竹輪麩を貶して喜ぶ人
出典不明の話 (たぶん出版時期が昭和の,古い号の「暮しの手帖」だったと思う) だが,東北地方のある農家に若いお嫁さんが来たと言う.
誰でもそうだが,自分が食べたことがあるものは作れるが,食べたことのない料理はどうやっても作れない.
そのお嫁さんは若かったし都会育ちだったので,若夫婦と義父母の夕餉にスパゲッティを作って出した.
昔なら味の濃い煮物と漬物を作って出すのが東北の農家の慣わしだろうが,もうそんな家長優先の時代ではない.
義父母は,初めて食べるスパゲッティをおいしいと言って食べたという話である.
こんなエピソードから受けた勝手なイメージに過ぎないのだが,東北地方の人々は他国の食べ物にケチを付けないような気がする.
ずっと農業を営んできた戦前生まれの高齢夫婦にとって,生まれて初めて食べたスパゲッティが口に合わなかったとしても,あからさまに貶したりはしないのではないか.
もちろんこれは東北人のイメージの話であり,実際にはどうかわからないが.
東京は,全国各地から人々が集まって来る土地柄なので,やはり他国の食べ物を貶したりはしない.
そんなことをしたら,まともな人間関係を築けない.
その対極にあるのが大阪だ.
東京に比較すると全国からの人口流入が少ないから,食べ物の「好み」の均質性が高いと思われ,関東地方や東北地方の食べ物を貶すことで周囲の人たちと軋轢を生じることが少ないのではないか.いわば大阪 (市) は大きなムラだ.
大阪はムラであるから,いわゆるコテコテの大阪人は共通語を認めない.どこにいってもその土地の言葉を覚えない.死ぬまで大阪弁以外の言葉を使わない.大阪の食べ物が日本で一番うまいと主張する (ただし京都人の前ではそう言わないw).
もちろんこれは「大阪人のイメージ」の話である.
とはいえ,実際に大阪出身である私の知人たちは普通の温厚な常識人 (共通語も使える) だが,大阪人の一部にエキセントリックに東京的な食べ物を罵る人がいることも知っている.
一昔前なら「東京のうどんは人間の食べ物ではない」「納豆は人間の食べ物ではない」と罵っていれば済んだのだが,最近はそうも行かなくなった.
実際に東京暮しをしてみるとわかるのだが,東京の勤め人たちは「東京のうどんは人間の食べ物ではない」と聞いても痛痒を感じない.
なぜなら彼らが昼飯に普段食べているのは博多うどん,讃岐うどん,稲庭うどんであり,家庭でなら水沢うどん,五島うどんなどが好まれ,大阪人が「東京のうどんは人間の食べ物ではない」と嘲っても「ですよねー」と軽くいなされてしまうからである.
納豆の場合も,東京の人たちは大阪人に「納豆は人間の食べ物ではない,犬のエサだ」と詰られても痛痒を感じない.
なぜなら日本の食文化の頂点である京都では納豆を食べる人が多い (註) し,大阪や兵庫でもかなりの量の納豆が製造販売されていることが,このネット情報時代のおかげで全国に知れ渡ってしまったからである.(註;どういうわけか,食べ物のことで京都人に説教する大阪人は見たことがないw)
というわけで,食い物のことで東京を馬鹿にしたい (食い物のことでしか東京を馬鹿にできない) 人たちは,手頃な材料を失ってしまった.
ところが最近,ネットのニュース・フィーダーやテレビ番組で,ちくわぶ (竹輪麩) の話題を何度も見かけた.
話の骨子は「ちくわぶは東京の非常にローカルな食べ物である」というもの.
食い物のことで東京を馬鹿にしたい (食い物のことでしか東京を馬鹿にできない) 人たちは,これに「良き敵ござんなれ」とばかりに喜んで飛びついた.
例えば,生命科学者の仲野徹 (大阪市旭区生まれ) 氏は HONZ《『ちくわぶの世界』を読んで悔い改めよ!喰い改めよ!》[掲載日 2020年2月4日] と DIAMOND Online《東京下町のソウルフード「ちくわぶ」は、なぜ全国区になれなかったか》[掲載日 2020年2月14日] に次のように書いている.
