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2023年5月13日 (土)

ファクトチェックになっていない /工事中

 三重県桑名市の多度大社で,人馬が急な坂道を一気に駆け上がる伝統行事「上げ馬神事」が今月四年ぶりに行われた.
 この「上げ馬神事」で出走馬の一頭が骨折し,安楽死させられたことを巡り,ネット上で批判が巻き起こった.
 この「上げ馬神事」に関しては,以前から動物虐待であるとして行政から指導がなされ,また警察により関係者が送検されたこともあったからである.
 ところが,NHK津放送局 (三重県) が,ネット上の批判に対して「ファクトチェック」するという趣旨の批判記事を掲載した.
 NHK《“動物虐待”と炎上「上げ馬神事」ネット情報の真偽は?》[掲載日 2023年5月12日 16:09] から下に引用する.
 
若者が馬に乗り、急な坂道を一気に駆け上がる伝統行事「上げ馬神事」。三重県桑名市の多度大社で今月4年ぶりに行われ、多くの観光客が訪れました。
 しかし、SNS上では「動物虐待ではないか」といった意見が多数書き込まれ、神事の様子を紹介した市のツイートは“炎上”状態に。
「参加した馬が骨折し安楽死させられた」「見せ場を作るために近年、坂を登らせるようになった」といったコメントも寄せられ、さらに拡散しました。
 一方で、関係者に聞くと「事実と異なる」という意見も。“伝統か動物虐待か”で揺れる「上げ馬神事」について、SNS上で話題となった情報は事実なのか誤情報なのか、「ファクトチェック」をしてみました。(津放送局 周防則志)》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 上の記事にある「ファクトチェック」を検証していく.
 まず次の記述.
 
「上げ馬神事」は680年以上前の南北朝時代から行われているとされる伝統の神事。若者が馬に乗って急な坂を駆け上がり、頂上にある壁を乗り越えた回数で農作物の作柄などを占います。
 
「上げ馬神事」は,三重県の二ヶ所で行われている伝統行事 (猪名部神社,多度大社) であり,他県には類似の神事はないという.
 この神事がどのようなものかは,三重県教育委員会の公式サイトに記載がある.以下にその記載を引用する.
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猪名部神社 (いなべじんじゃ) 上げ馬神事
指定区分 県
指定種別 無形民俗文化財
指定・登録日 2002(H14)年3月18日
市町 東員町
所在地 員弁郡東員町大字北大社
所有者 東員町流鏑馬保存会(保持団体)
概要
 現在、4月第1土曜・日曜に開催される上げ馬神事は、鎌倉時代、建久3年(1192)、員弁郡司の員弁三郎行綱が東員町大木に居城していた時、青年の士気を鼓舞するために流鏑馬神事をしたことに始まると伝えられ、南北朝時代に廃絶したが江戸時代末期に再興し、さらに明治6年(1873)復興され、今日まで伝承されているという。上げ馬神事は、本来神の乗る馬を奉納するものであったが、いつの頃からか坂を駆け上がる形となり、稲作の吉凶を占う(早稲、中稲、晩稲)ようになったと伝えられている。
 当祭礼は、猪名部神社の氏子区域の2地区と、氏子区域外の2地区、計4地区より「乗り子(ノリコ)」と呼ばれる騎手を選出して行われる。祭礼の中心組織は、乗り子を選出しそれを支援する青年団(中卒~23歳、支部長、幹部)と、青年団を終えた中老(24歳~青年団の次の年齢集団、消防団)が深く関わっており、年齢階梯的な社会組織の中で、それぞれの役割分担の機能をみることができる。
 上げ馬神事は、一時中断の時期はあったが、現代でも地区の青年・中老・保存団体を中心とした年齢階梯的な社会組織を維持し地域住民の関心も極めて高く、乗り子の役割、当屋祭祀の一形態、斎戒の観念も堅持されている。
 他にその例が少なく、多度大社の上げ馬神事と猪名部神社の上げ馬神事、双方の行事を照合することによって、当該地域に於ける上げ馬神事の文化を明らかに出来る貴重な民俗文化財ということができ「県指定無形民俗文化財」に価する。
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多度大社 (たどたいしゃ) 上げ馬神事
指定区分 県
指定種別 無形民俗文化財
指定・登録日 1978(S53)年2月07日
市町 桑名市
所在地 桑名市多度町多度
所有者 多度大社
概要
 多度大社は、北伊勢大神宮とも称されるほど勢力があった式内の古社である。多度大社の大祭は、例年5月4~5日で、昔よりこの祭が終わると田の仕事が忙しくなると言われてきた。神事は上げ馬とやぶさめである。農民は上げ馬の状況を見て、その年の豊凶を占ったという。上げ馬は本来は神に良馬を献ずるものであったが、後世変化して土壁を駆け上がる形になった。信仰的な競技で、氏子各村から神馬を出し、競わせて急峻な坂を上がらせるもので、騎手は各字の少年で、首尾よく上がることが豊作のしるしである。昔は頭屋制であり、さらに古くは宮座があったものと考えられる。
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 NHK津放送局の「ファクトチェック記事」では《「上げ馬神事」は680年以上前の南北朝時代から行われているとされる伝統の神事》としており,猪名部神社の上げ馬神事と,多度大社の上げ馬神事とが区別されていない.
 三重県教育委員会は,猪名部神社の上げ馬神事は鎌倉時代の建久三年 (1192年) に始まるとしているが,多度大社の上げ馬神事については来歴を述べていない.記述は短く,猪名部神社の上げ馬神事に比較すると随分軽い扱いである.
 多度大社の上げ馬神事について,Wikipedia【多度大社】に《南北朝時代から行われ、馬を奉納する行事が祭へと発展したと考えられている》とあるが,出典は示されていない.
 関連項目のWikipedia【多度祭】には,多度大社の上げ馬神事は《暦応年間 (1338年 - 1342年) に近隣を領地とする武家によって始められたという》と書かれている.歴応は南北朝時代の年号.
 これに関してNHK津放送局の「ファクトチェック記事」は,無批判に《「上げ馬神事」は680年以上前の南北朝時代から行われているとされる伝統の神事》としている.
 しかし,多度大社が公式サイトの《多度祭の由緒》に《元亀2年(1571)織田信長の兵火に罹り、社記散逸された悲しい歴史があり、どのように始まりをみせたのかは今尚詳らかではありません》と記している.
 つまり,元亀二年の火事で古文書は失われたため,多度大社の上げ馬神事が南北朝時代に始まったことを記した史料は存在しないのである.
 津放送局の周防則志記者は,エラソーに《「ファクトチェック」をしてみました》と大見得を切っておきながら,多度大社自体がが《どのように始まりをみせたのかは今尚詳らかではありません》と述べているにもかかわらず《「上げ馬神事」は680年以上前の南北朝時代から行われているとされる》と嘘八百のデマを吹いたのである.
 ところが,SNSを検索すると,「無垢の床板」というかたが,NHK津放送局の記事を援護する立場から二つの文献を示している.
 
