アマミノクロウサギは奄美大島と徳之島の遺存固有種で,絶滅危惧種である.(Wikipedia【アマミノクロウサギ】)
生息数に関しては,Wikipedia に次の記述がある.
《1920年までは肉が食用とされたり、婦人病の薬になると信じられていた。毛皮がふいごに利用されることもあった。
農作物や、植林されたスギやヒノキを食害することもある。
1950年代以降のパルプ材目的の森林伐採やリュウキュウマツの植林、道路建設、河川改修などによる生息地の破壊・分断、交通事故、人為的に移入された野犬や野猫やフイリマングースによる捕食などにより、本種の生息数は減少している。2000年から環境省によってフイリマングースの駆除事業が進められるようになり、フイリマングースの減少に伴い本種の生息数も回復傾向にあると推定されている。交通事故を防ぐため環境省は特に夜間の運転注意呼びかけ、フェンス設置を進めているが、事故死した個体数は2022年9月末時点で89匹と、過去最多だった2021年通年の77匹を既に上回った(環境省奄美群島国立公園管理事務所はマングース駆除による個体数回復も背景にあるとコメントしている)。
……
1992 - 1994年における糞の調査による奄美大島での分布域・生息数は334.7平方キロメートル(奄美大島の47 %)・2,500 - 6,100頭、2002 - 2003年の奄美大島での生息数は2,000 - 4,800頭と推定されている。1992 - 1994年における糞調査における徳之島の分布域・生息数は33平方キロメートル(徳之島の13 %)・120 - 300頭と推定されている。》
《環境省による2021年時点推定での個体数は合計1万1549~3万9162匹、内訳は奄美大島が1万24~3万4427匹(2003年調査では2000~4800匹)、徳之島が1525~4735匹(同100~200匹)で、天敵の捕獲・駆除により個体数は回復傾向にある。》
さて,毎日新聞《天然記念物アマミノクロウサギ2匹 ノネコ用のわなにかかり死ぬ》[掲載日 2023年2月13日 10:43] から下に引用する.
《環境省は、世界自然遺産に登録されている鹿児島県・徳之島で、国の特別天然記念物のアマミノクロウサギ2匹が、ノネコ(野生化したネコ)捕獲用のわなの中で死んでいるのが見つかったと発表した。同県奄美市で9日にあったノネコ捕獲の検討会で報告された。
環境省によると、クロウサギがかかったわなは同県徳之島町の林道に設置していた2基。1月にわなの中でそれぞれ白骨化した状態だった。わなにかかった時期や死因などは不明。ノネコのわなでクロウサギが死んだのは徳之島島内では初めてという。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
上に引用した毎日新聞の記事には《ノネコのわなでクロウサギが死んだのは徳之島島内では初めて》と書いてある.
この書き方では,奄美大島では既に《ノネコのわなでクロウサギが死んだ》ことがある,ということだ.
どんな「わな」かというと,毎日新聞の同記事に写真が載っている.同記事には「かごわな」とあるが,一般名称は箱罠であるらしい.
Wikipedia【箱罠】には次の写真と記述がある.写真の箱罠は毎日新聞掲載の「かごわな」と同型である.
(Wikimedia Commons File:Trapped skunk.JPG/ハブリック・ドメイン画像)
《利点と欠点
囲い罠と比較して、箱罠は一度に複数の動物を捕獲することはできず捕獲効率は低いが、限られた個体だけを捕獲することが可能である。一方で、捕獲対象でない動物が誤って入ってしまうこと (錯誤捕獲) があり、ネコやイヌなどのペットが捕獲されると苦情が寄せられることもある。また、箱罠での捕獲や保定により捕獲性筋疾患を発症することで、動物が意図せず死亡してしまう事態も少なくない。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
以上の報道事実から二つの疑問点が生じる.
* 箱罠でノネコを捕獲しようとすれば,アマミノクロウサギがかかって死ぬことが経験的にわかっているのに,なぜ箱罠を設置したのか.
* また,奄美大島でこれまでに箱罠にかかって何個体が死亡したのか.
