食品の話題

定年まで食品会社の技術者として生きてきました.食品科学や食品の法律,食品事件など.

2019年1月13日 (日)

御苑を飲んでみた

 昨年七月,皇居の一般参観に行った.宮内庁の生協で黒糖焼酎「御苑」を買うためである.
 その時の記事 (《黒糖焼酎を買いに 》) に,次のように書いた.

黒糖焼酎「御苑」は宮内庁生活協同組合が発売元で製造元は町田酒造 (鹿児島県大島郡龍郷町) である.価格は二千六百円 (720ml) で,私が日頃飲んでいる焼酎 (1800ml の紙パック) や泡盛が千五百円前後だから,私にしてはかなりの高級酒である.もったいないから正月に開封することにした.

 その言の通りに,この正月に「御苑」を開封して飲んだ.
 これまで私は自宅でも外でも,「黒霧島」などのグビグビ飲める安い焼酎を愛飲してきたので,「御苑」のような高級焼酎 (需給のアンバランスで高価になっている二,三のブランド焼酎は除く;その手の異常に高価な焼酎は飲んだことがない) の評価にバイアスがかかっている可能性はあるが,水で割らずにグラスの氷に注ぎ,カラコロと少し揺らしただけで口に放り込むと,かなり強い芳香がある.(ような気がする)
 旨いのでたちまちボトル三分の一を飲んでしまったのだが,一本空けてしまうのが惜しくなって,そこでやめた.

 これは一本常備しておくかと思ったが,再度入手するためにまた皇居に行くのは面倒くさいから,製造元である鹿児島の町田酒造のサイトを覗いてみた.たぶん「御苑」は,宮内庁生協が品質にあれこれ注文をつけて単独で蒸留している特注品ではなく,町田酒造のブランドで製造販売している焼酎を「御苑」のボトルと箱に詰めていると思われたからである.
 すると,同蔵の「里の曙 原酒」のアルコール分を調整 (四十三度→三十七度) したものか,あるいは「里の曙 白角」が「御苑」相当品と思われた.ただし「御苑」のボトルは「里の曙 原酒」と同じものである.また,アマゾンでの販売価格は「里の曙 白角」が prime価格すなわち送料込みで二千四百七十円,「里の曙 原酒」が三千二百四十円である.

 この二つを購入し,これをハレの酒として三月の私の六十九歳の誕生日と,平成最後の日に空けることにしようと思う.

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2019年1月 9日 (水)

何はなくとも餅なのだ (二)

 昨日の記事《何はなくとも餅なのだ (一) 》の末尾を再掲する.

冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.

 「なぜ命を賭してまで」という疑問に対する答えとしては「実は命を賭しているつもりはない」でいいのだが,この疑問の元々の趣旨が「餅による窒息死を減らすにはどうしたらいいのか」という観点だとすれば,全く答えになっていない.

 前回の記事でも引用した東京消防庁のサイトに,下の図が掲載されている.

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 この図からすぐわかるように,暮れと正月に餅を食わなければ,餅による窒息事故は半分に激減する.従って餅窒息事故を減らすには「なぜ爺婆たちは正月になると餅を食うのだろうか」という問題が考察される必要がある.
 これについては,婦人画報社の通販サイトに《おせちは作る?それとも買う?調査結果発表 》(2015年9月17日掲載) と題したおもしろい記事がある.
 先ず,御節料理を購入するか否かという質問に対する回答の要点は,
 
Q おせちを購入しますか?(N=894)
   購入する(重箱入り、単品含む) 60% 
   購入しない38%  
   その他 2% (未定、いただく等)
 と、6割が「おせちを買う」という結果となりました。
 購入しない理由として「自分で作る」方は16%でした。

 
であった.次に,御節料理を購入する人たちが購入理由として挙げたのは以下の通りである.
Q おせちを購入する理由は? (N=540、複数回答)
   1 自宅では作れないような品目が味わえるから    44%
   2 有名店の味を味わえるから    30%
   3 年末は忙しく準備する時間がないから    25%
   4 華やかで高級感があるから    24%
   5 自宅まで届けてもらえて便利だから    22%

 
であった.私の場合はというと,もう長いこと御節はデパートで購入している.価格帯は一万~一万五千円で,二段か三段の重箱風の折箱に詰めたものである.購入理由は,私は一年中暇で準備する時間は余っているのだが,作るのは面倒くさいし,娘夫婦などがやってきても,これさえ出しておけば一応の供応っぽくなるからである.御節を作っている暇があるなら,本を読みながら酒を飲んでいたい.
 さて,Wikipedia【御節料理】には次のように書かれている.
 
御節料理の基本というのは、祝い肴三種(三つ肴、口取り)、煮しめ、酢の物、焼き物である。地方により構成は異なる。三つ肴の内容は関東では黒豆、数の子、ごまめ(田作り)の3種、関西では黒豆、数の子、たたきごぼうの3種である。
 
 昨年末にデパートで買った御節料理を仔細に点検してみると,これのどこがめでたいのかと首を傾げたくなるようなチマチマとした創作料理っぽいものが詰め込んであった.黒豆には小さな金箔が貼りついて
いたりしたが,そんな小細工に何の意味があるのか,私にはわからぬ.笹の葉にくるんだ親指の爪ほどの大きさの麩饅頭が入っていて,品書きには「甘味」と書いてあったが,小さすぎて食った気がしなかった.改めてこの御節を眺めていると,これはかつてのバブル景気の残光なんではないかと思えてきた.
 そんなことを考えながら,先日 (1/4) に放送されたテレビ東京《昼めし旅 新春開運SP~全国の豪華雑煮グランプリを決定!~ 》を観たら,奈良県奈良市大柳生町 (奈良市東部の農村地域) の旧家をレポーターの宍戸開が訪問し,その地域の伝統的な雑煮 (*脚註) の作り方を見せてもらっていた.
 その時に,旧家の主である御婦人 (私よりはお若い) が,雑煮と一緒に食べる御節について語ったのが下の画像である.(録画データの加工ではなく,テレビ画面をカメラ撮影してトリミングしたもの)
 
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 このかたのお話では,紅白なますに刻んだ干し柿を加えたなます,黒豆,田作り,祝いごぼうが正月の料理であるという.これを聞いて私は感じ入った.奈良市という歴史ある土地の旧家というものは,さすがである.御節の本来をきちんと押さえて緩むところがない.私のようにデパートで買ってきた御節の黒豆に金箔の切れっ端が貼りついていたのが軽薄だなどと文句を垂れている輩は恐れ入るばかりである.
 この家の主は昭和三十年代初めの生まれであり,現在は母上と二人暮らしのようであるが「昔は正月の料理は,女が立ったり座ったりしなくてもいいように,男がしたものです」と語った.それでも御節の作り方は,女性であるこのかたにも伝えられた.
 そして,どこの家でも正月の料理は自分の家で拵えた昭和をとうに過ぎ,御節がスーパーやデパートで出来合いを買うものとなった平成の終わりに,彼女のように自分で御節を作る人 (世帯) は遂にわずか十六パーセントの少数派となったのである.
 おそらく次の元号のうちに,御節そのものが日本の正月から姿を消すだろう.岩村暢子さんの『普通の家族がいちばん怖い ― 崩壊するお正月、暴走するクリスマス』(新潮文庫,2010年) を読むと,そんな気がしてくる.
 テレビの娯楽番組とはいえ馬鹿にはできない.奈良では私よりも若い御婦人が今でも御節を手づから拵えていると知り,来年の正月は,もし生きていればの話だが,デパートのバブリー御節を買うのは止めにしようと思ったことである.
 
