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2024年6月 3日 (月)

フォークの背にライスを乗せて食べる方法は誰が考案したか /工事中

 ダイヤモンド・オンライン《「フォークの背にご飯を乗せないなんて、お育ちが悪い?」間違った“マナー違反”指摘にどう返すべき?》[掲載日 2024年6月2日] から下に引用する.
 
ビジネスパーソンにとって、言葉は頼もしい武器。どんな言い方をすれば、相手の気分を害さずに真意を伝えられるのか。クイズに挑んで、ワンランク上の「大人の言い換え力」を身につけましょう!(クイズ制作/石原壮一郎)
 
 クイズ
  結婚を考えている彼を両親に紹介するために、近所のレストランで食事。後日、彼の食事の様子について、実母が「フォークの背にご飯をのせるマナーも知らないなんて、お育ちが悪いのかしら」と小言。
  これは「昭和のマナー」で、今はしなくていいという説が有力だ。ただ、気位が高くて思い込みが激しい母親は、正面から反論するとヘソを曲げそうである。彼を擁護するための一言は?
 
(A)「彼は最近のマナーがわかってるから、あえてそうしたんだと思うよ」
(B)「イギリス式とかフランス式とか、マナーの正解もいろいろあるみたい」
(C)「それが過去のマナーであることも知らない人は、どこが悪いのかしら?」
 
 正解は……
  B
 
 △ (A)「彼は最近のマナーがわかってるから、あえてそうしたんだと思うよ」
 ◎ (B)「イギリス式とかフランス式とか、マナーの正解もいろいろあるみたい」
 × (C)「それが過去のマナーであることも知らない人は、どこが悪いのかしら?」
 
 解説
  なぜフォークの背に乗せる食べ方が広まったのか、何が“正式なマナー”なのかは、諸説あります。ここで大事なのは、母親をやり込めることではなく、大事な彼に対する誤解を解くこと。Cのような皮肉をかましている場合ではありません。
  ここはBで母親を落ち着かせて、今は常識が変化したことを穏やかに伝えましょう。Aだと「お母さんは古い」と言っているようなもの。ただまあ、この母親は今後も何かと若い二人の障壁になってきそうですね。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 ナイフとフォークで米飯を食べる際に,フォークの背に米飯を乗せるというのは,戦前生まれの人間の流儀ではないかなあ.
 私のような戦後すぐ生まれた者たちを団塊世代と呼ぶが,団塊世代が大学生時代には,フォークの背に米飯を乗せるやり方は廃っていたからである.
 
 私は群馬県生まれの田舎者なので,大学に合格し上京して,ようやくいわゆる洋食を口にした.
 周知のように洋食というのは,今でいうところの無国籍料理である.
 洋食は,何となく外国人が食べる料理のような雰囲気を醸し出しているが,ほぼ日本人の考案に成るものだ.
 例えばトンカツ,コロッケ,カレーライスは大正 (時代) の三大洋食だとWikipedia【コロッケ】に記載されていて,《コロッケ (Korokke、英: Potato croquettes) は、茹でて潰したジャガイモやクリームソースに挽肉や野菜などを混ぜ合わせ、丸めて衣で包み、食用油でフライ状に揚げた、日本の洋食の一つ。西洋料理のクロケット (仏: croquette、蘭: kroket) を模倣して考案された》《洋食の例に漏れず日本独自の進化を遂げたコロッケ(Korokke)は、日本国外でも日本料理の一つとして紹介されるようになった》と解説されている.
 食パンから作る生パン粉を乾燥して作った目の粗いパン粉 (日本で考案されたパン粉である) を衣に使用し,天ぷら鍋にたっぷりの油を入れて作る揚げ物は,日本風であり,《日本国外でも日本料理の一つとして紹介されるようになった》のである.
 ちなみに,欧米の家庭料理では,深めの鍋に食用油を入れて揚げる料理法はとらない.
 フライパンという道具はまさにその名の通りフライ用の鍋であるが,これを揚げ物に使用するのである.
 具体的には,日本語の料理用語の「揚げ焼き」に近い状態から,フライパンに浅く食用油を入れて片面ずつ揚げるのが「フライ (fry)」である.
 私たち日本人は,目玉焼きを作る時にフライパンには薄く油を引くが,米国人が目玉焼きを作るのを見ていると,「油を引く」というよりもたくさん油をフライパンに入れて,揚げ焼きのようにするようだ.
 目玉焼きには作り方が色々 (サニーサイド・アップやオーバー・イージー,ターン・オーバーなど) あるが,英語ではフライド・エッグと総称する.それは,単に焼くのではなく揚げ焼きだからである.
 フッ素樹脂加工フライパンを使えば油を使わずに目玉焼きを作れるが,それをフライド・エッグと呼ぶのは違和感がある.フライド・エッグとは,揚げ焼きにした卵である.
 ちなみに,米国で出版されている調理科学や油脂科学の専門書や論文を読むと,天ぷらのように深鍋にたっぷり油を入れて揚げる (つまり揚げダネが油の底に沈むくらいの深さの鍋で揚げる) ことはディープ・フライ (deep fry) といい,フライパンを使うフライ (fry) とは厳密には区別されている.フライはフランス語のソテー (sauté) に似ている.
 フライに使う油は少量なので,使用後に保存して繰り返して使うことはあまりないが,ディープ・フライの場合は使用する油の量が多いので,捨てずに繰り返し使う.
 繰り返して使うのであるが,揚げダネが吸収した分は減っていくので,減った分は足す.これが差し油である.
 こうして,フライに使用した油の化学的性質 (酸化の程度) や物性 (粘度;油っぽさ) は,ディープ・フライに使用した油とは異なることになる.これは差し油の効果である.
 常圧のフライヤーや圧力釜式フライヤー (ケンタッキーのチキンは圧力釜で揚げる) は厳密にはディープ・フライだが,この方式で揚げたものはフライド・チキンとかフライド・ポテトなどと呼ぶ.ディープ・フライド・チキンとは言わない.
 これは,古くから定着している日常語だからだろう.いまさら「厳密にはフライではなくて……」と理屈をこねるのはいかがなものか,だ.
 
