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2026年7月25日 (土)

眼前で自由軒のカレーライスを再現する人たち /工事中

 キャリコネニュース《夫のカレーの食べ方に激怒する妻「本当にグッチャングッチャンに混ぜて食べます」外食で“カレー禁止”を言い渡す》[掲載日 2026年3月23日] から下に引用する.
 
「アレは本当にやめて欲しいです」

 一方、東京都の50代女性は、夫の食事マナーに耐えられないという。
「カレー店で本当にカレーとご飯をグッチャングッチャンに混ぜて食べます」
 確かに、カレーを混ぜて食べる人は一定数いる。しかし、一緒に食事をする相手が嫌がっているとなると話は別だ。女性は家では食事の時間をずらすなどして「見ても見ぬフリ」をしてやり過ごしていた。しかし、外食先でも夫のスタイルは変わらなかった。
 某カレーチェーン店に行ったときも「同じ事をやらかしてくれまして…一緒にお食事はごめん被りたい!と、怒りマークつきで外食でのカレーは禁止しました。アレは本当にやめて欲しいです」と書いている。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
カレーを混ぜて食べる人は一定数いる》だが,上の記事の「カレー」はカレーソースのことではなく,米飯とカレーソースを一緒に食べるカレーライス (ライスカレーとも) のことだ.
 そして《カレーとご飯をグッチャングッチャンに混ぜ》たカレーライスは,大阪の難波に本店がある自由軒の名物料理だ.
 この料理は,今はもう忘れ去られた作家のひとりである織田作之助の「夫婦善哉」に登場する.
 青空文庫から下にその箇所を抜粋引用する.(URLはここ)
 
年が明け、松の内も過ぎた。はっきり勘当だと分ってから、柳吉のしょげ方はすこぶる哀れなものだった。父性愛ということもあった。蝶子に言われても、子供を無理に引き取る気の出なかったのは、いずれ帰参がかなうかも知れぬという下心があるためだったが、それでも、子供と離れていることはさすがに淋さびしいと、これは人ごとでなかった。ある日、昔の遊び友達に会い、誘さそわれると、もともと好きな道だったから、久しぶりにぐたぐたに酔うた。その夜はさすがに家をあけなかったが、翌日、蝶子が隠していた貯金帳をすっかりおろして、昨夜の返礼だとて友達を呼び出し、難波新地へはまりこんで、二日、使い果して魂の抜けた男のようにとぼとぼ黒門市場の路地裏長屋へ帰って来た。「帰るとこ、よう忘れんかったこっちゃな」そう言って蝶子は頸筋を掴んで突き倒し、肩をたたく時の要領で、頭をこつこつたたいた。「おばはん、何すんねん、無茶しな」しかし、抵抗する元気もないかのようだった。二日酔いで頭があばれとると、蒲団にくるまってうんうん唸うなっている柳吉の顔をピシャリと撲って、何となく外へ出た。千日前の愛進館で京山小円の浪花節を聴いたが、一人では面白いとも思えず、出ると、この二三日飯も咽喉へ通らなかったこととて急に空腹を感じ、楽天地横の自由軒で玉子入りのライスカレーを食べた。「自由軒のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」とかつて柳吉が言った言葉を想い出しながら、カレーのあとのコーヒーを飲んでいると、いきなり甘い気持が胸に湧わいた。こっそり帰ってみると、柳吉はいびきをかいていた。だし抜けに、荒々しく揺すぶって、柳吉が眠い眼をあけると、「阿呆あほんだら」そして唇くちびるをとがらして柳吉の顔へもって行った。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った:「まむす」は大阪弁.共通語では「混ぜる」の意)
 
「夫婦善哉」で描かれる柳吉は実にもうグタグダな性格の男であり,「夫婦善哉」の初めのほうに,好む食い物は《銭のかからぬいわば下手もの料理ばかりであった》と書かれている.
ご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい》(「夫婦善哉」からの引用) 自由軒のカレーライスは《カレーとご飯をグッチャングッチャンに混ぜ》(キャリコネニュースからの引用) てあり,これは《グッチャングッチャン》な人生を過ごす柳吉にいかにもふさわしいB級料理だった.
 織田作之助の小説「夫婦善哉」を原作とした豊田四郎監督の映画「夫婦善哉」(主演は森繁久彌,淡島千景) は邦画史に残る作品.動画配信で鑑賞可能でありDVDも入手できる.
 このカレーライスについては自由軒の公式サイトには以下の記述がある.
 
自由軒と織田作之助
 大正から昭和へと時代が変わり、十数年経った頃、一人の男性が自由軒を訪れるようになりました。彼の名は織田作之助、後に不朽の名作「夫婦善哉」を生み出すことになる稀代の小説家です。通称「織田作」として親しまれる彼と、自由軒は密接に関わっていました。こちらでは、自由軒と織田作之助の関係についてご紹介いたします。
 
 名物カレーと織田作之助
 −織田作之助−大阪庶民の生活を通じて、人間が生きるうえでの悲しさやはかなさ、そして喜びを書いた作家です。
彼は自由軒の常連として、毎日のように名物カレーを食べていました。そして、店内で構想を練っていた小説が、彼の出世作「夫婦善哉」でした。
 日本文学の最高峰として、現在でも多くの人の心を掴んでいるこの作品には、こんな一説があります。
(中略)
 この二三日飯も咽喉へ通らなかったこととて急に空腹を感じ、楽天地横の自由軒で玉子入りのライスカレーを食べた。「自由軒のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」とかつて柳吉が言った言葉を想い出しながら、カレーのあとのコーヒーを飲んでいると、いきなり甘い気持が胸に湧(わ)いた。
 あくる日、二人で改めて自由軒へ行き、帰りに高津のおきんの所へ仲の良い夫婦の顔を出した。
 ここに登場する「玉子入りのライスカレー」。これはもちろん、名物カレーのことを指します。
 庶民の世界を生き生きと描いた彼にとって、庶民の人気メニューである名物カレーを小説に登場させることは、必然的だったのではないでしょうか。
 
日本文学の最高峰》は言い過ぎだが,自由軒店内に飾られた織田作之助の写真は自由軒の誇りなのだろう.
 ところで自由軒のカレーライスを好む一部の大阪人たちは,自由軒以外の店のカレーライスでも《カレーとご飯をグッチャングッチャンに混ぜ》て食べる.
 カレーライス (ライスカレー) の盛り付けには色々あって,例えば
 
 ただし,自由軒が提供する《グッチャングッチャンに混ぜ》たカレーライスは,これはこれでよろしいと思う.
 だがしかし,上の引用記事に登場する「夫」に類する人たちは,カレーソースと白飯が分けて皿に盛られているのに,これを自分みずからの手で丁寧に均一化する.
 そこが自由軒のカレーライスと似て非なるところである.似非自由軒だ.
 
 さてこの均一化作業を見ていると,一種の儀式のようだなあと思う.
 

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