[*脚註]
 この時の『昼めし旅』は各地の雑煮を紹介するのが目的だった.奈良の雑煮は,かつては土地の人は単に雑煮と呼んでいたが,2005年の文化庁「お雑煮100選」で「きな粉雑煮」と名付けられ,この名で全国に知られている.
 作り方は,まず最初に味噌仕立ての雑煮を作る.具は頭芋 (里芋の親芋のこと;京都で頭芋と呼ぶのは里芋とは別種の海老芋の親芋だと資料にある),大根,人参,豆腐.頭芋は関西の慣わしで「人の頭にたつように」との縁起担ぎ,豆腐は蔵の白壁に見立て (=繁盛) たものだという.大根と人参は丸い形に切るが,これも縁起担ぎ.
 頭芋は切らずにそのまま下茹でする.それから他の具を入れ,煮えたら合わせ味噌 (味噌の種類は地域により異なる) を溶き入れ,味噌仕立ての雑煮のでき上がり.
 これとは別に丸餅を焼いておき,雑煮椀に盛った芋などとは別に食卓に載せ,砂糖を混ぜ合わせた黄な粉を添える.(下画像)
 
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 用意ができた雑煮を見て,宍戸開が「餅は別なんですね」とか確認↓.
 
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 先ずは頭芋に箸をつける.そののち,餅を食べる↓.
 
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 しかし各自の椀に焼いた餅を入れてはいけない↓.
 
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 給仕係はそれぞれの前に置かれた餅を台所に運ぶ↓.
 
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 そして鍋の雑煮の中に,平らに潰した餅を投入し,煮て味噌味をつける.煮えたら各自の椀に盛りつける↓.
 
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 椀を再び食卓に運ぶ.各自は椀の餅にたっぷりと黄な粉をまぶして食べる.
 
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 宍戸開は「味噌味がついていることで,ただの黄な粉餅ではない特別感がある」と感想を述べ,「きなこ雑煮」の作り方を披露した婦人は「私たちは御馳走と思って食べていました」と語った.
 以上が『昼めし旅』で放送された奈良の雑煮についての内容であるが,実はこの雑煮は同日 (1/4) に放送されたNHK『チコちゃんに叱られる!』でも紹介された.しかしこちらの放送では,最初から餅を煮てしまう点で,『昼めし旅』の内容と大きく異なっていた.
 私見だが,これはやはり地元の人の言うことが正しいのではなかろか.
 
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2019年1月 8日 (火)

何はなくとも餅なのだ (一)

 毎年のことながら正月三ヶ日に餅を喉に詰まらせて救急車で搬送された人たちのことがニュースになる.
 今年も東京都内だけで,元日から二日にかけて,十七人が搬送され,うち二人が死亡した. (産經新聞,1/2 16:44 配信 )   
 上の産經の記事には《17人のうち、60代以上が12人だった 》とあるが,これはあまり良い書き方ではない.
 東京消防庁のまとめ《餅による窒息事故に注意 》によると,餅による窒息事故で搬送された人の年齢層 (五歳単位で区分) をみると,六十~六十四歳の事故は少なく,四十五歳以上の各年齢層と同等なのである.餅の窒息事故は六十五歳から急に増えるのだ.
 
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 各種人口統計や「高齢者の医療の確保に関する法律」およびそれに付随する各種法令では六十五~七十四歳までを前期高齢者,七十五歳以上を後期高齢者と規定していることからすると,産經の記事は「餅を喉に詰まらせて救急車搬送された人のうち六十五歳以上は何人だったか」との見方で書けばベターだったのである.
 さて,正月に年寄りが餅で窒息事故を起こすことは,昔から飽きるほどに報道されてきた常識なのに,なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか.
 餅による窒息事故が高齢者に多い理由を調べていたら,大分県立看護科学大学の公式サイトに掲載されている秦さと子氏の小論文《加齢性の嚥下機能低下予防に関する研究 ~嚥下機能低下予防介入時期の検討~ 》を見つけた.
 私たちが食物を口に入れてから飲み込むまでのプロセスは三段階に分けられる.(1) 口腔期,(2) 咽頭期,(3) 食道期である.(参考記事《高齢者の嚥下障害 》)
 上記の参考記事《高齢者の嚥下障害 》に図解されているように,咀嚼された食物が口腔から咽頭に移動する時に,反射的に喉頭蓋が下がり,気管の入り口が閉鎖される.この反射運動を「咽頭反射機能」というらしい.秦氏は加齢による咽頭反射機能の変化を調べた.その結果が下に引用した図1である.
 
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 私には上図の《水のみテスト 》を解説する知識がないのだが,ともかくその得点が
咽頭反射機能と相関しているらしい.で,このデータによれば,咽頭反射機能は六十歳までは低下していないが,七十歳では有意に低下が観察される.六十一歳から六十九歳までは,機能低下への移行段階と考えられる.
 この嚥下機能低下の医学的解釈と共に,大変興味あることを秦氏は指摘している.それを下に引用する.
 
今回の咽頭反射機能をみるテストの結果は、明らかな異常を示す値ではありませんでしたが、潜在的に加齢性に嚥下機能低下が進行している可能性が示唆されました。特に80歳代では、咽頭反射機能の低下が著明でした。しかし、自覚症状では、80歳代を含む60歳代以降の人が咽頭期の異常を自覚していませんでした。このことは反射運動の低下とともに反射運動を開始する感覚機能の問題もおこり、自覚症状を認識しにくい状況にある可能性が考えられます。》 (引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
 つまり,六十歳以下の人は,嚥下機能に異常があるときは自覚症状があるので,注意して咀嚼嚥下するから窒息事故を起こすことは少ない.これに対して高齢者層は,嚥下機能低下が進行しているにもかかわらずそれを自覚していない.前期高齢者では,嚥下機能低下と,その自覚の有無のギャップが,実際の事故に結びつくレベルに達してしまうことを,東京消防庁のデータは示していると考えられる.
 冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.

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2019年1月 2日 (水)

テレビに出た鎌倉のパン屋

 元日に放送されたNHK『パン旅』を観て「あーあ」と呆れた.
 この番組はレポーター役の女性二人が,鎌倉で人気のパン屋を訪ねるという企画で,BSと地上波で過去に放送されたものの再放送である.
 レポーターたちが最初に訪ねたのは,鎌倉市農協連即売所の中にある「PARADISE ALLEY」というパン屋 (画像↓).
 店長は,下の画像のような服装で,今まさにパンを作っている最中である.街着でパンを作るパン屋を私は初めて見た.伸び放題のモミアゲとヒゲ.毎日洗濯しているとは思えぬ帽子とブルゾン.この男の溢れる不潔感は,パン屋としての基本ができていないことを示している.最低限の心掛けとして,マスクの着用をせよ.金を払ってパンを買ってくれる客をなめるな.食品衛生に関する知識の点数をつければ,この男は零点だ.
 
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 二軒目は雪ノ下にあるドイツパン専門店だという「Bergfeld」(画像↓).店主はきちんと洗濯可能な帽子と作業服を着用し,モミアゲを短く手入れしているのはいいが,やはりヒゲ面.ヒゲは雑菌の住処である.食品衛生の点数は八十点.

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 三軒目は常盤 (鎌倉にある地名) の住宅街にある「kamakura 24sekki」である.店主の身なりについては,頭部の支度はこれでまあまあだが,髪の毛を短くすればさらによい.一つ気になるのはエプロン.エプロンは自分が汚れないように着るものであって,異物混入防止の役には立たない.ただしパンを焼く作業を終えたあと,接客をするだけならこの服装でもよい.

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 さて,このパン屋の棚に置かれているポップに「麹酵母のパン生地の旨味」と書かれている.
 
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 なんだその「麹酵母」というのは.
 
