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2023年1月 7日 (土)

好感度高い演出 /工事中

 NHK《NHKスペシャル 未解決事件 松本清張と帝銀事件》が,なかなか見所のある作品だった.
 主演の大沢たかおは,この番宣記事の中で
 
父が松本清張先生のファンで、僕自身も作品を読んだり原作ドラマを見たりする機会が多かったので、いつか作品に出演する機会があればと思っていたんです。
 でも、まさか清張先生ご本人を演じさせていただけるとは思ってもみなかったので、最初にお話をいただいたときは驚きました。外見は似ていないし、ましてや清張先生を描く初の映像作品。果たして自分に役が務まるのだろうかと思いながら企画書を読んだのですが、企画のすばらしさに思わず胸が熱くなりました
 
と述べているが,そんなことはない.下のスクリーン・ショットでよくわかるように,松本清張の雰囲気はよく出ている.これについて大沢たかおは
 
美術をはじめ、ヘアメイク、衣装、メガネなどの小物にいたるまで、スタッフの皆さんのなみなみならぬこだわりと作品へ熱量を感じて、ありがたかったですね。初めて映像を見たとき、自分だと思わなかったくらいです
 
と述べて,スタッフを称賛している.というか,素顔が松本清張に似ている役者を探すのは難しい.w
 
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 さて上のスクリーン・ショットは,清張が帝銀事件についての調査を始めた時期のシーンであるが,清張が着ている和服に焼けこげの跡がたくさんある.白い点のようになっている箇所は完全に穴があいてしまっている.ドラマ中では説明がないが,これはタバコの火で焼けた跡である.タバコを吸わない人は知らないことだが,紙巻タバコは,ちょうど燃えている薪に似て「はぜる」のである.パチパチと「はぜ」て飛び散った火花が衣服に着くと,そこは焼けて焦げたり穴が開いたりするのだ.
 
 今の高齢者は若い頃に松本清張文学にハマった者が多い.
 私の例を述べると,中学に入った頃,翻訳推理小説を読み始めた.高校受験のための英語の副読本としてシャーロック・ホームズを読んだのがきっかけだった.よく覚えていないがたぶん「緋色の研究」だったと思う.
 ホームズものを卒業したあと高校に進学し,エラリー・クイーンの代表作を読破し,それからヴァン・ダイン,アガサ・クリスティへと進み,その辺りで本格から社会派へ急展開し,松本清張,森村誠一を読み耽ったのだが,それは少年がミステリの沼にハマる典型的なコースであったろう.私の場合は,清張が処女作「西郷札」を書き始めた昭和二十五年が私の生年であることも清張贔屓になったきったかけの一つである.
 それはともかく,少年時代に活字中毒になり,文芸雑誌に手を出して作家の身辺雑記や例えば「著者近影」みたいな写真付き読み物に触れた老人にはよく知られていることだが,松本清張は大変なヘビー・スモーカーだった.
 そしてヘビー・スモーカーの衣服に焼けこげの跡ができるということには,当時のタバコの品質が関係している.かつてスモーカーだった私の経験からすると,安タバコは吸っている最中にパチッと音を立てて火花が飛ぶことが多かったのである.
 
 ここで話は暫く横道に逸れて,私が吸ったことのあるタバコの銘柄について.
 私が大学生の頃の代表的な銘柄でいうと,明治の昔からある「ゴールデンバット」(通称は単に「バット」で,戦時中は「金鵄」と名称変更したが戦後になって元に戻した),「しんせい」(漢字で書くなら「新生」だが平仮名書きが普通),戦後の「わかば」「エコー」が廉価品で,一日に数十本を煙にするヘビー・スモーカー,あるいは低所得者層御用達のタバコだった.
「ゴールデンバット」を好んだ作家としては太宰治が有名である.他に芥川龍之介や中原中也がこの銘柄の愛好者であった.
 懐かしの紙芝居演目「黄金バット」では,怪人黄金バットが登場するシーンで金色のコウモリが飛び回る.明らかに黄金バットは「ゴールデンバット」のパクリだが,これは知的財産権もへったくれもない時代のことであった.またドラえもんのひみつ道具の「黄金バット」はパクリのパクリである.
 会社員層の標準タバコは安い「しんせい」だったが,「わかば」「エコー」が登場すると,これに乗り換える人たちが多かった.
 これらより少し上の価格帯の「いこい」と,「いこい」に取って代わった「ハイライト」が大学生に人気の中級品だった.「いこい」のパッケージは色が地味で貧乏くさかったので,和田誠によるパッケージ・デザインが垢抜けている「ハイライト」(昭和三十五年発売) が爆発的に売れて「いこい」の売れ行きは激減したという.
 これより高価格帯のタバコでは,戦前からの「光」「朝日」の他に「ピース」「ホープ」が人気銘柄であった.この中では「朝日」が少し値段が高かったが,このタバコは一本の中に刻んだタバコ葉が「ピース」などよりもみっしりと密度高く巻かれていたから,吸い終わるのに時間を要し,今の言葉でいえばコスパが抜群であった.
 Wikipedia【朝日 (たばこ)】に《夏目漱石が愛用していたことでも知られる》とあるが,これは嘘である.鏡子夫人が漱石のために「朝日」(「敷島」より少し安い) を買い置きするのを吸っていただけである.身辺雑記「文士の生活」(初出:大阪朝日新聞連載,大正三年 (1914年) 三月二十二日) にそのことが書かれているので,青空文庫収載の「文士の生活」から引用する.
 
