼いておき,雑煮椀に盛った芋などとは別に食卓に載せ,砂糖を混ぜ合わせた黄な粉を添える.(下画像)
 
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 用意ができた雑煮を見て,宍戸開が「餅は別なんですね」とか確認↓.
 
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 先ずは頭芋に箸をつける.そののち,餅を食べる↓.
 
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 しかし各自の椀に焼いた餅を入れてはいけない↓.
 
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 給仕係はそれぞれの前に置かれた餅を台所に運ぶ↓.
 
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 そして鍋の雑煮の中に,平らに潰した餅を投入し,煮て味噌味をつける.煮えたら各自の椀に盛りつける↓.
 
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 椀を再び食卓に運ぶ.各自は椀の餅にたっぷりと黄な粉をまぶして食べる.
 
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 宍戸開は「味噌味がついていることで,ただの黄な粉餅ではない特別感がある」と感想を述べ,「きなこ雑煮」の作り方を披露した婦人は「私たちは御馳走と思って食べていました」と語った.
 以上が『昼めし旅』で放送された奈良の雑煮についての内容であるが,実はこの雑煮は同日 (1/4) に放送されたNHK『チコちゃんに叱られる!』でも紹介された.しかしこちらの放送では,最初から餅を煮てしまう点で,『昼めし旅』の内容と大きく異なっていた.
 私見だが,これはやはり地元の人の言うことが正しいのではなかろか.
 
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2019年1月 8日 (火)

何はなくとも餅なのだ (一)

 毎年のことながら正月三ヶ日に餅を喉に詰まらせて救急車で搬送された人たちのことがニュースになる.
 今年も東京都内だけで,元日から二日にかけて,十七人が搬送され,うち二人が死亡した. (産經新聞,1/2 16:44 配信 )   
 上の産經の記事には《17人のうち、60代以上が12人だった 》とあるが,これはあまり良い書き方ではない.
 東京消防庁のまとめ《餅による窒息事故に注意 》によると,餅による窒息事故で搬送された人の年齢層 (五歳単位で区分) をみると,六十~六十四歳の事故は少なく,四十五歳以上の各年齢層と同等なのである.餅の窒息事故は六十五歳から急に増えるのだ.
 
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 各種人口統計や「高齢者の医療の確保に関する法律」およびそれに付随する各種法令では六十五~七十四歳までを前期高齢者,七十五歳以上を後期高齢者と規定していることからすると,産經の記事は「餅を喉に詰まらせて救急車搬送された人のうち六十五歳以上は何人だったか」との見方で書けばベターだったのである.
 さて,正月に年寄りが餅で窒息事故を起こすことは,昔から飽きるほどに報道されてきた常識なのに,なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか.
 餅による窒息事故が高齢者に多い理由を調べていたら,大分県立看護科学大学の公式サイトに掲載されている秦さと子氏の小論文《加齢性の嚥下機能低下予防に関する研究 ~嚥下機能低下予防介入時期の検討~ 》を見つけた.
 私たちが食物を口に入れてから飲み込むまでのプロセスは三段階に分けられる.(1) 口腔期,(2) 咽頭期,(3) 食道期である.(参考記事《高齢者の嚥下障害 》)
 上記の参考記事《高齢者の嚥下障害 》に図解されているように,咀嚼された食物が口腔から咽頭に移動する時に,反射的に喉頭蓋が下がり,気管の入り口が閉鎖される.この反射運動を「咽頭反射機能」というらしい.秦氏は加齢による咽頭反射機能の変化を調べた.その結果が下に引用した図1である.
 
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 私には上図の《水のみテスト 》を解説する知識がないのだが,ともかくその得点が
咽頭反射機能と相関しているらしい.で,このデータによれば,咽頭反射機能は六十歳までは低下していないが,七十歳では有意に低下が観察される.六十一歳から六十九歳までは,機能低下への移行段階と考えられる.
 この嚥下機能低下の医学的解釈と共に,大変興味あることを秦氏は指摘している.それを下に引用する.
 
