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2024年5月30日 (木)

ペット共葬

 スポーツニッポン《千原せいじ 「動物専用の僧侶」になった真の理由「あの世に行ってから一緒に過ごされへんらしい」》[掲載日 2024年5月23日] から下に引用する.
 
お笑いコンビ「千原兄弟」の千原せいじ(54)が、23日までに自身のYouTubeチャンネル「せいじんトコ」を更新。「天台宗 千原靖賢和尚」となった理由を明かした。
 せいじは今月2日、自身のインスタグラムで「本日、得度式をあげさせていただきました。天台宗 千原靖賢和尚となりました」と、仏道の修行に入ったことを報告。世間を大いに驚かせた。
 この日の動画には千原せいじ(靖賢)とテロップ。これまで他の媒体などで説明している通り、「動物専用の僧侶」と自己紹介した。そのうえで、僧侶になった理由を明かした。
 一つは、昨年数カ月にわたって千葉でテレビ収録をしていた際のこと。自家用車で通っていた時に、「動物が道端で死んでいる」ことに何度か気が付いた。原因は交通事故だと推測。ただ「ひいた人も悪くない。もちろん、動物は悪くない」と持論を口にし、収録が立て続けにあって心身ともに疲れていたことで「そういうのを見ると、余計に落ち込んだ」という。
 さらに二つ目の理由として、ある友人のペットが死んだ際のこと。お墓に一緒に入るために、その友人はペットの遺骨を持っていたが、「(友人は)長男で代々のお墓に入る。そのお墓に動物を入れられるかっていう(反応が周囲からあった)」。せいじは気になって理由を色々調べてみると、「畜生道というのは動物が亡くなった後に歩む道らしい。仏さんにならずに。だから、なんぼペットを可愛がってても、あの世に行ってから一緒に過ごされへんらしい」という教えに行きついた。
 だが、違和感があったせいじは「どんどん変わっていくきっかけになる時期やと思う」と、宗教の考え方も時代に合わせて“変化”させるべきと思い、「俺がお経をあげることによって、その動物が仏さんとしてあの世に送れるようにしよう、と。それで得度を受けた」と理由を語った。
 聞いてみると、天台宗では「その考え方もOKだった」と確認し、「ペットが人間と一緒に、あの世で過ごせるようにする」という目的で僧侶になった経緯を説明していた。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 稀な例を除いて一般に寺の墓や霊園は,イヌやネコなどのペットの遺骨を飼い主だった人間と同じ墓に埋葬することを認めていないと思われている.
 ところが,調べてみたら,ジャーナリスト兼僧侶の鵜飼秀徳氏が次のように述べている.(AERAdot《ペットと一緒の墓に入れないのはなぜ?“ペット終活”のススメ》掲載日2019年6月25日)
 
「先日も、千葉県にお住まいの方が見学に来られました。ペットと一緒に入れるお墓は、まだ全国的に少ないのではないでしょうか」
 なぜ増設が進まないのか。「いくつかの理由がある」と、鵜飼さんは指摘する。
 一つは「墓地埋葬法」の問題だ。この第1条には、「墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする」と書かれている。
「問題になるのは、『国民の宗教的感情』と『公衆衛生』の部分です。感情面では当然、犬猫が嫌いで『同じ墓地に埋葬してほしくない』という方もいます。また、動物の骨は法律的には廃棄物ですから、それを墓に入れるのは衛生上問題があるという見方もできる。そのためペットの埋葬を避ける墓地や霊園は多い」
 仏教の宗派によっても賛否は分かれる。例えば、天台宗や真言宗などは、動物であっても皆「仏性(ぶっしょう)」(仏になれる本性)を持っており死後、すぐに成仏できると考える。
 一方で浄土系では、阿弥陀仏に帰依し、念仏を唱えることで、往生・成仏できると考える。そのため、念仏を唱えられない動物は、死後すぐには成仏できないという見方が存在する。
 また、死後の世界の六道では、ペットは人間道よりも下位の「畜生道」に位置する。だから、人間と一緒に埋葬するのは適切ではないという意見もある。
「仏教界でも見解はさまざま。なので、ペットと同じお墓に入りたい方は、まずは近隣の寺や霊園に相談してみてはいかがでしょうか」》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 整理すると,《天台宗や真言宗などは、動物であっても皆「仏性(ぶっしょう)」(仏になれる本性)を持っており死後、すぐに成仏できると考える》ということと井原せいじの発言と合わせると,天台宗の寺院では人間と同じ墓にペットを埋葬すること (ペット共葬) を認めているようだ.
 さらに調べてみると,茨城県龍ケ崎市にある天台宗の金剛院には,ペットと共葬できる大規模な霊園「金光山墓苑」がある.
 つまり,実際に天台宗各寺院の墓地でペットと共葬が可能かどうかは別として,天台宗では教義上,ペットとの共葬を認めている.
 金剛院の住職は,天台宗本山からペット共葬について反対はないと述べている.(日刊SPA!《ペットと同じ墓に入るという選択。ペット共葬霊園の住職に聞く新しいお墓事情》2021年12月12日)
 真言宗はどうか.
 埼玉県新座市にある金剛山智遍寺は,公式サイトに共葬墓地区画の記載がある.
 というわけで,真言宗も天台宗と同じく,ペット共葬に教義上の問題はないようだ.
 