《おでんのちくわぶ。まずかった。いや、『ちくわぶの世界』の著者の丸山晶代さんに怒られそうなので、口にあわんかった、としておこう。なんやねん、あれは。ウルトラ巨大なマカロニか。あるいは、こねたらない超ぶっというどんを短くして真ん中に穴をあけたもんか。すまん、それはマカロニやうどんに失礼というものだろう。形は似てるかもしれんが、歯ごたえがマカロニやうどんと違いすぎる。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
また例えば脚本家の昼間たかし (岡山市生まれ) はキャリコネ《知ってた? おでんの「ちくわぶ」、関東圏以外ではマイナー 全国に広まらなかった理由は……》[掲載日 2023年11月06日 6:00]》に次のように書いている.
《こうして大正期にはよく知られる食材になっていたちくわぶは、戦後の食糧危機などを通して、腹持ちがよい食材として人気を得たようだ。ただ、真空パックが普及する以前は日持ちしなかったため、東京近郊以外には広まらなかった。
結果、ちくわぶはローカルな食材となり、地域ごとに好まれる味付けがなされることもなく、素朴におでんの汁で煮込まれるところで進化を止めた。ゆえに、全国の大半では奇妙な食材にしか見えず「おいしくない」「口に合わない」という以外に感想がないのである。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
どんな食べ物であれ,一度食べて「まずい」と思ったら二度と食べなければいいだけの話なのに,《まずかった》とか《おいしくない》とかわざわざ他人に訴えたい,同意して欲しい,という彼らの暗い情熱はどこから来るのだろう.私は東京出身ではないが,脳科学の中野先生あたりに解明して欲しいものだ.
ところで,朝ドラ《ブギウギ》を観ていたら,東京のおでん屋台が出てきた.
デイリー《「ブギウギ」東京風の真っ黒おでんにスズ子思わず「これ食べれんの?」ネットはおでん談義広がる【ネタバレ】》[掲載日 2023年11月6日 9:07] から下に引用する.
《この日の「ブギウギ」では、2人が上京し、梅丸が用意した下宿に入る。荷物を整理した2人は東京散策にでかけ、おでんの屋台に入る。
ぶっきらぼうな店主に秋山は怖がるが、スズ子は構わず屋台に入り注文するも、出てきたのは真っ黒なダイコンやがんもどき。スズ子は「うわ、真っ黒や。これ、食べれんの?」と率直に言ってしまう。店主は「なんだよ、食いたくなきゃ返せ、ばかやろう!」とまくしたてる。
スズ子たちは驚くも、おでんを食べてびっくり。思わず「おいしい!」「よう味がしみてます」と叫び、店主もニヤリ。「当たり前だろ、バカ野郎」とうれしそうに言うと、スズ子はなんでそんなに機嫌が悪いのかと質問。店主は「オレは大阪弁がでえ嫌えなんだよ!」と伝える。
がんもどきが入り、ダイコンが真っ黒な東京風のおでんに、ネットではおでん談義が広がった。「はじめて食べた東京のおでんが真っ黒でびっくり 『すじ』を頼んだら練物が出てきて2度びっくり~懐かしい」という福岡県民や、「私の地元静岡おでんも美味しいよ 東京おでんと色は同じ感じです黒い」「赤味噌で真っ茶色おでんの名古屋民な私」「ちくわぶは関東に住んでから初めて知った」などの声が上がっていた。》
《スズ子は構わず屋台に入り注文するも、出てきたのは真っ黒なダイコンやがんもどき。スズ子は「うわ、真っ黒や。これ、食べれんの?」と率直に言ってしまう》けれど《おでんを食べてびっくり。思わず「おいしい!」「よう味がしみてます」と》言う.
《これ、食べれんの?》と思っても,その土地の人が食べているものは,とりあえず食べてみるとよい.すると《思わず「おいしい!」》ということになる.それが旅先でその土地の食べ物を口にすることの楽しさだ.
しかるに,ごく一部の大阪人は「こんなものは人間の食い物ではない,イヌのエサだ」と罵る.嘲り,罵倒して人間関係を壊して自ら世間を狭くする.
上のデイリーの記事を読むと,若い人たちは名古屋の味噌おでんとか静岡の黒いおでんに要らぬ先入観がないようだ.むしろ仲野徹や昼間たかしのような料簡の狭い年輩者が始末に負えないと思われる.
見よ,大阪から出てきたばかりの秋山美月 (伊原六花/大阪狭山市生まれ) は生まれて初めてのちくわぶを何の偏見もなく食べている.(下のスクリーン・ショット)
こうでなくちゃ.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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