動物虐待激増の背景に何があるか
動物虐待には,いくつかのタイプがあるように思う.
(一) は,虐待者の精神に異常性を感じる事件性の高いもの.時折,地域ネコを惨殺して解体した死骸を目立つところに晒すなどの猟奇的動物虐待が報道されるのだが,こういう事件は,古くは酒鬼薔薇事件,佐世保女子高生殺害事件などを想起させ,住民に強い不安感を与える.
ある種の人間は,人を殺したいという満たされない欲求を,ネコを殺すことで心理的に合理化しているのではないか.そういう不安である.
例えば,つい最近の例を挙げる.まいどなニュース《猫を殺して食べた虐殺事件 猫は野生化した「ノネコ」ではなく、地元でかわいがられていた「地域猫」 動物愛護団体「厳罰を求めたい」》[掲載日 2023年3月28日] から下に引用する.下記引用箇所の,文字を着色強調した箇所はサディズムを疑わせる.
《広島県呉市の山中で猫を刃物で突き刺したりするなどして殺害し、大学院生(24歳)が3月22日に逮捕された事件で、殺された猫は地元の人が世話をしていた「地域猫」ということが分かりました。
……
動物愛護団体や関係者によると、2月に大学院生は同市内の山中でわなにかかった地域猫の頭をバールのようなもので殴打し、頭を足で踏みつけた後、腹を刃物で突き刺すなどして殺した疑いがあるとのこと。さらに大学院生は、殺した猫を解体して自ら調理して食べたほか、毛皮や頭蓋骨の標本を作っていたといいます。
その模様を動画に収めてインターネットの動画投稿サイトにアップし、公開していました。》
ネコを虐殺する人格異常は枚挙に暇がない.(最近の例;FRIDAY DIGITAL《「犬派だから」…大学生「交際女性の猫を殴り殺した」驚愕の理由》[掲載日 2022年10月07日])
このパターンの特殊な場合で,昨年三月に神奈川県警藤沢北署が動物愛護法違反容疑で書類送検した同県藤沢市の動物保護団体「レスキュードアニマルネットワーク」の例がある.この団体の代表は「保護」したイヌを「しつけ」と称して常習的に虐待していた.おそらくサディスティックな欲望を満たすために「保護団体」を偽装してイヌを集めていたものと思われる.
このような人格的異常はペット以外のことに関してもよくある話で,小学校の児童生徒に対する性的嗜好を満たすために教職に就いている者や,幼児に対する暴力衝動を満足させるために保育士をしている者,寝たきりの高齢者に執拗な虐待を加える介護施設職員,精神科病院で患者に暴行を働く看護師などがある.下記の報道は,最近のほんの一例.
・埼玉新聞《教諭ら免職…女児8人にわいせつの担任、服に入れた手が下着へ 別の教諭も 教頭も体育館で女性教諭に夢中》[掲載日 2023年4月27日 10:08]
・読売新聞オンライン《世田谷区の認可保育園で園児虐待…保育士2人が暴力・トイレに行かせず》[掲載日 2023年2月2日 22:35]
・奈良テレビNEWS《令和3年度高齢者虐待の状況 介護施設の職員による虐待6件》(掲載日 2023年2月8日)
・NHK《精神科病院暴行 医療関係者ら“虐待繰り返す構造変える必要”》[掲載日 2023年3月9日 17:44]
(二) は,イヌやネコの見た目がかわいいからとか,ペットを飼うのが流行りだから,などの浮ついた動機でペットを飼い始めたはいいが,自分の思い通りにならなかったために,捨てたり飼育放棄したり体罰を加えたりするケースだ.(日刊ゲンダイ《コロナ明けは捨て犬・捨て猫が街にあふれ返る? 物価高で飼育コストが家計の負担に》[掲載日 2023年1月15日 06:00])
(三) は,イヌやネコの基本的な飼育方法を知らずに動物を飼い,多頭飼育崩壊に陥る例だ.(最近の悪質な例;埼玉新聞《住所不定の公務員女、飼い犬31匹すべて病気「適切です」…逮捕 大量ごみ堆積「仕事が忙しくて」転がる骨》[掲載日 2023年4月13日 12:11])
(四) は,悪質な「ブリーダー」である.(産経新聞《甲斐犬と柴犬を劣悪環境で飼育 元ブリーダー、虐待容疑で逮捕 警視庁》[掲載日 2023年3月29日 12:22])
このような動物虐待は,いずれも厳罰に処すべきであると動物保護活動に携わっている人たちは訴えているし,私もそう思うが,実際はそうなっていない.
