巨星墜つ
昨日は,NHKおよび全民放が長嶋さんの訃報を大きく取り上げて報道した.
今朝もNHKニュースのトップは長嶋さん逝去のニュースであった.
昭和という時代を象徴した著名人は数多いが,長嶋茂雄がその代表者であることに異論はないだろう.
芸能・スポーツ界にて活躍したその生涯において他の追随を許さぬ足跡を遺した点でも,また天寿を全うした (註) という点でも,昭和最大のスターであった.
(註)
美空ひばり
生年月日 1937年5月29日
没年月日 1989年6月24日(52歳没)
死因 間質性肺炎
石原裕次郎
生年月日 1934年12月28日
没年月日 1987年7月17日(52歳没)
死因 悪性腫瘍
各テレビ局の,長嶋さんの訃報を告げる報道番組が触れぬようにしたことが一つある.
逝去の日のニュースに相応しくないとの配慮だろう.
それは,彼が現役選手を引退して巨人軍の監督に就任 (いわゆる「第一次巨人軍監督時代」) してからのことだ.
川上哲治監督時代の「常勝巨人軍」の看板に遠く及ばない長嶋巨人の低迷を巡って,川上を中心とする巨人軍OBと週刊文春の暗躍によって1980年シーズンオフに,長嶋監督は読売新聞社社長の務臺光雄の手でクビを切られた.この時のことはWikipediaにも簡単に記されている.
世間はこの監督解任劇を「陰謀」だと怒ったが,長嶋本人は表立っては務臺と川上への批判は行わなかった.
このことは,長嶋茂雄という男の人間性を,巨人ファンだけでなく野球に疎い人々にも強く印象付けた.
しかし務臺が死去し,務臺のあとを渡邉恒雄が継いでから長嶋監督再就任の機運が高まり,やがて第二次巨人軍監督時代が始まったのである.
若い野球ファンは,第一次巨人軍監督時代の週刊文春と川上哲治による長嶋バッシング,長嶋降ろしの闇を知らぬと思われるが,これについて口をつぐみ続けた長嶋さんが亡くなった今こそ,メディアは報道すべきだと私は思う.
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