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2024年10月 3日 (木)

味噌汁ぶっかけ飯

 マネーポストWEB《「味噌汁かけご飯」否定派と肯定派、それぞれが抱えるモヤモヤ 「行儀が悪い」とは思うけど「お茶漬けは?」「ラーメンの汁にご飯は?」で堂々巡り》[掲載日 2024年10月2日] から下に引用する.
 
たびたび話題になる、さまざまな料理の“食べ方”論争だが、日本食の大定番である「ご飯」と「味噌汁」にしても、人によって価値観が異なる。今回は、“味噌汁かけご飯”はありかなしか――食べ方をめぐって、驚いたり驚かれたりした経験がある人たちに話を聞いた。
 
「行儀が悪い」とは言うものの…
 メーカー勤務の40代女性・Aさんの夫は、夕食時、しばしばご飯に味噌汁をかけてかき込む。Aさんとしては、小学生の子供の前ではやめてほしいと思っているが、「聞く耳を持たない」と嘆息する。
「私は、両親から、ご飯に汁物をかけて食べるのは、基本的に『行儀が悪い』『マナー違反』と教えられてきたタイプです。でも夫は真逆で、なんでもかんでもご飯にかけて混ぜる。
『子供の前でするのだけはやめて』と注意しても、夫は『ウチでは茶碗に張り付いたご飯に味噌汁やお茶をかけながら、ご飯粒を一つも残さないように食べていた』と反論するんです。息子も同じことをやるようになって、私が注意しても『パパがやっている』と反論するし、夫も同調して『ママは厳しすぎるよね』と言い出す始末で……」
 Aさんは、「なぜ行儀が悪いのかと聞かれても、きちんと説明できないんですけどね」と苦笑い。「マナーって難しいですよね」と諦め顔だ。
 
 友人宅で冷たい視線が…
 家で一人のとき限定で、味噌汁かけご飯を食べるという人にも話を聞いた。医療関係の仕事に従事する30代女性・Bさんは、「夫が不在のときの密かな楽しみです」と語る。
「ご飯に味噌汁をかけて食べるのが好きなんですけど、人前ではやらないようにしています。一人暮らしのときは自分で作った味噌汁と炊いたご飯ですることもあれば、パックご飯とインスタント味噌汁を買って味わうこともありました。結婚後も夫がいないタイミングで密かに食べています」
 かつて家では、一人でないときでもご飯に味噌汁をかけていたBさんだが、ある時から人前では一切しなくなったという。
「友人宅に、何人かでお泊り会をした時のこと。朝ご飯に出してもらった味噌汁を何気なくご飯にかけたら、全員冷たい目で私を見ていました。『そういうこと、あんまりやらないほうがいいと思うよ』と親友に言われてからやっていませんが、卵かけご飯やお茶漬けはよくてお味噌汁がダメな理由は何でしょうか……」(Bさん)
 
