食品の話題

定年まで食品会社の技術者として生きてきました.食品科学や食品の法律,食品事件など.

2019年9月29日 (日)

アンフェア

 去年の少し古い話だが,飲食業界誌「Foodist」に《ホリエモンの「ヴィーガンは健康に悪い」発言に、文教大准教授「栄養学的根拠ない、思い込み」》と題した記事が掲載された.(2018年04月26日掲載)
 同記事の冒頭は以下の通り.
 
実業家の堀江貴文氏(45)が自身のツイッターで絶対菜食主義者・ヴィーガンについて「ヴィーガンとかまじ健康に悪いと思うよ」とつぶやいたことが話題になっている。これに対し非難するコメントが次々と寄せられたが、「こんな奴らのために美味しい肉を食べられない世の中にしたくないので、徹底的に潰します」と反発。もっともこの問題について栄養学の専門家である文教大学健康栄養学部の岩井達(いわい さとる)准教授は堀江氏の発言を「栄養学的に根拠がない」とする。ホリエモンのヴィーガン批判について同准教授に話を聞いた。
 
「Foodist」誌がインタビューをした岩井達氏のプロフィルは次の通り.氏は私と同年の生まれの高齢者である.学位が記載されていないところを見ると,高齢でありながら学位なしで准教授というポストに就いた特殊な人物である.
 
岩井達(いわい さとる)
1950年生まれ、米カリフォルニア州ローマリンダ大学卒業。東京ヒルトンホテルにて調理師、米カリフォルニア州の給食会社でヘッドクックを経て1987年から東京衛生病院に勤務し、栄養科長等を務める。2004年神奈川県立保健福祉大学兼任講師、その後、多くの大学で講師を務め、2014年から文教大学栄養学部准教授。「日本人青年期女性におけるベジタリアンダイエットが栄養摂取状況及び骨密度に及ぼす影響」(ベジタリアン・リサーチ、2010年)など論文多数。
 
 さて同記事は堀江貴文について,個人的嗜好とビジネスの両方で肉食を推奨推進する立場にあると紹介したあと,岩井氏については次のように書いた.
 
一方の岩井逹氏は「私は、いわゆるベジタリアンではありません」と話している。つまり、堀江氏から攻撃を受けたヴィーガンのサイドに立っているわけではない。アカデミックな立場から、栄養学的観点で客観的に分析する立場にあるとみていい。》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
 岩井氏が所属する文教大学が行った公開講座の講師紹介には次のようにある.
 
文教大学健康栄養学部准教授。東京ヒルトンホテルでコック修業。米国留学でフードサービスと管理栄養士課程で学位を取得。米国では、大学・給食会社・病院で勤務。神戸及び東京の病院で栄養科長を30年勤める。その間、給食会社の顧問、非常勤講師として各大学で教弁をとる。2011年より、現職。生涯ワークとして「穀菜果食」の啓蒙・普及活動をしている。》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
 この文中の「穀菜果食」とは何か.かつて岩井氏が栄養科長をしていた東京衛生病院のサイトから下に引用する.
 
[1] 当院では入院患者様に穀菜果食をご提供しています。
当院では、開設以来、入院患者様及び職員に対して『穀菜果食』を提供しています。当院の穀菜果食は、植物性食品を中心とした食事に卵と乳製品を加えたベジタリアンです。どなたにも馴染みやすく、栄養的にも大変優れた食事です。また、世界各国の多くの研究で、生活習慣病の予防および改善に効果があることが証明されています。》(文字の着色は当ブログの筆者が行った)
[2] 開院以来続く菜食主義の病院食――渡邉恵一・東京衛生病院栄養科長に聞く
東京衛生病院は、1929年(昭和4)の開院以来、植物性食品を中心に卵と乳製品を加えた「穀菜果食」の病院食を提供し続けている。
 
 以上をまとめると,岩井達氏は,自分が菜食主義者ではないのに,ライフワークとして菜食主義の啓蒙・普及活動をしていることになる.病院の入院患者に,自分は実行していない菜食主義を勧めてきたのである.
 いや持って回った表現はやめる.岩井氏は菜食主義者である.しかしメディアに対しては,自分が菜食主義者であることを隠している.発言の中立性を装うためであろう.こういう人間を世間ではペテン師という.
 
 さて,岩井氏は取材に対して次のように見解を述べた.
 
堀江氏のヴィーガン不健康論については、動物性たんぱくや動物性脂肪を十分に摂取しないことでたんぱく質が不足するという点を指している可能性はある。しかし、この場合でも現代の日本人は動物性タンパク質を摂取しすぎであることの問題点の方が大きいとする。タンパク質は分子が大きく腎臓で血液を濾過する時に、腎臓を痛める危険性を内包。近年タンパク質の過剰摂取による腎臓病も増えており、ヴィーガンはその側面から見た場合でも肉を過剰摂取している者より、よほど危険が少ないというのが岩井氏の結論である。
動物性脂肪についても現代人は摂取しすぎで、戦後、食生活の変化により炭水化物の代わりに動物性脂肪をとる傾向が顕著になって、その結果糖尿病が増加した。植物性食品を中心にした方が生活習慣病の発症の可能性が低いのはよく知られた事実だろう。
 
 桜美林大学名誉教授・柴田博先生の講演資料《高齢者栄養におけるタンパク質の重要性》から図2を下に引用する.この図は柴田先生のオリジナルで,他の文献に引用されることの多い資料である.
  
20190929b
 この図のキャプションは次の通りである.
 
古来より日本人は、タンパク源は植物性 (主に大豆) でした。しかし、徐々に動物性タンパク質 (牛乳や肉) の摂取量が増え、1980年頃には逆転現象が見られます (図2)。1981年、日本の平均寿命が世界のトップランクに入った時期と重なります。
 
 図2は1995年までのデータであるが,その後のデータに関しては,株式会社明治の公式サイトのコンテンツ《長生きの秘けつは動物性たんぱく質 食生活の傾向が変わり、世界一の長寿国に》に「日本人の1人1日あたりの動物性たんぱく質と植物性たんぱく質摂取量の推移」という概略図が掲載されている.その図によると,1995年以降も植物性たんぱく質よりも動物性たんぱく質摂取がやや多い状態で現在まで推移しているが,日本人の平均余命は漸増を続けている.このことからすると,岩井氏の主張《現代の日本人は動物性タンパク質を摂取しすぎであることの問題点の方が大きい 》は,その問題点とは何かを明らかに示す必要がある.
 また《戦後、食生活の変化により炭水化物の代わりに動物性脂肪をとる傾向が顕著になって、その結果糖尿病が増加した》とも主張しているが,動物性脂肪が糖尿病の原因だという見解は,岩井氏の独自研究である.なぜなら糖尿病発症の主因は,糖質の過剰摂取による高血糖状態が持続することであるからだ.
 以上に述べたように岩井達氏は,菜食主義者でありながらそれを隠して,動物性たんぱく質と動物性脂肪について根拠のない誹謗をしている.これをアンフェアという.

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2019年9月 3日 (火)

半田そうめんを買ったら

 現在の日本の各地方は,およそ都道府県レベルの行政区画で区分されるが,食文化や食習慣の観点からするとこれでは不適当なことが多い.一つの食文化・習慣が複数の県を跨いで行われていることもあるし,一つの県の中に異なる食文化・習慣が複数存在することもあるからだ.
 例えば,小麦粉と水 (塩は使わない) で麺帯を作り,打ち粉が付着したまま切断して汁に入れ,煮て食べる農家の家庭料理は群馬から埼玉,山梨に至る土地に存在する.(ただし最近になって群馬の飲食店で観光料理「おっきりこみ」の名で提供されているものは,郷土料理の「おっきりこみ」とは無縁の単なるうどんのようである)
 その一方で,群馬は伊香保の五徳山水澤観世音の門前に「水沢うどん」が繁盛しているし,山梨の富士吉田では「吉田のうどん」が有名だ.
 この例に限らず,米に比較して小麦粉は加工・調理のバリエーションが豊富であるため,各地に様々な小麦粉を用いた料理や食品が発達した.中でも小麦粉の麺についていうと,西日本では,うどんが好まれる地域と素麺が好まれる地域が混在している.
 これに対して東日本では,全国的に知名度の高い素麺には白石温麺があるのみで,うどんと蕎麦が混在している.(資料;全国乾麺協同組合連合会「各地の代表的なめん」)
 ちなみに冷や麦はどうかというと,私が大学生だった昭和四十年代,東京の大衆的な蕎麦屋 (立ち食い蕎麦屋は除く) は夏季に冷や麦を品書きに載せたものだが,今はそうめんに取って代わられたようである.西日本ではあまり好まれていなかったとされている上に東日本でもそんな状況なので,冷や麦は生産量もすっかり落ちて十年前には二万トン/年を下回り,現在では私たちの食生活における存在感はほとんどない.
 
 さて西日本の麺事情だが,まずはうどん.官民こぞって行ったブランド戦略の大成功によって,昭和後期まではローカルフードであった「讃岐うどん」がメディアに大きく取り上げられて一種のブーム (最近の聖地巡礼のような) となり,香川県は現在では「うどん県」として著しく高い知名度を持つようになった.その逆に昔から有名だった大阪や博多のうどんは影が薄くなった.
 
 一方の素麺は,西日本各地で昔から作られてきた手延べ製法の素麺が今も健在である.(資料;「そうめんの名産地」)
 それらの一つに,奈良の「三輪そうめん」や播州の「揖保乃糸」とは見た目も食感も異なる異色の素麺がある.徳島の「半田そうめん」である.
 先日偶々,その「半田そうめん」を知人からもらったので食べてみたところ,Wikipediaの記述 (後述) とかなり違うので「おや?」と疑問に思った.食べてみたのは木下製粉の製品だが,これは素麺でも冷や麦でもなく,もっとずっと太い「細うどん」としか思えないものであった.
 そこでアマゾンで「半田そうめん」を検索し,手頃な包装量 (多くはキログラム単位で売られている) で販売されている半田食品と岡本製麺の製品も購入して食べてみた.木下製粉の製品もアマゾンで売られている.
 以下,三社の「半田そうめん」について記す.なお用語「食品表示」についてはWikipedia【食品表示】を参照されたい.

半田食品株式会社製の乾麺;
包装の裏面に食品表示されている名称
 「手延べ干しめん」
包装の表面に記載されている商品名
 「半田名産 手延べそうめん ふるさと阿波の味」
同封のリーフレットに記載されている商品名
 「徳島半田 手延べそうめん」
同リーフレットに記載されている商品説明
 《半田手延素麺の由来
  半田手延素麺の歴史は古く、二百有余年の伝統を誇っています。四国の名峯剣山から吹きおろす寒風でさらし、豊かな清流の四国三郎 (吉野川) をのぞむ恵まれた自然環境の中で古くより受け継がれた伝統を近代的な工場で一本一本心をこめて創り上げた製品です。やや太めの麺線とコシのある歯ごたえは代表的な阿波の味といえます。一度ご賞味いただければ、きっとその味覚にご満足いただけることでしょう。》(註;改行は省略した)
 
岡本製麺株式会社製の乾麺;
包装の裏面に食品表示されている名称
 「手延べ干しめん」
包装の表面に記載されている商品名
 「手延べ 半田そうめん 阿波特産 鳴門産の塩100%使用」
包装の表面に記載されている商品説明
 《手延べ半田そうめん
   手延べ半田そうめんは、約三百年の歴史と伝統があり コシの強さと風味の良さで、皆様方の御好評をいただいております。ぜひ御賞味ください。
 

木下製粉株式会社製の乾麺;
包装の裏面に食品表示されている名称
 「そうめん」
包装の表面に記載されている商品名
 「半田 阿波七 手延べそうめん ―あわしち―」
包装の裏面に記載されている商品説明
 《阿波といえば人形浄瑠璃。人形つかい、黒子、彫り師の職人気質と情熱が昇華されて、木偶の動きは私達を不思議の別世界にいざないます。四国三郎、吉野川が阿波の山並みに沿って流れるその中頃に手延べそうめんの里、美馬郡つるぎ町半田があります。伝統の上に工夫を重ねた半田手延べそうめん、其処には阿波職人の気質が受け継がれております。浄瑠璃の骨太さをもった「阿波七」をどうかご賞味ください。》(註;改行は省略した)
 
 ちなみに半田食品の会社所在地は徳島県美馬郡つるぎ町半田字松生であるが,岡本製麺の会社所在地は徳島県板野郡板野町中久保字当部46であり,木下製粉の会社所在地は香川県坂出市高屋町1086-1である.
 ここで参考にWikipedia【半田そうめん】の記述を下に引用する.
 
