続・晴耕雨読

本や映画などについて.

2017年3月 2日 (木)

栞子さんの引退

 一年前の二月,私は鎌倉の長谷寺に散歩に出かけた.
 長谷寺の境内にある茶店「海光庵」で,大きな窓の遠くにきらきら光る鎌倉の海を眺めながら,昼から独酌するのが好きなのである.(《長谷寺の花 》)
 私はその日,海光庵で腹を満たしたあと長谷寺から鎌倉文学館に寄ったのであるが,そうしたら思いがけず「『ビブリア古書堂の事件手帖』イラスト原画展」をやっていたので,そのことをこの日の記事に綴った.

『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズは,ライトノベルデビューは早かったものの,あまりぱっとしなかった三上延の出世作である.
 Wikipedia【ビブリア古書堂の事件手帖】から少し引用する.

社会的評価
2012年1月、発行部数がシリーズ累計103万部となり、メディアワークス文庫で初のミリオンセラー作品となった。
累計発行部数は2012年4月時点で200万部、第3巻が発売された同年6月時点で300万部を突破した。2012年の文庫部門総合ベストセラー第1位(トーハン調べ)で、2013年2月発売の4巻の初版発行部数が80万部であり、累計は600万部をこえた。
受賞や書評雑誌によるランキングとしては、第65回日本推理作家協会賞(2012年)短編部門に「足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)」(第2巻収録)がノミネート、2011年度本の雑誌が選ぶ文庫ベストテン第1位に選ばれた。
2012年には本屋大賞にノミネートされた。文庫本のノミネートは初。また、同じく書籍関係者である図書館員が「来館者に手に取ってもらいたい本」を選ぶ「TRCスタッフが選んだ本2012」(図書館流通センターによる企画)では、第1巻が文庫部門の1位となった。

 私はビブリア古書堂シリーズの第一作が書店の店頭に並べられたときに,表紙を見ただけで買って,それ以来の読者である.直感で,これはおもしろそうだと思ったのである.
 この本が,それまでのライトノベル読者層を大きく離れて,私のように「おもしろそうだ」と多くの一般読者を引き付けたのは,表紙とカラー挿絵を描いた越島はぐのキャラクター造形力によるところが大きいと思われる.
『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズのファンが持っているヒロイン篠川栞子のイメージは,越島はぐがイラストに描いた栞子そのものであり,それ以外ではないことは,栞子ファンたちがネット上に書いた記事で明らかであった.
 越島はぐの描いた栞子イメージの訴求力があまりにも強かったせいで割を食ったのが,剛力彩芽さんだった.
 彼女はフジテレビ系列で連続テレビドラマ化された『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズのヒロインに抜擢されたのだが,彼女は言うまでもない超美貌ではあるけれど,しかし越島はぐの栞子イメージからかなり遠かったため,二次元美少女ヲタ層から強い反発を受けたのだった.
 結局このドラマは,キャスティングも脚本も原作から遠く離れたものであったために,原作ファンから非難を受けたただけに終わり視聴率的には惨敗したのであった.

 それじゃあ誰が栞子役だったらよかったのか.
 栞子が背中まで伸ばした黒髪 (ここが剛力彩芽さんに対するブーイングの主なものであった) であること,メガネが似合う控えめな美貌であることから,それは堀北真希さんしかないと言われた.誰が言ったかというと私だ.
 先月末に,『ビブリア古書堂の事件手帖 7 ~栞子さんと果てない舞台~』が刊行されて,シリーズは遂に完結した.
 そして昨日,堀北真希さんが芸能界引退を発表した.
 ビブリア古書堂シリーズは,作者がスピンオフ作品をこれからも書き続けると言明しているので,ファンはその点は喜んでいいが,しかしもはや堀北栞子を観ることはできなくなったわけで,これはまことに残念であるなあ.

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2017年2月11日 (土)

『下町の太陽』の時代

 先月書いた記事《汚い歌詞 》で,倍賞千恵子のヒット曲『下町の太陽』(昭和三十六年) の曲名だけ書いて,これを映画化した作品には触れなかった.
 映画の制作年は,昭和三十八年.山田洋次監督の二作目の作品である.
 私のようなアラウンド七十歳の爺さんたちには,いわゆるサユリストが多いのであるが,映画女優としてはヒット作に恵まれなかった吉永小百合よりも,『男はつらいよ』のさくら役がライフワークとなった倍賞千恵子の方に同時代の伴走者感があるのではなかろうか.

