続・晴耕雨読

本や映画などについて.

2019年1月19日 (土)

たんぽぽ娘 (補遺三)

たんぽぽ娘》の記事中に次のように書いた.[なお,この記事の補遺 (一) と (二) はカテゴリー『続・晴耕雨読』にあります)

短編「たんぽぽ娘」はSFだけれどミステリーのテイストがあり,ここに描かれている一種のトリックは,ライトノベルしか読まないような若い人には理解不能だと思われる.

 ライトノベル出身の作家には大変に優れた才能の持ち主がいて,例えば有川浩さんや三上延がそれだ.ライトノベルはおもしろいが,しかしライトノベルしか読まない読者の頭の中身はお話にならない.例えば《タイムトラベルの本棚 》と題したブログの《『たんぽぽ娘』ロバート・F・ヤング 伊藤典夫@訳 》という記事の筆者がその典型で,読解力ゼロだ.(更新停止しているブログであり,リンク切れの可能性が高いので,画像で引用する)


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 前に書いたように「たんぽぽ娘」はミステリー風味のSFであるが,この記事の筆者は中学生か高校生か,いずれにせよミステリーを全く読んだことがないようだ.
 ミステリーの基本ルールの一つに,「作者は読者が推理するのに必要なすべての情報を開示しなければならない」というのがある.言い換えれば,読者は作者が開示した情報だけで推理しなければならぬのである.
 ところが《タイムトラベルの本棚 》の筆者は,読んでもストーリーが理解できないので,自分が理解できるように伊藤典夫の翻訳文を歪曲して,勝手な妄想をしている.
 妻アンの若い時の髪の色は「たんぽぽ色」であった.この ばか者 記事の筆者はどんな英和辞典を持っているのか知らぬが,「たんぽぽ色」を勝手に「亜麻色」にしてしまった.これからわかることは,この記事の筆者は「亜麻色」がどんな色か知らないということである.
 余談だが,色の表現は難しくて,普通はかなりの幅がある.極端なのは「カーキ色」で,これは黄土色からくすんだ緑色まである.通販の服に「カーキ色」と書いてあったら要注意だ.品物が届いて開梱したら,想像と全く違う色だったんなんてことがある.で,亜麻色については的確な資料 (《亜麻色の髪とは、淡い栗色ではなかった 》) がある.
 閑話休題.翻訳者が「たんぽぽ色」と書いているのだから,自分も「たんぽぽ色」と書けばいいのである.まさか,たんぽぽの色を知らぬのではあるまいな.w

 次の妄想はこれ↓だ.
 
髪の色も顔も変わってしまったがアンはジュリーが顔を変えた姿だった。
時間警察に見つからないように顔を変え
1961年の1人だけの休暇の時にマークとジュリーの出会いが上手くいかずにタイムパラドックスが起きないか不安に思っていた。
 
 伊藤典夫の訳文のと゜こを探しても,整形手術のことは出てこない.w
 タイムパラドックスなんてことも出てこない.
 何となればこの小説は,長く連れ添った夫婦が互いの愛情を再発見する物語であり,タイムトラベルは,単なる舞台装置に過ぎないからである.まあ,中学生には難しい小説だろう.二十年経ったら,また読んでみなさい.w

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2019年1月16日 (水)

明治の自転車

 大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』を見ることにした.予告の番宣を見ていたら,テレビでも映画でも絶滅したかと思われた喫煙シーンがやたらと出ているのに興味を引かれたのである.私は非喫煙者だが (禁煙したと言うべきだが),かつての日本人 (の男) は成人したら喫煙するものだという暗黙の了解があり,会社の会議室なんぞは煙でもうもうとしていたものなのである.

 しかし今は,テレビドラマや映画で喫煙シーンを映そうものならたちまちクレームが来るらしい.
 それでリアリティのない映像がまかり通るようになったという話を聞いたことがある.しかし今度の大河ドラマは,敢えて後半の主人公を喫煙者という設定にしているようなので,もしかしたら時代考証をきちんとするのかも知れないと期待したからである.
 
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 上の画像は,後に金栗四三の妻となる春野スヤ (綾瀬はるか) が颯爽と登場する場面である.時代は明治四十二年.
 彼女の自転車はロッド式リムブレーキ (左側の↓) を装備し,前輪に泥除け (右側の↓) が付いている.ハンドルは,いわゆるママチャリが登場する前に,昭和三十年代以前の普及型自転車によくあったタイプである.
 テレビ画像を見る限り,このハンドルバーとハンドルステムはクロムメッキの光沢を示している.しかしクロムメッキ技術は1920年 (大正九年) に米国で発明され,我が国では大正十五年に初めて行われたのである.おそらくドラマの中で使われた自転車は昭和の製品だろう.明治の自転車を持ってこいというのは酷であるが,それならばハンドルバー周りの部品やフレームを塗装してしまうべきであった.
 