食物は酒を飲む人のように淡泊な物は私には食えない。私は濃厚な物がいい。支那料理、西洋料理が結構である。日本料理などは食べたいとは思わぬ。尤も此支那料理、西洋料理も或る食通と云う人のように、何屋の何で無くてはならぬと云う程に、味覚が発達しては居ない。幼穉な味覚で、油っこい物を好くと云う丈である。酒は飲まぬ。日本酒一杯位は美味いと思うが、二三杯でもう飲めなくなる。
 其の代り菓子は食う。これとても有れば食うと云う位で、態々買って食いたいと云う程では無い。煎茶も美味いと思って飲むが、自分で茶の湯を立てる事は知らぬ。莨は吸って居る。一事止した事もあったが、莨を吸わぬ事が別に自慢にもならぬと思ったから、又吸い出した。余り吸って舌が荒れたり胃が悪くなったりすれば一寸ちょっと止すが、癒れば又吸う。常に家に居て吸って居るのは朝日である。値段は幾らだか知らぬが、安いのであろうが、妻がこれ許ばかり買って置くから、これを飲んで居る外に出て買う時に限って敷島を吸うのは、十銭銀貨一つ投り出せば、釣銭が要らずに便利だからである。朝日よりも美味いか如何か、私には解らぬ。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 つまり漱石は,料理でも酒でも莨 (タバコ) でも,せせこましいこだわりを持たなかった.テレビをオンにするとグルメ番組ばかりやっている現代の私たちからみると,いかにもおとなの男の態度である.
 これに対して,「ゴールデンバット」を好んだヘビー・スモーカーの太宰治は「女生徒」(初出:文学界,昭和十四年 (1939年) 四月) の中で次のように書いている.同じく青空文庫収載の「女生徒」から引用する.
 
きょうのお客様は、ことにも憂うつ。大森の今井田さん御夫婦に、ことし七つの良夫さん。今井田さんは、もう四十ちかいのに、好男子みたいに色が白くて、いやらしい。なぜ、敷島なぞを吸うのだろう。両切の煙草でないと、なんだか、不潔な感じがする。煙草は、両切に限る。敷島なぞを吸っていると、そのひとの人格までが、疑わしくなるのだ》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
「女生徒」はチマチマとした格調低い文章 (川端康成は「女生徒」を高く評価したが…) で,読んでいて嫌になるが,太宰は,漱石が人前では「敷島」を吸っていたことを踏まえて《敷島なぞを吸っていると、そのひとの人格までが、疑わしくなるのだ》と書いている.薬物依存症で借金を繰り返し,乱れた男女関係に溺れた格下作家の太宰治が文豪夏目漱石を人格攻撃するというのだから,尋常の度胸ではない.だが「バット」しか買えない太宰がどう言おうと「敷島」「朝日」は国産タバコの傑作であった.「朝日」の生産終了が報道された時,タバコ屋に殺到した人たちの列に並んで私もカートンを二つ買ったことを思い出す.
「朝日」には口付きのものと両切りの二種類があったが,私が入手したのは両切りであった.口付き紙巻タバコと両切りタバコの違いについては,日本たばこ産業(株) が設立した「たばこと塩の博物館」の公式サイトの《たばこの歴史と文化 明治以降のたばこ文化》に挿絵付きの説明がある.
 ここで余談だが,昭和の頃は国民みんな灰皿の無い屋外でも喫煙し,吸い殻はほとんどポイ捨てされていた.
 その当時,早稲田大学の構内で捨てられているタバコの吸い殻は「しんせい」で,唇がヤケドしそうなところまで吸った短いシケモクが捨てられているが,慶應大学の三田校舎では一センチしか吸っていない「ピース」の吸い殻が捨てられているという噂であった.
 それ故,金欠の学生たちのあいだでは,モク拾いするなら慶應へ行けと言われていた.この話は都市伝説の類だが,拾ったシケモクはバラして,自分の煙管で喫煙するというオチだった.
 