 好きにしてもいいのでは
 ご飯に味噌汁をかけることについて、金融機関勤務の20代男性・Cさんは、「場所によるけど、外で、特に女性がやっていたらちょっとびっくりはする」と本音を漏らす。
「あまり外でやっている人を見かけることはありませんが、仮に定食屋さんとかで、女性がやっていたらびっくりはすると思います。マナー違反とかじゃなくて、豪快さですかね? 行儀が悪いとは思いませんが、“行儀がいいわけでない”のは確かだと思います。ただ、基本的に好きにかけてもいいとは思いますよ。ラーメンの汁のなかにご飯を入れて食べるのがおいしい、という人もいるぐらいですし」
 ご飯も味噌汁も、日本人が「ほっとする」食べ物だが、“味噌汁かけご飯”になると、人によって価値観が異なり、論争の火種にもなりかねない。趣向やバッググラウンドによって見解が分かれるだけに、簡単に答えは出なそうだ。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
40代女性・Aさんの夫》は《ウチでは茶碗に張り付いたご飯に味噌汁やお茶をかけながら、ご飯粒を一つも残さないように食べていた》という.
 鎌倉時代や室町時代の武士は玄米を蒸して食べていたようだ.庶民は米を食わず (米は支配階級に取り上げられたため) に雑穀の粥を食べていた.
 従って飯茶碗に飯粒が貼り付くということはなかったので,そもそも《茶碗に張り付いたご飯に味噌汁やお茶をかけながら、ご飯粒を一つも残さないように食べ》る必要がなかった.
 飯茶碗は香の物で拭ってきれいにし,特に洗うことをしなかったという.
 玄米ではなく搗いて糠を除いた精白米を食べるようになったのは,江戸時代の,江戸や大阪などの都市部である.
 この時代に至ってようやく,飯を食い終わった茶碗に白湯を注いで洗うという,生活のちょっとした知恵が生まれた.
 玄米や雑穀は茶碗の内側に付着してしまうことはないが,精米した米の飯粒は貼り付きやすいからである.
 ただし,飯碗に味噌汁をぶっかけて食うのは普通の食事作法ではなかっただろう.
 上に引用した記事には《ウチでは茶碗に張り付いたご飯に味噌汁やお茶をかけながら、ご飯粒を一つも残さないように食べていた》とあるが,私にはこれが,大正や戦前の昭和ならばともかく,戦後昭和や平成の家庭で普通だったこととは思えない.
 それについて説明する.
 私が小学校の頃 (昭和三十年代),大正生まれで農家の育ちだった私の父親は,飯を食い終わったあとは白湯で飯碗の内側をすすぐのが習慣だったが,やがてそれをやめた.
 大家族だった昔は箱膳に各自の食器をしまっていたから,食後の飯碗は各自が白湯で洗って箱膳に収めていたのだが,核家族になった戦後の昭和の家庭では,母親が家族の食器をまとめて洗い,食器棚にしまうようになっていた.
 それで,私の父は,自分の飯碗を白湯で洗うことをしなくなったのである.
 私の父親は味噌汁ぶっかけ飯を好んだが,その場合でも,食ったあとは飯碗に白湯を注いて碗の内側をきれいに洗った.
ご飯粒を一つも残さない》ようにするのに味噌汁を用いたのでは,碗の内側はきれいにならないからだ.
 ちなみに,私が小中学校の頃の米は生産から流通まで政府統制下にあり,通称「配給米」と呼ばれていて,炊いても粘りが少ない品種であったので,飯碗に貼り付くことがほとんどなかった.また冷や飯の食感はパラパラとしていた.
 それ故,飯椀に白湯を注いで簡単に洗うだけで椀はきれいになった.
 現在栽培されている米は,コシヒカリ (昭和三十一年に品種登録) を嚆矢とする「粘りがあってしっとりとした食感」のものがほとんどだ.
 この系統の米は粘りがあるから碗に付着しやすい.
 そのため,《ご飯粒を一つも残さない》という「もったいない精神」を持つひとは,食べ終わったすぐ後に飯碗をきれいにするのもよかろうと思う.
 しかしこの際に飯碗に注ぐのは,味噌汁ではなく,昔の作法通り白湯か番茶にしてほしいものだ.
 味噌汁ぶっかけ飯はうまい.うまいから私も好きだが,それと《ご飯粒を一つも残さない》は別の話だからである.
ご飯粒を一つも残さない》ためなら,白湯を碗に注げばよい.
40代女性・Aさんの夫》は《ウチでは茶碗に張り付いたご飯に味噌汁やお茶をかけながら、ご飯粒を一つも残さないように食べていた》などと,腰の引けた嘘っぽい言い訳をせずに,「おれは子供の頃から味噌汁ぶっかけ飯が好きだ,おれのうちでは家族みんなで味噌汁ぶっかけ飯を食ってきた,もんくがあるか!」と妻に言えばよろしい.
 君の細君 (死語) は「子どもの教育によくないからお行儀がわるいことはやめて!」と言うかも知れぬが,そしたら「だったら言うが,おれがリビングでテレビを観ているときに横を歩きながら屁をこくのはどうなんだ!歩きっ屁はお行儀のいいことなのかっ」と言えばよろしい.
 彼女は小学生の息子に「あなたはパパみたいなひとにならないでね」と陰で言うだろうが,それは致し方ない.
 