 映画『下町の太陽』は,今にして思えばいかにも山田洋次監督作品であり,当時の日活の青春歌謡映画とは一線を画する作品であった.
 ただし,今入手できる本作のDVDは,テレビのアスペクト比に合わせて画面の上下が大きくカットされてしまっているので,映画作品としての昭和感は損なわれてしまっている.
 ではあるけれど,私たちが『ALWAYS 三丁目の夕日』に感じる「記憶の改竄」はないのがとてもいい.倍賞千恵子ファンは必見.
(Wikipedia【ALWAYS 三丁目の夕日】はこの点について《山崎貴監督によると、当時の現実的情景の再現以上に、人々の記憶や心に存在しているイメージ的情景の再生を重視したようである》と婉曲に表現しているが,あからさまに言えばこれは意図的に「記憶の改竄」をしたものであり,この嘘臭い映画の「昭和」にはリアリティがないと批評家が指摘する通りである)

 さて本作の導入部で,ヒロイン寺島町子 (倍賞千恵子) の弟の健二とその仲間が鉄道模型の万引き事件を起こす.
 健二の身柄を引き受けに警察へ町子が行くと,少年たちの取り調べをしていた刑事が町子に言う.

刑事「お父さんの収入はどれくらい?」
町子「二万八千円か九千円です」
刑事「それであんたが働いて家計を助けてるんだね」
町子「はい」
刑事「それじゃさほど困るということはないね」

 町子の父親は五十歳くらいのようで,給料が三万円に満たない.
 町子はどうかと推測すると,映画制作年である昭和三十八年の国家公務員初任給が一万七千百円であるから,女工 (広辞苑《工場で働く女子労働者。女子工員。》) の町子は月給一万円程であろうか.
 家計収入は二人合計で約四万円で,これなら刑事の台詞「それじゃさほど困るということはないね」の通りであろう.
 実はこの映画の頃,私の父親 (刑務官) の給料は三万円ちょっとだったような記憶がある.我が家の五人家族で三万円ちょっとの収入というのは,かなり貧しい部類であり,そのため私と姉弟のうち,大学に進学したのは私だけであった.
 姉は高校の成績優秀であったが,家計を助けるために高卒で就職した.姉がもし大学に進学していたら,彼女には別の人生が開けていたはずで,映画『下町の太陽』を観ながら,少し苦いものが思い出に混じった.

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2017年2月 6日 (月)

いじめを肯定する文学

 風邪を引いて熱っぽいところへ持ってきて,腰を痛めてしまった.
 朝目が覚めてベツドから出ようとした途端に「うっ」と声がでた.私は夜中に一度も寝返りを打たず,寝入ったままの姿勢でいる (目撃者談) ので,こういう人間は腰を痛めやすいのだと聞く.そういう知識はあるのだが,寝起きの頭では知識なんか役に立たないのである.

 テレビの情報番組で例えば「腰痛治療最前線」なんてタイトルの番組を観ると,原因不明の腰痛というのがある (そもそも腰痛の大半は原因不明なんだとテレビは言う) ようだが,私の腰も明らかな病変はないと,一年以上前に治療に通った整形外科医は言った.
 それで「牽引」とか「デンキ」とかいう怪しげな治療を受けたが良くならず,毎日が激痛というわけでもないので,今はほったらかしにしている.

 それはそれとして,風邪と腰痛では横になって読書するしかない.
 今,枕頭に積み上げてある本は以下の通り.

差し入れの週刊文春(2/9号)
『最古の文字なのか?』(ジェネビーブ v. ペッツィンガー,文藝春秋)
『人類進化の謎を解き明かす』(ロビン・ダンバー,インターシフト)
『科学vsキリスト教 世界史の転換』(岡崎勝世,講談社現代新書)
『がん消滅の罠 完全寛解の謎』(岩木一麻,宝島社)
『邪馬台国は熊本にあった!』(伊藤雅文,扶桑社新書)

『最古の文字なのか?』は,半分程読んだところまでで意味不明な箇所が二ヶ所あった.これは著者に責任があるのか,あるいは翻訳の間違いなのかはわからない.

『人類進化の謎を解き明かす』は,『最古の文字なのか?』の著者が参考書として挙げている書籍.まだ読み始めていないが,有名な本らしい.

 トランプ大統領を選んだ米国は今後暫くの間,平等よりも差別を,平和よりも戦争を,理性よりも反知性を掲げていくわけだが,その根底にあるキリスト教世界観について勉強してみようと『科学vsキリスト教 世界史の転換』購入した.
 実はこの本の前に,佐藤優と中村うさぎ共著『聖書を語る』と『聖書を読む』(いずれも文春文庫) を読了済み.キリスト教擁護の思想的立場に立つ評論家佐藤優 (カルヴァン派) に対する,反キリスト教の中村うさぎ (かつてバプテスト派の教徒であったという) の発言がおもしろい.キリスト教が世界史的に何をやってきたのかを佐藤優が全く語らないことに私は驚いた.

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』は第15回『このミステリーがすごい!』大賞の受賞作.頗る評判がよいが,まだ読み始めたばかり.

『邪馬台国は熊本にあった!』は,買ったから読むけど,どうでもいいやという投げやりな態度で読んでいる.毎日の朝,起きるとベッドの下に落ちている.