今回の咽頭反射機能をみるテストの結果は、明らかな異常を示す値ではありませんでしたが、潜在的に加齢性に嚥下機能低下が進行している可能性が示唆されました。特に80歳代では、咽頭反射機能の低下が著明でした。しかし、自覚症状では、80歳代を含む60歳代以降の人が咽頭期の異常を自覚していませんでした。このことは反射運動の低下とともに反射運動を開始する感覚機能の問題もおこり、自覚症状を認識しにくい状況にある可能性が考えられます。》 (引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
 つまり,六十歳以下の人は,嚥下機能に異常があるときは自覚症状があるので,注意して咀嚼嚥下するから窒息事故を起こすことは少ない.これに対して高齢者層は,嚥下機能低下が進行しているにもかかわらずそれを自覚していない.前期高齢者では,嚥下機能低下と,その自覚の有無のギャップが,実際の事故に結びつくレベルに達してしまうことを,東京消防庁のデータは示していると考えられる.
 冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.

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2019年1月 2日 (水)

テレビに出た鎌倉のパン屋

 元日に放送されたNHK『パン旅』を観て「あーあ」と呆れた.
 この番組はレポーター役の女性二人が,鎌倉で人気のパン屋を訪ねるという企画で,BSと地上波で過去に放送されたものの再放送である.
 レポーターたちが最初に訪ねたのは,鎌倉市農協連即売所の中にある「PARADISE ALLEY」というパン屋 (画像↓).
 店長は,下の画像のような服装で,今まさにパンを作っている最中である.街着でパンを作るパン屋を私は初めて見た.伸び放題のモミアゲとヒゲ.毎日洗濯しているとは思えぬ帽子とブルゾン.この男の溢れる不潔感は,パン屋としての基本ができていないことを示している.最低限の心掛けとして,マスクの着用をせよ.金を払ってパンを買ってくれる客をなめるな.食品衛生に関する知識の点数をつければ,この男は零点だ.
 
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 二軒目は雪ノ下にあるドイツパン専門店だという「Bergfeld」(画像↓).店主はきちんと洗濯可能な帽子と作業服を着用し,モミアゲを短く手入れしているのはいいが,やはりヒゲ面.ヒゲは雑菌の住処である.食品衛生の点数は八十点.

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 三軒目は常盤 (鎌倉にある地名) の住宅街にある「kamakura 24sekki」である.店主の身なりについては,頭部の支度はこれでまあまあだが,髪の毛を短くすればさらによい.一つ気になるのはエプロン.エプロンは自分が汚れないように着るものであって,異物混入防止の役には立たない.ただしパンを焼く作業を終えたあと,接客をするだけならこの服装でもよい.

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 さて,このパン屋の棚に置かれているポップに「麹酵母のパン生地の旨味」と書かれている.
 
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 なんだその「麹酵母」というのは.
 
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 その摩訶不思議な「麹酵母」は,まず福井県の老舗味噌蔵に住み着いている麹菌を玄米に撒いて麹を作るのだという.
 
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 店主は「この麹に水を加えて酵母にしています」と語った.
 そもそも麹とは何か.Wikipedia【麹】 には下のように記載されている.
 
米、麦、大豆などの穀物にコウジカビなどの食品発酵に有効なカビを中心にした微生物を繁殖させたものである。
 
 日本以外のアジア諸国における発酵食品においては,アスペルギルス属 (コウジカビ;Aspergillus oryzae) の他にもサッカロミコプシス属 (Saccharomycopsis fibuligeraなど) や乳酸菌 (Pdiococcus pentosaceus) など複数の菌類により細菌叢が形成されている麹が使われる.しかし日本の発酵食品の麹では,コウジカビ以外の微生物の繁殖を抑制して製麹する.品質の安定と衛生上の点から,雑菌は可及的に繁殖せぬようにしないと,腐敗したり安全性が保証されないからである.
 
