女性わずか16人で人類の『復活の日』はあるか
NHK《アナザーストーリーズ 運命の分岐点 『復活の日』の衝撃 〜コロナ“予言の書”〜》を視聴した.
番組宣伝サイトの紹介文は以下の通り.
《『復活の日』の衝撃 〜コロナ“予言の書”〜
初回放送日: 2023年9月1日
新型コロナウイルスの猛威を半世紀以上前に予見した小説があった!小松左京の「復活の日」。人を死に至らしめる未知のウイルスが世界中にまん延し、人類が滅亡の危機に立たされるという、科学的知識に裏打ちされたSF作品だ。小松はなぜここまでリアルに起こりうる危機を予見することができたのか?そして、現実がその小説世界を後追いしたとき、彼はどうしたのか?原点となる戦争体験、絶望の中に見た未来への希望を解き明かす。
東京放送局の再放送は9月5日 (火) 午後11:55 〜 午前0:40》
私が小松左京『復活の日』を読んだのは,大学に入って上京した春だった.受験勉強が終わって,読書に費やす時間が一気に増えたから,手当たり次第にSFを読み漁ったのであったが,その最初の長編作品だったからよく覚えている.
さて昨日の放送を視聴した限り,《アナザーストーリーズ》の取材に応じた科学者も作家も,異口同音に『復活の日』を絶賛していたが,私には違和感が残った.違和感とはこの作品の「後味の悪さ」であるが,その説明のためにWikipedia【復活の日】から粗筋の一部を下に引用する.
《生き残ったのは、南極大陸に滞在していた各国の観測隊員約1万人と、海中を航行していたために感染をまぬがれた原子力潜水艦[注 4]のネーレイド号(アメリカ海軍)、そしてT-232号(ソ連海軍)の乗組員たちだけであった。過酷な極寒の世界がウイルスの活動を妨げ、そこに暮らす人々を護っていたのである。南極の人々は国家の壁を越えて結成した「南極連邦委員会」のもとで再建の道を模索し、種の存続のために女性隊員16名による妊娠・出産を義務化したほか、アマチュア無線で傍受した医学者の遺言からウイルスの正体を学び、ワクチンの研究を開始する。
4年後、日本観測隊の地質学者の吉住(よしずみ)は、旧アメリカアラスカ地域への巨大地震の襲来を予測する。その地震をホワイトハウスに備わるARS(自動報復装置)が敵国の核攻撃と誤認すると、旧ソ連全土を核弾頭内蔵ICBMが爆撃することや、それを受けた旧ソ連のARSも作動し南極も爆撃される公算の高いことが判明する。吉住とカーター少佐はARSを停止するための決死隊としてワシントンへ向かい、ホワイトハウス地下の大統領危機管理センターへ侵入するが、到着寸前に地震が発生したためにARSを停止できず、その報復合戦で世界は2回目の死を迎える。しかし、幸いにも南極はソ連の攻撃対象とされておらず、中性子爆弾の爆発によってMM-88から無害な変種が生まれ、皮肉にも南極の人々を救う結果となる。
6年後、南極の人々は南米大陸南端への上陸を開始し、小さな集落を構えて北上の機会を待っていた。そこに、服が千切れて髪や髭はボサボサという、衰弱した放浪者が現れる。それは、ワシントンから生き延びて徒歩で大陸縦断を敢行してきた吉住だった。核弾頭ミサイルによる放射線照射を脳に受けたことで精神を病みながらも仲間のもとへ帰ろうとする一念で生還した吉住を、人々は歓呼で迎える。被災地に多くの文明の遺産が残っているおかげで、人類社会の再生は原始時代からのやり直しよりも遥かに迅速なものとなるという希望に満ちた見通しとともに、物語の幕は下りる。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログ筆者が行った)
体外受精が最初に成功したのは1978年である.『復活の日』の書き下ろし出版は1964年のことだ.
『復活の日』出版当時,ヒトの体外受精を題材にしたSF小説はなかったのではないか.少なくとも当時の日本のSF小説にはなかった.
ヒトの胚を人工子宮で育てるというSFアイデアが生まれたのは,もっとあとのことだと思う.
それ故,日本文学における知の巨人たる小松左京の作品といえども《種の存続のために女性隊員16名による妊娠・出産》とは有体に言えば,大義名分のある集団レイプに過ぎないという事実を免れ得なかった.
従って『復活の日』を読み終えた当時十八歳の私は,このSF作品に何とも言えない後味の悪さを感じたのであった.私だけでなく,かつてそのことを指摘した批評があったように思う.
そして青年時代の私はともかく,現代女性の多くはきっと《種の存続のために女性隊員16名による妊娠・出産》という小松左京のSFアイデアを拒否するものと思われる.
もう一つ.
女性を生殖奴隷化した《女性隊員16名による妊娠・出産》によって生まれてきたわずか二百人から三百人ほどのヒトで人類が復活できるかという問題がある.
個体数が少ないために遺伝子の多様性を確保できなかった生物はほぼ絶滅するのである.(Wikipedia【ボトルネック効果】参照)
『復活の日』が発表された当時,概念として「遺伝子の多様性」も「絶滅危惧種」も存在しなかった.
もし今誰かが『復活の日』の書き直しをするとすれば,パンデミックと核戦争を経て南極に生き残った人々は,極端に女性が少ないためにほぼ間違いなく絶滅危惧種となって滅ぶというストーリーが妥当であると思われる.
すなわち《人類社会の再生は原始時代からのやり直しよりも遥かに迅速なものとなるという希望に満ちた見通しとともに、物語の幕は下りる》というストーリーは,現代では物語として受け入れがたい.
あるいは《希望に満ちた見通し》を小説のエンディングとするためには,そもそも《女性隊員16名》という小説上の設定を,例えば「女性隊員数千人」などと科学的かつジェンダーフリーに変更する必要があると私は考える.そうでなければ『復活の日』には文学的にも科学的にもリアリティはない.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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