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2025年5月12日 (月)

伊勢路と斎王

 NHK《ブラタモリ 伊勢神宮への旅・第五夜▼ついにゴールの神宮へ!斎宮・二見浦》[初回放送日:2025年5月10日] の番組宣伝ページから下に引用する.(すぐにリンク切れになって宣伝文も削除されるだろうが,一応,内容紹介を引用しておく)
 
伊勢神宮への旅、完結編!ついにゴールの伊勢神宮へ!まずは巨大な宮殿・斎宮跡へ。伊勢神宮の神様に仕えた「斎王」の意外な姿にタモリもびっくり!さらに古代の伊勢路を発見!江戸時代の道との違いとは?そしてちょっと寄り道!?二見浦の夫婦岩へ。江戸時代の旅人もわざわざ立ち寄った奇跡の絶景を生んだ大地のエネルギーとは?ゴールの伊勢神宮では外宮から参拝。外宮で唯一、東向きに立つお宮で外宮誕生の秘密に迫ります!
 
 タモリの博識はよく知られているところだが,そのタモリが「ブラタモリ 伊勢神宮への旅」で史跡「斎宮跡」を訪れたが,そもそも「斎宮」の主である「斎王」を知らず,ナビゲーターの質問に答えられなかった.
 珍しいこともあるもんだと思ったが,エラソーにそういうことを書く私が「斎王」を知っているのは,私がまだ推理小説を好きだった若い頃,出版されたばかりの内田康夫の長編推理「斎王の葬列」(1993年刊行,現在は新潮文庫) を読んだから,という底の浅い知識である.
 
 Wikipedia【斎王】から下に一部引用する.
 
斎王 (さいおう) または斎皇女 (いつきのみこ) は、伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王 (親王宣下を受けた天皇の皇女) または女王 (親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)。厳密には内親王の場合は「斎内親王」、女王の場合は「斎女王」といったが、両者を総称して「斎王」と呼んでいる。
 伊勢神宮の斎王は特に斎宮 (さいぐう) 、賀茂神社の斎王は特に斎院 (さいいん) とも呼ばれた。斎宮の歴史は古く、『日本書紀』によれば崇神朝にその嚆矢が認められるが、制度的に整ったものが確認できるのは上代の天武朝からで、源平合戦 (治承・寿永の乱) で一時的に途絶してからは鎌倉時代を通じて徐々に衰退し、建武の新政の崩壊をもって断絶するに至った。斎院は平安時代初期の嵯峨朝に始まり、鎌倉時代に入っても継続していたが、承久の乱後の混乱の中でやはり断絶した。伊勢では幕末に、津藩主の藤堂高猷が再興を主張したが復活しなかった。
 
 修学旅行とかで京都の野宮 (ののみや) 神社を訪れた生徒は,ここで斎王の知識を得るかも知れない.
 野宮神社もこの斎王制度に所縁の神社である.
 卜占で斎王に選ばれた内親王は,まず大内裏の殿舎で一年刊の斎戒生活を送る.
 それが済むと新斎王は嵯峨野に一時的な殿舎を建てて,ここでまた一年間の斎戒生活を過ごす.
 この一時的な殿舎は野宮と呼ばれた.野宮神社はその跡地の一つであるという.
 この斎戒が済むと斎王はいよいよ京から伊勢に向かうのである.
 野宮神社の公式サイトから《野宮神社の由来》を紹介しておく.
 昔は嵯峨野を訪れた際に野宮神社のことを初めて知ったりしたものだが,今は京都に行かずともウェブで「斎王」も「斎宮」も「伊勢神宮」のことも知識が得られる.
 いい時代になったものである.
 
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