食品の話題

定年まで食品会社の技術者として生きてきました.食品科学や食品の法律,食品事件など.

2017年3月 5日 (日)

藤沢 近江堂の団子

 藤沢駅の北口を出るとすぐにビックカメラのビルがあり,その横に「遊行通り」という道の入口があって,その先は藤沢橋交差点方向に続いている.
 ビックカメラのビルの東側,遊行通りに面して近江堂という和菓子屋さんがある.藤沢駅北口が現在のような姿に再開発されるずっと前からある古い店の一つだ.
 その近江堂に,先日の朝の十時少し過ぎ,銀行へ行く用事があったついでに何の気なしに入ってみた.この辺りは私が若かった頃からの馴染みの通りであるのに,どういうわけかこれまで近江堂に入ったことがなかったからである.
 それに,去年であったかテレビ東京で,人気のお笑いコンビ「さまぁ~ず」の二人が湘南を散歩するという番組があり,そのときに近江堂に立ち寄って菓子を買っていたのを思い出したこともあった.

 朝の十時過ぎに,開けたばかりの店に入り,壁際の棚と店内中央のテーブルに並べられた品をざっと見渡すと,この店の売り物は和菓子といっても高級な生菓子とか干菓子などではなく,いたって庶民的な菓子を商っているようだった.
 そして店の奥,入り口のドアの真正面にガラスの商品ケースがあり,大福や団子の類が置かれていた.直感的にこれはおいしそうだと感じられたので,粒餡の草餅と道明寺の桜餅を二つずつ注文した.
 ついでに「みたらし団子を三本ください」と言ったら「五本だとお得ですよ~」と言われたので,こうなりゃもう今日の飯は甘いものだと決めて,団子を五本買った.

 さてその日の昼飯と夕飯に,買ってきた餅と団子を食った.特にほめておきたいのだが,初めて買った近江堂の草餅は,蓬の香りが立っていておいしいものだった.蓬はもしかしたら今年採れたものかも知れない.
 余談だが,日本全国で食べられている草餅 (京都の生八つ橋や大宰府の梅ヶ枝餅など類似の菓子も含めて) は大変な量になるに違いない.それに使用する蓬も大量であろうと想像されるが,それは果たして自生しているのを採集したものだろうか,それとも畑で栽培したものであろうか.これについて Wikipedia には記載がない.
 調べがまだ行き届いていないのであるが,少なくとも回転焼きで知られる「御座候」のウェブサイトには,

「安全な原料を調達できないか?」
始まりは平成18年。もともと自生しているものが原料となることの多いよもぎでしたが、栽培工程のわかる安全な原料を調達できないものかと相談を受けたのがきっかけでした。
しかしよもぎは農作物として栽培されている事例がほとんどなく、何もかも手探りの状態で栽培に向けた調査、試験をスタートしました。

とあり,蓬は《自生しているものが原料となることの多い》こと,そして同社では原料蓬の一部を農家に栽培委託していることが書かれている.この記述からすると,おそらく個人商店の和菓子屋が使う蓬は,自生のものを地産地消しているのではないだろうか.

 で,その日の昼飯も夕飯も餅と団子を食ったのだが,食べきれないみたらし団子が二本余ってしまった.
 団子を入れてあるパッケージには「本日中にお召し上がりください」と書いたシールが貼ってあったが,すぐ腐敗するとかカビが生えるとかは考えにくいので,まあ大丈夫に違いないと食卓に置いておいた.
 翌日の昼,前日に食べ残したみたらし団子を食べて私は「おお」と感心した.
 というのは,前夜に食べたときにはちゃんと柔らかくおいしかった団子が,翌日にはデンプンが老化して明らかに固くなっていたからである.シールに「本日中にお召し上がりください」と書いてあった通りの品質であったから,「やるやるとは聞いていたがなかなかやるな近江堂」(←寛平ちゃんとか高田の純ちゃんが今でも言う半分死語化した昭和感溢れる台詞) というわけなのであった.

 近江堂の団子が,一日で味が落ちてしまったのに,私がなぜ感心したかというと,これが本来の団子だよな,と思ったからである.
 セブンやローソンはどうか知らないが,私の家の近くのファミマでは,山崎製パンの団子が定番になっている.
 ちなみに同社の商品情報ページをみると,

串団子 (たれ・あん・三色)
自慢のたれ・あん・三色、3本パックの団子
サッと程よく焼き目をつけた団子にとろりとしたタレをからめた「串団子 (たれ)」、あんの甘味がおいしいハーモニーを奏でる「串団子 (あん)」、彩りと香りのバラエティを楽しめる「串団子 (三色)」を取りそろえました。今日の好みで選んで、煎れたての緑茶といっしょに召し上がれ!

となっているが,実際に商品のパッケージに表示されている商品名は「串団子」ではなく「串だんご」である.ウェブを検索して調べてみたら,十年前の商品は包装にも「串団子」となっていたらしい.山崎製パンは,同社公式サイトを管理する部署の仕事が雑である.(笑)

 この団子については栄養成分表が掲載されているが,なぜか原材料表示が見当たらない.
 そこでパッケージに記載されている原材料表示を以下に示す.

原材料名/醤油だれ (砂糖、醤油、昆布だし)、上新粉 (うるち米(米国))、砂糖、トレハロース、ソルビット、加工デンプン、グリシン、pH調整剤、調味料 (アミノ酸等)、カラメル色素、酵素、(原材料の一部に卵、小麦を含む)

 ここに表示されている原材料のうちで,デンプンの老化を遅延させ,翌日翌々日になっても団子の柔らかさを維持させる効果を有するものというと,まずトレハロースである.(トレハロース製造者である林原のURL はここ)
 原材料表示からは判断できないのであるが,食品添加物である「加工デンプン」 (多種多様な性質と効果の製品がある) も老化防止の目的で添加されているかも知れない.
(話が横に逸れるが,「加工デンプン」は我が国の食品添加物界における恥部,食品業界の暗部である.これについては稿を改めて詳述する必要があると常々思っている)

 山崎製パンの団子には,上に示したように各種の食品添加物が用いられている.
 私は,このブログで度々書いているように,食品添加物すべてを頭から否定する一部のインチキ評論家が大嫌いである.
 なぜかというと,現在の私たちが謳歌している豊かな食生活に食品添加物は寄与していると考えているからだ.
 しかし,食品添加物全部を肯定しているのではない.私が肯定する食品添加物は,消費者にメリットがあるものに限る.
 例として,みたらし団子を考えてみよう.
 みたらし団子は,日々の食生活の必需品ではない,たまに食べればいい嗜好品だ.町に買い物に出たついでに,思いついて和菓子屋に寄って,買って帰ればいい,そういう食べ物である.
 包装に「本日中にお召し上がりください」と書いたシールが貼ってあるだろう.その通りに,その日のうちに食べればいい.そういう食べ物である.
 実際に近江堂の団子は,翌日は固くなってしまったが,当日中ならおいしかったのである.