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 その摩訶不思議な「麹酵母」は,まず福井県の老舗味噌蔵に住み着いている麹菌を玄米に撒いて麹を作るのだという.
 
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 店主は「この麹に水を加えて酵母にしています」と語った.
 そもそも麹とは何か.Wikipedia【麹】 には下のように記載されている.
 
米、麦、大豆などの穀物にコウジカビなどの食品発酵に有効なカビを中心にした微生物を繁殖させたものである。
 
 日本以外のアジア諸国における発酵食品においては,アスペルギルス属 (コウジカビ;Aspergillus oryzae) の他にもサッカロミコプシス属 (Saccharomycopsis fibuligeraなど) や乳酸菌 (Pdiococcus pentosaceus) など複数の菌類により細菌叢が形成されている麹が使われる.しかし日本の発酵食品の麹では,コウジカビ以外の微生物の繁殖を抑制して製麹する.品質の安定と衛生上の点から,雑菌は可及的に繁殖せぬようにしないと,腐敗したり安全性が保証されないからである.
 
 では酵母とは何か.Wikipedia【酵母】には微生物学的な詳しいことが書かれているが,食品製造においては普通は Saccharomyces cerevisiae を指す.酵母はかつてはイーストとも呼ばれたが,一部の悪質なパン屋が,あたかもイーストには毒性があるかのような宣伝をした (今もしている) せいで,最近はあまりイーストという名称は使われなくなっている.(正しい知識はここ)
 その手のパン屋がウリにしている「自家製天然酵母」は,単に野生の酵母に過ぎない.そこら辺りでテキトーに拾ってきた「自家製天然酵母」は品質不安定で,それよりも重大なことに安全性の保証がない.これが優れたパンの作り方であるかのように褒めそやすのは,一種の都市伝説である.
「kamakura 24sekki」 の店主は意味不明な「麹酵母」という造語を使っているが,これは彼女が無学で,麹と酵母の意味を知らないことを示している.
 彼女が使っている「麹酵母」は,味噌蔵に由来する麹に混入している酵母に過ぎない.完全な野生酵母ではないから安全性の問題はないと考えていいが,そんなものを「ほかの酵母にはない衝撃を感じた」とする店主の思想的立場は,「自家製天然酵母」を標榜する非科学的な連中に近いところにあるのではないか.それ故,私ならこの店のパンは買わない.食品安全について不勉強な人間が趣味の延長で開業したパン屋を,賢い消費者は敬遠すべきである.

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2018年12月24日 (月)

「もち」と「団子」

(私の書くブログ記事は普通,最初にアップしてから数日間は推敲を行い,およそ一週間ほどで確定稿となる.しかしかなりあとになって誤字などを見つけて,こっそり訂正することもある.そこで今回は,メイキング・オブ《「もち」と「団子」》を書いてみることにした.二日間にわたって推敲の状況をアップしてきたが,以下がほぼ確定稿である)
 
 先日 (12/21) 放送のNHK『チコちゃんに叱られる 年末拡大スペシャル』で,「お餅とおだんごの違いって何?」が出題された.例によって以下の画像は,テレビ画面をコンデジで撮影し,そのファイルを画像処理ソフトでトリミングしたもので,録画データの編集はしていない.

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 チコちゃんに質問されたのは陣内孝則だったが,うまく答えられなかった.
 
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 そりゃそうだろうね.「もち」も「団子」も恐ろしく昔からある食べ物なので,今ではその違いに明快な答えはなくなってしまったのである.つまりこんな質問をするやつの頭が悪いのだ.そして,この愚問にいとも簡単に答えるやつは一種のペテン師だといっていい.
 
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 だがしかし,この問いに敢然と答えた ペテン師 勇者がいた.日本和食卓文化協会代表理事とかいう槻谷順子先生である.先生は五十代半ばにはとても見えない美貌で,肩書はいかめしいが,つまりは料理教室の先生である.公表されているプロフを下に引用する.
 
フードスタイリスト・食卓文化研究家。キッチンスタジオ&スペース・フードスタイリング教室『料理のある風景』主宰。料理を生業とする家に生まれ、「料理のある風景」=「幸せな家族の仕事風景」として育つ。フードスタイリストで現・料理研究家のアシスタントの後、フリーのフードスタイリストとして独立。雑誌・料理本・広告等を中心に,盛り付けや料理製作も含めたトータルなフードスタイリングを行う。日本伝統料理の撮影に多く携わり、和食卓をスタイリングしながら、学び、実践してきたことをベースに、2008年より「子供と大人の和食卓育教室」と「フードスタイリング教室」を開始、このカリキュラムを基軸に2017年より協会講座を始める。
 
「フードスタイリスト」とか「日本和食卓文化」とかの テキトーな 斬新な造語に先生の感性を見てとることができる.
 さて槻谷先生のお答えは,「米の粒から作ったものがお餅で,米の粉から作ったものがおだんごです」という,私のような七十歳近い年寄りは「え~っ」と驚いて尻餅 w をついてしまう程のものであった.
 
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 最近の若者言葉では,白米を炊いた白い御飯を「白米」と呼ぶ誤用がまかり通っているが,槻谷先生は,もち (糯) 米も,うるち (粳) 米も一緒くたに「米」である.実はこの表現も,若者の無知による語彙不足が表出したものなのであるが,槻谷先生はお若く見えるだけでなく,心持もお若いとお見受けした.
 それはともかく,農業分野の用語としても,一般常識的な語彙としても,「米」はうるち米ともち米の総称であるが,単に「米」といった場合はうるち米を指す.つまり「米ともち米」という言い方は成立するが,「うるち米と米」とは決していわない.
 なぜかというと,私たちは,食生活においてうるち米ともち米を区別してきた食文化史を持っているからである.そのことを Wikipedia【もち米】は,端的に
 
モチ性の品種のデンプンは調理時に強い粘性を生じるという特性を持つ。デンプンの成分の点で、もち米はほとんどがアミロペクチンのみとなっており、このアミロペクチンがもちの粘り成分であるため、もち米は蒸してつくと強く粘るのである。
照葉樹林文化に属する地域では、しばしばハレの食材としての役割を持つ
 
と書いている.「もち米はしばしばハレの食材としての役割を持つ」は試験にでるから覚えておくように.w
 このように和語「もち」とは何か,という問いは,農学,食品科学,民俗学の課題であって,お料理教室の授業の範囲を超えるものなのである.
 
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 戦前のことについては手元に資料がない (持っていたが失った) のであるが,昭和三十年代の頃,和菓子屋が行う「賃餅」という仕事があった.当時は一年中,何らかの行事で餅を食べたり配ったりすることが多かったので,和菓子屋が家庭の餅つきを有料で代行し,これを「賃餅」といったのである.現在でも年末になると和菓子屋の入り口に「賃餅承ります」と書いた紙が貼られるかも知れない.
 この際に,少量の注文なら臼と杵でつくこともあったろうが,大口注文の場合は機械「餅つき機」を使用した.この機械は実際には「臼と杵で撞く」のではなく,ミンサー (肉挽き機) に似た構造である一軸エクストルーダーを用いて,蒸したもち米を「練る」のであった.いわゆる「包装もち」の工業的な製造で,大型で電動の臼と杵を用いたのは,新潟の佐藤食品工業が最初であるが,現在でも一軸エクストルーダーで包装もちを製造しているメーカーは多い.さらに,昭和の後半には家電製品の「餅つき機」が登場 (昭和四十六年,東芝製) した.これはエクストルーダーではなく,回転する羽根で叩解する動作により「蒸したもち米を練る」動作を行うものであったが,ともあれ「もち」は,槻谷説とは異なり,臼と杵でついたものに限るわけではない.
 そもそも「もち」は,「とりもち (鳥黐)」に由来するという.とりもちは植物性の粘着性物質を総称したものであるが,「もち」が主に食べ物を指すようになってから,食用以外の「もち」全般を「とりもち」と呼ぶようになったようだ.
 食品科学の見地からすると,食べ物の「もち」の本質は,多量のアミロペクチンを含有する穀物中のでんぷん粒を破壊して,含まれているアミロペクチンの強い粘性を発現させることである.従って「ついて」も練っても「もち」は「もち」なのである.
 
