政府備蓄米は元来が主食用に適した品質の米ではないから放出してもスーパーの店頭には出ない /工事中
NHK NEWS WEB《コメ品薄 集荷業者らに “一層の対応” を要請へ 農水省》[掲載日 2024年9月6日] から下に引用する.
《各地のスーパーなどでコメの品薄や値上がりが続く中、農林水産省は、コメの集荷業者や卸売業者の団体に対し、円滑な流通に向け一層の対応を行うよう、改めて要請することを明らかにしました。
各地のスーパーなどではコメの品薄が続いていて、販売価格も去年と比べて高値となっています。
こうした状況を受け農林水産省は、コメの集荷業者や卸売業者の全国団体に対し、コメの円滑な流通に向けた対応を行うよう、6日改めて文書で要請することを明らかにしました。
要請は、8月も行っていますが、地域によって販売の状況に濃淡があるとして、一層の対応を求めることにしています。
坂本農林水産大臣は閣議のあとの記者会見で「スーパーなどにコメが安定的に届くよう、引き続きコメの出荷や在庫などの状況を把握し、関係団体への働きかけなどを行っていきたい」と述べました。
また、コメの価格の上昇について坂本大臣は「今後、新米が順次供給されれば、受給バランスの中で一定の価格水準に落ち着いてくるものと考えている」と述べ、新米などの流通に伴って価格も落ち着くという認識を示しました。》
農水省は米の市中在庫量を月毎に集計している.
農水省は六月三十日の食料・農業・農村政策審議会 (農林水産相の諮問機関) 食糧部会で,六月末の民間在庫が百五十六万トンであると公表した.
一昨年の七月から六月までの需要予測が約七百万トンであるから,月平均で約五十八万トンが消費される.
例年八月は米の消費が落ち込む (そうめんなどの麺類が多く消費される) ので,新米が出回る九月までの二ヶ月を乗り切るのに百五十六万トンは十分な在庫量である.
ところが八月になると,南海トラフ地震臨時情報の影響で米を買いだめする消費者が現れた.
災害時の備蓄食料として米を買いだめする神経が,私のような常識人には理解しがたい (米は炊飯しないと食べられないから,ライフラインが崩壊した非常時の食料には不向きである) のだが,日頃の防災知識を持ち合わせていないバカは,突拍子もないことをするものなのである.
昔の話を持ち出すが,第四次中東戦争勃発 (1973年) 時,大阪の千里大丸プラザが特売広告で「トイレットペーパーがなくなる」と最初のデマを飛ばし,これを知った関西圏のバカ消費者が集団ヒステリーに陥り,トイレットペーパーの異常な買占めが発生し,これが首都圏にも波及した.
バカどもが生活物資払底に怯えたとしても,彼らが狂ったように買占めたのがなぜ石油製品ではないトイレットペーパーだったのか.
中東戦争とトイレットペーパーにどんな関係があるのだ.
尻が拭けなくなったらこの世の終わりだという素っ頓狂な発想が,常識人である私には理解しがたいのであるが,とにかく大阪は買占めの聖地となった.
自宅の部屋を満杯にして人が住めぬくらい買い占めした人の様子をテレビで放送したのを見た.
家族が尻を拭くのに充分な数量のトイレットペーパーを買占めするのがどんなに大変だったかを語る主婦の得意げな顔が情けなかった.
買い集めたトイレットペーパーを使い切れずに箱に詰めたまま忘れてしまい,およそ五十年後に発見されたという話もある.(伊勢志摩経済新聞《伊勢市の倉庫でオイルショック時に備蓄した大量のトイレットペーパー見つかる》)
ほんとに日本人は度し難いと私はテレビの画面を見ながら落涙した.(嘘)
それはともかく,買占めの聖地である大阪の知事が政府に対して備蓄米の放出を要求したのは,大阪の伝統というものだろう.
ただし,知事は上京して農水相に直談判するということをしなかった.農水省の官僚に働きかけることもしなかった.
記者会見で「備蓄米を放出せよ」と二度もホラを吹いただけであった.言うのは好きだが実行は嫌いなのであろう.これを口先三寸という.
さて,なぜ農水省は備蓄米の放出をしないか.