 差し入れしてもらった週刊文春(2/9号) の『文春図書館 今週の必読』は,住野よる著『よるのばけもの』(双葉社) である.
 評者は彩瀬まるという作家.
 評言から一部引用しよう.

いじめをテーマとする多くの作品では、よくいじめの被害者が際立ったキャラクターとして描かれる。いじめを受けてもおかしくないであろう存在として、読者を納得させるなんらかの特性が付与されるのだ。本作においても、いじめを受けている矢野はおそらく吃音症で、唐突に人を傷つけ、いつもにんまりと不気味に笑っている。安達を含めた他のクラスメイトは彼女を理解の出来ない異物として遠巻きにしている。

 今時,まともな常識ある社会人は純文学なんぞ読むことはなかろうが,読書する人々に見捨てられて久しい純文学業界が,今やこれ程まで酷いことになっていたのかと,私は驚いた.

 私は『よるのばけもの』を読んでいないから,彩瀬まるの評言が大嘘ではないという前提で書くが,《いじめをテーマとする多くの作品では、よくいじめの被害者が際立ったキャラクターとして描かれる。いじめを受けてもおかしくないであろう存在として、読者を納得させるなんらかの特性が付与されるのだ》は本当か.

 今の純文学では,いじめの被害者が《いじめを受けてもおかしくないであろう存在》として描かれるというのは本当か.
 それはまるで,「いじめられるのは,いじめられる側に問題があるのです」と放言して憚らぬ小中学校教員たちの言い分そのままではないか.

 原発事故で福島から避難している生徒を,「奴隷」「菌」「福島さん」と呼んでいじめをやっていた生徒と教員は,いじめられた生徒を《いじめを受けてもおかしくないであろう存在》としていたわけであるが,いじめられる生徒を《唐突に人を傷つけ、いつもにんまりと不気味に笑っている》として描く『よるのばけもの』を高く評価している評者彩瀬まるは,要するに原発事故被災者には,いじめられるべき《なんらかの特性が付与》されているのだと言っているのである.

 原発事故被災者であることが,いじめられても仕方ない《読者を納得させるなんらかの特性》であるなどとは,まともな人間の言うことではない.
 繰り返すが,今時,まともな常識ある社会人は純文学なんぞ読む必要はない.かつての純文学は私たちが生きている現実と切り結ぶものであったから,青年たちは懐が寂しくても腹が減っても,生きる糧のごとくにして純文学を読んだものだが,今時の作家である住野よるも彩瀬まるも,世の中で起きていることに興味関心はないのであろう.いじめられる生徒像として《おそらく吃音症で、唐突に人を傷つけ、いつもにんまりと不気味に笑っている》としか設定できない連中に用はない.
 ちなみに住野よるの短編作品名を Wikipedia から以下に引用列記する.

「か、く。し!ご?と」(『小説新潮』2015年9月号)
「か/く\し=ご*と」(『小説新潮』2015年12月号)
「か1く2し3ご4と」  (『小説新潮』2016年2月号)
「か♠く♢し♣ご♡と」  (『小説新潮』2016年4月号)
「か→く↓し←ご↑と」(『小説新潮』2016年6月号)

 これが文学の退廃でなくて何だろうか.

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2017年1月29日 (日)

王樓賀韋華傳 (補遺)

 伊藤雅文『邪馬台国は熊本にあった! ~「魏志倭人伝」後世改ざん説で見える邪馬台国~』(扶桑社新書) の Kindle 版を読んでいるうちに,固有名詞の「読み」を一々調べて確認しながら読み進むのが億劫になり,他にも字体のことなど色々と不審なことが出てきたので,新書版を購入して比較してみた.
 すると,新書版は,固有名詞だけでなく,例えば雲散霧消に「うんさんむしょう」とルビを振るなど,高校生でも楽に読むことができるような親切編集がなされていることがわかった.

 この本は,新書版と Kindle 版とでは内容が異なる.買って通読するなら絶対に新書版だ.
 以前にも,ある書籍の Kindle 版を購入したら,内容理解に不可欠な図版が省略 (理由不明) されていて,物の役に立たなかったことがある.
 Kindle 版は,コミックに限っておいたほうが良さそうである.

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2017年1月28日 (土)

太古の暗号ミステリー

 一週間前の土曜日,TBSテレビ『世界ふしぎ発見!30周年スペシャル』を録画した.
 いや実に長寿の番組である.しかも内容がよい.
 その『30周年スペシャル』は,《未来を変える冒険者たち》と題して次の三テーマで放送されたのだが,その中でも私は《人類史を覆す太古の暗号に秘められたミステリー》に興味をそそられた.