 さていよいよ話を清張の衣服の焼け焦げの話に戻すが,その前に,松本清張が喫したタバコの銘柄について触れる.
 ドラマの中で,清張 (大沢たかお) は常に喫煙している.そのために書斎 (実物は北九州市小倉の松本清張記念館に移設展示されている) が煙でもうもうとしているように描かれているのは,実際に清張の書斎がそうだったのであろう.
 その書斎で,清張と文藝春秋の田川編集長が激論を戦わせるシーンで,清張が手にしているタバコが下のスクリーン・ショットである.
 ドラマの中で使われたタバコは撮影用に作られたものと思われるが,その当時のタバコのパッケージで,包装紙の最上部に横に一本の赤い線が印刷されているのは「ラッキーストライク」である.このスクリーン・ショットの次の画像 (転載フリー画像) と比較するとよくわかる.
 主演の大沢たかおが述べているように,このドラマの時代考証は気合が入っているようなので,制作スタッフは清張のタバコが「ラッキーストライク」であったとの確証を得ているものと思われる.
 
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パブリック・ドメイン画像 (From Wikimedia Commons, File:Lucky Strike White Design Filters.jpg)
 
 上の画像はセピア色になってしまっているが,実物はパッケージもタバコの紙も白い.
 上の Wikimedia Commons に掲載されている製品はフィルター付きだが,終戦後に占領軍兵士が日本に持ち込んで以来,2003年までは両切りのタイプが主力製品として販売されていた.もちろん戦後に流通していた製品には「人により程度は……」という警告表示は書かれていない.また現行製品は紙袋包装ではなくボックス入りである.
 Wikipedia【ラッキーストライク】に《第二次大戦で戦地へ赴いたアメリカ兵たちを通じて世界各国にもその知名度を広げ……》とあるように,戦後日本で最も日本人に親しまれた外国産タバコ (通称「洋モク」) である.
 ただし価格は国産品「ピース」の何倍もしたから,庶民の手が届くタバコではなかった.大流行作家である松本清張が高価な「ラッキーストライク」を次から次へと煙にしていくのは,平仄があっている.
 で,上に書いたことを再掲する.
 
そしてヘビー・スモーカーの衣服に焼けこげの跡ができるということには,当時のタバコの品質が関係している.かつてスモーカーだった私の経験からすると,安タバコは吸っている最中にパチッと音を立てて火花が飛ぶことが多かったのである.
 
「しんせい」「いこい」は数箱に一回くらい,火の着いたタバコの先からパチっと火花が飛んだ.しかし「ハイライト」はあまりそんなことはなかったと記憶している.
 私は「ゴールデン・バット」はほとんど吸ったことがないのだが,友人の話によると「バット」も火花が飛ぶという.
 そもそも紙巻タバコの製法だが,農家が栽培したタバコの葉を,水分調整して軟らかくしてから葉肉と葉脈に分ける.(除骨工程)
 それぞれを裁断し,高価格帯製品には葉肉のみを使用し,葉脈は低価格帯品に使用する.すなわち最低価格帯品の主原料は葉脈部である.
 このことから,火の着いたタバコからでる火花は葉脈が原因ではないかという説があった.
「ゴールデン・バット」や「しんせい」「いこい」には,高価格帯のタバコに使用されない葉脈が配合されているからである.
 しかしそれらのシケモクをバラして刻みタバコのようにしたものを観察しても,棒茶に入っている茎ような明らかに葉肉ではないものが混入しているわけではない.それに,火花が飛ぶのは頻度が低い現象であるから,もし安タバコの主原料である葉脈が原因だとすれば,火花はもっと頻繁に起きることのように考えられる.
 火の着いたタバコの先から飛ぶ火花の原因については,もう一つ説があった.
 それは,

 紙巻タバコは,刻んだタバコの葉に香料その他を添加

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