獣医長谷川拓哉氏の主張「ペットフードを与えると短命になる可能性」はデマである
プレジデントオンライン《「散歩=犬の運動」ではない…愛犬の健康寿命を延ばすために「えさやり」と「散歩」で知っておくべきこと》[掲載日 2023年9月30日 10:00] から下に引用する.この記事の筆者は獣医の長谷川拓哉氏である.
《ペットフードを与えると短命になる可能性
「犬と猫における長寿に関わる要因の疫学的解析」という東京農工大が発表した論文があります。
調査は長寿犬と長寿猫のグループと、5〜9歳で亡くなった犬猫のグループを対象に行われました。
その調査の「食事」の項目に注目してみると、「主にペットフード」を与えている割合は、長寿グループと若くして亡くなったグループでは大差がありませんでした。
しかし、長寿グループは「ペットフードのみ」の割合が低く、「手作り食」の割合が高かったのです。
この調査では、「ペットフードが犬の健康に悪いとは言い切れないが、手作り食のほうがよい」と結論づけています。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
《ペットフードを与えると短命になる可能性》とはまた過激な主張だ.
長谷川氏は《「犬と猫における長寿に関わる要因の疫学的解析」という東京農工大が発表した論文》(註) を根拠にしてこの主張をしているので,当該論文を読んでみた.
(註) 城戸佐登子ら (東京農工大学農学部獣医学科家畜衛生学研究室) 「原著 犬と猫における長寿に関わる要因の疫学的解析」(獣医疫学雑誌 No.277-87,2001)
まず,城戸らと獣医疫学雑誌編集委員会は,この報告を「原著論文」に区分している.
獣医疫学雑誌の投稿規定によると報告の区分は以下の通りである.下に引用する.
《獣医疫学雑誌投稿規定
(Journal of Veterinary Epidemiology, 略称 J. Vet. Epidemiol.)
(2023年3月25日改正)
機関誌「獣医疫学雑誌(Journal of Veterinary Epidemiology)」は,獣医医学分野における獣医疫学的内容を扱った未発表かつ公表予定のない原著,短報,事例報告,及び総説(以下,論文等とする),並びに解説、資料,及びトピック(以下,記事等とする)を掲載する。
原著論文:獣医疫学分野に関するオリジナルの研究及び研究結果であって, 目的と結論が明確であり, 新しい知見を有すると認められる完成度の高いもの。
短 報:獣医疫学分野に関する新たな知見を短く簡潔に報告するもの。早期に公表することが良いと判断されるもの。
事例報告:獣医疫学的内容を扱った解析事例や調査事例等を報告するもの。原著論文や短報に該当しないが, 情報的又は資料的価値があり, 公表することが良いと判断されるもの。
総 説:獣医疫学分野に関連する最近の国内外の研究内容等を総合的に取りまとめて解説したもの。》(引用文中の文字の着色は当ブログの筆者が行った)
この規定によれば,城戸らの報告は原著論文に相当しない.なぜなら,報告の結論に不備があるからである.
彼らの結論の一部を下に引用する.
《長寿に関わる要因として,食事に関わる要因が2つ抽出されたが,食事内容として,「手作り調理」を主に与えているものの,「ペットフード」を主に与えているものに対するオッズ比が高く,長寿に関わりが深いとの結果が得られた。一般的にいって,栄養のバランスのとれたペットフードを与えている方が,手作り調理よりも健康に良いように考えられるが,ドライフードの給与がFUSの発生を高める要因になっていることが報告されているように,ペットフードが特定の疾病の原因になっていることも指摘されており,また,人の食品と異なり,防腐剤などの食品添加物についても法的な規制はなく,自主的な規制に任せられているというのが実状である。したがって、現時点では,必ずしもペットフードが伴侶動物の健康にとって良いかどうかは明らかでなく,今回の研究で示された結果から考える限りは,手作り調理の方が伴侶動物の健康に良いと思われる。しかしながら,手作り調理の中にも様々な種類のものが含まれており,今後はその内容についても詳細な調査が必要であろう。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上に示した結論部分の問題点を下に指摘する.
まず,投稿規定に違反している点について.
(1)《必ずしも …… 良いかどうかは明らかでなく》
「必ずしも○○でない」は曖昧表現である.結論は曖昧であってはならない.
(2)《今回の …… 結果から考える限り 》
この「限り」は「得られた結果が正しくない」場合のために保険を掛けた表現である.二股かけるのでは,そもそも「結論」ではない.
(3)《良いと思われる。しかしながら 》
投稿規定は「結論が明確である」ことを要求している.しかるに城戸らは,結論に相応しくない「思われる」という推定を述べた上に,さらにその推定が正しくなかった時のために「しかしながら」という言い訳をしている.論文としてはまことに見苦しい.
(4)《手作り調理の中にも様々な種類のものが含まれており》
城戸らは,犬や猫の長寿に食事内容が関係しているとし,寿命に与える「手作り調理」と「ペットフード」の差を検討している.
ところが驚いたことに,彼らはアンケートに回答された「手作り調理」と「ペットフード」の内容を調べていないのである.
アンケート回答者の言い分をそのまま鵜呑みにしているのだ.これではデータにバイアスがかかり放題となってしまう.
例えば,一般的な飼い主が犬猫の栄養と健康に詳しいはずがなく,そのため栄養的に非常に問題のある餌を「手作りだから安心」と思い込んでいることがある.
