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2026年10月 2日 (金)

夜明けのスキッヤトの頃

 NHK《ドラマ10 団地のふたり》(地上波での再放送) がいよいよ大詰め.
 今回は主人公二人のご近所さんである佐久間のおばちゃんこと佐久間絢子 (由紀さおり) が,老朽化した団地の建て替えを機に団地から引っ越すというお話.
 建物は老朽化し住人もまた高齢化した団地の住人を演じる由紀さおりさんは昭和二十一年生まれの七十九歳で,私と同世代のかた.
 彼女の最初の大ヒット曲「夜明けのスキャット」のレコード発売は昭和四十四年 (1969年) の三月で,その時の私は東大教養学部の一年生だった.
 本来なら翌四月に二年生になるはずだが,大学は前年の夏から年明けまで全学ストライキだったから講義は全く行われず,私は毎日学内をうろつくか雀荘で級友と麻雀をするしかなかった.進級の目途は全く立たなかった.
 そんな私が暗い日々を持て余しつつ住んでいたのは,かつて中野区にあった公務員子弟のための「桐和寮」という三階建ての学生寮で,部屋は二人一室だった.
 私と同室の学生は上智大学英文科の竹内君というひとだったが,彼は私と違って勉強家で,毎日夜更けに深夜ラジオ放送 (TBSラジオ「夜のバラード」) を聴きながら勉強していた.
 上智大学は全学ストライキをしなかったから,他の大学の学生と同じように遊び惚けるわけにはいかなかったのである.
「夜のバラード」のBGMで使われた「夜明けのスキャット」が竹内君のお気に入りで,毎日この曲を聴くのが彼の楽しみだった.
 私は二段ベッドの上の段に寝転んで,彼のラジオから流れる「夜明けのスキャット」を毎日聴いて,なんて美しい声の女性だろうと「夜明けのスキャット」の歌い手の容姿を想像したものだった.(当時は彼女の名を知らなかった) 
 年が明けると全学ストライキの象徴だった安田講堂のバリケードが墜ち,私は沈んだ気分を抱えたまま日常に戻った.
「夜明けのスキャット」を耳にすると今でもあの頃のことを思い出す.
  
 桐和寮では一学年上の早稲田の法学部生で,同じ肉体労働系バイトの帰りによく飯をおごってくれた山口さんはどうしているだろうか.
 私と同じ学年で桐和寮では隣室に住んでいた王子博夫くんは,東大文学部を卒業したあと新潮社に就職して週刊新潮のライターになったが,取材の過労で交通事故を起こし亡くなった.
 王子くんも「夜明けのスキャット」が好きで,私にスキャットの意味を教えてくれた.
 それもこれも,もう大昔の記憶になった.
 寮の同じ階で親しかった明治大の高木くん,東京外語大の朝尾さん,大学卒業後に一緒に旅行したこともある日大の西山栄一くん,東京水産大の木下さん,みんなみんな懐かしい.若者だった時の彼らの顔は今も覚えている.
 
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