新宿の大衆食堂 /工事中
例外はあろうが,高齢者というものは何事においても消極的である.
というのは,いつ死ぬかわからぬからである.
これはいいな,やりたいな,と思った新しい趣味を見つけ,ユーキャンのテキストが届いて,さあ始めようと思ったその日に敷居に蹴つまずいて大腿骨を折り,そのまま寝たきりになって臨終の日を待つといった事態が起きる可能性がある.
スポーツなんぞは言うも愚かだ.還暦を過ぎてから筋トレを始め,今ではムキムキのスーパーおばあちゃんなんて方がテレビに出たりするが,あれは ppm オーダーの特殊例である.私たち普通の年寄りは,足腰にいいからと聞いてジムのプールで歩くトレーニングを始めたはいいが,たちまち溺れて屋内土左衛門になるかも知れないのである.
というわけだから年寄りは,これまでに慣れ親しんだことをやりながらお迎えを待つのがよい.
読書も同じで,最近出てきた作家の本なんか読んではいけない.若い作家は爺婆が読んで理解できるような小説は書かないと思って遠ざけよう.
昔,宮部みゆきさんが作家として登場した時,お若いのに筆の立つかただと感心していたら,今ではその宮部さんが既に高齢者になっているのである.
宮部さんより年上というと,私と世代的に近くなる.そしてついひと月前には宮沢章夫の訃報を聞いた.享年六十五.私は彼の熱心な読者だったので,残念だ.
こうして私の書架は,物故作家の書籍が増えていく.こうなると読書は新刊ではなく,かつて愛読した本を,また読み直して昔を懐かしむのがよいという思いがする.
そんな気分で伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫) を手に取った.単行本は文藝春秋から昭和四十年に出たが,それはとっくに手放して,手元にあるのは文庫だ.
その p.162 から,伊丹十三の「嫌いなものに関するメモ」が書かれている.いくつもある伊丹の嫌いなものの一つが,今では見られなくなったことなので,おもしろく思った.その箇所を下に引用する.
《カレーライスなんか頼んで、食べる前にスプーンをコップの水につける人がいる。あれで何か衛生的なことをしたつもりなんだろうか。しかもその水を飲んだりなんかされると、こっちが混乱しちゃうよ。》(「水につける」は「水に漬ける」だろうが,実際は「漬ける」より「浸す」に近い)
私の生まれ育った家は貧しかったので,小学校低学年の頃は鰯や鯵の干物 (当時の鯵は大衆魚だった) と漬物をおかずに飯を食っていたのだが,小学校の終わり頃はハイカラ (死語) なカレーライスが食卓に上るようになっていた.
ここで伊丹が嫌いだと述べている《カレーライスなんか頼んで、食べる前にスプーンをコップの水につける》という食卓の習慣は,私が小学生だった時代 (昭和三十年代) にあったものだ.伊丹十三は二十代の青年時代である.
伊丹が言うように,私の父親はカレーライスを食べる際に《食べる前にスプーンをコップの水につけ》てから食べ始める人の一人だったことを思い出す.
だが母親はそれを「行儀が悪い」と言って非難した.私や姉の目の前で父親が食べているのに,こんなことをしちゃだめだと詰った.
父はそれを聞きながら黙々とカレーライスを食った.
母親は専業主婦で,料理は下手 (子供の私より下手であった) で,裁縫は雑巾を縫うのが精一杯だったが,しかし父親の安月給を詰るのと,私を折檻するのは大好きだった.今の言葉で言えばモラハラ妻であった.母が死んでからもう五十年経つが,カレーを《食べる前にスプーンをコップの水につける》のが嫌いだと伊丹が書いているのを読むと,私の父親が母のモラハラに耐えていた姿を思い出す.
閑話休題.そういうわけで小学生の私は,カレーを食べる時にスプーンをコップの水につけるという食卓習慣を身に付けなかった.
当時,大人たちの一部 (復員した軍隊経験者たちだ) はカレーライスを食べる時に,コップの水をやたらと飲みながら食べた.そのカレーライスはいわゆる「昭和の家庭のカレー」だから,今食べれば子供向きの全くの甘口であったと思われる.それでもみんな「辛い辛い」と言って水を飲みながらカレーライスを食べた.
伊丹十三は,経済的な意味ではなく精神性の点で上流階級の人間であった.だから実際に伊丹の周辺に《カレーライスなんか頼んで、食べる前にスプーンをコップの水につける》行儀の悪い人間はいなかったのではないか.たまに街中の食堂などで見かける程度だったろう.