 さあ,だとすれば,山崎製パンの「串だんご」に使用されているトレハロース (たぶん加工デンプンも) は,消費者にとって何の意味もない食品添加物ではなかろうか.
 然り.トレハロース以外にも,上述した表示に書かれているグリシンやpH調整剤などは,消費者のためではなく,山崎製パンの都合で使用されている食品添加物なのである.
 すなわち私の基準によれば,山崎製パンの団子は,消費者にメリットのない添加物を用いているのである.
 諸兄がお住いの町に和菓子屋がなければ仕方ないが,もし和菓子屋があるのなら,コンビニで団子を買わずに,その店で買おう.そしてその日のうちに食べよう,そのほうが旨いと私は断言する.きっと昔から人々が食べてきた団子の味がすると思うのである.

 終りにまたまた余談だが,後日の午前中に近江堂へ行き,豆大福を買った.開店直後に店頭に並べられたその大福は,実にとろけるが如くに柔らかった.
 これが時間経過と共に,食感がしっかりしてくる.そこで思ったのだが,十個くらい買って帰って一日中,二時間おきに豆大福を食い続け,その試験結果を基に「近江堂の大福はね,〇時に店に行って買うと旨いんだ」などと講釈を垂れてみたい今日この頃である.

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2017年1月19日 (木)

なべやき考 (大船 運ど運屋)

 昨日の記事《すきやき考》に私は次のように書いた.

以上をまとめて考察するに,江戸時代は貞享から元禄にかけて,鍋料理である「杉焼き」が料理屋でもてはやされた頃は,「焼く」には「煮る」調理も含まれていたと考えられる.
 翻ってみれば,和語「たく」は,「炊く」「焚く」の他に「焼く」とも書く.よく挙げられる用例は「護摩を焚く」「護摩を焼く」である.(共に「ごまをたく」と読み,後者は「ごまをやく」とは読まない)
 つまり「炊く」も「焼(た)く」も,便宜的に別の漢字を当ててはいるが,元々は同じ和語「たく」なのである.
 すなわち料理名の口語「すぎだき」を料理屋が「杉焼き」と書き表したために,次第に読みが「すぎやき」に変化したと考えられる.

 この論理を鍋焼きうどんに適用してみようというのが本稿の意図である.
 すなわち,元々は「鍋で炊いたうどん」料理は「なべだきうどん」であるが,この煮込みうどん料理を考案したうどん屋が品書きに載せる際に,「たく」に漢字「焼」を当てて「鍋焼き (なべだき)」と書いたために,いつしか客たちは「なべやきうどん」と呼ぶようになった.これが私の仮説である.
 以上,鍋焼きうどんについての考察終わり.昨日長々と《すきやき考》を書いたのは,実は本日の《なべやき考》のマクラだったのである.とはいえ短かすぎるのもなんだから,もう少し書き足す.

 鍋焼きうどんは,自宅で拵えようとすると色々な具を揃えるのがめんどくさいので,端から作る気が起きない.
 だったら蕎麦屋で注文して食えばいいようなもんだが,東京でも横浜でも藤沢でも,私が出向く辺りの町中で,蕎麦屋の熱い汁うどんを食うのは,私の苦手とするところだ.
 大阪人は東京のうどんを「人間の食いもんじゃねえ」と罵る (のがお約束だ) が,あの真っ黒けで極端に甘辛い汁はそう言われても仕方ないものだと思う.

 私の郷里の群馬県は,江戸期の昔から食い物には質素だったという.
 利根川流域は別として,赤城山麓から南に広がる地方,すなわち現在の関東平野北端に位置する県域は,陸稲耕作地帯だった.うまい米が採れなかった.そのせいで酒は臭い清酒しかできなかった.
 その代わり小麦栽培は盛んに行われ,うどんの質の高さには見るべきものがあり,福田赳夫元首相がよく郷土自慢していた.
 昭和の中頃の群馬.食い物に質素な一般庶民の家でうどんを打ったり,乾麺を茹でて食うときの汁は,煮干しで出汁を採った.蕎麦つゆでも,うどん汁でも味噌汁でも,すべて煮干しの出汁だった.煮干しは安価だったからである.
 蕎麦うどん用には,煮干し出汁に少しの醤油で味付けをした.砂糖や味醂は,贅沢品だったからとまでは言わないが,使わないのが上州の家庭では普通だったと思う.だから東京風の喉が渇くような甘辛さはなく,あっさりとしていて,蕎麦の味もうどんの味もしっかりとおいしく感じられたものだ.
 だがしかし時の流れは如何ともし難く,有名な水沢観音の門前街道のうどん屋も,昔は上州風の汁のうどんを食わせたのであるが,今ではすっかり観光地化してしまったせいで,東京からの観光客に迎合したのであろう,甘辛い汁や胡麻だれなどと妙なつけ汁が幅を利かせるようになり,中にはカレーうどんなどを出す店まであって,わけがわからぬ状態になり果てたのが残念である.

 東京の蕎麦の名店は別として,私が入口をくぐるような蕎麦屋は,うどんも商っている.
 そういう店で私が天ぷらを肴に酒をのんでいると,すぐ隣のテーブル席でデパートで買い物を済ませて立ち寄ったと思しき推定年齢五十七歳の御婦人が鍋焼きうどんを注文して食べたりする.
 その様子が否応なく目に入ってくるから鍋の中を何気なく見ると,立ち昇る湯気の中にメインは海老天か落とし卵,これに麩,蒲鉾,葱に椎茸が載った豪華な陣容で,この上なく美味のように見える.
 だがしかし,御婦人の箸でつまみ上げられたうどんは,甘辛く茶色に煮しめられていて,どう見てもまずそうだ.

