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2023年1月10日 (火)

日本でもコロナとインフルの同時流行が始まった

 コロナ禍がはじまって以来,季節性インフルエンザの流行がなかったのであるが,感染症の専門家は常に,インフルエンザと新型コロナウイルス感染症の同時流行はあり得るとの見解を示してきた.
 これに対して,感染症は専門外である医療関係者が,季節性インフルエンザの流行がなかった現象を「ウイルス干渉」であると主張した.酷い場合は全く科学知識も文献を読む力もないテレビ番組のコメンテーターや一般人ブロガーまでもが,その主張を受け売りして騒いだ.
「ウイルス干渉」とは何か.
「ウイルス干渉」は科学用語では単に「干渉 (interference)」という.これについて簡単な説明を Wikipedia【干渉 (ウイルス学)】から下に引用する.
 
ウイルス学における干渉 (かんしょう、interference) とは、1個の細胞に複数のウイルスが感染したときに一方あるいはその両方の増殖が抑制される現象。干渉の機構として、一方のウイルスが吸着に必要なレセプターを占領あるいは破壊してしまうために他方のウイルスが吸着することができなくなる。増殖に必要な成分が一方に利用され、他方が利用できない。一方が他方の増殖を阻害する因子を放出する ……》
 
 つまりウイルスの「干渉」は細胞内のミクロな現象であり,生命科学レベルの研究対象である.
 しかし,ネット上の記事やテレビ等で流行したインフルエンザと新型コロナウイルス感染症における「ウイルス干渉」は,細胞レベルの「干渉」をヒトの集団ウイルス感染に安易に類推拡張したものであり,科学的な議論ではない.流行りの言葉でいえば,何のエビデンスもない.
 上の引用文中から「干渉」の作用機構の仮説を列記すると以下の通り.
(1) 一方のウイルスが吸着に必要なレセプターを占領あるいは破壊してしまうために他方のウイルスが吸着することができなくなる
(2) 増殖に必要な成分が一方に利用され、他方が利用できない
(3) 一方が他方の増殖を阻害する因子を放出する
「干渉」の作用機構は以上の他にも考えられ,例えばあるウイルスに感染すると,自然免疫によりインターフェロンが誘導産生され,この状態で別のウイルスが細胞に侵入してもその増殖を抑える作用が起こると考えられている.これについてオーストラリア連邦大学の Karen L Laurieらがマウスを用いた実験で確認したと報告している.(Karen L Laurie et al., "Interval Between Infections and Viral Hierarchy Are Determinants of Viral Interference Following Influenza Virus Infection in a Ferret Model" J Infect Dis. 2015 Dec 1;212(11):1701-10. doi: 10.1093/infdis/jiv260. Epub 2015 May 5.)
 長崎大学の木下らは,ハムスターを用いた実験で,新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスが同一個体に同時感染するかどうかを検討した.長崎大学の公式サイトに掲載されている研究概要(《新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの重複感染が 肺炎の重症化と長期化につながる可能性を論文発表》[掲載日 2021年11月1日]) の一部を下に紹介する.原著論文は,Takaaki Kinoshita et al., "Co-infection of SARS-CoV-2 and influenza virus causes more severe and prolonged pneumonia in hamsters.", Scientific Reports, 11:21259, 2021. である.
 
木下研究員らは、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスが同一個体に同時感染することができるのか?重複感染した場合、病態はどうなるのかを調べるために双方のウイルスに感受性があり、肺炎症状を呈するハムスタ―を用いて検証実験を行いました。
その結果、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスはそれぞれ単独の感染で肺炎を引き起こしますが、インフルエンザウイルスは感染4日後、新型コロナウイルスは感染6日後に最も重篤な肺炎像を示しました(下図)。一方、同時感染させた場合は、それぞれの単独感染時よりも肺炎が重症化し、更に回復も遅れることが明らかになりました。
また、感染後の肺における双方のウイルス量を調べると、何れのウイルスも単独感染時と重複感染時でウイルス量に差がないことが確認されました。但し、肺の組織病理解析の結果、肺において双方のウイルスは同種の組織・細胞に感染するが、同一の場所では共感染していないことが確認されました。このことは、双方のウイルスは個体レベル、臓器レベル(肺)ではウイルス干渉を起こさないが、細胞レベルでのウイルス干渉は起こり得るということを示しています。つまり、両ウイルスの重複感染と同時流行は起こり得るということを示唆しています》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 木下らの得た知見は,コロナ禍以前に行われた Karen L Laurie らの研究とは異なり,他のウイルスではなく新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの間に干渉が生じるか否かを直接的に検証した点で重要である.
 その知見すなわち「細胞レベルでウイルス干渉が存在したとしても,個体レベルや臓器レベルでウイルス干渉が起きるとは限らない」(←上記引用文中の文字着色箇所と同じ意味) は,細胞レベルの現象であるウイルスの「干渉」を,既に上で述べたように《ヒトの集団ウイルス感染に安易に類推拡張》してはいけないことを示している.
 実際,昨年の五月から六月にかけてオーストラリアでは,新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザが,それぞれ一日に数万人の感染が報告され,まさに同時流行が起きた.
 そこで,この二つの感染症は同時流行しないという誤った情報を拡散した例を紹介しよう.
 下のスクリーン・ショットは,新庄徳洲会病院 (山形県新庄市) の院長氏がブログに掲載した《院長の偏屈コラム》の一節である.
 感染症専門家や厚労省が同時流行を防ぐには,手洗いやマスク,ソーシャル・ディスタンス確保等の基本的感染予防策の徹底が非常に大切だと国民に訴えているその時に,この病院の院長は,インフルエンザは《たぶん今シーズンは流行らない》などと根拠のないことを,来院者に吹きまくっていたのである.
 