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(国立国会図書館デジタルコレクション『新版引札見本帖第一』;著作権保護期間満了の資料)
 
 上の資料画像は明治時代の女学生を描いたもの (明治三十六年の作) であるが,この自転車は,どういうわけかブレーキを装備していない.前輪泥除けがない自転車の写真はネット上にも掲載されているが…
 フレームなどのパーツがメッキでなく塗装であるのは無理がない.
 自転車が発明された初期は,こういうブレーキなしの自転車が実在したようだが,明治後半にも存在したのであろうか.あるいは絵師の手抜きなのだろうか.

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たんぽぽ娘 (補遺二)

 この補遺では,伊藤典夫の翻訳について一ヶ所,私見を述べるが,議論の都合上,いわゆるネタバレを書く.
 その箇所とは,前回の記事で引用した[原文B]である.そこを再掲する.
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[原文B]
“He had reached the street and was walking down it toward the corner. He was almost there when the bingo bus pulled up and stopped, and the girl in the white trench coat got out. ”(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)
[伊藤訳]
彼は通りに出て、四つ角をめざした。すぐ近くまで来たとき、ビンゴ・バスがするすると角に停車した。白いトレンチコートを着た女がバスから降り立った。
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 原文の二つ目のセンテンス中の“and the girl in the white trench coat got out.”で,原作者が,バスから降りたのは“the girl”だとしているのにもかかわらず,訳者はこれを「女」とした.私は,これは訳者の越権だと思う.主人公のマークは,バスから降りた愛しい妻に,二十年も連れ添ったアンに,あの“dandelion girl”の面影を見たのである.そのことを作者は,アンを“girl”と書いて読者に示したのだ.
 この物語の時代設定は,ヤングが作品を発表したのと同じ1960年代である.今の日本では二十代にしか見えない中年女性がいて,美魔女などと呼ばれているが,二十世紀半ばはそうではなかった.人は四十にもなれば,それまでの人生の来し方が,たたずまいに表れるものだという価値観が存在した.あの時代の中年女性がどのようなものであったかは,1960年代のアイオワ州マディソン郡に住む主婦,フランチェスカを演じたメリル・ストリープを想起すれば足りる.
「たんぽぽ娘」は,夫婦の愛を夫の側から描いた小説である.長く連れ添った妻を見て「昔はかわいかったんだが…」と思う結婚は不幸な結婚である.何事もなく一緒の人生を暮らしてくれば,夫も妻も相手の容姿の変化 (衰え) を意識することはない.(昔のアルバムを見れば驚くが.w) 「たんぽぽ娘」は,夫婦の愛情にとって時の流れとはなんだろう,ということを描いたタイムマシン型SFである.夫というものは,妻と互いに恋に落ちた時の心持のままに,今もそのまま彼女を愛しているならば,すっかり中年になった妻に,いつもはもう思い出すこともなかった少女の頃の面影を見出すこともできる.それこそが時というものの不思議だとヤングは語ったのである.
 
 しかるに翻訳者の伊藤典夫は,“girl”すなわち“dandelion girl”を,原文にない「女」と訳した.しかしそれでは作者ヤングの意図が台無しであると私は思う.

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2019年1月15日 (火)

たんぽぽ娘 (補遺一)

 ヤングの短編小説「たんぽぽ娘」を読み終えてから,ネット上にある「たんぽぽ娘」関連記事を検索して読んでみた.
 すると,伊藤典夫の旧訳をコピペした違法サイト,ブログが見つかったが,これは論外として,「たんぽぽ娘」が収められた単行本や文庫版が入手難 (古書は流通していたが高価だった) だったために,自分で原著を読んで翻訳を試みた人のいたことがわかった.たぶん十年近く前の記事であるが,その人が自分の翻訳に自信がないと書いている箇所があるので,そこを引用する.(ただしその訳文自体は,その個人サイト筆者の手で現在は既に削除されていて読めない)
 
この後、主人公はビンゴ大会に参加していて家を空けている奥さん(これ何て訳そうかすごく迷った。ビンゴ大会…なんだよね?)がちゃんと家に帰ってくるか心配になって家を飛び出し、奥さんがバスを降りるであろう最寄のバス停まで走ります。》(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)
 
 伊藤典夫の改訳中で「ビンゴ」が出てくるのは,下に挙げる二ヶ所である.
 
