若造の格闘家が知ったかぶりをして
日刊スポーツ《学校給食で一部「いただきます」廃止に角田信朗が苦言「すべてに手を合わせるのが日本人」持論》[掲載日 2026年6月26日] から下に引用する.
《格闘家でタレントの角田信朗(65)が26日までにインスタグラムを更新。「いただきます」を廃止する小学校に疑問を呈した。
ストーリーズを更新し「学校給食で『いただきます』『ごちそうさま』を廃止した学校があるらしい」と書き出した。
「理由は 給食費を払っているのになぜ言う必要があるのか? という一部の保護者の声だそうで」と経緯を推察。「米を育てた水と土育て、運び、調理してくれた方 食べ物になってくれた命 そのすべてに手を合わせるのが日本人の『いただきます』です」と投げかけた。
学校給食での「いただきます」の廃止は、宗教上の配慮や「給食費を払っているのに強制するのはおかしい」などといった保護者からの意見が背景にある。実際にあいさつを任意化したり、黙食の徹底などの事例がある。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
《米を育てた水と土育て、運び、調理してくれた方 食べ物になってくれた命 そのすべて》に,所作として「手を合わせる」のではなく,心の持ち様として「感謝する」というのであれば,「米に限定」を除けば私も一部同感である.
ここで「角田信朗は稲作農家だけを感謝の対象としているが,漁業や畜産農家は感謝の対象外か」という揚げ足取りは取り合えず横に置いて,角田信朗が心底からバカなのは《そのすべてに手を合わせるのが日本人の『いただきます』です》などと思い込んでいることでわかる.
食事の挨拶「いただきます」は本来,合掌とは無関係だった.
食事を始めるときに「いただきます」という習慣は古いが,昔々 (おそらく武家の作法が確立した頃) は合掌せずに掌を腿に置いて軽く一礼してから「いただきます」と言ったものである.時代考証のしっかりした古い邦画を観るとそういうシーンが出てくる.
時代が徳川から明治になると,明治政府は国民の学校教育を開始するにあたって,読み書きのほかに作法の教科書を編纂出版した.
その中に「食事の作法」が記述されているのだが,それによれば「合掌する」は作法にない.
手を腿に置いて軽く一礼してから「いただきます」と言いなさいと書かれている.(註;国会図書館に行くと明治時代の教科書が閲覧できる)
しかるに戦後になって,関西圏で強い勢力を持っていた浄土真宗大谷派が,全国ラジオ放送「東本願寺の時間」(Wikipedia【東本願寺の時間】を用いて「食事の挨拶をするときには合掌しなさい」という教宣を毎週放送した.
この宗教作法がやがて関西で学校教育の場に持ち込まれたのである.
私は戦後すぐの群馬県生まれだが,小学校の生徒だった頃は,給食のときの食事の挨拶は掌を腿に置き,先生が「いただきましょう」と言うと生徒が「いただきまーす」と一礼して唱和したのである.これが明治以来の学校教育における食事作法であった.
家庭でも,私の父親は生家が禅宗の寺の檀家であったから,食事のときに合掌はしなかった.
私は今も食事のときに「いただきます」とは言うが合掌はしない.真宗大谷派の門徒ではないからである.
浄土真宗以外の信徒やクリスチャン,さらには学校教員の間でも「特定宗派の流儀が学校給食で行われるのはよくない」との意見があったと聞くが,私よりも下の世代は東本願寺派の作法がいつの間にか小学校教育に持ち込まれ,なしくずしに「いただきます」と合掌がセットになってしまった.
かなり以前のテレビ番組で草野仁さんが食事するシーンがあった.
草野さんは膳に向い背筋を伸ばして掌を腿に置き,一礼して「いただきます」と言った.
草野さんは昭和十六年生まれの教養人である.さすがであるなあと私は感服した.
それに引き換え,最近の民放テレビの女性アナウンサーあたりは,料理を食べるときに両掌を打ち合わせて「ペチ」とかわいらしい音を立てて「いただきまーす」と言う.
これでは浄土真宗の合掌ですらなく,小学生が神社で礼拝するときの拍手 (「柏手」と表記するのは誤り) である.
どうせなら二礼二拍手一礼するがよい.でもかわいいから「ペチ」でも許すが.
角田信朗ごとき六十五歳の若造が「日本人はこうすべきだ」など知ったかぶりを言うのを聞くとチャンチャラおかしい.
クリスチャンは食事のときに合掌しないが,彼らは日本人ではないと角田は主張するのである.
この愚か者めが.
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