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2023年4月 1日 (土)

昆虫食 (一)

 フジテレビュー!!《昆虫食は未来を救うスーパーフード?陰謀取り巻く危険物?多分そのどちらでもありません。》[掲載日 2023年3月29日 20:02] から下に引用する.フジテレビュー!! の記事中で発言しているのは,テレビ番組でもご活躍の作家,篠原かをりさん.
 
毒があって食べられないとかではないのですが、個人的に赤い粒っぽい食べ物が少し苦手なのです。食べてみると美味しいとわかっているクコの実やピンクペッパーもなんとなく避けてしまいがちです。
 なので、生理的に無理という理由で昆虫を食べない人の気持ちも分かる気になっています。ちなみにテントウムシはとても苦くてまずいそうです。
 未来を救うスーパーフードと喧伝されたと思えば、失笑してしまうような陰謀論の中心に据えられたり、とても忙しい昆虫食ですが、研究していた身からすると、どちらでもないなというのが正直な感想です。
 
 最近,昆虫食の話題がメディアによく取り上げられる.ああだこうだと騒ぎになったのは,徳島の高校で給食に使用されたのが発端だった.(日経《食用コオロギの粉末を学校給食に 全国初、まず徳島で》[掲載日 2022年11月28日 19:36])
 この報道に対する一般国民の受け止めかたは否定的だった.
 日本では生乳や供給過剰に陥った野菜の処分に始まり,家庭では購入した食材の廃棄が非常に多いことなど,いわゆるフードロスの問題があるのに,「食糧問題解決の切り札」との宣伝はおかしいだろうというのが一つ.これは正論である.正論ではあるが,昆虫 (コオロギ) を食材として利用しようとしているのは民間企業だから,「そんな事業をするな」は言い過ぎだ.国民がコオロギ食材を受容しなければ当該企業は社会から退場するわけだから,市場にまかせておけばいいのである.
 とはいうものの,陰謀論に与する人たちもいる.彼らによれば,利権を争って暗躍する「コオロギ推し」の謎の勢力によって,国民は知らぬ間にコオロギを食わせられるかも知れないというわけだ.
 もう一つ.昆虫食は安全か,という疑問である.
 私はかつて勤務していた食品企業において,新製品の安全性審査の責任者であった.
 その立場から断言するが,ある企業が新製品に関する安全性試験を公表する場合,実施した試験は消費者に明示する.行った試験を隠すメリットはなく,デメリットはあるからだ.
 安全性に係る各種試験は専門の試験研究機関に委託するが,費用はかなり掛かる.
 であるからして企業にとって,せっかく実施した安全性試験を隠す意味はないのである.
 その観点から,給食にコオロギ由来の食材を供給した株式会社グリラスの公式サイトに掲載されているコンテンツ《コオロギの安全性に関するご質問について》[掲載日 2023年3月18日] を読んでみた.
 このコンテンツは Q&A 形式になっていて,その概略は以下の通りである.
 
Q1. コオロギには細菌のリスクがあるというのは本当か?
A1. コオロギの生体内には好気性の一般細菌に加え,セレウス菌などの耐熱性の芽胞形成菌が存在する場合がある.コオロギパウダーやコオロギエキスなどの食用コオロギを加工した食品原料は,耐熱性芽胞形成菌も死滅させることができる高圧蒸気による殺菌を行っている.
 この結果,上記の殺菌工程を経たコオロギから,一般細菌も耐熱性芽胞形成菌も検出されないことを確認済み.
 
Q2. コオロギがアレルギーを引き起こす可能性があるというのは本当でしょうか?
A2. コオロギにはエビやカニに類似する成分が含まれており,同様のアレルギー症状を引き起こす場合がある.
 そのため,その旨の注意書きを商品に記載すると共に,摂食は少量から試すことを勧めている.
 
Q3. コオロギの殻の成分であるキチンが発がん性を持つというのは本当か?
A3. 社内で調査を行ったが,キチンが発がん性を持つという科学論文等は弊社では把握できていない.また,2018年及び2021年に欧州食品安全機関が実施したヨーロッパイエコオロギの食用としてのリスク評価においても,キチンの発がん性に関するリスクは報告されていない.
 
Q4. コオロギが体内に重金属を蓄積するというのは本当か?
A4. コオロギは,食べたエサに含まれるカドミウムなどの重金属を体内に蓄積することが報告されている.
 重金属の蓄積は昆虫に限らず,魚介類や農畜産物等で広く発生し得る現象である.
 このため米や魚介類など一部の食品ではカドミウム等の特定の重金属について基準値が設定されている.しかし大部分の食品については基準値が設定されておらず,食用コオロギについても,適用できる基準値は定められていない.
 コオロギの体内への重金属の蓄積には与える餌料が重要である.そのためコオロギの飼育専用に開発した餌料を与えると共に,コオロギ原料について重金属検査を実施して確認している.
 
Q5. コオロギの食品としての安全性を確認するための検査を行っているか?
A5. 製造したコオロギを加工した食品原料の全てのロットについて微生物検査を実施し,品質に問題がないことを確認している.
(中略)
 
Q6. コオロギを妊婦が食べると危険というのは本当でしょうか?
A6. (略)
 
Q7. コオロギを歴史的に食べてきた地域はありますか?
A7. コオロギは、現在でも東南アジアをはじめとした地域で日常的に食されている.現地では素揚げで食べるのが一般的である.
 