 鍋焼きうどんは,美味なのか,まずいのか.

 いずれ遠くないときに西の方角から鉦や太鼓を叩いてにぎやかに阿弥陀如来様御一行がお迎えに来てくださるであろう私は,そろそろこの問題に決着をつけ,そうしてから浄土へ旅立ちたいと思う.
 で,思い出したのが大船駅に近いところにあるうどん屋である.
 ある日,鎌倉へ散策に出かけた折の帰路,鎌倉駅から大船駅行のバスに乗ったら,大船駅前の商店街 (仲通り商店会) が狭いバス通りとぶつかる角にある「運ど運屋」という暖簾が目に入ったのだ.
 妙な店名だが,看板には「手打ちうどん」とあり.運送屋ではなくて歴としたうどん屋なのである.
 「食べログ」をみると,絶賛レビューが並んでいて,評価は驚きの星3.5 だ.
 レビューの一部をタイトルだけ引用列挙してみる.(斜体の部分)

商店街の昭和なうどん屋さん
大船で雰囲気のある「運ど運屋」さん
冷やし+カレー= 素晴らしいコンビネーション
最近は高級な店もありますが、大船の庶民派うどん屋と言ったらまずここをお勧めします。
気軽に入れるうどん屋
大船仲通商店街を象徴する下町風のうどん屋さん【再訪】
「けんちんうどん」ですが豚肉が入ってます
透明感があり、つるつるとした喉越しとモチモチとした食感の麺
大船うどんと名乗ってもいいと思う
きちんとした手打ちうどんが食べられるお店です
「うどんや」だと思ってたけどなぁ…で、確かめた!
面白い屋号のうどん屋
大船の手打ちうどん専門店 @ 運ど運屋
手打ちうどんがなかなか美味しい、運の字ふたつの運ど運屋でうんどんや。
いつも通り過ぎていました。 大船に来ていつか行こうと思っていました、うどん屋なのでうどんの付くセッ
幼時(むかし)鍋焼きうどんはご馳走だった
   この人↑のレビューから以下に少し引用する.
ということで注文したのは、このお店のメニューでも単品では一番高い「なべ焼うどん:980円」。しばらく調理に時間がかかったものの、提供されたそれは、まさしく私の幼い頃に頂いた懐かしい「ご馳走」でした。
鍋焼きうどんとは、かくあるべき、というビジュアルと味付けで、心の中までぽかぽかと温まって、お店を後にしました。

 「食べログ」という口コミサイトが信用できないことは,去年の事件 (「食べログ」は,レビュー者たちの評価とは無関係に,運営側の都合で恣意的に飲食店の評点が決定されていることが,飲食店主の告発で発覚した事件) で今や世間に広く知れ渡ってしまったが,その他にも,飲食店の法違反 (食品衛生法違反など) などネガティブ情報や,辛口評価は書いてはいけない規則 (書いたら削除される) があるなど,まあ随分なことをやっているサイトである.
 そんなわけだから,レビューにも信憑性に疑問符が付く.
 ではあるけれど,《幼時(むかし)鍋焼きうどんはご馳走だった》さんが《鍋焼きうどんとは、かくあるべき、というビジュアルと味付けで、心の中までぽかぽかと温まって》とまで書いているので,この「運ど運屋」で鍋焼きうどんを食べてみることにした.体がぽかぽかと温まる料理は私たちの身の回りによくあるが,心まで温めてくれる食い物は,そう滅多にあるものではない.

20170119a

 店を訪れたのは昼前の十一時半頃.既に席の半分に客がいて,小上がりに会社の上司と部下二人と思われる三人連れ,テーブル席には会社員三人のグループ,老夫婦一組,御婦人二人連れ (会話から察するに母娘らしい)などなどであった.人気のある店のようだ.

 私のテーブルに,薄手のガラスコップに注がれた熱い蕎麦茶が置かれ,店の人は「熱いから気を付けて」と言った.熱くて持てなかったから,気を付ける必要はなかった.熱いお茶は湯呑に入れて欲しいものだが,それは私の個人的希望に過ぎない.店の流儀にとやかく言うものではなかろう.
 さて鍋焼きうどん九百八十円也を注文して待つこと暫し,出てきた鍋は土鍋ではなく鉄鍋だった.そしてこれに薬味 (柚子の皮と葱) の小皿と椀が一つ付いて来た.
 具は,衣は大きいが海老の身は小さな小さな (人差し指くらいの長さ太さ) 海老天が一本,車麩ではない極く普通の麩一個,紅白蒲鉾各一枚 (五ミリ厚),椎茸一個,筍一切れ,葱,ほうれん草であった.
(この鍋焼きうどんの料理写真は,ここを御覧いただきたい)
 椀に汁とうどんを取り分けたのだが,箸で持ち上げたうどんが自重で切れそうだったので,慎重な取り扱いが必要であった.次に先ず汁を蓮華で飲んでみた.
 レビューに《鍋焼きうどんとは、かくあるべき、という 味付け》と書かれた汁の,あまりの甘辛さに私の口はひん曲がった.
 「食べログ」レビューで皆が絶賛したうどんを食べてみた.
 レビューに《きちんとした手打ちうどん》と書かれたうどんは,箸で切れそうな,腰抜けうどんであった.
 もったいないから具は全部食べたが,汁はほぼ全部残した.飲んだら血圧が上昇して収縮期 140 を突破すること必定と思われたからである.
 というわけで,これで私は今生の鍋焼きうどんは堪能した.心置きなく御仏のもとに参ることにする.

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2017年1月18日 (水)

すきやき考

「すきやき」はどうして「すきやき」というのか.
 サントリーグループの企業サイトに《名物料理論》というコンテンツがある.ここに曽我和弘という人による《鍋に歴史あり、味付けには理由あり 》と題した寄稿がある.
 ここに書かれている曽我和弘氏のプロフィルは以下の通り.

曽我和弘 (そがかずひろ):出版プロデューサー・フードプランナー
グルメ雑誌「あまから手帖」など出版畑を歩いた後、'99年に (有) クリエイターズ・ファクトリーを設立。編集製作のほかに飲食店プロデュースやフードプランニングの分野にも進出し、数多くの繁盛店を世に出す。その他、文化人としても活動。辻学園フードコーディネーター養成講座、大阪料飲協会の講師を務めるなど、幅広く活躍。

 で,曽我氏の文章から一部を引用する.