この二点について知りたいと思って環境省の公式サイト内を Google 検索して調べたのだが,資料は公開されていないことが判明した.(検索結果)
この検索結果の中に,生息数の調査方法と結果の資料《アマミノクロウサギの調査結果》がヒットした (奄美野生生物保護センター《希少種保護 (保護増殖事業、調査結果等)》にも掲載されている) のだが,これを読んで新たな疑問が生じた.
奄美大島と徳之島におけるアマミノクロウサギ生息数の調査は,各島の地図上で徒歩ルートを設定し,そのルートを歩きながら発見された糞をカウント (粒数/100m) して生息数を推定するという方法である.
奄美大島では,9エリアに,毎年調査をする12ルートと三年毎に調査する36ルートがある.
不思議なのは,毎年調査と三年毎調査では糞数データの母集団が異なるはずだが,結果は同じグラフ上 (下図) に描画されている.しかも毎年調査のデータを三年分加工して三年毎のデータとしている.しかしそれでは毎年調査する意味がないし,加工することでまた人為的な別の母集団を作ってしまっている.ひょっとすると,この調査は統計の基礎知識を持たない人がやっているのか?
次に徳之島の結果を引用する.
徳之島は,奄美大島とは異なって,きちんと毎年の定点観測が実施されている.このように両島においては,全く調査研究に関する方法論が異なるのだが,一体どうなっているのだろうか.調査チームが別であるとしても,調査方法が異なるのはおかしいではないか.
ま,それはそれとして,以上の調査を基に公表された生息数データは以下の通りである.これは Wikipedia にも掲載されている.
奄美大島 徳之島
1992 - 1994年 2,500 ~ 6,100匹 120 ~ 300匹
2002 - 2003年 2,000 ~ 4,800匹
2021年 10,024 ~ 34,427匹 1,525 ~ 4,735匹 (2022年12月公表)
ここで気が付くのは,「2002 - 2003年の生息数」公表と「2021年の生息数」公表の間に,なんと十八年もの間隔があることだ.
「アマミノクロウサギ保護増殖事業10ヶ年実施計画」は2014年に始まって現在進行中であるが,それ以前も主たる生息地である奄美大島におけるデータ収集は行われていたのであるから,生息数の大幅な増加が明らかになった「2010 - 2012年の生息数」「2013 - 2015年の生息数」は「保護増殖事業10ヶ年実施計画」の開始時に公表されるべきであった.
しかしなぜか公表されなかった.
環境省が生息数を公表しなかった理由に関する疑惑を追及した団体がある.動物愛護団体の公益財団法人・どうぶつ基金である.
この財団のコンテンツ《ネコにぬれぎぬを着せないで》には次の記述がある.
《2021年7月、奄美大島は、徳之島、沖縄北部、西表島と一緒に、世界自然遺産に登録されました。特別天然記念物で絶滅危惧種のアマミノクロウサギ を始めとする在来種の生態系を守る長年の取り組みが実を結び、生息数が増えたことが高く評価されました。問題はその取り組みの中で生じました。マングースの駆除が威力を発し、アマミノクロウサギ は10倍と劇的にその数を増やしたにもかかわらず、その調査結果の発表を伏せて遅らせ、先にネコを新たな絶滅の要因、マングースの次のターゲットとして、駆除対象にしたのです。
実際にはアマミノクロウサギ の一番多い死因ロードキル(交通事故)への対策が優先されるべきなのに。》
《*アマミノクロウサギが減った理由
少し細かく説明します。長年、世界自然遺産の登録をめざしていた奄美大島では、なんとかアマミノクロウサギを絶滅の危機から救いたいと思っていました。でもそれはネコのせいではありません。奄美大島にやってきた人間が、アマミノクロウサギを食用にしたことに加え、1979年、ハブ退治に持ち込まれたマングース30頭が、数万頭に増え、アマミノクロウサギを捕食したことが絶滅の危機の最大の要因でした。そのことに気づいた環境省が2000年、30人のマングースバスターズを結成し駆除に乗り出しました。このときアマミノクロウサギの頭数は、マングースの持ち込み以前の6000頭から4800頭にまで減っていました。2016年、マングース駆除が功を奏して、アマミノクロウサギは4万頭、約10倍にまで増えました。
