新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの同時流行はないと中山特任教授は主張した
現在,新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの同時流行が起きている.
昨日のNHK《おはよう日本》とTBS系《ゴゴスマ》がこれを報道したが,同日の《情報ライブ ミヤネ屋》で宮根誠司は《ちょっとコロナも落ち着きましたし》と述べて笑い者になった.
《情報ライブ ミヤネ屋》は,英国王室のスキャンダルは詳しく報道するが,新型コロナには無関心のようだ.
日本のコロナ禍の初期,新型コロナウイルスの感染拡大が激しくなると,インフルエンザの流行が見られなくなった.
このことに関して,朝日新聞デジタル《コロナでインフル患者激減「同時流行はない」三つの理由》[掲載日 2020年11月23日 10:00] から下に引用する.
《今冬は、新型コロナとインフルエンザが同時流行するのではと言われてきた。だが新型コロナ患者は急増している一方で、インフルの患者数は過去3年の平均の100分の1未満にとどまる。なぜこんなに少ないのか。専門家は「三つの理由」を挙げる。
・ウイルスが干渉しあう?
厚生労働省によると、全国約5千カ所の定点医療機関から報告された11月2~8日のインフル患者数は24人。一つの医療機関の1週間あたりの患者数を示す、定点当たり報告数は0・01を下回り、流行入りの目安とされる1にはほど遠い。過去3年と比べると今年は圧倒的に少ない=グラフ。
「同時流行はないと思っています」。そう話すのは、北里大の中山哲夫特任教授(ウイルス感染制御学)だ。その理由の一つとして挙げるのが、「ウイルス干渉」だ。
ウイルスが干渉しあうとはどういうことなのか。中山さんによると、体内の細胞がウイルスに感染すると、その周りの細胞がウイルスに感染しにくくなる。そのため個人も感染しにくくなる――という仮説だ。感染しにくい人が増えると、集団レベルで感染が抑えられる可能性があるという。
新型コロナとインフルのウイルスの感染経路はほぼ同じで、主に鼻やのどから侵入する。そのため、先に新型コロナに感染していると、インフルに感染しにくくなっているという。「新型コロナとインフルの同時感染が起きないとは言えないが、同時に感染するケースは多くないだろう」と中山さんは指摘する。
実際、今年の2~3月、北半球では、新型コロナの感染が拡大し始めた頃から、インフルの感染者数が急激に減った。日本と季節が反対の南半球では例年、日本の夏にあたる時期にインフルが流行するが、今年は感染者が激減した。インフルだけでなく、RSウイルス感染症や手足口病の感染者数も大幅に抑えられている。……》
上に引用した朝日新聞デジタルの記事とほぼ同時期に,一般社団法人日本感染症学会 (理事長 舘田一博) は「インフルエンザ-COVID-19 アドホック委員会」を組織し,《一般社団法人日本感染症学会提言 今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて》[初稿 2020年8月3日] を公表した.
舘田一博理事長は東邦大学教授で,NHKの報道において新型コロナ関連の解説で視聴者にお馴染みである.
また「インフルエンザ-COVID-19 アドホック委員会」のメンバーは以下の通り.厚労省や東京都のコロナ対策専門家としてこれまたよく知られた諸氏である.
今村顕史,大曲貴夫,角田徹,釜萢敏,川名明彦,國島広之,佐藤晶論,新庄正宜,菅谷憲夫,谷口清州,田村大輔,中野貴司,藤田次郎,三鴨廣繁,石田直(委員長)
提言《今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて》に,次の記述がある.
《2019-2020年シーズンのインフルエンザについては、例年に比して、2020年に入ってから患者数が大きく減少していることが、わが国から報告されています。結局、A(H1N1) pdm09による700万人規模の小流行に終わりました。これは、COVID-19対策としての飛沫感染対策、および手指衛生等の予防策が、インフルエンザについても有効であったことを⽰唆していますが、インフルエンザ患者減少は世界的に見られ、SARS-CoV-2の出現が、インフルエンザ流行に何らかの原因で、干渉したとの説も考えられています。同時流行が起こるか干渉がみられるかは、今年夏季の南半球の流行状況に注目する必要があります。
一方、COVID-19とインフルエンザとの合併も報告されるようになりました。これらの報告によると、インフルエンザとの混合感染は、COVID-19による入院患者の4.3-49.5%に認められています。インフルエンザ合併例では、鼻閉や咽頭痛が多く認められる傾向にありました。インフルエンザ非合併患者に比して、重症度や検査所⾒に差異はみられなかったとある一方で、B型インフルエンザとの合併症例は重症化したという報告もあります。Meta-analysisによると、SARS-CoV-2では、細菌感染合併は7%、RSウイルスやインフルエンザなどウイルス感染との合併は3%と報告されています。》
この引用箇所の趣旨は《COVID-19対策としての飛沫感染対策、および手指衛生等の予防策が、インフルエンザについても有効であったことを⽰唆して》いるが《SARS-CoV-2の出現が、インフルエンザ流行に何らかの原因で、干渉したとの説も考えられて》いるので《同時流行が起こるか干渉がみられるかは、今年夏季の南半球の流行状況に注目する必要があります》ということである.ちなみにこの引用箇所は,「インフルエンザ-COVID-19 アドホック委員会」の委員である菅谷憲夫慶應義塾大学客員教授が別稿 (日本医事新報《【緊急寄稿】SARS-CoV-2とインフルエンザ同時流行に備えて》[掲載日 2020年7月8日]) で述べたことと同一内容である.
