先日 (10/10) 掲載した記事《獣医長谷川拓哉氏の主張「ペットフードを与えると短命になる可能性」はデマである》の中で,城戸佐登子ら (東京農工大学農学部獣医学科家畜衛生学研究室) の報告「原著 犬と猫における長寿に関わる要因の疫学的解析」(獣医疫学雑誌 No.277-87,2001) を,杜撰な内容である批判した.
その城戸らの報告の中に次の記述がある.
《犬猫とも牛乳の給与が長寿に深い関わりのあることが示されたが,牛乳は良質なタンパク質やカルシウムをはじめ,動物に必要なほとんどすべてのミネラル,ビタミン類を含んだ栄養的に優れた食品である。牛乳の成分のうち,豊富に含まれるカロチン,ラクトフェリンなどは抗腫瘍効果,老化防止効果,免疫賦活作用などを持つことが報告されており,健康増進,しいては (原文ママw) 長寿との関わりも深いと考えられる。また,人においてもヨー グルト,ケフィールなどの乳製品の摂取が健康によく,長寿と関係深いことが指摘されており,今後の牛乳給与と長寿とのさらなる調査研究が期待される。》
城戸らが得たアンケートの結果では,犬猫に牛乳を与えている飼い主がかなり多い.
そのアンケート結果を受けて城戸らは《犬猫とも牛乳の給与が長寿に深い関わりのあることが示された》と書いているのだが,これは私たち犬猫の飼い主の常識に反している.
イヌやネコの乳糖不耐性に関する統計的研究は見当たらないが,ヒトよりも多いのではないかと考えられている.
ウェブを検索すると,小型犬で一日に10cc,大型犬でも15ccが与える場合の目安だとしている獣医が多い.
これはイヌにしてみると量的に嗜好品のレベルであり,栄養を云々するようなものではない.すなわち栄養的には牛乳を与える必要は全くなく,他の食材や市販ペッフードで充分なのである.
むしろ水のような量の牛乳を与えてしまって下痢を起こさせると,幼犬や幼猫の場合は成長に悪い影響を与える.
昔からこれは常識だったのであるからして,城戸らは実際に犬猫を飼った経験があるか疑わしい.それが彼らの報告の質を下げている.
現在は,どうしても飼い犬や飼い猫にミルクを飲ませたくて我慢ができないという飼い主のために,乳糖含有量を下げた紙パック入りの「犬用ミルク」「猫用ミルク」が市販されている.道端で保護した飢餓状態の幼犬や幼猫に固形のフードをいきなり与えると,食べ過ぎて消化器に負担がかかるので,「犬用ミルク」「猫用ミルク」はそのような緊急時には役に立つ.
しかし,栄養学の研究者が「人間にとって牛乳を飲むことが長寿に深い関わりのあることが示された」と主張したら笑い者になること間違いない.
牛乳が栄養的に優れた食品であることは疑いないが,それがヒトの寿命に影響するほどの栄養機能を持っていると考えている研究者はこの国に一人もいない.
それと同じで《犬猫とも牛乳の給与が長寿に深い関わりのあることが示された》との結果がアンケート結果から得られたとすれば,それはそのアンケートが信用できないものであることを示しているのである.
もう一つ.城戸らは《人においてもヨー グルト,ケフィールなどの乳製品の摂取が健康によく,長寿と関係深いことが指摘されており》と書いているが,これは事実でない.
明治ブルガリア・ヨーグルトの発売 (1973年) 当時,テレビCМで「ブルガリアの長寿村」が同社の宣伝材料に使われたが,これはロシアのイリヤ・メチニコフ [1845年5月15日-1916年7月15日 (71歳没)] が唱えた「ブルガリアのヨーグルトは長寿に有効である」という仮説に基づいていた.この仮説に関する資料を以下に列挙し,引用した資料に [当ブログ筆者による註] を示す.
