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2026年5月 4日 (月)

介錯には鍛錬が必要なことを大河ドラマの演出家は知らない

 MANTANWEB《豊臣兄弟!:市役・宮崎あおいの介錯シーンは“一発勝負” 「今までにない設定」も「説得力」出せた? 返り血の量にもこだわり》 から下に引用する.
 
俳優の仲野太賀さん主演の大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK総合、日曜午後8時ほか)の第17回「小谷落城」が、5月3日に放送され、中島歩さん演じる浅井長政の最期が描かれた。同シーンで注目を集めたのが、宮崎あおいさん扮(ふん)する市が介錯を務めたこと。撮影エピソードを「豊臣兄弟!」のチーフ演出・渡邊良雄さんに聞いた。
 
 ◇切腹する長政に市が刀を振り下ろす
 
 第17回では、武田信玄(高嶋政伸さん)が対織田の兵を挙げて遠江へ侵攻、三方ヶ原で迎え撃った家康(松下洸平さん)は大敗する。
 義昭(尾上右近さん)も京で挙兵し、信長(小栗旬さん)は絶体絶命と思われたが、なぜか急に武田軍が撤退。後ろ盾をなくした義昭は……。危機を脱した信長は浅井・朝倉攻めを再開、進退極まった長政は小谷城に籠城する。小一郎(仲野さん)と藤吉郎(池松壮亮さん)は、何とか市らを救い出そうとするが……と展開する。
長政は市に娘を連れて城を去るように頼み、信長と戦い、あと一歩のところまで追い詰めたことを誇りとし、一人自分の人生をここで終わらせる道を選ぶ。そんな長政と一度は別れた市だったが、思い直して切腹する長政のもとへ。その手に握った刀を振り下ろした。
 
 ◇血が「長政そのもの」であると考えると…
 
 渡邊さんいわく「市が長政を介錯をするというのは、僕の知る限り今までにない設定」。「脚本作りをする中で大きなポイントでしたし、市が長政を『楽にしてあげる』という設定は、割と早い段階からやってみようと準備していました」と明かす。
「時代考証的にはありえない設定かもしれませんし、大河ドラマにおけるフィクションとノンフィクションの線引きについては議論を重ねました。長政とは政略結婚で夫婦になった市ですが、彼の人柄に触れる中で、織田の女性から長政という男の妻となり、気持ちを通い合わせていたからこそ斬れた。ああいう最期の方が、説得力をあるんじゃないかという思いで撮りました」
 介錯の瞬間、市の顔には血しぶきが飛んだが、「血しぶきを浴びるなんて、宮崎さんのキャリアの中でもなかなかないことではないでしょうか」という渡邊さん。返り血の量にはこだわった。
「血が『長政そのもの』であると考えると、市が返り血を浴びるのは、彼の気持ちを受けとるということ。ですから、返り血の量や、かかる位置にはこだわりました。結果として、僕が思っていたのにドンピシャな返り血になったかなと思っています」》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 NHKには時代考証の専任職員がいて,時代考証に関する書籍も出版している.
 ところがこの担当職員が仕事ができないのである.
 そのため大河ドラマは嘘デタラメ満載のドラマになってしまいがちだ.
 今までもこのブログで嘘っぱち時代考証を指摘してきたが,今回の市が長政の切腹を介錯するシーンは,デタラメドラマの金字塔を打ち立てたと言っていい.
 なぜなら,普段から日本刀で首を切り落とす鍛錬をしていなければ,切腹の介錯は不可能だからである.
 それは常識だが,なぜか大河ドラマの演出家はそんな基礎知識がないようだ.
 
 さて私のような後期高齢者は今も三島事件を記憶している.
 Wikipedia【三島事件】から下に引用する.
 
12時10分頃、森田と共にバルコニーから総監室に戻った三島は、誰に言うともなく、「20分くらい話したんだな、あれでは聞こえなかったな」とつぶやいた。そして益田総監の前に立ち、「総監には、恨みはありません。自衛隊を天皇にお返しするためです。こうするより仕方なかったのです」と話しかけ、制服のボタンを外した。
 三島は、小賀が総監に当てていた短刀を森田の手から受け取り、代わりに抜身の日本刀・関孫六を森田に渡した。そして、総監から約3メートル離れた赤絨毯の上で上半身裸になった三島は、バルコニーに向かうように正座して短刀を両手に持ち、森田に、「君はやめろ」と三言ばかり殉死を思いとどまらせようとした。
 割腹した血で、“武”と指で色紙に書くことになっていたため、小賀は色紙を差し出したが、三島は「もう、いいよ」と言って淋しく笑い、右腕につけていた高級腕時計を、「小賀、これをお前にやるよ」と渡した。そして、「うーん」という気合いを入れ、「ヤアッ」と両手で左脇腹に短刀を突き立て、右へ真一文字作法で切腹した。
 左後方に立った介錯人の森田は、次に自身の切腹を控えていたためか、尊敬する師へのためらいがあったのか、三島の頸部に二太刀を振り降ろしたが切断が半ばまでとなり、三島は静かに前の方に傾いた。まだ三島が生きているのを見た小賀と古賀が、「森田さんもう一太刀」「とどめを」と声をかけ、森田は三太刀目を振り降ろした。総監は、「やめなさい」「介錯するな、とどめを刺すな」と叫んだ。
 介錯がうまくいかなかった森田は、「浩ちゃん頼む」と刀を渡し、古賀が一太刀振るって頸部の皮一枚残すという古式に則って切断した。最後に小賀が、三島の握っていた短刀を使い首の皮を胴体から切り離した。その間小川は、三島らの自決が自衛官らに邪魔されないように正面入口付近で見張りをしていた。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 三島の介錯をした森田必勝は,当然ながら実際の人体を用いて斬首の鍛錬をしていたわけではない.
 そのため介錯に失敗し,三度も関孫六を打ち下ろすも三島の首を切断することができず,切腹の現場は凄惨な状態であったという.(のちに報道された)
 関孫六は曲がり,刃こぼれもした.
 介錯は,切腹の苦痛をなくすために一刀両断で絶命させるものだというが,三島は森田の似非「介錯」のために《まだ三島が生きているのを見た小賀と古賀が、「森田さんもう一太刀」「とどめを」と声をかけ》る体たらくとなった.
 かくも斬首は難しい.
 介錯の鍛錬をしたことのないお市が,長政の介錯をするのは物理的に不可能であったのだ.
 そんな基礎知識も知らずに《渡邊さんいわく「市が長政を介錯をするというのは、僕の知る限り今までにない設定」。「脚本作りをする中で大きなポイントでしたし、市が長政を『楽にしてあげる』という設定は、割と早い段階からやってみようと準備していました」と明かす》とは能天気すぎる.
 お市が介錯するというシナリオならば,《楽にしてあげる 》どころか首に刀をめり込まれた長政がのたうち回って苦しんだことにしなければ辻褄があわないのである.
 
 三島事件 (1970年) の二年後,原作小池一夫,作画小島剛夕による劇画「首切り朝」が青年漫画誌に連載された.
 私たちは山田流試刀術三代目である山田浅右衛門吉継を描いたこの作品で,介錯や斬首が専門的な技術を要することを知った.
 
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