[原文A]
“Then, on a rainy night in mid-November, he found the suitcase. It was Anne's, and he found it quite by accident. She had gone into town to play bingo, and he had the house to himself; and after spending two hours watching four jaded TV programs, he remembered the jigsaw puzzles he had stored away the previous winter.”(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)
[伊藤訳]
そして十一月もなかばにはいったある雨の夜、彼はスーツケースを見つけたのである。それはアンのもので、見つけたのはまったくの偶然だった。彼女は街にビンゴ・ゲームをしに出かけ、家にいるのは彼ひとりだった。くだらないテレビ番組を四つ見て、二時間つぶれたところで、去年の冬しまいこんだジグソーパズルをやろうと思いたった。
 
[原文B]
“He had reached the street and was walking down it toward the corner. He was almost there when the bingo bus pulled up and stopped, and the girl in the white trench coat got out. ”(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)
[伊藤訳]
彼は通りに出て、四つ角をめざした。すぐ近くまで来たとき、ビンゴ・バスがするすると角に停車した。白いトレンチコートを着た女がバスから降り立った。
 
 上に引用した原文は,十数年前に閉鎖された“SCIFI.COM”に掲載されていた“The Dandelion Girl”から引用した.“SCIFI.COM”の後継サイトは存在するが,サイトの性格が全く変わってしまっている.
 ロバート・F・ヤングの没年は1986年なので,“The Dandelion Girl”の米国の著作権はまだ保護されているが,上に示したウェブコンテンツの末尾に“Reprinted by permission of the author's estate.”とあることからすると,このコンテンツは違法転載ではない.従って,このコンテンツからの正当な範囲での引用は合法であると考える.
 さて上記の個人サイトに《ビンゴ大会…なんだよね? 》とあるが,実は「ビンゴ大会」ではなく「ビンゴ・ホール」(ビンゴ・クラブとも) と呼ばれる常設の遊技場が正しい.
 ビンゴ・ホールとは,大雑把に分類すると二種類あって,一つは教会などの慈善団体が運営資金を確保するために営業する施設であり,非営利である.もう一つは全くのギャンブル産業であり,賭博に類する.
 実は,元日に放送された関西テレビ系列局『なるほど!ザ・ワールド 新春ナゾだらけの国SP』で,グリーンランドのビンゴ・ホールの様子が泉ピン子のレポートで放送された. 私は,ビンゴ・ホールの客層は余り若くない女性たちだという知識はあったが,実際のビンゴ・ホールの中の様子は,この放送で初めて見た.そして中にいた客は余り若くない女性たちばかりだったので,なるほどーと感心した.
 次のビンゴ・バスとは何か.普通の意味は,ビンゴ・ホールへ往復するバスで,これは車体デザインが日本のバスより派手.映画『ローラーガールズ・ダイアリー』(2010年) にちょっと出てくる.この映画でビンゴ・ホールとかビンゴ・バスを知った人は多いだろう.
 もう一つは観光バスで,移動中に中でビンゴをするバスらしい.日本の団体旅行みたいであるが,私はこれについて知識がない.
 
 以上,伊藤典夫訳の『たんぽぽ娘』の中で,ちょっとわかりにくい単語について説明をした.“to play bingo”は非営利のビンゴ・ホールへ Anne がビンゴをしに出かけたということ,“the bingo bus”は,そのビンゴ・ホールからの帰りのバスのことであった.

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2019年1月14日 (月)

たんぽぽ娘

 アマゾンが突然,ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(伊藤典夫編集・翻訳,河出文庫,2015年) を薦めてきた.これは同題の作品他が収められているSF短編集である.
 昔々河出ではないどこかの文庫に入っていたのを読んだ記憶があるが,細部は忘れた.しかし今でも名作と評価されている作品のはずであり,河出文庫に入っているのは改訳版だというので,読み直してみることにした.

 短編「たんぽぽ娘」はSFだけれどミステリーのテイストがあり,ここに描かれている一種のトリックは,ライトノベルしか読まないような若い人には理解不能だと思われる.
 二十代の男女が愛し合って結婚したとする.その二十年後,二人の容貌には,それなりの人生が刻まれて,若い時とはかなり異なっているだろう.
 けれども,いつも一緒に過ごしている相手の容貌の変化は,なかなか気づかないものなのである.男も女も,昔から相手がそのような容貌であったと思うものなのだ.
 このことは,実際に年をとってみないと実感できない.さっき,若い人たちが書いた「たんぽぽ娘」の書評を検索して読んでみたのだが,このトリックを正しく指摘しているものは一つもなかった.

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2018年12月27日 (木)

中野京子『美貌のひと』 (三)

 次は同じく第四章からボルディーニの『モンテスキュー伯爵』だ.モンテスキュー伯爵,すなわちモンテスキュー=フェザンサック伯マリー・ジョゼフ・ロベール・アナトールは,フランスきっての名門貴族であった.