 まず,Q7. の意図は「食経験の有無を問う」である.
 食品の安全性に関しては,食経験の有無は極めて重要な情報である.
 食経験の有無とは,ある地域で単に《日常的に食されている》ということではない.《日常的に食されている》結果として健康被害が発生していない,ということが「食経験がある」という言葉の意味なのである.
 例えばインドや中国など一部地域の人々は,昔から日常的にアフラトキシン汚染農産物を食べている.その結果,肝臓がんの発生がその地域では多い.この場合,それらの汚染農産物は「食経験がある」とは言わない.日常的に食べていることと,それが安全かどうかは無関係なのである.
 つまり,A7. を《コオロギは、現在でも東南アジアをはじめとした地域で日常的に食されている.現地では素揚げで食べるのが一般的である》と,まるで旅行ガイドみたいな答にしたために,Q7. は安全性とは無関係な質問になってしまった.
 このA7. は,意図的に答えをはぐらかしたのではなかろう.そうではなく,株式会社グリラスの社員は,食品の安全性に関して全く無知なのである.
 消費者が《コオロギを歴史的に食べてきた地域はありますか?》と訊ねるのは,食文化を質問しているのではなく,コオロギの安全性を質問しているのだ.
 従って回答は「コオロギの食品としての安全性に関して,コオロギが日常的に食されている東南アジアにおける疫学調査は行われていない」あるいは「コオロギの食品としての安全性に関して,コオロギが日常的に食されている東南アジアにおける疫学調査が行われた結果,疾病との特別な関係は発見されていない」でなければいけない.
 ただし「疫学調査は行われていない」は回りくどいから,もし疫学調査データがないのであれば,端的に「コオロギは東南アジアで日常的に食べられているが,食経験に基づく安全性は確認されていない」と言うのがよい.
 上に述べたことは,食品安全の基本的知識である.株式会社グリラスがこれを理解できていないという事実は,消費者に「コオロギは安全でないかも」という不安を覚えさせて当然である.
 
 数百年といった長い時にわたる食経験がある (つまり摂食による健康被害が疫学的に見出されていない) ことは,食品の安全性を示唆する強力なデータとなる.
 そこで次に行うべきは,安全性試験である.
 実施すべきは試験は,(1) 急性毒性試験,(2) 慢性毒性試験,(3) 変異原性試験,(4) 実験動物を用いた催奇性試験,(5) 実験動物を用いた発がん性試験,である.
 新たに開発された医薬品と食品添加物はこれらの試験が認可に必須である.
 新規開発の食品は,食経験がある場合,これらの試験実施は法的な義務はない.義務はないが,もし万が一健康被害が発生した場合は,その全責任 (食品衛生法に定められた罰則と社会的制裁) を販売者が負うことになる.
 株式会社グリラスの公式サイトに載っている Q&A を読む限り,同社は安全性試験を行っていないように思われる.安全性試験を実施済みなら,実施済みですと書くはずだからである.
 以上に述べたように,株式会社グリラスは,コオロギ加工品を市販するにあたって必要な知識がなく,必要な調査研究も安全性試験も行っていない.消費者とメディアは,その点を認識しておくことが必要である.
 
 余談を一つ.
 食経験のない新開発食品を企業が販売するのは,健康被害が発生すれば結果責任を問われるが,自由である.
 個人が昆虫食を摂食するのも自由である.
 とはいえ,好んで虫を食べる人は,如何物 (いかもの) 食いとか下手物 (げてもの) 食い,あるいは悪食 (あくじき) などと言われて変人扱いだった.
 私が子どもだった頃すでに,昆虫を食べる食習慣はほぼ絶えていたが,しかし個人的に下手物食いの人はいた.
 詩人のサトウハチローはその一人で,テレビのトーク番組で昆虫食について語ったことがある.
 その番組は,昭和三十四年から昭和五十七年まで日本テレビ系列で放送された「春夏秋冬」である.出演者は徳川夢声,渡辺紳一郎,奥野信太郎,サトウハチロー,近藤日出造らであった.レギュラー出演者はもちろんゲストも当代一流の文化人で,教養番組の趣もある人気番組だった.
 私のおぼろげな記憶ではたぶん昭和三十七年前後の放送回で,出演者たちが昆虫食の話題を取り上げた.
 そこで「昆虫の中で何が一番食べにくいか」について,サトウハチローが「トンボだ」と述べた.
 その理由は「飲み込むときに気を付けないと,喉の奥に貼り付いてしまって,これがなかなか取れないので困る」というものだった.
 その他の注意点としは「脚を丁寧にむしり取って食べないと,飲みこんだ時に喉から出血することがある」というのもあり,実際に食べた者にしかわからないリアリティがあってとても興味深かったのを,いまだに覚えている.
 徳川夢声の話だったと思うが,明治の有名作家は,毎朝配達された新聞を畳の上に広げ,前屈みの姿勢で丹念に読むのを日課にしていたという.
 そこへハエがやってきて飛び回る.ハエが新聞活字の上に着地した瞬間,その作家は片手でパッとハエを掴むと,そのまま口に放り込んで,何事もなかったかのように新聞を読み続けるんですなあ,と夢声は述べた.この話を語る夢声の身振り手振りにリアリティがあったので記憶に残っている.その作家の名は忘れてしまったのが残念だ.
<昆虫食 (二) に続く>
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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