団塊世代が死ぬことで年金制度は守られる
集英社オンライン《2040年代前半に厚生年金は破綻する…単年度の赤字が10兆円超え、積立金が枯渇! 支給開始年齢の引き上げは急務というが…》[掲載日 2023年10月11日] から下に引用する.この記事の筆者は野口悠紀雄先生 (一橋大学名誉教授) である.
《まず支給開始年齢が65歳のままであり、物価上昇率も実質賃金上昇率もゼロであるような経済を考える。
すると、給付は2020年度の48.1兆円から始まり、65歳以上人口の増加に伴って増加し、2040年度には2020年度の約1.083倍である52.1兆円となる。
他方で、経常収入の約3分の2は保険料だ(正確な比率は、2020年度で、32.0÷47.2=0.678)。これは、15〜64歳人口の減少に伴って、2020年度から2040年度にかけて、0.807倍に減少する。
経常収入の残りは国庫支出金などで、これは、65歳以上人口の増加に従って増加すると考えると、2020年度から2040年度にかけて1.083倍に増加する。
したがって、経常収入全体としては、2020年度の47.2兆円から2040年度までの間に0.678×0.807+ 0.322×1.083=0.896倍になって、42.3兆円となる。
国庫支出金を含めても、なお厚生年金の経常収入は、20年後には1割以上減少するのだ。
*2040年代前半に厚生年金の積立金が枯渇する
2020年度においては、厚生年金の経常収支はほぼ均衡している。しかし、その後は赤字が拡大する。赤字額の累計は、2040年度までだと、約100兆円だ。
これを積立金の取り崩しによって賄うとしよう(実際には、積立金の運用益を考慮する必要があるが、それについては後述する。ここでは、運用益がない場合を想定する)。
*積立金の運用収益に頼ることはできない
年金会計の収入としては、以上で考えた経常収入のほかに、積立金の運用収入がある。
運用収入がどの程度の額になるかは、経済情勢によって大きく変動する。2020年においては、35.7兆円という巨額の運用益が発生した(収益率では24.0%)。
しかし、収益率がマイナスになった年もある。2022年においては、四半期連続で赤字となった。
2001年度から2021年度の間の平均運用利回りは3.7%だ(GPIF、「年金積立金の運用目標」による)。
現在の積立金が約150兆円であるから、積立金の額が不変であるとすれば、年間で5.5兆円程度の収入を期待できることになる。
しかし、2030年代の後半には、経常収支の赤字が6兆円を超える。そうなると、積立金の取り崩しが必要になり、残高が減少し始める。すると、運用収益も減少する。こうして、積立金の残高が急速に減少するという悪循環が始まる。
したがって、運用益を考慮したとしても、先に述べた収支見通しに大きな違いはないだろう。破綻時点が若干後にずれることはあるだろうが、大勢に影響はないと考えられる。
しかも、運用収益がどうなるかは、将来の経済情勢に依存する。だから、運用収益をあてにすることはできない。経常収支についてのバランスを実現することが重要だ。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上に引用した野口先生の説の要点は,文字色を変えた箇所である.
この集英社オンラインの記事のタイトルには《単年度の赤字が10兆円超え》と書かれているが,記事本文には《2030年代の後半には、経常収支の赤字が6兆円を超える》と書いてあるだけだ.どこからこの《単年度の赤字が10兆円超え》が出てきたのか.
実は,この《単年度の赤字が10兆円超え》は読者をミスリードするためのトリックなのである.
なぜなら記事本文には《2030年代の後半には、経常収支の赤字が6兆円を超え》ると《積立金の取り崩しが必要になり、残高が減少し始める。すると、運用収益も減少する。こうして、積立金の残高が急速に減少するという悪循環が始まる》とあるだけで,それが《単年度の赤字が10兆円》を超えるという計算は示されていないのだ.
読者をミスリードするトリックはもう一つある.上の記事では,誰でも知っている重要なファクターが隠されているのだ.
それは,2030年代の後半から,いわゆる団塊の世代が大量に世を去り始めるということだ.
下表は厚労省資料「令和4年簡易生命表の概況 主な年齢の平均余命」である.

令和五年現在,団塊の世代は七十四歳 (早生まれは七十三歳) ~七十八歳である.
上表は令和四年のものであるが,団塊の世代の最年長の男はあと十年後,女性は十三年後あたりから,バタバタとあの世に旅立って行くことがこの平均余命表からわかる.
つまりあと十二年後の2035年をピークとして,急激に高齢者人口が減り始めるのだ.
これに対して,現役世代 (年金保険料を払う世代) の一部が年金支給開始年齢に達することによってもたらされる年金生活者の増加は,それ以下である.
このことは,下に掲載する人口ピラミッド (2020年時点) から容易に理解できる.(出典:統計ダッシュボード;人口ピラミッド)

(この資料は統計ダッシュボードのAPI機能を使用していますが,サービスの内容は国によって保証されたものではありません)
上のグラフの「75~79歳」以上の人口構成から明らかだが,今から十年後には団塊の世代は急激に死んで行く.
同時にその十年間,年金保険料を負担する人口はなだらかな減少をする.
そのため,団塊の世代が年金給付を受けることで悪化した年金経常収支は,団塊の世代がこの世を去るに従い改善する.このことは経済評論家の加谷珪一氏も指摘している.
野口先生は2040年代前半に年金積立金は枯渇すると指摘するが,その予測は外れる.
なぜか.
野口先生の論理は人口動態を無視しているからである.
その結果,「人生百年時代に,このままでは年金積立金が枯渇するから年金支給開始年齢を上方修正する必要がある」という政府の主張と同じことになっている.
「人生百年」という嘘を持ち出さないのはいいが,その分,論理が雑になっているのが残念である.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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