半田素麺(はんだそうめん)とは、徳島県つるぎ町の半田地区(旧半田町)に伝わる素麺であり、かなり太い特徴を持つ。
三輪や播州、小豆島などの他の産地では手延べ素麺は1.3ミリメートル以下というのが一般的であるが、半田素麺は0.1 - 0.3ミリメートル太い28番手と呼ばれるものが標準となっており、そうめんとひやむぎとの中間ぐらいの独特の太さという特徴で知られている。
 
「讃岐うどん」という名称からは香川県全域がイメージされるのに比べると,本来の「半田そうめん」はかなり狭い地域の特産品であるらしい.
 上記三社のうち半田食品はその御当地の会社だが,岡本製麺と木下製粉は,いずれもWikipediaに書かれている徳島県つるぎ町半田地区の会社ではない.これは買ってから気が付いたのだが,この件に関しては後述する.
 
 まず,包装の表面の記載事項と,裏面の食品表示事項の「名称」について.
 平成二十七年四月一日に,それまでのJAS法,食品衛生法及び健康増進法の食品表示に関する規定を統合した「食品表示法」(平成25年法律第70号) と同法に基づいて定められた「食品表示基準」(平成27年内閣府令第10号) が施行された.
 乾麺については以下に示す「乾めん類品質表示基準」があり,乾麺製品の包装裏面に食品表示する名称はこれに従う.
 
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 乾めん類品質表示基準
最終改正 平成23年9月30日消費者庁告示第10号
 
第4条 名称、原材料名、そば粉の配合割合及び内容量の表示に際しては、製造業者等は、次の各号に規定するところによらなければならない。
(1) 名称
 加工食品品質表示基準第4条第1項第1号本文の規定にかかわらず、次に定めるところにより記載すること。
ア 手延べ干しそば以外の干しそばにあっては「干しそば」又は「そば」と記載すること。
イ 手延べ干しめん以外の干しめんにあっては「干しめん」と記載すること。ただし、長径を1.7㎜以上に成形したものにあっては「干しうどん」又は「うどん」と、長径を1.3㎜以上1.7㎜未満に成形したものにあっては「干しひやむぎ」、「ひやむぎ」又は「細うどん」と、長径を1.3㎜未満に成形したものにあっては「干しそうめん」又は「そうめん」と、幅を4.5㎜以上とし、かつ、厚さを2.0㎜未満の帯状に成形したものにあっては「干しひらめん」、「ひらめん」、「きしめん 」又は「ひもかわ」と、かんすいを使用したものにあっては「干し中華めん」又は「中華めん」と記載することができる。
ウ 手延べ干しそばにあっては「手延べ干しそば」又は「手延べそば」と記載すること。
エ 手延べ干しめんにあっては「手延べ干しめん」と記載すること。ただし、長径が1.7㎜以上に成形したものにあっては「手延べうどん」と、長径が1.7㎜未満に成形したものにあっては「手延べ ひやむぎ」又は「手延べそうめん」と、幅を4.5㎜以上とし、かつ、厚さを2.0㎜未満の帯状に成形したものにあっては「手延べひらめん」、「手延べきしめん」又は「手延べひもかわ」と、かんすいを使用したものにあっては「手延べ干し中華めん」又は「手延べ中華めん」と記載することができる。
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 上記の「乾めん類品質表示基準」によると,蕎麦を除く「乾めん類」は「手延べ干しめん」と「干しめん」に分類される.上記規格のうちの「イ」と「エ」である.
「手延べ干しめん」と「干しめん」の定義は,以下の通り,この品質表示基準の第2条でなされている.
 
[第2条の抜粋]
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干しめん
     乾めん類のうち、干しそば以外のものをいう。
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手延べ干しめん  干しめんのうち、食用植物油、でん粉又は小麦粉を塗付してよりをかけながら 順次引き延ばしてめんとし、乾燥したものであって、製めんの工程において熟成が行われたものであり、かつ、小引き工程又は門干し工程においてめん線を引き延ばす行為を手作業により行ったものをいう。
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「食用植物油、でん粉又は小麦粉を塗付してよりをかけながら 順次引き延ばしてめんとし、乾燥」するだけでは「手延べ干しめん」と食品表示はできない.これに加えて (1) 製麺工程で熟成が行われること,(2) 小引き工程または門干し工程において麺線を引き延ばすのを手作業で行うこと,の二条件が必要である.
 通販サイトで「半田そうめん」として販売されている半田食品,岡本製麺,木下製粉の三社の製品のうち,半田食品と岡本製麺は「手延べ干しめん」であるが,木下製粉のものは二社とは異なり,「そうめん」と食品表示されている.以下,木下製粉の製品について考察してみる.
 木下製粉の製品は,包装の表面の一部に「半田 阿波七 手延べそうめん ―あわしち―」と印刷されている.その印刷部分を下に画像として引用する.
 
20190904a
 
 これ↑を見た消費者は,商品名は「阿波七」であり,読みは「あわしち」であると理解する.「阿波七」の左にある「手延べそうめん」は,「阿波七」が「手延べそうめん」であることを示している.そのように理解するのが妥当である.
 ところが一番上にある「半田」の意味がわからない.「半田阿波七」ではなく「半田手延べそうめん」でもなく,他の文言と脈絡なく唐突に「半田」と書かれているのだ.その理由を考察してみよう.
 
(1) 「半田」が単独で宙に浮いて書かれているのは,徳島県美馬郡つるぎ町半田地区という意味を持ってしまうことを避けつつ,「阿波七」がつるぎ町半田地区と何らかの関係があるかのように消費者をミスリードするためである.「半田阿波七」としなければ,消費者から「阿波七は半田地区と関係ありますか?」と質問された際に「違います」と答えることができる.なぜなら「阿波七」は香川県坂出市で製造されているからである.
(2) また,「半田手延べそうめん」と書くと「半田そうめん」を意味してしまうが,「半田」と「手延べそうめん」を切り離して書くことにより,「阿波七」は「半田そうめん」ではない (後述) のに,あたかも「半田そうめん」であるかのように消費者を錯覚させることができる.
 
との理由が考えられる.
 そこで包装の裏面に書かれている商品説明 (下の画像) を読んでみよう.
 
20190904b
 
 最初の段落は,「半田そうめん」とは無関係の話.次の段落は,「半田そうめん」には阿波職人の気質が受け継がれているという話.最後の段落には「阿波七」を賞味してください,ということだけが書いてある.この全文のどこにも「阿波七」が「半田そうめん」であるとは書かれていないのに,漫然と読むと「阿波七」が阿波の国と何か関係があるかのような漠然とした印象を与えることに成功している.
 なぜこのように手の込んだ印象操作をしているかというと,食品の包装は表面は裏面と一体であり,商品名や他の宣伝文句と食品表示事項が大きく食い違う場合には,「景表法」など「食品表示法」以外の法律に抵触するおそれがあり,あまりデタラメをするのは危険なのである.
 ところが木下製粉は,企業サイト上の商品宣伝は,食品の包装上に印刷される食品表示事項とは無関係だと思っているらしく,やりたい放題である.木下製粉の家庭用商品を製造販売している子会社である株式会社ファリーナコーポレーションの公式サイトに掲載されている「阿波七」説明ページを,このページが削除隠滅された時の証拠として下に画像で引用する.
 
20190904d
 
 この画像に描かれている文章の一部を下に引用する.
 
阿波半田産・太口手延素麺・阿波七です!250年の伝統を誇る阿波・半田産。
 
「阿波七」は「阿波半田産」「阿波・半田産」であると明記している.「半田産」と「・半田産」を使い分けしている理由はよくわからないが,とにかく子会社ファリーナコーポレーションは親会社木下製粉の敷地の近く,香川県坂出市高屋町1150-5が所在地である.私はこれまでに色々な食品会社のコンプライアンスについて調べてきたが,ここまで図々しく大胆な産地偽装は珍しい. 
 なぜ木下製粉が「阿波七」の産地を偽装しているかというと,「半田そうめん」には,我が国の素麺発祥の地である大和三輪から製法を伝えられたとする説があり,その伝統的製法に価値があるからである.
「半田そうめん」の伝統製法は徳島県美馬郡つるぎ町半田地区に伝えられているが,この地で「半田そうめん」を作り続けてきた製麺所が集まって「半田手延べそうめん協同組合」を結成している.組合員は以下の通りである. 
 
半田手延べそうめん協同組合
組合員:赤川手延製麺,㈱オカベ,小野製麺㈲,カネマル製麺,㈲亀吉製麺,木村製麺㈲,坂口手延製麺,上蓮製麺,塩田製麺,㈲芝製麺,㈲白滝製麺,杉本手延製麺,財田手延製麺㈲,㈲滝原手延製麺,㈲竹田製粉製麺工場,半田食品㈱,半田製麺㈱,㈲前田製麺工場,美馬製麺㈲,森脇製麺,山下手延製麺,雪光製麺,㈲北室白扇
 
 この協同組合には規格を統一した組合ブランドもあるが,各製麺所ごとに製法に個性があるためそれぞれのブランドがあるという.
 この記事の初めに,到来物の木下製粉製「阿波七」を食べて次のように思ったと書いた.
 
先日偶々,その「半田そうめん」を知人からもらったので食べてみたところ,Wikipediaの記述 (後述) とかなり違うので「おや?」と疑問に思った.食べてみたのは木下製粉の製品だが,これは素麺でも冷や麦でもなく,もっとずっと太い「細うどん」としか思えないものであった.
 
 そのことから色々と調べて,木下製粉の「阿波七」は産地偽装の似非「半田そうめん」であることを知った.そして伝統的な「半田そうめん」は半田手延べそうめん協同組合に加盟している製麺所で作られていることがわかった.各組合員は独自の原料配合や製法でそれぞれの「半田そうめん」を作っているというのだが,年に一回注文するくらいでは,私が死ぬまでに組合員の全商品を一渡り賞味することは叶わぬ.残念だが,「半田そうめん」ってのはおよそこんなものであると知る程度にしておくのがよさそうだ.
 というだけでは終わらない.木下製粉のデタラメぶりをもう少し書いておく.まずパッケージ表面に印刷されている部分を再掲する.
 
20190904a
 
 ここには二つの問題がある. 

(1) 木下製粉は「阿波七」の包装裏面の食品表示において,名称を「そうめん」としている.名称を「そうめん」としてよいのは「手延べ干しめん」以外の「干しめん」であると「乾めん類品質表示基準」に定められている.つまり「阿波七」は,「手延べ干しめん」ではない.
「阿波七」の左側に「手延べそうめん」と書いてあるが,これは虚偽である.「乾めん類品質表示基準」に定められた定義では,「手延べそうめん」は「手延べ干しめん」のうち,長径が1.7mm未満であるものをいう.「阿波七」の食品表示に記載されている名称は「そうめん」であって「手延べ干しめん」ではないから,すなわち「手延べそうめん」ではありえないのである.
 