放出するとどんなことが起きるか知っているからである.
その前に政府備蓄米とはどのようなものか,概要をWikipedia【政府備蓄米】から紹介しよう.
《政府備蓄米は適正備蓄水準を100万トン程度として運用されている (当初の備蓄水準は150万トンであったがその後200万トンを超えるようになり、財政負担の問題などから100万トンに削減されるに至った)。毎年20万トン超を購入することで5年間で合計約100万トンになり古いものから入れ替わってく方式である。この100万トンとは日本の米の総需要量838万トン (平成29年度) の約8分の1にあたり、「10年に1度の不作 (作況指数92程度)」または「通常程度の不作 (作況指数94程度)」が2年連続した場合に対処できる水準である。保管期間の5年を過ぎた備蓄米は飼料用として売却されるほか、一部は学校給食用などとして提供されるが米価への影響を避けるために基本的には主食用としての販売はなされない。
政府備蓄米はJAなどの政府寄託倉庫にて低温保管され、大凶作や不作の連続などにより米の民間在庫が著しく低下するなどの米不足が発生した際に放出される。食料・農業・農村政策審議会食糧部会において作柄、在庫量、市場の状況、消費動向、価格及び物価動向等について放出の必要性についての議論を行いこの結果を踏まえて、農林水産大臣が備蓄米の放出等を決定する。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上の引用文中にある《一部は学校給食用などとして提供される》には説明が必要だ.
農水省は,政府備蓄米に関する啓蒙事業として,食育教育の材料として学校給食に少量の政府備蓄米を提供することがある.要するに政府事業のPR用だから備蓄米の本来の用途ではない.
農水省のサイトからその説明を下に引用する.
《学校給食用等政府備蓄米の交付について
農林水産省では、児童・生徒・幼児等に「米の備蓄制度」への理解促進や、ごはん食を通じた食育の推進を図るため、学校給食等に使用する米の一部に対し政府備蓄米を無償または有償で交付しています。(米粉パン等用も含まれます)》
従って政府備蓄米は《保管期間の5年を過ぎた備蓄米は飼料用として売却される》《基本的には主食用としての販売はなされない》のである.
なぜ主食用には販売されないのか.
私は会社員だった時に,四国にある民間冷蔵倉庫から衛生管理の指導を頼まれたことがある.
その時に,その倉庫に保管されている政府備蓄米の現物を試食したのであるが,飢饉の時ならともかく平時には主食用に販売しても売れないだろうなあと思った.
低温倉庫に玄米で保蔵しているとはいえ,なにしろ五年は長い期間だから,保管期間を過ぎた米はいわばウルトラ超古々米である.食味は劣化している.
つまり仮に「主食用です」と放出したら誰も買ってくれない,そういう品質の米 (戦後しばらくの間,米の流通が自由化される前に国民が食べていた「配給米」クラスの食味だといえば高齢者は思い出すだろう) なのである.
事実,せっかく放出したのに誰も買わなかったことがあったのだ.
東日本大震災発生後,福島産米備蓄米を放出せよとの世論の高まりに応じて,政府は放出を決断した.
十二年前の日本経済新聞の記事《政府備蓄米、4万トンを放出 業務用の不足に対応》[掲載日 2012年6月8日] から下に引用する.
《農林水産省は8日、政府備蓄米4万トンを主食用米として入札方式でコメ卸会社などに売却すると発表した。業務用の低価格米を中心に市場でコメの不足感が高まっていることに対応した。高値圏が続くコメ価格の押し下げ要因にもなりそうだ。
農水省は4万トンとした理由について市場への供給量が同規模で減ることを挙げる。東日本大震災の被災で2万トンが販売できなくなったのと1キロ100ベクレル超の放射性セシウムが検出された福島県産米を政府が2万トン買い上げるためだ。
入札日は26日。売却する備蓄米の内訳は2007年産が2万トン、08年産が6300トン、09年産が1万3700トン。新潟産コシヒカリなど幅広い銘柄が含まれる。
現在の備蓄制度は一定の期間が終わると飼料用などに回す仕組み。農水省は「震災で影響を受けた減少分の放出で、備蓄制度の趣旨に反するものではない」(農産企画課)としている。
備蓄米の放出を要望していた日本炊飯協会(東京・豊島)は「放出をきっかけにコメが市場に流れるはず」と歓迎する。
コメの卸会社からも「11年産米だけでなく、高値で始まりそうだった今年の新米取引の過熱感を冷やすだろう」(首都圏の大手)との声が出ている。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上の日経記事にも《現在の備蓄制度は一定の期間が終わると飼料用などに回す仕組み》とあるが,なぜ保管期間終了後の備蓄米は主食用米として放出しないのか.
