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2023年4月

2023年4月28日 (金)

墜落した陸自ヘリが海底で発見された

 朝日新聞デジタル《陸自ヘリの機体は三つに分裂、横方向に衝撃か 29日にも引き揚げへ》[掲載日 2023年4月28日]
 
ヘリなどの航空機は縦方向の衝撃には強いが、横方向の衝撃には弱いとされ、事故時、横方向に強い衝撃が加わった結果、機体が3分割し、この衝撃に伴って外れた部品も同時に沈んだ可能性がある。
 
 陸上自衛隊ヘリ事故が報道されてすぐ,石原良純気象予報士が「事故原因は気象的なことで,ダウン・バーストが考えられる」と見解を述べた.
 しかし朝日新聞他が,中国軍の攻撃が原因ではないだろうとしつつ,しかし「何らかの攻撃を受けた可能性はゼロではない」などと曖昧なことを書くものだから,SNSで中国軍説が取りざたされている.
 ダウン・バーストといっても,陸自ヘリを下降気流が上方から直撃したのではなく,おそらく下降気流が海面に当たって横方向への激しい突風となり,この横風のために操縦不能となったのだろう.
 結果的に,ヘリは海面に機体を横にして激突し,その結果機体が三分割されたと思われる.
 この事故の推定原因はいずれ明らかにされるだろうが,政府はもっと強く中国軍攻撃説を否定すべきではないかと思う.
 
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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2023年4月27日 (木)

健常者を差別するな!という主張のクズっぷり

 先日 (4/17) 掲載した記事《優先席》で,バスの優先席利用マナーの悪さに関して,私が感じた憤りについて述べた.
 どんな話かというと,乳児を両肩ベルト式の抱っこ紐で抱っこした屈強な若者が「おいら,赤ちゃん連れだから優先席に座るもんね.おいらは元気だけど赤ちゃん連れだから優先席に座る権利があるんだもんね」という態度で優先席に腰かけたのであった.
 その馬鹿野郎のおかげで,かなり高齢の女性と松葉づえの男性が席に座れず,立つことを余儀なくされたのである.
 赤ちゃん連れなら誰でも,障碍者を差し置いて優先席に座っていいわけじゃないぞ,と私は言いたい.
 その上さらに,他の優先席は元気な中年女どもに占拠されていて,その女どもは誰一人,高齢女性と障碍者男性に優先席を譲ろうとしなかった.
 付け加えると,中年女どもはバスが駅前バス停に着くと我先にドスドスと降りていったから,心臓が悪いとかの事情がある連中ではなかったはずだ.
 
 二ヶ月近く前のことだが,「さしみちゃん」という車いす利用者の女性が,本来は車いす利用者優先のはずである駅のエレベーターに乗ろうとしたら,健常者に無視されてなかなか乗れなかったという動画を投稿した.
 そしたら驚いたことに,この動画が炎上したのである.(週刊女性PRIME《車椅子ギャルさしみちゃん、エレベーターで割り込みされた動画をアップして炎上》[2023/4/27])
 彼女に対する誹謗中傷の数々は,あまりにも酷くて,ここに書くのを憚られるほどだ.もしその件を御存知なければ,彼女の投稿と誹謗の詳細は別途検索頂きたい.
 彼女が困っているのに,それを見て見ぬ振りをして意地悪くエレベーターに載せようとしなかった連中といい,彼女の動画に誹謗中傷を投げつけた連中といい,今の日本人のクズっぷりがよくわかる事件だった.
 
 実は「さしみちゃん」の前にも「健常者がエレベーターに我先に乗り込むので,車いす利用者が乗れない」という現状をSNSで訴えた人はいたのだが,その時にも健常者から攻撃された.(読むNHK福岡《マナーだけに頼れない… 背景に切実な事情》[掲載日 2023年4月11日])
 そういうことがあったせいか,JR博多駅の商業施設 (JR博多シティ) に障碍者などの「専用エレベーター」ができた.
 この「専用エレベーター」設置の報道画面 (ANN NEWS 4/19) からスクリーン・ショットで引用する.
 
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 このエレベーターのドアがピンクに塗装されているのは,障碍者等「専用」であることを強調しているのだという.
 そうしないと,健常者が「障碍者等専用」アピールを無視して乗ることが予想されるからである.
 常識ある国民には想像しにくいことだが,日本社会には,障碍者などに対する反感をあからさまにするやつらがいるのだ.
 彼らの言い分は「障碍者を優先することは,健常者に対する差別だ!」である.
 これは勘ぐりではない.現実の話なのだ.上に引用したNHKの記事から下に一部を引用する.
 
(NHKがエレベーターの前で取材していると)《扉などに「専用」と大きく表示されているにもかかわらず、若者など明らかに「専用」の対象ではなさそうな人たちが次々とエレベーターに乗り込んでいくのです。
 実際に、あるベビーカーユーザーからは、こんな声が聞かれました。
「専用エレベーターの対象ではない人が乗っているので困ります。なかなか乗れないことの方が多いです」
 
 JR福岡シティの専用エレベーターにはこれから,健常者のクレームや,「専用」を無視する行動が予想される.
 例えば「車いす利用者が専用エレベーターに乗るのはいいが,付き添いの人は乗るな!」とか言う奴がきっと出てくる.
 そういうクレームに屈せず,JR福岡シティには頑張って欲しい.
 
 ところで,JR福岡シティの「専用エレベーター」には,「乳幼児連れ」のピクトグラムがない.
 最近の街中や交通機関で,自分が「イクメン」であることをアピールするために,奥さんに荷物を持たせて自分は赤ちゃんを抱っこ (もちろん手で抱っこするではなく,両肩ベルト式の抱っこツールを使う) している男をよく見かける.この記事の冒頭に書いた私の記事に出てくる馬鹿野郎のことだ.
 そういう男を「専用エレベーター」から排除するためには致し方ないかとは思うが,男ではなく乳幼児連れのママさんであることを明示するピクトグラムがあるから,乳幼児連れの女性は「専用エレベーター」の対象にしてほしい.と,私は思うのだが,これは年寄りの古い考えなんだろうなあ.育児は女性の役割であるとするジェンダー不平等だ!と言われそうだ.
 
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2023年4月23日 (日)

ハンディモップで叩かれて脳挫傷になるわけがない/報道記者のレベルが低すぎる

 朝日新聞デジタル《84歳夫の頭や顔をモップで殴った疑い 78歳妻を逮捕 夫は死亡》[掲載日 2023年4月20日 14:52] を読んで疑問が生じた.下にスクリーン・ショットで引用する.
 
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 モップは本来,床の清掃用具である.そのため木製または合成樹脂製の柄は長くできていて,人を相手に勢いよく振り回せば強い打撃を与えることが可能だ.
 上に引用掲載した朝日新聞の記事を読んだ読者は,田口よう子容疑者が夫の田口寅勝さんの頭部を何度も殴打し,そのため《脳挫傷と急性硬膜下血腫で1カ月の重傷を負わせた疑いがある。寅勝さんは入院し、18日午前9時10分ごろに死亡した。》と理解するだろう.
 堅い柄のモップで頭部を殴られれば,脳挫傷を起こすのは無理ないところだ.
 しかしこれが嘘なんである.
 
 他のメディア,例えば日テレNEWSは,田口容疑者が使ったのはモップではなくハンディモップであるとしている.
 ハンディモップとは,テーブルの上のホコリを払うなどに使うもので,非常に軽い.私が使っているのは重さ八十グラムで,これで殴っても全然痛くはないし,脳挫傷どころかタンコブもできない.
 脳挫傷になるほどの打撃を与えるには,鈍器例えばバットなどが必要である.
 なぜこんな奇妙な報道がまかり通っているのか不思議に思って「田口容疑者」で検索をかけた.
 すると,テレビ報道とYouTubeなどの動画では,すべて「ハンディモップで殴った」としているが,朝日の他に産経新聞とNHKが「モップで殴った」と書いている.
 それでわかったことは以下の二つ.
 
(1) テレビなど映像系の報道がすべて「ハンディモップ」と放送していることから,まず間違いなく警察発表の「凶器」は「ハンディモップ」であったろう.しかるに朝日新聞ほかのいくつかのテキスト系メディアは勝手に「モップ」と言い換えた.独自取材でもないのに勝手な言い換えをすることは,捏造である.ただし,捏造の動機が「ハンディモップで重傷を負わせることは不可能だ」という常識的判断があったとすれば,同情に値する.しかしその場合は警察発表の席上で「間違いではないか」と質問すればよかったはずだ.それをせずに勝手な言い換えをしたとすれば,朝日新聞の記者などには捏造体質があったと思われる.私たち年寄りは《朝日新聞珊瑚記事捏造事件》以来,朝日新聞の記事には信頼を置いていない.
 
(2) 映像系メディアは「ハンディモップ」がどのようなものかを,視聴者に具体的に示している.例えば日テレNEWSの画面から,下にスクリーン・ショットで引用する.
 
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 テレビ報道の多くは御丁寧にも,田口容疑者が,フワフワと軽くて柔らかい「ハンディモップ」で被害者を叩いている阿呆なアニメーションを作成して報道した.
 それらの報道を伝えた記者は,こんなヤワな掃除道具で被害者が脳挫傷になったと本気で考えたのである.バカとしか言いようがない
 
 この事件の所轄である千葉県松戸警察署は,最初の発表の時点では凶器となる鈍器を鑑定中で,特定に至っていなかったと思われ,そのため「田口容疑者はハンディモップで殴ったと供述している」と発表したのだろう.「被害者を死に至らしめた凶器はハンディモップである」とは一言も言っていないと想像される.「科捜研の女」と「相棒」を毎日熱心に視聴している刑事ドラマ愛好者としてそう断定する.ヾ(--;)コラ
 本当の凶器が何であったか.本件はよくある小さな事件であるから,田口容疑者が拳で殴打したのか,あるいは鈍器を用いたのかは続報されないであろう.それは残念だが,しかしこの事件は事件報道の記者たちの知的水準があまり高くないことを世の中に知らしめた.その意味で注目すべき事件であった.
 
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2023年4月22日 (土)

この漢字が読めないのはまずい

 Microsoft Edge のニュースフィーダーに「難読漢字クイズ」という広告ページ (広告主は異なる) がいくつか掲載されている.
 そのクイズの一つは「難読漢字」というより当て字ばかりが出題されていて,日常生活にも大学受験にも不必要な無駄知識の山だ.
 またそれとは別のある「難読漢字」クイズは,簡単すぎて出題者の 知能程度 国語力が疑われる.
 例えばこれ (↓).
 
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 高校の国語教科書 (古文) に取り上げられる作品の一つに藤原道綱母の『蜻蛉日記』がある.日本の最重要古典文学作品の一つだ.大学受験するなら必読である.(参考;三省堂国語教科書『高等学校 古典』出典一覧)
 然るに蜻蛉を「読めたら凄い!」とは何事か.高校生をなめとんのか,お前は.
 
 さて広告主の NewSphere はインターネットサービスを行う日本企業 Skyrocket株式会社が運営するニュースサイトである.
 謳い文句は「国際的な視点・価値観・知性を届けるメディア」だが,その知性たるや「蜻蛉」を《読めたら凄い!》という程度なのである.
 この NewSphere の 悪質さ 評判の悪さに興味ある向きは検索してみて頂きたい.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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2023年4月21日 (金)

「スギは増えていないのに花粉症は増えた」という川口友万の嘘八百について

 川口友万 (ともかず) という二流か三流のフリー・ライターがいる.理学部を出ているせいか科学系の記事を得意としているらしい.
 理学部卒なのに科学的精神は皆無で,資料を調べもせずに思い付きの嘘八百を吹いている.
 その川口が,スギ花粉症に関する嘘を現代ビジネス《じつは「スギ」は増えていなかった…それなのに、「花粉症」が増えている「意外なワケ」》[掲載日 2023年4月20日] に書いているので,下に引用して紹介する.(以下,スギ花粉症を花粉症の代表として説明する)
 嘘とは次の一節である.
 