 では酵母とは何か.Wikipedia【酵母】には微生物学的な詳しいことが書かれているが,食品製造においては普通は Saccharomyces cerevisiae を指す.酵母はかつてはイーストとも呼ばれたが,一部の悪質なパン屋が,あたかもイーストには毒性があるかのような宣伝をした (今もしている) せいで,最近はあまりイーストという名称は使われなくなっている.(正しい知識はここ)
 その手のパン屋がウリにしている「自家製天然酵母」は,単に野生の酵母に過ぎない.そこら辺りでテキトーに拾ってきた「自家製天然酵母」は品質不安定で,それよりも重大なことに安全性の保証がない.これが優れたパンの作り方であるかのように褒めそやすのは,一種の都市伝説である.
「kamakura 24sekki」 の店主は意味不明な「麹酵母」という造語を使っているが,これは彼女が無学で,麹と酵母の意味を知らないことを示している.
 彼女が使っている「麹酵母」は,味噌蔵に由来する麹に混入している酵母に過ぎない.完全な野生酵母ではないから安全性の問題はないと考えていいが,そんなものを「ほかの酵母にはない衝撃を感じた」とする店主の思想的立場は,「自家製天然酵母」を標榜する非科学的な連中に近いところにあるのではないか.それ故,私ならこの店のパンは買わない.食品安全について不勉強な人間が趣味の延長で開業したパン屋を,賢い消費者は敬遠すべきである.

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2018年12月24日 (月)

「もち」と「団子」

(私の書くブログ記事は普通,最初にアップしてから数日間は推敲を行い,およそ一週間ほどで確定稿となる.しかしかなりあとになって誤字などを見つけて,こっそり訂正することもある.そこで今回は,メイキング・オブ《「もち」と「団子」》を書いてみることにした.二日間にわたって推敲の状況をアップしてきたが,以下がほぼ確定稿である)
 
 先日 (12/21) 放送のNHK『チコちゃんに叱られる 年末拡大スペシャル』で,「お餅とおだんごの違いって何?」が出題された.例によって以下の画像は,テレビ画面をコンデジで撮影し,そのファイルを画像処理ソフトでトリミングしたもので,録画データの編集はしていない.

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 チコちゃんに質問されたのは陣内孝則だったが,うまく答えられなかった.
 
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 そりゃそうだろうね.「もち」も「団子」も恐ろしく昔からある食べ物なので,今ではその違いに明快な答えはなくなってしまったのである.つまりこんな質問をするやつの頭が悪いのだ.そして,この愚問にいとも簡単に答えるやつは一種のペテン師だといっていい.
 
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 だがしかし,この問いに敢然と答えた ペテン師 勇者がいた.日本和食卓文化協会代表理事とかいう槻谷順子先生である.先生は五十代半ばにはとても見えない美貌で,肩書はいかめしいが,つまりは料理教室の先生である.公表されているプロフを下に引用する.
 
フードスタイリスト・食卓文化研究家。キッチンスタジオ&スペース・フードスタイリング教室『料理のある風景』主宰。料理を生業とする家に生まれ、「料理のある風景」=「幸せな家族の仕事風景」として育つ。フードスタイリストで現・料理研究家のアシスタントの後、フリーのフードスタイリストとして独立。雑誌・料理本・広告等を中心に,盛り付けや料理製作も含めたトータルなフードスタイリングを行う。日本伝統料理の撮影に多く携わり、和食卓をスタイリングしながら、学び、実践してきたことをベースに、2008年より「子供と大人の和食卓育教室」と「フードスタイリング教室」を開始、このカリキュラムを基軸に2017年より協会講座を始める。
 
「フードスタイリスト」とか「日本和食卓文化」とかの テキトーな 斬新な造語に先生の感性を見てとることができる.
 さて槻谷先生のお答えは,「米の粒から作ったものがお餅で,米の粉から作ったものがおだんごです」という,私のような七十歳近い年寄りは「え~っ」と驚いて尻餅 w をついてしまう程のものであった.
 
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 最近の若者言葉では,白米を炊いた白い御飯を「白米」と呼ぶ誤用がまかり通っているが,槻谷先生は,もち (糯) 米も,うるち (粳) 米も一緒くたに「米」である.実はこの表現も,若者の無知による語彙不足が表出したものなのであるが,槻谷先生はお若く見えるだけでなく,心持もお若いとお見受けした.
 それはともかく,農業分野の用語としても,一般常識的な語彙としても,「米」はうるち米ともち米の総称であるが,単に「米」といった場合はうるち米を指す.つまり「米ともち米」という言い方は成立するが,「うるち米と米」とは決していわない.
 なぜかというと,私たちは,食生活においてうるち米ともち米を区別してきた食文化史を持っているからである.そのことを Wikipedia【もち米】は,端的に
 
モチ性の品種のデンプンは調理時に強い粘性を生じるという特性を持つ。デンプンの成分の点で、もち米はほとんどがアミロペクチンのみとなっており、このアミロペクチンがもちの粘り成分であるため、もち米は蒸してつくと強く粘るのである。
照葉樹林文化に属する地域では、しばしばハレの食材としての役割を持つ
 
と書いている.「もち米はしばしばハレの食材としての役割を持つ」は試験にでるから覚えておくように.w
 このように和語「もち」とは何か,という問いは,農学,食品科学,民俗学の課題であって,お料理教室の授業の範囲を超えるものなのである.
 