そのせいか伊丹は《スプーンをコップの水につける》理由を誤解している.あれは《何か衛生的なことをしたつもり》ではなかったのだ.
そうではなくて,昔の大人たちは《スプーンをコップの水につける》とスプーンが濡れて,飯粒がこびり付かなくなると思っていたのである.
もちろん実際は金属製のスプーンが水に濡れるはずはなく,ただのオマジナイだった.だからやがて,この少々行儀の悪いオマジナイは廃れた.
では,この奇妙な習慣はどこから生まれてきたのか.
実は,箸の食事作法が元になっている.食事の際に,まず米の飯を最初に口にするか,あるいは汁物から食べ始めるかは,作法の流派によって異なるらしいが,明治政府は学校教科書に,最初に米の飯,次に汁という順を記して教育した. (一例として『中等学校作法要項解説』に「食事の順序は、まず飯を食し、次に汁を吸ふべし」とある)
最初に汁に口を付ける流儀の作法の場合は問題ないのだが,まず飯を先に食べる場合は,箸に飯粒がこびり付き,「ねぶり箸」をせざるを得ないことがある.
そこで昔の作法の学校授業では「箸を手に取ったら汁物に箸の先を入れて濡らす」と教えたらしい.これは大正生まれの人たちからの聞き取りだ.
要するに《カレーライスなんか頼んで、食べる前にスプーンをコップの水につける》という食事習慣は,「箸を手に取ったら汁物に箸の先を入れて濡らす」やり方から生まれたのだろう.
既に述べたように,私の父親はスプーンをコップの水に浸してからカレーライスを食べたが,母はそれを嫌った.
これが軍隊経験の有無によるのか,世代の違い (父は大正生まれで母は昭和生まれである) によるものなのかはわからない.
いずれにせよ,私が大学に入って上京したのは昭和四十三年だが,その頃にはスプーンをコップの水に浸してからカレーライスを食べる人は見かけなくなっていた.
当時,カレーライスは,安直な大衆食堂,喫茶店,気軽な洋食屋あるいは大学の食堂のメニューだった.もちろんデパートの大食堂や老舗のレストランには高級なカレーライス (カレーソースとライスが別になっていて,銀色のグレイビーボートにカレーソースが入れてある) はあったろうが,そのようなカレーライスは貧乏学生の私が口にできるような料理ではなかった.
さて私が大学一年生のある日,学校は全学ストライキで講義はなかったので,バイトに出かけた.中野区にあった学生寮に住んでいた私は,寮の先輩の山口さんという早大生と一緒だった.
肉体労働系の仕事が終わった夕刻,日給バイト代をもらって寮に帰る途中で山口さんが「飯を食おう」と言ったので新宿で降りた.
山口さんは早稲田の学生だから,新宿には詳しかった.そして「三平食堂」に連れて行ってくれた.
三平食堂は大衆洋食の店で,現在の中の様子を食べログの写真で見るとなかなか小綺麗な雰囲気だが,昭和の中頃は失礼ながらもっとチープな内装だった.大きい洋食屋という感じだったと記憶しているから,改装したのだろう.
料理の値段もそれほど高くはなく,学生でも敷居は高くなかった.
で,私と山口さんはカレーライスを注文したのだが,店員さんはトレーにカレーライス (ライスの上にカレーがかけてある) の皿と水のコップ (プラステッィク製) を載せて運んできた.今の飲食店では見かけないと思うが,大衆食堂では,愛想の無い透明な樹脂製コップがよく使われていた.もちろんガラスと違って乱暴に洗っても壊れないからである.
ここでようやく話の本題だ.アルバイトの帰りに飯を食いに立ち寄ったその日以後,私は三平食堂を何度も利用したが,三平食堂ではカレーライスを注文すると (というか,安いカレーライスばかり食べていた) ,いつもスプーンをコップに入れて持ってくるのだった.
学生が多い神田の洋食屋でも,私が通った大学に近い渋谷の喫茶店でも,上野の食堂「聚楽」でもそんなことはなかったと思う.第一,無料サービスの水は,従業員さんが客の注文がカレーライスかどうか決まる前に持って来るものだった.
あとにも先にもおそらく当時の東京で,客が注文したカレーライスの水のコップにスプーンを入れて持ってくるのは三平食堂だけだったと思う.
今はどうなんだろう.それはわざわざ三平食堂に出かけて行って確かめることもなかろう.たぶんコップはガラス製だろうし,そのコップの水にスプーンを浸して持ってきたりはしないと思う.
伊丹十三は『ヨーロッパ退屈日記』を書いた時,
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