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 次のスクリーン・ショットは,リーレクリニック大手町 (東京都千代田区) の片山泰輔医師が昨年の夏,ブログに掲載した《コロナとインフルエンザのウイルス干渉について》の一節である.
 
20230111i
 
 新庄徳洲会病院もリーレクリニック大手町も,その他の「ウイルス干渉があるから同時流行はしない」派の医師たちも,頭の中は大丈夫か.
 聞きかじりの知識を無批判に拡散せず,テレビによくお出になる大阪大学の忽那賢志教授とか,ナビタスクリニック理事長の久住英二医師の,ウイルス干渉に関する見解に耳を傾けたら如何か.
 久住医師は《「ウイルス干渉」の可能性は否定できないが、不確かで不十分な“神風”を期待するようなものだ。まずは科学の蓄積の上に開発されたワクチンをもっと信頼し、その効果を適切に得られるよう行動すべきだろう》と述べている.「神風」は適切な喩えであろう.(DIAMOND online《この冬こそコロナ・インフル「恐怖の同時流行」を警戒すべき5つの理由》[掲載日 2021年9月14日 4:02])
 
 さてNHK《おはよう日本》などが,新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの同時流行が既に始まっている現状を報道している.
 感染症専門家は,現在の第八波は感染者数の把握が過少だろうと推定している.
 実際には第七波を既に上回る感染者が既に発生しており,それが過去最大になった第八波の死亡者数に現れているという.(新型コロナ分科会・舘田一博教授ほか)
 三浦瑠麗など反マスク論者たちがテレビで「マスクしている連中はバカだチョンだ」「飛沫除けのアクリル板は無意味だ」などと意気軒高に罵っているが,そういう連中の影響で,一般国民は基本的感染予防策を疎かにするようになり,それが第八波の感染者増加となっているのだ.
 
 新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの重複感染は,高齢者にとって致命的だろう.しかるにオミクロン株対応ワクチンの接種は遅々として進まない.接種率は六十五歳以上の高齢者でも62.1%しかなく,全人口比ではたったの36.9%である.(1/10政府公表)
 元衆院議員の金子恵美氏は,第八波で死亡者が急増していることについて次の発言をした.(サンケイスポーツ《金子恵美氏、ゴゴスマでの発言を補足説明「誰が高齢者だったら亡くなってもいいと言った?という気持ち」》[掲載日 2023年1月11日 15:26])
 
『コロナ死亡者急増』というテレビ画面に記された表記にいたずらに恐れることはないのではないか。亡くなった方の数字の内訳で判断すべきで、これが急に10代〜30代の元気な世代で死者が急増しているのだったら、これは今までと傾向が変わってきたこととして考えないといけないですが、データででている9割以上が高齢者だとするならば、それは従来言われてきたハイリスクの世代の方であり、『急増』というワードに動揺することなく冷静に見るべきだ
日本社会全体のことを、人の命と経済のバランスを考えながら政治は進めていかなければならない
 
 この発言を,金子氏は自然科学の教育を受けていない人だから仕方ない,と見過ごしてはいけない.
 高齢者の死者が急増しているという事実は,高齢者ではない世代の人々にも今までと異なる事態が生じていることを示しており,感染症専門医はそれを心配している.
 金子氏の発言《日本社会全体のことを、人の命と経済のバランスを考えながら政治は進めていかなければならない》は一見すると正論のようだが,実は勤労世代に迫っているリスクに対して鈍感であると言わざるを得ない.
 しかしまあ金子氏がテレビで何を言おうと,そこら辺の井戸端会議みたいなものであり,政府の方針に影響があるわけではないからいいのだが,新型コロナとインフルエンザの重複感染に無関心な人が知ったかぶりしてコメントするのは困ったことである.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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