動物愛護法は,2020年6月の改正で罰則が変更され,
(旧)「動物をみだりに殺傷した場合は,二年以下の懲役または二百万円以下の罰金」「動物虐待や遺棄をした場合,百万円以下の罰金」
(新)「動物をみだりに殺傷した場合は,五年以下の懲役または五百万円以下の罰金」「動物虐待や遺棄をした場合,一年以下の懲役または百万円以下の罰金」
となった.
これは一見すると厳罰化されたように思われるが,実はそうではない.下の表は,昭和四十九年から令和三年まで,市民からの通報等により警察が捜査し送検した事案につき,受理された件数,起訴された件数を集計したものである.(環境省《動物の虐待事例等調査報告書》(令和四年度) からスクリーン・ショットで引用)
これを見ると,2000年に14件が受理されて以降,動物虐待の増加傾向が明らかとなり,2014年以降は激増している.
そして,これと軌を一にして不起訴処分も激増している.令和三年 (2021年) に至っては驚くべきことに,検察は受理した事件の73%を不起訴処分にしてしまった.
では,動物愛護法違反事件の不起訴処分とは何か.
周知のように検察は,確実に有罪判決が得られる事件しか起訴しない.
言い換えれば,日本の刑事裁判の有罪率は非常に高く,起訴されてしまったらほぼ確実に有罪になる.
犯罪白書によれば平成二十五年の刑法犯起訴率は38.9%で,その他は不起訴になっている.
つまり日本の司法においては,有罪か無罪かを決めるのは本来は裁判所であるが,実質的には検察官の裁量によって有罪か無罪か決まっているということである.
その観点からすると,刑法犯一般の不起訴率が六割なのに,動物愛護法違反は七割が不起訴になっていることの差は,動物愛護法違反で有罪にすることが難しいことを示している.
すなわちこれまで検察が動物虐待事件の起訴を断念せざるを得なかったのは,動物虐待を市民が警察に通報し,警察が捜査に努め,検察が起訴しても,裁判官が無罪にしてしまうからである.以下,その件について述べる.
昭和四十九年 (1974年) から平成十五年 (2003年) までの動物愛護法違反事件の判決一覧が,環境省《平成19年度 動物の遺棄・虐待事例等調査業務報告書》に掲載されている.
平成二十一年 (2009年) から平成三十年 (2018年) までの動物愛護法違反事件の判決一覧が,環境省《平成30年度 動物の遺棄・虐待事例等調査業務報告書》に掲載されている.
平成三十一年 (2019年) から平成三十四年 (2022年) までの動物愛護法違反事件の判決一覧が,環境省《令和四年度 動物の遺棄・虐待事例等調査業務報告書》に掲載されている.
動物愛護法に係る環境省の調査報告書には,上記の三報告書の他に《平成21年度 動物の遺棄・虐待事例等調査報告書》および《平成25年度 動物の遺棄・虐待事例等調査報告書》が存在するが,この二報告書は他の報告書と体裁が異なっており,一貫性がない.そのため「動物愛護法違反事件の判決一覧」が掲載されておらず,平成十六年 (2004年) から平成二十年 (2008年) までの動物愛護法違反事件の判決が脱落している.掲載しなかった理由は不明だが,数字だけを示せば以下の通りである.
平成16年 (2004年) 受理数 27 起訴 8 不起訴 21
平成17年 (2005年) 受理数 47 起訴 15 不起訴 27
平成18年 (2006年) 受理数 48 起訴 12 不起訴 35
平成19年 (2007年) 受理数 51 起訴 14 不起訴 36
平成20年 (2008年) 受理数 72 起訴 21 不起訴 47
環境省のこの調査報告書には,データ脱落という不備がある.よって判決一覧の不連続部分は扱わず,連続している2009年以降の判決を環境省の調査報告書から下に引用する.ただし (凶悪事件) という註は引用者の私見である.