花粉症で悩んでいる人の数は想像以上に多い。環境省によれば、2019年には人口の38.8%、ほぼ3人に1人がスギ花粉症と推定されるという。スギ花粉症以外のイネ科やブタクサ花粉症も増加しており、このままでは日本人が全員花粉症になってもおかしくない。
 なぜ花粉症患者が増えているのかは、まだわかっていない。それというのも、花粉症の原因となるスギ花粉は杉の木から出るが、杉の木の本数自体は増えていないからだ。
 70年代から杉の面積はほとんど変わらない。しかし花粉症患者は右肩上がりで増加している。つまり花粉症患者が増えている理由は、杉ではなく人間側にあるわけだ。
 花粉症はアレルギー反応だ。細菌やウイルス、寄生虫などの害となる異物=抗原が体内に入るとそれを排除しようと抗原抗体反応が働く。
 抗原を追い出すために、体の中では抗体がつくられる。それが免疫グロブリンE抗体というたんぱく質で、肥満細胞に働きかけ、細胞内に蓄えられているヒスタミンなどの化学物質を放出させる。化学物質は平滑筋を収縮させて異物を外に押し、血液で流して捨てられるように血管を拡張させる。抗原を抗体で追い出そうとする時に炎症が起き、皮膚がかゆくなったり蕁麻疹が出たりする。これがアレルギー反応だ。
 花粉症も仕組みは同じだ。花粉が抗原となり、鼻粘膜の肥満細胞からヒスタミンなどが放出される。ヒスタミンによって粘膜が炎症を起こし、鼻水やくしゃみ、涙などが出て、花粉を体外に押し出すのだ。
 この数十年の花粉症の増加から、日本人の免疫が以前よりも過剰に働くようになっていると考えられる。
 戦後しばらく日本人はスギ花粉でアレルギーを起こすことはなかった。高度経済成長期以降、花粉症が増えている。つまり、その頃から日本人の生活環境でアレルギー反応を敏感にした何かが、右肩上がりに増えているのだ。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 上に掲載した引用中の,
 
[A] 《なぜ花粉症患者が増えているのかは、まだわかっていない。それというのも、花粉症の原因となるスギ花粉は杉の木から出るが、杉の木の本数自体は増えていないからだ。
 70年代から杉の面積はほとんど変わらない。しかし花粉症患者は右肩上がりで増加している。つまり花粉症患者が増えている理由は、杉ではなく人間側にあるわけだ。
 
[B] 《戦後しばらく日本人はスギ花粉でアレルギーを起こすことはなかった。高度経済成長期以降、花粉症が増えている。つまり、その頃から日本人の生活環境でアレルギー反応を敏感にした何かが、右肩上がりに増えているのだ。
 
の二点について,それが事実の歪曲であることを以下に示す.
 まず [A] について.
 この引用部分にある誤りとは《70年代から杉の面積はほとんど変わらない。しかし花粉症患者は右肩上がりで増加している。つまり花粉症患者が増えている理由は、杉ではなく人間側にある》という認識であるが,それを議論する前に,花粉症患者数について,政府はデータを持っていないということを以下に示す.
 先日 (4/3) の参院決算委員会で,自民党の山田議員の質問に対して,唐突に岸田総理が花粉症対策を関係閣僚会議レベルで取り組んでいると答弁した.実は花粉症対策については,関係省庁会議 (課長級会議) が存在していたのだが,岸田総理は関係省庁会議を関係閣僚会議と言い間違えてしまったため急遽,花粉症対策が重要施策になってしまった.
 総理の言い間違いのせいとはいえ花粉症対策が脚光を浴びたのは,悪いことではないが,おかげでこれまで政府が花粉症対策に取り組んでこなかったことがあからさまになってしまった.
 なにしろ現状は,花粉症に関する科学的知見が極めて貧弱なのである.
 例えば,川口友万は《なぜ花粉症患者が増えているのかは、まだわかっていない》と述べているが,花粉症患者の数は,日本耳鼻咽喉科学会の資料を根拠にして,スギ以外の花粉症を含む花粉症全体の有病率は1998年が19.6%,2008年が29.8%,2019年には42.5%であるとして,10年ごとにほぼ10%増加しているとされている.
 ところがこの数字は,根拠に欠陥があるのだ.
 この患者数は,日本耳鼻咽喉科学会の会報に掲載された論文「鼻アレルギーの全国疫学調査2019 (1998年,2008年との比較):速報 ― 耳鼻咽喉科医およびその家族を対象として ―」によるものだが,これを読むと,調査方法は単なるアンケートで,しかもアンケートの対象者は耳鼻科医とその家族であるというバイアスがかかっている.すなわち疫学調査を標榜しているにもかかわらず,アンケート対象者を無作為抽出していないのである.これではとても疫学調査と呼ぶわけにはいかない.
 この調査では,花粉症有病率が増加トレンドにあるということは多分言えるだろうが,バイアスありのアンケート調査では,有病率の絶対値は信用できない.
 花粉症による患者の生産性の低下を金額換算すると,一日当たり約2215億円 (2020年2月パナソニック発表;リリース資料) の経済損失であるという.パナソニックによる調査もアンケート調査ではあるが,方法が無作為抽出であるから,その点では調査の基本は守られている.そして得られた有病率 (花粉症であると回答した者3198人/回答総数6081人) は52.5%であるが,これは日本耳鼻咽喉科学会のアンケート (バイアスがかかった回答総数4749人) よりも有病率はかなり高い.
 これらの調査は無意味ではないが,政府が花粉症対策を立案するにあたっては,きちんとした疫学調査を実施して,花粉症患者数の推定値を明らかにするべきである.
 
 さて,[A] の誤り部分《70年代から杉の面積はほとんど変わらない。しかし花粉症患者は右肩上がりで増加している。つまり花粉症患者が増えている理由は、杉ではなく人間側にある》について解説する.
 そもそも花粉症は,ある日突然に罹患するものではない.まずヒト (の眼や鼻の粘膜など) が花粉に接触することから始まる.
 花粉は粘膜の水分を吸収して殻が破裂し,そのときにアレルゲンとなるタンパク質を放出する.
 これを異物と認識した私たちの免疫システムは,アレルゲンに対応したIgE抗体を作り出す.
 このIgE抗体は粘膜の肥満細胞等に結合し,粘膜が花粉に接触する度に増えて行く.このIgEに再び粘膜に侵入したアレルゲンが結合すると,IgEが結合した肥満細胞等からヒスタミンやロイコトリエン等の化学伝達物質が放出される.
 花粉症の発症メカニズムは詳らかでないが,肥満細胞等に結合したIgE量があるレベルに達すると「感作が成立した」と表現される.
 花粉症は通常の生体反応であって病気ではないが,仮に病気に喩えれば「感作の成立」は「罹患」に相当するステップである.
「感作の成立」からさらにIgEの増加が進行すると,化学伝達物質の量が増えて眼や鼻に涙やくしゃみ等の防衛反応が起きると共に炎症が起きる.この症状を自覚した段階が,病気に喩えれば「発症」である.
 このことのあまり専門的に過ぎぬ程度の解説が環境省「花粉症環境保健マニュアル2022 2022年3月改訂版」にもあるので下に引用する.
 
花粉が体内に入ってもすぐに花粉症になるわけではありませんし、アレルギーの素因を持っていない人は花粉症にはなりません。身体の中に花粉が入ると、アレルギー素因を持っている人はその花粉 (抗原) に対応するための抗体を作ります。この抗体はIgE抗体と呼ばれるもので、花粉によって異なった抗体が作られます。この状態を感作が成立したと言います。感作が成立してもすぐに全ての人が発症するわけではなく、人によって期間が違いますが数年から数十年花粉を浴びるとやがて抗体が十分な量になり、花粉が身体の中に入ってくると何かのきっかけで、くしゃみや鼻水、目のかゆみや涙目などの花粉症の症状が出現するようになります。これが花粉症の発症です。近年は飛散する花粉量の増加や体質の変化により、感作までの期間、発症するまでの期間が短くなり、小さな子供でも花粉症にかかるようになりました。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 アレルギー素因を持っている人 (いわゆるアレルギー体質の人) でも,人によって感作の成立から発症までの期間が大幅に異なる (数年のこともあれば数十年のこともある) のはなぜか,また発症後も人によって症状の様子と程度が大幅に異なる (眼は無症状だが鼻炎が激しいという人もいるしその逆の人もいるとか,また症状が軽い人もいるし重い人もいる) のはなぜか,など不明点が多くて花粉症は捉えどころがない.
 捉えどころがない花粉症ではあるが,はっきりしていることが一つある.
 それは,花粉症の要因は「花粉」であって「木 (スギ花粉症の場合はスギの木)」ではないということである.
 しつこいようだが理学部卒でありながら科学的合理的思考のできない川口友万は「スギの木は増えていないのに花粉症患者が増えたのは不思議である」という突拍子もない疑問を抱いた.(実は戦後,スギの木は植林によって少しずつ増えてきた;1970年にスギ林面積は約350万haだったが,2000年には450万haにまで増加したのが事実だが,ここでは詳述しない)
 川口は,スギ花粉の量とスギの木の本数に何か関係があるという幼稚な誤解をしているのである.
 川口は知らないようだが,スギ人工林から放出されるスギ花粉の量に関係があるのは,その人工林のスギの本数ではなく,スギの木に生る雄花の数である.これは常識だ.
 その根拠を下に示す.
 林野庁が概ね五年ごとに公表している「森林資源の現況」調査の「森林面積・蓄積の推移」を下に引用する.最新データは平成二十九年 (2017年) 三月三十一日現在である.
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 日本の森林は,戦中の物資不足のなかで過度の森林伐採が行われて荒廃したが,戦後の経済成長が始まると住宅資材供給のためにさらに伐採が進行した.しかし薪炭用の広葉樹の需要が大きく減少したことから,天然林の広葉樹を伐採し,建築用のスギとヒノキを植林した.
 この林業政策は昭和五十年代半ばまで続き,それ以後は人工林面積は横ばいで推移している.上掲の二図のうち上のグラフ「森林面積の推移」がそれを示している.
 植林した樹種は用途の多いスギが中心で,ヒノキがそれに次いだ.昭和五十六年以降は伐採されるスギ・ヒノキと植林されるスギ・ヒノキが均衡し,人工林面積は横ばいになっているのである.
 ちなみに平成二十九年時点における人工林樹種構成は,林野庁の発表資料によるとスギが44%,ヒノキが25%,カラマツが10%,マツ類 (アカマツ,クロマツ,リュウキュウマツ) が8%,トドマツが8%,広葉樹が3%となっている.(Wikipedia【花粉症】には,林野庁の資料を出典として「99%が針葉樹」と書いてあるが,これは嘘)
  
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林野庁「平成30年度森林・林業白書第1部第2章第1節 森林の適正な整備・保全の推進 (1)」から引用
 
 林野庁によれば,スギは,地方によって成長速度が異なるが,南日本では樹齢40年~50年で伐採に適した時期となる.
 木材関係業者によっては「50年~60年」「60年~70年」とする異なる意見があるが,これは用途によりけりで,見解の相違だ.
 上のグラフ「人工林の齢級構成の変化 (2017年3月現在)」を見ると,昭和後期に植林されたスギ人工林が利用に適切な樹齢を過ぎてしまっている.
 
 同じことが「人工林の齢級構成の変化 (2017年3月現在)」の上に掲載したグラフ「森林蓄積の状況」に示されている.「森林蓄積」とは,農水省による用語の定義は「地域森林計画及び国有林の地域別の森林計画対象の森林における当該計画樹立時の立木の材積」であり,森林資源を樹木の概算体積で表した値である.
 この「森林蓄積」は,人工林面積がピークに達した昭和五十六年 (1981年) 以降も増え続け,この年に1054百万立方メートルだった人工林の森林蓄積が平成二十九年 (2017年) には約三倍に増えている.
 これは人工林の森林蓄積が,伐採して利用するのに適した時期が来ても立木のままに置かれているということである.理由は,伐採・製材しても安価な外国産材との競争に勝てないからだ.
 
