心臓マッサージのこと
安倍晋三元首相が街頭演説の最中に銃撃されて死亡した事件のこと.
銃撃された直後の事件現場で,街頭演説の関係者の誰かが,医療関係者がいたら助けて欲しいと周囲にいた人々に呼びかけた.
おそらくそれに応じた医師あるいは看護師だろうと思われるが,倒れている安倍元総理に駆け寄り,事件映像から推定はできないが,誰かが「AED」「心臓マッサージ」と言っているように聞こえた.
ウェブを検索すると,PRESIDENT Onlineに次の記事があった.
PRESIDENT Online《「安倍元総理を救えていたかもしれない」専門家が指摘する"見過ごされた2つの死角" 前例と常識にとらわれた対応が"日本の弱点"》[掲載日 2022年7月11日 13:00] から引用する.
《この事件で医療関係者からの論評は少ない。医療従事者は他の医療従事者のことをとやかく言わないという「不文律」があるからだ。そのため日本を代表する医師らに話を聞いたが、「匿名なら」という条件になった。
安倍元総理が銃弾に倒れたのは7月8日午前11半ごろだ。救急車は5~6分で到着した。この後は、首都圏や大都市で大学病院等が近くにある場合なら、すぐに治療を開始できたはずだ。今回は、高度な医療機関が限られている地方都市で起きたため、条件は異なった。
それでも、東京都内の大学付属病院の熟練救急医は、これまでの治療経験を踏まえて指摘する。「10分以内に適切な医療ができていれば、助かった可能性はゼロではなかった」。
ドクターヘリという選択
今回の事件では、安倍元総理が銃弾に倒れた直後、周囲にいた人々と駆けつけた医療関係者とで、心臓マッサージとAED(自動体外式除細動器)による蘇生が試みられた。》
上の記事にあるように,数分後に救急車が現場に到着し,その後はヘリコプターで奈良県立医科大学附属病院に運ばれて引き継がれ,救命処置が続けられたのは周知の通りである.
MBSNEWS《「顔面蒼白。心臓マッサージしても...」銃撃現場で安倍元総理の処置にあたった医師語る》[掲載日 2022年7月9日 09:45] によれば,銃撃の直後,心肺停止を確認して現場で心臓マッサージを行ったのは,近くにある中岡内科クリニックの中岡伸悟院長医師であった.
さて奈良県立医科大学附属病院で行われた救命処置は功を奏せず,安倍夫人の病院到着後に打ち切られて死亡が確定した.
余談だが,安倍夫人が病院に到着したのちに安倍元首相が死亡ことを報道したあるテレビ局の女性アナウンサーは,「昭恵さんの到着を待っていたようにお亡くなりになりました」と述べた.実際には安倍元首相は奈良県立医大附属病院に運ばれてきた時には既に心肺停止していたのである.
心肺停止して暫く時間が経過した状態というのは,事実上ほぼ死んでいることを意味している.そこで医大病院の医師たちは蘇生を試みたが蘇生はせず,死亡が確認されたというのが事実経過だ.安倍夫人が到着するまで生きていた (あるいは死にかけていた) のではない.
テレビ局の女性アナの言い方では,まるで医師たちが安倍元首相の蘇生に失敗したかのようだ.これは事実と異なる.心肺停止した安倍氏が夫人の到着を待っていたはずがない.夫人の到着を待っていたのは医師たちだったのである.
医師は一般に救急救命を行うかどうかを,本人の意思が確認できないから家族に確認をするが,家族がその場にいないのが普通だから医師は自分の判断で蘇生処置を開始する.そしていったん開始した蘇生処置は途中でやめることができない.現行法には「尊厳死」がないから,医師の判断で処置をやめると医師は刑事責任を問われる可能性があるからだという.
一般人である私たちの場合でも,親の死に目に子が間に合うように配慮していただけることがある.
私がそうだった.
私は大学の四年生の秋だった.昼頃,住んでいた木造アパートに電報配達の係員がやってきた.電文は「ハハキトク」だった.
私は取る物も取り合えず上野駅から高崎線の電車に乗った.母が入院していたのは群馬大学医学部付属病院で,私はタクシーに乗って病院に駆け付けた.貧乏学生だったから,タクシーに乗ったのはそれが生まれて初めてだった.
私が病室に駆け込むと,父と姉が待っていた.その時,医師は母の心臓マッサージをしていたが,私の到着を確認すると長い針を装着した注射筒を母の心臓の上から打った.
そして暫くして,聴診器で心臓が動かないことを確かめると,母の臨終を私たちに告げた.
思うに母は既に亡くなっていたのであるが,息子の私が病室に急ぎやって来ると知った医師は,私が到着するまで形ばかりの蘇生処置を続けてくれたのである.
こうして私は母の死に目に間に合うことができた.私は後々までその医師の配慮に感謝した.
安倍元首相が亡くなったと奈良県立医大附属病院の発表があったあと,同病院において記者会見がテレビ中継された.
記者会見には吉川公彦附属病院長が出席して質疑応答には同病院救命センター長の福島英賢教授があたった.誠実な応答であったと識者の称賛を得た福島教授の会見は動画《安倍元総理が死去 奈良県立医科大学付属病院が記者会見【ノーカット】(2022年7月8日)》に記録されている.
記者会見では,女性記者が「銃撃現場で,安倍元首相に心臓マッサージを行ったと聞いているが,それは正しい処置だったでしょうか」と質問した.おそらく質問者には「心臓を撃たれたのに心臓マッサージをしてはいけないのではないか」との予断があったものと思われる.質問はそういうニュアンスであったが,これに対して福島教授は「正しい処置だったと思う」と答えた.
その記者の質問の意図を完全に否定はできないような気が私はしたので,後でネットの医学情報を種々調べてみたのだが,結論として福島教授の「正しい処置だったと思う」に私は納得した.
さて冒頭のPRESIDENT Onlineの記事に戻る.
同記事は《この事件で医療関係者からの論評は少ない。医療従事者は他の医療従事者のことをとやかく言わないという「不文律」があるからだ》と述べている.
そういう前振りをしてから同記事は,匿名の熟練救急医が「安倍元首相が救命できた可能性があった」と主張していると書いている.
その条件は銃撃されてから10分以内に救命処置が行われることだという.
しかし現場から奈良県立医大病院まで普通の道路混雑状況でも三十分かかると同記事自体が記している.となればそもそも「安倍元首相が救命できた可能性はなかった」のである.しかるに同記事はドクター・ヘリを使用したために病院到着に五十分かかってしまった問題を取り上げている.
これは,なんだかもう「ためにする」批判でしかない.この《「安倍元総理を救えていたかもしれない」専門家が指摘する"見過ごされた2つの死角" 前例と常識にとらわれた対応が"日本の弱点"》の筆者の主張が正しいとすれば,政治家は緊急救命病院の玄関先で街頭演説せよということになる.
私たちはこんな記事を読む必要はない.PRESIDENT Onlineの記事で参考になるとすれば,緊急救命医療の現場の実際に触れている《バキバキと骨が折れても心臓マッサージは続く…救急科の看護師が目を背けたくなった「延命治療」の壮絶さ》[掲載日 2022年7月27日 11:15] だろう.
実際の心臓マッサージがこの記事に書かれているようなすさまじいものだとすると,私の母の臨終に際して担当医師が母にしてくれた心臓マッサージは,遺族への配慮によるものだったのだなあと,五十年経った今更にして感謝している.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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