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 戦前のことについては手元に資料がない (持っていたが失った) のであるが,昭和三十年代の頃,和菓子屋が行う「賃餅」という仕事があった.当時は一年中,何らかの行事で餅を食べたり配ったりすることが多かったので,和菓子屋が家庭の餅つきを有料で代行し,これを「賃餅」といったのである.現在でも年末になると和菓子屋の入り口に「賃餅承ります」と書いた紙が貼られるかも知れない.
 この際に,少量の注文なら臼と杵でつくこともあったろうが,大口注文の場合は機械「餅つき機」を使用した.この機械は実際には「臼と杵で撞く」のではなく,ミンサー (肉挽き機) に似た構造である一軸エクストルーダーを用いて,蒸したもち米を「練る」のであった.いわゆる「包装もち」の工業的な製造で,大型で電動の臼と杵を用いたのは,新潟の佐藤食品工業が最初であるが,現在でも一軸エクストルーダーで包装もちを製造しているメーカーは多い.さらに,昭和の後半には家電製品の「餅つき機」が登場 (昭和四十六年,東芝製) した.これはエクストルーダーではなく,回転する羽根で叩解する動作により「蒸したもち米を練る」動作を行うものであったが,ともあれ「もち」は,槻谷説とは異なり,臼と杵でついたものに限るわけではない.
 そもそも「もち」は,「とりもち (鳥黐)」に由来するという.とりもちは植物性の粘着性物質を総称したものであるが,「もち」が主に食べ物を指すようになってから,食用以外の「もち」全般を「とりもち」と呼ぶようになったようだ.
 食品科学の見地からすると,食べ物の「もち」の本質は,多量のアミロペクチンを含有する穀物中のでんぷん粒を破壊して,含まれているアミロペクチンの強い粘性を発現させることである.従って「ついて」も練っても「もち」は「もち」なのである.
 
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「もち」と「団子」の違いについて,Wikipedia【団子】は次のように述べている.
 
「団子は粉から作るが、餅は粒を蒸してから作る」「団子はうるち米の粉を使うが、餅は餅米を使う」「餅は祝儀に用い、団子は仏事に用いる」など様々な謂れがあるが、粉から用いる餅料理(柏餅・桜餅)の存在や、ハレの日の儀式に団子を用いる地方、団子と餅を同一呼称で用いたり団子を餅の一種扱いにしたりする地方[注釈 1]もあり、両者を明確に区別する定義を定めるのは困難である。
 
 槻谷先生の説は上記の《団子は粉から作るが、餅は粒を蒸してから作る 》であるわけだが,これは諸説のうちで最も的外れな説である.すなわち既に述べたように,食品の「もち」とは,含まれているアミロペクチンによって強い粘性が発現されたものだからである.
 ここで大切なことは,アミロペクチンをあまり含まない穀物の粒は,いくらついても叩いても強い粘りの「もち」にはならないことである.逆に,アミロペクチンを多く含む穀物は,これを挽いて粉にしても,水で練って加熱すれば容易に「もち」になる.
 つまり「もち」とは何かという問いは,原材料に着目すれば理解しやすいのである.しかしとにかく,「もち」は古代からある食品なので,似たものに同じ言葉を充てる「見立て」や誤用によって,現代に到るまでに例外がいくつか生じた.これは後述する.
 
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 で,本題に戻ると,私が腰を抜かして尻餅をついた槻谷先生の説は「米の粒から作ったものがお餅で,米の粉から作ったものがおだんごです」だが,この説には辻褄が合わないことが多いため,槻谷先生はここから迷走を始めた.
 