1. Wikipedia【イリヤ・メチニコフ】から下に引用する.
《晩年には老化の原因に関する研究から、大腸内の細菌が作り出す腐敗物質こそが老化の原因であるとする自家中毒説を提唱した。ブルガリア旅行中の見聞からヨーグルトが長寿に有用であるという説を唱え、ヨーロッパにヨーグルトが普及するきっかけを作ったことでも知られる(ブルガリアのヨーグルトも参照)。自身もヨーグルトを大量に摂取し、大腸を乳酸菌で満たして老化の原因である大腸菌を駆逐しようと努めた。》
《論争
……彼は死の寸前に、ヨーグルトを食べたことの結果が自分の体にどのように現れたかを調べるよう、友人に依頼したといわれる。「腸のあたりだと思うんだ」が最後の言葉であったと伝えられる。現在ではヨーグルトを経口で摂取しても、胃において乳酸菌は、ほとんど死滅し、腸には到達しないことが判明している(ただし死滅した加熱死菌体も疾病予防効果などの健康上の効果が存在する可能性は残されている)。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
[当ブログの筆者による註]
1. イリヤ・メチニコフは《ヨーグルトを大量に摂取し、大腸を乳酸菌で満たして老化の原因である大腸菌を駆逐しようと努めた》が,残念なことに長生きすることができず,自分が立てた仮説を実証することはできなかった.
2. 《現在ではヨーグルトを経口で摂取しても、胃において乳酸菌は、ほとんど死滅し、腸には到達しないことが判明している》ため,企業レベルの乳酸菌利用研究はおよそ二つの商品開発方向に分かれているようにみえる.
一つは,《ヨーグルトを経口で摂取しても、胃において乳酸菌は、ほとんど死滅》しても,全滅するのでないなら無意味ではないとする立場であり,「なんと500億個の乳酸菌を配合しましたっ!」などと宣伝する某青汁がこれである.
もう一つは,胃酸に抵抗する菌株の選抜である.《100倍胃酸に強いBE80菌配合》を謳うダノンビオはその商品説明サイトで,胃酸抵抗性について《当社従来品比。第三者機関において胃の環境を模した実験器具を用いて、BE80菌と当社のブルガリカス菌との胃液殺菌力に対する生存比較試験の結果》としている.
2. Wikipedia【ブルガリアのヨーグルト】から下に引用する.
《健康との関係
20世紀初頭にイリヤ・メチニコフが「ブルガリアのスモーリャン地方には長寿の人間が多く、その要因としてヨーグルトがある」という説を提唱した。同地方の当時の戸籍で100歳超の割合が人口10万人あたり30人以上とされていたこと、メチニコフの所属するパスツール研究所で腸内のビフィズス菌や乳酸菌が研究されていたことが背景にあったとされる。なお、20世紀後半以降の統計では、ブルガリア人の平均寿命が長いという結果はない。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
[当ブログの筆者による註]
明治ブルガリアヨーグルトが日本で普及した頃,《ブルガリアのスモーリャン地方には長寿の人間が多く、その要因としてヨーグルトがある》というメチニコフ説に対する疑問が呈された.
上の引用に《同地方の当時の戸籍》とあるのがそれで,スモーリャン地方の「長寿村」では年齢が自己申告である (であった) という説が出てきた.例えば100歳だという長寿者が,よく調べたら実は80歳だった,というような話である.ただしウェブ上で「スモーリャン地方の戸籍制度」を検索したのだが,スモーリャン地方にきちんとした戸籍制度が実在したかは不明である.私の記憶ではそうだったと言うにとどめる.
3. 藤田泰仁 (農林水産省草地試験場)「ブルガリア - 人と風土と酪農と-」(Japanese Journal of Lactic Acid Bacteria Vol.12,No.1) から下に引用する.
