« 見せハラ 見るハラ | トップページ | 里見五冠の健闘を祈る »

2022年8月19日 (金)

かわいそうなフレイヤの話の,その後;誰が「安楽死」と言い張ったか

 私は,ブログ記事《かわいそうなセイウチのフレイヤは元気だったのに,殺された》(8/17掲載) で,オスローの港に迷い込んだセイウチのフレイヤが,ノルウェー当局によって殺された事件について書いた.
 言わずもながの註釈をすると,各国の大手メディアは独自の取材網を持っているが,中小の新聞社などは海外ニュースを,世界各国の通信社で構成されるネットワークからの配信に頼っていることが多い.
 フレイヤが殺された今回の事件で,ノルウェー当局の行為を伝えたフランス通信社 (AFP) の第一報は,日本では時事通信社が英文で配信を受け,邦訳して国内加盟各社に配信した.(AFP と時事通信社は配信上の契約を結んでいる)
 その第一報を,時事通信は「セイウチのフレイヤは殺処分された」と報じた.しかし,その続報はフランス通信社の日本語サイト (AFPBB) が日本語に翻訳して時事通信社に配信したのであるが,この第二報では「殺処分」ではなく「安楽死させた」と翻訳されていた.
「殺処分」と「安楽死」では,意味するところが全く異なる.冒頭に示した私のブログ記事は「セイウチのフレイヤは銃で惨殺されたと思われるのに,なぜか安楽死に処せられたと報道された」ことを糾弾したものである.この件をもう少し追跡してみようと思う.
 
 英単語の「殺処分」は killing; culling; destruction; slaughter を用いる.(文章中ではそれぞれの動詞を受動形で用いる)
 このうち destruction と slaughter は少しニュアンスが kill と異なるようで,私見だが,日本語の殺処分には kill を用いるのが適当ではないかと思われる.ただし害獣を罠などで捕殺処分するのは culling である.群れを「間引く」という意味である.
 一方,安楽死は euthanasia を用いる.動詞は euthanise である.
 
 まず,各国のメディアの記事を読むと,ノルウェー当局の広報は「安楽死」と発言していたことがわかる.
 そして AFPは,当局発表の言いなりに「安楽死させた」と記事に書いた.
 以下に,AFP 配信記事の例をいくつか挙げる.書誌事項は原文から転記したので,不統一である.
 
----------------------------------------------------------------------
[1] AFP オスロー支局がフランスのニュースサイト“FRANCE24”に配信した記事.第一報,第二報共に「安楽死」(euthanised) と書かれている.
記事タイトル“Walrus that attracted crowds in Oslo fjord euthanised: officials”
第一報
掲載日(Issued on): 14/08/2022 - 13:20
更新日 (Modified): 14/08/2022 - 13:18
第二報
掲載日 (Issued on): 14/08/2022 - 15:34
更新日 (Modified): 14/08/2022 - 15:32
----------------------------------------------------------------------
[2] AFPが時事通信社に配信した記事の英語原文.「安楽死」(euthanised) と書かれている.
記事タイトル“Walrus that attracted crowds in Oslo fjord euthanised-- officials
掲載日: 2022.08.16 13:32
----------------------------------------------------------------------
[3] AFP がガーディアン紙 (イギリス) に配信した記事の英語原文.「安楽死」(euthanised) と書かれている.
記事タイトル“Freya the walrus euthanised after crowds at Oslo fjord refuse to stay away
掲載日:Sun 14 Aug 2022 13:47 BST
----------------------------------------------------------------------
[4] AFP がフランス国営ラジオに配信した記事の英語原文.「安楽死」(euthanised) と書かれている.
記事タイトル“Walrus that attracted crowds in Oslo fjord euthanised
掲載日:Issued on: 14/08/2022 - 15:34
更新日:Modified: 14/08/2022 - 15:32
----------------------------------------------------------------------
[5] AFP がインドの有料テレビ Times Now に配信した記事の英語原文.この記事は「殺処分」を見出しに用いている.(*註)
記事タイトル“Freya, the walrus that attracted crowds in Oslo fjord killed for being an 'inconvenience': Norway officials
更新日 (Updated):Aug 15, 2022 | 02:52 AM IST
(*註) Times Now について私は知識がなかったので調べたら,Wikipediaに下記の記載があった.
Times Now は、The Times Groupが所有および運営するインドの英語ニュースチャンネルです。このチャンネルは、ロイターと提携して2006年1月23日に開始されました。インド全土の有料テレビです。 2016年までは、インドで最も人気があり、最も視聴された英語のニュースチャンネルでした。
 インドのテレビに配信されたこの記事の末尾に 《(This article has been authored by AFP, only the headline has been changed)》という ( ) に入れた註が記載されている.
 本文は AFP が配信した記事のままにしてあるが,見出しは書き換えたというのである.もちろん euthanised を killed に書き換えたのである.
----------------------------------------------------------------------
 
 この Times Now の記事によって,
(1) AFP は,ノルウェー当局によるフレイヤの殺害は euthanised (安楽死) だとする英文の記事を配信した.
(2) 時事通信社は,AFP の英文第一報を日本語に翻訳する際に euthanised を「殺処分」と翻訳して加盟各社に配信した.
(3) ところが第二報は AFPBB が日本語に翻訳した記事であり,その和文記事ではフレイヤは「安楽死」とされていたので,時事通信社はそのまま配信した.
 