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 先生の迷走の一つが桜餅である.桜餅には関東風と関西風があるが,上の画像は関東風の,江戸時代に考案された「長命寺の桜餅 (長命寺桜餅とも)」である.Wikipedia【桜餅】に次の記述がある.
 
「長命寺の桜もち」は享保二年(1717年)に、元々は寺の門番であった山本新六が門前で山本屋を創業して売り出したのが始まりとされる[7]。隅田川の桜の落ち葉を醤油樽で塩漬けにし、餅に巻いたとされる[8]。もとは墓参の人をもてなした手製の菓子であったといわれ、桜餅の葉は落ち葉掃除で出た桜の葉を用いることを思い至ったからだという。
 
 本来の長命寺桜餅は,小麦粉を材料とした素朴なものであったろうが,現代の和菓子屋は材料に工夫をして,もち米を粉砕した粉 (もち粉,上南粉,白玉粉など) も少し配合する.(和菓子の材料は,ここを参照されたい)
 槻谷先生は「桜餅は「粉」からなので厳密には「餅」ではない」と主張するが,そうとは言い切れないのが,食べ物の名称のおもしろいところである.
 実は桜餅と似た事情が,関東では江戸時代から川崎大師門前の名物としておなじみの久寿餅にもある.大師門前の老舗「住吉」の公式サイトに,久寿餅の由緒について次の記述がある.
 
口碑によれば、天保の頃(1830~1840)大師河原村に、久兵衛という者あり、風雨強き夜、納屋に蓄えた小麦粉が雨で濡れ損じたため、己むなくこれをこねて樽に移し、水に溶いて放置しました。
翌年の飢饉に際し、思い出して調べたところ歳月を経て発酵し、樽の底に純良なる澱粉が沈殿しているのを発見しました。これを加工し蒸し上げたところ風変わりな餅が出来上がりましたので、早速この餅を時の35世隆盛上人に試食を願いましたところ、その味淡白にして風雅なのを賞して、川崎大師の名物として広めることを奨めると共に、「この餅の名は、久兵衛の久の字に、無病長寿を祈念して寿の一字を附して、久寿餅とされるが宜しかろう」とそれ以来川崎大師にては葛餅(くずもち)のことを久寿餅と記されるようになりました。

 
 要するに久寿餅の名は僧侶がつけたのである.当時の僧は知識階級であり,中国語の「餅」が,本来は小麦粉から作るものであること,和語「もち」に「餅」の字を当てたのは古くからの誤用であることを知っていたに違いない.
 Wikipedia【餅】に以下の記述がある.
 
中華文明圏において、「餅(ピン)」は主に小麦粉から作る麺などの粉料理(麺餅(中国語版))全般を指し、焼餅・湯餅(饂飩・雲呑・餃子の原型)・蒸餅(焼売・饅頭の原型)・油餅などに分類され、小麦以外のヒエ、アワ、コメなどの粉から作るものは「餌(アル)」と呼んで区別があった。》 (文中の下線は,当ブログ筆者が付した)
 
 久兵衛が小麦粉から偶然に拵えた食べ物を,川崎大師の上人様が「(久寿) 」としたのは当然のことだったのである.
 同様に長命寺桜餅も寺が発祥であるからして,その命名に際して僧侶が山本新六の相談にあずかっていたと思われ,小麦粉が材料である故に「餅」の字を当てられたのであろう.
 
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 関西で好まれる桜餅は,普通は道明寺餅という.記述の長命寺桜餅よりものちに考案されたものだといわれるが,材料は小麦粉ではなく,もち米から作る道明寺粉である.これを用いて作る道明寺餅は,アミロペクチンによって粘りが発現している正真正銘の「もち」である.道明寺餅は道明寺「粉」から作るから厳密には餅ではない,とする槻谷説には,無知 勉強不足もここに極まれりというしかない.お料理教室の先生であるなら,少なくとも「もち」と「餅」の区別くらいは知っていて欲しかった.
 
 さて槻谷先生は,自分の説が的外れであるため,どんどん墓穴を掘っていく.まず下の画像の右上に「くず餅」とあるが,単に「くず餅」では「葛餅」か「久寿餅」かわからぬ.「葛餅」は和菓子屋にもあるし,甘味を商うお店でも食べることができる.だが画像右上のものは「葛餅」ではなく明らかに「久寿餅」だ.「久寿餅」が「餅」である理由は既に述べた.
 