 問題は,この未利用森林の中に,管理が放棄された人工林が増えたことである.理由は,日本の林業が経済的に成立しないことと後継者不在のために衰退したことだ.
 昔々,東大農学部の学生だった私は,単位数稼ぎのために林学の講義を履修した (昭和四十五年だったか六年であったかは忘れた) のだが,その当時既に日本の林業は悲観的な状況にあった.
 受講終了試験の代わりのレポートに「戦後,スギの植林が続けられているが,いずれ未利用資源化するであろう」と書いた記憶がある.
 その後の五十年のあいだ,スギの未利用資源化を回避する林業政策は行われず,現在の状態になった.
 専門家ではない一介の学生の予測通りになったわけで,当時から今に至るまで如何に政府が林業に無関心であったかがわかるというものだが,それはさておき花粉症のことだ.
 管理が放棄されたスギはどうなったか.
 スギは植えてから十数年経つと雄花 (スギは雌雄同株) ができはじめ,本格的に花粉が生産されるのは樹齢三十年程度からとされている.
 すなわち,戦後に盛んに植栽されるようになったスギは,昭和の終わり頃に花粉を大量に生産し始めたのである.
 上に掲載したグラフ「森林蓄積の状況」を下に再掲する.これは戦後,スギが作る花粉が経年的に著明に増大してきたことを示しているのである.
 
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 花粉量の経年増加に拍車をかけたのが,林業の衰退であった.このことを次に述べる.
 スギでもヒノキでも,苗を植えたあとは手入れ (下刈,除伐,枝打,間伐) が必要である.(参考資料;出雲地区森林組合「植栽・下刈・除伐・枝打・間伐」)
 作業の中でも重要なのは枝打ちである.(Wikipedia【枝打ち】を参照)
 樹木の枝の部分は,製材して板や角材にした際に節として現れる.この節が生じないように,あるいは生じたとしても樹皮を幹に巻き込んだために節が抜け落ちることを回避することを目的として,あらかじめ下層の枝を切り落とすことを枝打ちという.
 この作業を怠ると,スギは多数の枝が繁茂して,スギ林は鬱蒼たる密林と化す.
 
[手入れされたスギ人工林]
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(パブリック・ドメイン画像,From Wikimedia Commons,File:Cryptomeria japonica.jpg)
 
[管理放棄されたスギ人工林]
JIJI.COM《風に乗って飛散するスギ花粉【時事通信社】
 スギの枝が盛大に茂るということは,枝に着く雄花の数が増えて結果として花粉も盛大に飛散するということだ.
 この画像は,その様子を示している.
 
 少し詳述し過ぎたかも知れない.ここまで述べたことの結論は,川口友万の主張すなわち《70年代から杉の面積はほとんど変わらない。しかし花粉症患者は右肩上がりで増加している。つまり花粉症患者が増えている理由は、杉ではなく人間側にあるわけだ》はデマであるということだ.
 なんとなれば昭和五十六年以降,スギ人工林の面積はほとんど変わらなかったが,しかしスギの雄花の数すなわち飛散花粉量は一貫して右肩上がりに増加してきたからである.
 それを明解に示しているのは林野庁が公表している「森林資源の現況」調査の「森林面積・蓄積の推移」(下図) である.
 すなわちスギ人工林における森林蓄積の増大は,スギ雄花数の増大をもたらしたからである.
 
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 理学部卒でありながら,大学で科学的思考の方法論を学ばなかった川口友万は,スギ人工林面積が増えなければスギ雄花の数も増えないはずだと思い込み,そこから
[A]《70年代から杉の面積はほとんど変わらない。しかし花粉症患者は右肩上がりで増加している。つまり花粉症患者が増えている理由は、杉ではなく人間側にあるわけだ。
 
という妄想を作り出した.
 そして
 
[B]《戦後しばらく日本人はスギ花粉でアレルギーを起こすことはなかった。高度経済成長期以降、花粉症が増えている。つまり、その頃から日本人の生活環境でアレルギー反応を敏感にした何かが、右肩上がりに増えているのだ。
 
 と言い出した.
 高度経済成長以降,花粉症が増えた要因で最も大きいのは,上に述べてきたように,スギ人工林が手入れせずに放棄され,枝が繁茂し,その結果,雄花数が激増したことである.
 それに次ぐ要因として研究者に疑われてきたのは大気汚染である.
 花粉症の抗原である花粉のタンパク質が,大気汚染物質によって修飾を受けることについての実証的研究があり,大気汚染説は有力な仮説である.そこで現在も大気汚染観測体制の整備が進められている.
 その他にもいくつか黄砂などの環境因子の影響が疑われており,Wikipedia【花粉症】に列挙されている.
 それらの仮説に比較すると,根拠に乏しいのがヒトのアレルギー素因が増大しているとする説だ.
 川口の説もそれと同じで,仮説以下の説に過ぎない.
 アホくさいので詳しい批判は省略するが,川口は現代ビジネス誌に載せた妄想記事の後半で支離滅裂な推論を重ね,遂に到達した結論は「花粉症は食生活の欧米化が原因だ」「小麦が悪い」《米を食べることで、免疫が働いてコロナにかかりにくい! 他にも米を食べると脳の灰白質が増え、IQが高くなる》w,「日本人にはお米が合っている」「お米を食べよう」である.しかし米の消費拡大に努力を重ねている農水省でも「米を食べるとコロナにかかりにくい」なんてデマは迷惑に違いない.
 世間的には,理学部卒は優秀であると思われている.然るに川口友万は理学部卒でありながら無知無学無教養で世に恥を晒している.
 母校の評判に泥を塗っている川口は,後輩たちに詫びるべきである.
 
 昭和四十六年の秋,農学部生の私は「林学演習」という講義を受けた.その前に「林学」の講義を履修していたので,その関連である.
 演習という講義名の通り,これはフィールドで行われた.場所は東大の千葉演習林である.現在のJR安房天津駅から山奥に入ったところにある.
 その演習では,履修する学生たちは合宿施設で寝泊りした.林道の測量とか,まだそれほど高くないスギの木に登っての枝打ち作業も実際にやった.「林学」の講義は退屈だったが,演習は面白かった.
 演習林では林学科の研究者たちが色々な研究をしていたが,その中で今でも覚えているのがある.
 当時,まだスギ花粉症は社会問題化しておらず,スギの植林が政策的に推進されていたので,スギの苗木を効率的に生産する必要があった.
 そこで演習林では,スギの苗木からスギの種子を採る方法の開発が行われていた.
 学生たちは,プランターに植えられた小さな苗木が雄花と雌花を着け,一丁前に種子ができる様子を見学した.いわばスギの木のミニチュアであるが,こうすると品種改良に要する時間を大きく削減できるわけだ.
 あれから半世紀を経て現在は,花粉を作らない優良なスギ品種の開発が花粉症対策の重要課題であるから,昔と研究の方向が完全に逆である.苗木なのに花粉を作るミニチュアのスギ品種はその後どうなったのだろう.
 演習の最後に,私たち学生は演習林でスギを記念植樹した.もし伐採されていなければ樹齢五十年の木に育っているはずだ.
 
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2023年4月20日 (木)

鶏肉の低温調理はリスクが高い

 E-TALENTBANK《高畑充希、撮影現場で作っている食べ物に驚きの声「すごすぎる!」「よぎりません?」》[掲載日 2023年4月19日 20:45] から下に引用する.
 
4月18日、テレビ朝日系『家事ヤロウ!』に、高畑充希が出演。撮影現場での“ある行動”を明かし、出演者を驚かせた。
 番組中、高畑は“低温調理器にハマっている”として「塩麹ぶっ込んだ鶏肉ぶちこんで、40分ぐらい置いといたらサラダチキンみたいな」「塩麹味のが出来るんですけど、中が薄ピンクみたいなので食べれるから。現場とかでも(電源)さしておけば作れるから」とコメント。
 他の出演者が「現場で作るんですか!?」と驚きの声をあげると、高畑は「昼休前に、あと1時間ぐらいで昼前終わるかなと思ったら(電源)さしといて、昼ぐらいにちょうど食べ頃」と説明した。
 
 この日の《家事ヤロウ!》を私は観ていたのだが,高畑充希さんの発言を聞いて「困ったものだなあ」と思った.
 私はこのブログで何度も書いたのだが,鶏肉のタタキはもちろんのこと,焼鳥でも加熱不足だとカンピロバクター食中毒を起こす確率が高い.
 厚労省もカンピロバクター食中毒について啓蒙 (下図) しているのだが,一向に減らない.
 
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 加熱しない鶏肉 (鳥刺) あるいは表面だけ加熱した鶏肉 (鳥タタキ) を食べる習慣がある鹿児島県や宮崎県では,カンピロバクターが検出されないように製造した特別な鶏肉が流通しているが,それでもカンピロバクター食中毒は発生する.
 ましてや九州を除く地方に流通している普通の鶏肉は,加熱不足な調理で食べると,かなり危険である.(厚労省のデータによると60%以上が汚染されている)
 下痢などの単純な食中毒ならまだしも,テレビ番組で時々紹介されるギランバレー症候群を希に発症することがあり,大ごとになる.
 
 高畑さんがハマっている低温調理機で調理する場合,加熱温度の設定によるが,60℃程度では100分の調理が必要である.70℃超でも70分以上が必要である.(参考;PRESIDENT Online《「7割の鶏肉には食中毒リスク」自家製サラダチキンでは"新鮮な肉も危険"といえるワケ 「火を止めて放置」では殺菌できない》[掲載日 2022年2月11日 10:00])
 低温調理を行うには食中毒についての知識が必要だが,《家事ヤロウ!》での発言を聞いた限りでは,高畑さんにはその知識がない.高畑さんがカンピロバクター食中毒になって,仕事に穴をあけることがないように祈りたい.
 
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2023年4月17日 (月)

優先席

 先日,所用で外出する折に自宅の近くのバス停でバスが来るのを待っていた.
 バスを待っていた列の先頭は夫婦と思われる若いカップルであった.男性はスラリと身長高く均整のとれた体格の若者で,妻と思われる女性は,栗色の長い髪の美人だった.
 男性は肩ベルトタイプの抱っこ紐を装着し,小さな赤ちゃんを抱いていて,女性は赤ちゃんグッズを入れていると思しきトートバッグを手に持っている.二人ともノース・フェイスのロゴが目立つ高そうなジャケットを着ていて,いかにもファッショナブルな最近の若い人たちであった.
 その次に列に並んでいたのは,時折このバス停で見かける中年の男性で,片脚が不自由で杖を持っている.
 その後ろは白髪の小柄な女性で,たぶん八十歳は越しているだろうと思われた.
 これがダンジョンRPG なら,パーティの先頭は強い勇者だが,その後ろに負傷者と老婆と爺さん σ(^^) が続いている構成で,地下一階に潜ってすぐに全滅しかねない.w
 
 暫くするとバスがやってきた.
 中扉が開いて,待っていた乗客たちはステップをあがった.
 ドアの反対側に優先席が並んでいるのだが,一つを除いてすべて中年の女性たちが腰かけていた.
 先頭のカップルの女性が「優先席があいてるよ」と言うと,赤ちゃんを抱っこした青年はためらいもなくその優先席に腰かけた.
 彼らは,バス停に並んでいるときに,自分たちの後ろは杖を持った障碍者と高齢女性だと知っている筈だ.
 それなのにパーティ先頭の我らが勇者は,戦闘力の低いメンバーを置き去りにして真っ先に優先席に腰かけたのである.
 
 優先席の横の窓ガラスには,優先席であることを示すピクトグラムが貼ってある.
 それによく似たネット上のフリー画像を拝借して下に載せる.
 
20230418c2
 
 左から高齢者,妊婦,赤ちゃん連れ,体の不自由な人,である.
 もちろんそれぞれに優先順位があるわけではないが,優先席が一つしか空いていないのであれば,自ずと優先の度合いがあって然るべきだと私は思う.
 まず,第一優先は,バス停で列の二番目に並んでいた脚の不自由な中年男性だろう.
 次は,列の三番目にいたかなり高齢の女性.
 それから赤ちゃん連れの勇者ということになろう.
 私はというと,頭髪こそ真っ白であるが,見た目が爺さんぽくないので,普段からバスや電車で席を譲られることがないから,立っていても構わない.
 優先席に腰かけた赤ちゃん連れ勇者にも驚いたが,それにも増して呆れたのは,いくつもある優先席を占拠していた中年のモブ女たちが,障碍者男性に席を譲らなかったことだ.
 学生さんたちは,車内が込んでいる時は最初から席に腰かけずに立っているから,弱者に対して心優しいと思うが,中年クズ女たちは,まことに図々しい.障碍者に優先席を譲れ,と言いたい.
 