 上に《一方で浄土系では、阿弥陀仏に帰依し、念仏を唱えることで、往生・成仏できると考える。そのため、念仏を唱えられない動物は、死後すぐには成仏できないという見方が存在する》とあるが,浄土真宗などの減らず口 (*下記の脚註) 坊主の言いそうな屁理屈である.
  伝統的な仏教では本来「念仏」は「仏」を「念ずる (心に思い浮かべる)」ことを意味したが,法然や親鸞らは,「念仏」とは「仏を心に思い浮かべる」ことではなく,仏の名号 (南無阿弥陀仏) を口に出して唱えること (称名念仏) であるとした.(Wikipedia【称名念仏】)
 もちろん称名念仏の当初の意味は「名号を唱えるだけで成仏できる」だっただろうが,これが「名号を唱えられない人は成仏できない」に趣旨が転化するのは至極当然である.
 それからさらに差別が強化されて,先天的に言葉を話せない人 (唖者,あしゃ) や何らかの事情で声帯を失った人および失語症の人などの障碍者,そして念仏を唱えられない生き物は念仏を唱えられないから,健常者のようには成仏できないこととなった.南無阿弥陀仏と声に出して唱えられるかで命を差別する浄土真宗の理不尽差別が始められたのである.
 こうして浄土真宗などの寺の墓地では,犬畜生と人間様を一緒の墓に入れてはならぬということになった.犬や猫と一緒に暮らして心癒され,犬や猫がどれほど穏やかな生き物であるかを知っている者にとっては,まことにふざけた話である.
 犬猫が何を話しているかを翻訳する翻訳機やスマホのアプリがある.
 私はそのユーザーではないのでよくわからぬが,犬猫の言葉を「南無阿弥陀仏」と翻訳してくれないかと思う.
 ニャむあみだぶつ,でもよいかと思う.
 その翻訳画面を浄土真宗の坊主に見せてやりたい.
 
 さて天台や真言のお寺では,必ず自分の骨とペットたちの遺骨とを一緒に葬ってくれるかというと,そうでもないらしい.
 檀家に犬猫嫌いの人がいたら無理だ.寺としては無理をしたくないのは理解できる.
 この事情は宗教を問わない霊園でも同様で,生活を共にした犬猫と一緒の墓で眠りたいと希望する人が多いのに共葬がほとんど普及していないのは,犬猫嫌いの人からのクレームを霊園側が怖れるからだと聞く.
 世間から嫌われるペット共葬だが,実現する方法が一つある.それは散骨だ.私は自分が死んだら愛犬の遺骨と一緒に散骨してもらうことに決めている.
 
(*註) 食事の際に合掌して「いただきます」と言うのは,戦後になって関西の浄土真宗のアホタレ坊主どもがラジオ番組 (真宗大谷派「東本願寺の時間」) で宣伝流布した奇習である.戦後すぐに生まれた世代に属する私は,食事の際の合掌と「いただきまーす」が小学校の給食の場で蔓延する様子を目撃してきた.
 それ以前の日本の普通の家庭では,食事を始める際は両掌を腿に置き,軽く一礼して「頂きます」と挨拶するのが常識であった.
 これは明治維新後に明治政府が定めた小学校教科書に記載した食事の礼儀である.その基本は江戸時代から庶民の間に広まった小笠原流礼法を簡略化したものであった.
 それが戦後まで家庭教育で受け継がれてきたのだが,何を思ったか真宗大谷派のクソッタレ坊主どもがこの作法を攻撃し始めた.
 元々「頂きます」は,瑞穂の国の田の神は元より,米を作り魚を漁してくれるお百姓さんや漁師の人々に対する感謝の言葉であったのだが,浄土真宗の坊主たちが「『いただきます』は命を頂戴するという意味だ」との思い付きを,戦後のラジオ放送「東本願寺の時間」の法話で吹きまくった.
 そのせいで昨今のテレビのグルメ番組を観ていると,出された料理を食べる時にタレントたちがペチンと音を立てる安っぽい合掌をして「いただきまーす」と言うのが普通になってしまった.(もちろん合掌は柏手ではないから音を立ててはいけないし,人差し指から小指までの指間をモミジのように広げてはいけない)
 これは礼儀を知らぬ若者たちだけの話ではない.この間はホラン千秋さんと出川哲朗,長嶋一茂の三人がそういう子供じみた振る舞いをしていた.世も末である.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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