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「もち」と「団子」の違いについて,Wikipedia【団子】は次のように述べている.
 
「団子は粉から作るが、餅は粒を蒸してから作る」「団子はうるち米の粉を使うが、餅は餅米を使う」「餅は祝儀に用い、団子は仏事に用いる」など様々な謂れがあるが、粉から用いる餅料理(柏餅・桜餅)の存在や、ハレの日の儀式に団子を用いる地方、団子と餅を同一呼称で用いたり団子を餅の一種扱いにしたりする地方[注釈 1]もあり、両者を明確に区別する定義を定めるのは困難である。
 
 槻谷先生の説は上記の《団子は粉から作るが、餅は粒を蒸してから作る 》であるわけだが,これは諸説のうちで最も的外れな説である.すなわち既に述べたように,食品の「もち」とは,含まれているアミロペクチンによって強い粘性が発現されたものだからである.
 ここで大切なことは,アミロペクチンをあまり含まない穀物の粒は,いくらついても叩いても強い粘りの「もち」にはならないことである.逆に,アミロペクチンを多く含む穀物は,これを挽いて粉にしても,水で練って加熱すれば容易に「もち」になる.
 つまり「もち」とは何かという問いは,原材料に着目すれば理解しやすいのである.しかしとにかく,「もち」は古代からある食品なので,似たものに同じ言葉を充てる「見立て」や誤用によって,現代に到るまでに例外がいくつか生じた.これは後述する.
 
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 で,本題に戻ると,私が腰を抜かして尻餅をついた槻谷先生の説は「米の粒から作ったものがお餅で,米の粉から作ったものがおだんごです」だが,この説には辻褄が合わないことが多いため,槻谷先生はここから迷走を始めた.
 
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 先生の迷走の一つが桜餅である.桜餅には関東風と関西風があるが,上の画像は関東風の,江戸時代に考案された「長命寺の桜餅 (長命寺桜餅とも)」である.Wikipedia【桜餅】に次の記述がある.
 
「長命寺の桜もち」は享保二年(1717年)に、元々は寺の門番であった山本新六が門前で山本屋を創業して売り出したのが始まりとされる[7]。隅田川の桜の落ち葉を醤油樽で塩漬けにし、餅に巻いたとされる[8]。もとは墓参の人をもてなした手製の菓子であったといわれ、桜餅の葉は落ち葉掃除で出た桜の葉を用いることを思い至ったからだという。
 
 本来の長命寺桜餅は,小麦粉を材料とした素朴なものであったろうが,現代の和菓子屋は材料に工夫をして,もち米を粉砕した粉 (もち粉,上南粉,白玉粉など) も少し配合する.(和菓子の材料は,ここを参照されたい)
 槻谷先生は「桜餅は「粉」からなので厳密には「餅」ではない」と主張するが,そうとは言い切れないのが,食べ物の名称のおもしろいところである.
 実は桜餅と似た事情が,関東では江戸時代から川崎大師門前の名物としておなじみの久寿餅にもある.大師門前の老舗「住吉」の公式サイトに,久寿餅の由緒について次の記述がある.
 
口碑によれば、天保の頃(1830~1840)大師河原村に、久兵衛という者あり、風雨強き夜、納屋に蓄えた小麦粉が雨で濡れ損じたため、己むなくこれをこねて樽に移し、水に溶いて放置しました。
翌年の飢饉に際し、思い出して調べたところ歳月を経て発酵し、樽の底に純良なる澱粉が沈殿しているのを発見しました。これを加工し蒸し上げたところ風変わりな餅が出来上がりましたので、早速この餅を時の35世隆盛上人に試食を願いましたところ、その味淡白にして風雅なのを賞して、川崎大師の名物として広めることを奨めると共に、「この餅の名は、久兵衛の久の字に、無病長寿を祈念して寿の一字を附して、久寿餅とされるが宜しかろう」とそれ以来川崎大師にては葛餅(くずもち)のことを久寿餅と記されるようになりました。

 
 要するに久寿餅の名は僧侶がつけたのである.当時の僧は知識階級であり,中国語の「餅」が,本来は小麦粉から作るものであること,和語「もち」に「餅」の字を当てたのは古くからの誤用であることを知っていたに違いない.
 Wikipedia【餅】に以下の記述がある.
 
中華文明圏において、「餅(ピン)」は主に小麦粉から作る麺などの粉料理(麺餅(中国語版))全般を指し、焼餅・湯餅(饂飩・雲呑・餃子の原型)・蒸餅(焼売・饅頭の原型)・油餅などに分類され、小麦以外のヒエ、アワ、コメなどの粉から作るものは「餌(アル)」と呼んで区別があった。》 (文中の下線は,当ブログ筆者が付した)
 
 久兵衛が小麦粉から偶然に拵えた食べ物を,川崎大師の上人様が「(久寿) 」としたのは当然のことだったのである.
 同様に長命寺桜餅も寺が発祥であるからして,その命名に際して僧侶が山本新六の相談にあずかっていたと思われ,小麦粉が材料である故に「餅」の字を当てられたのであろう.
 
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 関西で好まれる桜餅は,普通は道明寺餅という.記述の長命寺桜餅よりものちに考案されたものだといわれるが,材料は小麦粉ではなく,もち米から作る道明寺粉である.これを用いて作る道明寺餅は,アミロペクチンによって粘りが発現している正真正銘の「もち」である.道明寺餅は道明寺「粉」から作るから厳密には餅ではない,とする槻谷説には,無知 勉強不足もここに極まれりというしかない.お料理教室の先生であるなら,少なくとも「もち」と「餅」の区別くらいは知っていて欲しかった.
 
 さて槻谷先生は,自分の説が的外れであるため,どんどん墓穴を掘っていく.まず下の画像の右上に「くず餅」とあるが,単に「くず餅」では「葛餅」か「久寿餅」かわからぬ.「葛餅」は和菓子屋にもあるし,甘味を商うお店でも食べることができる.だが画像右上のものは「葛餅」ではなく明らかに「久寿餅」だ.「久寿餅」が「餅」である理由は既に述べた.
 
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 次に画像の右下の「大福餅」を,槻谷先生は「粉から作られているのになぜ餅?」と書いているが,「粉から作られたものは餅ではない」は自分で勝手に捏ね上げた嘘なのに,その嘘にあてはまらないからといって大福は餅ではないというのは,あまりと言えばあんまりである.もち米から作ろうが,もち粉 (もち米の粉) を使用しようが,大福餅の粘りはアミロペクチンによるものだから正真正銘の「もち」なのだ.
 ちなみにきちんとした和菓子屋は,もち粉ではなくもち米で大福を作っているが,大量生産品でも,もち米を使っている製品はある.槻谷先生は大福はもち粉で作っているとしているが,それは偏見である.
 画像左下の「わらび餅」は,本物の「わらび粉」が貴重品であるため,ごく一部の和菓子店でしか本当の「わらび餅」は販売されていない.古くは江戸時代から葛粉を使用したものを「わらび餅」と称した.
 それはともかく「葛餅」や「わらび餅」は,でんぷんを糊化して作るゼリー状の菓子であり,「もち」とは全くの別物である.今なら食品偽装といわれかねないが,これらが考案された大昔は人々がおおらかだったから,特に難癖をつけられずに,これまで伝統的に「餅」と呼ばれてきたのである.
 最後の左上の「柏餅」は,上新粉で作るから「もち」ではないが,端午の節句の供物であったことに鑑みると,もしかすると元々は「ハレの食事」であり,もち米あるいはもち粉で作った可能性が考えられる.しかし「柏餅」には古い資料がほとんどないので,曖昧に「もちではないのに餅と呼ぶ」とせざるを得ない.
 
