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2022年10月29日 (土)

戦中から戦後にかけての黙食 /工事中

 スポーツニッポン《三浦瑠麗氏「子どもをもっと人間らしく育てるべき」 小中の不登校急増に私見「学校を正常化させましょう」》[掲載日 2022年10月28日 13:44] から下に引用する.
 
文部科学省の調査では、不登校の児童生徒は初めて20万人を超え、増加割合も最も大きくなった。また、小中高校などが認知したいじめも19・0%増の61万5351件で最多。小中高生の自殺は47人減って368人となった。
 これに対し、三浦氏は「学校を正常化させましょう。失われた時間も体験も戻りませんが、少なくとも大人たちが子どもにさらなるダメージを与えないことはできます」と私見を述べた。
 さらに「マスクを言われた通りつけている子たちでも、給食の時間にはお喋りをしながら仲良く食べたい。それを厳しく止めようとする教師。黙食などという文化はこれまでの日本にはありませんでした」と指摘。「こんなことを続けるから、鬱や疎外感が広がっているのです。子どもをもっと人間らしく育てるべきです」とつづった。
 
「食育」という言葉が現れたのは昭和の末期である.食育という考えかたを広めたのは服部幸應氏で,1998年出版の『食育のすすめ』が出版物の先駆だった.
 服部幸應氏が「食育」を提唱したのは,家庭における食事に問題が生じているとの危機感からである.
 詳細は食育を論じる成書に譲るが,子供たちの食事で最大の問題とされたのは「孤食」であった.昭和の終わりごろには,家族で食卓を囲む習慣が失われつつあった.子供たちは一人で黙って食事をしたのである.この食卓の傾向は今も続いていて,「食育」の課題の一つである.(資料;農林水産省《一日の全ての食事を一人で食べている「孤食」の状況》)
「孤食」は必然的に黙食になってしまうのであって,当人は黙って食いたいわけではない.
 ところが,「飯は黙って食え」と学校で教育された世代がいるのである.今の高齢者世代がそうだ.
 明治以前の,日常の食事作法に関する資料はあることはあるが,それは武家の作法である.庶民の食卓習慣として,食事の時に家族の会話があったかどうかはわからない.
 しかし明治になって小学校,中学校などで学校教育が行われることとなり,

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