 次はカレー.
 大正八年生まれの私の父親は海軍の下士官であったが,私が小学生の頃,戦後になってもまだ軍隊言葉が抜けない父は,私の母親が拵えたカレーライスを「辛み入り汁かけ飯」と呼んでいた.「汁かけ飯」という辺りは,父はこれが日本の食い物であることを認識していたようだ.
 海軍軍人でも高等教育を受けている士官はカレーライスと呼んだらしいが,叩き上げの下士官クラスは英語に馴染めなかったようだ.
 記録にある限りでいうと,レストランのメニューに「ライスカレー」が現れたのは明治十年 (1877年),現存しない東京の某西洋料理店であるという.(出典;井上宏生「日本人はカレーライスがなぜ好きなのか」平凡社新書)
 明治時代の西洋料理といえばフランス料理である.
 定説ではインドからイギリスに伝えられたイギリス料理であるカレーライスが,明治当時のフランス料理店のメニューにあった事情は不明だが,当時はフランス料理店とはいうものの西洋の料理ならなんでもありだったらしい.築地にあったホテルのフランス料理店 (現在の上野精養軒) のカレーも有名だっという.
 このように文明開化の時代から戦前の昭和の頃までは,カレーライスは西洋料理であり,小麦粉とバターを炒めてルーを作るというレシピであった.
 ところが,太平洋戦争の頃にカレーライスのレシピに変化が起きた.
 上に述べた私の父親は戦艦長門 (終戦時に稼働していた最後の戦艦;終戦時に横須賀港で爆撃を受けて中破) の乗組員で,大量に調理できてかつ食器が少ない一皿盛りの簡便食であるカレーライスは艦船乗員の食事に適していたが,父から聞いた話では,長門ではカレーのルーは作らなかったという.
 イギリス料理のカレーのレシピはまず小麦粉とバターを炒めてルーを作ることから始めるわけだが,日本海軍式のカレーはルーを作らず,材料を煮込んでからカレー粉を加え,これに水溶き小麦粉でトロミを付けたのである.似たようなものだが,調理の手間が格段に違うし,いわゆる時短でもある.
 現在は横須賀の街に行くと「横須賀海軍カレー」を標榜する飲食店がいくつもあるが,食べ比べができるくらいに各店で少しずつ味が違う.
 ということは明らかにオリジナルのレシピが尊重されていないのだが,「横須賀海軍カレー」は町おこしのために無理矢理考案されたものだ.
 要するに日本海軍式のカレーは,カレー粉を入れて煮込んだシチューのような汁に,水溶き小麦粉を加えてトロミをつけたものである.
 戦後暫く経ってカレー粉の市販が再開されて入手しやすくなった頃,その日本海軍オリジナルのレシピを,私の父は母に教えて作らせた.
 

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