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2026年1月 7日 (水)

高市内閣による財政の失敗は誰が責任をとるのか

 高市首相は「責任ある積極財政」を看板にしているが,これって日本語としてどうなのか.
 これは明らかに「無責任な積極財政」の裏返しであるわけだが,「無責任な積極財政」の意味は明白で要するに「失敗しても誰も責任をとらない積極財政」ということである.
 ところが「責任ある積極財政」は,「失敗した場合に誰がどのような責任をとるのか」が不明である.
 もし失敗して国富に兆円単位の損害が生じたら,高市首相が賠償できるわけがなく,つまりはこの「責任ある」は言葉遊びなのである.
 
 首相は「切れ目なく日本列島を強く豊かにするための予算」とか言うが,この「切れ目なく」も意味不明だ.
「強い」日本列島ってなんだ?
 もしもこれが防災のことなら,「強い」どころか南海トラフ地震に対する備えはないに等しいぞ.
「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」も意味がわからぬ.
 高市首相が安全保障オンチであることは例の「戦艦」発言でバレてしまったが,経済は大盤振る舞い予算だし,外交は習近平を怒らせたままだ.
 これで大丈夫なのか.
 
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