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2023年5月24日 (水)

報道記事に仕込まれた嘘

 昨日,腑に落ちない報道があった.
 TeNYテレビ新潟《従業員が日本酒タンクに転落し死亡 酒造会社を書類送検 労働安全衛生法違反の疑い 新潟・長岡》[掲載日 2023年5月23日 16:17] から下に引用する.
 
ことし2月、長岡市の酒造会社で日本酒の仕込み作業をしていた従業員がタンクの内部に転落し死亡する事故がありました。
 長岡労働基準監督署は転落を防止する措置を講じていなかった疑いがあるとして、5月19日、酒造会社などを書類送検しました。
 労働安全衛生法違反の疑いで書類送検されたのは、長岡市の酒造会社「栃倉(とちくら)酒造」と代表取締役です。
 ことし2月、長岡市の「栃倉酒造」の事業場の仕込み蔵内で日本酒の仕込み作業をしていた男性従業員がもろみの入ったタンクの内部に転落し、死亡しました。
 タンクは直径約1.9メートル、高さが約1.8メートルで、警察によりますと当時、タンクの中には、深さで1メートル近い仕込み中の酒が入っていたということです。
 労働安全衛生法では、やけどや窒息などの危険があるタンクのような場所に対して、高さ75センチメートル以上の丈夫な柵や、転落を防ぐ器具の使用など、転落する危険を防止するための措置をとることを義務付けています。
 長岡労働基準監督署によりますと、事故当時、この会社では具体的な措置が講じられておらず、適切な危険防止措置が取られていなかった疑いがあるとしています。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 テレビ番組で,地方の日本酒や醤油の小規模醸造会社の製造現場が紹介されることがある.
 その種の現場の映像を目にした視聴者は知っているだろうが,仕掛中の酒や醤油は「天面が完全にオープンなタンク」つまり桶 (金属製または木製などで作られている) に仕込まれて発酵が進められる.
 なぜ桶状のタンクに仕込まれるかというと,従業員が撹拌棒を手でゆっくりと上下に動かしてタンクの中身を混ぜるから,桶状のタンクが便利なのである.フタでタンクを覆うと電動の撹拌機が必要になる.
 このような作業現場で従業員の安全を確保するための規則が労働安全衛生法で定められている.
 厚労省のサイトに掲載されている「墜落・転落災害の防止のため安全衛生規則(抜粋)」を下に引用する.詳細は「昭和四十七年労働省令第三十二号 労働安全衛生規則」にある.
 
20230524a2
 
 上に示した資料の通り,労働安全衛生規則の第五百十八条以降に定められた規則では,タンクの高さがニメートル未満の場合は適用外である.
 おそらくこの規則の趣旨は,高さニメートル未満のタンクでは中身の深さは当然ニメートル以下であり,それなら従業員が誤ってタンクの中に落ちても直ちに溺れることはないからだろう.(だから安全措置が講じられなくてもいいという話ではない)

 そこで冒頭の記事にある新潟の酒造会社の事件報道を読むと,タンクの高さは一.八メートルであった.
 すなわち《労働安全衛生法では、やけどや窒息などの危険があるタンクのような場所に対して、高さ75センチメートル以上の丈夫な柵や、転落を防ぐ器具の使用など、転落する危険を防止するための措置をとることを義務付けています》は,本件に関しては無関係のことである.
 なぜなら労働安全衛生規則では,高さニメートル未満のタンクには,報道記事のような義務はないからである.
 そこでテレビ新潟の記者は意図的に,法的な義務はニメートル以上のタンクの場合であるということを隠蔽して記事を書いた.
 当該酒造会社が法違反をしていたという印象を読者に与えるためである.
 ただし《長岡労働基準監督署によりますと、事故当時、この会社では具体的な措置が講じられておらず、適切な危険防止措置が取られていなかった疑いがある》は正しい可能性がある.
 間違っているのは《労働安全衛生法では、やけどや窒息などの危険があるタンクのような場所に対して、高さ75センチメートル以上の丈夫な柵や、転落を防ぐ器具の使用など、転落する危険を防止するための措置をとることを義務付けています》の記述である.「転落防止措置に関する義務違反」だとはっきり書かずに,そう匂わせて読者を誘導しているところがミソである.
 
 書類送検の理由は,労働安全衛生規則第五百十八条以降の定めによるものではない.
 長岡労働基準監督署は,栃倉酒造において別の法違反のおそれを発見したと思われる.
 例えば,この種の作業現場では,作業者の安全を確保するために換気が極めて重要である.
 死亡した作業者は,酸欠等の何らかの原因で意識を失ってタンクに落下したのではないか.
 だとすれば,次の規則に該当する.
 
労働安全衛生規則 第三編 第三章 気積及び換気(第六百条-第六百三条)
 第六百条 事業者は、労働者を常時就業させる屋内作業場の気積を、設備の占める容積及び床面から四メ ートルをこえる高さにある空間を除き、労働者一人について、十立方メートル以上としなければならな い。
 第六百一条 事業者は、労働者を常時就業させる屋内作業場においては、窓その他の開口部の直接外気に向つて開放することができる部分の面積が、常時床面積の二十分の一以上になるようにしなければならない。ただし、換気が十分行われる性能を有する設備を設けたときは、この限りでない。
2 事業者は、前条の屋内作業場の気温が十度以下であるときは、換気に際し、労働者を毎秒一メートル以上の気流にさらしてはならない。
 
 上記のように定めはあるが,酒蔵会社の現場のように,作業者が常駐していない作業環境における《換気が十分行われる性能を有する設備》に不備があったかについては捜査が必要だ.
 長岡労働基準監督署がどのような判断に基づいて送検したかは不明であるが,起訴については検察の捜査が待たれる.
 場合によっては,会社側に法違反はなく,作業者自身に原因がある事故だった可能性もあるからだ.
 しかるに新潟テレビの記者は,労働安全衛生規則第五百十八条違反ではないことを認識しつつ,敢えて読者をミスリードしようとした.
 これは悪質な行為である.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)





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