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 さて以上までのところで,「もち」について書いてきたが,「団子」についてこれから述べる.
 Wikipedia【団子】に,《団子は、柳田國男説の神饌の1つでもある粢(しとぎ)を丸くしたものが原型とされる 》とあり,この「しとぎ」が,「もち (餅)」や「だんご (団子)」に発展していったとされる.「だんご」が現在のような意味になったのは,おそらく室町時代であるが,その発展過程において,「だんご」は原材料が何であるかに縛られず,あまり大きくない形に成形できる食べ物,といった意味合いを持ったようだ.茶葉を成形し,醗酵させて作る「団茶」の「団」も似た用法と考えられる.
 つまり「もち」と「だんご」は,物の見方,観点が異なるのであり,二つに分けて対比できるものではない.すなわちチコちゃんの出題《お餅とおだんごの違いって何? 》は,論理的に無意味な問いなのである.問いが無意味だから,正しい答えはない.この記事の冒頭に,《この愚問にいとも簡単に答えるやつは一種のペテン師だといっていい 》と書いた所以である.
 というような事情であるから,「もち」でもあり「だんご」でもあるものや,「もち」ではないが「だんご」ではある,といった食べ物を例示することができる.雑穀の団子として有名なのは蕎麦団子だが,これは「もち」ではない.
 越後名物の「笹団子」は,昭和三十年代までの家庭では,もち米から作ったが,現在では土産品にはもち粉も使われるようだ.これは「もち」だが,名前は「団子」だ.
 静岡県の一部では,上新粉で作った月見団子でやや扁平な形のものを,「もち」ではないのに昔から「へそ餅」と呼んでいる.この地方の人々は今でも「餅」と「団子」をはっきりとは区別していない.
 
 ところで槻谷先生は,番組中,上の画像で「平たいもの=餅と名付ける場合も」と言っているが,画像の左上のきな粉もち (赤い↓) は,どう見ても丸い.これが例として全くダメなことは小学生でもわかるが,先生は一体何を考えているのか理解に苦しむ.想像するに槻谷先生は,もうここら辺で自分が何を言っているか,話の収拾がつかなくなったのではないか.とうとう先生は次のようなことを語ったのである.
 
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「もち」と「だんご」を区別するのは無意味なことなのに,どうしても区別したい先生は,ここに至って遂に破綻した.チコちゃんの問いに
 
米の粒から作ったものがお餅で,米の粉から作ったものがおだんごです
 
と答えておきながら,その答はどんどん変化してしまうと言ったのである.すぐに変化してしまうならば,将来どう変化するかが不明である以上,つまり答えはないというに等しい.
 ちなみに,日本和食卓文化協会のコラム《チコちゃん・こぼれ話②餅と団子の違い?~桜餅 》に,以下の文章が掲載されている.
 
今、日本中に流通している【餅】【もち】と名が付くもののほとんどが、実はこの【餅菓子】。
餅菓子とは、材料に米粉・もち粉を使った和菓子全般をさします。
本来ならば、とか、厳密に言えば、を前提にした上で、私は餅と団子の違いを、細かく言いましたが、今の日本人が食べて、【餅】だと思えば、餅菓子だって充分【餅】なのです!
食は時代とともに変化するのが、常であります。
そしてみんな餅も餅菓子大好きですよね?
餅が大好き!食べたい!という気持ちであれば、餅でも餅菓子でもOK♪
なんて、実はこれが日本和食卓文化協会の本音です。
》 (文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
 槻谷先生は,今の日本人が「餅」だと思えばそれは「餅」だ,と言う.しかし,そんなに簡単に私たちの食の歴史を切り捨てていいのだろうか.
 昔の日本人の「食」は,その生活および精神の在り方と相互に反映し合うものであったし,このことは現代日本人においても同様である.
食は時代とともに変化するのが、常》ではあるが,長い時を経てどのように変化してきたかを知ることは,現代の私たちの生活と精神の在り方を理解することに繋がっている.それが民俗学や食文化史研究の意味するところなのだ.

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2018年12月23日 (日)

駅弁の地方区 vs 全国区

 waiwai さんのブログに郡山駅の駅弁「海苔のりべん」の記事があった.   
 この弁当は,テレビ番組で紹介されたことから人気が沸騰し,東京駅構内の駅弁屋「祭」で,一時は入荷即完売の状態であったらしい.ブログの掲載写真を見ると,いかにも素朴な弁当である.
 首都圏の業者なら,米飯部分をもっと小さくし,おかずは,仕切りを増やして玉子焼き,焼き魚,煮物などいくつかに区分して詰めるのではなかろうか.海苔のりべんはそれを一ヶ所に詰め込んでいるところが,何気なく東北の心意気を表して潔い.ヾ(--;) 強引だな.
 そういうわけで,私は未食である「海苔のりべん」を唐突に食べてみたくなり,電気工作の部品を秋葉原で調達したいということもあり,昨日,東京駅に出かけた.駅弁屋「祭」到着は午前十時前.
 ところが駅弁屋「祭」の駅弁陳列台には,「先月末で海苔のりべんは販売終了いたしました」と書かれたポップが置かれていた.秋シーズンが終わって,冬の商品入れ替えで海苔のりべんは定番落ちしたらしい.駅弁屋「祭」で販売されている全国区有名駅弁の中には不動のロングセラーもあるが,ローカル駅弁の競争は激しいのだろう.海苔のりべんは,これから郡山駅や福島県内のローカル駅でしか買って食べることのできないレアものになるわけであるが,もちろんそれが駅弁本来の姿であるわけで,ネットで「海苔弁当の最高峰」とまでいわれた海苔のりべんの健闘を祈る.
 とはいえ終売にガッカリしたのは確かで,もうひと月早く来ればよかったなあ.そう思ったが,何も買わずに帰るのは業腹なので,店内満杯の客のあいだを泳ぎながら,売り場をぐるっと回ってみた.
 街中の持ち帰り弁当と駅弁の違いはなんだろう.駅弁の やらずぶったくり コスパの悪さは歴然としている.駅弁は,販売コストと 法外な 必要な利益を確保するために,各地のブランド食材のイメージをフル活用しているわけだが,例えば「○○牛」をうたってはいるが,実際に食べてみればわかるように,料理屋の実店舗で食べることのできる銘柄肉に比較すると,どうしようもない品質なのである.
 品質よりもブランドイメージに頼る駅弁は,どうしても肉に偏重せざるを得ない.そして中心価格帯を千円とする,見た目の茶色い弁当になってしまう.
 持ち帰り弁当はといえば,こちらは主たる購入者が若い人だから,胃袋満足度が高い揚げ物をメインに据えることになり,これも同様に茶色い弁当になる.
 以上のことはデータなしで書いているのでただの私見だが,駅弁の銘柄肉 (地鶏を含む) vs 持ち帰り弁当の揚げ物という構図はそれほど的を外していないように思う.
 
 さて,駅弁屋「祭」の棚の中で,高価格帯の弁当の一つに「大人の休日弁当」がある.これはJR東日本の「大人の休日倶楽部」ブランドで,日本ばし大増 が製造販売しているものだ.日本ばし大増は,JR東日本の飲食事業子会社で,大昔は日本食堂といった.
 で,手に入れ損ねた海苔のりべんの代替に,これを買って昼飯に食べてみることにした.価格は海苔のりべんの二倍で,盛り付けは少しばかり上品にしてあるところが差異といえばいえる.
 