[追記]
 この記事の結びのセンテンスに《学生さんたちは,車内が込んでいる時は最初から席に腰かけずに立っているから》と書いた.
 私が大学を卒業した頃までは《車内が込んで》と書くのが正しい表記だった.もちろん入試などの試験答案に「道が込んでいた」とか「人込み」と書かずに,「道が混んでいた」「人混み」と書いたら,間違いであるから減点された.
 明治大正から昭和の後期に至るまでは,新聞でも文学作品でも「混む」という用例はない.
 ところが昭和の終り頃に「込む」を「混む」と誤字を書く無教養な者が増えてきて,遂に広辞苑など一部の国語辞書が「混む」という項目を立てるまでになった.これは「混雑」からの連想で「混む」と書いたのであろう.
 悪貨は良貨を駆逐するとかで,現在では「混む」のほうが普通だろう.というか,ウェブ上には<「電車が込む」は間違いです.混雑しているのだから「電車が混む」と書くのが正解です>と言い切る馬鹿サイトまで存在している.こういう馬鹿サイトは,鴎外も漱石も誤字を書いていたと主張しているわけで,まことに情けない.馬鹿につける薬はないのである.
 というわけで私は未だに《車内が込んで》と書く.雀百まで,というやつである.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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2023年4月16日 (日)

製糸女工に関する,あるブログ記事の誤りについて

 コオロギの食材化で一躍全国に社名が知られた株式会社グリラスの企業サイトに次の文言がある.(《昔は55種も食べていた、日本の昆虫食の歴史》[掲載日 2022年1月17日])
 
昆虫食としての蚕は、糸を取ったあとの蚕です。蚕を食べる習慣は中国や韓国にもあり、漢方薬としても効能を発揮するといわれてきました。日本でも蚕は食用として人気があり、第2次大戦中には小学校でイナゴ採りが推奨され、製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした
 
 かつて長野県や群馬県などで隆盛を誇った製糸産業の工場では,養蚕農家から買い取った繭を,まず高温で熱風乾燥処理 (乾燥工程あるいは乾繭工程と称する) して,中の蛹を殺した.
 こうして蛹を殺してしまえば,繭を製糸原料として貯蔵できることになる.
 しかしこの乾燥と貯蔵工程で蛹のタンパク質は変性し,おそらく含硫アミノ酸残基が過酸化して分解し,著しい悪臭の臭気物質を生成する.
 この悪臭は,初めて経験する人は嘔吐すること間違いなしで,これを口に入れるのは拷問に近い.
 養蚕地帯であった群馬県の前橋市の生まれ育ちである私はこの激しい悪臭を知っているので,《製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした》はとても信じられない.
 私は現在,グリラス社が拡散しているこの流言の発信源を調査中である (ほぼ突き止めた) が,その調査過程で気づいたことがある.
 それは,かつて製糸工場で労働に就いた女性,つまりいわゆる女工 (古くは男工や工男という言葉もあったが,これらはほぼ死語となっている)  たちについて書かれたブログ等の記事を読むと,細井和喜蔵の『女工哀史』と山本茂実の『あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史』を混同している人がかなりいるということだ.
 一つ下に例を挙げる.
この実を見るといつも「あゝ野麦峠」を思い出します。それほど子供の頃に観た映画は強烈なインパクトが》[掲載日 2017年9月18日] である.このブログの筆者は,植物園に生えているセンダンを紹介したあと,次のように書いている.
 
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 上にスクリーン・ショットで引用した箇所には誤情報が下記の二つある.
(1) センダンの実の毒性に《人間の子供だと6~8個が致死量》だという情報
(2) 《「あゝ野麦峠」(原作名:女工哀史)》という嘘
 
 まず (1) から解説する.
 センダン (栴檀) は普通,センダン科センダン属に分類される落葉高木の一種を指す.日本では伊豆半島以西の本州,伊豆諸島,四国,九州,沖縄に分布する.
 ただし香木として有名な白檀も栴檀 (センダン) と呼ばれることがあり,「栴檀は双葉より芳し」の栴檀は白檀のことであるが,これはセンダン科センダン属のセンダンとは別の植物である.
 このセンダン科センダン属の英名は chinaberry あるいは chinaberry tree であるが,和英辞書にはセンダンの英単語として china tree も載っているので紛らわしい.
 前者はおそらくインドから中国にかけてが原産地であるが,後者は南米の植物であるらしい.私は南米産の china tree の知識がないのでこれ以上の言及は避ける.
 ちなみに,第一次世界大戦中,日本海軍は英国から駆逐艦ミンストレルを貸与され,これを栴檀と呼んで雑役艦として使用した.艦隊ファンは既に承知の無駄知識である.
 さて本題.センダン科センダン属のセンダンの実は有毒であり,この実が落ちているところで犬を散歩させていると食べてしまうことがあるという.
 センダンの実を食べた犬は中毒症状を呈すると,いくつかの動物病院のサイトに書かれているが,上の引用中の《人間の子供だと6~8個が致死量》の根拠は疑わしい.なぜならセンダンの実にはサポニンが含まれており,苦みがあるために私たち人間は死ぬほどの量を食べることは無理だからである.(毒として用いる場合を除く;後述)
 サポニンはサポゲニン (ステロイド骨格あるいはトリテルペン骨格を有する数種の化合物の総称) に糖が結合した配糖体化合物の総称であり,一般に人間がサポニンを含有する植物を口に入れて咀嚼すると不快な渋み,苦み,「えぐ味」を感じるので,嚥下できない.
 例えば大豆は栄養豊富な食材であるが,サポニン (大豆サポニン) を含むために不快な味がするので,そのままでは可食ではない.そこで古くから日本人は大豆サポニンの不快味を低減する様々な加工方法,調理方法を考案してきた.これが今は世界中に広まっていることは周知のことである.
 しかしセンダンは,苦いサポニンを含むが,民間では生薬としても用いられ,果実は苦楝子 (くれんし) または川楝子 (せんれんし) と称される生薬で,煎じて整腸薬あるいは鎮痛剤として内服した.樹皮は苦楝皮 (くれんぴ) と称される生薬で,同じく煎じて駆虫剤として内服した.(ただし日本薬局方外生薬規格には記載がない)
 ところがセンダンには,果実にも樹皮にもサポニンの他にメリアトキシンという毒性の強い化合物が含まれていて,煎じ薬の用量を誤ると中毒症状を呈することが知られている.
 苦楝子や苦楝皮の危険性については,株式会社ウチダ和漢薬のサイトの《生薬の玉手箱 | クレンシ・クレンピ (苦楝子・苦楝皮)》に次の記載がある.
 
苦楝皮には毒性があり、めまい、頭痛、睡気、むかつき、腹痛などを引き起こします。重い中毒の場合には、呼吸中枢の麻痺、内臓出血、中毒性肝炎、精神異常、視力障害などがあらわれることがあります。また、苦楝子にはより強い毒性があるとされ、これらの服用には慎重な注意が必要です。

 ウェブ上の資料によっては「センダンの実は,ヒトの中毒例は多い」と出典不明の記述がなされているが,しかし厚生労働省の公式サイトにある《過去10年間の有毒植物による食中毒発生状況 (平成25年~令和4年)》には一件も発生例は認められていない.これは幸いにも,センダンのサポニンが非常に不快な味であるために,メリアトキシン中毒を発症するほど多量に,センダン果実を摂取できないからだろう.昔から「良薬は口に苦し」というので我慢して煎じ薬を服用するが,これが薬でなければ飲むやつはいない.
 実は私は小学生の頃,センダンの樹皮 (苦楝皮) 煎じ薬を飲まされたことがある.なぜ飲まされたか記憶がないが,それはもう酷い臭いと不快味で,それ以後私は,生薬の煎じ薬は見るのも嫌になった.
 犬の飼い主はよく知っていることであるが,犬は多少の大きさの木の実などは咀嚼せずに飲み込んでしまう.歯が咀嚼に適していないからである.そのため中毒事故を起こすのであろう.
 しかし人間は犬と違って,固体を摂食するときは丸のみせずに咀嚼してから嚥下するので,サポニンを含有する果実等は,異常を感知して吐き出す.結果論でいえば,人間は咀嚼と,サポニンを不快と感じる味覚によって,毒の摂取を回避しているわけだ.
 さて上に引用したスクリーン・ショットに書かれている《犬だと5~6個、人間の子供だと6~8個が致死量と言われています》との記述について検索して調べてみると,《竹内どうぶつ病院》というサイトに書かれている《「犬のセンダン中毒」》[掲載日 2018年11月3日] をコピーしたものであることがわかる.
 竹内院長の《「犬のセンダン中毒」》は突っ込みどころ満載で,おもしろいので少し紹介する.
 まず冒頭に次の記述がある.
 
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 竹内院長は《英名はChinaberry (キナベリー) と呼ばれています》と書いているが,どこの世界に chinaberry を「キナベリー」と発音する バカ やつがいるのだ.発音をカタカナで書けば「チャイナベリー」に決まっておろうが.w
 英語のできない中学生とか高校生は,辞書を引くのがめんどくさいので「キナベリー」などと素っ頓狂な発音をしてしまうのであるが,竹内院長は大学を出ているはずだから,ちゃんと辞書を引きなさい.辞書には発音は tʃáinɑbèri だと書いてあるはずだ.この語の発音はカタカナで書けば「チャイナベリー」だが,これを「キナべリー」と読むと思い込んでいるのなら,竹内院長はもう一度義務教育からやり直そう.
 もっとも最近は,ネイティブの発音を教えてくれるウェブサイトがいくつもあり,英単語を入力すると音声が出力されるので,竹内院長のように発音記号の読み方を知らない人でも,正しい発音が学べる.まことによい時代である.
 それはさておき,竹内院長は次のように書いている.
 
