手を合わせて「いただきまーす」と言うのは最近の習慣である
下に掲載した写真は,先月放送されたNHK《とと姉ちゃん》の一場面を撮影してトリミングした画像である.
ヒロインの小橋常子の妹である次女鞠子が,あした結婚するというその前夜の小橋家の夕食のシーンだ.

このシーンを以下に少し説明する.
姉妹の母の君子は,質素ではあるけれど,鞠子が好きな料理を心込めて作り膳に並べた.
卓袱台に並べられた夕食を前に,鞠子は母と姉,妹にこれまでの感謝の言葉を述べた.
次に,長女とはいえ実質的には家長である「とと姉」の常子が「それでは頂きましょう」と言い,家族たちは「頂きます」と唱和してから少し姿勢を前傾して一礼した.
これに続いて常子も「頂きます」と述べて一礼し,こうして家族四人での最後の夕食が始まった.
このシーンでは見落としてはいけない重要なことがある.
明治以来,先の戦争が終わって昭和三十年代に至るまで,上は天皇皇后皇族から,下は一般庶民の家庭まで,食事を始めるときの「頂きます」という挨拶においては,合掌をしないのが伝統的に正しい作法であったということである.
つまり上の写真の食事シーンは,時代考証として全く正しい.
食事を始める挨拶において,「頂きます」と言うときに合掌するのは,実は昭和三十年代に始まった最近の習慣なのである.
この事実は,いまの後期高齢者より上の世代の者は知っていることであるが,忘れられつつあるのでここに指摘しておく.
明治維新後に政府は,諸外国に伍していくための基本政策の一つとして,学校教育の制度を整えた.
その時に編纂出版されて子供たちに配布された教科書の一つに,作法の教科書があった.
その作法教科書には,食事を始める時にはまず家長が「頂きましょう」と言い,これに家族が「頂きます」と唱和し,次に皆は手を膝に置いて一礼しなければいけないと書かれている.(作法教科書は維新後の最初の出版から戦前まで多数あるが,その一部は国会図書館の蔵書になっているので閲覧可能である)
この「手を膝に置いて一礼」は,江戸時代からの武士の食事作法に倣ったものであり,長く行われてきた仕方である.
それがなぜ,「合掌して一礼」になってしまったのか.
昭和二十六年 (1951年) から平成二十七年 (2015年) まで「東本願寺の時間」というラジオ番組があった.
提供は真宗大谷派 (東本願寺) で,キー局は関西圏の朝日放送,関東圏ではニッポン放送が日曜早朝に放送していた.
この真宗大谷派が,昭和三十年代に「頂きますを言う時には合掌しましょう」という趣旨のキャンペーンを行った.
関西圏は浄土真宗信徒の多い地方である.
文化庁の「宗教年鑑」に信徒数が掲載されているが,これは自己申告であって,ホントかどうかは 神のみぞ 仏のみぞ知る.
例えば,2016年版で真宗大谷派は信徒数三百二十万人としていたが,翌2017年版では七百九十二万人に増えた.
一年で二倍以上になった.
伝統仏教教団で信徒数最大である浄土真宗本願寺派 (西本願寺) の七百九十三万人に肩を並べたかったのだろう.
それはともかく,真宗大谷派のメディア戦略は功を奏し,食事の挨拶をするときは合掌する習慣が広まった.
その流行が次第に,東日本でもラジオ放送を通じて,特に学校給食の場で行われるようになったのである.
ある日,テレビを視聴していたら,草野仁さんが食事の時に「手を膝に置いて一礼」をした.
さすがである.
草野さんは私よりも少し年上で,満州生まれで長崎の育ち.
それ故,食事のときに最近の若者のように「いっただきまーす,ペチ」などという無作法はしないのである.(「ペチ」は合掌と柏手の中間形で,ペチと敢えて音を立てるのがかわいいとか w)

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