一方,《SARS-CoV-2の出現が、インフルエンザ流行に何らかの原因で、干渉したとの説》を日本のマスメディアにおいて主張した研究者の一人 (というより視聴者には代表格であると受け取られた) が《北里大の中山哲夫特任教授》であった.
ここでウイルス干渉について説明が必要である.
Wikipedia【干渉 (ウイルス学)】から下に引用する.
《ウイルス学における干渉 (interference) とは、1個の細胞に複数のウイルスが感染したときに一方あるいはその両方の増殖が抑制される現象。干渉の機構として、一方のウイルスが吸着に必要なレセプターを占領あるいは破壊してしまうために他方のウイルスが吸着することができなくなる。増殖に必要な成分が一方に利用され、他方が利用できない。一方が他方の増殖を阻害する因子を放出するなどの異種ウイルス間の干渉現象のほか、同種ウイルス間で欠陥干渉粒子(DI粒子)による増殖の阻害、インターフェロンによる増殖の抑制がある。》
(1) 一方のウイルスが吸着に必要なレセプターを占領あるいは破壊してしまうために他方のウイルスが吸着することができなくなる。
新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスのレセプターは異なることがわかっているので,この可能性はない.
(2) 増殖に必要な成分が一方に利用され、他方が利用できない。
確たるエビデンスはない.
(3) 一方が他方の増殖を阻害する因子を放出するなどの異種ウイルス間の干渉現象
確たるエビデンスはない.
(4) 同種ウイルス間で欠陥干渉粒子(DI粒子)による増殖の阻害
確たるエビデンスはない.
(5) インターフェロンによる増殖の抑制
エビデンスはないが,可能性はあり得る.
ウェブ上の資料一般論としては,上に示した (1)~(5) の干渉機構のうちインターフェロンによる増殖の抑制が,新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの干渉の機構として考えられる.朝日新聞の記事に書かれている《ウイルスが干渉しあうとはどういうことなのか。中山さんによると、体内の細胞がウイルスに感染すると、その周りの細胞がウイルスに感染しにくくなる》は,これを指していると思われる.
一般論とは別に,中山特任教授の仮説と予想から一年後に,長崎大学の研究者が,ハムスターを用いて実験を行っているので紹介する.
長崎大学公式サイト《新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの重複感染が 肺炎の重症化と長期化につながる可能性を論文発表》[掲載日 2021年11月1日] から下に全文引用する.
《新型コロナウイルスとA型インフルエンザウイルスは、どちらも飛沫感染する呼吸器感染症の病原体で、パンデミックを起こすことが知られています。
インフルエンザは世界中で毎年季節性に流行し、多くの患者が報告されますが、昨シーズンは世界的に患者数が激減しました。その理由として、世界的な人・物の移動の制限、マスクの着用、手洗いの励行、密を避ける行動などの新型コロナ対策が功を奏したという考え方に加えて、新型コロナウイルス感染によるウイルス干渉を理由に挙げる専門家もいます。ウイルス干渉は、特定のウイルスが感染すると他のウイルスの感染/増殖を抑制するという現象であり、双方のウイルスの増殖が抑制されることもあります。
木下研究員らは、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスが同一個体に同時感染することができるのか?重複感染した場合、病態はどうなるのかを調べるために双方のウイルスに感受性があり、肺炎症状を呈するハムスタ―を用いて検証実験を行いました。
その結果、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスはそれぞれ単独の感染で肺炎を引き起こしますが、インフルエンザウイルスは感染4日後、新型コロナウイルスは感染6日後に最も重篤な肺炎像を示しました(下図)。一方、同時感染させた場合は、それぞれの単独感染時よりも肺炎が重症化し、更に回復も遅れることが明らかになりました。
また、感染後の肺における双方のウイルス量を調べると、何れのウイルスも単独感染時と重複感染時でウイルス量に差がないことが確認されました。但し、肺の組織病理解析の結果、肺において双方のウイルスは同種の組織・細胞に感染するが、同一の場所では共感染していないことが確認されました。このことは、双方のウイルスは個体レベル、臓器レベル(肺)ではウイルス干渉を起こさないが、細胞レベルでのウイルス干渉は起こり得るということを示しています。つまり、両ウイルスの重複感染と同時流行は起こり得るということを示唆しています。
インフルエンザは通常北半球での流行に先駆けて、季節が逆の南半球で日本の夏の時期に流行することが知られています。今夏も南半球での流行は報告されなかったので、今シーズンも流行しないのではないかと見られていますが、昨シーズン、インフルエンザと同様に感染者数が激減した小児のRSウイルス感染症が今夏は流行し、多くの感染者が報告されたことから、インフルエンザが流行しないという保証はありません。また、今回の研究で新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスが重複感染すると肺炎が重症化・長期化する可能性も示されました。
新型コロナのパンデミックが未だ終息せず、インフルエンザの流行期も控えていますので油断せず、同時流行の可能性もあると考えて対策をとるべきだと考えます。》
ハムスターを用いた実験ではあるが,長崎大学の木下研究員によれば《細胞レベルでのウイルス干渉は起こり得る》が《個体レベル、臓器レベル(肺)ではウイルス干渉を起こさない》という.これは新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの《重複感染と同時流行は起こり得る》ことを示唆している.