(2) 木下製粉は「阿波七」は「そうめん」だと主張している.「乾めん類品質表示基準」は「そうめん」を長径1.3mm未満であると定めている.「阿波七」が「そうめん」であるかどうか確かめるために,パッケージから麺をランダムに十本選び,ノギスで長径を測定してみた.
 実測の結果は,最小値2.1mm,最大値2.7mm,平均値2.2mmであった.
 つまり「阿波七」は,食品表示において名称を「うどん」とすべきところを「そうめん」と偽称している.これは「乾めん類品質表示基準」違反である.しかもその上,包装の表面に「手延べそうめん」と書いており,産地偽装と合わせて三重の虚偽を行っているのだ.
 
 実際に食べてみると,「阿波七」は,半田食品の「半田そうめん」とは明らかに食味が異なる.木下製粉の「阿波七」は細いうどんである.
 百科事典には,「半田そうめん」は徳島県美馬郡つるぎ町半田地区の製麺所に江戸時代から連綿と伝えられてきた乾麺であると書かれているが,地方企業とはいえ企業規模が小さくはない香川県の製粉業者が,伝統的な品質を無視して「半田そうめん」を騙っていることがわかった.「半田そうめん」を賞味したいと思われる向きは,つるぎ町半田地区の製麺所の製品を取り寄せされることをお勧めする.

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2019年9月 2日 (月)

武士の献立

 北國新聞創刊百二十周年記念作品として制作された映画『武士の献立』(2013年公開) は,浅草の料理屋の娘に生まれた春が加賀藩江戸屋敷に奉公に上がり,まだ幼いのに生まれつきの料理の才を発揮する場面から始まる.本作の時代背景は江戸時代の三大御家騒動といわれる加賀騒動である.
 加賀騒動は,六代藩主前田吉徳が,軽輩であった大槻伝蔵を側近に抜擢し,逼迫していた藩財政の改革に取り組んだことに端を発する.
 結局,吉徳の死後に守旧派の反撃で大槻伝蔵は失脚し,配流された越中五箇山で自害する.そして大槻伝蔵が思いを寄せていたとされる吉徳の側室,真如院もまた無実の罪を着せられて殺害されたのであるが,その真如院に女中として仕えたのが本作のヒロインの春だという設定である.
 映画『武士の献立』は六年も前の作品であるから,鑑賞した感想の記事はたくさんブログ等に書かれているが,ネタバレと称してはいるものは単なる粗筋を書いたものばかりである.そんな粗筋はWikipediaを読めばわかる.そうではなくて,調べなければわからない幾つかの点,調べてもわからなかったを幾つかのことを解説しながら,一度あるいは数度この映画を観た人のために,ノベライズ版『武士の献立』の誤りを指摘しつつ,以下に真のネタバレを記す.w
 
 映画は,ある日の夜分,風邪で体調すぐれぬお貞の方 (出家して真如院) のために,春が七輪で粥を炊く場面から始まる. 
 粥は,米から炊く方法 (炊き粥) と残り飯を炊き直すやり方 (入れ粥) がある.江戸時代は一日に何度も米の飯を炊くことはしなかった.上方では昼または夜に飯炊きをするが,江戸では朝に飯を炊く.加賀藩とはいえ江戸屋敷ではおそらく竈に薪で火を熾すのは朝だろうから,夜に粥を拵える場合は七輪に炭火で残り飯を炊き直すことになる.
 下の画像 (以下の画像はテレビ画面をカメラ撮影してトリミングしたもの) は,春が残り飯を水で洗っているところ.洗ってネバ (糊) を取り除かないと.おいしくないからだ.
 
20190828a
 
 水で洗った飯は行平鍋で炊く.行平鍋は,普通は単に行平と呼ばれる.銅を鍛造した片手鍋 (木製の柄が付いている) や,甚だしきはアルミをプレスしたチープ感あふれる片手鍋を行平と書いている書物や通販サイトがあるが,これは誤用である.正しくは下の画像のように注ぎ口と片手の柄が付いている土鍋の一種をいう.Wikipedia【鍋】には
 
雪平(行平)鍋(ゆきひらなべ)
和風鍋であり、蓋のない中程度の深さの片手鍋。汁の注ぎ口が左右両方に付いている場合が多い。煮物、茹で物、出汁を作る時など、鍋を利用する日本料理で使用される事が多い一種の万能鍋である。蓋は落とし蓋を利用する。本来は取っ手や蓋、つぎ口の付いた土製の鍋、あるいは銅製の鍛造鍋であったが、現在ではアルミ製の軽量な片手鍋であることが多い。鱗のように表面を覆うポリゴン状の模様は、本来は銅板を金槌で叩いて成型した跡である。廉価なプレス成型品でも、鍛造鍋に似せる装飾として模様を付けている。木製の柄がネジで固定されている物があり、これは取っ手が傷んだ場合に木製の柄だけを交換することが可能である。
 
と書かれているが,これは全くの誤りである.「本来は」も何も,行平と呼んでいいのは土製で蓋つきの片手鍋だけである.銅の鍛造片手鍋やアルミの安物は,単に片手鍋と呼べばいいのである.
 行平は,実用性からいうと一般的な形状の土鍋 (両手で持つ形) や,ツルが付いた鉄製の囲炉裏鍋より遥かに劣る.その理由は,行平に中身が入っている状態では片手で扱うには重すぎて,結局のところ両手で持たねばならないからであることが大きい.そのため次第に使われなくなり,いつの頃からか,日常の台所仕事の場から姿を消した.しかし明治以降,戦前に至る文学作品や料理本に「行平」とあるのは土鍋の行平のことである.
 私が行平のことを知ったのは,四十年ほど前に読んだ大橋鎮子さんの随筆に書かれていたからである.本が手元にないので確認していないが,たぶん『すてきなあなたに』の最初の一冊だったかと思う.
 大橋さんは,今の流行り言葉でいうところの「丁寧な暮らし」を読者に示した人だった.その人が粥は行平で炊くものだと書いている.私自身は行平を使ったことはないのであるが,おそらく行平で炊いた粥は格別においしいのであろう.
 さてテレビドラマは言うまでもなく,映画でも行平で粥を炊くという場面があるのは空前絶後,この『武士の献立』だけではないか.少なくとも私は『武士の献立』で初めてスクリーン上に行平を見た.映画『武士の献立』のオープニングに,日本の料理の伝統を象徴する行平を映し出したのは,朝原雄三監督の行き届いた演出だと思う.
 もちろん監督だけで映画はできないわけで,エンドクレジットを読むと,本作には舟木家に繋がる金沢の老舗料亭大友楼や料理専門家たちが指導監修に携わっている.また私は何度も繰り返して意地悪く粗を探す目で本作を鑑賞したが,時代考証にほとんど瑕疵はないと考える.
 ちなみに本作のシナリオを,作家の大石直紀がノベライズしている (小学館文庫『武士の献立』).大石は行平のことを土鍋と書いているが,それは不適当だ.大石は行平という名称を知らなかったのだろう.料理のことであれば『包丁侍 舟木伝内』(平凡社) が参考になるという.この本の著者であり歴史家である陶智子先生 (故人) は本作の料理考証を担当した人である.
 
20190828b
 
 さて,まだ幼かった春が加賀藩江戸屋敷へ奉公にあがったあと,実家である浅草の料理屋は火事で燃え,家族は焼死して春は天涯孤独の身となった.そんな春の料理の才能を見込んで,加賀藩台所方である舟木伝内 (実在の人物がモデル) は,跡取り息子の安信 (これまた実在の武士がモデル) の嫁に是非欲しいと談判する.下の画像はその際のワンシーンである.春が調理したアシタバ (明日葉) を賞味した伝内は箸を膳に戻すのだが,箸の先を膳の縁に掛けた (赤い矢印).現代の私達は,つい皿の縁に箸先を掛けてしまいがちなのであるが,実は膳の縁に掛けるのが正しいのである.その際の伝内 (西田敏行) の動作がさりげなく速やかで,ここは感心する場面だ.
 なお,この場面で伝内の懐紙は,通常よりもかなり大きいサイズである.映画『武士の献立』の時代考証はかなり行き届いていると思われるので,このような大きい懐紙が実際に存在したのだろうが,大きさや用途などを調べてもよくわからなかった.もしかすると縦にして懐に入れている可能性があるかもと思ったが,それにしても普通の男性用懐紙より大きいように見える.
 
20190828c
 
 下の画像は,伝内の妻である満 (余貴美子) の箸遣いのアップ.作法通りでとてもきれいだ.『武士の家計簿』に松坂慶子が武家の内儀役で出演しているが,箸をきちんと持てない上に懐紙の使い方も心得ない松坂に比べると,余貴美子は女優としての格が違うのが歴然としている.
 余貴美子は『シン・ゴジラ』で防衛大臣花森麗子を演じているが,その時の存在感ある演技と,本作における口の軽い御内儀の演技が好対照で,これには感服した.
 ところで一般に料理屋とか旅館で,食事が銘々の膳で供される場合,箸は紙の箸袋に収めた利休箸か,紙の帯で巻いた卵中箸ではなかろうか.外食ならばそういうことになるが,自宅での食事なら布の箸袋に各自の箸を入れておくことになる.下の画像で右手の下,飯碗の手前にある布がそれだ.ただし,この形の布製箸袋を通販サイトで探してみたのだが見当たらなかった.御存知の向きに御教示頂きたいものだ.
 
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 いたって好人物であるが口が軽い満の性格を描写しているシーンがいくつかあるが,春が加賀の舟木家に到着して義母の満に挨拶するときの場面がおもしろい.満は,春が出戻りであることに触れて「江戸では初鰹をありがたがるようだが脂の乗った戻り鰹を好む者もいます」と口を滑らす.加賀では北上する鰹も戻り鰹も出回らないわけで,見たこともない戻り鰹のことを知ったかぶりして出戻りの女に喩えてしまう満の性格がよく描かれている.
 この時に春は畳に目を落としたままムッとした表情をする.春が舟木家に嫁いだ時点では,春に料理の才能を認め,それ故に舟木の家の嫁に欲しいと懇願したのは伝内ただ一人であった.義母の満も夫の安信も,武家の嫁は跡継ぎを生めばよいのだとしか言わないのである.これは,加賀騒動が落着したあと,春が舟木家を去ることに繋がる大切な伏線の一つである.それを,下の画像のワンシーンで眉間にしわを寄せ,口をとがらせて心中の不満をかわいらしく演じた上戸彩さんに私は拍手する.貴兄も拍手しなさい.
 しかしあちこちのブログに書かれた映画批評をざっと一通り読んだ限りでは,この伏線すなわち江戸時代における武士社会の強固な身分世襲制と,武家に嫁いだ女性の地位役割について触れたものは見当たらない.この時の春の表情が,本作における上戸彩さんの演技中の白眉なのに,みんなスクリーンのどこを観ているのだろう.
 
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 下の画像は,安信が昇進を果たした翌日の早朝,春が南瓜の煮物を拵える場面である.ここで春は手で種とワタを取り除いたが,包丁の背でこそげ取るやりかたがいいらしい.手前に半分に割った南瓜があるが,これを見た限りでは日本カボチャである.当然だが.
 
20190828e
 
 下の画像にあるように,春は南瓜を小豆と一緒に煮た.これは奈良の郷土料理として知られている「(南瓜と小豆の) いとこ煮」だが,江戸生まれの春が作ったところをみると,江戸でも知られていた料理ということだろう.一説には,南瓜と小豆のいとこ煮は,神仏にお供えした南瓜と小豆を下げてから煮たことに起源があり,婚礼や法事の料理であるという.つまり春としては安信の昇進祝いに作ったのであるが,北陸地方の「いとこ煮」は,小豆を大根などの根菜や里の芋と一緒に煮るもののようで,どうやら春の心尽くしは,満には理解してもらえなかったようだ.だがそれは各地の風習であるから致し方ない.味が良いと満にほめられた春はうれしげに微笑むのだった.
  