フィヨルドの衝撃映像! バイオロギングで迫るザトウクジラの謎
折り紙顕微鏡で未来を変えろ! マダガスカルの小さな科学者たち
人類史を覆す太古の暗号に秘められたミステリー 》 

 番組中でも紹介されたのであるが,《人類史を覆す太古の暗号に秘められたミステリー》にはタネ本がある.『最古の文字なのか?』(ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー著,櫻井祐子訳;文藝春秋社刊) だ.
 その紹介によると,この本の著者は今年の夏,氷河期の洞窟の壁に描かれている記号に関する研究成果をまとめ,博士論文として世に問うという.
 ということは,彼女の研究の中心的な部分 (方法論と結論) は本書には書かれていないことになる.自然科学の場合,学術論文誌以外の書物に書いてしまったことは,学位論文には引用できないルールがある (=オリジナリティが要求される) からだ.

 私が考えるに本書は,彼女の博士論文の序文に相当するものだ.
 一年後か二年後,博士号を得た後に,きっと博士論文の本文に相当する内容が出版されるに違いない.それを楽しみに本書を読むとしよう.

[追記]
 翻訳者の櫻井祐子氏は1965年生まれで,フリーの翻訳家である.お若くはないのであるが,今の若い人に特徴的な文章のクセ (というか未熟な日本語) が見られるのは残念だ.一例として,訳文が推測の文型なのに末尾に疑問符をつけてしまっている.これは,文脈からして原文はおそらく疑問文であるので,それならそれで訳文もきちんと疑問文にしなければいけない.これはネット上に見られる若い人の文章に特徴的な誤りである.
 それから,訳者は,自分は人類学の門外漢であると訳者あとがきに書いている.これはいかにもまずい.自然科学書は小説ではないのだから,語学力があるから翻訳できるといったものではない.自然科学書の翻訳者には,その科学分野の基礎的な知識教養が必須である.読者は門外漢で一向に構わないが.(笑)
 この翻訳者のつたない文章 (*) が本書の価値を落としてしまっているかも知れない.その上しかも,専門知識の欠如による誤訳があるかも知れないことに,読者は注意して読む必要がある.

(*) 本書 p.20 に《これは私が見た最も美しい洞窟とはとてもいえない。》と直訳が書かれているが,まるで日本語になっていない.この訳文では,二番目に美しい洞窟であることを否定できていない.しかしこの洞窟は,絶対に二番目に美しい洞窟でもないのだ.
 きっと原文は " not + 最上級" であるに違いない.だとすると「この洞窟は私が今までに見た中でも,かなり酷い状態のものだ」が原文のニュアンスである.最悪に近いのである.その証拠に,著者と一緒に洞窟を調査した考古学者グスタボは《この洞窟はほんとに最悪でね》と言っている.(本書 p.16)
この洞窟はほんとに最悪でね》と p.16 に訳文を書いておきながら,p.20 で《これは私が見た最も美しい洞窟とはとてもいえない。》とは一体どういうことだ.本書の翻訳をした櫻井氏が,私が知っている最も優秀な翻訳家であるとはとてもいえない.(笑)
 高校の英文和訳の授業で " not + 最上級" を習うはずで,長文読解テストでは文脈に沿ったニュアンスで解答する必要がある.まるで中学生みたいな,日本語になっていない直訳では,高校ではよい点数をもらえない.(日本語になっていればいわゆる翻訳調でも全く構わない.櫻井氏が高校生の場合は,だが)

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2017年1月27日 (金)

王樓賀韋華傳

 伊藤雅文『邪馬台国は熊本にあった! ~「魏志倭人伝」後世改ざん説で見える邪馬台国~』(扶桑社新書) を昨日から読んでいるのだが,本書 Kindle 版の位置 No.492 に唐突に《王樓賀韋華傳第二十》が一部引用されている.『王樓賀韋華傳』にルビは振られておらず,どのような書物であるのか何の説明もない.

 そこで百科事典を調べると,『三国志』の巻四十六から巻六十五までが「呉書」であるが,その呉書中の,呉の武将である王蕃,樓玄,賀邵韋曜華覈の伝記 (すなわち王蕃伝・樓玄伝・賀邵伝・韋曜伝・華覈伝) を集成した列伝集のそのまた第二十というものであるらしいが,これは中国史において何と読むことになっているのか,皆目わからない.