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(Wikipedia【ジョヴァンニ・ボルディーニ】から引用;パブリックドメイン画像)
 
『美貌のひと』が解説しているのは,ボルディーニが描いたモンテスキュー伯爵の肖像画ではなく,モンテスキュー伯爵という人物そのものと,とても十九世紀の人とは思えぬ第一級のファッション・センスである.
 確かに上の画像で伯爵が着用しているジレは,二十一世紀の現在も,オーダーメイドはもちろん,既製服でも見かけるデザインだ.また手に持っているステッキはルイ十五世ゆかりの物だというが,この型のステッキは現在もまだ,メインストリームのデザインである.
 この時代の貴族たちは,一日のあいだに頻繁に衣装を替えたという.女性はもちろん男たちも,厳密なTPOに従って衣装替えをしたと書いたあと,中野先生は次のように述べている.
 
数年前、DVDで古い白黒映画を見た。「タイタニックの最期」(ジーン・ネグレスコ監督、一九五三年公開) というアメリカ映画で、タイトルどおり一九一二年のタイタニック号沈没事件を背景にしている。ちなみにこの事件当時、モンテスキュー伯はまだ生きていた (一九二一年に六十六歳で没)。
 
 この『タイタニックの最期』の主人公はイギリス貴族であるが,中野先生は一ページ以上を割いて,映画の粗筋を紹介する.
 そして末尾に《真のダンディズム、かくあれかしと思う 》と,この映画を賞賛している.そこまで読んで,私は映画のタイトルに既視感を覚えた.
 そこでDVDを収納してある書架を探したら,古い映画を寄せ集めた『ロマンス映画 コレクション DVD10枚組』というセット物が見つかった.(今もアマゾンで販売されている)
 このセットに含まれているのは『ローマの休日』『哀愁』『終着駅』『逢びき』『恋愛手帖』『タイタニックの最期』『我等の町』『愛の調べ』『ヒズ・ガール・フライデー』『愛のアルバム』の十作品だが,私は名作『哀愁』を観るだけのために買ったので,既にディスクを持っている『ローマの休日』は別として,残りの八作品は放ったらかしにしてあった.
 だがしかし,もしかするとこの「ロマンス映画」集 w には『タイタニックの最期』以外にも,単に私が知らないだけで,実は知る人ぞ知る名作が集められているのかも知れない.正月に本腰を入れて鑑賞してみようと思う.

 そして第四章の最後,つまり『美貌のひと』の掉尾を飾る絵はイワン・クラムスコイの『見知らぬ女』である.この絵は『美貌のひと』のカバーにも印刷されている.
 
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(Wikipedia【見知らぬ女】から引用;パブリックドメイン画像)
 
 この絵に描かれた女性は誰か.作品の発表時から,モデル探しが人々の関心を呼び,やがてこの絵は『アンナ・カレーニナ』に触発されたものだということになった.つまり馬車上の女性,「北方のモナリザ」とも呼ばれる美女は,アンナ・カレーニナなのだと.
 作者が付けたこの絵のタイトルは『見知らぬ女』であるが,かつて日本で行われた展覧会で,日本人によって『忘れえぬ女』と呼ばれるようになったらしい.そしてその美貌のひとは今,東京にある.(国立トレチャコフ美術館所蔵 「ロマンティック・ロシア」展)
 これまた年が明けて落ち着いた頃に鑑賞に出かけることにする.

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2018年12月26日 (水)

中野京子『美貌のひと』 (二)

『美貌のひと』第四章で解説されているルノワール画『ブージヴァルのダンス』は,いわゆるダンス三部作のひとつ.一昨年の「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」展でこの絵を直接観たひとは多いだろう.
 
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(Wikipedia【ブージヴァルのダンス】から引用;パブリックドメイン画像)

 下も三部作の一つ,『都会のダンス』である.これまた一昨年の「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展」で,この絵と対になっている『田舎のダンス』のすぐ隣に,ほとんど間隔を置かずに展示されていた.
 一般にダンス三部作とは呼ばれているものの,『都会のダンス』と『田舎のダンス』は一対であるが,『ブージヴァルのダンスは』その二作品とは独立している.しかし『都会のダンス』と『ブージヴァルのダンス』は,モデルの女性が同一人物だという関係になっているのだ.
 
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(Wikipedia【都会のダンス】から引用;パブリックドメイン画像)
 
 さて上に画像を示した二つの作品に描かれた女性は,シュザンヌ・ヴァラドン.モンマルトルの画家にしてフランス国民美術協会初の女性会員,そしてモーリス・ユトリロの母である.
 ヴァラドンとユトリロについて,Wikipedia【シュザンヌ・ヴァラドン】には次のように書かれている.
 