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 話は先に進んで,この頃から安信はいわゆる加賀騒動に巻き込まれる.
 六代加賀藩主前田吉徳が,軽輩であった大槻伝蔵を側近に抜擢して進めようとした藩政改革は,吉徳の急死で頓挫し,加賀騒動が始まる.このあたりをWikipedia【加賀騒動】から引用する.
 
一方加賀藩の財政は元禄期以降、100万石の家格を維持するための出費の増大、領内の金銀山の不振により悪化の一途を辿っていた。
享保8年 (1723年)、藩主綱紀が隠居し息子の前田吉徳が第六代藩主となった。吉徳はより強固な藩主独裁を目指した。足軽の三男で御居間坊主にすぎなかった大槻伝蔵を側近として抜擢し、吉徳・大槻のコンビで藩主独裁体制を目指す一方、藩の財政改革にも着手する。大槻は米相場を用いた投機、新税の設置、公費削減、倹約奨励を行った。しかし、それらにより藩の財政は悪化が止まったものの、回復には至らなかった。さらに、悪化を食い止めたことを良しとした吉徳が大槻を厚遇したことで、身分制度を破壊し既得権を奪われた門閥派の重臣や、倹約奨励により様々な制限を課された保守的な家臣たちの不満はますます募り、前田直躬を含む藩内の保守派たちは、吉徳の長男前田宗辰に大槻を非難する弾劾状を四度にわたって差出すに至った。
延享2年 (1745年) 6月12日、大槻を支え続けた藩主吉徳が病死し、宗辰が第七代藩主となった。その翌年の吉徳の一周忌も過ぎた7月2日、大槻は「吉徳に対する看病が不充分だった」などの理由で宗辰から蟄居を命ぜられた。さらに延享5年(1748年)4月18日には禄を没収され、越中五箇山に配流となる。
 
 安信の親友である今井定之進は家禄没収の上で加賀藩追放の身となった.定之進と妻の佐与が旅立つ朝,春は二人のために弁当を拵える.映画中で全く説明されないが,薄焼きにした卵の上に薄く削いだ鱒 (鱒寿司と同じ) を載せ,これで酢飯を巻いたものである.これと同じものをウェブ検索したが見当たらない.市販はもちろん,家庭でも作られなくなった加賀の伝統料理なのだろうか,実に旨そうである.しかしこの巻き寿司をノベライズ版『武士の献立』は《定之進と佐与が加賀を離れることを昨夜話すと春は、何も言わずに押し寿司を作り始めた 》として,押し寿司に変えてしまった.著者は春が拵えた寿司を説明するのが面倒だったのかも知れないが,だからといってシナリオを勝手に改変するノベライズがあっていいものか.
 
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 加賀藩守旧派は大槻伝蔵一派を一掃するだけでなく,陰謀は真如院の身にまで及ぶ.同じくWikipedia【加賀騒動】から下に引用する.
 
その後、宗辰は藩主の座に就いてわずか1年半で病死し、異母弟の前田重煕が第八代藩主を継いだ。ところが延享5年の6月26日と7月4日に、藩主重熙と浄珠院への毒殺未遂事件が発覚する。浄珠院は宗辰の生母であり、重熙の養育も任されていた人物である。藩内で捜査した結果、これは奥女中浅尾の犯行であり、さらにこの事件の主犯が吉徳の側室だった真如院であることが判明した。これを受けて真如院の居室を捜索したところ、大槻からの手紙が見つかり不義密通の証拠として取り上げられ、一大スキャンダルとなる。寛延元年 (1748年) 9月12日、真如院の身柄が拘束されたことを聞いた大槻は五箇山の配所で自害した。寛延2年 (1749年) には禁固中の浅尾も殺害され、真如院と前田利和 (勢之佐) は幽閉されていたが、真如院は自ら絞殺を望んでその通りに殺されたという。大槻一派に対する粛清は宝暦4年(1754年)まで続いた。
 
 加賀騒動のスキャンダルとして世に知られた大槻伝蔵の不義密通事件は史実として疑わしいが,本作は歌舞伎や実録本によって世間に流布したいわゆる加賀騒動を一部取り入れ,吉徳の側室お貞の方と伝蔵は相思相愛の間であったという設定になっている.
 金沢城下で拘束されている真如院に会いたい思いが募る春に,満は軽率な行動をするなと命じる.しかし安信は春のために手はずを整え,そのおかげで春は真如院に密かに面会することができた.春は加賀に来て覚えた料理の数々を重箱に収めて持参するが,偶々城下で購った柚餅子も差し上げたところ,真如院は懐かしいと殊の外喜んだ.そして柚餅子がゆっくりと熟成されて作られることになぞらえて,春もそのような夫婦になれよと諭した.
 このシーンを大石直紀によるノベライズ版『武士の献立』は次のようにしている.
 
真如院は、重箱の横に並んだ小皿に目を留めた。柚餅子は小さい頃よく食べた。思わず笑みがこぼれる。
 
 だがこれはおかしい.《小さい頃よく食べた 》などという台詞は劇中にない.これは大石直紀が勝手にシナリオに書き加えたのだ.
 真如院は江戸の芝神明宮の神職の家に生まれた.能登の特産品が江戸市中にまで一般に流通していたとは考えにくいから,真如院が柚餅子を口にしたのは吉徳の側室となって加賀藩江戸屋敷に住むようになってからであり,国元からの献上品を食べたのに違いない.大罪人として幽閉された真如院は,藩主に寵愛されて何不自由なく暮らしていたかつての日々を,柚餅子を見て懐かしんだのだ.《小さい頃よく食べた 》は一体どこから引っ張り出してきたのだと言いたい.
 
20190831b
 
 大槻伝蔵は自害し,真如院は殺害された.こうして加賀騒動は,守旧派の勝利で幕を閉じた.
 守旧派を率いた重臣前田土佐守直躬は,八代藩主重煕の国許入りを祝って徳川家や近隣の大名を集めて饗応料理を振舞うことを企画した.そして舟木伝内が差配を勤めることになった.
 ところが大槻派の残党が前田直躬の殺害を図ったのである.安信もこれに加わろうとしたが,春は安信を死なせたくない一念で,安信の大小を持って逃げた.
 結局残党は全員が討たれた.ただ一人死に損なった安信は怒り心頭で,心ここにあらずの態で家に戻ってきた春を手討ちにしようとする.春は,安信が生きていてくれさえすれば,己は安信に討たれても構わぬと思った.そして安信が刀を振り下ろそうとしたその時,間一髪で満が止めに入った.この親不孝者と,泣き崩れる満の様子を見て安信の気勢が削がれた時に,出かけていた伝内が倒れたと知らせが入る.こうしてその場は大事に至らずに収まった.
 翌日,病床の舟木伝内は安信に,包丁侍の本分は刀剣ではなく料理で主君に仕えることにあると諭す.そして春と共に能登の食材と料理の調査をせよと指示する.能登にはまだ加賀に知られていない食材と料理があるだろう.それを用いて加賀藩饗応料理の完成度を高めたいというのが伝内の目論見であった.
 城下を出立した二人はまず日本海を左手に見て輪島に向かう.安信は,仲間の中で一人生き残ったことで心に深い傷を負った.そのわだかまりを抱えて黙々と歩く.春は,夢中でしたこととはいえ,そのために夫の心がもはや自分を離れてしまったのだと思いつつ,安信の後ろを離れて歩く.下の画像のシーンに,二人の心の距離が描かれている.本作のラストシーンでは,二人が仲睦まじく離れずに歩くのと対照的である.
 
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 輪島から先,能登半島の先端にかけて揚げ浜式製塩 (下の画像) が盛んな村々があった.これは今でも石川県の文化財としてわずかに行われているようだ.ロケ地は株式会社奥能登塩田村と思われる.左奥の建屋には鹹水を煮詰める釜がある.
 
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 塩の味は,塩田ごとに異なるという.日本古来の製塩方法は,濃縮した海水 (鹹水) を釜で煮詰めて塩の結晶を得るのだが,煮詰める塩梅で塩の組成が違ってくるからであろう.安信と春は塩田を訪ね,作られている塩を舐めては帳面に記録していく.
 塩田を訪ねる旅の途中で春は,柚餅子作りを目にした.今は亡き真如院が,過ぎし日々を懐かしんだ,あの柚餅子である.
 下の画像,和紙に包まれて糸で吊り下げられているのが「輪島の丸柚餅子」である.これは,各地に在る一般的な和菓子の柚餅子と異なり,柚子を丸々一個使うところが他所の柚餅子と違う.元々は能登の柚餅子が全国に伝播しているうちに餅菓子に変化したのであろう.丸柚餅子は,いささかお値段は張るが能登土産として知られ,通販でも購入できる.(柚餅子の資料と通販は柚餅子総本家中浦屋)
 下の場面は,ラストシーンに繋がる伏線である.
 
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 安信と春は,能登漁師たちが使う「いしる」(魚醤) も調査をする.下の画像で安信が手にしている徳利に入っているのが「いしる」だ.鮑等の貝殻に魚介を入れて焼く能登の「貝焼き」は「いしる」で調味するものだという.無論「いしる」は工業生産品ではないから,漁家ごとに風味は異なったであろう.それもまた安信夫婦は帳面に書き留めて旅を続けた.
 能登の塩はともかく,「いしる」を耳にしたことのない人には,全く台詞のないままに進む下の場面は,何のことやら全くわからない.
 
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 下の画像は熟成中の「いしる」の樽.既に述べた鱒の巻き寿司と同じく,これについても劇中で全く説明がないが,映画の観客が物語を追体験することを欲するならば,映画に対して能動的に関わるべし (つまりわからないことは自分で調べよ!) というのが監督の姿勢なのだろう.文学作品も映画も同じだ.漫然とスクリーンを眺めていたのでは物語を理解できないという映画作法に私はむしろ好感を持つ.
  
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 時には野宿をしながらの長い旅は,女の身の春には辛かったであろう.しかし安信の調査を助けながら,足袋に血を滲ませながらも健気につき従ってくる春を見て,一度は凍りかけた安信の心は遂に融けた.春を,この妻をいとおしく思った.
 ちなみに邦画の名作『砂の器』で,石川県の寒村に生まれた本浦秀夫と父・千代吉が放浪の旅に出たのが能登であった.安信と春の二人が海岸を旅する光景は『砂の器』へのオマージュである.
 
 能登の旅から戻った安信は,伝内を後見にして加賀藩伝統の饗応料理の献立を作成した.それには能登の旅の成果を取り入れた.
 そして饗応の当日,安信は伝内に代わって差配を執った.
 だが伝内父子が城中で一世一代の技を揮っているとき,春は舟木の家を出た.あの日,舟木伝内は厨房の土間に膝をついて,安信を一人前の包丁侍にしてくれと春に頭を下げた.安信が立派にお役目を果たす侍になった今,自分の役目はもう終わったと思ったのである.
 真如院の墓前に柚餅子を供え,柚餅子のような夫婦になれませぬでしたと春は掌を合わせ,脚は北へ向かった.
 
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 それから暫く経った頃,舟木家から出奔した春は,能登の浜で海女相手の食い物商いをして暮らしていた.能登は,かつて夫と旅した思い出の地である.
 海女のために貝焼きを拵えていると,「うまそうだ」と懐かしい声がした.
 
