松本零士の読者世代
日刊スポーツ《サンモニ、松本零士さん追悼でコメンテーターほぼ総崩れ「見ても読んでもいない」にSNS困惑》[掲載日 2023年2月26日 12:41] から下に引用する.
《法大前総長の田中優子氏(71)は「世代が違うので見ていない」。番組が取り上げた「宇宙戦艦ヤマト」について「題名は知っていました」。その上で「地球を救済するためにヤマトはある」とし、紛争が絶えない世界情勢への危機感を語った。
続いてコメントを求められた外務事務次官の薮中三十二氏(75)は「無知で、見ても読んでもいない」と恐縮。松本作品について「戦争にロマンを見いだしていると誤解していた。戦争はやってはいけないというメッセージだった」と語った。》
田中優子氏は私よりも二歳年下で,年齢的には松本零士のファン世代であるが,学者であるから「宇宙戦艦ヤマト」の題名しか知らなくても不思議ではない.
また薮中三十二氏は松本零士ファン世代よりも少し年齢が上である.《見ても読んでもいない》のは薮中氏が無知だからではない.
《ジャーナリスト青木理氏(56)のみ「ど真ん中世代」としてコメント。松本さんの代表作のひとつである「男おいどん」にも言及し“4畳半から宇宙まで”の幅広い作風を解説した。》
これ ↑ が笑える.
松本零士の出世作「男おいどん」が週刊少年マガジンで連載されたのは昭和四十六年 (1971年) からだった.私は大学の四年生だった.この時,青木理は五歳児だった.「男おいどん」の主人公大山昇太の情けなくも極貧な青春を,五歳児の青木が理解したというから世の中はおそろしい.
テレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」が放送開始されたのは昭和四十九年 (1974年) の秋で,既に社会人になっていた私はリアルタイムで放送を観たが,それは私にオタク傾向があったからである.この時,青木理は八歳だった.
週刊少年キングに銀河鉄道999 (アンドロメダ編) が連載されたのは昭和五十二年 (1977年) からで,青木理はまだ小学生だった.
昭和四十年代は,それまでの少年漫画誌の読者層が中学高校生から大学生や社会人にまで拡大し,電車の中でいい歳の会社員が漫画を読んでいると批判された.そんな時代に小学生だった青木理は,松本零士の読者層としては最後尾に属する.
松本零士の作品が多くの読者に支持されたのは昭和五十年代までで,青木理が高校生になった頃には松本零士作品のブームは終わっていた.
大雑把にいうと,松本零士のコアなファン層は,私よりも少し若い六十代の人たちである.《ジャーナリスト青木理氏(56)のみ「ど真ん中世代」としてコメント》は,松本零士のファン層から「嘘つくんじゃないよ」と言われるだろう.
何かというと口を挟んでくる人,何にでも首を突っ込んでくる人を,最近の言葉では「いっちょかみ (一丁噛み)」と言うらしいが,青木理もその一人だろう.というか,コメンテーターというのは,そもそもそういう性格の人間がやるものだ.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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