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 次に画像の右下の「大福餅」を,槻谷先生は「粉から作られているのになぜ餅?」と書いているが,「粉から作られたものは餅ではない」は自分で勝手に捏ね上げた嘘なのに,その嘘にあてはまらないからといって大福は餅ではないというのは,あまりと言えばあんまりである.もち米から作ろうが,もち粉 (もち米の粉) を使用しようが,大福餅の粘りはアミロペクチンによるものだから正真正銘の「もち」なのだ.
 ちなみにきちんとした和菓子屋は,もち粉ではなくもち米で大福を作っているが,大量生産品でも,もち米を使っている製品はある.槻谷先生は大福はもち粉で作っているとしているが,それは偏見である.
 画像左下の「わらび餅」は,本物の「わらび粉」が貴重品であるため,ごく一部の和菓子店でしか本当の「わらび餅」は販売されていない.古くは江戸時代から葛粉を使用したものを「わらび餅」と称した.
 それはともかく「葛餅」や「わらび餅」は,でんぷんを糊化して作るゼリー状の菓子であり,「もち」とは全くの別物である.今なら食品偽装といわれかねないが,これらが考案された大昔は人々がおおらかだったから,特に難癖をつけられずに,これまで伝統的に「餅」と呼ばれてきたのである.
 最後の左上の「柏餅」は,上新粉で作るから「もち」ではないが,端午の節句の供物であったことに鑑みると,もしかすると元々は「ハレの食事」であり,もち米あるいはもち粉で作った可能性が考えられる.しかし「柏餅」には古い資料がほとんどないので,曖昧に「もちではないのに餅と呼ぶ」とせざるを得ない.
 
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 さて以上までのところで,「もち」について書いてきたが,「団子」についてこれから述べる.
 Wikipedia【団子】に,《団子は、柳田國男説の神饌の1つでもある粢(しとぎ)を丸くしたものが原型とされる 》とあり,この「しとぎ」が,「もち (餅)」や「だんご (団子)」に発展していったとされる.「だんご」が現在のような意味になったのは,おそらく室町時代であるが,その発展過程において,「だんご」は原材料が何であるかに縛られず,あまり大きくない形に成形できる食べ物,といった意味合いを持ったようだ.茶葉を成形し,醗酵させて作る「団茶」の「団」も似た用法と考えられる.
 つまり「もち」と「だんご」は,物の見方,観点が異なるのであり,二つに分けて対比できるものではない.すなわちチコちゃんの出題《お餅とおだんごの違いって何? 》は,論理的に無意味な問いなのである.問いが無意味だから,正しい答えはない.この記事の冒頭に,《この愚問にいとも簡単に答えるやつは一種のペテン師だといっていい 》と書いた所以である.
 というような事情であるから,「もち」でもあり「だんご」でもあるものや,「もち」ではないが「だんご」ではある,といった食べ物を例示することができる.雑穀の団子として有名なのは蕎麦団子だが,これは「もち」ではない.
 越後名物の「笹団子」は,昭和三十年代までの家庭では,もち米から作ったが,現在では土産品にはもち粉も使われるようだ.これは「もち」だが,名前は「団子」だ.
 静岡県の一部では,上新粉で作った月見団子でやや扁平な形のものを,「もち」ではないのに昔から「へそ餅」と呼んでいる.この地方の人々は今でも「餅」と「団子」をはっきりとは区別していない.
 
 ところで槻谷先生は,番組中,上の画像で「平たいもの=餅と名付ける場合も」と言っているが,画像の左上のきな粉もち (赤い↓) は,どう見ても丸い.これが例として全くダメなことは小学生でもわかるが,先生は一体何を考えているのか理解に苦しむ.想像するに槻谷先生は,もうここら辺で自分が何を言っているか,話の収拾がつかなくなったのではないか.とうとう先生は次のようなことを語ったのである.
 
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「もち」と「だんご」を区別するのは無意味なことなのに,どうしても区別したい先生は,ここに至って遂に破綻した.チコちゃんの問いに
 
米の粒から作ったものがお餅で,米の粉から作ったものがおだんごです
 
と答えておきながら,その答はどんどん変化してしまうと言ったのである.すぐに変化してしまうならば,将来どう変化するかが不明である以上,つまり答えはないというに等しい.
 ちなみに,日本和食卓文化協会のコラム《チコちゃん・こぼれ話②餅と団子の違い?~桜餅 》に,以下の文章が掲載されている.
 