ヴァラドンはユトリロが画家として成功するまで、息子に絵画の才能があるとは思っておらず、また息子も母から絵画を学ぶことはなかったため、互いに影響を受けることなく、独自の画風を確立している。
 
 しかし中野先生は,ユトリロの作品に,母ヴァラドンの強い影響を観ている.
 その影響とは,ヴァラドンの画風や技法という意味ではなく,ヴァラドンの奔放でエネルギッシュな生き方そのものからのものであったという.
 シュザンヌ・ヴァラドンは,社会の最下層の女を母として生まれた.そして生きるために様々な底辺の仕事を転々としながら,十代を過ごした.身入りのいいサーカスのブランコ乗りになろうとしたが,ブランコから落ちて怪我をしためにその道は断念した.
 次に彼女は,ルノワールなどのモデルをしつつ独学で絵を描くようになったが,彼女の才能を見抜いたのはロートレックであった.その後,ドガの指導を得て,遂にヴァラドンは画家として才能を開花させたのである.
 そこまではよかったのであるが,ある日,息子のユトリロが年下の友人を家に連れてきたところから,母と子の間に不穏な空気が漂うことになった.
 その年下の友人の名はアンドレ・ユッテル.そしてヴァラドンはユッテルと激しい恋に落ちた.ヴァラドンは夫と離婚し,ユッテルと再婚した.二人の歳の差は二十一であった.
 最近のテレビドラマで,有村架純ちゃん演じる中学教師が教え子と恋に落ちるという話が物議を醸していたようだが,そんなものはほのぼのとした児戯に等しいというべきだろう.
 いや「歳の差婚」自体は現代でも珍しいことではない.問題は彼女の恋愛と結婚の相手が,自分の息子の年下の友人だということ.ヴァラドンの頭の中には,息子がそれによってどれほどのショックを受けるか,といった配慮はなかったのだ.
 ユトリロの心中を中野先生は次のように描写する.
 
自分を顧みない母への思いは複雑だった。
 求める愛を与えられなかった子供は親に執着しがちだ。ユトリロもまた美しい母を生涯思慕してやまなかった。そんな哀れな息子にとって、母が自分の友人と恋に落ち、あまつさえ結婚までしたことはどれほどショックであった。
 しかも前夫との離婚で、これまでのような贅沢ができなくなった母と友人の新生活の糧に、自分の才能が利用される。すでに彼の作品は母親のものより高値で売買されていたからだ。ユトリロは酒を飲み続け、ひたすらパリの街角を描き続けた。
 力強く生命力あふれる肉体讃歌のヴァラドン作品と、無人の裏町の寂寥ばかりのユトリロ作品は、あまりにも彼ら母子関係の反映そのもので、見る者に複雑な感慨をもよおさせる。

 
 だがそれでは,ユトリロにとってヴァラドンは一方的に悪い母親で,ユトリロはひたすらに犠牲の子であったか.
 ここで翻って中野先生は,一点の救いを彼ら母子の中に見出す.ヴァラドンのユトリロへの愛を.
 それがどのように述べられているかは,いかにも中野先生らしい批評なので,ネタバレを避けてここでは書かない.本書の p.175, 《ブージヴァルのダンス》の末尾の一節をお読み頂きたい.
 
[追記] ヴァラドンとユトリロに関するネット上の記事,例えば西日本新聞の記事《特別展「ユトリロとヴァラドン」 母と子のドラマ描く 》 (掲載日2015年10月12日) などに貼り付けられているヴァラドン母子の写真は,写真全体だけでなくトリミングした画像がネットのあちこちに見られる.しかし,その出典と著作権関係について記された資料が発見できない.

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2018年12月25日 (火)

中野京子『美貌のひと』 (一)

 迂闊なことに中野京子先生の新刊『美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔』(PHP 新書;以下は『美貌のひと』) が出ていたことを知らずにいた.
 あわてて私が手に入れた同書は刊行日が十月五日の第一版第七刷だが,第一刷は六月二十九日だから,月に二回の増刷を続けている勘定だ.毎度のことながら中野先生の著書は飛ぶように売れる.なぜなら先生の本は,買ってハズレだったとか,読んで損したとかがないから,週刊誌や新聞の書評がどう書いているかなんか無関係に,みんなが著者買いするからだ.私もその読者の一人だが,今回は出遅れた.
 この『美貌のひと』で取り上げられている絵画のいくつかは,既に他の著書でも解説されているものだが,『美貌のひと』ではこれまでの解説・評論と異なった切り口 (肖像画のモデル) から絵画が紹介されているので,いつものように「おお,そうだったのか!」が楽しめる.

『美貌のひと』は,雑誌連載 (PHP スペシャル,2016.1 - 2017.12) された初出稿に大幅な加筆・修正を加え,再編集したものである.(同書奥付の前頁の記載から)
 再編集された結果の構成は,主題「歴史に名を刻んだ美貌」の下に,「第一章 古典のなかの美しいひと」「第二章 憧れの貴人たち」「第三章 才能と容姿に恵まれた芸術家」「第四章 創作意欲をかきたてたミューズ」だ.
 その中で,私には第三章のミュシャ画『サラ・ベルナール』,第四章のルノワール画『ブージヴァルのダンス』,同ボルディーニ画『モンテスキュー伯』,同クラムスコイ画『忘れえぬ女 (ひと)』がおもしろかった.