そもそも、すき焼きとは、その名の如く農機具であった鋤で鶏や魚などを焼いたことから始まった料理である。

 こういう説を唱える人は多いのだが,この説を裏付ける文献が示された例を私は知らない.
 Wikipedia【すき焼き】を見てみよう.

歴史
鋤焼
日本では幕末になるまで、牛肉を食べることは一般には行われていなかったが、別に「すきやき」と称された料理は存在していた。古くは寛永20年 (1643年) 刊行の料理書『料理物語』に「杉やき」が登場しており、これは鯛などの魚介類と野菜を杉材の箱に入れて味噌煮にする料理である。さらに享和元年 (1801年) の料理書『料理早指南』では、「鋤やき」は「鋤のうへに右の鳥類をやく也、いろかはるほどにてしょくしてよし」と記述されている。また、文化元年 (1804年) の『料理談合集』や文政12年 (1829年) の『鯨肉調味方』にも具体的な記述が見られ、使い古した鋤を火にかざして鴨などの鶏肉や鯨肉、魚類などを加熱する一種の焼き料理であった。他にも、すき身の肉を使うことから「すき焼き」と呼ばれるようになったという説もある。この魚介類の味噌煮の「杉やき」と、鳥類・魚類の焼肉という「鋤やき」という2種類の料理が、「すき焼き」の起源として挙げられている。

 なるほど.では「杉やき」とは何かを検索してみた.
 すると,スカパーやケーブルテレビの時代劇専門チャンネルで以前放送されていたという番組『料理昔ばなし ~再現!江戸時代のレシピ~』の公式サイトに,《杉の香り漂う上品な料理 はまぐり杉焼き 》というウェブページを見つけた.
 その説明に

雛祭りといえば「はまぐり」ですが、平安時代から伝わる『貝合わせ』に見られるように、はまぐりは古くから女子の貞操を表し、良縁を招く食べ物とされてきました。
今回は、そんな食材はまぐりの魅力を最大限に引き出すはまぐりの杉焼きをご紹介。
日本古来の調理法、石焼き、煎り焼きと並ぶ伝統の焼き方「杉焼き」の魅力をご堪能ください。

とあり,「杉焼き」の作り方が料理手順の写真付きで書かれているのだが,これを見て「どうも妙だ」と思う人が多いのではないか.
 なぜなら,水で濡らした杉板をガス火の上に載せても,杉板に水分がある限り,板の上は少し湯気が立ってちょっと熱い程度の温度であり,従って板の上のハマグリに火が通ることはあり得ないからだ.
 それが証拠に,

3.
その上にはまぐりを置き、杉の板ごと火にかけます。コンロを使用する場合弱火にします。また杉の板に火が燃え移る事があるのでご注意ください。

の横に添えられた写真をよく見ると,杉板は焦げ始めて今にも燃え上がりそうになっている.このあと火が付いてボーボーと燃える杉板の炎の中で,ハマグリはようやく口を開いたに違いない.
 よくまあこんな嘘を堂々と載せるものだと大笑いしてこのサイトのトップページをふと見ると,監修者はあの永山久夫センセーだった.さもありなん.(笑)

 もうちょっと信憑性の高い記事はないものかとさらに調べを続けると,平凡社世界大百科事典の【焼物】に記載があった.

《…… 江戸時代になると焼物の種類も多くなってくるが,貞享・元禄(1684‐1704)ころもてはやされた料理の一つに杉焼きがある。杉箱の中にみそを濃く溶いて煮立て,そこへタイ,カモなどの魚鳥や野菜を入れて煮るもので,杉箱の底にはのり(糊)で塩を厚く塗りつけて焼けないようにした。タイやカモの肉にほのかな木香(きが)をうつすというしゃれたもので,《日本永代蔵》はぜいたくきわまる料理という意味の〈いたり料理〉の一つにこれを挙げている

 さすがは平凡社世界大百科事典である.Wikipedia【すき焼き】の《古くは寛永20年 (1643年) 刊行の料理書『料理物語』に「杉やき」が登場しており、これは鯛などの魚介類と野菜を杉材の箱に入れて味噌煮にする料理である。》よりも具体的だ.この Wikipedia【すき焼き】に書いてあることだけでは,どうすれば杉板の箱で味噌煮が作れるのか皆目わからないが,世界大百科のように《杉箱の底にはのり(糊)で塩を厚く塗りつけて焼けないようにした》と書かれていれば,「おお,なるほどっ」と膝を打つことができるというものである.
 というわけで,あの永山久夫センセー監修による再現実験料理「はまぐりの杉焼き」は大嘘であることがほぼ確定である.(大笑)

 以上をまとめて考察するに,江戸時代は貞享から元禄にかけて,鍋料理である「杉焼き」が料理屋でもてはやされた頃は,「焼く」には「煮る」調理も含まれていたと考えられる.
 翻ってみれば,和語「たく」は,「炊く」「焚く」の他に「焼く」とも書く.よく挙げられる用例は「護摩を焚く」「護摩を焼く」である.(共に「ごまをたく」と読み,後者は「ごまをやく」とは読まない)
 つまり「炊く」も「焼(た)く」も,便宜的に別の漢字を当ててはいるが,元々は同じ和語「たく」なのである.
 すなわち料理名の口語「すぎだき」を料理屋が「杉焼き」と書き表したために,次第に読みが「すぎやき」に変化したと考えられる.

