爺婆の暮しは慎ましい
現代ビジネス《年金だけでは絶対に赤字に…「老後の生活費」は夫婦で「7600万円」、老後の資金の「驚きの真相」》[掲載日 2023年12月27日] から下に引用する.
《生まれた年にかかわらず、2人に1人が、男性で90歳、女性では95歳まで生きる確率が高いことが分かりました。長寿は人類の長年の夢です。その夢が日本で実現しつつあるのですから、とても喜ばしいことです。》
まだ記憶に新しいが,2019年に《金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(令和元年6月3日)》が公表された.
金融審議会は金融庁の審議会等の一つであり,金融制度や資本市場など国内金融関係の重要事項について調査・審議をしている.
もちろん「市場ワーキング・グループ」は勝手に調査活動を行ったのではなく,金融庁の指示の下に調査・審議をして上記の報告書をまとめた.
また金融庁は勝手に「市場ワーキング・グループ」に「高齢社会における資産形成」について調査をしろと命じたのではなく,政府の指揮に従ったのである.
政府はなぜそのような調査をするよう金融庁に指揮したか.
一つには,悪化しつつある公的年金の運用状況を国民に周知させ,年金頼みの老後ではなく自ら資産形成に努め,年金給付の漸減低下に耐えるよう国民を説得鼓舞するためである.
また同時に,この時の首相であった安倍晋三は,国民が貯め込んだ預貯金を日本経済活性化のために吐き出させることを目論んだ.
言葉は悪いが,国民の預貯金は静かな「死に金」であるが,これを株式などの投資に振り向けることができれば,日本経済に大きなメリットとなるからである.
そこで安倍晋三の意を忖度した「市場ワーキング・グループ」は,「いずれ公的年金は危機に瀕するから,国民は老後の生活のために資産形成する自助努力を行わねばならない」を骨子とする報告書をまとめた.
それが有名な下の箇所である.

ここには,高齢者の生活費に《不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取崩しが必要になる》と書いてあるが,これは嘘である.
そもそも《不足額約5万円が毎月発生する》という仮定を立てること自体が間違っているのである.
まず第一に,高齢者に限らず私たちは,家計が赤字になると消費を必ず控える.赤字なのにカネをバンバン消費するのは性格破綻者だけである.
しかも今の爺さん婆さんは戦後すぐに生まれて貧しい時代を生きてきたので,元々豪華客船クルーズとか一流フレンチ・レストランでリッチなお食事なんてのがそもそも似合わないのである.生保あたりの「勝ち逃げ団塊の世代の豊かな人生」などという煽りに乗って無駄遣いをしてみただけである.
だから,市場ワーキング・グループの報告書が発表されたあと,ただちに高齢者たちは家計の引き締めにかかった.
下の資料は,総務省統計局が公表した「家計調査年報 (家計収支編) 2021年 (令和3年)」の《総世帯及び単身世帯の家計収支》にあるデータである.
この資料で一目瞭然であるが,高齢者はおカネを使わなくなった.
市場ワーキング・グループ報告書が出たあと,コロナ禍の影響もあったろうが,2019年には毎月五万円の家計赤字が出ていたのに,現在は赤字が約一万三千円にまで激減 (12478/50000=0.25) した.健康寿命が尽きつつあって行動が不活発になった七十五歳以上の人たちの家計は,なんとまあ,わずかだが黒字化してしまったのである.
すなわち現時点で老後資金の不足額は,2019年の家計収支を基礎にして,八十五歳まで生きるとすると約三百二十五万円 (1,300 x 0.25),実際には高齢者がほとんどが死ぬ九十五歳 (生存率8.7%) までの架空の計算値すると約五百万円 (2,000 x 0.25) である.つまり余程の長生きでも老後資金の預貯金が五百万円あれば充分であるし,普通の人なら三百万円でいい.
そしてここから先が,市場ワーキング・グループ報告書が作ったインチキ計算なのだが,まだ仕事や趣味に元気に活動している時の家計赤字である毎月五万円という数字が,本人が活動的でなくなっても続くという計算 (外挿) をしている.この外挿は中学生でもわかる詭弁だが,これは後述 (*) する.
しかも,上の表の詳細を見ると,スマホを安いプランにするとか,歳暮中元の贈答をケチるとか,まだまだ節約できる費目があるから,生活費はもっと低くすることが可能だ.
要するに,金融審議会ワーキング・グループの委員は アホだから, 支出は収入の関数だということを知らなかったのである.
カネがなければ消費したくてもできない.これは「無い袖は振れない」現象と言われている.誰が言っているかというと私だ.
爺婆は慎ましく暮らそうではないか.
とはいえ国や自治体レベルのことになると話が別で,大失敗が予想されている関西大阪万博のように,政治家や公務員は,他人のカネを遣う場合は赤字にならぬように節約するということができない.
政府が万博の赤字を補填しないのは当然だ (調査結果によると日本国民の大部分は万博に興味関心がない) が,言い出しっぺの大阪府知事とその一味 (維新) は,国が負担するのだと言っている.連中が他人の財布で平気で無駄遣いをして赤字の責任はとらないと言い張っているのは府知事がアホだからである.
府知事がどれくらいアホかというと,「大阪府立病院機構大阪はびきの医療センター」におけるわずか四十一人だけのデータを根拠にして,ヨード系うがい薬が新型コロナウイルス感染症に有効だとして,(1) 発熱などの症状のある人とその家族 (2) 接待を伴う飲食店の従業員 (3) 医療や介護の従事者にヨード系うがい薬の使用を要請したことで,全国民に知れ渡ってしまった.(しかし大阪府民は,アホでもおもろい知事が好きなので,今年の知事選では圧倒的に再選された)
閑話休題.