20230417b2
 
 センダンの中毒についてウェブを検索すると《犬の場合では、実の数で5から6個、ヒトの子供の場合、6から8個の摂取で死に至ると報告されています》をコピーしたと思われるブログ等が多数ヒットする.《この実を見るといつも「あゝ野麦峠」を思い出します。それほど子供の頃に観た映画は強烈なインパクトが》[掲載日 2017年9月18日] はその一つであるが,どれもこれも竹内院長の書いた記事の数値を信じ込んで写したものと判断される.
 竹内院長のブログ記事以外の資料はないだろうか.
 検索すると,家畜がセンダン中毒を起こしたという事故報告 (学術論文ではない) は見出されるが,消化物の中にセンダンの核果が発見されたということからの推測で,確定診断がなされたわけではない.
 竹内院長が得た調査結果《人間の子供だと6~8個が致死量》は何を意味しているのか.
 人間の子供がセンダンの実を摂取して死んだ事例が本当に存在するのだろうか.
 子供のセンダン中毒に焦点を当てて検索を進めると,昭和初期に,日本の統治下にあった朝鮮で獣医をしていた井上國滋という人物が,獣医関係の雑誌に《ブタの「センダン」中毒の一例》と題した記事を執筆し,その中で《或成書で見ると葉根皮果肉は共に苦味を有し、其煎汁は驅蟲劑に應用せらるゝと云ひます、然るに俗間殊に朝鮮人の子供は食して居るのを時に見受けます、或人の話では露國人も食するとのことであります解眞僞は判りません、又化粧料に僕する地方もあるとのことです。之れも保證出來ません》と記している.(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 この記事によれば井上國滋氏は,子供が苦いセンダンの実を食べているのを時々見たことがあるが,中毒を起こして死んだとは書いていないのである.
 すなわちこれは,私が既に述べたように「人間はセンダンの実の果肉を誤食することはあっても,苦いので吐き出してしまうから中毒で死ぬことはない」ということを意味している.つまりヒトの致死量は不明であることを示している.
 では竹内院長は,どこから《ヒトの子供の場合、6から8個の摂取で死に至る》との情報を得たのか.
 出典を示さずに文章を書く人間は本当にタチが悪い.
 私がウェブを検索調査した限り《ヒトの子供の場合、6から8個の摂取で死に至る》と述べた学術論文は見いだせない.
 竹内院長が出典を示さないのは,情報源が学術論文ではないからだと考えられる.そこら辺の雑学本から引っ張り出した知識では,いくら何でも恥ずかしくて出典を示せないのだろう.
 さらに竹内院長は,お恥ずかしいことに《センダンの中毒物質は「リモノイドテトラテルペン構造」を持つ有害物質である「メリアトキシン(meliatoxin)」であるとされています。中毒量についてですが、豚、羊で体重あたり約 5 g/kgという報告があります。》と書いている.(1)
 これでは,ブタの体重を200kgとすると,メリアトキシンの中毒量は1kgだということになる.
 これは明らかに,竹内院長は「センダンの実の経口摂取致死量」と「メリアトキシンの致死量」を取り違えていることを示している.
 食塩でも,ヒトの経口摂取致死量は体重1㎏あたり0.5~1gだ.w
 さらに竹内院長は文末で《豚の報告では接種後約30時間で痙攣震え、頻脈、低体温症、昏睡等が引き起こされ死に至るとされており、その致死量は経口LD 50(半分の頭数が死に至る量)として、6.4ミリグラム/ kgが報告されています》と述べている.(2)
 これはメリアトキシンの毒性に関する学術論文“Yaoxue Tongbao. Bulletin of Pharmacology., 20 (247), 1985”の内容を,出典を示さずに示したものであるが,(1) の 5g/体重kg と,(2) のミリグラム/体重kg では数値が三桁も違う.これを見ても竹内院長は,有毒化合物のメリアトキシンと,有毒植物のセンダンをごちゃ混ぜにしていることがわかる.竹内院長は本当に獣医学部を卒業したのか疑わしい.w
 ちなみに,英語版Wikipedia【Melia azedarach】には《Fruits are poisonous or narcotic to humans if eaten in quantity.》と記述されている.(Melia azedarach はセンダンのこと)
 Wkipedia の英語版では「センダンの果実は大量に摂取すると昏睡状態になる」とだけ述べてあり,日本語版では毒性に関する記述はない.
 以上をまとめると,センダンの実を食べると《ヒトの子供の場合、6から8個の摂取で死に至る》は,竹内どうぶつ病院の竹内院長を発信源とする虚偽情報だと考えられる.
 
 次に「(2) 《「あゝ野麦峠」(原作名:女工哀史)》という嘘」について解説する.
 ブログ記事《この実を見るといつも「あゝ野麦峠」を思い出します。それほど子供の頃に観た映画は強烈なインパクトが》[掲載日 2017年9月18日] の筆者は,有名な映画『あゝ野麦峠』の原作が細井和喜蔵著「女工哀史」であると誤解している.
 いうまでもなく原作は山本茂実著「あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史」である.
 この誤解はネット上に広く拡散している.例を挙げると,《【食材メモ】カイコのさなぎ》[掲載日 2010年6月23日 12:40] に《長野の諏訪湖周辺には製糸工場が集中し、岐阜などから野麦峠を越えて働きにやってきた女工さんたちの過酷な労働については「女工哀史」に詳しい。彼女らは仕事の合間にたくさん出るさなぎをおやつ代わりに食べていたと聞く》と書いてある.おそらくこれが,細井和喜蔵著「女工哀史」と山本茂実著「あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史」の混同の最初の例である.文字を着色強調した箇所《「女工哀史」に詳しい》は嘘である.念のため確認したが,細井和喜蔵著「女工哀史」にそのような記述はない.
この実を見るといつも「あゝ野麦峠」を思い出します。それほど子供の頃に観た映画は強烈なインパクトが》[掲載日 2017年9月18日] の筆者は《【食材メモ】カイコのさなぎ》[掲載日 2010年6月23日 12:40] を読んで,ろくに確かめもせずに転記してしまったのであろう.せめて Wikipedia くらいは調べてから書けばいいのにと思うが,ネット情報を鵜呑みにする傾向が若い人に多いことの一例である.
 
 ところで,《この実を見るといつも「あゝ野麦峠」を思い出します。それほど子供の頃に観た映画は強烈なインパクトが》[掲載日 2017年9月18日] の筆者は次のように書いている.
 
20230417c2
 
 この人は《そもそも製糸工場のあった長野県の山中に、亜熱帯域に自生するセンダンが存在していたのか、という疑問点もあります》と自分で書いておきながら,その疑問点を調べて解決することなく《でも私の頭の中では、センダンの実と、あの可哀想な少女が食べていた木の実が完全に合致していて、毎日ガーデンでセンダンを見るたびに、あゝ野麦峠を思い出しています》と勝手な想像を書いて,嘘情報の発信源になってしまっている.
 長野の山中にセンダンの木はない.東日本の山中に自生している,果実が有毒な植物といえばイチイである.
 イチイの実の果肉のような部分は可食であるが,中に入っている種子を飲み込んだり,噛みつぶして食べると,種子に含まれる毒性化合物タキシンの毒で死亡することがある.ちなみに短歌誌『アララギ』は,イチイの別名のアララギから採った誌名である.
 
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2023年4月15日 (土)

四十三年前の水中花

 御都合主義のインチキヒロインが活躍したNHKの朝ドラがようやく終わって,次は牧野富太郎をモデルにした《らんまん》が始まり,よかったよかったと思ったのだが,視聴者の評判がよろしくない.
 東洋経済オンライン《朝ドラ「らんまん」早々に不評の声が飛び出すワケ あえて“地味"で“差別"の物語が選ばれた背景》[掲載日 2023年4月14日 18:00] から下に引用する.
 
多くのネットメディアが「近年の朝ドラで最も視聴率が低い」ことを報じているほか、ネット上に「つまらんまん」という批判的なダジャレが書かれるなど、厳しいスタートとなってしまったことは間違いないでしょう。
 もちろん、「やっぱり実在した人物の話は安心して楽しめる」「こういう落ち着いた感じの朝ドラもひさびさでいい」「たくましい女性主人公の朝ドラが多かったけど男性主人公の物語も面白い」などのポジティブな声も多く、何よりまだ始まったばかり。ここまで書いてきたようにネガティブな声の理由となっていた「差別」「地味」も、作り手の意図あってのものだけに、継続視聴を迷っている人は、もう少し長い目で見続けていいのかもしれません。
 NHKは第3週から本格的に登場する神木隆之介さんへの期待感を高めるべく、14日深夜にこれまでの2週分を再放送したほか、15日深夜にも神木さんの主演作「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」(NHK)も放送。さらに16日にも「ダーウィンが来た!」(NHK)で「ようこそ!牧野富太郎の植物らんまんワールド」、「趣味の園芸」で「牧野富太郎 植物への愛」(NHK Eテレ)を放送するなど、「らんまん」を全力で盛り上げていこうという姿勢がうかがえます。
「日本の植物学の父」と言われる牧野富太郎さんがモデルの作品であるため、植物の監修も徹底的に行っているようですし、「本気のNHK」という点でも、どんな作品に仕上げてくれるのか楽しみです。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
「ダーウィンが来た!」で「ようこそ!牧野富太郎の植物らんまんワールド」、「趣味の園芸」で「牧野富太郎 植物への愛」》を放送して,NHKは《らんまん》を盛り上げようとしていると筆者の木村隆志は書いているが,一つ見落としている.
《グレーテルのかまど》の《牧野富太郎の百合(ゆり)ようかん》[初回放送日: 2023年4月10日] だ.
 この放送の中で,牧野富太郎の妻,壽衛が旅先の夫に宛てた巻紙の手紙が紹介された.
 その中で壽衛夫人は,富太郎を牧チャンと呼んでいる.私はこれは初耳だったので大層感動した.あの時代にチャン付けだ.
 そして富太郎は,新種のササに亡くなった妻の名を与えた.これで朝ドラとしての骨格は,富太郎と壽衛の夫婦愛を軸に展開することが決定である.
 壽衛の死後を描くとすると,富太郎を憎んで富太郎の業績を妨害したことで知られる松村任三教授をヒールとして登場させねばならず,これはモデル問題が起きかねない.というわけで,ドラマは壽衛の死までを描くと予想する.
 
 さて,ドラマ制作陣は,高齢者へのサービスも怠りない.
 言わずと知れた松坂慶子さんだ.私より少し若い七十歳.
 富太郎の母は若くして亡くなるが,「富太郎が当主になるまで死なん!」と言い切った旧家の大黒柱を演じる.
 これまでにも時代劇の端役で武家の妻を演じたことはあるが,今回はまことに堂々たる風格で,これを観た全国の爺さんたちは,彼女が花も恥じらう二十七歳の時の大ヒット曲「愛の水中花」を検索して動画を観て 落涙し 感動したに違いない.YouTube《愛の水中花 松坂慶子(27歳)》である.
 
 当時の松坂慶子さんの人気は凄かった.
「愛の水中花」のリリース前年に発売されたハウス食品の袋麺「本中華」は,「愛の水中花」がヒットしたあとは「愛の本中華」と呼ばれて,これも売れた.
 ラーメンは彼女に関係ないかも知らんが,思い出したので書いて置く.
   
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2023年4月12日 (水)

お飾りMC

 このブログに先週掲載 (4/5) した記事《悪意を込めて営業中》で,鶏肉には食中毒菌のカンピロバクターが検出されることについて注意を喚起した.
 その翌日のテレビ番組で,鶏肉の取扱についてとんでもない嘘が放送された.
 J-CASTニュース《先週紹介の「鶏肉を水で洗う」は間違いでした 安住紳一郎アナが謝罪 食中毒菌二次汚染の恐れあり》[掲載日 2023年4月11日 11:20] から引用する.
 
「先週木曜日(2023年4月6日)、この番組内で鶏肉を水で洗うという調理方法を紹介しましたが、間違っているとの指摘を多数いただきました。おっしゃる通りで誤解を招く放送を出してしまいました。本当に申し訳ございませんでした」と、今日11日の「THE TIME'」でMCの安住紳一郎アナが謝罪した。
 6日の番組では、卵の高騰に関連して、安い外国産の鶏肉に関心が集まっているという話題を取り上げ、鶏肉をおいしく食べるには「ぬめりがとれるまで水で洗い、付着物を流すこと」と調理法を紹介。それに対し番組放送中に間違っているとの指摘をうけ、番組最後に安住アナが「厚労省などによりますと、(鶏肉を)水洗いすると、食中毒菌などが拡散する恐れがあるため、水洗いしないよう呼び掛けています。私たちの情報があやふやなままで申し訳ございません。また週をあらためまして正しい情報をお伝えしていきます》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 デマを流してから,安住アナが訂正するまでに五日間も経過している.安住アナはその間,何をしていたのか.正しい知識を調べる気になれば,三十分もかからぬ.
 安住アナは調理を一切しない人間とみえる.そういう人は,食品の調理についてエラソーなことを吹聴せぬのがよい.
 放送後に「安住さんが勧めているから」と考えた視聴者が鶏肉を洗って調理し,その結果,カンピロバクター食中毒を起こしたら,どうやって責任をとるつもりなのか.
 この手の番組のМCの中には,スタッフと入念な打ち合わせをしてから放送に臨む人がいると聞く.
 安住アナは,神輿に乗っているだけのお飾りMCなんだろう.
 
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2023年4月11日 (火)

迷惑マーケティング

 Microsoft Edge のニュースフィーダーの外観は,下の画像のように,一つのニュースは画像とテキストのキャプションからできている.
 
20230411a2
 
 上の画像で動画が並んでいるところに,たぶん動画サイトで閲覧回数の多い動画が掲載されるようになっている.
 ここにいわゆる迷惑系の動画らしきものが載るのだが,一例を挙げると,コレ(↓)だ.
 