ところがこのマングースを取り尽くし駆除の対象がいなくなった2018年、環境省はマングース駆除を完了するだけでなく、今度はネコがアマミノクロウサギを絶滅させるとして、ネコの駆除計画を発表し、予算を獲得しました。しかも環境省の、アマミノクロウサギが4万頭に増えている、という調査結果を伏せ、まだアマミノクロウサギには絶滅の危惧があるとして、マングースの次のターゲットとしてネコの駆除計画を発表したのです。
このような情報公開の恣意的な操作は、断じて許せるものではありません。
*動物愛護管理法を軽視する環境省
世界自然遺産に登録された奄美大島で、増えたアマミノクロウサギの数が隠され、データの公表が意図的に遅らせられたことは、許されることではありません。ネコによるアマミノクロウサギ の絶滅の危機がいたずらに煽られ、公正な予算編成が阻まれました。その結果、科学的根拠が乏しい「ネコの駆除計画」が進められています。これは、国民の知る権利を侵害し、民主主義を大きく逸脱した、行政による不正行為です。野生動物保護を口実にした、動物愛護管理法の軽視です。これが動物愛護管理法の啓発と遵守を担当している環境省によって行われていることも、大問題です。》(以上,引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
確かに「どうぶつ基金」が述べているように,環境省は「保護増殖事業10ヶ年実施計画」開始前から,ノネコがアマミノクロウサギを捕食しているとのキャンペーンを始めている.
ここで用語の定義が必要になる.
飼い猫と野良猫と野猫 (ノネコ) は遺伝学的に同一のものである.飼い猫と野良猫は人間と同じ生活圏にいるが,ノネコは野生化して自力でネズミ等を捕食して生きている.
従って,飼い猫が捨てられて野良猫となり,それがノネコになることもあれば,ノネコが野良猫になり,飼い猫になることもある.
ではどこが異なるかというと,飼い猫と野良猫は愛護動物として動物愛護法による保護を受けるが,ノネコは動物愛護法の対象外であるため狩猟対象 (罠でも銃でも何でもいい) である.
というのは実は欺瞞的な言い方である.正確には,増えた猫を駆除するためには動物愛護法が邪魔になるので,ノネコという恣意的な区分を設けて同法の対象から外したのである.
Wikipedia【野猫】から引用する.
《狩猟の対象として
鳥獣保護法では狩猟に関して定めがあり、狩猟してよい動物について環境省令で定められている。
ノネコは狩猟鳥獣で、他の狩猟鳥獣に同じく狩猟免許、狩猟者登録の上で許可区域において狩猟期間に限り銃(装薬銃、空気銃)や罠(くくりわな、はこわな(かごわな)など)による狩猟が可能である。野良猫は狩猟鳥獣ではないため狩猟できない。狩猟とは捕獲した後の行為に関わらず捕獲自体を言い、狩猟鳥獣以外の鳥獣の捕獲は鳥獣保護法の罰則として懲役または罰金が定められている。しかし狩猟鳥獣の野猫と、非狩猟鳥獣の野良猫や放し飼いの飼い猫の相互の区別は個体だけでは困難で、首輪やマイクロチップの有無および、野山に住むか人の営みの中に住むかの差くらいしか判断基準がないが、人間がエサを与える等の人間の関与があれば野良猫として扱われ、つまり動愛法上で愛護動物として扱われることとなり、みだりに殺したり、虐待することに関しては動愛法の罰則が適用される。以上のことから野猫を主要な狩猟対象として活動する者はほとんどいないとされる。》
奄美野生生物保護センター《ノイヌ、ノネコ》には撮影日不明の写真が掲載されている.(下の写真;同サイトの引用フリー画像)
この写真を見ると,いかにも
疑問は深まるばかりだが,毎日新聞の記事には次のことが書かれている.
《徳之島ではノネコ捕獲の委託を受けた島内の団体がわなを設置。わなは捕獲時に入り口を開けて仕掛け、動物が入ると閉まる。かかったわなは昨夏に回収予定だったが、放置されていたという。環境省奄美群島国立公園管理事務所の阿部慎太郎所長は「わなの管理が徹底できなかった。ノネコの効果的な捕獲も含め、管理のあり方を再度検討したい」と話した。》
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