 私はミュシャの絵が好きで,大判の画集からスキャンした画像を,メインマシンにしているPCのデスクトップに貼り付けている.
 
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 中野先生は,ミュシャが世に出るきっかけとなったのは,十九世紀最大の舞台女優であるサラ・ベルナール主演の『ジスモンダ』のポスターであったというエピソードを紹介している.
 その辺りの事情を,Wikipedia【サラ・ベルナール】
 
広告の重要性を認識していたサラは、舞台において自身の生活の一部分を垣間見せ、消費材の宣伝に自分の名前を躊躇せず関連づけた。彼女のスタイルとシルエットは、流行と装飾美術に刺激を与えたが、それだけでなく、アール・ヌーヴォーの美学にも影響を与えた。彼女は、画家のアルフォンス・ミュシャに自ら訴えかけて、1894年12月からポスターを描いてもらった。以降の6年間に渡るコラボラシオンは、ミュシャの作品に副次的な霊感をもたらした。》 (文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)
 
としているが,中野先生によるとこれは事実ではない.一八九四年十二月,クリスマスの日にミュシャにポスター製作を依頼したのはサラ自身ではなく,公演が行われるルネサンス劇場の側であったという.
 公演初日は一月四日だったから,ミュシャは大変なスピードでポスターを描いたわけだ.そしてできあがったポスターに満足したサラは,これ以後,六年の契約をミュシャと結んだとのことである.
 中野先生と Wikipedia と,どっちが正しいか知らないが,まあ中野先生を信じておくのが無難だろう.
 
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(ミュシャによる『ジスモンダ』のポスター,1894年;Wikipedia【サラ・ベルナール】から引用.パブリックドメイン画像)
 
 下はサラの近影.
 
Sarahbernhardt
(Wikipedia【サラ・ベルナール】から引用;パブリックドメイン画像)

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2018年12月19日 (水)

林先生がまたまた大嘘を

 先日 (12/16) の『林先生が驚く初耳学』で,「東郷平八郎と肉ジャガ」という使い古された大嘘が,またまた放送された.
 ざっと以下に番組の当該部分を紹介する.
 林先生への出題は「ビーフシチューの偽物が,日本の家庭料理の定番になりましたが,それは何でしょうか」というもの.
 これに対する林先生の答えは,「東郷平八郎がビーフシチューを作ろうとした」というヨタ話から始まった.(画像↓)
 
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 林先生いわく「ところがレシピはないし材料も不十分だった」(画像↓)
 
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 林先生「そこで日本の調味料でビーフシチューの色を出そうとしたら,現在の肉ジャガができて,これはこれでおいしいじゃないかということになった」(画像↓)
 
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 ナレーション「ビーフシチューから偶然誕生したのが肉ジャガなのです」
 
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 とまあ,林先生が中学生並みの浅薄な雑学知識を披露したあと,番組制作サイドの暴走 (捏造) が始まった.
 下のテレビ画面は,没後に神格化される程の人物であった東郷平八郎が,こともあろうに公私混同して「ビーフシチューを海軍 (舞鶴鎮守府) の担当者に命じて作らせた」というバカ話が,明治三十四年のことだったとナレーションされた場面である.
 
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「明治34年頃」の背景に『海軍厨業管理教科書』 (当ブログ筆者による註;海上自衛隊舞鶴総監部に保管されている) の表紙と,「甘煮 材料 生業肉…」の記述が読み取れるが,実はこの『海軍厨業管理教科書』なるものは,昭和十三年に発行されたものである.地方鎮守府が独自に発行したものを含めて海軍のレシピ集において,最初に「肉ジャガと思しきもの」が記載されたのはこの『海軍厨業管理教科書』が最初であり,これを明治に遡ることはできない.例えば舞鶴鎮守府が明治四十一年に発行した『海軍割烹術参考書』には,「肉ジャガと思しき料理」の記載はない.
 テレビ画面に「明治四十三年頃」と書いておきながら,その背景に昭和十三年の本を,あたかも明治の書物であるかのように掲げるところなんぞは,『初耳学』スタッフが視聴者を騙す気満々であることの証左である.
 明治時代の海軍で肉ジャガが作られたという事実はないのであるが,大正時代に民間で出版された多数の料理本に,現在の肉ジャガに相当する料理のレシピが掲載されている.すなわち昭和十三年刊行『海軍厨業管理教科書』に記載された「甘煮」は,民間の料理本を参考にして書かれたものなのである.
 