《ヨーグルトとチーズ
ワインとバラ,そしてヨーグルトの国として有名なブルガリアは,バルカン半島の中央に位置し,東西文明の交流点となっている。ヨーグルトは健康とおいしさを兼ね備えた食品と認められ,日本でも年間約5Kgと消費が増えてきているが,ブルガリアはその10倍ものヨーグルトを消費する世界No.1の国である。ノーベル生理。医学賞受賞者,ロシア人メチニコフは,20世紀初頭にヨーグルト不老長寿説によって世界的にこの食品とブルガリアを広めることになった。ブルガリアのスモーリャン地方を旅行していた彼は,この地方の人々が長寿者であることを偶然発見したとされる。当時の戸籍の正確さには問題が残されるとしても,スモー一リャン地方では,人口10万人当り100歳を越える人が30人以上といわれていた。その当時メチニコフの所属していたパスツール研究所などでは,腸内からの乳酸菌やビフィズス菌の発見があり,それらの整腸作用つまりプロバイオティックスの先駆け的な認識もあったようである。
ブルガリア人が一般的に長寿であるかといえば,現在の平均寿命は男性67歳,女性74歳で日本にはるかに及ばない。1966年に心臓が原因で死亡したものは7.5万人で,これは死亡原因の64%を占めている。バランスの悪い食生活,喫煙,飲酒,食塩の過剰摂取等が主な心臓疾患の原因と考えられている。社会主義政策化で,環境を無視した重工業化が原因の汚染も無視できないとする意見も少なくない。スモーリャン地方などの長寿で知られる山岳地方では今でも100歳を超える元気な老人も多いようだが,健康のためにはヨーグルトだけではなくバランスの取れた生活が必要であるようだ。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
[当ブログの筆者による註]
《当時の戸籍の正確さには問題が残される》は,上の 2. に私が書いたのと同じことを指している.
《ブルガリア人が一般的に長寿であるかといえば,現在の平均寿命は男性67歳,女性74歳で日本にはるかに及ばない》に関しては,WHOが2020年に発表したデータによるとブルガリアの平均余命は,男性 71.6,女性 78.6,男女合算の平均余命は 75.1であるから,藤田の記述 (2001年) よりもかなり伸びている.が,日本人に遠く及ばないのは同じである.
このWHOの資料によると,死因のトップは現在も冠動脈疾患であり (38.9%),藤田の指摘《バランスの悪い食生活,喫煙,飲酒,食塩の過剰摂取等が主な心臓疾患の原因と考えられている》よりも多少改善しているが大同小異である.
スモーリャン地方における高齢者の健康の現状は誰も調査していないようだ (データが見当たらない) が,ブルガリア人全体については,ヨーグルトの多食は食生活の改善に寄与していないといえる.(OECDの資料によると,一人当たりの年間ヨーグルト摂取量はブルガリアが世界一位で32kg.日本は5kg)
要は,藤田が二十年以上も前に述べているように《健康のためにはヨーグルトだけではなくバランスの取れた生活が必要》だろう.
ここでいう《バランスの取れた》食事の意味は曖昧だが,栄養素の摂取比率などの数字ではなく「色々なものを食べる」ということだ.
その点で日本は非常に恵まれている.全国どこに住んでいても,食材物流網が発達しているから,多岐にわたる食材が入手できる.
健康的な日本食も食べられるし,不健康なジャンクフードでも食べたければ食べることができる.
このような食事の多様性が,健康上のリスクを分散してくれているというのが,現在の日本人の状況だ.
4. 明治ブルガリアヨーグルト倶楽部《ブルガリア共和国【ヨーグルトの故郷】》

[当ブログの筆者による註]
発売当初は「長寿村」を消費者に訴求していたが,現在は「事実」から一歩引いて「伝説」としている.(← タイトルの《長寿伝説の街》)
《この地方には、80歳以上の老人が多く、100歳以上の人も少なくありません》は「ブルガリアの一地方としては長寿者が多い」と解釈していいのだろう.
日本では,例えば《美しい景観》の自然に恵まれた地方に行けば,全国に《80歳以上の老人が多く、100歳以上の人も少なく》ない村があちこちにある.もう「スモーリャン地方=長寿」という伝説は昔のことのようだ.
ちなみに,明治ブルガリアヨーグルトは,旧明治乳業の製品だったが,現在は株式会社明治が継承している.株式会社明治は明治ホールディングスの完全子会社である.
その明治ホールディングスの方向性を,同社のサイトから下に引用する.
