奈良の鹿問題
毎日放送《肋骨わかるほど痩せた状態…「特別柵で保護するシカ」愛護会が虐待疑惑 市が調査実施》[掲載日 2023年10月3日 16:17] から下に引用する.
《奈良公園に生息する鹿の保護活動に取り組む団体について、「エサを与えない」などの虐待が行われているとする内部通報が奈良市に寄せられていたことがわかりました。奈良市は10月3日午後に現地調査を行いました。
10月3日午後2時、奈良市保健所の職員や獣医師たちが「奈良の鹿愛護会」の保護施設に調査に入りました。
……
この特別柵では、人に危害を加えたり農作物に被害を出したりしたシカが保護されていますが、調査の発端となったのは特別柵の飼育環境をめぐる獣医師からの通報でした。
獣医師の丸子理恵さん提供の写真では、肋骨がくっきりとわかるほど痩せているシカ。ところどころ毛が薄くなっているシカの姿も確認できます。これらは特別柵で保護されているシカたち。撮影した「奈良の鹿愛護会」所属の獣医師・丸子理恵さんは次のように話しました。
(奈良の鹿愛護会 丸子理恵獣医師 10月2日)「明らかにエサが足りていないし、飼育環境も劣悪だったので」
丸子さんによりますと、愛護会が十分なエサを与えないことで、7割以上の雄のシカが飢餓状態に。年間50頭以上の雄のシカが死んでいるといいます。丸子さんはこれが虐待にあたるとして、今年9月に改善策を求める通報書を奈良市に提出しました。
(奈良の鹿愛護会 丸子理恵獣医師 10月2日)「(愛護会が)飼育環境を改善してくれたら私も通報することはなかったと思うのですが、それがもう無理だなと。見て見ぬふりはできないかなと思って通報することにしました」
一方、愛護会側は「エサの予算は確保していて不足していることはない」などとして、「虐待行為にはあたらない」と反論しています。しかし、元々は野生で暮らしていたシカで、保護の難しさは常にあるといいます。
(奈良の鹿愛護会 山崎伸幸事務局長 10月2日)「当会はシカを愛する職員の集まりでやっていますので、シカを大切に保護活動をしております。今回の問題は野生動物に対して人がどれだけ介入するかということかなと」》
奈良市に生息するシカは,事実上は農業被害をもたらす害獣でありながら,天然記念物に指定されているという矛盾を抱えている.
その状況下,奈良の鹿愛護会が管理する保護施設「鹿苑」(上の報道記事では「特別柵」) の収容されているシカが飢餓状態にあるのは,Wikipedia【奈良の鹿】にも記載されている周知の事実である.その記載から以下に引用する.
《奈良の鹿は絶えず栄養不良であったが、保護されていることで長生きするという微妙なバランスの中で生息しているのが特徴である。一般の野性鹿より体格は小さく、成獣雄鹿の体重は通常50キログラムほどであるが、奈良の鹿は30キログラム程度で体長も小さく体格も劣る。大腿骨骨髄の色の検査でも栄養不足を示している。しかし人の与える鹿せんべいはあくまでもおやつであるためそればかり食べていると栄養が偏り、他の物を給餌すれば自然の鹿のエサとは違うため体格は大きくなっても健康を害したり、味を覚えれば鹿害獣と化す可能性がある。自然のエサであるシバや草やドングリも集めるには限界があり、この問題は未解決のままとなっている。》
上の記述は,Yahooニュース《奈良の鹿は栄養失調? 鹿せんべい食えたらイイわけじゃない》[掲載日 2018年7月4日 10:35] を基にしている.同ニュース記事から一部を下に引用する.同記事の筆者は田中淳夫氏.
《時折、あばら骨が浮いたような痩せた鹿を見かけることがあるのだ。そして、よく落葉を食べている。落葉は、草食性動物にとって最後の食糧と言われるもので、通常は口にしない。ほかに食べるものがない冬などに仕方なしに食べるものだ。それを年中見かけるのは、ちょっと異常な状況である。
ちなみにナラシカの主食は、芝草である。奈良公園で育つ芝草の生産量はヘクタールあたり年間2895キログラムとされ、芝生の面積から導かれるナラシカの生息可能数は780頭だった。現在の生息数はそれを500頭近く上回るのだから、芝草以外の草木の量を含めても、餌は慢性的に不足していたのだ。
そのためか、これまで鹿は食べないとされたアセビやナンキンハゼ、あるいはシダ植物まで食べる姿も目撃されている。
一方で、寿命は比較的長い。平均寿命は20年に達する。これは野生ではあまりない状態だ。飢えているのに長生き……不思議な状況がナラシカの世界に起きているのである。》
奈良公園のシカが飢餓状態にあることについては調査研究がある.鳥居春己・高野彩子 (奈良教育大学附属自然環境教育センター)《大腿骨骨髄による奈良公園シカの栄養診断》[奈良教育大学附属自然環境教育センター紀要,Feb. 28, 2009] から下に引用する.