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[違反内容] [事件発生年月日] [裁判所名]
1. 殺傷 2009/5/2頃 山形地方裁判所 (凶悪事件)
イエバト125羽を殺して不法廃棄
判決 懲役6月 (執行猶予3年)
2. 殺傷 2011/11/1 横浜地方裁判所川崎支部 (凶悪事件)
猫5匹を惨殺
判決 懲役3年 (執行猶予5年)
3. 殺傷 2012/8/9頃 広島地方裁判所
猫1匹を傷害
判決 罰金60万円
4. 殺傷 2010/10上旬 さいたま地方裁判所 (凶悪事件)
猫1匹を殺傷
判決 少年事件であるため家庭裁判所に移送
5. 殺傷 2016/2/27 札幌地方裁判所浦河支部
馬2頭を散弾銃で殺害
判決 懲役1年 (執行猶予4年)
6. 殺傷 2016/3/24頃 東京地方裁判所
猫9匹を惨殺し,猫4匹を障害
判決 懲役1年10ヶ月 (執行猶予4年)
7. 虐待 2018/1初旬頃 大垣簡易裁判所
犬2匹を虐待
判決 罰金10万円
8. 殺傷 2017/11/17 奈良地方裁判所
猫2匹を惨殺
判決 懲役1年 (執行猶予3年)
9. 虐待 2018/4月頃 名古屋簡易裁判所
猫45匹の多頭飼育崩壊
略式命令 被告人二人に夫々罰金10万円
10.殺傷 2019/5/19頃 富山地方裁判所
猫1匹を惨殺
判決 懲役8月 (執行猶予4年)
11.虐待 2019/6/22頃 名古屋簡易裁判所
インコ1羽を障害
判決 罰金20万円
12.虐待 2020/12/12 さいたま地方裁判所
犬1匹を傷害
判決 罰金20万円
13.虐待 2020/10/18 神戸地方裁判所
犬1匹を障害
判決 罰金10万円
14.殺傷 2020/12頃 千葉地方裁判所 (凶悪事件)
空気銃で猫3匹を傷害し猫3匹を殺害.
判決 懲役1年6月 (執行猶予3年)
15.殺傷 2022/1/25 大垣簡易裁判所
犬1匹を殺害
判決 罰金30万円
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以上を集計すると,2009年から2022年までの起訴数423件に対して,有罪判決は15件であり,わずか4%である.
我が国の刑法犯の有罪率は99%と言われているが,それに対して異常に低い.
市民によって警察に通報された動物虐待事件につき,警察から送検された事件の多くを検察は起訴断念している.
起訴断念とは,それらを起訴しても裁判官は有罪と認めないからである.
それでも法に照らして起訴すべきであると検察が判断した事件についても,裁判官は無罪を言い渡している.
しかも,有罪となった事件でも,罰金は軽く,懲役には執行猶予が付される.
これが意味するところは,我が国の裁判所は動物の愛護を認めていないということである.
動物愛護法を定めた立法府は,第一条を次の通りとした.
第一条 この法律は、動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。
しかるに裁判所は,暴力欲求あるいは快楽のために愛護動物を虐待あるいは虐殺した被告に対して,罰金を国民が裁判所を非難しない程度の少額に抑え,また懲役には執行猶予を付することで,動物愛護法の目的《国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資する》を否定してきた.
判決は,裁判官から国民へのメッセージである.
すなわち日本の裁判官は国民に「犬猫をなぶり殺しにしても執行猶予を付けますから,安心してドンドン殺していいです」と言っているのだ.
動物愛護団体「ピースワンコ・ジャパン」は,《動物愛護管理法の改正点は?改正内容や飼い主が知るべきことを解説》[掲載日 2022年1月3日] の中で次の通りに述べている.
《虐待の罰則強化について
これまでは、動物をみだりに殺傷した場合の罰則は2年以下の懲役または200万円以下の罰金でしたが、2020年6月より改正され、5年以下の懲役または500万円以下の罰金になりました。動物虐待や遺棄をした場合の罰則も、100万円以下の罰金だけだったものから1年以下の懲役が追加され、厳罰化されています。このように、数字が上昇して明確な罰則強化になったことで、動物虐待に対する抑止効果が上がったといえるでしょう。》
法の目的が達成されるためには,罰則の上限を高く改正しても無意味なのである.
なぜなら我が国の裁判には「量刑相場」があり,法の罰則規定に関わらず,刑は従前の判決の累積で形成された「相場」で決まるからである.
[註] Wikipedia【量刑相場】の記述
《量刑相場とは、実務上の慣行のことである。実際の量刑の判断は、裁判官が自らの良心に基づき、法に従って行うものであって、これまでに自らが関与した裁判例や、公刊された裁判例、論文等を虚心に検討し、量刑の枠又は幅を認識した結果が量刑相場となる。裁判官は、このような量刑相場における標準科刑を探求し、具体的な量刑を行うこととなる。》
《裁判官が検察官の求刑を重視すると言っても、懲役刑の刑期など幅のある判断では、求刑と量刑が一致することは少ない。通常、量刑は、求刑の刑期の「七掛け、あるいは八掛け」とか、「求刑より1ランクないし2ランク低い」ものとなることが多いとされる。また、短期の求刑の場合には、執行猶予が付されることも多い。》
動物愛護法の罰則が改正されてまだ間もないが,今後も裁判所は犬や猫を虐殺した者に執行猶予を付し続けるだろう.
それを思えば,ピースワンコ・ジャパンの《数字が上昇して明確な罰則強化になったことで、動物虐待に対する抑止効果が上がったといえるでしょう 》との期待は裏切られるに違いないのである.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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