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 安信は,春をみつけるまで戻るなと伝内に命じられたと言った.
 そして,満には,孫を生むのは春しかいないと言われたと.
 安信は,二人で能登を旅した時以来,春以外の妻は考えられなくなっていた.だから頭を下げた.俺と一生を共にしてくれと.
 
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 こうして安信と春の夫婦の絆は確かなものとなった.
 それからまた少しして,能登から金沢へ向かう街道に二人の姿があった.それは,春を安信と巡り合わせてくれた恩人であり,優しかった真如院を偲びながらの帰路であった.春は通りかかった村で柚餅子を購い,夫婦は路辺の地蔵尊に柚餅子を供え,供養とするのであった.
 ちなみに,本作における舟木安信のモデルは,加賀藩御料理頭に登った二代目舟木伝内すなわち長左衛門安信である.舟木家当主たちの書き遺した書物のうち,安信が著したとされる『料理の栞』は国会図書館にある.
 
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 邦画の楽しみ方は様々だろう.とりわけ時代劇は.
 よく言われることだが,海坂藩の武士たちは現代に生きる私たちなのである.そして,加賀藩の包丁侍も,その妻も,私たちなのだ.
 だとすれば,ある場合には,映画を作った者の意図を離れた鑑賞も許されるだろう.
 例えば,南洋諸島における玉砕で死に損なった兵士はその後の人生をどう生きたか.これは戦後の文学と映画のモチーフの一つとなった.
 例えば私と同世代なら,バリケードに立て籠もった友たちが大学を追われたあと,日常性に復帰したたくさんの安信たちはそれからあとをどう生きたか.
 老人は時代劇を観て,そんなことを考えるのである.

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2019年8月29日 (木)

グルテン不耐症になりたくて w

 フード・ファディズムの一つに「グルテンフリー・ダイエット」がある.「グルテンフリー・ダイエット」は米国発祥であるが,日本でも流行が始まっている.これはWikipedia【グルテンフリー・ダイエット】で次のように説明されている.
 
グルテンフリー・ダイエット(Gluten-free diet)は、小麦をはじめとした穀物のタンパク質の主成分であるグルテンを除去した食事のこと。もともとグルテン除去食は、セリアック病や小麦アレルギー(食物アレルギー)、小麦の消化や代謝不良等(グルテン関連障害)を改善するための食事療法の中で取り入れられてきた。
2010年代以降、原因不明の体調不良に苦しむプロスポーツ選手やアメリカ合衆国のセレブリティの間で効果があるものとして注目され流行した。このことから、アメリカのスーパーマーケットの棚にはグルテンフリー・ダイエット向けと表記する食品も見られるようになったほか、レストランでもメニュー構成に取り入れる店も現れた。
 
 メディアが「グルテンフリー・ダイエット」を紹介する際は,米国社会におけるセレブリティの間ではやっている食事療法として説明されるせいで,女性に人気がある.
 この流行に敏感に反応した日本の一般女性たちは,医学や栄養学の知識があるわけではないので,ネット上で色々なトンデモ話を開陳している.
 その中で,最近目にした《小麦パンは本当に悪なのか。日本人の約8割はグルテン過敏症と言われる陰にある小麦品種改良の重大な過失とは》が抜群におもしろかった.この アホ 記事の掲載媒体は「IN You journal」といい,営利企業の公式サイトだ.記事の筆者はyokosato (以下,敬称略) という女性で,プロフィルは
 
フードスタイルコンサルタント ファスティング指導・料理教室主催。 自宅出産、完全母乳育児、子供の大病などの経験から「食べ物が体を作る」 ことを身を以て知る。 ファスティングによって10kgのウェイトダウンに成功したことで デトックスと食の知識を伝える活動をスタート。 福島県福島市在住
 
である.
 以下に記事内容を解説付きで紹介するが,この手の インチキ サイトは,都合が悪くなるとコンテンツをさっさと削除してしまうので,リンク切れになった場合の証拠保全のために,テキストと併せてブラウザ画面のハードコピーも引用に供する.
 さてyokosatoは,《以前私が受講した、グルテン不耐性のセミナーでは日本人の7〜8割がグルテン不耐症の可能性が高いとの情報がありました 》と書いて自分の主張を展開する.学術論文を読んで確認する作業がめんどくさいと思う怠惰な人間にありがちなことだが,yokosatoは業者セミナーで聴いたことを右から左へ垂れ流す.
 彼女によると,疲れが取れない,太りやすい,体が重い,頭がぼーっとする,集中できない,下痢あるいは便秘がある,頭痛や腹痛,鼻水鼻づまりなどは,グルテンが原因である可能性が高いのだそうだ.
 Wikipedia【グルテン関連障害】によれば,グルテンが原因と考えられる疾患は,自己免疫系 (セリアック病, 疱疹状皮膚炎,グルテン失調症),非自己免疫・非アレルギー系 (原因不明の失調症,非セリアック・グルテン過敏症,その他),アレルギー系 (食物アレルギー,喘息,接触皮膚炎他) に分類される.
 yokosatoが主張する「太りやすい」他の症状は,非自己免疫・非アレルギー系障害のうちの「原因不明の失調症」に相当するのだろう.そもそもそれらは医学的な意味の症状というよりも,曖昧で客観的所見に乏しい不定愁訴であるから,どんなものでも原因にすることが可能だ.
 ところがyokosatoは,おそらく自分はグルテン不耐症であるという思い込みにより,支離滅裂な行為に走った.それが下の画像にある《ゆるいグルテン不耐性テストをやってみました 》である.なお彼女の文章中には「グルテン不耐症」と「グルテン不耐性」が何の脈絡なく混在しているが,この二つは学術的に意味のある用語ではないので,彼女の頭が《ゆるい 》のは大目にみるべきだろう.
 
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 この画面に続いて次のような記述がある.
 
小麦を取らない生活をするに当たって、実は一番困ったのは息子の給食でした。
福島市の場合には、米飯が週に3回、残りの2回はパンかうどんというパターンです。
以前から給食の牛乳は飲ませていませんでしたが、育ち盛りの息子にパンやうどんなどの主食を抜けとは言えず、結局は夏休みなどの長期休暇の際に試すことにしました。それでも、できることから実行しようと思い、自宅での食事は3食米にし、パスタやパンなどは基本的に食卓に出さないことにしました。
小麦粉の代わりに米粉を常備し、パスタ、うどん、ラーメンなどの麺類は、グルテンフリーのパスタやフォー、そばで代用。
春巻きの皮はライスペーパーへ、揚げ物は米粉に・・
本来、グルテン不耐症テストをする場合には、一切の小麦を抜くのが正しいやり方です。
でも、我が家の場合には、給食の問題の他、小麦好きの夫が台所に立つ人でもあり、完全なグルテンフリーをするのは現実的ではなく、ある程度は妥協し、できる限り小麦をカット!という方向性でテストしてみました。
(具体的には、醤油は使っていましたし、息子は週末に1食だけはラーメンを食べていました。)
そんなゆるいテストでしたが、しばらく続けるうちに変化を感じるようになりました。
息子は「ラーメンを食べて走る(トレーニング)と腹が痛くなる(コメの時はならない)」と言い、私は、パスタやラーメンを食べると時々腹痛を感じたり睡魔に襲われるようになりました。
 
 上の引用箇所の末尾は,ブラウザ画面のハードコピーを下に掲載する.私はこの部分を読んで爆笑した.
 
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 yokosataは,
 
本来、グルテン不耐症テストをする場合には、一切の小麦を抜くのが正しいやり方です。でも、我が家の場合には、給食の問題の他、小麦好きの夫が台所に立つ人でもあり、完全なグルテンフリーをするのは現実的ではなく、ある程度は妥協し、できる限り小麦をカット!という方向性でテストしてみました
 
と書いている.とにかく自分がグルテン不耐症であると結論することがテストの動機であるから,方法が間違っているなんてことは問題ではないのだ.w
 そして彼女はとうとう次のテスト結果を得た.
 
そんなゆるいテストでしたが、しばらく続けるうちに変化を感じるようになりました。息子は「ラーメンを食べて走る(トレーニング)と腹が痛くなる(コメの時はならない)」と言い、私は、パスタやラーメンを食べると時々腹痛を感じたり睡魔に襲われるようになりました。
 
 そもそもyokosatoは,
 
小麦に含まれるグルテンによって、様々な体調不良が起こることを「グルテン不耐性」と言います。
  
と定義したはずである.ところが彼女とその息子は逆に,グルテン摂取を制限することで体調不良となった.つまり彼女は,自らの願望を裏切って,グルテンを必要とする体質だったのである.w
 しかし彼女はへこたれない.とにかく自分がグルテン不耐症であると結論することがテストの動機であるから,グルテン不耐症ではないというテスト結果なんかは無視すればいいのだ.w
 こうしてyokosatoは《グルテン不耐症かもしれない私の食生活は?》という方向に話を進めるのである.彼女は,どんなに間違った主張でも言い張ればいいのだというタイプの人間であるらしい.米国のセレブに憧れていると思われる彼女の我田引水支離滅裂なテストレポートは,下手な漫才よりもずっと面白いのだが,道理というものが通用しない女と暮らしている御亭主がお気の毒ではあるなあ.ww



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2019年8月27日 (火)

S&Bのお手軽調味料

 S&Bから少量の調理に向いたシーズニングが豊富に発売されている.吉田羊さんがCМでおいしそうに食べているので,私もやってみた.
 まずは「菜館」という中華料理系のシーズニングで「じゃがいもとピーマンの塩炒め」を拵えた.
 作り方は超簡単で,普通の大きさのメークインを二個,千切りにしてボウルに入れて水で晒す.水晒しを手抜きして炒めるとベタベタして旨くない.余談だが,May Queenをメークインと書くのは違和感があるなあ.Make inみたいだ.
 で,ピーマンも千切りにして,フライパンでじゃがいもと一緒に炒める.じゃがいもに火が通ったら菜館「じゃがいもとピーマンの塩炒め」をまぶして,ダマにならぬように混ぜながら更に炒める.シーズニングが均一に行きわたったらできあがり.
 
20190827a
 
 できたものを食べてみると,なかなか旨い.旨いが,既に中華調味料が冷蔵庫にあるなら,それを使えば同じテイストになるし,塩コショーだけでも充分に旨いという気がする.ま,買って常備しておくほどのものではないと思う.
 
 次に「菜館」とは別のカテゴリの「SPICE&HERB」シリーズの「ガパオ」を作ってみたが,パッケージに記載されているレシピ通りに作って味見したら,私には少し味が濃かった.
 そこで挽肉と同量の白飯を投入して炒め,炒飯風にしてみた.
 すると味の濃さは丁度よくなり,これはエスニック感があっておいしかった.目玉焼きをこの炒飯に乗せてトマトなんかをあしらうと,見た目もよろしい.シーズニング「ガパオ」はオススメだ.長粒米を炊いて,このシーズニングで炒飯にしてみたい.

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2019年7月30日 (火)

冷たい塩ラーメン

 竹内結子さんがサッポロ一番塩ラーメンを「氷であえる!」(リンク切れになるだろうけど) と言うので, やってみた.商品サイトはこちら
 まず麺を袋から出して,鍋で四分間煮る.通常より一分間長いが,普通に三分間煮るのでは,氷で冷やした時に麺が硬い.
 で,四分経ったら湯を捨てる.水道水で洗うのを二回くらいやる.そして麺を氷水で充分に冷やす.
 丼に別添スープを入れ,水100mlを加えて溶かす.レシピは50mlだが,それでは塩っぱい.
 この丼によく冷えた麺と,氷をいくつか入れる.冷蔵庫の製氷皿で作った氷なら五,六個くらい.下の写真の氷はコンビニのカチ割り氷で,小さい氷は麺を冷やすのに使ったものの残り.大きいのはそのあとに追加したものだ.
  