市場ワーキング・グループ報告書が公表されたあと,まともな評論家は報告書に書かれたチャチな嘘を批判したし,国民は激怒した.
市場ワーキング・グループ報告書は金融庁の了承を経て政府に提出される手筈だったが,予想せざる事態に慌てた政府は,麻生副総理兼金融担当相がワーキング・グループから報告書の受け取りを拒否するというドタバタ劇を演じて収拾を図った.
この騒動から政府が理解すべき教訓は,私たち貯蓄性向が極めて高い日本国民に,年金危機を説けば説くほど,国民は消費も投資も控え,家計は緊縮方向に向かうということである.
安倍晋三や菅義偉のような富裕階級の人間には理解の外であろうが,給与収入がない一般の高齢庶民は絶対にリスクを取らない.
富裕階級の人間でできている政府がいくら「投資による資産形成で豊かな老後を」と煽っても,安全第一で逆に生活を切り詰める.そして日本経済は沈滞する.若者たちは結婚しなくなり,人口は減り,労働力は不足して地方のバス会社は会社をたたみ,老人たちは買い物難民と化しておカネを遣わなくなった.
こうして「老後資金が二千万円不足する」説は,政府自身が否定することで消滅したかに見えたのだが,この破綻した説に ヨイショする 賛同する者がいた.
冒頭に紹介した現代ビジネス誌の記事の筆者である島澤諭はその一人だ.
この現代ビジネス誌の記事は,彼の著書『年金「最終警告」』(講談社現代新書,2019年10月16日;コロナ禍の寸前に出版された) から抜粋・編集したものである.
この書籍の表紙には《消費税10%でも積立金は大赤字》と大きく書かれている.そして中に《日本中に激震が走った「老後は2000万円が必要」という金融庁の報告書は、残念なから全くの現実である》とある.
すなわち世の中の上っ面だけを見て反射神経で雑文を書くとこういうことになる.
政府のお先棒を担いだつもりなのに,当の政府が市場ワーキング・グループ報告書を否定してしまった.
そしてコロナ禍による社会の変化によって島澤諭の主張は粉砕されてしまったのである.
いかに島澤に世の中を見通す力がないかを示す例を,現代ビジネス誌の記事から引用しよう.
《生まれた年にかかわらず、2人に1人が、男性で90歳、女性では95歳まで生きる確率が高いことが分かりました。長寿は人類の長年の夢です。その夢が日本で実現しつつあるのですから、とても喜ばしいことです。
でも、長生きするにはお金が必要なのです。みなさんが会社員であれば、65歳で定年退職しますが、その後、長ければ30年間生活し続けることになるのです。》
《しかし、日本ではまだまだ長寿化が進んでいて、95歳まで生きる人は男性で5人に1人、女性では2人に1人いるのです。自分がこの1人に該当しないと断言できる方は少ないでしょう。
それならば、95歳まで生きると想定して老後の資金計画を立てておくほうが賢明です。このとき必要になる金額は、80代の年間消費額270万円×寿命の延長5年=1350万円と計算できます。すると、先の900万円に1350万円を加えると一世帯当たり2250万円、老後の生活資金が足りない計算になります。》
「老後資金が二千万円不足する」説の杜撰な計算が誤りであったことは,最近の高齢者の家計調査によって明らかになった.
ここでは上に引用した《長寿は人類の長年の夢です。その夢が日本で実現しつつある》と《日本ではまだまだ長寿化が進んでいて》を取り上げる.
【資料1】令和四年に公表された《生命表上の特定年齢まで生存する者の割合の年次推移》(厚労省「簡易生命表」より)
【資料2】令和五年に公表された《生命表上の特定年齢まで生存する者の割合の年次推移》(厚労省「簡易生命表」より)
上に示した二つの表の「95歳生存率」を比較すると,令和四年データ【資料1】では10.1%だったが,令和五年データ【資料2】では8.7%に減少している.
下に示した【資料3】グラフの右端がこのことを示している.
グラフでは明瞭でないが,表の数値は「95歳生存率」だけではなく「65歳生存率」「75歳生存率」「90歳生存率」が軒並み減少しているのである.
【資料3】
高齢者生存率は最近まで上昇を続けてきたのであるが,令和二年辺りを頂点として高齢者の短命化が始まったように見える.
もちろんこれがトレンドであるか否かを判断するにはデータが少なすぎる.もう少し経年変化を追跡しないといけない.わずかな増減を繰り返してやがてプラトーに達するというのが最もありそうなシナリオであるが,短命化が止まらないという可能性 (*) もある.
すなわち,島澤の《長寿は人類の長年の夢です。その夢が日本で実現しつつある》と《日本ではまだまだ長寿化が進んでいて》があまりにも能天気で表面的な観測であるとは言えそうだ.
統計資料ではなく目先の現象に囚われて,反射神経で《長寿は人類の長年の夢です。その夢が日本で実現しつつある》と書いた島澤諭は今反省をしているだろうか.
(*)
昔々,農水省の著名な栄養学研究者が「戦後に生まれた団塊世代は早死にするだろう」と予言した.
寿命という数字ではその予言は誤っていたが,彼の説の趣旨は「団塊世代は,食生活が原因で,それ以前の世代よりも不健康になるだろう」ということだった.
ヒトは様々な原因で死んでいくが,栄養状態はその最たるものだろう.
地球温暖化でも老人は死ぬ.夏の暑さは命を縮めるから.
環境汚染もじわじわと高齢者の首を絞める.
さらには,貧しくなると充分な医療が受けられなくなって,短命になる.
団塊世代は若い頃,仕事が終わると酒を飲んでカラオケで騒いで,深夜に帰宅して三時間寝てまた出勤するなんてことをしていた.私も同僚たちも健康のことなんて考えもしなかった.その報いが始まるのかも知れない.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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