 各武将を百科事典で調べてみたが,樓玄については,Wikipedia では【楼玄】の項目が立てられている.読みは「樓」「楼」いずれも「ロウ」でよいとして,中国史では旧字体「樓」と書くのが普通なのか,新字体「楼」でも構わないのかを知りたいところだが,Wikipedia に解説はない.
 また「王樓賀韋華傳」をテキトーに「オウロウガイカデン」と読んだら「いえ,慣用では○△□※#と読みます」なんて言われたりするおそれもある.
 学術論文ならいざ知らず,読者に買って読んで欲しい (著者が収入にしたい) 本を書くということは,読者ファースト (小池百合子風) でなければならない筈だが,著者伊藤雅文氏にそんな気は全くないようだ.
 もっと基本的なことであるが,地名人名を旧字体で表記するか,あるいは新字体で表記するかの基準がこの本には書かれていないし,実際に不統一である.この種の本で凡例を書くのは,最低限必要なことであると思うのだが.
 それに,著者は書名『王樓賀韋華傳第二十』をネットの検索サイトからコピペしたと馬鹿正直に書いている (位置 No.467) .
 インターネットには文字コードの問題があって,固有名詞であっても旧字体新字体が不統一にならざるを得ない場合があるのだが,『邪馬台国は熊本にあった!…』は紙に印刷した書籍であるから,その制限はないはず.従ってネットからのコピペであっても,書籍にする際に修正を行うべきである.
 それともこの字体不統一は Kindle 版だけに生じているのか.それならば「『邪馬台国は熊本にあった!…』初版に基づいて制作しましたが,一部の字体が異なります」と断り書きがあって然るべきだが,説明はない.難儀な本だ.

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2017年1月26日 (木)

邪馬台国論争最強の新説か!

 何が不毛だといって,不毛な論争の代表格は邪馬台国論争だろう.

 amazon で何かおもしろい本はないかと探していたら,伊藤雅文『邪馬台国は熊本にあった! ~「魏志倭人伝」後世改ざん説で見える邪馬台国~』(扶桑社新書) が目についた.
 これは去年の秋に出版された本で,帯に《古代史最大のミステリーへようこそ。1716年、新井白石の「古史通域問」に始まった邪馬台国論争300年目の新説登場!》とある.amazon の読者レビューで星4.5 という絶賛本だ.

 邪馬台国論争が楽しいのは,「魏志倭人伝」に書かれている帯方郡から邪馬台国への行程において,「魏志倭人伝」に記述されている方角と距離を「方角が間違っている」「距離が間違っている」と勝手に辻褄を合わせ,自分が「邪馬台国はここにあって欲しい」と思う土地まで,強引に邪馬台国比定地を引っ張ってくるのが可能であるところにある.
 その気になれば,邪馬台国の比定地は,皇居でも福島第一原発でも自由自在だ.
「邪馬台国は大戸島だった!」でも「卑弥呼はアンゴルモアの大王だった!」でもいいのだが,そうしないのは論者たちにわずかな羞恥心が残っているからに過ぎない.

 それでも今までの論者は「魏志倭人伝」を一応の根拠にしてこれを改竄することに努力を傾注してきたのであるが,この伊藤雅文氏は,そもそも現在私たちが知っている「魏志倭人伝」そのものが,既に改竄された偽書であるという説らしい.
 これは着眼点が新しい.すばらしい.この伊藤雅文説を敷衍すれば,「魏志倭人伝」は陳寿のフィクションであるとすることが可能で,「邪馬台国はなかった!」という本を書くことができることになる.すなわちこれまでの邪馬台国論争を木端微塵に粉砕できるのだ.
 そこで私は,邪馬台国論争におけるたった一つの根本資料「魏志倭人伝」を否定し,従来の論争に終止符を打つこのトンデモ本は読んでみる価値があると思い,Kindle 版を購入した.
 ところが,この本は,子供でも読める簡単な地名にはルビを振っておきながら,ルビが必要な地名には「敢えてルビを振らない」という方針だと書かれていた.
 もしかすると著者はすげーめんどくさい性格の人なのかも知れないが,ともかく私は自分で索引を作りながら読み始めた.この本,嘘がうまくできていたら書評を書くことにする.(笑)

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2017年1月16日 (月)

震災後文学

『泣き童子 三島屋変調百物語 参之続』(角川文庫) 読了.文芸評論家高橋敏夫氏による巻末解説を読む.
『泣き童子』に収められた「第二話 くりから御殿」について氏は次のように解説する.

三・一一東日本大震災のすぐ後に発表された「くりから御殿」は、一〇歳のとき山津波で両親をはじめ仲良しの幼馴染たちを失った少年の奇怪な夢と、四〇年後の今なお男の心をとらえる痛切な思いをえがく。男の思いをうけた女房の言葉がまた胸をうつ。この短編は、多くの作家による秀作がそろう「三・一一後文学」のなかでも、とりわけすぐれた作品になっている。

 高橋氏が指摘する「震災で生き残った者の痛切な思い」は,「震災」を「戦争」と置き換えれば,戦後昭和の長きにわたって書き継がれた文学的課題に繋がるものであるだろう.
 震災後の文学についてネットを検索すると,講談社のサイト《現代ビジネス》に昨年掲載された《作家たちは「3.11」をどう描いてきたのか~「震災後文学」最新作を一挙紹介! 》がみつかる.(筆者は木村朗子津田塾大学教授)
 ここで木村氏が紹介している作品を列挙する.