5. 明治ホールディングス《乳酸菌で健康長寿は実現するか》[掲載日 2022年4月]
《明治グループとパスツール研究所の共同研究によって、乳酸菌LB81と腸管バリアとの間に明確な関連性があることが判明しました。腸管バリアとは、体内に入ってきた微生物に対する生体防御の要で、物理的な壁となる上皮層と、その両側にある分子や免疫細胞の配列が有害な侵入物を防いでいます。加齢やストレス、食生活の乱れなどでこの腸管バリアは弱くなるため、多くの病気のリスクファクターになると考えられています。
LB81は、この腸管バリアの機能を強化する抗菌ペプチドの産生を増加させることが分かりました(研究結果はこちら別ウィンドウで開きます)。これは、バリア機能の低下を防ぎ、食べ物や飲み物に含まれる有害な微生物が腸から体内に侵入するのを防ぐことを意味します。そのため、生活習慣による機能低下だけでなく、これまで避けられないと考えられてきた、加齢による機能低下も回避できます。もちろんLB81は永遠の命を与えてくれるわけではありませんが、加齢に伴う病気のリスクを軽減してくれると考えられます。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
[当ブログの筆者による註]
一昔前は,乳酸菌の機能は「善玉菌・悪玉菌」「腸内フローラ」とか「腸活」などという漠然とした観念で括られるのが常だったが,乳酸菌LB81は,腸管バリアを強化する生体防御との関連で具体的に語られるようになったのである.
すなわち腸管バリアが強化されることにより加齢に伴う病気のリスクが軽減され,ひいては健康寿命の延長に繋がるだろうというわけだ.
そこで,今市場に出ている乳酸菌製品について,菌株とその機能の具体的な訴求ポイントを調べてみる.
6. 株式会社明治「明治プロピオヨーグルトR-1」
同社の商品説明サイト「R-1のここがすごい! 01~03」に解説が掲載されている.使用菌株は 1073R-1 である.
「R-1のここがすごい! 01」を,下にスクリーンショットで引用する.

テレビCМで頻繁に放送される「明治プロピオヨーグルトR-1」の宣伝文句は「強さひきだす乳酸菌」である.
「強さひきだす」という言葉を聞くと消費者は,R-1は「体の強さ」を引き出してくれる乳酸菌製品なんだ!と思うに違いない.
ところが,R-1が引き出してくれる「強さ」とは《健やかな生活を送りたいという前向きな想い》のことだった.
乳酸菌LB81のように腸管バリアなどと難しいことは言わない.乳酸菌1073R-1は「健康になりたい」という気力を奮い立たせてくれるというのである.
フィジカルからメンタルへ,あっと驚く乳酸菌コンセプトの 崩壊 転換だ.よかったよかった.
ちなみに,「R-1のここがすごい! 02」は「乳酸菌1073R-1はパスツール研究所と共同研究している菌である」だ.完全に 他人の褌で相撲を
「R-1のここがすごい! 03」は《国内ドリンクヨーグルト売上No.1》である.
「R-1のここがすごい! 04」は《R-1乳酸菌が発見されたのは1970年代。…… そして2009年12月1日、「明治ヨーグルトR-1」は発売を迎えました。40年を超える研究が、今なお続いているのです》だ.四十年を超える研究を続けて,遂に「健康は気力の問題だ!」という地点に到達したのである.
私は還暦を過ぎてから新発売の「明治ヨーグルトR-1」を毎日飲むようになり,もう十年余が経った.おかげさまで,ドライアイと前立腺肥大と変形性膝関節症と脚のムクミとかでヨロヨロだが,気力だけは衰えぬ.よかったよかった.
7. 株式会社明治「明治プロピオヨーグルトLG-21」
この製品は機能性表示食品であり,使用菌株は Lactobacillus gasseri OLL2716 (LG21乳酸菌) である.
同社の商品説明サイト「LG21乳酸菌が、一時的な胃の負担をやわらげる」に解説が掲載されている.その解説から下に引用する.
《LG21乳酸菌は、胃に着目して選び抜かれた乳酸菌で、長年にわたる地道な研究を積み重ね、たどり着きました。LG21乳酸菌は一時的な胃の負担をやわらげる機能が報告されています。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
《一時的な胃の負担をやわらげる》とはどういうことか.
私たちが食事して胃に送り込んだ内容物は,
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