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 画像だけでは 何が詰められているか皆目わからないので,弁当に同封の品書きをスキャンして上に示す.
 これが料理屋さんの品書きならばまことに結構な内容なのであるが,しかし実際にはどの料理も小さな一口大 (それぞれの大きさは,金柑や小粒の黒豆からお察し頂きたい) のもので,羊頭狗肉も甚だしいと言わざるを得ない.
 特にどうしようもない品が一の重の「はじかみ」である.おそらくこれは,生産者に特注して作ったものだろう.露地でもハウスでも,どうやったらこんなに細い「はじかみ」を作ることができるのだろう.普通の太さの「はじかみ」ではなぜいけないのか.矮化するためにプランターで栽培 (「はじかみ」専門生産者のサイトによると,土ではなく川砂に種生姜を植えるといいのだそうだ) するのか水耕栽培するのかは知らぬが,いずれにせよ私は,グリコのプリッツよりも細い「はじかみ」を生まれて初めて口にした.w
 次に酷いのは,同じく一の重の「焼あん肝」だ.生臭くてまずい,の一言である.作ったやつには,自分で味見してみろ言いたい.
 一の重では,「鰤バター醤油焼」がそこら辺の弁当屋の幕の内弁当レベルに到達していたが,あとは,有頭海老煮と揚げ物三品は,いずれもバッサバサであった.「玉子焼」はいかにも業務用の製品であるが,コンビニ弁当の水準には達していた.w
 二の重では「煮物~芋煮風~」に使われた牛バラクズ肉が酷かった.こうしてみると,酷くないものを挙げるのが難しい.w
 イクラを飾った白飯は及第点だが,量が二口しかない.エネルギーの表示はないが,弁当全体でも,たぶんかなり低く抑えられている.その意味では「大人の休日弁当 ~冬~」の名にふさわしい 寒々とした 大人の一食であるといえよう.
 実は,この「大人の休日弁当」の貧相な内容を,私は以前から承知していた.なぜそんなものを買ったのかと問われれば,このブログで弁当現物の画像を示し,ディスるためだと申し上げたい.ヾ(--;)
 下に原材料表示を示すが,この弁当と同じ二千円を払うなら,例えば東海道線大船駅界隈の飯屋で,食品添加物不使用の豪勢な「焼き魚のランチコース」を食べることができるのだ.それと比較すれば, この駅弁の やらずぶったくり コスパの悪さは,駅弁屋「祭」の中で群を抜いている.
 冬の旅では,うまいものを食いたいものだ.これから東北新幹線に乗って一人旅にでようという御同輩には,「大人の休日弁当 ~冬~」を東京駅で買われぬよう衷心からアドバイス申し上げたい.
 
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 ところで,角ハイボールを二本買って新幹線車中の人となるのであれば,東海道線大船駅の弁当屋である大船軒 (JR東日本系列業者) が「祭」で販売している「特製おつまみ弁当 祭」はどうなんだろうと,以前から気になっていたので,これも買ってみた.夕飯用である.
 
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 中身は下の画像.
 
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 弁当の内容を下に示す.
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 原材料表示も示す.
 
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 私は食品添加物を容認する者であるが,それは必要最低限の保存性向上に資する添加物に限る.だが上の原材料表示に書かれた添加物には,見た目上の付加価値など,消費者の利益ではなく製造者側の論理で使用されているものが多い.
 この原材料表示を見て私は,車窓に流れ去る景色を心に映しながら飲むハイボールの酒肴には,奇をてらわずにナッツくらいがいいのかも知れないと思ったことである.
 
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2018年12月19日 (水)

林先生がまたまた大嘘を

 先日 (12/16) の『林先生が驚く初耳学』で,「東郷平八郎と肉ジャガ」という使い古された大嘘が,またまた放送された.
 ざっと以下に番組の当該部分を紹介する.
 林先生への出題は「ビーフシチューの偽物が,日本の家庭料理の定番になりましたが,それは何でしょうか」というもの.
 これに対する林先生の答えは,「東郷平八郎がビーフシチューを作ろうとした」というヨタ話から始まった.(画像↓)
 
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 林先生いわく「ところがレシピはないし材料も不十分だった」(画像↓)
 
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 林先生「そこで日本の調味料でビーフシチューの色を出そうとしたら,現在の肉ジャガができて,これはこれでおいしいじゃないかということになった」(画像↓)
 
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 ナレーション「ビーフシチューから偶然誕生したのが肉ジャガなのです」
 
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 とまあ,林先生が中学生並みの浅薄な雑学知識を披露したあと,番組制作サイドの暴走 (捏造) が始まった.
 下のテレビ画面は,没後に神格化される程の人物であった東郷平八郎が,こともあろうに公私混同して「ビーフシチューを海軍 (舞鶴鎮守府) の担当者に命じて作らせた」というバカ話が,明治三十四年のことだったとナレーションされた場面である.
 
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「明治34年頃」の背景に『海軍厨業管理教科書』 (当ブログ筆者による註;海上自衛隊舞鶴総監部に保管されている) の表紙と,「甘煮 材料 生業肉…」の記述が読み取れるが,実はこの『海軍厨業管理教科書』なるものは,昭和十三年に発行されたものである.地方鎮守府が独自に発行したものを含めて海軍のレシピ集において,最初に「肉ジャガと思しきもの」が記載されたのはこの『海軍厨業管理教科書』が最初であり,これを明治に遡ることはできない.例えば舞鶴鎮守府が明治四十一年に発行した『海軍割烹術参考書』には,「肉ジャガと思しき料理」の記載はない.
 テレビ画面に「明治四十三年頃」と書いておきながら,その背景に昭和十三年の本を,あたかも明治の書物であるかのように掲げるところなんぞは,『初耳学』スタッフが視聴者を騙す気満々であることの証左である.
 明治時代の海軍で肉ジャガが作られたという事実はないのであるが,大正時代に民間で出版された多数の料理本に,現在の肉ジャガに相当する料理のレシピが掲載されている.すなわち昭和十三年刊行『海軍厨業管理教科書』に記載された「甘煮」は,民間の料理本を参考にして書かれたものなのである.
 
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 それではなぜ肉ジャガの発祥話が「明治四十三年頃,東郷平八郎がビーフシチューを作ろうとしたが……」で始まるかというと,これは平成七年に,舞鶴市在住の清水孝夫という男が,舞鶴の町起こしのためにデッチ上げた嘘なのである.(嘘がとっくにバレているのに,それでもまだしらばくれている厚顔無恥サイト舞鶴肉じゃがまつり実行委員会;清水孝夫は故人だが,この実行委員会の代表であった)
 バレない嘘をつくには博覧強記の知識と知力が必要であるが,残念ながら清水孝夫にはその知識知力がなかった.そのため清水は,東郷平八郎がビーフシチューを作れと命じた舞鶴鎮守府になかった材料として,よく調べもせずに,ワインとデミグラスソース等を挙げた (画像↑) のである.
 ところが,明治期にイギリスから日本に伝えられたビーフシチューは,牛肉をトマトソースで煮込んだものであり,ワインやデミグラスソースは使われていなかった.この当時のレシピは上記の『海軍割烹術参考書』に記載されている.清水孝夫が舞鶴の町起こしのために広めた「東郷平八郎がビーフシチューを作れと命じたが材料が調達できなかったので作れなかった」は稚拙な嘘なのであった.
 実は,清水孝夫は,東郷平八郎云々は自分が拵えた作り話であると,のちに公表している.そして,その作り話は,それ以前からある「肉ジャガは海軍発祥の料理」説に基づくものなのであった. 
 
