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2023年3月 3日 (金)

渋谷の安い鮨の思い出 (補遺)

(一)
 渋谷や池袋にあった「ちよだ鮨」の他にも,一貫 (二個) が二十円の「十円鮨」があったかどうか.
 検索すると,割と最近まで一個十円をうたう鮨屋が東京の新宿や愛媛県にあったようだが,既に閉店している.それとは別の,昭和の中頃に回転寿司が現れる前から存在した「十円鮨」に関する資料は探したが見つからなかった.現時点で文字に書かれたものは私の書いた《渋谷の安い鮨の思い出》だけであろうと思う.
 そこで,「十円鮨」のお値段と比較するために,東京における昭和四十年代の物価を例示する.もちろん一例である.
 袋入りの食パン一斤は二十円であった.肉屋ではコロッケが一個十円,メンチカツが二十円だった.ポテトサラダを二十円買い,コロッケ二つと食パンを買えば合計六十円.これは,餃子ライス以下のおカネで買えて,しかも二人分の昼飯に充分なボリームだった.
 パン屋といえば,パンの耳 (サンドイッチを作った時の切り落とし) がポリ袋にどっさり入って五円だった.これを昭和レトロな電気コンロ (ニクロム線を渦巻き状に巻いたヒーター) で焼いて食べるのが「男おいどん」的生活であった.
 新橋駅前に吉野家二号店ができたのが昭和四十三年だから,当時の学生に牛丼はまだ馴染みのない食べ物だった.しかも吉野家の牛丼は二百円もしたから,そこら辺の大衆中華食堂 (最近の言葉では街中華ですな) の餃子ライス (八十円) とか野菜炒めライス (百円),レバニラ定食 (百十円) に比較すると客単価は二倍で,学生には高級な食べ物だったのである.吉野家が店舗展開を開始した二号店が新橋駅前だったのは,会社員をターゲットにしたからであろう.ちなみに,東海林さだおは,立ち食い蕎麦,カレーライス,牛丼を「サラリーマンの三大栄養素」と称した.
 
(二)
 志賀直哉の作品が青空文庫に収められていないのは,五年前に著作権法が改正されたためである.
 これについて青空文庫は次のように述べている.
 
著作権法改正によって、従来の保護期間である死後50年は死後70年へと延長されました。そのため、たとえば1968年に亡くなった作家の作品がパブリック・ドメインになるのは、2039年の元旦になります。
 
 この記述のあと,保護期間が延長された作家の一覧が掲載されている.
 数少ない例外を除き,このリストに収められた作家の出版物はほとんどが絶版になって,しかも古書も入手が難しいことがほとんどだ.
 著作権の保護期間が二十年も延長されると,著作権が保護されているがためになかなかパブリック・ドメインとならず (青空文庫に収められず),優れた作品なのに忘れ去られてしまうこともあるだろう.著作権の保護期間は長ければいいというものではないと思う.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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