それは法律で規制されているからである.
政府備蓄米に係る法律は「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」(食糧法) という.以下に必要箇所を抜粋する.
「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」
(略)
第三条 この法律において「主要食糧」とは、米穀、麦(小麦、大麦及びはだか麦をいう。以下同じ。)その他政令で定める食糧(これらを加工し、又は調製したものであって政令で定めるものを含む。)をいう。
2 この法律において「米穀の備蓄」とは、米穀の生産量の減少によりその供給が不足する事態に備え、必要な数量の米穀を在庫として保有することをいう。
(略)
第一款の二 米穀の出荷又は販売の事業を行う者の遵守事項
(遵守事項)
第七条の二 農林水産大臣は、米穀の適正かつ円滑な流通を確保するため、農林水産省令で、米穀の用途別の管理の方法その他の米穀の出荷又は販売の事業を行う者がその業務の方法に関し遵守すべき事項を定めることができる。
(勧告及び命令)
第七条の三 農林水産大臣は、米穀の出荷又は販売の事業を行う者が前条の農林水産省令で定める事項を遵守していないと認めるときは、その者に対し、期限を定めて、その業務の方法を改善すべきことを勧告することができる。
2農林水産大臣は、前項の規定による勧告を受けた者が、正当な理由がなくてその勧告に従わないときは、その者に対し、期限を定めて、その勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる。
(条文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
まず話の前提だが,この法律を理解するに必要なことは,米備蓄の目的が《米穀の生産量の減少によりその供給が不足する事態に備え、必要な数量の米穀を在庫として保有すること》である.
「米穀の生産量の減少等によりその供給が不足する事態に備え」ではないのである.
令和五年の作況は101であった.平年並みであったのだ.
しかも令和六年八月現在,数十万トンの米が市中に在庫されている.
従って「(1) 米穀の生産量は減少していない,(2) 供給は不足していない」のであるから,政府は主食用として備蓄米を放出してはならないのである.
仮に法条文第三条の「生産量の減少」ではなく「生産量の減少等」になっていれば単に法解釈の変更でよいが,第三条が「生産量の減少」となっている以上,現時点で放出を行うには第三条を改正しなければならないのである.
無知な大阪府知事が何と言おうと,第三条改正は時間が無くて不可能なのである.
もう一つ.政府が備蓄米を放出するにあたって「主食用」であると用途を限定しても,落札者が遵守するという保証はないのだ.
事実,東日本大震災の年の夏の政府備蓄米放出は,民間在庫が充分にあったことと,備蓄米の品質がおそらく主食としては不適だったと思われることが理由で,放出備蓄米は主食用ではなく加工用 (米菓,味噌,焼酎,ビール等に使われる) の用途に流出し,その結果として加工用米の価格が暴落し,加工用米の流通業界は大きな打撃を受けた.
食糧法第三条の解釈を都合よく変更し,凶作でもないのに備蓄米を放出した政府の安易な施策のために米の流通が混乱したことを農水省は反省し,現在は,法第三条を慎重に運用しようとしている.
この法第三条の慎重な運用については,スーパー店頭で米が払底するずっと前の五月に,既に農水省が言明していたのである.
今テレビ等が煽っている「令和の米騒動」が起きる前の昨年から,加工用米にタイト感が生じていることから,米菓業界が政府備蓄米の放出を要請した.
加工用米の供給がタイトなのは,加工用米の価格が安いために生産農家が主食用米の作付けに転換したことによる.