《奈良公園とその周辺地域で死亡したシカは(財)奈良の鹿愛護会により回収され、獣医師により死因が調べられている。それらのうち、2002年9月から2004年5月の間に死亡した147頭の個体から腎臓、腎臓周囲の脂肪、大腿骨を採取した。》
《以上のことから、奈良公園の(I)と(n)は貧栄養状態とみなすことができる。また、 (I)と(Ⅱ)は9月から5月にわたって確認されているが、 10-12月が全体の60%に達しており、奈良公園では貧栄養状態の個体が普通に棲息していることを示している。これらは、奈良公園のシカは長期間にわたり保護されてきたことの成果とみられる。外敵や移動などのストレスから開放されていること、人に給餌されることなどから、野生個体と比べてはるかに低い栄養状態でも生きていられるものと考える。この貧栄養状態の原因は過密による餌量の不足である可能性が高いと考えるが、寄生虫など他の原因も考慮する必要があろう。》
上に示したように,奈良公園を中心とする奈良市内のシカは餌不足で慢性的な飢餓状態にあるが,それでも野生のシカよりも十年近く長生きする.
逆説的な言い方をすれば,飢餓状態に置くことでようやく奈良公園のシカは爆発的な繁殖を抑制されている.
さて,2023年の調査によれば奈良公園に生息するシカの総数は1,233頭である.近年の死亡頭数と原因は以下の通り.(出典は奈良の鹿愛護会「奈良公園の鹿生息頭数調査」)
年度 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023
------------------------------------------------------------------
交通事故 48 53 56 57 29 34 49 59 27 35
疾病 87 71 73 81 81 87 102 80 49 59
野犬 2 0 1 0 0 0 13 0 0 0
密殺 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0
その他 77 45 60 76 78 58 144 129 54 50
------------------------------------------------------------------
合計 214 169 190 214 188 179 308 269 130 144
これとは別に奈良県は,奈良公園から南に離れて位置する「鹿苑」(奈良県所有の施設) に約340頭を保護収容している.このうち公園周辺で農作物を荒らすなどしていたシカ約240頭は「特別柵」に収容され一般公開されていない.「鹿苑」は奈良の鹿愛護会が管理している.
さて報道によれば,丸子理恵獣医師は「奈良の鹿愛護会が特別柵のシカを虐待し,その結果,年間50頭以上の雄シカが死んでいる」という内部告発をしたのであるが,そこで奈良公園のシカと「鹿苑」のシカの死亡状況を対比してみる.丸子獣医師は特別柵のシカが飢餓状態にあると述べているが,それは奈良公園のシカも同じであるからだ.
奈良公園のシカの死亡頭数から「交通事故+野犬+密殺」を除いた「疾病+その他」は以下の通り.
年度 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023
------------------------------------------------------------------
疾病 87 71 73 81 81 87 102 80 49 59
その他 77 45 60 76 78 58 144 129 54 50
------------------------------------------------------------------
合計 164 116 133 157 159 145 246 209 103 109
奈良公園における生息数は以下の通り.(出典は上記の奈良の鹿愛護会による調査)
年度 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023
------------------------------------------------------------------------
生息数 1094 1076 1191 1180 1226 1360 1388 1286 1105 1182 1233
「当該年度の死亡数/前年度の生息数」を死亡率とすると,結果は以下の通り.
年度 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023
------------------------------------------------------------------------
死亡数 164 116 133 157 159 145 246 209 103 109
前年生息数 1094 1076 1191 1180 1226 1360 1388 1286 1105 1182
死亡率(%) 15 11 11 13 13 11 18 16 9 9
この表から過去十年間の死亡率平均を求めると13%である.
特別柵の過去のデータがないのだが,丸子獣医師は年間に50頭以上が死んでいると述べているので,2023年度は 50/248=0.20 すなわち20%である.
確かに特別柵に収容されているシカの死亡率 (20%) は奈良公園のシカの十年平均死亡率 (13%) よりも高い.
しかしこの程度の差は,特別柵に収容されているシカの死亡率の過去のデータがないと統計的な取り扱いができない.このままでは有意な差かどうかは判別しにくい微妙なところである.
丸子獣医師はこの差を奈良の鹿愛護会による虐待 (給餌制限) の結果であるとし,奈良の鹿愛護会は「移動制限によるストレス」によるものだとしているわけだ.
虐待か否かの判定に必要なデータとしては,(1) 特別柵に収容されているシカの過去の死亡率推移,(2) 死亡したシカの死亡時の年齢,(3) 栄養状態のデータ,などがある.
それらを精査して奈良県当局は判断するだろうが,奈良の鹿愛護会が意図的な虐待を行っていたとは私には思われない.
愛護会は,農業被害を起こして捕獲されて特別柵に収容したシカを,奈良公園のシカよりも餌をたくさん与えて優遇するのを躊躇したのではないかと想像する.
もし丸子獣医師の見解のように,特別柵のシカに充分な給餌をして死亡率を下げたら,特別柵はパンクするに違いない.
現状の奈良県当局の施策では農業被害はなくならないから,特別柵に収容されるシカは増加する一方だからである.
すなわち特別柵のシカは,奈良公園のシカと同程度の飢餓状態におくことで,バランスを保っているのではないか.
丸子獣医師の告発を受けて山下奈良県知事は《管理許可の取り消しも含め、今月中に調査結果を報告する》と述べたとされる (読売新聞ほか) が,ことはそう簡単ではないだろう.
第一,ワルモノにされた奈良の鹿愛護会が奈良のシカに対する関与をやめたら,奈良県はどうするのか.
くさいものに蓋をするかの如くして,農業害獣を天然記念物として観光資源に利用してきた奈良県の責任はどうなるのか.(奈良の鹿の問題についてはWikipedia【奈良の鹿】に説明がある)
丸子獣医師はパンドラの箱を開けてしまったのである.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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