 このように考えてくると,Wikipedia【すき焼き】に書かれている

さらに享和元年 (1801年) の料理書『料理早指南』では、「鋤やき」は「鋤のうへに右の鳥類をやく也、いろかはるほどにてしょくしてよし」と記述されている。また、文化元年 (1804年) の『料理談合集』や文政12年 (1829年) の『鯨肉調味方』にも具体的な記述が見られ、使い古した鋤を火にかざして鴨などの鶏肉や鯨肉、魚類などを加熱する一種の焼き料理であった

は,実際にはどうだったのかという疑問が湧く.
 『料理早指南』などの江戸期の料理本は,料理屋で出される料理のレシピ集である.そのような店で粋人たちが《鋤のうへに右の鳥類を》焼いたり《使い古した鋤を火にかざして鴨などの鶏肉や鯨肉、魚類などを加熱》したとは,私にはどうしても思われぬ.
 きっと,料理屋では,に似せた形に拵えた鉄板のようなもので肉を焼いて客に食わせたのだろうと考える.
 というのは,そもそも一般的に鋤は木製なのである.(鉄製の鋤も存在するが特殊である)
 例えば春日井市立紙屋小学校のサイトに,昔の農具が写真入りで紹介されている.大変よくできているので感心した.
 この一覧表の下から三段目に「鋤」の写真が載っている.これを見ればわかるように,鋤本体は木製で,先端が鉄の刃になっている.刃からU字状の枠が伸びていて,これで刃と本体が固定される構造である.
 冒頭に紹介したフードプランナー曽我和弘氏は《そもそも、すき焼きとは、その名の如く農機具であった鋤で鶏や魚などを焼いたことから始まった料理である》と言うが,どうすれば木製である鋤を火にかけて鶏や魚を焼くことができるのか.この人は鋤を見たことがないのではあるまいか.

 ちなみに Wikipedia【鋤】に次の記述がある.

すき焼き
なお、柄の取れた古い鋤を野外で鍋の代わりに使って鳥獣の肉や野菜を焼いたのが「すき焼き」の始まりといわれている。

 根拠文献を示さずに愚かなことを書くものである.
 江戸期の小作農にとって鍬や鋤などの農具は命の次に大切な財産であったに違いない.
 そんなことは考えなくてもわかることだ.
 木製本体と鉄製の刃を組み合わせた構造は,刃の部分が割れて壊れたら新しい刃を付け,柄が折れれば木製部分を取り換え,そうして祖父さまから孫の代まで大切に大事に使い伝えるに優れた工夫であった.
 《柄の取れた古い鋤》は修理したに決まっている.《鍋の代わりに》するわけがない.

 各地の郷土資料館などに展示された農具の,使い込まれ年季の入った様子を見れば,彼ら小作農の慎ましい暮しが偲ばれる.
 小作農たちにとって農具は,武士ならば刀に等しい.どうして百姓の魂を火にかけて肉を焼き,わざわざ鈍らせたりなんぞするものか.
「鋤焼き」の「鋤」は,江戸の料理屋が料理に野趣を添えるために鋤に似せて拵えた料理道具であったに過ぎないと私は考えるのである.

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2016年12月26日 (月)

蕎麦粉のロングパスタ

価格.com》のコンテンツ《価格.comマガジン》に,商品情報記事《ふるさと納税の返礼品としてももらえる人気アイテム! 信州発の手作りキット「そば楽」で作ったそばがめちゃめちゃおいしい! 》という記事が掲載されていた.

 この記事で紹介されているのは「そば楽」というキッチンツールで,長野県小諸市の会社「ソニック」が開発したものだ.(ただし類似の商品は以前からある)
 さてこの記事を一読すれば瞭然であるが,これは「蕎麦打ち」の道具ではない.記事の末尾に

難しいといわれているそばですが、基本的にくるくる回しているだけでいとも簡単に作れました。今回のように十割そばだけでなく、粉を変えれば、二八そばなど自分の好きなそばを打つことができるのがいいですね。我が家の年越しそばはこれに決定です!

とあるが,この「そば楽」は「蕎麦打ち」ではなく「押し出し製麺」という製麺方法の道具である.
 私たちが蕎麦というとき,普通それは蕎麦切りのことであるが,「そば楽」は蕎麦切りとは全く異なる麺を作るものであるから,記事は明らかな間違いである.しかしこの記事の筆者は読者に嘘をつこうと思っているのではないようで,ただ単に製麺についての無知なだけだろう.

 昔々,おそらく前漢 (紀元前一世紀頃) の時代に,栽培小麦発祥の古代メソポタミアから,餃子のような食品が中国大陸に伝えられ,これから派生して華北で小麦粉の長い麺を作る方法が考案されたらしい.製法はおそらく現代と同じく麺帯を引き延ばすやり方 (拉麺) である.

 同様にイタリア半島でもロングパスタが生まれた.
 ロングパスタは,古代の製法を私は知らないが,少なくとも乾麺が発明された十六世紀以降は圧力をかけて穴から押し出す「押し出し製麺」がロングパスタの正統的作り方として用いられている.(正統的ロングパスタのアルデンテ食感になじめない日本の若い女性あたりは,正統的でない生パスタがオシャレだとか思っているだろうが,本来のロングパスタではない生パスタは食感がいかにも和風(*1) で,辛子めんたいとか納豆が似合うとは私も思う)

 中国大陸から東へも伝播したが,朝鮮半島では蕎麦粉を「押し出し製麺」で麺に作ることが行なわれた.これが冷麺である.
 ところが日本人は「押し出し製麺」蕎麦の,プツッと歯で噛み切れる固い食感 (冷麺なんかは鋏でジョリっと切ったりする) よりも,「腰」を重視する蕎麦切りを考案して現在に至るわけだ.
 蕎麦にはそんな歴史的背景があるのだが,なにしろ蕎麦切りを作るには修練が要るので,素人には敷居が高い.
 ところが,何ら修行をすることなく,高校生のバイトでも「押し出し製麺」の道具を使えば蕎麦を作ることが可能なのである.
 もちろん蕎麦切りと「押し出し製麺」蕎麦では食感がかなり異なるが,細かいことはいわない低級な蕎麦屋 (本業は牛丼屋) では,客の眼前で「押し出し製麺」した韓国冷麺を茹でて (鍋に押し出し製麺機が取り付けてあり,製麺機から出てきた冷麺が湯の中に落ちるようにセットされている),「打ち立て茹で立て」蕎麦と称して食わせている.うまいかどうかは別として確かにこれ以上の打ち立て茹で立てはない.所用時間は秒の単位だ.(笑)
 客の方も「これは蕎麦切りじゃない」なんて無粋なことは言わないのがお約束だ.冷麺式製法のものではなく,安くてうまい本来の食感の蕎麦が食いたければ,牛丼屋ではなくて小諸そばなどの立食い蕎麦屋へ行けばいいのである.