『あの日から―東日本大震災鎮魂岩手県出身作家短編集』(岩手日報社, 2015年)
『呼び覚まされる霊性の震災学―3.11の生と死のはざまで』(新曜社,2016年)
いとうせいこう『想像ラジオ』(河出文庫 2015年,単行本は河出書房新社,2013年)
天童荒太『ムーンナイト・ダイバー』(文藝春秋,2016年)
彩瀬まる『やがて海へと届く』(講談社,2016年)
吉村萬壱『ボラード病』(文藝春秋,2014年)
垣谷美雨『避難所』(新潮社,2014年)
金原ひとみ『持たざる者』(集英社,2015年)
小林エリカ『光の子ども 1,2』(リトル・モア,2013,2016年)
小林エリカ『マダム・キュリーと朝食を』(集英社,2014年)
多和田葉子『献灯使』(講談社,2014年)
桐野夏生『バラカ』(集英社,2016年)
スベトラーナ・アレクシエービッチの『チェルノブイリの祈り――未来の物語』(岩波現代文庫 ,2011年)
メヒティルト・ボルマン『希望のかたわれ』(河出書房新社,2015年)
津島佑子『ヤマネコ・ドーム』(講談社,2013年)

 正直に書くと私は,ここに挙げられた本は『想像ラジオ』しか読んでいない.
 これらの作品は amazon で私の書籍リストに入れて少しずつ読んでいこうと思うが,震災後文学,3.11 後文学は,上に挙げた作品がすべてではない.
 例えば木村氏が震災後文学として紹介していない『泣き童子』の中で宮部みゆきは,主人公 ちか の口を借りて次のように書いている.(「第六話 節気顔」)

「… この世には本当に、思いがけないことが起こります。人が生きる道も、亡くなって去っていく道も様々でございます」
 残される者の思いもとりどりである。


 これからも残された者のとりどりの思いが書き継がれていくだろう.もしかすると戦後文学と同じように,3.11で被災した少年少女たちが将来,私よりも若い世代の人たち (私自身はもうこの世にいないだろう) の読むべき作品を生み出すかも知れない.

(以下《巡り来る 3.11》に続く)

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2017年1月15日 (日)

時代小説の楽しみ

 宮部みゆきさんのファンは,新刊単行本が出版されれば即刻作家買いする人が多かろう.
 以前は私もそうだったのであるが,枕元に本を積み上げて寝床で読むのが好きなので,いつしか文庫本が出てから買うようになった.
 ところが,新刊を必ず買うのなら買い損ないはなかろうが,文庫化を待っている仕方だと,寄る年波で物忘れの多くなった私は買い忘れることがある.

 先日,amazon の中をウロついていて,『三鬼 三島屋変調百物語 四之続』(日本経済新聞出版社) が昨年末に刊行されていたことを知った.
 それはいいのだが,既に文庫になっている『泣き童子 三島屋変調百物語 参之続』(角川文庫,平成二十八年六月初版;単行本は平成二十四年に文藝春秋社から) を読んだ記憶がないのにも気が付いた.買い忘れをしたのである.
 それで早速角川文庫の『泣き童子』を注文したのだが,ことのついでに単行本の『三鬼』も買い忘れのないよう一緒に注文した.

 時代小説を読むと,とにかく勉強になることが多い.書く作家自身が大変な勉強をして書くのだから当然だ.
 Wikipedia【時代小説】に,

 《時代小説 (じだいしょうせつ) は、過去の時代・人物・出来事などを題材として書かれた日本の小説。現代の日本では、明治時代以前の時代 (主に江戸時代) を対象とすることが多い。歴史小説との違いについては、歴史小説を参照されたい。
かつては大衆文学はすなわち時代小説であり、広く庶民に受け入れられた。一般に歴史小説との境界は曖昧であるが、過去の時代背景を借りて物語を展開するのが時代小説であり、歴史小説は歴史上の人物や事件をあつかい、その核心にせまる小説である。

とあるが,ここに書かれていない大切なことは,時代小説は《過去の時代・人物・出来事などを題材として書かれた》小説であるが,登場人物の思考や振舞は現代に生きる私たちのものであるということだ.そこが歴史小説との違いである.
 例えば藤沢周平作品があれ程会社員たちの支持を得ているのは,海坂藩の武士たちの生き方が,現代社会における会社員たちの人生を映しているからに他ならない.
 であればこそ時代小説作家は,作品のリアリティを確保するために,周到に時代考証を行い,時代背景の描写に細心の注意を払う.そして読者は,作者の苦心をきちんと丹念に追っていかねばならない.

 宮部みゆき『泣き童子』も,数ページに一つは調べもの,確認したいことが出てくる.
 私は衣装とか服装の分野に暗いので,ネットで確認しながら読んでいく.一つ例をあげよう.