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 麺と氷ををよく和えて更に冷やし,具を飾り付ければできあがり.私はキュウリとハムを細く切ったものを載せて食べた.そこで思ったのだが,これからの季節には素麺や冷や麦を食べることが多いから,錦糸玉子を作って冷蔵庫に常備しておくといいかも.
 
 普通に調理した熱いスープの塩ラーメンの場合は,スープを飲まなければ食塩摂取量はそれほど気にしなくてもいいが,この冷やし塩ラーメンの場合は,スープの大部分が麺にからんでしまうので,一日の推奨食塩摂取量 (成人男性で8g) のほとんどをこれで摂ってしまう (サッポロ一番塩ラーメンは麺とスープの合計で6.1g) 可能性が高い.
 そういうリスクを冒してまで食べておいしいかというと,そんなことはない.リスクがなければ食べたいかというと,そんなこともない.スーパーで売られている生麺の冷やし中華を百点とすると,このサッポロ一番冷やし塩ラーメンは三十点くらいだ.
 いくら竹内結子さんが美人だからといって,爺さんはうかうかとこんなラーメンを食べないように.

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2019年7月 9日 (火)

フォー対決

 先日,藤沢駅北口「さいか屋」の地下にある成城石井で食料品を物色していたら,ケンミンのフォーが置いてあった.私はこれまでエースコックのフォーばかり食べてきたので,このケンミンの製品も食べてみようと思った.
 とりあえず比較のために,両社の公式サイトに記載されている表示事項を下に引用する.
 
ケンミン食品株式会社
ベトナム風フォー 鶏がらスープ味
内容量   68.9g (米めん50g+粉末スープ18.9g)
 標準栄養成分
  エネルギー   238kcal
  たんぱく質    5.0g
  脂質       0.5g
  炭水化物     53.3g
  ナトリウム    1.8g
 原材料名
  米めん (米、でん粉)、粉末スープ (デキストリン、食塩、魚醤 (魚介類)、チキンエキス、コリアンダー、たまねぎ、にんにく、こしょう、唐辛子、ごま油、調味料 (アミノ酸等)、酸味料、リン酸カルシウム、(原材料の一部に大豆を含む)
 
エースコック株式会社
ハノイのおもてなし 鶏だしフォー
内容量:48g(めん 40g)
 標準栄養成分
  エネルギー   168kcal
  たん白質     3.6g
  脂質       1.6g
  炭水化物     34.8g
  食塩相当量    3.7g
    (米めん・かやく/スープ 0.9g/2.8g)
 原材料名
  米めん (ベトナム製造 (米、でん粉、食塩))、スープ (食塩、香味油、植物油脂、香辛料、動物油脂、砂糖、でん粉、香味調味料、ねぎ、ネギエキス、酵母エキス、チキンパウダー)/加工でん粉、調味料 (アミノ酸等)、乳化剤、増粘剤 (グァーガム)、酸味料、甘味料 (スクラロース、アセスルファムK)、香料、酸化防止剤 (ビタミンE)、(一部に卵・大豆・鶏肉・豚肉を含む)
 
 上記二つの製品は,スープの原材料表示に微妙な違いがある.「ハノイのおもてなし」は主たる原材料と食品添加物を「/」で区切って,食品添加物を明示している.これに対してケンミンのフォーはずらずらと並べているだけである.いずれも工場あるいは本社の所在地を所管する保健所に目を通してもらっているはずだが,エースコックの書き方が好ましい.
 それはさておき,まずはおいしいかどうか,だ.両者のスープを比較してすぐわかることは,ケンミンのフォーのスープがシンプルなレシピで作られていることだ.これについて少し説明する.
 
[ケンミンのベトナム風フォー]
スープの原材料;デキストリン … これは,粉末乾燥したあとで取扱いやすい量にするための増量剤である.
        食塩,魚醤 (魚介類),チキンエキス,コリアンダー,たまねぎ,にんにく,こしょう,唐辛子,ごま油 … これらの材料で味を整えている.他に,調味料 (アミノ酸等) を使っているが,これはたぶんグルタミン酸ナトリウム (を主とする添加物製剤) で,旨味を増強するために使っていると見られる.酸味料も,保存性向上の意味もあるが,フォーのスープにわずかな酸味を加えるためだろう.リン酸カルシウムは色々な機能を持っているので,このスープに入れている目的は不明だ.こうしてみると,純然たる添加物的用途はリン酸カルシウムだけのように思われる.
 これらの材料のうちで,魚醤は東南アジア感を付与したくて入れているのだろう.コリアンダーも同じ.加工食品の設計におけるこのような姿勢に私は好感を持つ.
 
 これに対してエースコック「ハノイのおもてなし」は,いちいち解説するのが面倒くさいくらいに食品添加物に頼り切っている.おそらく業務用商品として販売されている香味油,香味調味料を使用し,さらに食品添加物の香料も使っているが,「ハノイのおもてなし」に魚醤は使われていない.魚醤は東南アジア風味のキモであると私は思うのであるが.
 またそのことに加えて,食品添加物の加工でん粉,乳化剤,増粘剤,甘味料を用いているが,本当にそれらは必要なのか.消費者は疑問に思うかも知れない.実は私も疑問に思うのである.
 
 以上のように書くと,ケンミンのフォーのスープがおいしいかのようであるが,実はさにあらず.原材料表示を読んだ限りは如何にも人工的なレシピである「ハノイのおもてなし」のスープのほうが東南アジア感を漂わせているのだ.ケンミンのフォーのスープは,食品開発の姿勢はエースコックのそれよりも良いのに,求められる味を実現する技術に足らぬものがあったと言わざるを得ない.まことに惜しい.
 
 それでは麺はどうか.これはもうケンミンのベトナム風フォーが圧勝である.「ハノイのおもてなし」の麺は,茹でると麺と麺がくっついてほぐれないのに対して,ケンミンの麺はそれがほとんどないから食べやすい.米粉麺の製造技術にかけては,ケンミンはさすがであると言うほかない.
 結論として,ケンミンのベトナム風フォーは,スープの味にもう一工夫あれば,「ハノイのおもてなし」よりもうまくなるはずだ.期待している.
 本記事の終わりに少し補足すると,エースコック「ハノイのおもてなし」もケンミンのベトナム風フォーも,カップ麺のうどんや豚骨ラーメンなどに比較すると塩分は少ないが,それでもスープを全部飲んでしまうと,成人男性の一日のナトリウム摂取目標量の半分近くになってしまう.スープは麺にからんで口に入るのを楽しむ程度にするのがよい.

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2019年6月 3日 (月)

なとりの珍味の嘘 /工事実況中 6/6 更新

 自宅のすぐ近くにファミリーマートがある.さすがにスーパーに比較すると値段はかなり高いのだが,野菜が販売されているので「あ,薬味のネギがないっ」なんて時は重宝している.
 少し前のネット記事で,コンビニ店主たちの覆面座談会の記事を読んだ.最近の新聞やテレビ報道で国民によく知れ渡ってしまったが,コンビニ本部の中で一番極悪 (フランチャイズの店主にとって) なのはセブンだそうだ.狭い地域に同じセブンを集中投下的に乱立させ,店舗数で他のコンビニを圧倒し,駆逐するという戦略なんだそうである.もちろんセブン同士の競争が生じるから,つぶれるセブンの店も多いと言う.要するに本部だけ儲かれば,フランチャイズ店がどうなろうと構わない,という話だ.
 それに比較すると,ファミマはかなりコンビニ店主の利益も考慮してくれるらしい.昔からそういう評判だから,私はコンビニが何軒も並んでいたら,まずファミマが第一選択で,次がローソンだ.セブンみたいな過酷なビジネスでなければ業界トップにはなれないのだろうが,人間でも,やりたい放題好き放題のタイプのやつは私の友ではない.
 先日,近所のそのファミマに買い物をしに行ったら,棚の入れ替えをしていた.おそらく本部から来た社員と思しき人が,酒のつまみ類 (各種乾き物やチーズ類) を棚から棚へ移動した結果,焼酎の棚の対面につまみ類の棚が配置された.私の場合で言うと,黒霧島紙パック1.8Lをカゴに入れてそのままの位置で振り向くと,目の前にズラッとおつまみが並んでいるということになった.これは便利だと思った.菓子類の棚にも少しずつ変化があり,こっちは私にはよくわからないが,客の動線を考慮した変更がなされたのだろう.
 さて,いつものように黒霧島紙パック1.8Lをカゴに入れ,そのままの位置で振り向いたら,目の前にファミマオリジナル商品の「ピリ辛焼かまぼこ」があった.ファミマのブランドだが,販売者は株式会社なとりである.
 買う前に習慣的に裏面の表示を読んだのだが,買ってからスキャンした画像を下に示す.(ファミマの公式サイトでは,パッケージ裏面表示は開示されていない)
 この画像に文字で書かれていることは,法で定められた記載事項であるから,これは著作物に当たらない.従ってこの画像の掲載は引用に相当しない.
 
ピリ辛焼かまぼこ
20190603a
 
 これがどんな商品かというと,「チーズかまぼこ」は細い棒状にカットしたチーズ加工品をタラすり身で作ったシート状のもので挟んだ食べ物だが,そのタラすり身シートだけを細い紐状にカットしたものだ.つまりチーズがないチーズかまぼこである.言葉で説明するのは難儀だから,パッケージに印刷されている画像を下に載せる.この画像は著作物であるが,どのような商品であるかを一目瞭然に説明するために不可欠であるから,これは正当な引用に相当する.
 
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 で,この手の珍味類は炭水化物が少ないのが普通だが,「ピリ辛焼かまぼこ」の栄養成分は圧倒的に炭水化物だ.
 これが炭水化物の多い原材料で作られているなら不思議はないが,「ピリ辛焼かまぼこ」の主たる原材料は「鱈すり身」であり,「鱈すり身」の主成分は,タンパク質だ.普通に考えれば,これはおかしい.タンパク質が主たる栄養成分になるはずである.ならば「ピリ辛焼かまぼこ」の主成分たる炭水化物は,一体どこからやってきたのか.
 実はこの商品の類似品 (糸柳焼かまぼこ) が,なとりオリジナルで販売されている.そこで,その類似商品に関して「原材料表示と栄養成分表示に矛盾があるがなぜか」という質問を送ってみた.なとりから回答が来たらこの続きを書くことにする.(下の書きかけ部分は,続きを書くのに必要な資料を,予測で掲げてある)
 なとりから回答がきた.下に全文を引用する.
 