この米菓業界からの備蓄米放出要請について,今年の五月二十日に開催された全国米菓工業組合の第63回通常総代会で,農水省の平形雄策農産局長は「平成24年に放出して市場にご迷惑おかけしたのを農水省としては忘れてはいけない.よく需給状況をみながら慎重に考えている」と述べ,米菓業界に「まずは国内産地との連携,生産者との結びつきを強めていただきたい」と呼びかけた.(食品新聞《米菓、主原料のコメが不足・高騰 業界団体が農水省に政府備蓄米の放出を要請》[2024年5月24日])
これは,令和五年の作況が平年並みであった上に,現状で米の民間在庫が足りている以上,食糧法第三条を遵守して絶対に政府備蓄米の放出はしないという政府の意思を示したものである.
今年八月時点のように,米の民間在庫が充分にあるのに政府備蓄米を放出すれば,主食用にしても加工用にしても,必ずや米の価格に混乱をもたらす.
食糧法は《米穀の生産量の減少によりその供給が不足する事態に備え、必要な数量の米穀を在庫として保有すること》を目的としているから,政府が恣意的に米の価格統制に使ってはならないという政府の立場は当然である.戦後の米の価格統制が終了したあと,米の価格は民間の手に委ねるとしたのが政府の基本方針なのだ.
米の端境期を乗り切るに必要な数十万トンもの民間在庫があるにもかかわらず「米はあると農水省はいうがスーパーの店頭にないのだから備蓄米を放出しろ」と二度も記者会見で放言した大阪府知事の愚かさは,国民として情けない.
なぜ「民間在庫が充分量あるのにスーパー店頭にないのはなぜか」がわからなければ,農水省に訊きに行けと私は言いたい.
私に言わせればこれは,スーパーの日頃の行いが悪いせいで,流通ルートから米が供給してもらえないのである.(これは後述する)
話を戻す.米の価格は民間の手に委ねるという政府の基本方針を,私たち国民は理解するよう努めなければならない.
しかるに一部の者が「備蓄米を放出しないのは米価格を吊り上げるためだ」という陰謀論を吹聴している.
元財務省官僚の高橋洋一だ.
日刊スポーツ《高橋洋一氏「価格つり上げが意図」コメ不足で新米高騰も政府が備蓄米を放出しない理由》[掲載日 2024年9月8日] から下に引用する.
《なぜ、放出しないのかについて高橋氏はフリップボードで「価格つり上げが農水省の意図。国にはプラスだが、消費者のためにならない」と指摘した。
「経済学の一番、単純な話」と前置きし、「価格は需要と供給で決まる。供給の話をすると、かなり説明できる」。フリップボードに「水稲作面積の10aあたりの平年収量」の年度別の推移を提示。作付面積は年々、減少し、平均収量は微増している。「実際に(市場に)出る量は2つのかけ算。(出る量は)が~んと下がる。下がっているのは何かと言えば、農作物というのは絞れば絞るほど、収入が増える」と持論を展開した。
MCの東野幸治が「出す量を減らせば減らすほど、みんながほしがるから値段が上がるってこと?」と質問すると、高橋氏は「そう。これは農水省から見れば、予定通りだから、備蓄米は出さない。出したら、予定が狂うでしょ」と政策だと断言すると、スタジオのパネリストからは「え~」と驚きの声が上がった。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上の高橋洋一の,《(米の価格の上昇は) 予定通りだから、備蓄米は出さない。出したら、予定が狂うでしょ》はまことに幼稚な,すぐバレる陰謀論である.
高橋が食糧法第三条の規定を知らないはずがない.知っていてこういうことを言うのである.ここまでくるとデマゴーグといっていい.財務官僚時代に何かしら農水省と諍いでもあったのかと思いたくなる.
さて上に (後述する) と書いた「民間在庫が充分量あるのにスーパー店頭にないのはなぜか」である.
南海トラフ地震臨時情報の影響で,八月に入った頃から米を買いだめする消費者が現れた.
テレビによく登場するスーパー「アキダイ」の社長は「お客さんたちは買いだめをしているように思います」と述べている.
消費者の購買行動に接しているアキダイ社長の観察はおそらく間違っていないだろう.
消費者の買いだめこそが,見かけ上の「米不足」の原因だと思われる.
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