クドア食中毒よりも有名なのがアニサキスによる食中毒だ.アニサキスはアニサキス科アニサキス属に属する線虫の総称で,生きて動いているのを見ると,グロい.
一昨日載せた《クドア中毒》で紹介したクドアの胞子も不気味だが,アニサキスはグロい上に中毒症状 (アニサキス症) の激痛も半端ではない.
下のグラフは,厚労省「食中毒統計調査」に掲載されている《病因物質別事件数の推移》だが,アニサキス中毒の事件数 (赤←で示した) は,我が国の食中毒においてぶっちぎりのトップである.

食中毒の原因として,長らくツー・トップであったカンピロバクターとノロウイルスは以前から減少傾向であったが,令和二年以降はそれに加えて,コロナ禍に伴って衛生意識が向上したせいか,あるいは外食頻度が減ったせいか,かつてほどの猛威ではなくなっている.
既に紹介したクドアは,農水省によるヒラメ養殖業者への指導が功を奏したか,コロナ禍の影響か,令和二年以降は急速に事件数が減っている.(下表)
事件数 患者数
平成25年 21 244
平成26年 43 429
平成27年 17 169
平成28年 22 259
平成29年 12 126
平成30年 14 155
令和元年 17 188
令和2年 9 88
令和3年 4 14
令和4年 11 91
しかるにアニサキスは,その他の食中毒原因物質とは全く別の傾向を示し,令和二年以降も増加傾向を示している.(ちなみにクドア中毒とアニサキス中毒の件数が平成二十五年から統計に現れるのは,共にこの年以降,「その他」項目から独立して表示されるようになったためである)
なぜアニサキス中毒だけがその他の食中毒と異なる傾向を示しているのか.
多くの機関のサイトが指摘しているのは,海産魚の冷蔵流通の増加である.
かつては冷凍して流通していた魚種が,冷蔵流通網を経由しても店頭にでるようになったのだが,消費者の「冷凍あるいは解凍と表示されている商品よりも,表示されていない冷蔵品のほうが新鮮だ」という思い込みの影響も大きい.
冷蔵流通魚は水揚げ後あるいは養殖場から出荷後に速やかに品質劣化し,アニサキスは内臓 (腹腔) から筋肉に移動する.
この状態では,内臓を取り除いてもアニサキス中毒についてはハイリスクである.
危険な魚種は,まずサバ.これは店頭にある商品の大部分がアニサキス汚染されていると思ったほうがいい.
間違っても自分で締め鯖を作ろうなどと思わぬこと.酢でアニサキスは死なないし,家庭の冷凍庫に入れてもアニサキスは低温に強いのでなかなか死なない.家庭の冷蔵庫の中の冷凍室は日本工業規格で-18℃であるが,実際には開閉によって温度が上昇するから,アニサキスが死ぬほど低温ではないからである.(アニサキスの生育可能温度は-20℃以上40℃以下)
鮮魚店やスーパー店頭のサバは,漁獲直後に船内の冷凍庫で-20℃以下に急速冷凍されたものもあるが,沿岸漁獲では冷蔵で流通される場合がある.これがあぶない.
一例として,高知県土佐清水市のサイトに掲載されている立縄漁を紹介したコンテンツ《土佐の清水さば》を挙げる.一部を下に引用する.
《1.魚群探知機で魚を探します。
2.40組ほどの〈立て縄〉を1組ずつ流していきます。
3.土佐の清水さばは、漁獲のほとんどを立縄漁法によって行います。
4.午前五時、最初に投入した立縄から順番に引き上げます。
5.勝負は夜明けまで。サメの餌食にならないように…。
6.一尾一尾大切に釣り上げます。
7.直接魚体に触れないように針をはずしロープを使用します。
一尾一尾、大事に釣り上げた清水さばは、漁船に備えられた冷却水槽(シークーラー)に入れて、活かして漁協へ持ち帰ります。
沖で釣った〈清水さば〉は、〈鮮魚〉と〈活魚〉の2種類に別れます。〈鮮魚〉は、沖でとれたものを海水氷で冷やして水揚げします。
市場でセリにかけ、仲買人を通じて小売店や大手量販店に出荷します。
〈活魚〉は、網ですくって漁協に設置されている〈活魚槽〉へ移します。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上に引用した文中の文字を着色した箇所が,冷蔵流通のサバである.