20230411b2
 
 例の,吉野家で紅ショウガを直箸で食った男の動画を閲覧したら,次にこの《オシッコかけてみた》が居座った.
 うかつにこれをクリックすると,新たな迷惑動画が出てくるのだろう.
 アマゾン・プライムでも,特に理由もなくR指定のヨーロッパ映画を視聴したら,アマゾンの野郎,怒涛の勢いでエロ映画を「推し」てきたので閉口したことがある.
 こういうシステムは,私という人間を勝手に邪推して値踏みされているみたいで,非常に不愉快である.
 
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2023年4月 9日 (日)

通販のトラブル

 ここ最近,私は通販のトラブルが二件続いている.
 一つはアマゾンに出品している某古書店への注文だ.
 その古書店は先週月曜日に商品を発送し,同日にアマゾンから私宛に「Amazon.co.jpのご注文商品が発送されました」とのメールが届いた.
 そしてアマゾンの「注文履歴」から「配送状況を確認」を閲覧すると「配達中」となった.
 しかしそれ以後,ずっと「配達中」のままである.
 配送業者は日本郵政であるが,日本郵政に問い合わせするには「問い合わせ番号」(トラッキングID) が必要で,アマゾンからの連絡にこの「問い合わせ番号」は記載されていない.つまり私から日本郵政に配達状況を確認することができない.(出品者によっては,発注者にトラッキングIDをメールに記載して連絡してくれるが,この古書店はそういう配慮をしない業者だった)
 このまま放置すると,どうなるのか.古書店としては既に発送しているわけだから,キャンセルは受け付けられないだろう.
 この古書店についてアマゾンのユーザーレビューを調べると,荷物が行方不明になったという例が出てくる.年賀はがきの大量行方不明 (配達がめんどうくさいという理由で配達員がどこかに捨ててしまう) は日本郵政の得意技だが,正月でもないのに困ったものだ.
 もし日本郵政が出品者に「配達しました」などと嘘の連絡をしてしまうと,私がネコババしたみたいなややこしいことになるので,その前に出品者に「商品が届かなかった」との連絡を入れた.アリバイ作りである.
 ただしこの古書店は,私以外にも,商品が届かなかったというレビューがあるので,実はこの古書店の「Amazon.co.jpのご注文商品が発送されました」が嘘だという可能性は捨てきれない.
 アマゾンの言い分は,出品者に商品未配達の連絡をすれば「48時間以内に出品者が解決するだろう」である.ブログ記事の資料なので,そんなに悠長に待っていられないのだがなあ.
 
 もう一つはアマゾンに注文した食品が行方不明になったこと.
 アマゾンの「注文履歴」ではヤマト運輸が配送業者になっているので,私の住む地域のヤマトのドライバーの携帯を調べて直接電話したところ,配送はヤマトではなく,ヤマトの協力会社が担当しているとの回答だった.
 そのヤマトのドライバーに,協力会社の配達員に問い合わせを頼んだら,協力会社の配達員は「ポストに配達した」と言い張っているそうだ.
 しかし商品は食品の詰め合わせなので,拙宅のポストに入らないと思われた.
 そこで,置配は証拠写真を撮るはずだと言ったら,ポスト配達の場合は写真を撮らなくてもいい社内ルールになっているという.
 これ以上追及して宅配便の配達員 (実際に配達する協力会社の担当者) とトラブルになると,次回から商品をボコボコにされたりする恐れがあるので,通行人に盗まれたということにして匙を投げた.
 宅配業者は人手不足で,配達員の質が低下しているのではないか.
 
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2023年4月 7日 (金)

「オンライン問診だけでお薬が宅配される」時代が来る

 NHK《きょうの健康 ニュース「始まった電子処方箋 現状は?」》[初回放送日:2023年3月30日,再放送:2023年4月6日] から下に引用する.
 
1月26日に全国で運用の始まった電子処方箋。医療機関と薬局とがオンラインで情報をやりとりできるようになり、紙の処方箋がなくても薬を受け取れる仕組み。薬が重複して処方されていないか、のみ合わせの悪い薬が処方されていないか、自動的にチェックできるなどのメリットが。しかし導入した医療機関や薬局はまだ少なく、全国的に混乱がみられる。電子処方箋はどんなもので、現状どうなっているのか、などを解説。
 
 この番組では,医療情報システム開発センター理事長・山本隆一氏が,《1月26日に全国で運用の始まった》とされる電子処方箋のメリットを大々的に宣伝した.(山本氏は大阪医科大学医学部卒業ののち,研究畑を経験した医師で,政府の天下り官僚ではない)
 山本氏の主張は,(1) 医療機関と調剤薬局は,患者の過去の処方データを過去三年に遡って参照できる,(2) 患者本人も処方データのオンライン窓口にアクセス (マイナ保険証が必要) することで,過去の自分の処方データをパソコンやスマホで確認できるようになる,の二点である.
 
 まず (1) は,評論家の荻原博子さんら有識者が批判しているが,電子処方箋は過去三年しか遡れないという致命的欠陥がある.
 この「三年も遡れる」を山本理事長はメリットだとしているが,批判派は「三年しか遡れない」と反対している.
 同じ状態を政府はメリットだと言い,批判派はデメリットだと言っている.
 これまで厚労省は「かかりつけ医」のメリットを国民に啓蒙してきたが,電子処方箋が国によって医療機関に強制されると,全国の「かかりつけ医」は,スタンドアローンの院内システムで保管している患者の過去五年十年,高齢者なら二十年 (私のかかりつけ内科医は二十年の付き合いである) のデータを捨てて,たった三年のデータベースしか参照できなくなる.
 これは「かかりつけ医」の重要性を大きく低下させる政策転換だ.
 厚労省のサイトに掲載されている《「かかりつけ医」ってなに?》から下に引用する.
 
20230407b
かかりつけ医」をもつメリット
 1 日頃の状態をよく知っているかかりつけ医であれば、ちょっとした体調の変化にも気づきやすいため、病気の予防や早期発見、早期治療が可能になります。
 2 かかりつけ医がいれば、病気や症状、治療法などについて的確な診断やアドバイスをしてくれます。
 3 かかりつけ医は必要に応じて適切な医療機関を紹介してくれます。
 
 政府厚労省が現在推進しようとしている政策は,「かかりつけ医」でも最近流売のオンライン医療企業でも,同じ処方データを参照するという方向である.
 ならばクリニックに行かなくても医薬品が手に入るオンライン医療企業を利用しようとする国民が増えてくるに違いない.テレビでやたら宣伝しているオンライン医療企業の売り文句は《診療・処方・おくすりの配達までオンラインで即完了》だ.これが普及すると,日本の医療レベルは格段に低下するだろう.医療の基本は,医師が患者と対面で行うことだからである.
 考えるまでもない.問診だけで,検査も触診もなしに薬が処方されて患者の自宅に届けられるということは,事実上,調剤薬局が医師の代行をするということである.
 この危険な医療政策には,医師会が歯止めをかけてくれるだろうが,政府が強行すればどこまで抵抗できるか心許ない.
 マイナ保険証の義務化は,オンライン診療と医薬品の宅配化という危険な方向を推進するのであることを私たちは知っておく必要がある.
 
 次に (2) について,山本理事長の主張を聞いた司会の岩田まこ都アナは《これまではお薬手帳を見ないと自分で確認できなかったのが,電子処方箋になって,ネットで確認できるようになったということですよね》と述べた.
 だが,《これまではお薬手帳を見ないと自分で確認できなかったのが,電子処方箋になって,ネットで確認できるようになった》は,「これまではお薬手帳を見れば自分の過去に処方された薬を確認できたのに,電子手帳になるとネットにアクセスしないと確認できなくなる」と同じことを言い換えただけである.
 これは,言葉遊びしている見せかけだけの「電子処方箋のメリット」である.
 しかも,山本理事長自ら,番組放送中に述べたが,今後暫くは従来の「お薬手帳システム」と「電子処方箋システム」の併用時代が続く.
 医療機関と調剤薬局は,二つのシステムを同時に走らせなければいけなくなった.大変な負担である.
 しかるに実際には現在,電子処方箋を発行できる病院は全国にわずか六病院しかない.日本の医療はこれで大丈夫か.国民は,政府厚労省行政の「仕事しているフリ」の犠牲になっているように思われる.
 
 ヨーロッパで,既に処方箋のデジタル化を完了した諸国は,処方箋を紙でもらうか電子処方箋かを患者が選択する (日本の方式) のではなく,健康保険証をICカード化して政府が国民に配布したと,NHK《きょうの健康》は放送した.
 なぜ日本が欧州式の迅速な医療デジタル化を真似できないかというと,構想開始以来十年経ってもいまだに立ち上がらないマイナ保険証の使用を前提にしているからだ.これはボタンの掛け違いである.
 
 電子処方箋は「紙の処方箋+お薬手帳」と併用するのであればメリットはないと山本理事長は公共電波で明言した.
 すなわち,患者が処方薬をもらうために最終的には調剤薬局に出向く必要があるなら,電子処方箋は単に紙の処方箋がデジタルになるだけである.
 これでは患者に大したメリットはないが,しかし処方薬の宅配とワンセットにすると初めて患者に「時短」価値が生じる.
 だが,医療の質の観点からして,それでいいのか.
 このままでは,オンライン問診だけで医薬が宅配される時代が来る.睡眠薬なんぞは飲み放題になる.誤診と薬害は自己責任の時代がくる.
 
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2023年4月 5日 (水)

悪意を込めて営業中

 毎日放送《焼き鳥店で5人が食中毒…加熱用肉を生のまま刺身で提供 営業停止処分 京都・宇治市》[掲載日 2023年4月4日 18:15] から下に引用する.
 
京都府宇治市の焼き鳥店が「加熱用」の鶏肉を生のまま「刺身」として提供し、男女5人が下痢や腹痛を訴えるなどの食中毒が発生したことが分かりました。
食中毒が発生したのは宇治市小倉町の焼き鳥店「彩香鳥」です。
 府によりますと、3月19日に店で飲食した15歳~34歳の男女5人が下痢や腹痛などの症状を訴え、うち4人から食中毒の原因菌の1つである「カンピロバクター」が検出されました。
 入院した人はおらず全員快方に向かっているということです。
 5人は「加熱用」の鶏肉を生のまま「刺身」として調理した「生鶏肉盛り合わせ」を食べていて、店側は「目視で確認し新鮮だから大丈夫だと思っていた」と話しています。
 府は店に対し数年前からこうした行為について指導を行っていて、4月4日から3日間の営業停止処分としました。
 
 上に引用した報道記事によれば《宇治市小倉町の焼き鳥店「彩香鳥」》の調理師は,食中毒細菌のカンピロバクターなどは食材の鮮度に無関係に食中毒を起こすことを知っていながら《目視で確認し新鮮だから大丈夫だと思っていた》と毎日放送の取材に対して虚偽のコメントを行った.
 なぜ「食中毒細菌のカンピロバクターなどは食材の鮮度に無関係に食中毒を起こすことを知っていながら」と断定できるかというと,保健所は,生鶏肉を提供しないように以前から「彩香鳥」を指導していたからである.
 しかるに「彩香鳥」はそれを無視し続けた.
 悪質極まりない.
 こういう極悪調理師は,数日の営業停止くらいではへこたれない.
 きっとまたやる.
 何度も食中毒を起こして営業許可がでなくなったら,店の名義を変えて再開するという手口がある.
 こういう悪質飲食店に対して行政は甘すぎると私は思うが,そもそも鶏の生肉を食おうという客が馬鹿である.
 食中毒になったのは自業自得である.
 
 「彩香鳥」の入り口には「心を込めて営業中」と書いた木の札が下げてある.悪意を込めて,と書け.

[追記]
 家庭の料理で,鶏ささ身の表面をあぶってタタキにすることがあるかも知れぬが,その際は一度湯通ししてからあぶることが肝心である.
 決して生で食ってはならぬ.生食するとかなり高い確率でカンピロパクターにやられる.
  