 ということで,私は別に「押し出し製麺」蕎麦を貶すのではない(*2) が,株式会社ソニックが「そば楽」で「蕎麦を打つ」と言っているのは間違いであることはきちんと指摘しておかねばならないと思う.「家庭でも冷麺を作ることができる」「家庭でも蕎麦を作ることができる」というのが正しい商品説明である.

(*1) Wikipedia【アルデンテ】
誤解
パスタは一般的に茹で上げた後、うどんやそばのように水で締めないため、その後も余熱で芯まで火が通っていく。そのため、パスタは茹であげたときにアルデンテの状態が好ましいとされる。フライパンでソースを絡めたあとや、皿に盛られ口にする瞬間ではない。
また、日本語にもっとも近い表現は「コシがある」というのがふさわしい。しかし、アルデンテは歯ごたえが残る程度に茹でた状態に対して、コシはグルテンを形成する小麦蛋白のグルテニンが作用によるものなので別物である。ちなみにイタリア語には(欧米語のほとんどには)「コシ」という意味の言葉はない。


(*2) 私が学生だった頃の昔から,あるいはそれ以前から,立食い蕎麦屋に麺を卸している製麺業者には押し出し製麺が普及していた.押し出し製麺を「蕎麦を打つ」と言わなければいいのであって,断面が丸い「押し出し製麺」蕎麦 (中にはもっともらしく断面を矩形にしたものもある) は,もはや私たちの食生活において「蕎麦」として市民権を得ている.と言うよりむしろ私は,押し出し製麺の蕎麦に,昭和という時代に対する懐かしさすら感じるのである.

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2016年11月 7日 (月)

続・ゴキブリ缶 (四)

 前稿《続・ゴキブリ缶 (三) 》の末尾に私は次のように書いた.

このように食品の製造工程で異物が混入することはまれなことであるため,品質保証担当者は事故の対処経験を積みにくく,そのため食品の品質保証に関する見識の低い (=責任者の能力が低い) 会社は対処を誤ることがある.(異物混入の経験豊富という会社は,それはそれで困ったものである〈笑〉)

 品質保証担当者の経験値が低いとして食品業界で笑われた例を一つ挙げよう.「はごろもフーズ」と同じく静岡県の缶詰製造業者「清水食品」(現エスエスケイフーズ) の起こした事件である.
 十六年前の夏 (2000年7月),三重県鈴鹿市の主婦が,清水食品がタイから輸入販売したミニトウモロコシの缶詰「ヤングコーン」を開けたところ,ヤモリの死骸が混入していた.
 驚いた主婦は清水食品に苦情連絡をした.しかし電話を受けた同社の品質保証担当者は,缶詰の中にヤモリが混入するなどとはあり得ないと一笑に付して相手にしなかった.クレーマーだと思ったのであろう.
 しかしこの主婦はクレーマーではなく,ヤモリの混入は事実であった.
 清水食品の電話応対に怒った主婦は,地元の三重県鈴鹿保健所に届け出た.鈴鹿保健所は本件を静岡県中部保健所に転送した.保健所間の広域協力はかなりしっかりしていて,静岡県中部保健所は清水食品を指導し,同社は主婦に謝罪すると共に,同じ日に製造された缶詰約二万六千個の自主回収を行った.
 しかし実は本件は,必ずしも自主回収には相当しない事案だったのである.
 というのは,ヤモリはゴキブリなどと異なって,食品工場内で集団で繁殖する生き物ではないからである.(後述)
 このヤモリのヤングコーン缶詰への混入は偶発的な事故だった可能性が高く,実際,回収された二万六千缶にはヤモリの混入はなかったと聞いている.
 しかるに清水食品が自主回収せざるを得なくなったのは,ひとえに主婦からの電話に応対した担当者の不遜な態度が原因だったのである.

 次にもう一つ例を挙げるが,こちらは自主回収しなかったものである.
(続く)

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2016年11月 6日 (日)

続・ゴキブリ缶 (三)

 先月 (10/27),「はごろもフーズ」は同社サイトに社告を掲載し,同社製「シーチキンLフレーク」にゴキブリの死骸が混入した品質事故があったことを公表した.
 ただし,消費者から通報があったのち,ゴキブリが製造工程で混入したことが確定したのは広告の二週間近く前のことであった.
 同社社告から事件の概要を以下に引用する.

10 月13 日にお客様から「製品に虫が混入している」とのお申し出があり、調査したところ、製造工程で混入した可能性が高いことが判明しました。
弊社といたしましては、製造日から1年10 ヶ月を経過し、他のお客様からのお申し出がないことから、連続性はなく、現在販売している製品につきましては、安心してお召し上がり頂けると判断いたしております。
現時点では連続性がないことから、「食品企業の事故対応マニュアル作成のための手引き」に準じて対応を行い、またお申し出いただいたお客様への対応を最優先させていただいたため、結果として公表が遅れたことをお詫び申し上げます。
なお、当該工場に対し、整理整頓、清掃の徹底に加え、防虫対策、専門業者による消毒の徹底を指示し、既に実施しております。
今後、万全を期すため、継続的に異物混入防止対策、防虫対策を講じ、品質管理体制をさらに強化して参ります。
何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

 上の引用について,説明する.
 食品に異物が混入しているとの通報が,その製品の製造会社または行政 (保健所) にあっても,必ずしもその異物が製造工程で混入したものであるとは限らない.
 消費者が当該食品の包装を開封したのちに混入する事例があるからである.公表された詳しい調査データはないので私の長年の経験に基づく印象を書けば,異物混入通報のほとんどはこの消費者の責任によるものである.