お問い合わせいただきました件、弊社製品「糸柳焼かまぼこ」のパッケージに記載している「栄養成分表」の数値は、製品の栄養成分分析結果でございます。
同製品(糸柳焼かまぼこ)は、魚肉(鱈すり身)のほか、原材料名欄に記載の副材料を使った「魚肉練り製品」で、炭水化物欄の数値はでん粉や砂糖など、製品に使用した材料による糖質量でございます。
なお、栄養成分表示の順番は、「熱量(エネルギー)・たんぱく質・脂質・炭水化物・ナトリウム(食塩相当量)」の基本5項目については、この順番で表示することが定められています。
ご連絡ありがとうございました。
 
 私は現役会社員時代,対消費者窓口と食品関係諸法に関するコンプライアンスを所管する品質保証部門の長を務めた.その私が,いわゆる「お客様相談室」のスタッフに「これだけはしてくれるな」と指導したところの,極悪な回答の典型例が,上記のなとりからの回答である.つまり上の回答は,消費者からの質問を読みもせず,全く無関係の回答 (単なる用語の定義) を機械的に返信したものだ.
 すなわちこれは「あなたたち愚かな消費者は何も知らないでしょうから教えて差し上げますが,栄養成分表というのは…」という,いわゆる上から目線で書かれている.そして質問には答えない.これは食品企業として最低の慇懃無礼な行為である.
 しかも重大なことに,ここでこの担当者は《炭水化物欄の数値はでん粉や砂糖など、製品に使用した材料による糖質量でございます》と,法に違反していることを白状してしまった.
 加工でん粉と,でん粉は全く別物である.でん粉は植物 (イモ類やトウモロコシなど) から抽出された食品であるが,加工でん粉は「でん粉に対して人為的に化学反応を施して製造した」食品添加物である.かつて加工でん粉と,でん粉を区別しない時代があった.それをいいことに,加工でん粉は,化学反応に使用した薬品の残留などの危険性を考慮せずに製造されてきた.これに対する批判が高まったため厚生労働省は,加工でん粉を食品添加物として規制することにした経緯がある.
 話を戻すと,「糸柳焼かまぼこ」には,加工でん粉は使用されているが,でん粉は書かれていない.つまり,「糸柳焼かまぼこ」には,原材料表示に書かれていない「でん粉」が実際には使用されていることを消費者窓口担当者は書いてしまったのだ.私の最初の質問に対する回答に《炭水化物欄の数値はでん粉や砂糖など、製品に使用した材料による糖質量でございます》とあるが,表示上は砂糖もでん粉も使われていないことになっている.実際に使われているのは,人工甘味料のソルビトールであり,物性改良剤の加工でん粉であるが,消費者にはそんな区別は判るまいと侮っているのである.
 このような,消費者を馬鹿にしているとしか言いようのない,なとりの回答に,私はムッとしたので,ただちに次の趣旨の返信を打った.
「鱈の可食部には炭水化物はほとんど含まれていないが,工業的に製造される冷凍鱈すり身は,タンパク質の他に少量のソルビトールを含む(*註).しかし「糸柳焼かまぼこ」はタンパク質5.8gに対して,多量の炭水化物15.6gを含み,これはタンパク質の2.68倍にもなる.このようなものは鱈すり身とは呼べない.鱈すり身の加工品である」
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(*註) 「加熱ゲルの物性値とそのタンパク質濃度依存性から見た各種の等級のスケトウダラ冷凍すり身の加熱ゲル形成能」
(北上誠一 et al. 日本水産学会誌 75(2), 250-257 (2009) ) のTable 1 を下に引用する.

20190605b
  上表のAdditiveはソルビトールとポリリン酸Naの合計値である.この表では,ソルビトールとポリリン酸Naの内訳が不明だが,次の論文のTable 1 に明細が示されている.すなわちAdditivesはほんどがソルビトールである.
「冷凍すり身の加熱ゲル形成の耐凍性に及ぼすソルビトール と重合リン酸塩の協調作用」
(加藤登 et al. 東海大学紀要海洋学部「海─自然と文化」第10巻第1号 1-10頁 (2012) )
 
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 さてどんな再回答が来るか.私の予想では、また完全無視の回答がくるような気がする.w
 
 高橋徳治商店
なぜこんなにもたくさんの添加物が?それは原料の魚の量の違いによるものです。市販品は原料の魚が約30%。増量剤と水と油を混ぜて、すりみもどきを作る。乳化剤で水と油をくっつけ、なめらかさをだす。魚じゃないから、アミノ酸やいろいろなエキスや甘味料で味もつける。弾力剤で歯ごたえを、着色料と発色剤でおいしそうに見える色をつけ、保存料や酸化防止剤で長持ちさせる。
 
紀州名産「あしべ焼」蒲鉾本舗丸濱「かまぼこの豆知識」
副材料的な足の補強材としては、でんぷんが良く使われる。澱粉は足の強い魚では逆に足を落とすが、 足の弱い魚ではでん粉を 5~20%使用することで量を増やすとともに、ある程度足を強くする。

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2019年5月13日 (月)

三角おむすび

 先週放送の『チコちゃんに叱られる!』で,例のインチキな「食文化史研究家」の永山久夫が,例によって例の如く,支離滅裂な「独自研究」を開陳した.
 この日の放送の最初の出題は,お握りが三角なのはなぜか,というものだった.そしてこのチコちゃんの質問に対する解説をしたのが,嘘デタラメを平気で放言する永山だった.まず永山は,お握りは弥生時代からあったと主張した.それが下の画像 (テレビ画面をカメラ撮影したもの) である.永山は昭和六十二年に石川県中能登町で発見された「杉谷チャノバタケ遺跡」から出土した炭化した飯の塊が,最古のお握りだと言うのだ.
 
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 確かに,この炭化物が発掘された当初は,日本最古のお握りだとして報道され,地元では町おこしのようにして盛り上がった.ところがよく調べてみると,これはお握りではなく,呪術に用いられたもので,餅米を粽 (ちまき) 状に包んで蒸してから,さらに焼いたものだと判明した.そのため現在は,学術的には「粽状炭化米塊」と呼ばれている.この出土品についての石川県埋蔵文化財センターのコンテンツから,下に引用する.
 
ご紹介する「チマキ状炭化米塊」は、1987年 (昭和62年) 11月22日、鹿島郡中能登町 (旧鹿西町) に所在する杉谷チャ ノバタケ遺跡から、弥生時代中期 (約2,000年前) の竪穴建物 (住居跡) の壁際より単独で出土したものです。底辺が約5.0㎝、他の二辺が約8.5及び8.0㎝の平面略二等辺三角形を呈する炭化米塊 (厚さ約3.5㎝) は、加工・調理されたものとしては日本最古の出土品として、翌月 (22日) の報道発表以来、「日本最古のおにぎり」(の化石:生物の痕跡を指すという広い意味では、確かに本品はイネの化石 とはいえるのかもしれません) として話題を集め、地元においても町おこしの各種イベント等が開催されてきました。米粒の解析結果により、短粒・極小粒の日本型を呈する水稲品種の晩稲の糯米 (もちごめ) で、おそらく蒸されたのち焼かれたものとされ、形状等からも、炊かれて握られた握り飯 (=おにぎり) というよりは、包まれて蒸された (あるいは煮られた) ものに近いという意味で、チマキ (粽) 状炭化米塊とされたものです。 建物の壁際からの単独出土であることや粽の民俗事例などから、本品については、食用というよりは魔除け等呪的な用途が想定されますが、食べられるものであることに変わりはなく、食に関する体験講座等を支える重要な「証人」ともなっています。》(文字の着色はこのブログの筆者が行った)
 
 中能登町は「おにぎりの里」を自称して町おこしに取り組み,地元の諸々の観光案内系サイトも,いまだにこの出土品を「最古のお握り」として町を応援しているが,学術的にはもう決着がついたことで,この出土品はお握りではなく粽なのだ.町おこしの材料にしたい地元の気持ちは理解できるが,そろそろ諦めたほうがいいのではないだろうか.そして自称「食文化史研究家」の永山久夫は,公共放送でテキトーなことを言うでないと非難されるべきであるが,永山の放言はとどまるところを知らない.何としてでも粽状炭化米塊がお握りだと言い張る永山は,これは粽ではなく,三角お握りの先端が尖ったものだと主張する.
 
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 この出土した炭化米塊が「お握り」であることの説明として永山は,ここら辺へんから独自の境地に立って御託宣を宣う.考古学の専門家が粽であるとした形を,いや違う,これは神のおわします山を象ったものである,とする.何となればお握りは神饌だからであるという.(下の三枚の画像)
 
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 次に永山は,神饌としてのお握りは三角形だったが,人々が口にした食べ物のお握りは三角形ではなかったと述べた.(下の二枚の画像)
 
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 そしてここから突如,永山の支離滅裂な妄想が爆発する.神饌の三角お握りは何処かに行ってしまい,昔のお握りは丸かったという話になる.粽状炭化米塊はお握りだったとする主張を忘れてしまったかのようである.
 そして古来,お握りは丸かったとする根拠に源氏物語を持ち出した.
 
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 番組の画面では全く説明がなかったが,下の画面で「屯食」と書かれているのが,お握りだという.書物を引用するなら,最低でも書物の名称くらいは示さねばならぬが,永山にはそんな常識はない.下の画像の書籍は書誌事項が不明だが,現代語訳だ.読み取りにくいが,潤一郎訳と表紙に書かれているから,三つある谷崎源氏のうちの最初に刊行されたものだろう.谷崎源氏には同じテキストでも普及版やら愛蔵版などがあり,私はこの表紙の本を見たことがないので,どれであるかはわからない.ただし出版社は中央公論社で,国会図書館の蔵書だ.この現代語訳では,屯食は現代語に訳さず,屯食のままにしている.
 
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 しかし,この引用箇所は比較的よく知られたところであり,源氏物語の読者には「源氏物語 桐壺 第六段 源氏元服」であるとわかる.
 そこで下に,源氏物語の原文と,与謝野晶子による現代語訳を示す.

[原文]
 その日の御前の折櫃物 籠物など  右大弁なむ承りて仕うまつらせける 屯食 禄の唐櫃どもなど ところせきまで 春宮の御元服の折にも数まされり なかなか限りもなくいかめしうなむ

[与謝野晶子訳]
 この日の御饗宴の席の折り詰めのお料理、籠詰めの菓子などは皆右大弁が御命令によって作った物であった。一般の官吏に賜う弁当の数、一般に下賜される絹を入れた箱の多かったことは、東宮の御元服の時以上であった。
 
 実は永山久夫の学歴はよくわかっていない.もしかするとそのためかも知れないが,古典文学を読む基本姿勢ができていないようなのである.というのは,屯食が現代のお握りを意味するようになったのは江戸時代なのだ.これは我が国の食文化の常識である.食文化に関する常識がない「食文化史研究家」の永山は,高校生がそうするように,古語辞典を調べてみるべきであったのだ.すなわち平安時代の屯食は,酒食一般,あるいはそれを盛った台のことである.無知無学の永山は,江戸時代の屯食はお握りだから,平安時代もお握りだったと思い込んだのである.今なら大学入試に失敗するに違いない.
 源氏物語の現代語訳はいくつもあるが,与謝野晶子は屯食を「弁当」としている.さすがにこれは,なかなかこなれた訳文である.源氏の元服の祝いの席で,唐櫃と一緒にお握りが並べられているはずがないではないか.絹を収めた唐櫃と,食べ物を詰めた引出物の弁当箱が所狭しと並べられたのである.もちろん弁当箱に詰められたのは,質素なお握りなんかではなく,山海の御馳走であったに相違ない.
 この点について昨年,同志社女子大学の吉海直人先生 (日本語日本文学科教授) が《「おにぎり」と「おむすび」の違い 》と題したエッセイを同大学のサイトに載せておられる.その一部を下に引用する.
 
なおここにあげられている「屯食」は、平安時代から用いられている古い言葉ですが、既に意味が違っています。もともとは酒食のこと、あるいは酒食を載せた台のことだったのですが、江戸時代には公家社会において「握り飯」の意味で用いられるようになっているようです。そのことは『松屋筆記』の「屯食」項に、「公家にては今もにぎりめしをドンジキといへり」とあることからも察せられます。
 
 永山の高校生以下の思い込みは,江戸時代の有名な『守貞漫稿』の「握飯」項に「にぎりめし古はとんじきと云 屯食也 今俗或むすびと云 本女詞也」とあるのを読み齧ったからであろう.だがこれは,永山の無教養だけを指摘すればいいというわけではない.Wikipedia【おにぎり】も,次のように同じ間違いをしでかしている.
 
