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2023年10月22日 (日)

クロワッサン界は嘘ばかり

 シティリビングWeb《【フランス便り】フランス人ならみんな知ってる?クロワッサンの違い》[掲載日 2023年10月21日] から下に引用する.
 
クロワッサンはフランス語でCroissant=三日月という意味しており、その形状が名前の由来となっています。
 フランスで売られているクロワッサンをよく見ると、ひし形(まっすぐなもの)と三日月型の2つの形があるのをご存知でしょうか?
 パン屋さんの気分で変えているんじゃありませんよ。実は中に入っているある材料で形が決められているんです。
ある材料とは、クロワッサンの味の決め手となる、油脂です。
 ひし形はバターが、三日月はマーガリンが折込に使用されています。
 この事実を知ってからは、パン屋さんでクロワッサンの形をよく見てから買うようになりました。
 2種類置いてあるパン屋さんは稀でどちらかが並んでいます。個人的にはバターの風味の方が好きなので、こちらを選んで買っています。お店によって味が違うので、食べ比べしながらパン屋さん巡りをするのも楽しいですよ。
調べたところ、日本のパン屋さんではクロワッサンの形によるルールは適用されておらず、パン屋さんごとに形状を決めているそうです
 ぜひ、フランスに来てクロワッサンを購入する際はその形にも注目してみてくださいね!》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 上に紹介した記事の筆者はパリに留学中のMarinaさん.
 私がクロワッサンを買うパン屋さんは,藤沢駅の周辺にあるポンパドウルやリトルマーメイドなどで,三日月形のものが多い.
 駅北口にあるダイエー藤沢店の店内ベーカリーには「バタークロワッサン」というパンがあり,「バター」とことわっている.しかし形はひし形ではない.三日月を真っすぐに伸ばした形をしている.
 それ以外は三日月形でもひし形でも,単にクロワッサンと称して売られている.
 Marinaさんは《日本のパン屋さんではクロワッサンの形によるルールは適用されておらず、パン屋さんごとに形状を決めているそうです》と述べているが,上記のダイエー藤沢店の例があるから《クロワッサンの形によるルールは適用されておらず》は正しくないかも知れない.
 そこでWikipedia【クロワッサン】を調べてみたら,下の記述があった.
 
名称
 フランス語で三日月を意味し、形状が名前の由来となっている。
 ……
 フランスで作られるクロワッサンには、菱形のものと三日月形のものがある[5]。どちらの形状にするかは、使用している油脂で習慣的に決まっており、前者はバター、後者はマーガリンである。菱形のものは「クロワッサン・オ・ブール croissant au beurre(バターのクロワッサン)」と呼ばれる。フランスでは伝統的なパン屋でも三日月形と菱形を並べて売っているが、カフェなどで朝食用に置かれているものは菱形が多い。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 Marinaさんは《2種類置いてあるパン屋さんは稀でどちらかが並んでいます》と書いているが,Wikipediaは《フランスでは伝統的なパン屋でも三日月形と菱形を並べて売っている》としていて,両者の言い分が真っ向から異なっている.しかし私はおフランスには行ったことがないので,どっちが正しいかわからない.
 Wikipedia【クロワッサン】の引用文献 [5] は《“「三日月形のクロワッサン」と「まっすぐなクロワッサン」。その違いは?”. TBS (2019年10月28日). 2023年6月20日閲覧。》と記載されている.
 そこでTBSテレビ《“「三日月形のクロワッサン」と「まっすぐなクロワッサン」。その違いは?”》[掲載日 2019年10月28日] を調べてみた.
 すると,下の記述がされていた.スクリーン・ショットで引用する.
 
20231022e2
 
 上のスクリーン・ショットから下に引用する.
 
1.《最初に誕生したのは、“三日月形のクロワッサン”。1683年に、オーストリアがトルコとの戦争に勝利したことがきっかけです。
 
  これについてWikipedia【クロワッサン】には次の記述がある.
 