 某社のマーガリンを購入した消費者からあった特殊な異物混入通報例を一つ挙げよう.
 そのマーガリンを使っていたら,中にかなり大きな金属片が入っているというのである.
 消費者から当該製品がパッケージ丸ごと宅配便で送られてきたので,その会社の品質保証部署の担当者が,マーガリン中に入っていた金属異物を注意深く取り出したところ,それは平たいヘラのような形のバターナイフであった.
 ただちにネット上にあるそのバターナイフの画像を見つけて調べ上げたところ,それは国産品ではなく,ある輸入品雑貨店で販売されたものであることが,その日の深夜になって判明した.
 製品が送られてきた翌日,消費者に画像と共に「発見された異物は一般的なものではなく,特定の輸入雑貨店で販売されたバターナイフであり,これが製造工程で混入する可能性は極めて低い.そのバターナイフに心当たりはないでしょうか」という旨の回答をしたところ,次のような返答があった.
 「あのバターナイフはうちの息子がイタズラで埋め込んだものでしたよ,あはは」

 もう一つ.
 某社の食品を購入した消費者から「食べていたらガリッと音がして,五ミリほどの大きさの金属塊が出てきた,どうしてくれる」という怒声の電話通報があった.
 その消費者から送られてきた金属塊を調べたところ,虫歯の治療で充填される金属であることが判明した.
 歯科医に確認の上「金属塊は虫歯充填物であるが,これが製造工程で混入する可能性は極めて低く,また製造にあたった従業員で虫歯充填物が紛失した者はいなかった」旨の回答を行ったところ,それ以後,消費者からの連絡はなかった.虫歯充填物はその消費者本人のもので,咀嚼中に脱落したものであると考えられた.実は虫歯充填物が脱落して異物混入と誤認される例は多いのである.

 上に二例を挙げたが,異物混入通報のほとんどは消費者の誤認によるものである.
 また食品業界で名を知られた「消費者」の常習的悪意に基づく捏造もある.
 このように食品の製造工程で異物が混入することはまれなことであるため,品質保証担当者は事故の対処経験を積みにくく,そのため食品の品質保証に関する見識の低い (=責任者の能力が低い) 会社は対処を誤ることがある.(異物混入の経験豊富という会社は,それはそれで困ったものである〈笑〉)
(続く)

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2016年11月 5日 (土)

続・ゴキブリ缶 (二)

 前稿に引用した Wikipedia【まるか食品】に書かれているように,「まるか食品」はゴキブリ混入事件の発覚当初,頑なに製造工程での混入を否定した.これは明らかに,回収を避けようという意志の表れであった.
 製品回収保険に入っていれば特段どうということはなかったはずだが,同社は保険に入っていなかった.同社程度の企業で五千万円以上の損失は大打撃だったろう.何としてでも製品回収を避けたかったのである.
 食品企業における必要経費としての製品回収保険の保険料をケチるという不見識.こういう経営者の見識のなさが,工場にゴキブリが蔓延する事態を引き起こしたと言っていい.この二つは同根なのである.
 しかしどんな小手先の嘘で回収を逃れようとしても,あの工場の実態を知っている人間が騙されようはずがない.斯くして日に日に同社の企業価値は失われていった.

12月11日、問題の商品を外部機関により分析した結果、虫に過熱の形跡が確認されたため、同社は「製造過程での混入の可能性が否定できない」と改め、本社工場・赤堀工場での生産を停止し、ペヤング全商品を販売休止とした。》 (Wikipedia【まるか食品】から引用)

 この事態に,「まるか食品」の経営者はようやく目を覚ました.そして工場の改善に取り組む決意をした.ここからあとの同社の取り組みは真摯なもので,私たち食品産業で品質保証の仕事に就いている者の目から見て立派なものであった.Wikipedia【まるか食品】から以下に再び引用する.

再発防止策および製造・販売再開
その後の調査でも同社は虫の混入原因や経路の特定には至らなかったが、混入の可能性があると考えられる箇所の絞り込みを行ったのち、本社工場では虫の侵入を防ぐため壁を補修し、床を抗菌仕様に変更した。同社は他にも、麺の運搬レーンに監視カメラと屋根を設置するなどの対策を施した上で、2015年5月に「ペヤングソースやきそば」の生産を再開、6月8日から関東地方での販売を再開した。
ところが、当初予想していた2倍から3倍の注文量があり、24時間体制でも製造が追いつかなくなったため、関東地方以外での発売を急遽延期する事態となった。7月からは製造ラインを増やし安定供給に務めるという。関東地方以外の地域 (販売休止前から販売していなかった北海道を除く) では、甲信越・静岡地区が7月6日、東北・北陸・中京・関西・中四国・九州地区が7月13日にそれぞれ販売を再開した。
なお、同社が製造・販売再開に向けた取り組みとして、容器の改良を含む異物混入などの再発防止策に投資した金額は、10億円以上にのぼったと報じられた。

 話は横に逸れるが「まるか食品」が工場を長期停止して改善と会社再建に取り組み始めた当時,テレビの情報番組ではMCもコメンテーターたちも異口同音に「そこまでしなくてもいいのでは」と言った.改善の取り組みは当然であると言明したニュース芸人は一人もいなかった.そのうちの何人かは今もしたり顔して毎日テレビに出ているが,この連中に食品の安全安心を語る資格はない.

 さて以上に述べてきた「まるか食品」の事件に対して,今回の「はごろもフーズ」のゴキブリ混入事件はどうかを見てみよう.
(続く)

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2016年11月 4日 (金)

続・ゴキブリ缶 (一)

「加工食品にゴキブリが混入」と聞けば,誰でも思い出すのは,ローカル企業でありながら知名度は「ペヤングやきそば」で全国的だった「まるか食品」(群馬県伊勢崎市) の異物 (ゴキブリ) 混入事件だ.
 この事件について Wikipedia【まるか食品】から長文だが引用する.