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 それではなぜ肉ジャガの発祥話が「明治四十三年頃,東郷平八郎がビーフシチューを作ろうとしたが……」で始まるかというと,これは平成七年に,舞鶴市在住の清水孝夫という男が,舞鶴の町起こしのためにデッチ上げた嘘なのである.(嘘がとっくにバレているのに,それでもまだしらばくれている厚顔無恥サイト舞鶴肉じゃがまつり実行委員会;清水孝夫は故人だが,この実行委員会の代表であった)
 バレない嘘をつくには博覧強記の知識と知力が必要であるが,残念ながら清水孝夫にはその知識知力がなかった.そのため清水は,東郷平八郎がビーフシチューを作れと命じた舞鶴鎮守府になかった材料として,よく調べもせずに,ワインとデミグラスソース等を挙げた (画像↑) のである.
 ところが,明治期にイギリスから日本に伝えられたビーフシチューは,牛肉をトマトソースで煮込んだものであり,ワインやデミグラスソースは使われていなかった.この当時のレシピは上記の『海軍割烹術参考書』に記載されている.清水孝夫が舞鶴の町起こしのために広めた「東郷平八郎がビーフシチューを作れと命じたが材料が調達できなかったので作れなかった」は稚拙な嘘なのであった.
 実は,清水孝夫は,東郷平八郎云々は自分が拵えた作り話であると,のちに公表している.そして,その作り話は,それ以前からある「肉ジャガは海軍発祥の料理」説に基づくものなのであった. 
 
 昔,日本テレビ制作の紀行番組・ドキュメンタリー番組『TVムック・謎学の旅』が日本テレビ系列局等で放送されていた.
 昭和六十三年,この『TVムック・謎学の旅』で,肉ジャガの発祥は海軍であるというデッチ上げが放送された.デッチ上げたのは構成・演出の担当者であった大滝裕史という男であった.
 この番組が拵えた大嘘を全国に広めたのが,元自衛官のライターで,舞鶴や呉の町起こしの協力者として知られる高森直史である.
 その高森直史が書き殴った本の一つ『帝国海軍料理物語―「肉じゃが」は海軍の料理だった』(光人社,2010年) に,『TVムック・謎学の旅』が「肉ジャガの発祥は海軍」説を捏造する過程が記されている.「肉ジャガの発祥は海軍」説は日テレと高森直史の合作であるが,肉ジャガの発祥に関する『TVムック・謎学の旅』が一回だけの放送であったのに対して,現在もなお「肉ジャガの発祥は海軍」説の嘘を発信し続けて (印税を稼いで) いる高森直史の罪は大きい.高森が恥を知る人間であるならば,自分が書いた嘘八百本を絶版にして,筆を折ってしかるべきである.
 
「肉ジャガの東郷平八郎由来説」や「肉ジャガは海軍発祥説」を都市伝説だとする人たち (Wikipedia【肉じゃが】など) がいるが,商業目的のために嘘の話を拵えて拡散した者の実名が明らかになっているのだから,これを都市伝説と呼ぶのは正しくない.
 また,これらの説が嘘であることが世間によく知られているにもかかわらず,知ったかぶりして得々と解説し,無知を披露した林先生は嘘を再生産したことになる.まことに恥ずかしい.
 
[参考文献]
「肉じゃが海軍起源説はこうして捏造された」
 著者;光デパート, 『と学会誌34』(と学会,2014年) に収録.
 ただし,光デパート氏は,デマゴーグ清水孝夫が舞鶴町起こしのために食文化史の捏造をしたことを容認している.しかし私は,清水孝夫が実行委員長として得たものが,マイナスであることが証明されない限り,そこに私欲が存在すると考える.ならば清水にも「嘘吐きは泥棒の始まり」という原則が適用されるべきである.

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2018年12月 6日 (木)

藤沢駅北口 「渓源」

 辻堂駅北口のテラスモール湘南 (このショッピングモールを地元の若い人たちはテラモと呼ぶが,私のような老人がテラモなんて言うのは気恥ずかしいので,敢えてテラスモールと書く) の中にある109シネマズで『くるみ割り人形と秘密の王国』を観てきた.
 この作品は,ヒロインのクララは魅力的な少女なのであるが,その他のキャラクターたちが,もう全然ダメな駄作だった.
 邦題『くるみ割り人形と秘密の王国』は原題“ The Nutcracker and the Four Realms ”ほぼそのまんまだから,誰だって「くるみ割り人形」が重要な役割を演じると思うだろう.ところが,ほんの端役に過ぎないのだ.「くるみ割り人形」はいなくても構わないくらいで,この映画はヒロインだけが活躍するのである.(*脚註)
 しかも,作品の演出が,張られた伏線を回収しながらストーリーが進行するという普通の形になっていない.一本道を進んでいって終わってしまうし,ヒロインの名付け親として登場する最重要人物ドロッセルマイヤーが何者かは,遂に明らかにされなかった.「金を返せーっ」的な作品だったから,興行的に失敗するんじゃないか.
 私は原作である『くるみ割り人形とねずみの王様』(ドイツ語“ Nußknacker und Mausekönig ”) のストーリーを知らなかったので Wikipedia 等で粗筋を読んでみたが,原作のほうがファンタジーとしてはるかに優れている.
 今回の実写版「くるみ割り人形」のラストの部分に,ドロッセルマイヤーによる後味の悪い差別的な台詞があり,よくもまあこんな脚本が採用されたものだと,幼い観客に対する教育的見地から私は呆れた.