土佐のサバだけではない.この種のサバを扱っている食材通販サイトKUUCA《季節のおすすめ商品》[閲覧日時 2023年5月30日 02:50] には対馬のサバについて次の警告表示がある.

《全国的には、鯖といえば塩焼き、煮物、シメサバなどですが、この「対馬の鯖」に関しては生食が一番の美味です。
一般的に鯖は寄生虫の問題から生食はできないと言われますが、九州北部の鯖はアニサキスが身に入りにくく生食が人気です。(死後あまり内臓から身にアニサキスが移動しない)
出荷前に内臓を取り除き、身質の確認も行います。その上で、アニサキスに関しては十分ご理解の上ご注文くださいませ。
※アニサキスに関しまして
▲九州北部の鯖はアニサキスが身に入ることは少ないと言われています。ですが、場合によっては身に入る場合もあり、プロ仕様のブラックライトでアニサキスの確認を行っています。
あくまでも目視での確認となりますので、アニサキスに関しては、ご理解の上ご注文くださいませ》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上記の引用箇所では,「入りにくく」「あまり…移動しない」「少ない」「場合によっては」「あくまでも」と,周到に「安全ではない」と説明している.
昔から「サバの生き腐れ」という言葉があるくらいで,サバには寄生虫以外のリスク (腐敗,酸化) もある.それを敢えて生で食いたいというのだから,要するに「アニサキス食中毒になっても自己責任ですよ」というわけだ.これは販売者として正当な態度である.
最近のアニサキス食中毒激増は,この「自己責任」という意識が消費者にないからであろう.
ただし,上に警告を引用した販売業者は良心的だが,実際には鮨屋や鮮魚料理店では客に警告なしに,冷蔵サバから調理した締めサバが提供されることがあるわけで,これを自己責任とするのは無理がある.
従ってもし,料理店でアニサキス中毒事故が発生すれば食品衛生法で処罰される.
ではあるけれど,痛い目に遭いたくなければ自己防衛のため締めサバは食わぬことだ.
特に体力が低下している年寄りは食中毒に弱い.昔からの知恵通り,サバは煮炊きして食うのがよろしい.いくら生サバが旨くても死んで花実が咲くものか.
私が初めてアニサキスの実物を見たのは,東海道線藤沢駅北口にあるデパート「さいか屋」の地下にある「魚の北辰 藤沢さいか屋店」でスルメイカの刺身 (イカソーメン) を購入したときである.(ジェリーミートを初めて見たのもこの店で買ったカレイの切り身だ)
帰宅してイカソーメンを,トレー&ラップ包装のパックから皿に移したら,小さな糸状のものがいくつもうごめいているではないか.
食品衛生の専門書に載っている写真でしか見たことのないアニサキスであった.
これは不気味すぎて,すぐに捨てたが,今から思えば店に持って行くべきだった.
その後,「魚の北辰 藤沢さいか屋店」で買ったものは子細に点検するようにしたが,やがてこの店のサバ,イワシ,カツオ,イカ (スルメイカ) は生食してはいけないと確信するに至った.
鮮魚店はみんな同じようなものかと思うとそうではなく,JR藤沢駅に隣接しているフジサワ名店ビル地下に入っている「魚つる」で買った鮮魚ではアニサキスを発見していない.ジェリーミートにもお目にかかっていない.鮮魚店にも 信用できない店が 色々あるということだ.
[追記] 一説には,海水温が高いとアニサキス汚染が増加するという.(厚労省の見解)
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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