事実,昭和時代には犬猫に人間と同じ食事を与えることが普通に行われており,残った冷や飯に味噌汁をぶっかけた「犬飯」とか,残り飯に削り節をふりかけた「猫まんま」という言葉があるくらいである.
現在は犬も猫も寿命が昔より長くなっているが,昔の犬猫が短命だったのは「手作り調理」の悪影響だったと信じられている.
そのため現在の動物病院の獣医は「人間の食べ物を与えないでください」と飼い主に指導しているが,無知故に犬にネギ類を食べさせて中毒死させてしまう飼い主がいるらしい.
また,○× (記号) 形式でも文字 (文章) で答える形式でも,アンケートというものには,意図的な嘘が入り込むものなのである.
例えば家庭論で著名な岩村暢子氏は,家庭でどのような食事が作られているかをアンケート調査するにあたって,回答者が虚栄心に基づく意図的な虚偽 (例えばただの「キャベツの千切り」を「野菜たっぷりのサラダ」と書くなど) を述べるのを防ぐために,作った料理の写真を回答に添付させるようにした.
このように,アンケート調査のデータが信用できるものにするためには,虚偽回答を排除するための工夫が必要なのである.
つまり城戸らは,アンケート回答者の「手作り調理」の内容が事実であるか否かを子細に点検しなければならなかった.しかるに,それを怠って事実も嘘も十把一絡げにした城戸らは,犬猫の栄養と健康について,一般人以下の知識の持ち主なのである.
城戸らは,本来は最初に「資料および方法」の項で述べるべきことなのに,後出しで《手作り調理の中にも様々な種類のものが含まれ》ていると結論の項で述べているが,それがわかっているなら,なぜ様々なものを一緒くたに論じて平然としているのか.そんなことでいいのか,東京農工大学農学部獣医学科家畜衛生学研究室.(長いな)
(5)《その内容についても詳細な調査が必要であろう》
誰がどう見ても,上記 (4) に記したように「手作り調理」の内容は調べる必要がある.従ってここは,やるべきことをしなかった自分の責任において「詳細な調査が必要であり,それは別稿で報告する」とせねばならない.「あろう」などと他人事のように書いている場合か,東京農工大学農学部獣医学科家畜衛生学研究室.(長いな)
以上,城戸らの報告の「結論」が,如何に曖昧で不明確であるかを述べた.
次にもっと根本的な問題について述べる.
城戸らは,当該報告の「資料および方法」の中で,アンケート調査で回答が得られた犬のうち10歳以上生きた個体を「長寿犬」とし,5~9歳で死亡した犬を「対照犬」とし,雑種であるかまたは純血種であるかの違い,および様々な環境因子 (例えば飼育場所,散歩のさせ方,予防接種,食事の内容など) が寿命に与える影響を検討している.
しかし城戸らは,犬の寿命に関するおそらく最大の因子である「犬種」を無視している.
アニコム損害保険株式会社のペット保険に加入した犬と猫の寿命のデータがウェブ上に公開されているが,それによると犬の場合,犬種群 (平均寿命) は以下の通りである.(出典は「White Paper on Household Animals 2021」)
超小型犬 (14.4歳)
小型犬 (14.4歳)
中型犬 (13.4歳)
大型犬 (11.5歳)
このように大型犬とそれ以下の体格の犬とでは歴然と寿命が異なる.これは昔から知られていたことであるから,なぜ城戸らがアンケート項目から「犬種」を外したのか理解に苦しむ.
余談だが,昭和の昔は大型犬は十歳前に死んだものだが,今は長く生きるようになった.それにはペット医療の進歩が影響しているだろう.それは人間の長寿命化と同じだ.
余談は横に置いて,城戸らの報告の件に戻る.
彼らの報告は,原著論文とするにはあまりにも杜撰である.そもそもアンケートの調査項目がだめだ.バイアスと虚偽回答が排除されていない.
城戸らは報告の表題を「疫学的解析」としているが,これでは疫学調査の名に値しない.「ちょっとアンケートを取ってみました」という程度のものだ.
しかも報告の「結論」に曖昧な表現を多用して,最後に《今後はその内容についても詳細な調査が必要であろう》と書いて他人事のように後始末を放棄している.誰もそんな《詳細な調査》はしてくれないぞ.
この体たらくでは,獣医疫学雑誌の投稿規定に照らせば,原著論文ではなくせいぜい「事例報告」程度の内容である.
さて,このような低水準の報告を基に,獣医の長谷川拓哉氏は《この調査では、「ペットフードが犬の健康に悪いとは言い切れないが、手作り食のほうがよい」と結論づけています》と述べている.
だが城戸らの報告を読むと,《手作り食のほうがよい》とは書いてないのである.
城戸らは「手作り調理」の定義をせずにアンケートを取ったから,「味噌汁ぶっかけ飯」も「栄養計算された良い食餌」も一緒くたの回答データになってしまった.
そしてその失敗の言い訳として《今後はその内容についても詳細な調査が必要であろう》と書いているに過ぎない.
すなわち長谷川拓哉氏は,城戸らの貧相な報告を,さらに《ペットフードを与えると短命になる可能性》と激しく歪曲して拡散したのである.
よくあることだが,記事中にもっともらしく文献名を引用していても,「誰も引用文献を実際に読んだりしないよね」とばかりに嘘を書く人がいる.長谷川拓哉氏もその一人とみえる.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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