「かねを返せ~」とつぶやきながら映画館をでると,丁度昼飯の頃合いだった.テラスモールのレストラン街はそれほど混雑していなかったが,藤沢駅に戻って,中華を食うことにした.いや,食うというより,駄作を観てしまったので,悔し紛れに昼飲みしたかったのだ.
 昼飲みジャンルを中華に決めたのは,この夏,駅の北口を出て数分歩いたところに「渓源」という店がオープンしたからである.ところがこの店は日中「通し営業」ではなく,私がジムに通うために藤沢駅辺りに出かける時間帯はいつもシャッターが下りていた.そのため今まで訪問してなかったのだ.
 さて店の中に入ると,内装は特に中華料理店という造りではなく,ありきたりな定食屋みたいな内装だった.
 フロア担当というか配膳係というか,厨房外の店員さんはおばさん系で,柔らかい雰囲気があって,これはよい.しかし彼女らは日本人ではないようで,食いたいものをオーダーする時は,アイコンタクトすると来てくれる.料理の注文に,店員さんは無言でうなづくだけで,復唱はしなかった.これでだいじょぶかなー.
 で,私はメニューを開いてすぐ「あ,これは一人で昼飲みに使える店じゃないなー」と思った.一品料理は一皿千円以上のものが多く,ハーフポーションがないのだ.色んな料理を楽しみたい場合は,六,七人で連れだって来る必要がありそうだ.
 しかし初回なので,お手並み拝見の意味で,献立の中では値段の安い八宝菜 (\980),手羽先の唐揚げ (\680),焼き餃子 (\350) の三つを注文した.言い忘れたが,水はセルフ,おしぼりはナシである.手羽先の唐揚げは手で掴んで食うことになるが,汚れた指先は紙ナプキンで拭かねばならない.
 味の評価だが,八宝菜は酷かった.使われている材料はまあまあ普通の中華料理店の水準であるが,味が単調で,しかも全く旨味が感じられない.牡蠣油などの旨味系調味料を使っていないようだ.あるいは,八宝菜は材料を炒めたあとにトロミをつけるが,その際にスープを加えるとかの仕事もしていないと思われた.その結果,そこら辺の大衆中華食堂の八宝菜に味で負けている.
 餃子は,メニューに海鮮餃子や肉餃子など色んな種類のものが載っているが,私が注文した「焼き餃子」はその中で一番安いやつだ.そのせいか,スーパーの惣菜コーナーで売っている安いやつと同グレードの味だった.お値段以下である.ファミマの「お母さん食堂」の餃子のほうが安くておいしい.
 だが世の中は捨てたものではない.皿に盛られた手羽先唐揚げのボリームに,私は思わずのけぞった.食べてみると,カリっと揚がっており,これは酒のお供に大変よろしい.この一皿でハイボール (\430) を三杯は飲める.しかるに私は三品も注文してしまった結果,腹が膨れてハイボールを二杯しか飲めなかった.
 全体的な印象では,おコゲ料理がメニューに載っているところを見ると北京料理系統かと思いきや,点心もあるし,四川麻婆豆腐や上海焼きそばや台湾麺もあるという具合で,この店はインター中華料理なのだろう.もちろん麺類は全部日式だから,中国料理ではないサンマーメンもある.
 酒の肴ではなく食事の料理としては,まだ八宝菜しか食べておらず,他の料理はまともかも知れないから,おいしくない店の烙印を押すのはまだ早いだろう.あともう一回くらいは来るかもね.
 
(*脚註)
 白雪姫やシンデレラのように「白馬の王子さま (強い男) が幸せにしてくれるのを待っているヒロイン」をディズニー・プリンセスと呼ぶ.そのようなヒロインが登場する映画は山のようにあるが,ディズニー作品の場合だけ「教育的見地から」徹底期にバッシングされてきた歴史がある.そのため,ディズニー作品には,ディズニー・プリンセスに関する自虐ネタが出てくることがある.(例えば最新作シュガー・ラッシュ:オンライン』の予告編に,ディズニープリンセスが勢ぞろいしている場面がある.そこでラプンツェルに「つよーい男性に幸せにしてもらったって,みんなに思われてる?」と質問されたヴァネロペが「そう!」と肯定すると,「本物のプリンセスよ!」と仲間に入れてもらえる w)
 このアンチ・ディズニー派からの批判を回避するには,ヒロインを強くする必要がある.原作は「くるみ割り人形」がヒロインを幸せにしてくれるというストーリーだから,そのまま映画化すると批判される.それでこんなおもしろくない脚本になったのだろう.
 
20181205a

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