おにぎりの直接の起源は、平安時代の「屯食」(とんじき) という食べ物だと考えられている。この頃の「屯食」は大型の楕円形 (1合半) で、使われているのは蒸したもち米であった。「屯食」が意味するものは時代によって異なり、江戸時代に入ると公家社会では現在のおにぎりのことを「屯食」と呼ぶようになった。
 
 上の引用の前半が間違いである.平安時代には,台の上に蒸した餅米を盛ったものを屯食と呼んだが,屯食はそれに限定されるものではなかった.吉海先生がお書きになっているように,食べ物一般を屯食といったのである.そしてその平安時代の屯食,一合半ものおこわを台に盛ったものは,手にもって食べられる現代のお握りとは無関係である.いずれにせよ,弥生時代にお握りが存在したという証拠はなく,また平安時代の屯食はお握りではなかった.『チコちゃんに叱られる』で永山久夫がしゃべったことは大嘘なのである.
 
 以上のことだけなら永山は視聴者を騙せたかも知れないが,再び永山の説は暴走を始めた.
 永山は,ここまでの説明で《実は三角形だったのは神様にお供えするおにぎりだけ 》《人々が日常的に食べていたのはより簡単に作れる丸いものが多かった 》としていたが,江戸時代になると《三角おにぎりも日常的に食べるように》なったと述べた.(下の漫画中の赤い矢印は,このブログの筆者が描き入れた;実は私はこの漫画は初見であるため,出典を示せないのが残念である)
 
20190514p
 
 視聴者は,この漫画と永山の説明を聞いて,江戸時代には三角形のお握りが庶民に食べられるようになったのだと思うだろう.
 ところが永山の解説はアクロバット的に急転する.
 江戸時代には三角お握りが日常的にたべられるようになったと言ったすぐあとで,永山が子供の頃,三角お握りはなかったと前言を翻したのだ.なんだそりゃ,である.
 
20190514q
 
 そして,三角お握りが普通になったのはコンビニの影響だと語った.
 
20190514r
 
 下の写真で《思うんですよ》などと言っているが,そういうのを独自研究というのだ.思うのではなく,コンビニ本部に取材に行けと言いたい.
 
20190514s
 
 下の写真で,コンビニが三角形お握りを販売したので《全国的におにぎり=三角形に変化 》と永山は言うが,そんなことはない.今でもコンビニでは,丸い形のお握りが販売されている.中に具を入れて海苔で巻いたお握りを作る製造ラインでは,コンビニにお握りを供給している業界で普及しているお握り成型機の,米飯を充填する型が三角形なのである.フィルムのあいだに海苔を挟んでおいて,食べる時に海苔を巻くタイプのお握りは,三角形に成形するのが都合がいいのである.これについては,お握りの包装に関する技術史をネットで調べると大変に面白いので,関心ある向きはどうぞ検索して頂きたい.
 一方,赤飯とか鶏飯とか,あるいは刻んだ野沢菜を混ぜこんだものとか,要するに海苔で巻かないお握りは丸い形のものが多い.海苔を巻かないタイプのお握りは,成型機の型を交換して自由な形に成形できるのだ.永山はお握りの自動成型の製造ラインを見たことがないのだろう.
 また,現在の主要なコンビニは1970年代に実験店や一号店を出店し,1980年代に店舗数が拡大したのだが,それ以前,私の大学生時代に,立ち食い蕎麦屋やスーパーの食品売り場でお握りが売られていた.東京ではそれらのお握りはすべて三角形であった.三角お握りは,コンビニが普及させたわけではない.お握りの形には地方性があり,関東,特に東京では,コンビニの出店が増えるずっと前から,お握りは三角形だったのである.永山は,自分の母親が作ったお握りが丸かったからというだけの理由で,三角お握りを普及させたのはコンビニだと言うが,世間が狭すぎる.この爺さんは,その歳になるまで一体全体,世の中のどこを見てきたのか.
 ちなみに,私が中学生だった頃,三角のお握りを上手に作れない人のために,木製のお握りの型枠があった.これに飯を詰めてから抜き取ると,今のコンビニお握りのような三角お握りができる.それから,ちょっと角ばったところを丸みをつけるように軽く握れば,きれいな形のお握りができるという次第.やがて木製の型枠はプラスティック製に取って代わられた.合成樹脂製の型は,抜き取っただけでフンワリと丸みを帯びているので,手で形を整えることが不要で,大変に便利なものだ.これが画像の一覧
 
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 下の写真では,まるで丸い形のお握りはコンビニで販売されていないとでも言いたいようだ.丸いお握りが運搬や陳列の際に安定せず不都合があるなどとは,食品業界にいた私には初耳である.不都合があるなら,もうとっくにお握りは三角形だけになっているはずで,永山はここでも,取材せずに妄想で語っているのだ.
 
20190514v
 
『チコちゃんに叱られる!』に永山久夫がたびたび出演するが,いい加減にNHKは公共放送であることを自覚し,このような嘘吐き爺さんを登場させないで欲しい.幼い視聴者が多いこの番組で永山に解説をさせるのは,嘘を吐いてギャラをもらう生き方を見せることになり,児童教育的に大きな問題である.

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2019年5月 2日 (木)

低糖質ナポリタン

 およそ料理の発祥店とか,ウチが元祖だと称する話は眉唾が多い.いわゆるスパゲッティ・ナポリタンは,横浜の山下公園に面して建つホテル・ニュー・グランド (先の戦争が終わったとき,厚木に降り立ったD.マッカーサーが東京へ進駐する際に立ち寄ったことで知られる.マッカーサーの新婚旅行の思い出のホテルであった) の二代目料理長が考案したと一般に思われている (テレビの雑学番組など) が,よく調べてみると,彼の考案した料理は,ケチャップで味付けした日本の大衆料理「ナポリタン」ではなく,トマトソースを使用したちゃんとしたパスタ料理であった.そりゃそうだよね.ホテルのシェフなんだもの.ちなみにホテル・ニュー・グランドのレストランは,フレンチの「ル・ノルマンディ」とイタリアンの「イル・ジャルディーノ」だが,ホテル・ニュー・グランド流の「スパゲッティ・ナポリタン」は,コーヒーハウスの「ザ・カフェ」の献立だ.
 
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 レトルトパウチに包装されたパスタソースで「ナポリタン」を標榜する製品がカゴメやマ・マーマカロニから,あるいは同様の缶詰がハインツから出ている.Wikipedia【ナポリタン】に次のように書かれている.
 
マ・マー マカロニでは、1964年(昭和39年)にソース入りゆで麺のパックを「イタリアン」という商品名で販売しており、その後1983年(昭和58年)にイタリアンのソースをグレードアップしたものを「ナポリタン」という商品名で発売するようになった。
 
 昭和四十年代の洋食屋や喫茶店の献立であった「ナポリタン」はほんのわずかの玉葱とウインナ・ソーセージをフライパンで炒めて,これに茹でて作り置きしてあるスパゲッティを投入し,ケチャップで味付けしたものだ.うっすらと記憶しているのだが,確かにマ・マーマカロニ (日清フーズのブランド) のソース入り茹で麺のパックで「イタリアン」というのがあった.その影響だろうか,かつて関西圏と中京圏では,関東地方で「ナポリタン」と呼んでいた料理を「イタリアン」と呼んだ.しかし私たち関東地方の者は「そもそもスパゲッティはイタリアンだろうがw」と,その製品のネーミングを嘲笑した.それがあってか,日清フーズは「イタリアン」を「ナポリタン」と変更したのであった.紛らわしいが,これが日清フーズ式の「ナポリタン」の始まりである.そのパスタソースの名称が現在もレトルトパウチのパスタソースとして生き残っているのであるが,もちろんこれは関東地方の大衆料理の「ナポリタン」とは無関係である.
 家庭で「ナポリタン」を作るのなら,レトルトのトマトソースを使えばいいようなものだが,それらはいかにも現代風においしくて,昭和四十年代の首都圏における洋食屋あるいは喫茶店の「ナポリタン」のチープ感に欠ける.高齢者の爺さん婆さんはきっと覚えているだろう,皆さんが青春時代に通ったサ店のマスターは,オープンキッチンでトマトピューレとスパイスを炒めてソースを作ったりはしなかった.彼らは堂々と,私たちの目の前で業務用のケチャップで味付けしていたのだ.だから以下の記述において私が作る「ナポリタン」は,ケチャップを用いた「正統ナポリタン」である.
 
 記事《低糖質スパゲッティ》で試食したポポロの「低糖質ミートソース CarbOFF」は,パッケージの「調理例」写真と実物が大きく異なる内容貧弱な製品であった.これは同社経営者の見識の程度を示している.モノ言わぬ消費者をなめているのである.だから私はもう二度と「低糖質ミートソース CarbOFF」を買わないつもりだ.このブログ読者で,まだこのミートソースを買ったことのない人には,買わぬようアドバイスしたい.
 だが,同社製「ポポロスパ CarbOFF 1.4mm」は話が別だ.これは「緩い糖質制限食」の食材として価値があると私は思う.
 ただし,これは麺としておいしいというものではない.有体にいえば「うまくない」のだが,それを如何にして普通のスパゲッティ並みの味の料理にするか,これが消費者の腕の見せ所だ.何となれば,低糖質という付加価値は捨てがたいからである.
「うまくない」理由の一つは,茹でても硬いことだ.主原料はデュラム・セモリナではあるが,これに水不溶性の食物繊維からなるブラン (糠) を加え,押し出し製麺法で圧力をかけて成形してある.しかも成形後に乾燥工程を経ている.これは喩えてみれば,セメント (小麦粉) に水と砂利 (繊維質) を加え,圧を加えてから乾燥したようなものだ.非常に堅固なコンクリート構造物ができあがっているのである.w
 この記事の前では,この麺を15分茹でてみたが,やはり「博多ラーメン的バリカタ」状態であった.そこで今回は20分に延長してみた.茹で途中の一本を取り出して噛んでみたら,少しは食感が改善されたように思えたが,これ以上に長時間茹で続けるのは,煮込み料理ではあるまいし,浪費というものだ.Amazonのレビューに,圧力鍋で茹でた人の感想が掲載されているが,それが正解かも知れないと思った.
 今回はバリカタでも致し方ないと諦めて,20分で茹で上げた.
 この麺が「うまくない」理由の二つ目は,この麺にはブラン特有の臭気があることだ.もし20分以上茹でるのであれば,臭いが溶け出し,かつ煮詰まった湯を捨てて,新しい湯で茹で続けるとよいと思われる.
 具材だが,昔の喫茶店ではピーマンは入れなかったと思う.ピーマンを嫌いな人が多かったからだろう.野菜は玉葱のみが正調である.あとはウインナ・ソーセージだが,これはいわゆる赤ウインナを数ミリの厚さにカットして用いるのが正しい「ナポリタン」の在り方であるが,安価なハムの切り落としでもよろしい.ところが残念ながら私の冷蔵庫には赤ウインナの買い置きがなかった.そこで近所のファミマに出掛け,代替に「お母さんシリーズ」のチョリソを買ってきた.使ったのは二本である.赤ウインナなら三本ちょっとくらいに相当するか.
 まずフライパンで玉葱を炒め,火が通ったらチョリソの輪切りを加えて少し炒める.続いて茹でておいた低糖質スパゲッティ (まだ冷めていない) を投入し,塩と胡椒で軽く味をととのえる.次いでカゴメのチューブ入りケチャップを加えて,全体が均一に見えるように混ぜ合わせる.
 塩胡椒をしたのは,ケチャップだけだと糖分が多くなってしまうからである.それでは何のために低糖質スパゲッティにしたのかわけがわからなくなるからだ.以上で,上に掲載した写真のナポリタンの出来上がりである.
 食べた感想を正直に書けば,前回の記事で紹介した五木食品の低糖質うどんをケチャップで味付けした方がよほど「ナポリタン」に近い.ポポロの低糖質乾麺は,商品として失敗作だと思う.

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