今、日本中に流通している【餅】【もち】と名が付くもののほとんどが、実はこの【餅菓子】。
餅菓子とは、材料に米粉・もち粉を使った和菓子全般をさします。
本来ならば、とか、厳密に言えば、を前提にした上で、私は餅と団子の違いを、細かく言いましたが、今の日本人が食べて、【餅】だと思えば、餅菓子だって充分【餅】なのです!
食は時代とともに変化するのが、常であります。
そしてみんな餅も餅菓子大好きですよね?
餅が大好き!食べたい!という気持ちであれば、餅でも餅菓子でもOK♪
なんて、実はこれが日本和食卓文化協会の本音です。
》 (文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
 槻谷先生は,今の日本人が「餅」だと思えばそれは「餅」だ,と言う.しかし,そんなに簡単に私たちの食の歴史を切り捨てていいのだろうか.
 昔の日本人の「食」は,その生活および精神の在り方と相互に反映し合うものであったし,このことは現代日本人においても同様である.
食は時代とともに変化するのが、常》ではあるが,長い時を経てどのように変化してきたかを知ることは,現代の私たちの生活と精神の在り方を理解することに繋がっている.それが民俗学や食文化史研究の意味するところなのだ.

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2018年12月23日 (日)

駅弁の地方区 vs 全国区

 waiwai さんのブログに郡山駅の駅弁「海苔のりべん」の記事があった.   
 この弁当は,テレビ番組で紹介されたことから人気が沸騰し,東京駅構内の駅弁屋「祭」で,一時は入荷即完売の状態であったらしい.ブログの掲載写真を見ると,いかにも素朴な弁当である.
 首都圏の業者なら,米飯部分をもっと小さくし,おかずは,仕切りを増やして玉子焼き,焼き魚,煮物などいくつかに区分して詰めるのではなかろうか.海苔のりべんはそれを一ヶ所に詰め込んでいるところが,何気なく東北の心意気を表して潔い.ヾ(--;) 強引だな.
 そういうわけで,私は未食である「海苔のりべん」を唐突に食べてみたくなり,電気工作の部品を秋葉原で調達したいということもあり,昨日,東京駅に出かけた.駅弁屋「祭」到着は午前十時前.
 ところが駅弁屋「祭」の駅弁陳列台には,「先月末で海苔のりべんは販売終了いたしました」と書かれたポップが置かれていた.秋シーズンが終わって,冬の商品入れ替えで海苔のりべんは定番落ちしたらしい.駅弁屋「祭」で販売されている全国区有名駅弁の中には不動のロングセラーもあるが,ローカル駅弁の競争は激しいのだろう.海苔のりべんは,これから郡山駅や福島県内のローカル駅でしか買って食べることのできないレアものになるわけであるが,もちろんそれが駅弁本来の姿であるわけで,ネットで「海苔弁当の最高峰」とまでいわれた海苔のりべんの健闘を祈る.
 とはいえ終売にガッカリしたのは確かで,もうひと月早く来ればよかったなあ.そう思ったが,何も買わずに帰るのは業腹なので,店内満杯の客のあいだを泳ぎながら,売り場をぐるっと回ってみた.
 街中の持ち帰り弁当と駅弁の違いはなんだろう.駅弁の やらずぶったくり コスパの悪さは歴然としている.駅弁は,販売コストと 法外な 必要な利益を確保するために,各地のブランド食材のイメージをフル活用しているわけだが,例えば「○○牛」をうたってはいるが,実際に食べてみればわかるように,料理屋の実店舗で食べることのできる銘柄肉に比較すると,どうしようもない品質なのである.
 品質よりもブランドイメージに頼る駅弁は,どうしても肉に偏重せざるを得ない.そして中心価格帯を千円とする,見た目の茶色い弁当になってしまう.
 持ち帰り弁当はといえば,こちらは主たる購入者が若い人だから,胃袋満足度が高い揚げ物をメインに据えることになり,これも同様に茶色い弁当になる.
 以上のことはデータなしで書いているのでただの私見だが,駅弁の銘柄肉 (地鶏を含む) vs 持ち帰り弁当の揚げ物という構図はそれほど的を外していないように思う.
 
