柴刈り
ロケットニュース24《【ウソだろ】桃太郎のおじいさんは山で「芝刈り」はしていなかった! 正しくは…》[掲載日 2023年12月11日] から下に引用する.このロケットニュース24の記事の筆者はP.K.サンジュン氏だ.
《桃太郎の出だしでおじいいさんは山へ「しばかり」に、おばあさんは川へ「洗濯」へ出かける。洗濯はもちろんわかるのだが、よくよく考えたら「しばかり」とは何のことなのだろう?
生れてからの45年間、私の脳内で「しばかり」は「芝刈り」へと変換されており、要約すると「芝刈り = 雑草取り」というイメージを持っていた。つまり、おじいさんは山にある畑の世話をしに出掛けたのだと。ところが……。
娘から「なんで芝を刈るの?」「雑草のことを芝って呼ぶの?」と質問攻めにあった結果、ネットに助けを求めることに。するとそこには私の想像していなかった「真実のしばかり」が存在したのだ。
・芝刈りではなく…
同志社女子大学の日本語日本文学科特任教授・吉海直人氏によると「しばかり」は「柴刈り」であり「芝刈り」ではないという。柴とは雑木の小枝を意味する言葉で、柴刈りは「落ちている枯れ枝を拾い集めること」とのことである。
マジかよ……! 45年も「芝刈り」だと思ってた俺、超恥ずかしい!! あぶねえ、娘にウソを教えるところだったぜ! ただみんなも「しばかり」は「芝刈り」だと思ってたよね? 絶対にそうだよね?》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
確かに,長年にわたって思い込んできたことが実は誤りであったという経験は「あるある」だ.
「しばかり」について言えば,小学生の時に私は正しく「柴刈り」だと理解していたような気がする.
なぜなら,柴 (小さな雑木またはその小枝) は身近にあったし実際に燃料として使ったこともあったが,芝は見たことがなかったからである.
芝という植物を見たことはないが,しかし世の中に芝生の庭というものがあることは知っていた.
というのは,私が子供の頃のテレビ番組では,アメリカの家庭ドラマ (例えば邦題「うちのママは世界一 (ドナ・リード・ショー)」) が大人気だったが,それによると,広い敷地に大きな平屋の家屋を建て,庭は芝生というのが典型的な第二次大戦後のアメリカ中流家庭だったからである.
そして中流家庭の子供たちは,日曜日に手押しの芝刈り機をカラカラ押して庭の芝を刈ると,ママからお小遣いをもらえるのであった.
そのような裕福な家庭の暮しをテレビで見て知った私はといえば,父親は貧しい最下級公務員であったので,一家は四軒長屋の公務員宿舎に住んでいた.
長屋の一軒は六畳間と三畳間の二部屋に狭い台所 (羽釜で飯を炊くためのかまどがあった) が付いていて,その狭い住宅で親子五人家族が動く隙間もなく暮らしていた.今の独身者用ワンルームに毛が生えたようなものであった.
ただ,長屋の各戸ごとに十坪くらいの庭が付いていた.
その庭の用途は何かというと,食料自給であった.戦後すぐの公務員の生活は赤貧というに相応しいもので,それゆえに国家は公務員宿舎に菜園用途の庭を付けてくれたのである.
私のうちではその庭に菜っ葉を植え,鶏を飼った.鶏を飼ったのは,食肉にするのではなく卵を産ませるためである.
こういう暮しぶりだから,アメリカ中流家庭の住宅に「芝生を植えた庭」のある意味が理解しかねた.
だって,芝生の庭には芋も葱も植えられないじゃないか.父親と幼い息子がキャッチボールをするためにだけ庭に芝を植えるって,アメリカ人は何を考えているのだろう.
だが,そんなことはどうでもよい.話は芝ではなく柴だ.
で,中学生になったら,国語か社会かは覚えていないが,授業で新井白石のことを習った.
その時に「折りたく柴の記」という書物のことも覚えた.たぶん高校受験のために受験知識として覚えただけであり,もちろん読みはしなかったし内容も全く知ろうとしなかった.しかし「芝」ではなく「柴」であることはしっかと記憶した.
しかるに高校に進学すると日本史の授業で再び新井白石が出てきて,「折りたく柴の記」が自叙伝であることをようやく知った.
しかしこの時も試験のために覚えただけであり,例えば「日本の自伝文学の代表的作品を二つ挙げなさい」という設問に「福翁自伝」と「折りたく柴の記」と回答するために記憶したのであり,読む気は起きなかった.
読む気が起きない,どころではなく「折りたく柴の記」の意味も誤解した.
折りたく,の「たく」は,希望を表す助動詞「たし」の連用形であると間違って理解してしまったのだ.
しかしそれでは名詞「柴」が接続するわけがないが,そこは「しば」を接続する駄洒落みたいな言い回しがあるのだろうと浅はかに考えた.
だが高校卒業の数年後に「折りたく柴の記」を紛れのないように「折り焚く柴の記」と書くことがあると知った.
この時はほんとに我ながら呆れた.
これではロケットニュース24のP.K.サンジュン記者氏を笑えない.
《みんなも「しばかり」は「芝刈り」だと思ってたよね? 絶対にそうだよね?》に「そうだよ,そうだよ」と慰めたくなったのである.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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