異物混入と自主回収
SNSでの指摘と対応
2014年 (平成26年) 12月2日、購入客が「ペヤングからゴキブリ出てきた」というメッセージと、油揚げ麺の内部にゴキブリとみられる虫が入り込んでいる画像をTwitterに投稿した。12月3日、まるか食品の担当者はJ-CASTニュースの取材に対して、「製造過程で虫が混入するなんてありえない」「虫が混入していたという苦情も初めて」と話したとされるが、そのことが公開されると同ニュースサイトには、複数の消費者から「過去に同様の苦情を入れたことがある」との意見があったという。
同日夜に行われた、群馬県伊勢崎保健所による本社工場への立ち入り調査を経て、翌12月4日、同担当者は再度の取材で消費者からの意見の真偽を問われると、「『初めて』というのは虫の混入全般を指したものではないので、訂正してもらいたい。今回のような大きな虫が麺に混入しているという苦情は初めてということで、小さな虫の苦情は過去にも何件かあった」と説明し、それ以上の明言を避けたという。
同日、他に主要メディアが報じたところによれば、同社は「異物検査をしており、製造工程での混入は考えられない」としながらも、11月10日製造の当該製品「ペヤング ハーフ&ハーフ激辛やきそば」と同日中に同じラインで製造された「ペヤング ハーフ&ハーフカレーやきそば」の自主回収を実施した。
12月11日、問題の商品を外部機関により分析した結果、虫に過熱の形跡が確認されたため、同社は「製造過程での混入の可能性が否定できない」と改め、本社工場・赤堀工場での生産を停止し、ペヤング全商品を販売休止とした。
12月12日には、同社を通じて外部機関による検査結果をメディアが改めて報じ、混入していた異物は雌のクロゴキブリの成虫で、体内酵素「カタラーゼ」の働きが失われており、加熱されていたことが判明するが、虫に付着していた油が工場使用のものと同一かは、検体が小さいことから確認できないとした。
また工場内に設置された約30台の監視カメラの映像を確認した結果、何者かが意図的に混入した可能性を否定している。なお、同社は自主回収が発生した際に、その費用を手当てするための「リコール損害保険」に加入していないこともわかった。一方で、同社の担当者は産経新聞の取材に対し、「油の一致がわからない以上、製造過程での混入を断言できない。第三者が虫を加熱死させ、製造後の商品へ意図的に混入した可能性もある」と話している。

 常識的には,食品会社というのは,万が一の製品回収に備えて保険に入る.
 損保会社と単独で契約する場合が多いが,中小企業の場合は負担が大きいので,集団で加入することもある.
 いずれにせよ,まるか食品は食品産業界の常識を堂々と打ち破って,製品回収保険に入っていなかった.そのことを報道で知った食品業界の (まともな精神の) 人々は唖然としたものである.
 食品の自主回収は,小規模の回収であれば二千万円くらいの費用でできることもあるが,たぶんペヤングやきそばくらいの販売数量の製品だと五千万円以上の損失を計上することになる.
 そこで全国ブランドあるいは準全国ブランド製品の場合,最大で一億円の回収費用が保障される保険契約をするのが普通である.これに入っておけば,回収費用のほとんどが補填される.(ただし回収事件を起こすたびに当然ながら保険料はどんどん高くなる)
 ちなみにその回収に係る諸費用で一番単価の高いのが新聞広告である.製品の販路が全国にわたる場合は全国紙に製品回収広告をだす慣習 (保健所の指導によっては地方紙でもよい場合がある) があるが,全国紙といえば普通は読売・朝日・日経・毎日の四紙でよいと考えるかも知れないが,ここに産經新聞というやっかいな新聞がある.
 以前,読売・朝日・日経・毎日に回収広告を掲載したとたん産經から電話があり,ウチも全国紙なのに無視するのかとネチネチ言われたことがある.産經の広告掲載要求をはねつけると紙面で回収事件をことさら大きく報道されると業界ではかねてから言われていたので,止む無く高い掲載料を払ったのだが,これは今思い出しても腹が立つ.
 現在は新聞広告よりもウェブの方がはるかに広告媒体として強力であることを保健所も知っているので,自社サイトに回収広告を掲載すれば,これを補完するものとして全国紙掲載は一紙か二紙で保健所の了解はとれると思われる.産經新聞の要求は,二流紙には掲載する必要を感じませんと断るのが賢明である.産經ごときに悪く書かれたところで大した影響力はない.
(続く)

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2016年11月 2日 (水)

ゴキブリ缶

 ツナ缶のトップブランド「はごろもフーズ」(本社・静岡市) の「シーチキンLフレーク」にゴキブリが丸ごと入っていたことで,同社が批判を浴びている.
 私に言わせれば,あの工場 (静岡市清水区の下請け工場「興津食品」) では,さもありなん.
 私は「はごろもフーズ」の製品は敬して遠ざけている.

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2016年10月21日 (金)

甘い梅干に困惑している

 最近,歳をとると食い物の好き嫌いがかわるんだなーと実感したことがある.

 昔は梅干しといえば,梅の実を塩と紫蘇で漬け込んで真っ赤に色付けしたもののことだった.
 それがいつの間にか,昆布梅,鰹節風味の鰹梅,蜂蜜を加えて甘くした「はちみつ梅」など色んなバリエイションができた.

 食品の規格などを定めているJAS法という法律では,伝統的製法によって製造された梅干しを「梅干」,近年製造されるようになった調味加工品を「調味梅干」と表示するよう義務付けている.
 私は伝統食品については原理主義的傾向があって,法的な定義による「梅干」のみを梅干しであると考え,「調味梅干」なんぞは邪道の食い物であるとして断固口にしなかった.昆布梅も鰹梅も「はちみつ梅」も,表示を読めば食品添加物を使用してあるのだが,梅干しには本来そんなものは必要ないと考えたからである.(私は食品添加物許容論者であり,食品添加物の使用が不可欠であればどんどん使えばいいと考える.しかし不必要なものに使うのは反対する)

 それがつい最近,ひょんなことから岡畑農園という業者が製造販売している「幻の梅」という商品を食べて,思ったよりうまいじゃんと思ってしまったのだった.
 この業者のサイトに掲載されている「幻の梅」の表示を下に転記する.

梅、漬け原材料(食塩、麦芽糖、蜂蜜、醸造酢)、トレハロース、甘味料(キシリトール、スクラロース)、酒精、ユッカ抽出物

 とまあロクなもんじゃない (*) のだが,一つ食べるとついつい二個三個と食べてしまう.
 ジャンクフードだと承知していながら,時折ケンタッキーのフライドチキンを買って食べてしまうのに似ている.(違)
 いま私の冷蔵庫には内容量一キログラムの大きな「幻の梅」が一箱入れてあるのだが,これを一ヶ月くらいで食べてしまうかも知れない.困ったものである.

(*)漬け原材料(食塩、麦芽糖、蜂蜜、醸造酢)》と意図的に一まとめにして書いてあるのでわかりにくいが,おそらく蜂蜜は申し訳程度にしか使用していないと思われる.それでも,他の業者の製品に比べると,甘味料の使用技術は上手のようだ.他の業者の「はちみつ梅」で,口に入れたとたん,あまりにもあからさまな甘味料の味がして,吐き出してしまったものがある.それに比較すればこの「幻の梅」,ジャンクフードとして大変よくできている.誉めてるのか貶してるのかわからぬが,まあそういうことである.

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