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2023年4月 4日 (火)

珈琲道

 昨夜,レギュラー放送に復活したNHK《阿佐ヶ谷アパートメント》を観たら,大阪の八尾市にある喫茶店「ミュンヒ」が話題に取り上げられていた.
 この喫茶店のマスターは,ドリップのコーヒーを淹れるのに一時間かけるのだという.
 そのシーンを見ていて私は,五十年余も前の学生時代に,本郷通りの小路にあった喫茶店を思い出した.東大の正門より少し農学部寄りの辺りであった.
 その店のマスターはドリップに一時間かけるのだという話を友人から聞いて,ある日,私は店に入ってみた.
 テーブル席がいくつかと,五,六人は腰かけられるカウンターがあったが,客は私一人だった.
 この手の喫茶店では,モカ・マタリを注文しておけば間違いがないと耳学問していたので,私はそれを注文した.
 するとマスターは豆を秤り,挽き,紙製ではない布のフィルターを使用してドリップの作業を始めた.
 珈琲道というのか,求道者のような修行僧のような面持ちでマスターは,フィルターの中の豆の粉に湯をゆっくりと注ぎ続けた.
 店にはBGMはなく,新聞も週刊誌もマンガ本もなかったので,私はマスターの手元を見続ける以外にすることがなかった.
 やがて一時間後,最後の一滴が落ちた.マスターは受け器からスプーン一杯のコーヒーをすくい取り,シュッと音を立てて口に吸い込んでテイスティングを行った.
 ようやくコーヒーが飲める.そう思ったのに,マスターは「嗚呼だめだだめだ」と言って,折角淹れたコーヒーを流しにぶち撒けて捨ててしまった.
 そうして再びコーヒーの豆を秤り,挽き,(以下同文)
 私はまたマスターの作業を眺めることになった.
 なぜこの喫茶店に客がいないかを私は理解し,このマスターは珈琲道の修行が済んでから店を始めてほしいものだと思った.
 
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2023年4月 2日 (日)

昆虫食 (二) /工事中

<昆虫食 (一) からの続き>
 
 Wikipedia【いなごの佃煮】に《イナゴは長野県(伊那谷地方)や群馬県など、海産物が少ない山間部では食用とされた》とあり,農水省のサイトへのリンクがある.しかしリンク先は長野県の郷土料理を紹介する記事であり,Wikipedia は根拠なく群馬県 (私の郷里) をイナゴを食べる地域としているが,これは嘘である.かつて日本中の田んぼが農薬まみれになった昭和三十年代にイナゴを食べる習慣は全国的に絶えたことを高齢者は良く知っている.食べようとしても入手困難になったのである.
 またイナゴの調理方法として《秋に田んぼなどで大量に発生するイナゴを集める》と書かれているが,イナゴが大発生するようなところは,もはや田んぼではない.稲作農業を放棄した荒廃地である.w
 こういう嘘を書くやつが跳梁跋扈しているから,百科事典としての Wikipedia の質は低いままなのである.デカデカと寄付要請の広告を載せている暇があったら,明らかな嘘は削除しろと言いたい.
 嘘といえば,コオロギ加工品を製造販売している例の株式会社グリラスは,公式サイトに次のようなことを書いている.
 
昆虫食としての蚕は、糸を取ったあとの蚕です。蚕を食べる習慣は中国や韓国にもあり、漢方薬としても効能を発揮するといわれてきました。日本でも蚕は食用として人気があり、第2次大戦中には小学校でイナゴ採りが推奨され、製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした。
 糸を取ったあとの蚕のさなぎは、佃煮にして食べるのが一般的です。蚕の佃煮は日本だけでなく韓国でも食べられており、タイや中国では油で揚げて食べることがあります。
 
 この一節中の《日本でも蚕は食用として人気があり》《製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした》は本当か.私には到底信じられない.
 
 明治の開化以後,長野県と群馬県は日本の養蚕業の中心となった.私は群馬県前橋市の中心部から南に少し外れた地域の生まれ育ちだが,小学校時代の昭和三十年代には,群馬の養蚕業は衰えていた.それでも当時,小学校への通学路には糸を繰る (作業名は「繰糸」という) 家内工業がまだ残っていて,初夏から晩秋までは,糸を取るために繭玉を鍋で煮る悪臭がそこら中に蔓延していた.
 それはそれは酷い臭いで,作業している人は慣れているだろうけれど,人によってはその臭いに過敏で嘔吐することもあった.
 そんな臭いのする蚕の蛹に《食用として人気が》あるとは信じられぬ.
 
 昔の養蚕農家は,蚕が桑を食べるのを止めると蔟 (まぶし) という道具に蚕を移して繭を作らせた.
 蔟で蚕が繭を作り終えると,農家はすぐ眉を収穫し,業者に売って換金する.収穫から先はスピード第一である.
 業者は製糸工場に売る.(群馬県には明治に始まる官営の製糸所から戦後の民間企業の工場に至る歴史がある.Wikipedia【富岡製糸場】参照)
 製糸工場では,まず最初に繭を乾燥する工程がある.大きな工場ではボイラーがあるから,その熱を利用して熱風乾燥する.家内工業的には天日乾燥も行われた.
 この工程の目的は,繭の中の蛹 (さなぎ) を殺し,かつ水分活性を落としてカビの発生を防ぐことである.乾燥までに時間がかかりすぎると中で蛹体が崩れたりして糸の品質を落とすので,強い乾燥を行う.
 この乾燥工程で,蛹は,タンパク質の分解と酸化が進行する.
 昔,私が大学院にいた頃,私の知人が行った分析 (論文化できなかったため非公開) によると,乾燥蛹にはメチオニンSオキシド残基を有する酸化分解物が生成し,これが異様な悪臭を放つという.
 フラスコに入ったその試料の臭いをかいだ私は,小学生の頃に前橋の町はずれに漂っていた臭いをただちに思い出した.
 どんな臭いかというと「死んだ昆虫の臭い」としか表現できないのが残念だ.w
 田舎育ちの人は子供の頃,夏休みの宿題で野原の虫をたくさん捕まえてきたはいいが,きちんと標本を作らずにほったらかした経験があるかも知れない.
 その結果,干からびた昆虫から酷い悪臭が発生する.といっても,経験のない人には伝わらないのが残念だ.
 ただ,この悪臭が充満した非人間的な労働環境を表現しようとした作品に,細井和喜蔵のルポルタージュ『女工哀史』(1925年),山本茂実のノンフィクション『あゝ野麦峠』(1968年),これを原作とした山本薩監督作品『あゝ野麦峠』(1979年) がある.
 いずれも現代の若い人たちが忘れ去った時代の記録であるが,これらの記録自体を歪曲する傾向が見られる.
 あるブロガーが長野県の岡谷蚕糸博物館を見学し,文学や映画に描かれている臭いのことを職員に質問したところ「あれは話を盛っている」と説明されたと書いている.(《野麦峠~岡谷蚕糸博物館 ~あゝ野麦峠~》)
 法政大学人間環境学部教授の湯澤規子が《女工と白米|湯澤規子「食べる歴史地理学」第2話》[掲載日 2020年7月21日 12:00] という記事を《HB ホーム社文芸図書WEBサイト》に掲載している.その冒頭の部分を下に引用する.
 
日本の女工は「貧しい」「悲惨」?
 「先入観にとらわれて」見えない。
 それを取り去ってみると見えてくるものがある。
 
「女工」と聞くと、まず、どんなイメージを抱くだろうか。
 学生たちに聞くと、やはり最初は「貧しい」とか、「可哀そう」とか、「悲惨」という言葉が並ぶ。それはきっと、これまで習ってきた社会科の教科書や有名な『女工哀史』(細井和喜蔵、改造社、1925年)や『あゝ野麦峠』(山本茂実、朝日新聞社、1968年)に描かれた世界像を、彼らが「知識」としてキチンと持っているからなのだろう。このイメージに対して、「本当にそうだろうか?」などと疑問を持つこと自体、一般的にみれば少し変わった発想で、かつての私自身も、そんなことは思いもしなかった。
 とある理由から、高校では「日本史」ではなく「地理」を選択し、歴史地理学という分野に進学した私があらためて「日本史」に出会ったのは、大学生になってからである。私に初めて本格的な日本史の手ほどきをしてくれた師匠は、今思えばユニークな視点の持ち主で、それこそ「女工は本当に悲惨だったのだろうか」(※注1)と教壇から問いかけてくるような人だった。
 私がその思いがけない言葉に「???」と戸惑っていると、講義の内容は彼が歩いた新潟県佐渡の村々の話、そこで出会ったかつての女工たちの昔語りへと展開していく。「工場で食べた白米の美味しかったこと」、「月給をもらって欲しかった着物を買った時には嬉しくて」などというエピソードを次々と紹介しながら、先生はもともとある理論や先入観で目を曇らせることなく、歴史の現場に足を運び、自分の目や耳で確かめて考えることの大切さを教えてくれた。それは、フィールドワーク好きの地理屋の私にはぴったりの発想だった。だから、オーソドックスな歴史学を身につけていないというコンプレックスを感じる暇もなく、私は一風変わった「足で歩く歴史の世界」にあっという間に魅せられ、のめり込んでいった。
 
愛知県・尾西織物業地域でのフィールドワーク
 そんなわけで、7年ほど前に愛知県の尾西(びさい)織物業地域(今の一宮市とその周辺)に足を運び始めた時にも、私はまず、女工たちの日々を具体的に知るところから始めようと思った。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 この「女工と白米」の書き出しで湯澤則子は,学生たちは『女工哀史』や『あゝ野麦峠』に描かれた知識を基にして「女工」に対して《貧しい」とか、「可哀そう」とか、「悲惨」という》イメージを持っているが《本当にそうだろうか?》《女工は本当に悲惨だったのだろうか》という疑問を読者に突き付け,フィールドワークを開始したと述べている.
 ここまで読むと「女工と白米」の読者は,湯澤則子は苛烈であった製糸工業の現場を調べに行くと思うだろう.
 ところが奇想天外なことに湯澤は紡織工業についてフィールドワークを開始してしまうのである.
 生産財産業の3K労働環境を調べるといいながら,あろうことかサプライチェーン下流の消費財産業を調査してしまうのである.
 そしてその挙句に湯澤は,女工たちの食事はヘルシーだったと称賛している.つまりは『女工哀史』や『あゝ野麦峠』に描かれた悲惨な労働実態は嘘であると主張しているのだ.
 しかし,素っ頓狂な湯澤則子は生産財産業と消費財産業の区別ができていない.そこら辺のアホ学生と同レベルの無知である.いやそれ以下のバカである.
 こういう輩でも教壇に立てる法政大学は,はたして学問の府なのであろうか.唖然とするしかない.
 
 湯澤の珍説はさておき話を戻す.
 岡谷の製糸工場の女子労働者たちについて,コオロギ加工品を製造販売している例の株式会社グリラスが企業サイトで述べている《日本でも蚕は食用として人気があり》《製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした》は本当か.
 実は,ほそぼそと蚕の蛹の佃煮は製造販売されている.私が調べた限りであるが,それに使用されている蚕の蛹は,悪臭の原因となる強い乾燥を行っていない.繭の中の蛹を殺すにとどめているという.
 なにしろ強く乾燥を行った蚕の蛹が放つ異臭 (同定には至っていないが,おそらく含硫有機化合物である) は,未経験者は嘔吐することがあるという.子供の頃から蚕の蛹を煮る臭いに慣れている私でも,ロシアの諜報機関に捕まって「スパイとなって国を売るか,それとも蚕の蛹を食うか」と脅されたら,迷わずに国を売る.それくらい酷い臭いだ.
 では,日本の製糸産業が勃興してから昭和になって衰退するまで,繰糸の副産物である蚕の蛹 (乾燥工程と煮る工程を経て異様な悪臭を発したもの) はどう処分していたのか.
 主に肥料に使用したが,その他の用途には養鯉の餌料があった.
 かつて製糸産業の中心地帯だった長野県と群馬県は,農家の副業として養鯉が盛んであったが,鯉は蛹を好んだからである.農家が育てた蚕が死骸となって戻って来ると言うリサイクル・システムだ.w
 鯉の養殖は,今は専門業者がやっている (県別生産量は,令和元年度は茨城県がトップで,続く福島県と宮崎県が主産地である.長野県,山形県と群馬県は合計してもシェア一割ほどである) ようだが,かつて養鯉は農家の現金収入の手段だった.
 鮎などの養殖とは異なり,鯉は悪環境に耐えるので,水田の一角に,掘っただけの池みたいな生け簀を作り,養殖をした.鯉の養殖は農薬に汚染された水質汚濁地帯でも可能だったのである.
 その養鯉の餌に,製糸の副産物である蚕の蛹が用いられたのである.私の小学校通学路にも養殖鯉の生け簀がいくつもあったので,鯉に餌をやるところを見て知っているが,泥水の池みたいな生け簀に蛹をバーッと撒くと,ものすごい数の鯉が湧いて出るように集まってくる.
 昔はそういう養殖環境だったから,鯉は泥と蛹の臭いが酷く,好事家の嗜好品であった.私は子供の頃に一度だけ鯉の味噌煮を口にしたことがあるが,遂に嚥下できなかった.
 鯉料理を好きな人は,当時のことだから農薬・ヒ素・重金属なんか気にせずに食べていたわけだが,私は食べなくてよかったと思う.
 現在では鯉の養殖状況は激変していて,ウェブ上の資料を読むと,良好な水質で養殖され,餌は人工餌料で育てているようなので,「鯉の洗い」を好む人がいるのは頷ける.
 