 昔,日本テレビ制作の紀行番組・ドキュメンタリー番組『TVムック・謎学の旅』が日本テレビ系列局等で放送されていた.
 昭和六十三年,この『TVムック・謎学の旅』で,肉ジャガの発祥は海軍であるというデッチ上げが放送された.デッチ上げたのは構成・演出の担当者であった大滝裕史という男であった.
 この番組が拵えた大嘘を全国に広めたのが,元自衛官のライターで,舞鶴や呉の町起こしの協力者として知られる高森直史である.
 その高森直史が書き殴った本の一つ『帝国海軍料理物語―「肉じゃが」は海軍の料理だった』(光人社,2010年) に,『TVムック・謎学の旅』が「肉ジャガの発祥は海軍」説を捏造する過程が記されている.「肉ジャガの発祥は海軍」説は日テレと高森直史の合作であるが,肉ジャガの発祥に関する『TVムック・謎学の旅』が一回だけの放送であったのに対して,現在もなお「肉ジャガの発祥は海軍」説の嘘を発信し続けて (印税を稼いで) いる高森直史の罪は大きい.高森が恥を知る人間であるならば,自分が書いた嘘八百本を絶版にして,筆を折ってしかるべきである.
 
「肉ジャガの東郷平八郎由来説」や「肉ジャガは海軍発祥説」を都市伝説だとする人たち (Wikipedia【肉じゃが】など) がいるが,商業目的のために嘘の話を拵えて拡散した者の実名が明らかになっているのだから,これを都市伝説と呼ぶのは正しくない.
 また,これらの説が嘘であることが世間によく知られているにもかかわらず,知ったかぶりして得々と解説し,無知を披露した林先生は嘘を再生産したことになる.まことに恥ずかしい.
 
[参考文献]
「肉じゃが海軍起源説はこうして捏造された」
 著者;光デパート, 『と学会誌34』(と学会,2014年) に収録.
 ただし,光デパート氏は,デマゴーグ清水孝夫が舞鶴町起こしのために食文化史の捏造をしたことを容認している.しかし私は,清水孝夫が実行委員長として得たものが,マイナスであることが証明されない限り,そこに私欲が存在すると考える.ならば清水にも「嘘吐きは泥棒の始まり」という原則が適用されるべきである.

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2018年12月16日 (日)

滅びゆく味噌汁

 カンボジア旅行から帰国してすぐに寝込んで,もう五日が過ぎた.倦怠感と鼻腔粘膜の炎症 (鼻づまり) は軽くなったのでベッドから起き上がったが,依然として下痢が止まらない.
 困ったことに腹を下している割に食欲は普通なので,お粥を炊いたり (といっても米から炊くのではなく,パック御飯をレンジ加熱し,それを煮て作る簡易粥だが),素麺または細うどんを煮て食べている.
 トレーニングをしない上に,炭水化物中心の食事だと,筋肉が落ちてしまわぬか心配だが,回復するまではジムに行けないから仕方ない.まずは元気になって,それからリハビリだ.

 さて動物実験や臨床のデータがあるかどうか知らないが,消化器が弱っている時のタンパク質源は,脂肪の多い肉ではなく,淡白な白身魚,鶏卵あるいは大豆製品がよいような気がする.たぶんこれは肉料理の喚起するイメージが影響しているのであり,肉料理が消化しにくいわけではないとは思うが.
 そういうわけで,豆腐の味噌汁に卵を落として半熟にしたのなんかは,理想的な病人食のように思われる.味噌に含まれる食塩の量に注意が必要だが.
 ところが,岩村暢子さんの著書を読むと,今や日本の家庭から伝統的な作り方の味噌汁が姿を消したらしい.
 子供に食事を作らねばならない母親たちが味噌汁を忌避する理由は,野菜を切ったり煮たりする「面倒感」のようだ.私なんかからすると,味噌汁を作る手順のどこが面倒なのかさっぱり理解できないが,クックパッドを閲覧するとわかるように,彼女たちにとって大切なことは「おいしさ」や「栄養」ではなく「時短」と「簡単」であるから,鍋に材料全部をぶち込んで一手間で作れるわけではない味噌汁は,日常食ではない,作ることが誇らしいポジションにある「凝った料理」なのだ.
 そこで,岩村さんの調査に登場する家庭では,一旦作った味噌汁を鍋のまま冷蔵庫に入れて,繰り返し温めて食べることになる.さらには,具を継ぎ足してずっと冷蔵庫に保存されたりもする.鰻屋の秘伝のタレかよ.
 そしてそこから「味噌汁は一晩寝かすとおいしい」という境地までは,指呼の間である.
 例えばブログ《WOW! FOOD!! 食に関することやその周辺の話題を発射 》の記事《一晩寝かす 》を御覧頂きたい.そこに次のように書かれている.

しかし、カレーだけが寝かせるとうまいわけではない。
私の勘によると味噌汁も寝かせるとうまい。
夜に作った味噌汁を次の日の朝に飲むのだ。
身体にしみ込むあのうまさ。熟味噌汁。
朝だからうまいのかもしれない。
具は大根が一押し。
味噌汁は寝かせすぎると酸っぱくなるので気をつけてね。
本当は寝かさない方がいいかもね。

寝かせすぎると酸っぱくなる》とか暢気なことを書いているが,そりゃ腐敗が始まっているのですよ奥さん.カレーと味噌汁は夏場に腐敗しやすい料理の二大巨頭なのだ.w
 ブログだけではなく,滅びゆく味噌汁文化の残影はクックパッドにも投稿されている.
 例えばつい最近 (12/2) 投稿された《基本の味噌汁(おもてなし和食土鍋使用) 》だが,説明写真を見るとキッチンスケールを使用しているにもかかわらず,材料リストに量の指定がない.それどころか,手順の説明の中で「こうじ味噌」とあるだけで,どのような「こうじ味噌」なのかの説明もない.「こうじ味噌」といっても千差万別であり,それだけでは全く味噌の説明になっていないことを,投稿者は知らないのだと思われる.
 投稿者は《優しい味の味噌汁が好きで、試行錯誤してレシピを考えました 》と書いているが,試行錯誤しなければこの程度の雑駁な味噌汁も作れぬのか.私は思わずはらはらと落涙した.
 
「日常の食事は御飯と具だくさんの味噌汁で充分」(『一汁一菜でよいという提案』,グラフィク社,2016年) であると土井善晴先生は仰るが,それは人間というものを信頼しすぎかもしれない.料理することが死ぬほど嫌いで,玉葱の薄皮を剥くのも嫌だという者にとって「具だくさんの味噌汁」は,自分とは無関係な別世界のお話であるに違いない.
 料理することが死ぬほど嫌い,というのは文学的修辞ではない.下に,岩村暢子さんの『家族の勝手でしょ!―写真274枚で見る食卓の喜劇―』(新潮社,2010年) の「あとがきにかえて」から長目の引用をする.
 