 《歴史
 1683年にトルコ軍の包囲を打ち破ったウィーンで、トルコの国旗の三日月になぞらえたパン、クロワッサンを焼き上げたという伝承がある (村上信夫の『おそうざいフランス料理』にも書かれている) が、これは事実に反する
 Oxford Companion to Food の編集者だったアラン・デイヴィッドソンによると、20世紀初頭のフランスの料理本にクロワッサンの調理法が現れたが、それ以前のレシピは一切発見されていないという。前記の伝承が広まったのは1938年に Larousse Gastronomique の初版本を出版したアルフレッド・ゴットシャルクによるところが大きいという。この本の中ではこの伝承に加え、1686年にオーストリアハプスブルク家がブダペストをトルコ軍から奪回した際に作られた、という伝承を紹介している。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 つまりWikipedia【クロワッサン】は,「クロワッサンはトルコに戦勝したときに生まれた」説は1938年に出版されたLarousse Gastronomiqueに登場したデマだと述べている.そうすると,Wikipedia【クロワッサン】が《フランスで作られるクロワッサンには、菱形のものと三日月形のものがある》の出典としている資料 (TBSテレビ系列番組「この差ってなんですか?」) は元々フランスで作られたデマを日本に拡散したデマであることになる.
 すなわちWikipedia【クロワッサン】の《フランスで作られるクロワッサンには、菱形のものと三日月形のものがある》は,デマ資料を典拠に書かれていることになるから,形式論理的には《フランスで作られるクロワッサンには、菱形のものと三日月形のものがある》は嘘であることになってしまう.
 しかしクロワッサンの形に二種類あることは事実だから,これはまずい.こういう論理の混乱が生じるのは,テレビ番組を出典になんか使うからだ.「Wikipediaあるある」だが,この記述箇所を編集したやつがバカ者なのである.
 そもそも百科事典が,テレビの雑学番組を記述の出典にしてどーする.もっとまともな資料を出典にせんかい,Wikipedia!
 
2.《その後、三日月形のパンは1700年代後半にオーストリア出身のマリー・アントワネットがルイ16世のもとに嫁いだときに、フランスに持ち込まれたといわれています。
 その際に、フランス語で三日月をあらわす「クロワッサン」と名付けられ、フランスじゅうに広がりました。
 三日月形のクロワッサンが広まった当時は、マーガリンが使われていました
 しかし、マーガリンよりも高級なバターを使ったクロワッサンも次第に作られるようになります。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 Wikipedia【クロワッサン】が出典に採用した資料《“「三日月形のクロワッサン」と「まっすぐなクロワッサン」。その違いは?”》(TBSテレビ系列番組「この差ってなんですか?」) は,「マリー・アントワネット (1755年11月2日 - 1793年10月16日) の時代にフランス中に広まった三日月形のクロワッサンにはマーガリンが使われていた」としている.
 だがこれは事実に反する.
 現在,私たちが「マーガリン」と呼んでいる食品は,第二次世界大戦中の米国で製造されるようになった工業製品である.
 Wikipedia【マーガリン】から下に引用する.(ここに引用した記述は他の文献に基いてウラが取れていて正しいw)
 
製品としてのマーガリンは、19世紀末に発明された。1869年にナポレオン3世が軍用と民生用のためにバターの安価な代用品を募集したところ、フランス人のイポリット・メージュ=ムーリエ(フランス語版)が牛脂に牛乳などを加え硬化したものを考案。これは、オレオマーガリン(oleomargarine)という名前がつけられ、後に省略してマーガリンと呼ばれるようになった。ムーリエの考案したマーガリンは公に採用され、その後1871年にオランダのアントニウス・ヨハネス・ユルゲンス(オランダ語版)が特許権を買収。ユルゲンスはサミュエル・ファン・デン・ベルフ(オランダ語版)と共にマーガリン・ユニ(オランダ語版)を創業し、これは現在のユニリーバに繋がっていく。
 日本へは1887年(明治20年)に初めて輸入され、1908年(明治41年)に横浜の帝国社(現在のあすか製薬の前身の一つ)によって国産化に成功している。
 19世紀末に、ニッケル触媒を用いる水素添加反応が発見され、さらにこの反応により植物油が硬化すること(硬化油)が見出された。20世紀に入るとこの硬化植物油を用いる“合成”マーガリンの製造が始められた。第二次世界大戦中のアメリカ合衆国では、牛脂の逼迫から“合成”マーガリンが本格的に製造され、戦後は「マーガリン」といえば、これを指すようになった》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 以上を簡単にまとめると,現在の私たちが食べているパンの「クロワッサン」が考案されたのは二十世紀初頭である.
 Wikipedia【クロワッサン】が出典に採用した資料《“「三日月形のクロワッサン」と「まっすぐなクロワッサン」。その違いは?”》(TBSテレビ系列番組「この差ってなんですか?」) に書かれている「マリー・アントワネット (1755年11月2日 - 1793年10月16日) の時代にフランス中に広まった三日月形のクロワッサンにはマーガリンが使われていた」は嘘である.「牛脂を原料とするマーガリン」が発明されたのはマリーアントワネットが断頭台の露と消えてから七十年余も後のことである.
 その当時の「クロワッサン」には「牛脂を原料とするマーガリン」が使われていたのは確実だが,それが「ニッケル触媒を用いる水素添加反応で製造された硬化油」を原料とする食用油脂 (Marinaさんの記事や「この差ってなんですか?」に書かれている「マーガリン」の他に「ショートニング」を使うこともある;「マーガリン」と「ショートニング」の違いは この資料 を参照のこと) に置き換えられたのがいつ頃かは,資料が無く定かでない.
 