 昔,昭和四十年代に「木枯し紋次郎」という凶状持ちの博徒を主人公にした小説,テレビドラマ,映画が絶賛を博した.
 テレビドラマは市川崑監督がメガホンを取ったことで有名だ.
 主人公の紋次郎は常に追っ手に追われる身ゆえ,ゆっくりと飯を食っていられない.
 一膳飯屋に入って「飯をくれ」というと,店のおやじが丼飯と味噌汁,焼いた鰯,小皿のたくあんを出す.
 紋次郎は丼飯に味噌汁をぶっかけ,鰯とたくあんを投入し,箸でガシガシと鰯を粉砕し,これをぐわーっと掻き込む.
 これを通称「紋次郎食い」という.
 いつ背後から襲われるかも知れぬから,たかが飯を掻き込むのに一分もかけてはいられぬのだ.
 土井善晴先生は「一汁一菜」を提案しておられる (新潮文庫版「一汁一菜でよいという提案」) が,中途半端である.生ぬるい.
 だから紋次郎は,丼の飯に味噌汁もおかずも全部ぶち込んで「超具だくさん味噌汁」にしてしまう.(YouTube《木枯らし紋次郎 食事シーン 其の壱》)
 一瞬の油断も許されぬプロの飯とはそういうものだ.
 何のプロかはともかくとして紋次郎は長椅子に腰掛けて飯を食うが,デューク東郷は立ったまま一人で飯を食う.「俺の後ろで音もたてずに飯を食うようなまねをするな…おれはうしろに立たれるだけでもいやなのでね」と言っているくらいだ.たぶん.(ゴルゴ13,コミックスコンパクト版第1巻)
 紋次郎が「超具だくさん味噌汁」をガツガツ掻き込むという市川崑監督の演出は,無宿者は「お行儀」とは無縁だ,ということを強調したものである.
 つまり,昭和四十年代には既に「超具だくさん味噌汁」が行儀わるいという認識が社会に定着していたのである.
 私見だが,お行儀わるい「超具だくさん味噌汁」の原型がその前に存在した.
 それは「犬めし」である.
 
 白飯の上に「花かつお」または削った鰹節を載せたものを「猫まんま」といい,同様に白飯に残り物の味噌汁をぶっかけたものを「犬めし」と呼び,工場生産されたドッグフードやキャットフードが登場するまではこれらが標準ペットフードであった.
 ちなみに国産ドッグフードは,1960年に協同飼料株式会社 (現フィード・ワン株式会社) が粉末タイプ「ビタワン」を発売したのが最初であり,次いでビスケットタイプとペレットタイプが開発上市された.
 国産キャットフードは,漁港で有名な焼津市でまぐろ缶詰を製造していた三洋食品が1969年に猫用缶詰「プリンス」を発売したのが最初である.
 
