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2026年6月 8日 (月)

どこまでが国旗なのか どこまでが損壊なのか

 ABEMA TIMES《「国旗損壊罪」了承前に退席した岩屋前外相「自然な尊重の対象である国旗が、尊重しなければ処罰される国家権力の象徴になる」懸念示す》[掲載日 2026年6月8日] から下に引用する.
 
国旗損壊罪の創設を自民党の部会が了承した。
 慎重派の岩屋毅前外務大臣は執行部に一任されるのを前に退席し、記者団の取材に応じた。
 岩屋議員は「私自身は当然国旗は尊重していますし、国民の皆さんにもぜひそうあっていただきたいと思っておりますが、しかし、刑罰によってそれを担保するということは妥当ではないのではないかと今日も申し上げて、必ずしも了承は致しておりません」と述べ、取りまとめ前に退席したことを明らかにした。
 記者が「刑罰は妥当ではないと思うのはどういう理由か?」と質問すると、「今もう、ごく自然な形で国民の皆さんは国旗に対する尊重の意識を持っておられる、幅広くそれは共有されていると私は認識をしています。しかし、かかる立法を行うことによって、自然な尊重の対象である国旗が、尊重しなければ処罰される国家権力の象徴になるわけであって、それが国民の意識に与える影響のほうを私は心配しています」と答えた。
(中略)
 また、別の記者が「逆に揶揄する動きが、言葉では国旗を損壊しても大丈夫じゃないかみたいな(動きが出かねない)」と質問すると、「だから条文の立て付けによっても国民が迷うと思うんですよね。どこまでが国旗なのか。どこまでが損壊なのか。どういうことをやったら処罰されるのかってすぐにはわからない。そうすると、せっかくほとんどみんな自然に尊重をしていた国旗に対する意識が変わってしまう。尊重しないと罰せられる。中には処罰されないためにはこういうふうにすればいいんだと、逆になんかそういう事案を誘発してしまう、それは心配だ」と答えた。

 自民党が作成した法案では、日本国旗を人に著しく不快な方法で公然と傷付けた場合を処罰の対象とし、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科すとしている。国旗損壊の様子を撮影し、その映像をSNSなどで拡散する行為も対象とする。ただ、党内の議論を踏まえ、「表現の自由」への配慮も明記した。生成AIによる創作物やすでに損壊された旗をデモで掲げる行為などは処罰の対象から外す考え。(ABEMA NEWS)》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 自民党最大にしてただ一つの派閥を支配する麻生キングメーカーの権力をバックに誕生した高市政権は,高市首相の政策を支持する「国力研究会」を発足させ,これに自民党の議員347人が参加した.
 石破前首相はこの研究会発足に対して「大政翼賛会的」と評した.
 戦前の大政翼賛会と異なる点は,わずかな議員がこれに参加していないことである.
 この少数議員たちは,高市内閣が長期化した際には冷遇されるだろうが,しかしそうであっても高市首相の強権的性格に安易に同調しない見識を持っているようだ.
 その一人が岩屋前外相である.
 岩屋氏の日本国旗に対する考えは,上に引用した記事に示されているが,これは戦後の吉田茂内閣以来,自民党の多くの良識的保守政治家が持っていた国旗観でもある.
 実は彼らは,日の丸の小旗を振って兵士を戦場に送った世代の生き残りでもあった.
 その苦い記憶が「国家権力の象徴としての日の丸」を遠ざけたのだと思う.
 この良識派に対抗して,日本国憲法改憲を旗印に戦前政治の復活を目論んだのが安倍晋三だったが,安倍の思想的直系である高市首相が戦前の「日の丸」復古を目指しているのは自然な流れだろう.
 
 さて岩屋前外相の発言《どこまでが国旗なのか。どこまでが損壊なのか。どういうことをやったら処罰されるのかってすぐにはわからない。そうすると、せっかくほとんどみんな自然に尊重をしていた国旗に対する意識が変わってしまう》で思い出すことがある.
 昭和の後期になると箱根駅伝の人気が高まり,往路復路の沿道でたくさんの人々が応援するようになった.
 これに目を付けたのが駅伝を共催している読売新聞社であった.
 東京から神奈川に至る読売新聞の販売店は,箱根駅伝の当日朝,束にした日の丸の小旗を自転車に積んで走り,沿道の人々に配ったのである.
 私は若い頃からずっと箱根駅伝三区の沿道に住んでいるが,各大学の選手たちの応援を終えた駅伝ファンの一部は,選手が眼前を力走したのを見届けて応援が済むと,沿道に日の丸の小旗を捨てて帰ったのを知っている.
 沿道は日の丸の小旗が散乱していたのだった.
 これに批判が高まったので読売新聞社は日の丸の小旗の配布をやめた時期もあったが,「やはり日の丸の小旗がないと応援の気分が高まらない」という声もあり,現在は沿道環境のゴミ散乱に配慮して往路復路の一部 (中継点の付近) に限って小旗配布が行われている.
 要するに,これまでは読売新聞社が配る日の丸の小旗は「国旗」と認識されてこなかった.
 だからゴミとして破り捨てても平気な人たちがいた.
 しかしこれからはどうなんだろう.国旗損壊罪に問われるのだろうか.
 おそらくそこまでのことはないと思うが,首相が談話として「紙製の日の丸の小旗は国旗ではないから破り捨てても処罰はされない」と発表しただけでは法的根拠にならないから,文書として通達を出す必要がある.
 しかしこれもちょっと問題がある.
 誰が誰に宛てて通達するかが難しい.
 読売新聞社に通達するのは筋違いだが,各県の知事と県警の長に通達するのも違和感がある.
 高市首相はどうするんだろう.多分なにも考えていないと思うが.
 
 もう一つの心配.
 私が子供の頃,多くの家庭には国旗があり,国民の休日には家の玄関とかに国旗を立てた.
 今ではそんな習慣は廃れたが,将来的には公的機関施設や会社などでの国旗掲揚が義務化されるかもなあ.
 高市首相のような国家観の持ち主はそんなことを暗に考えているかも知れない.
 
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