 ウェブ上にある資料,例えば私が上で参照したWikipedia【クロワッサン】,シティリビングWeb《【フランス便り】フランス人ならみんな知ってる?クロワッサンの違い》,TBSテレビ《“「三日月形のクロワッサン」と「まっすぐなクロワッサン」。その違いは?”》[掲載日 2019年10月28日] を取り上げてみると,もう資料同士の相互矛盾と嘘ばかりが書いてある.
 食文化史というのはあまり研究者がいないのだとは思うが,誰か「クロワッサン」の歴史にまつわる混乱を何とかしてくれぬものだろうか.(ただし永山久夫を除く)
 ここで私見を申し上げれば,Wikipedia【クロワッサン】は《20世紀初頭のフランスの料理本にクロワッサンの調理法が現れた》のが最初のレシピであるとしているが,それは典拠が弱いのではないか.
 これは想像だが,料理本などを調べた結果が《20世紀初頭のフランスの料理本にクロワッサンの調理法が現れた》としても,絵画とか小説とかの資料にまで調査範囲を拡大したらどうなるだろう,という気がする.
 油脂を使用せずに小麦粉と塩とパン酵母だけで作ったパンはとてもおいしいものだが,それは庶民の日常の食べ物だ.
 バターをたっぷり使って焼き上げた「クロワッサン」は,いかにもフランスの貴族たちが好みそうな雰囲気がある.
 そのせいか,Wikipedia【クロワッサン】は《20世紀初頭のフランスの料理本にクロワッサンの調理法が現れた》説と矛盾するエピソードを,出典を示さずに示している.
 
マリー・アントワネットがフランスに嫁いだ時、デンマークのパン職人も同行し、デニッシュ・ペストリーの生地で作ったのが最初のクロワッサンだとされている。
 
 これはTBSテレビ《“「三日月形のクロワッサン」と「まっすぐなクロワッサン」。その違いは?”》[掲載日 2019年10月28日] にも書かれているのだが,このTBSテレビの記事が歴史的に間違っているのは《三日月形のクロワッサンが広まった当時は、マーガリンが使われていました》の《マーガリンが使われていました》の箇所だから,これを訂正すれば時代考証的にOKである.初期の「クロワッサン」には,マーガリンではなくバターが使われていたとすればいいのだ.
 しかし現在の「三日月形クロワッサン」はマーガリンが使われている.この事実との整合性を取る必要がある.
 そこで私が考えたのは次のような経過である.

 マリー・アントワネットがフランスに嫁いだ時,デンマークのパン職人が彼女に同行してフランス宮廷に移った.そして彼女のために,バターをたっぷり折り込んだデニッシュ・ペストリーの生地で三日月形に作ったのが最初のクロワッサンであった.
 やがてこの三日月形のクロワッサンはフランスの人々のあいだに広まった.
 しかし二十世紀の初頭にマーガリンが発明されると,クロワッサンの生地には安価で使いやすいマーガリンが使われるようになった.
 だが時代が移ると,「ホンモノ志向」や「健康志向」の流れに乗って,風味の優れたバター (発酵バターが使われることも多い) がクロワッサン生地に使われるようになった.
 こうしてリバイバルしたバター・クロワッサンは,マーガリンを使用した従来の三日月形クロワッサンとの識別のために,ひし形に成形されるようになった.
 
 以上のような推測でどうだろうか.歴史的事実と矛盾のない仮説なのだが.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


 


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