 さて,駅弁屋「祭」の棚の中で,高価格帯の弁当の一つに「大人の休日弁当」がある.これはJR東日本の「大人の休日倶楽部」ブランドで,日本ばし大増 が製造販売しているものだ.日本ばし大増は,JR東日本の飲食事業子会社で,大昔は日本食堂といった.
 で,手に入れ損ねた海苔のりべんの代替に,これを買って昼飯に食べてみることにした.価格は海苔のりべんの二倍で,盛り付けは少しばかり上品にしてあるところが差異といえばいえる.
 
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 画像だけでは 何が詰められているか皆目わからないので,弁当に同封の品書きをスキャンして上に示す.
 これが料理屋さんの品書きならばまことに結構な内容なのであるが,しかし実際にはどの料理も小さな一口大 (それぞれの大きさは,金柑や小粒の黒豆からお察し頂きたい) のもので,羊頭狗肉も甚だしいと言わざるを得ない.
 特にどうしようもない品が一の重の「はじかみ」である.おそらくこれは,生産者に特注して作ったものだろう.露地でもハウスでも,どうやったらこんなに細い「はじかみ」を作ることができるのだろう.普通の太さの「はじかみ」ではなぜいけないのか.矮化するためにプランターで栽培 (「はじかみ」専門生産者のサイトによると,土ではなく川砂に種生姜を植えるといいのだそうだ) するのか水耕栽培するのかは知らぬが,いずれにせよ私は,グリコのプリッツよりも細い「はじかみ」を生まれて初めて口にした.w
 次に酷いのは,同じく一の重の「焼あん肝」だ.生臭くてまずい,の一言である.作ったやつには,自分で味見してみろ言いたい.
 一の重では,「鰤バター醤油焼」がそこら辺の弁当屋の幕の内弁当レベルに到達していたが,あとは,有頭海老煮と揚げ物三品は,いずれもバッサバサであった.「玉子焼」はいかにも業務用の製品であるが,コンビニ弁当の水準には達していた.w
 二の重では「煮物~芋煮風~」に使われた牛バラクズ肉が酷かった.こうしてみると,酷くないものを挙げるのが難しい.w
 イクラを飾った白飯は及第点だが,量が二口しかない.エネルギーの表示はないが,弁当全体でも,たぶんかなり低く抑えられている.その意味では「大人の休日弁当 ~冬~」の名にふさわしい 寒々とした 大人の一食であるといえよう.
 実は,この「大人の休日弁当」の貧相な内容を,私は以前から承知していた.なぜそんなものを買ったのかと問われれば,このブログで弁当現物の画像を示し,ディスるためだと申し上げたい.ヾ(--;)
 下に原材料表示を示すが,この弁当と同じ二千円を払うなら,例えば東海道線大船駅界隈の飯屋で,食品添加物不使用の豪勢な「焼き魚のランチコース」を食べることができるのだ.それと比較すれば, この駅弁の やらずぶったくり コスパの悪さは,駅弁屋「祭」の中で群を抜いている.
 冬の旅では,うまいものを食いたいものだ.これから東北新幹線に乗って一人旅にでようという御同輩には,「大人の休日弁当 ~冬~」を東京駅で買われぬよう衷心からアドバイス申し上げたい.
 
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 ところで,角ハイボールを二本買って新幹線車中の人となるのであれば,東海道線大船駅の弁当屋である大船軒 (JR東日本系列業者) が「祭」で販売している「特製おつまみ弁当 祭」はどうなんだろうと,以前から気になっていたので,これも買ってみた.夕飯用である.
 
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 中身は下の画像.
 
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 弁当の内容を下に示す.
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 原材料表示も示す.
 
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 私は食品添加物を容認する者であるが,それは必要最低限の保存性向上に資する添加物に限る.だが上の原材料表示に書かれた添加物には,見た目上の付加価値など,消費者の利益ではなく製造者側の論理で使用されているものが多い.
 この原材料表示を見て私は,車窓に流れ去る景色を心に映しながら飲むハイボールの酒肴には,奇をてらわずにナッツくらいがいいのかも知れないと思ったことである.
 
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