「帰還事業」の責任をとらぬ人たち /工事中
少し前のことになるが,昨年の晩秋に映画館に出かけて山田洋二監督作品「TOKYOタクシー」を鑑賞した.
この映画は主演の倍賞千恵子さんが八十四歳,山田監督が九十四歳であるが,現役最高齢女優倍賞千恵子と,もしかするとこれまで最高齢映画監督だった新藤兼人の記録を抜くかもしれない山田洋二監督にとって,これは記録されるべき作品だと思ったからである.
この「TOKYOタクシー」は,ストーリー自体はささやかなファンタジーであるが,山田監督のメッセージが込められている.
ある日,タクシー運転手の宇佐美浩二 (木村拓哉) は,高野すみれ (倍賞千恵子) という八十五歳の女性を葉山にある高級高齢者施設まで送り届けることになった.
宇佐美が自分のタクシー (個人タクシーだ) を高野に指定された柴又帝釈天の門前に停めると,高野すみれが現れる.
ここで映画の観客は「TOKYOタクシー」が,「男はつらいよ」では描かれなかった「もう一人の車さくら」の物語だと知る.
浩二のタクシーに乗って柴又を出発したすみれは,東京の見納めにと浩二に様々な場所へ寄り道を依頼する.
やがてすみれは浩二に自らの過去を語り始める.
こうして語られるすみれの過去が,山田監督が映像作品にしたかった,そしてできなかった昭和史の断面を「TOKYOタクシー」の観客に提示している.
すなわち太平洋戦争,東京大空襲,在日朝鮮人差別,女性とりわけ婚外子を産んだ女性に対する差別,そして北朝鮮「帰還事業」問題である.
中でも,山田監督の世代には忘れ難い記憶なのに,現在のほとんどの日本人に知られていないのが北朝鮮「帰還事業」だ.
Wikipedia【在日朝鮮人の帰還事業】から下に引用する.
《在日朝鮮人の帰還事業とは、1950年代から1984年(昭和59年)にかけて行われた在日朝鮮人とその家族による日本から朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)への集団的な永住帰国あるいは移住である。
主として1959年から1967年にかけて、「朝鮮」籍約50万人弱のうち、北朝鮮に永住帰国したのはおよそ9万3,000人(うち、北朝鮮に渡った『日本人妻』は約1,831人)であった。》
《1950年頃、在日朝鮮人は、「日本革命」よりも「朝鮮革命」に参加するのが筋ではないかという「白秀論文」(実際の著作者は北朝鮮本国の朝鮮労働党中央)からの問題提起があり、1955年(昭和30年)5月、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)が結成され、在日朝鮮人党員は全員日本共産党から離脱して金日成の朝鮮労働党の支配下に組み入れられた。在日朝鮮人社会は思想的に分裂したが、このとき考え出されたのが在日朝鮮人の帰国運動である。帰国運動を考え出したのは、金日成その人であった。
コミンテルンの一国一党の原則から、戦後すぐの日本共産党の党員の三分の一が在日朝鮮人で占められていた。その後、朝鮮総連の組織に枝分かれした点からは、朝鮮総連は「元」日本共産党員の集合体と言える。「帰国三団体」と呼ばれた朝鮮総連、日朝協会、帰国協力会のうち、日朝協会、帰国協力会の事務局は、殆どが日本共産党員で占められた。》
《》
「TOKYOタクシー」のストーリーでは,在日朝鮮人であるすみれの恋人が,朝鮮戦争後に北朝鮮「帰還事業」に応じて「祖国」に赴き,そのまま行方知れずになったという設定である.
NHK《北朝鮮「帰還事業」北朝鮮政府に賠償命じる初の判決 東京地裁》[掲載日 2026年1月26日] から下に引用する.
《戦後、在日韓国・朝鮮人と日本人の妻などが北朝鮮に渡った「帰還事業」で、「『地上の楽園』との宣伝にだまされ、過酷な生活を強いられた」として、脱北した人たちが北朝鮮政府に賠償を求めた裁判で、東京地方裁判所はあわせて8800万円を支払うよう命じました。原告側の弁護団によりますと、日本の裁判所が北朝鮮政府に賠償を命じる判決は初めてだということです。
昭和34年から25年続いた北朝鮮への「帰還事業」では、在日韓国・朝鮮人と日本人の妻などおよそ9万3000人が北朝鮮に渡りました。
脱北した人やその遺族の4人は、「『地上の楽園』との宣伝にだまされて渡航し、十分な食料も提供されず、長期間にわたって過酷な生活を強いられた」として、北朝鮮政府にあわせて4億円の賠償を求めました。
1審の東京地方裁判所は「賠償を求める権利が消滅した」などとして訴えを退けましたが、2審の東京高等裁判所は3年前、継続的な不法行為にあたると判断して、審理をやり直すよう命じていました。
26日、やり直しの裁判の判決で東京地方裁判所の神野泰一裁判長は、北朝鮮政府に対し、あわせて8800万円を支払うよう命じました。
原告側の弁護団によりますと、日本の裁判所が北朝鮮政府に賠償を命じる判決は初めてだということです。》
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