落ち着きのある深緑色の地に、桜と紅葉を散らした裾模様の入った振袖は、冬枯れの今だからこそ引き立つと、お民は言う。内着は鹿の子絞りの麻の葉模様で、これが振袖の袂から覘く加減を、さっきからお民はしきりと工夫しては首をひねっている。

 ここで《鹿の子絞りの麻の葉模様》を検索する.
 するとたちどころにずらりとその画像が出てきて,あ,これね,知ってる知ってると得心して読み進むのである.

 他には「浅葱裏」なんて言葉も出てきて,これは単に浅葱色の裏地という意味ではなく,田舎侍,下級武士のことであるが,そういうことも一応 Wikipedia で確認しながら読んでいく.読書の楽しみである.

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2016年12月20日 (火)

辻堂 越後屋担庵

 私のような一般の日本人が『スター・ウォーズ』というとき,それは

オリジナル・トリロジー (旧三部作)
 スター・ウォーズ エピソード 4『新たなる希望』   (1977年)
 スター・ウォーズ エピソード 5『帝国の逆襲』    (1980年)
 スター・ウォーズ エピソード 6『ジェダイの帰還』  (1983年)
プリクエル・トリロジー (新三部作)
 スター・ウォーズ エピソード 1『ファントム・メナス』(1999年)
 スター・ウォーズ エピソード 2『クローンの攻撃』  (2002年)
 スター・ウォーズ エピソード 3『シスの復讐』    (2005年)

の映画六作品を指す.
 ところが『スター・ウォーズ』にはスピンオフ作品群があって,小説に始まり,コミックやアニメに展開されている.日本では全く売れなかったが Windows ゲーム (ただしクソゲー) もあった.(《スター・ウォーズのスピンオフ一覧 》にまとめられている)
 古くからの『スター・ウォーズ』ファンは,これらのスピンオフ作品群に興味はあるが,入手は困難であるし,手に入れても言葉の壁があるだろうから,かなり敷居が高いと思われる.しかもオリジナル映画六作品とは,世界観は共通しているとしても設定に整合性がとれていないものが多いと聞く.

 そんなわけでスター・ウォーズのスピンオフ作品は日本のファンには縁遠かったのであるが,2012年10月にウォルト・ディズニー・カンパニーが本編六作品の制作会社ルーカスフィルムを買収したことから状況が変わった.ウォルト・ディズニー・カンパニーは新たな三部作 (エピソード7,8,9) の製作と共にスピンオフ作品も作ると発表したのである.
 Wikipedia【スター・ウォーズ・シリーズ】からその辺りを引用する.

アンソロジー・シリーズ
実写映画本編を補完する実写映画シリーズ。2013年、ルーカスフィルムがスター・ウォーズのメインストーリーとは別の劇場映画をいくつか製作すると報じられ、2015年4月にアメリカのカリフォルニア州アナハイムで開催された本シリーズのオフィシャルファンイベント「スター・ウォーズ セレブレーションアナハイム」で、これらのスピンオフは「アンソロジー・シリーズ」のレーベル名の下で公開されることが明らかにされた。2016年12月公開の『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を皮切りに、2作品の公開が発表されている。

 で,この年末に『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』公開の運びとなったのである.
 昨年公開された,本編六作品に続く三部作の第一弾『フォースの覚醒』は,新登場人物の紹介以外には,内容的に本編へのオマージュだけであり,古いファンには納得できても,若い映画ファンには大しておもしろくない作品だったと思う.
 それでは本家スピンオフ第一弾『ローグ・ワン』はどうであったか.
 これがなかなかよかったのである.私は年寄りの『スター・ウォーズ』ファン必見かと思う.
 それはどうしてかというと,本編六作品がジェダイという超人たちの物語であるということと,叙事詩スペース・オペラという作品の性格からして,敗れた者,倒れた者にはほとんど焦点が当てられていないのであるが,一方の『ローグ・ワン』はジェダイが壊滅したあとの物語であるため,登場人物が,超人ではない被弾すれば死ぬ戦士たちだからである.これがために手に汗握るストーリー展開になっているのだ.私は,この作品はヒロイック・ファンタジーとして本編よりもいい出来ではないかとすら思う.
 本編六作品では,単純に反乱軍は善,帝国は悪として語られているのだが,この『ローグ・ワン』では,反乱軍の戦いも汚いものだと反乱軍のスパイであるキャシアン・アンドーは述懐する.
 戦争は,戦う双方ともに殺しあう悪である.当たり前のことだ.戦場で自分が悪であることに心が辛うじて耐えられるかどうかは,戦う大義があるか否かにかかっている.そうでなかったら生きていけないとキャシアン・アンドーは言うのである.第二次世界大戦後,ベトナム戦争もイラク戦争も,米国兵士たちの心に深刻な傷を負わせたのは,いずれも大義なき侵略戦争だったからだ.キャシアンの台詞はそのことを示唆している.
 このようにして,お気楽なエンタメ映画と言い切っていい『スター・ウォーズ』シリーズに,『ローグ・ワン』は初めてリアリティを持ち込んだのである.この作品の監督,ギャレス・エドワーズは若い人だが,Wikipedia【ギャレス・エドワーズ】に次のように書かれている.