20230517a2
 
 上のスクリーンショットに記されている文献とは,三重県神職会編『三重県下の特殊神事』(三重県神職会,昭和十三年) と,「平成三年度調査報告 多度町の民俗 (中京大学民俗学研究会)」である.
『三重県下の特殊神事』は国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されている.
 
20230517c1
 
 この書籍の巻頭第一頁「桑名郡多度村 國幣大社 多度神社」に,上げ馬神事について《其の起源は社記散逸して明かならざれども、按ずるに、暦應の頃、當郡を分領せし武家の輩より始まりたりしものならんか》とある.(下のスクリーン・ショット)
 
20230517b2
 
 驚いたことに,《其の起源は社記散逸して明かならざれども、按ずるに、暦應の頃、當郡を分領せし武家の輩より始まりたりしものならんか》には根拠が示されていない.《按ずるに、……ものならんか》では単なる妄想に過ぎない.こんなデマを読まされた読者としては「勝手に妄想してろっ!」と書籍をゴミ箱にぶち込むしかない.
 では,「無垢の床板」氏が挙げているもう一つの文献「平成三年度調査報告 多度町の民俗 (中京大学民俗学研究会)」はどうだろうと思って調べたら,これも驚いたことに「中京大学民俗学研究会」は大学のサークルだった.
 このサークルの自己紹介は以下の通り.
 
民俗学とは簡単に言うと地域に伝わる民間伝承を始め、その土地の文化や生活の歴史を調べたり、地域間の文化の違いを比較したりする学問です。所属メンバーで自分の出身地域の面白い文化の話をして、多くの話題をメンバーで共有し、先生のお話も伺って知識を深めています。
 お祭りや郷土料理など身近な話題を取り上げることが多いので、自分の出身地域の風習について改めて考え、深く知ることができます。
 当研究会には歴史文化学科はもちろん、日本文化学科、言語表現学科の学生も所属しています。少しでも興味のある方は是非見学にいらしてください。
 
 サークルのメンバーで《お祭りや郷土料理など身近な話題を取り上げ》て《知識を深めて》いるのは大変結構だが,サークルの活動報告が文献になるわけがない.
 多度大社の上げ馬神事が動物虐待ではないかとネット上で批判が巻き起こった.この批判に,NHK津放送局の周防則志記者がエラソーに「ファクトチェック」した.これがSNSユーザーたちの反感を買った.これに対して「無垢の床板」氏はあれこれとNHK津放送局の周防記者の杜撰な「ファクトチェック」を補強しようとした.
 しかし「無垢の床板」氏はもう少し資料を吟味すべきであった.
 三重県神職会編『三重県下の特殊神事』と「平成三年度調査報告 多度町の民俗 (中京大学民俗学研究会)」を持ち出したことで,「無垢の床板」氏の多度大社の上げ馬神事解説は,薄っぺらなものになってしまったのである.
 同時にNHK津放送局の周防記者による「ファクトチェック」の杜撰さも明確になってしまった.援護のつもりが恥の上塗りに
 
 さて


 
「引退馬を安く買い取り使用」は事実か?
 こんなツイートも拡散していました。
「上げ馬神事のために、廃馬(引退馬)を安く買い取って使用している」
 多度大社によると、馬は引退馬の場合もあれば、地域の人が趣味で飼っている馬を提供してもらう場合もあるということですが、いずれも買うのではなく、馬主から借りるという形で神事に参加しているとのこと。
 神事では、地域にある6地区が3頭ずつ馬を用意し、1頭につき1回、挑戦ができます。
 用意された18頭の馬のうち、安楽死させた1頭を除いた17頭には大きなけがはなく、神事の翌日の6日に馬主に返されたとのことです。
 また、馬を借りたり管理したりするのは地区の責任で行っているため、引退馬がどれだけいるのかは把握していないとのことでしたが、もともとは農耕馬で行っていた神事だったことから、地域の人の馬を借りることのほうが、昔の形に近いのではないかとのことでした。
「引退馬を安く買い取って使用」のツイートは「不正確」だといえそうです。
 

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