 さて,話が養鯉に逸れたので元に戻し,かつての製糸産業の女工が蛹を食べたかどうかを検討する.
 ウェブを検索すると,細井和喜蔵の『女工哀史』に,製糸工場の女工が蚕の蛹を食べたという記述があるという.(Jタウンネット編集部《怖いくらいリアル! 生々しすぎるカイコの幼虫チョコを食べてみた》[掲載日 2015年9月1日 17:00])

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2023年4月 1日 (土)

昆虫食 (一)

 フジテレビュー!!《昆虫食は未来を救うスーパーフード?陰謀取り巻く危険物?多分そのどちらでもありません。》[掲載日 2023年3月29日 20:02] から下に引用する.フジテレビュー!! の記事中で発言しているのは,テレビ番組でもご活躍の作家,篠原かをりさん.
 
毒があって食べられないとかではないのですが、個人的に赤い粒っぽい食べ物が少し苦手なのです。食べてみると美味しいとわかっているクコの実やピンクペッパーもなんとなく避けてしまいがちです。
 なので、生理的に無理という理由で昆虫を食べない人の気持ちも分かる気になっています。ちなみにテントウムシはとても苦くてまずいそうです。
 未来を救うスーパーフードと喧伝されたと思えば、失笑してしまうような陰謀論の中心に据えられたり、とても忙しい昆虫食ですが、研究していた身からすると、どちらでもないなというのが正直な感想です。
 
 最近,昆虫食の話題がメディアによく取り上げられる.ああだこうだと騒ぎになったのは,徳島の高校で給食に使用されたのが発端だった.(日経《食用コオロギの粉末を学校給食に 全国初、まず徳島で》[掲載日 2022年11月28日 19:36])
 この報道に対する一般国民の受け止めかたは否定的だった.
 日本では生乳や供給過剰に陥った野菜の処分に始まり,家庭では購入した食材の廃棄が非常に多いことなど,いわゆるフードロスの問題があるのに,「食糧問題解決の切り札」との宣伝はおかしいだろうというのが一つ.これは正論である.正論ではあるが,昆虫 (コオロギ) を食材として利用しようとしているのは民間企業だから,「そんな事業をするな」は言い過ぎだ.国民がコオロギ食材を受容しなければ当該企業は社会から退場するわけだから,市場にまかせておけばいいのである.
 とはいうものの,陰謀論に与する人たちもいる.彼らによれば,利権を争って暗躍する「コオロギ推し」の謎の勢力によって,国民は知らぬ間にコオロギを食わせられるかも知れないというわけだ.
 もう一つ.昆虫食は安全か,という疑問である.
 私はかつて勤務していた食品企業において,新製品の安全性審査の責任者であった.
 その立場から断言するが,ある企業が新製品に関する安全性試験を公表する場合,実施した試験は消費者に明示する.行った試験を隠すメリットはなく,デメリットはあるからだ.
 安全性に係る各種試験は専門の試験研究機関に委託するが,費用はかなり掛かる.
 であるからして企業にとって,せっかく実施した安全性試験を隠す意味はないのである.
 その観点から,給食にコオロギ由来の食材を供給した株式会社グリラスの公式サイトに掲載されているコンテンツ《コオロギの安全性に関するご質問について》[掲載日 2023年3月18日] を読んでみた.
 このコンテンツは Q&A 形式になっていて,その概略は以下の通りである.
 
Q1. コオロギには細菌のリスクがあるというのは本当か?
A1. コオロギの生体内には好気性の一般細菌に加え,セレウス菌などの耐熱性の芽胞形成菌が存在する場合がある.コオロギパウダーやコオロギエキスなどの食用コオロギを加工した食品原料は,耐熱性芽胞形成菌も死滅させることができる高圧蒸気による殺菌を行っている.
 この結果,上記の殺菌工程を経たコオロギから,一般細菌も耐熱性芽胞形成菌も検出されないことを確認済み.
 
Q2. コオロギがアレルギーを引き起こす可能性があるというのは本当でしょうか?
A2. コオロギにはエビやカニに類似する成分が含まれており,同様のアレルギー症状を引き起こす場合がある.
 そのため,その旨の注意書きを商品に記載すると共に,摂食は少量から試すことを勧めている.
 
Q3. コオロギの殻の成分であるキチンが発がん性を持つというのは本当か?
A3. 社内で調査を行ったが,キチンが発がん性を持つという科学論文等は弊社では把握できていない.また,2018年及び2021年に欧州食品安全機関が実施したヨーロッパイエコオロギの食用としてのリスク評価においても,キチンの発がん性に関するリスクは報告されていない.
 
Q4. コオロギが体内に重金属を蓄積するというのは本当か?
A4. コオロギは,食べたエサに含まれるカドミウムなどの重金属を体内に蓄積することが報告されている.
 重金属の蓄積は昆虫に限らず,魚介類や農畜産物等で広く発生し得る現象である.
 このため米や魚介類など一部の食品ではカドミウム等の特定の重金属について基準値が設定されている.しかし大部分の食品については基準値が設定されておらず,食用コオロギについても,適用できる基準値は定められていない.
 コオロギの体内への重金属の蓄積には与える餌料が重要である.そのためコオロギの飼育専用に開発した餌料を与えると共に,コオロギ原料について重金属検査を実施して確認している.
 
Q5. コオロギの食品としての安全性を確認するための検査を行っているか?
A5. 製造したコオロギを加工した食品原料の全てのロットについて微生物検査を実施し,品質に問題がないことを確認している.
(中略)
 
Q6. コオロギを妊婦が食べると危険というのは本当でしょうか?
A6. (略)
 
Q7. コオロギを歴史的に食べてきた地域はありますか?
A7. コオロギは、現在でも東南アジアをはじめとした地域で日常的に食されている.現地では素揚げで食べるのが一般的である.
 
 まず,Q7. の意図は「食経験の有無を問う」である.
 食品の安全性に関しては,食経験の有無は極めて重要な情報である.
 食経験の有無とは,ある地域で単に《日常的に食されている》ということではない.《日常的に食されている》結果として健康被害が発生していない,ということが「食経験がある」という言葉の意味なのである.
 例えばインドや中国など一部地域の人々は,昔から日常的にアフラトキシン汚染農産物を食べている.その結果,肝臓がんの発生がその地域では多い.この場合,それらの汚染農産物は「食経験がある」とは言わない.日常的に食べていることと,それが安全かどうかは無関係なのである.
 つまり,A7. を《コオロギは、現在でも東南アジアをはじめとした地域で日常的に食されている.現地では素揚げで食べるのが一般的である》と,まるで旅行ガイドみたいな答にしたために,Q7. は安全性とは無関係な質問になってしまった.
 このA7. は,意図的に答えをはぐらかしたのではなかろう.そうではなく,株式会社グリラスの社員は,食品の安全性に関して全く無知なのである.
 消費者が《コオロギを歴史的に食べてきた地域はありますか?》と訊ねるのは,食文化を質問しているのではなく,コオロギの安全性を質問しているのだ.
 従って回答は「コオロギの食品としての安全性に関して,コオロギが日常的に食されている東南アジアにおける疫学調査は行われていない」あるいは「コオロギの食品としての安全性に関して,コオロギが日常的に食されている東南アジアにおける疫学調査が行われた結果,疾病との特別な関係は発見されていない」でなければいけない.
 ただし「疫学調査は行われていない」は回りくどいから,もし疫学調査データがないのであれば,端的に「コオロギは東南アジアで日常的に食べられているが,食経験に基づく安全性は確認されていない」と言うのがよい.
 上に述べたことは,食品安全の基本的知識である.株式会社グリラスがこれを理解できていないという事実は,消費者に「コオロギは安全でないかも」という不安を覚えさせて当然である.
 
 数百年といった長い時にわたる食経験がある (つまり摂食による健康被害が疫学的に見出されていない) ことは,食品の安全性を示唆する強力なデータとなる.
 そこで次に行うべきは,安全性試験である.
 実施すべきは試験は,(1) 急性毒性試験,(2) 慢性毒性試験,(3) 変異原性試験,(4) 実験動物を用いた催奇性試験,(5) 実験動物を用いた発がん性試験,である.
 新たに開発された医薬品と食品添加物はこれらの試験が認可に必須である.
 新規開発の食品は,食経験がある場合,これらの試験実施は法的な義務はない.義務はないが,もし万が一健康被害が発生した場合は,その全責任 (食品衛生法に定められた罰則と社会的制裁) を販売者が負うことになる.
 株式会社グリラスの公式サイトに載っている Q&A を読む限り,同社は安全性試験を行っていないように思われる.安全性試験を実施済みなら,実施済みですと書くはずだからである.
 以上に述べたように,株式会社グリラスは,コオロギ加工品を市販するにあたって必要な知識がなく,必要な調査研究も安全性試験も行っていない.消費者とメディアは,その点を認識しておくことが必要である.
 
 余談を一つ.
 食経験のない新開発食品を企業が販売するのは,健康被害が発生すれば結果責任を問われるが,自由である.
 個人が昆虫食を摂食するのも自由である.
 とはいえ,好んで虫を食べる人は,如何物 (いかもの) 食いとか下手物 (げてもの) 食い,あるいは悪食 (あくじき) などと言われて変人扱いだった.
 私が子どもだった頃すでに,昆虫を食べる食習慣はほぼ絶えていたが,しかし個人的に下手物食いの人はいた.
 詩人のサトウハチローはその一人で,テレビのトーク番組で昆虫食について語ったことがある.
 その番組は,昭和三十四年から昭和五十七年まで日本テレビ系列で放送された「春夏秋冬」である.出演者は徳川夢声,渡辺紳一郎,奥野信太郎,サトウハチロー,近藤日出造らであった.レギュラー出演者はもちろんゲストも当代一流の文化人で,教養番組の趣もある人気番組だった.
 私のおぼろげな記憶ではたぶん昭和三十七年前後の放送回で,出演者たちが昆虫食の話題を取り上げた.
 そこで「昆虫の中で何が一番食べにくいか」について,サトウハチローが「トンボだ」と述べた.
 その理由は「飲み込むときに気を付けないと,喉の奥に貼り付いてしまって,これがなかなか取れないので困る」というものだった.
 その他の注意点としは「脚を丁寧にむしり取って食べないと,飲みこんだ時に喉から出血することがある」というのもあり,実際に食べた者にしかわからないリアリティがあってとても興味深かったのを,いまだに覚えている.
 徳川夢声の話だったと思うが,明治の有名作家は,毎朝配達された新聞を畳の上に広げ,前屈みの姿勢で丹念に読むのを日課にしていたという.
 そこへハエがやってきて飛び回る.ハエが新聞活字の上に着地した瞬間,その作家は片手でパッとハエを掴むと,そのまま口に放り込んで,何事もなかったかのように新聞を読み続けるんですなあ,と夢声は述べた.この話を語る夢声の身振り手振りにリアリティがあったので記憶に残っている.その作家の名は忘れてしまったのが残念だ.
<昆虫食 (二) に続く>
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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