 ついでに書くと,ねこのきもち WEB MAGAZINE《知っておきたい!ペットフードの歴史》[掲載日 2017年9月28日] に,この「プリンス」に関して《製造当時、飼い猫の食事はご飯に味噌汁をかけたいわゆる“猫まんま”が多かったため、「プリンス」はブリーダー・獣医師向けに通信販売する、限られたものでした》との記述がある.
 しかし《飼い猫の食事はご飯に味噌汁をかけたいわゆる“猫まんま” 》は嘘である.
 周知のように,猫に《ご飯に味噌汁をかけた》ものを与えると内臓に大きな負担がかかり,危険である.
 今はもちろん,昔も猫の飼い主は経験的に,塩分過多が猫にとって危険であることは承知しており,《ご飯に味噌汁をかけた》ものを与えることは決してしなかった.
 つまり《飼い猫の食事はご飯に味噌汁をかけたいわゆる“猫まんま” 》は真っ赤な嘘なのである.
 かなりこの《ご飯に味噌汁をかけたいわゆる“猫まんま”》という嘘は広まっているが,正しい「猫まんま」は昔から白飯の上に削った「花かつお」または削った鰹節をたっぷりと載せたものである.味噌汁を飯にかけたものは「犬めし」と呼ばれたのだ.
 ねこのきもち WEB MAGAZINE には,もっと調べてから記事を書けと言いたい.
 
 猫に比較すると犬は塩分に耐性があるのか,《ご飯に味噌汁をかけた》ものを食べさせてもすぐ死ぬということはないようだが,それでも昔の番犬は短命だった.柴犬でも雑種犬でも,おそらく十年は生きられずに死んでいたと思われる.
 上に国産ペットフードのことを記したが,人間の食べ物を犬や猫に与えてはいけないとの知識が普及したために,「削り節系の猫まんま」や「味噌汁系の犬めし」を食べている犬猫はほとんどいないだろう.(ただ残念なことに,ショップで売れ残った犬を引き取って放置虐待する業者が犬に「味噌汁系の犬めし」を与えているテレビ映像は見たことがある)
 だが「猫まんま」は,削り節に少しの醤油を垂らしたものが「おかかご飯」と呼ばれるようになり,猫ではなく私たちの食べ物として今もある.ウェブのレシピサイトにもあり,これはおいしい.(DELISH KITCHEN《旨味たっぷり!かつお節ごはん》)
 ところが昔の犬が食べさせられた「犬めし」は,人間の残飯の始末であるが故に見た目がわるく,私たちがこれを人前で食べるのは憚られ,日陰のみちを歩むこととなった.
 味噌汁ぶっかけ飯が「お行儀がわるい」とされているのは,こういう理由があるのだ.
 冒頭に引用したマネーポストWEBの記事に《卵かけご飯やお茶漬けはよくてお味噌汁がダメな理由は何でしょうか…… 》とあるが,その理由は簡単だ.
 卵かけご飯やお茶漬けは,昔から今に至るまで人間の食べ物であるが,味噌汁ぶっかけ飯はかつて犬の食い物だったからである.
 似たようなものだが,カップヌードルを食べた残りのスープに白飯を投入するのを若い人たちがよくやっているが,カップヌードルは犬の食い物だったことはないから,お行儀がわるくない.
 町の中華食堂でラーメンを食べて残ったスープをライスにかけて食べるのも同様で,私のような貧乏学生が昔から好んで食べてきたが,これはおいしい.これを犬の食い物だというひとはいない.
 
 以上に述べてきたように味噌汁ぶっかけ飯は下品な食い物とされてきたのだが,食べかたを少し変えればよろしいと,昭和の大喜劇スター植木等 (本名も植木等) がテレビ番組で言っていた.
 植木等の父親は真宗大谷派の寺の住職であり,植木自身も僧侶の修行をした.
 社会活動家でもあった父親の寺は食事が質素だったようで,植木家では味噌汁をおかずに白飯を食べた.
 その時の食べ方をテレビで実演したのである.
 普通の味噌汁ぶっかけ飯は,飯の碗に味噌汁をかけるのだが,植木家の流儀は逆だ.
 味噌汁の椀に,二口か三口ほどの白飯を少しずつ投入するのだ.
 こうすると汁椀の底に飯粒が沈んで見えなくなるから,見た目が残飯ぽい犬めしのようにならず,サラサラと茶漬けのように食べることができる.
 私がその番組を観たのは中学生の時だったが,以来六十年,植木等の流儀で私は味噌汁めしを食っている.これはうまい.
 
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