【食DRIVE】調査では、本当にいろんな家庭を見てきた。だが、中でも2年前の調査で出会った忘れられない家がある。休日の朝、子供たち (10歳・9歳) は「普段どおり自分たちで」食パンを焼いて食べている。主婦は食べず、夫はお握りを持って出かける。昼は子供に買わせた菓子パンを母子で食べる。夜はスーパーで子供たちと主婦が選んだ揚げ物など惣菜類をパックのまま出して親子4人で食べる。終日、親が選んだり作ったりした料理がないし、野菜もほとんど出てこない。こんな日が続くのだが、主婦 (36歳) は「野菜がないことなんか気にしない」「子供たちは学校給食があるから大丈夫よ」と笑う。
 さらに聞けば、この主婦は以前子供たちから「ママはなぜちゃんとした朝ごはんを作らないんだ」と抗議を受けたことがあるという。そこで、ご飯・味噌汁・おかずを作り、子供たちを早くから起こして正座させ「(お前たちが言ったのだから) 完食しろ」と迫ったそうだ。せっかく作ったのに無駄にされてはたまらないという思いがあったのだ。
 それが数日続くと、子供たちはベソをかき始めた。すると主婦は「親も子も嫌な気持ちになるくらいなら、もういい」と再び朝食を作らなくなった。以後、この家の子供たちは朝食が食べたければ自分で用意し、昼や夜は、お腹がすくと親には言わず、勝手に近所のおばさんの家に食べに行くこともある。しかし、主婦は「これはヤダあれはヤダと言われるよりも、私は子供に選ばせるようにしているから」と、まるで子供の自主性に任せているかのように語る。
 私は苦いものを飲み込んだような気がして、しばらくこの家のことが頭を離れなかった。家庭とは、家族とは、親とは、いったい何であったろうかと思ったのである。さまざまな事情を考えて、百歩譲っても、10歳以下の子供に対し要求されなければ朝食を出さないのは親と言えるだろうか。言われてようやく作っても、その自分の行為を無駄にされたくなくて正座で完食しろとお仕置きのようなことを子供に迫るだろうか。そして、耐え切れなくなった子供が食べ残して泣くと、以後作らなくてもよい口実として平気でいられるだろうか。「嫌な思いをするくらいなら」食事作りさえ放棄できるだろうか。空腹で近所のおばさんの家に食べに行ってしまう子供を見て見ぬ振りできるだろうか。やむなく子供が自分で選ぶ行為を自主性と思えるだろうか。
 だが、ふと考えると同じような話を私はたくさんの主婦から幾度となく聞いてきたのだと気づいた。この家は、単にそれらのわかりやすい典型例に過ぎなかったと。

 
 この一節のあと岩村さんは,「わかりやすい典型例」の類型をいくつも挙げる.岩村さんは,昭和から平成にかけての家庭の食事の変遷を追いかけているうちに,楽しかるべき家庭の食事が遂に児童虐待の道具と化した現場に辿り着いたのだった.
 家庭の経済的困窮が理由で満足な食事を与えられない児童数は,日本は先進国で最悪の状況と言われるが,しかし遅ればせながらもようやく現在,行政の手が貧困児童たちに差し伸べられようとしている.
 だが,家庭が貧困ではないのに,親の手で栄養不良状態に追いやられている子供たちは,貧困児童よりもはるかに多いような直感が,私にはする.病気になったときに,親が落とし卵の味噌汁を作ってくれない子供たちを,政治はどうすればいいのだろう.

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2018年10月22日 (月)

丹後の ぼろ寿 もとい ばら寿司

 一昨日と昨日,琵琶湖周辺の寺を訪ね,仏像群を拝観して回った帰路,名神高速道路の多賀SAに立ち寄った.帰宅は夜九時過ぎになるので,何か弁当を買って帰ろうと思ったのである.
 多賀SAは「いきなりステーキ」があったり,広いフードコートがある.フードコートの周りに店舗が立ち並んでいたが,そのうちの一つで「柿の葉寿司」「焼鯖寿し」「焼鯖巻」「丹後のばらずし」などがガラスケースの上に並べられ,威勢のいい娘さんが「日持ちは明後日までですよー」と買い物客に声をかけていた.
 普通この種の寿司は「本日中にお召し上がりください」で,つまり製造当日の消費に決まったものだが,それが明後日までとはおもしろい.
 これがコンビニ弁当のように対面販売でない場合は,手に取って原材料表示を調べるのだが,販売員の娘さんの目の前で包装を引っ繰り返すのは,彼女に叱られるおそれがあるので,私は何も確認せずに「柿の葉寿司 (三種八個入り)」と「丹後のばらずし」を購入した.買ったら自分のものだから,ゆっくり読めばいいのだ.
 製造者は加悦ファーマーズライスといい,公式サイトの商品一覧を示す.   
 この商品一覧ページには商品画像と価格が掲載されているだけで,原材料表示はない.そのことだけで,この製造者には消費者に情報提供しようという誠実な姿勢がないことがあきらかである.そこで「柿の葉寿司」と「丹後のばらずし」の表示をスキャンした画像を以下に示す.

 まずは「柿の葉寿司 (三種八個入り)」から.
 
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 まあこれはデパ地下などて販売されている弁当
と同程度の食品添加物使用状態である.食品添加物は日持向上のために使用されている.実際にたべてみたところ,うまくはないが,酷くまずいというわけでもない.可もなく不可もないと評価していいだろう.
 次に「丹後のばらずし」を見てみよう.

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 いやもう,加工デンプンやらソルビン酸カリウムまで入れて,食品添加物のオンパレードである.大胆なもんだ.
 食べてみると,いやはや酷い味である.工場の従業員たちは,こんな寿司弁当を作っていて嫌にならないのか.自分で食べてみたことはあるのかと問いただしたい.
 
グリシンを始めとする日持向上用食品添加物の使用量が「柿の葉寿司」よりもかなり多いと思われるが,高速道路のSAで売られているものは,通りすがりの客に売ればいいのであって,まずくても構わないと製造者は考えているのだろう.リピーターなんて想定外なんだろう.
 日持向上を目的とする食品添加物は,確実に食品の味を損ねる.言い換えると,それらの添加物を使用して,それでも異味のないまともな味の食品にするには,高い技術力を必要とする.この製造者には,その技術力はないと考える.

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2018年10月16日 (火)

渡世人の飯椀 (補遺2)

 江戸時代の博徒というと,多くの年寄りは昔のテレビ時代劇『木枯紋次郎』を思い出すのではなかろうか.
 この紋次郎の飯の食い方は,当時の視聴者に大きなインパクトを与えたようで,今でも「紋次郎食い」で検索すると,色々なウェブページがヒットする.動画の例から,その一シーンを,モニター画面のハードコピーをして下に掲載する.
 
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 ところが,この場面は時代考証的には大嘘なのである.時代考証家の山田順子さんや杉浦日向子さんらが江戸時代に描かれた絵を調べたところによると,当時の飯屋や居酒屋には,テーブルとイス (大抵は酒樽である) はなかったという.客は縁台 (床几ともいう) に腰かけるか,履物を脱いで小上がり (畳または板敷) で飲食をしたのである.(「江戸庶民風俗図絵」などを検索されたい)
 しかし別の放送回で紋次郎は,街道筋にある茶屋兼の飯屋では縁台に腰かけて飯を食っている.このことから推測するに,江戸や宿場などにあった飯屋や居酒屋は現代の飲食店に似ているだろうという思い込みが,放送作家や演出家など番組制作サイドにあったのだろう.
 これはかつての人気テレビ時代劇『鬼平犯科帳』も同じである.この動画を見ると,御丁寧に,テーブル席だけでなくカウンター席まである.w
 映画でもテレビでも時代劇というものは,鎌倉時代や江戸時代を舞台にしてはいるが,それは表層的なことであり,実は描かれているのは現代人なのだという解釈は正しいと私は思う.従って演出が時代考証的に正しいのが好ましいとは思うが,あまりそれに拘ると,時代劇そのものが成立しなくなるおそれがあり,それでは本末転倒かも知れないと思う.そもそも鬼平こと長谷川宣以が居酒屋で酒を飲むわけがないからである.w
 
 以上,既述のように,江戸時代の博徒の生活に関する史料は多くないと思われ,それ故,時代劇に出てくる親分の生活や賭場の様子は時代考証的には,あまり信用しないほうがよいだろうと,付け加えておく.

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