キャリア
VFXクリエイターとして、BBCやディスカバリーチャンネルの作品を手がけ、英国アカデミー賞を受賞するなど成功を収めた。2008年にはBBC製作の大河ドラマ『ウォリアーズ 〜歴史を動かした男たち〜』を監督し、250もの視覚効果をすべて自分自身で担当した。また、映画製作の分業化に業を煮やした結果、Sci-FIチャンネルの48時間映画コンテストにてクルーなしで俳優を1人だけ使って製作した短編映画を発表し、グランプリを受賞した。その後、自身にとって初の長編映画での監督作品となった『モンスターズ/地球外生命体』は、低予算映画ながら多くの批評家や映画監督から賞賛され、英国インディペンデント賞にて3部門を受賞し、英国アカデミー賞にもノミネートされた。これらの功績から、『GODZILLA ゴジラ』の監督に抜擢された。その後、2016年公開予定の『スター・ウォーズ』の単独映画を監督することになった。

 ギャレス・エドワーズに本編の監督もやって欲しいと思ったのは私だけではないだろう.
 付け加えると,本作品では,ジェダイの時代に生まれていたらジェダイになれたかも知れない僧兵チアルート・イムウェの奮闘が印象的だった.また使命を果たしたローグ・ワン戦士二人の最後のシーンも美しい.

 話が横に逸れるが,昔の Windows RPG には,ウォーリア,ソーサラー,ローグ (!) の他にモンクという職業設定があった.モンクはすなわち棒術を使う僧兵であり,若い人は知らない (チアルートが盲目であるという設定だけで闘技が棒術であることなどは全く無視し《どう見ても座頭市の勝新じゃねーか!?》と書いている無知なサイトがある.どこの座頭市が棒術の達人なんだよ.座頭市は僧じゃないし<笑>;このウソサイトは検索するとすぐみつかるだろう) だろうが,チアルートのキャラはモンクそのものであることを指摘しておきたい.そういうことも映画を観る上で知っていると楽しい知識である.
 そして,Wikipedia にネタバレ気味に書かれてしまっているが,本編ファンなら「おお,そうきたか!」と思わず口元が緩むラストシーン.これがいい.

 なんだか今年は,くだらないアメコミ実写映画もやたらとあったけれど,いい映画もいくつか観ることができた.
 来年はたぶん新シリーズの第二作 (エピソード8) が出て,つぎの年にはスピンオフ第二弾 (タイトル未定) がやってくるだろう.頑張って長生きしようと思って,映画を観たあと景気付けに昼酒をやることにした.昼酒の言い訳になってないような気がするが,まあそんなことはどうでもよろしい.

 さていつも私が映画を観るのは辻堂駅北口の Terrace Mall 湘南内のシネコンだが,このモールには,高いばかりでおいしくないレストランが多い.婉曲な言い方をやめると,だめなレストランばかりだ.
 それがために映画を観たあとの飯は藤沢駅に戻るしかないと思っていたのだが,『ローグ・ワン』を観たあと,辻堂駅まで歩きながらふと気が付くと Terrace Mall 湘南のすぐ隣に道路を挟んで小さなビル (Luz 湘南) があり,飲食店が幾つか入っているらしい.
 ものは探検だというわけで,その小さなビルの一番上のフロアに行ってみると,
「やきとりセンター」「北海道」「ラ パウザ」「三ツ矢堂製麺」「九州料理ふくまる」「サラダバー けん」「越後屋 坦庵」「温野菜」といった店が入っていた.
 「北海道」とか「温野菜」なんかはお一人様には無縁の店と思うが,「越後屋 坦庵」はどんな店か知らないので,入ってみることにした.
 「越後屋 坦庵」は,品書きをざっと見たところ,どうやら焼魚定食と蕎麦が食える居酒屋といったコンセプトのようだ.ネット情報ではかなり酷い評価も書かれているが,よい店だとする人もいる.

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 本日は様子見というわけで,銀鱈の西京漬,ししゃも (カペリンじゃないやつ),胡瓜の辛子味噌漬,てんぷら盛り合わせを注文した.飲み物は黒霧島と赤兎馬をロック各一.
 料理は,まあまあの出来だと思う.てんぷら盛り合わせは,小さい海老天が三本にキス,かぼちゃ,さつもいも,茄子が盛られていて七百八十円.揚がり方は及第点で,コスパがかなりいい.辻堂に映画を観に来たときの昼酒に贔屓にしようかと思う.
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