 以上が,時事通信社の日本語記事で,第一報では「殺処分」としていたにもかかわらず第二報では「安楽死」となっていた理由である.
 ノルウェー当局によるフレイヤの殺害は,日本語では「安楽死」ではあり得ない.日本語の「安楽死させる」は,死に瀕した動物をせめて苦痛から救う行為だからである.
 技術的には,実験動物クラスの大きさの動物 (大きくてもブタなど) を無痛で殺すことが可能 (具体的な方法は《かわいそうなセイウチのフレイヤは元気だったのに,殺された》で説明した) であるが,硬い皮膚と厚い皮下脂肪を持つ大型野生動物を殺すには,一般的な無痛殺害手段では不可能だろう.きっと体重600キログラムのフレイヤを殺すために,ライフルにはマグナム弾が込められたに違いない.この破壊的な銃弾で射殺されることが,安楽死のはずがないではないか.しかるに日本のメディアは,フレイヤの死は「安楽死」だと報道したのである.
 私は,報道文章の翻訳には倫理観が必要であると思う.たとえ原文に「安楽死」としてあっても,それが倫理的に不当であれば, Times Now のように敢えて見出し中の「安楽死」を「殺処分」に書き換える心意気が必要だと私は考える.時事通信社にその精神がなかったことを残念に思う.(国によって事情はことなるが,日本では,記事本文は著作権で保護されているが見出しは著作物ではないとされるので改変は可能だ)
 日本では毎日毎日,たくさんの犬や猫が殺処分されているのに,メディアは動物殺処分の現場を報道しようとしない.動物愛護団体のレスキュー活動が二つのテレビ番組で何度も取り上げられてはいるが,しかし殺処分現場のリアル映像は報道されない.これは娯楽テレビの限界であろうから致し方ないが,それならば尚更,文章を用いるメディアが「殺処分」を「安楽死」と言い換えて平然としているのは強く批判されるべきだ.
 
 さて,AFP はノルウェー当局の主張通り,フレイヤは「安楽死」処分されたと報道したが,他の国のメディアはどうか.
 BBC (イギリス) は,“Freya the walrus: Did she have to be euthanised?”中で繰り返し,フレイヤは killed された,さらには厳しく murdering された,と述べている.次にその例を挙げる.記事見出しの“euthanised?”は,記事本文の趣旨からすると,ノルウェー当局に対する皮肉と解すべきだ.
However, less than a month after her first appearance, Freya was killed by government authorities, having been deemed a danger to the public.
 This has not gone down well - some went as far as to accuse Norway of "murdering" the mammal, while an online fundraising campaign for a bronze statue has raised almost $24,000 (£20,000) in a matter of days.
》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 米国の報道はどうか.
 The New York Times は“Norway Kills Freya, a 1,300-Pound Walrus Who Delighted Onlookers”の見出しにも本文にも,フレイヤは killed された,と書いている.
 The Washington Post も“Freya the walrus, who charmed crowds in Norway, is killed by authorities”で killed を用いている.
 一流のジャーナリズムはさすがに筋が通っている.
 
 このように BBC,The New York Times,The Washington Post などが,フレイヤは安楽死ではなく殺処分されたと報道したのに慌てたか,AFPBB の最新記事では「殺処分」と翻訳している.(AFPBB News《殺処分された人気セイウチの像建立へ クラファンに270万円 ノルウェー》[掲載日 2022年8月18日 14:56])
 
 右往左往が見苦しい限りだが,そもそもフランスという国の人々は動物愛護の精神に欠けること甚だしく,AFP の報道姿勢もそれに影響されているのだろう.
 日本ではコロナ禍のために自宅でのテレワークが増えたとき,ペットを飼う人がどっと増えた.
 しかし通勤が再開されると,ペットを捨てる人も,どっと増えた.(報道の一例;TBS NEWS《【現場から、新型コロナ危機】ペットの飼育放棄が急増》[掲載日 2021年4月4日])
 安易にペットをショップで購入し,そして簡単に遺棄する人々が日本ではコロナ禍で増えたわけであるが,実はフランスではこういう酷い飼い主は昔から多いのだという.
 原因は例の,バカンスだ.
 フランス人は,バカンスが終わるとペットを飼い,バカンスが来ると旅行の邪魔になるから遺棄する.これが延々と昔からおこなわれてきたのだという.
 年間のペット遺棄数 (殺処分を含む) は日本もフランスも十万頭くらいだが,フランスは人口が日本の半分強だから,フランス人は日本人よりタチが悪い.
 以前見た動画の話だが,ある人がフランスで道路を走っていると前方の車の窓からポイと捨てられたものがあった.
 ゴミかと思ってそこを通過する時に見たら,猫だった.
 せめて車を停めて捨てろよ馬鹿野郎.
 こういう国だから,AFP みたいな通信社でもやっていけるのである.
 
*********************************************
ウクライナに自由と光あれ
Pics2693_20220307154501
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


|

« 見せハラ 見るハラ | トップページ | 里見五冠の健闘を祈る »

新・雑事雑感」カテゴリの記事