この結果は,中山特任教授の仮説と予測を支持しないことが重要である.
この実験結果とは別に,「インフルエンザ-COVID-19 アドホック委員会」の提言が公表された後,舘田一博教授は,NHKの報道において一貫して《COVID-19対策としての飛沫感染対策、および手指衛生等の予防策が、インフルエンザについても有効》であるために,インフルエンザの流行が非常に効果的に抑制されているとの見解を示した.
そしてコロナ禍の最初から最近まで全くブレずに,視聴者に,三密の回避,手指の洗浄消毒励行,マスクの着用を訴えた.
さて「インフルエンザ-COVID-19 アドホック委員会」が《今年夏季の南半球の流行状況に注目する必要》があると述べたあと,南半球の夏季においてインフルエンザ流行はどのような状況を示したか.
2020年から翌2021年にかけてオーストラリアではインフルエンザの流行はほぼ発生が見られなかった.
しかし,2022年5月から6月にかけて,新型コロナウイルス感染症とインフルエンザが同時に流行した.
そこで日本感染症学会は,提言《2022-2023年シーズンのインフルエンザ対策について (一般の方々へ)》を公表した.
以下に引用する.
《新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19と略します)は、2022年7月24日の時点で、全世界で累計5億6964万人以上の感染者と638万人以上の死亡が報告されています。また、我が国における感染者と死亡者は、2022年7月19日時点で、それぞれ1014万1,894名と3万1,663名となっており、すでに第7波の最中にあります。
一方、インフルエンザについては、国内でCOVID-19の流行が始まった2020年2月以降、患者報告数は急速に減少し、2020-2021年シーズンおよび2021-2022年シーズンの現在まで、インフルエンザウイルス検出の報告はほとんど見られておらず、危惧されていたCOVID-19とインフルエンザの同時流行もありませんでした。これは、COVID-19対策として普及した手指衛生やマスク着用、3密回避、国際的な人の移動の制限等の感染対策がインフルエンザの感染予防についても効果的であったためと考えられます。しかしながら、2021年後半から2022年前半にかけて、北半球の多くの国ではインフルエンザの小ないし中規模の流行がみられています。
以上のことから、当委員会では、今季のインフルエンザ対策について、以下の見解を述べたいと思います。(以下省略)》
前回の提言では《インフルエンザ患者減少は世界的に見られ、SARS-CoV-2の出現が、インフルエンザ流行に何らかの原因で、干渉したとの説も考えられています》としていたが,オーストラリアで新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの同時流行がみられたことから,この文言は削除された.
長崎大学の木下研究員の動物実験から予想されたように,新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスは,細胞レベルでウイルス干渉を起こしたとしても,個体レベル,集団レベルではウイルス干渉は生じなかったのである.
なぜ北里大学の中山哲夫特任教授が,何のエビデンスもなくウイルス干渉説に飛びついたか,私たちには知る由もないが,今後また大規模な感染症の流行があったとしても,誰も中山特任教授には意見を求めないことは確かだ.
*********************************************
ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
| 固定リンク
「新・雑事雑感」カテゴリの記事
- 虹の橋(2023.11.28)
- 母が便秘で倒れたという119番通報 /工事中(2023.11.27)
- 生ハムはめんどくさい /工事中(2023.11.27)
- カレーコロッケ /工事中(2023.11.26)
最近のコメント