花を頂いたこと
私の犬が逝ってから二ヶ月が経った.
犬は,テレビと書架のある部屋が,いつもの居場所だった.
老いて一日中寝ているようになってからというもの,私がテレビを観ている時はいつも横にいた.
白内障になって失明してからは,私のニオイだけが頼りだったのだろう.
私も,犬がすぐ横で寝ているのが普通だった.
そのせいか,今でもテレビを観ていると横に犬の気配を感じることがある.視界の隅に犬の姿が見えるような気がしてハッとする.
昨日の夜七時頃,玄関のチャイムが鳴った.
「誰だろう?」と思いつつ玄関ドアを開けたら,以前からいわゆるイヌトモだった老婦人であった.
私が犬と散歩に出かけると,途中の公園で彼女も飼い犬を遊ばせていて,それで知り合ったのだった.
しかし彼女の飼い犬はもう数年前に亡くなって,それでそれ以来,自然と顔をあわせることはなくなっていた.
お久しぶりです,と挨拶するとその老婦人は,私の犬が逝ったことを数日前に耳にして,それでお悔やみを言いに来たのだと言った.
そして老婦人は花束を私に手渡して,これをお供えしてください,と言った.黄色のチューリップだった.
ありがとうございますと応えた私の目がしらに,熱いものが少し滲んだ.
もうかなり前のことだが,新聞社のサイトにある掲示板に「犬の喪中はがきが来た」という投稿があった.
人間じゃあるまいし「飼い犬が死んだので喪中です」って,バカじゃないかという内容だった.
犬や猫が好きでないひとには,「飼い犬が死んだので喪中です」という感覚はおよそ理解しがたいものだろう.
私はといえば,喪中はがきは流石に出さなかったが,今度の正月は松飾を飾らないことにした.
その代わり,玄関に飾る生花は,花屋さんで「仏花」とポップに書いてあるものにする.菊とかだ.

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