« キレの悪いアルコールディスペンサー | トップページ | 読者をナメくさっている Microsoft Start »

2022年6月27日 (月)

自衛隊における恣意的懲戒処分

 私は民間企業の経験しかないが,官であろうと民であろうと懲戒処分は予め定めた基準に従って行われねばならないのは同じである.
 労働基準法には,減給以外の懲戒処分に関する規定はないが,数多くの判例によってコンセンサスが出来上がっている.
「予め定めた基準に従って行われねばなない」もコンセンサスの一つである.
 ここで基準とは,官の場合は法令であり,民の場合は就業規則である.
 この基準に基づく懲戒処分について,最近妙な事例があったので紹介する.
 
 沖縄タイムス《自衛隊の3等空佐、食堂でパンと納豆を多めにとったら停職10日に》[掲載日 2021年10月20日 10:40] から下に引用する.
 
航空自衛隊那覇基地は19日、自衛隊施設内の食堂で、パンと納豆を既定量を超えて収得したとして、航空救難団飛行群那覇救難隊の3等空佐(40代男性)を停職10日の処分にしたと発表した。処分は同日付。
 那覇基地によると、3等空佐は2019年5月23日から同年6月4日まで、当時勤務していた基地の食堂で、1人当たりの分配量を超えるパンと納豆(被害額計175円)を複数回、不正に取った。食堂はセルフ方式で、3等空佐は「配食の量が少なく感じたため、多く取った」と説明しているという。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った;記事の3等空佐が「不正」を行ったのは2019年5月23日から同年6月4日までであるが,処分は二年半後の2021年10月20日になってからであることに注目されたい)
 
 FNNプライムオンライン《【物議】基地の朝食で「ご飯とパン」両方取った自衛官を懲戒処分…二択なのに両方選ぶと規則違反!? 過去には「カレー」「納豆」で処分も》[掲載日 2022年6月21日 20:03] から下に引用する.

埼玉・入間市の航空自衛隊入間基地の食堂で50代の自衛官が朝食をとる際にパンとご飯の両方を選んだため、懲戒処分を受けた。
 停職処分を受けたのは、第4補給処に所属する50代の1等空尉。
 入間基地の朝食はパン2個か、茶碗1杯分のご飯のどちらかを選択する方式。
 問題が起きたのは、4月26日の朝7時40分ごろ。1等空尉は朝食を取るため、基地内にある幹部食堂に向かった。
 この基地での朝食は1食234円。基地に住む隊員は無料だが、基地の外に住む幹部職員だった1等空尉は食費を払って利用していた。
 その際、1等空尉はご飯を取った後、さらにパンも手に取ったという。
 本来どちらかを選ぶはずが、ご飯とパンの両方を手にした1等空尉は、配膳係の指摘を受けて自ら基地に申し出て「ご飯を少量に減らしたため、パンを取っても問題ないと思った。認識不足だった」と話した。
 結局パンは食べることなく、その場で返却したというが、6月20日付で停職3日の懲戒処分が下された。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 まず入間基地の例から内容を検討してみる.
 件の1等空尉は,入間基地食堂の配膳口で《ご飯とパンの両方を手にした》ことが不正であると《配膳係の指摘を受け》て《自ら》監督部門に出頭したというのだ.
 これが民間企業の社食だったらどうか.配膳口のおばちゃんに「ご飯とパンは,どっちか片方だけだよ」と言われた課長は「おっそうか,勘違いしたよスマンスマン」とパンを返して,それで終わり,何事も無しである.
 しかるに1等空尉は,自分の昇給昇進等の人事処遇に不利益が生じることを顧みず,しかもその場でパンを返したのであるから入間基地の食堂に損害を与えていないにもかかわらず,自首して停職処分を受け入れたという.極めて不自然である.民間企業なら,懲戒とするほどの事案ではないとして,口頭注意で済ませるところである.
 ここで一般的に理解されている懲戒処分の内容について簡単に記す.
・譴責
 通常,最も軽い懲戒処分である.始末書や顛末書を提出させて反省を求める.
・減給
 これだけは労働基準法に規定がある.
 (1) 一回の減給額が,被処分者の1日分の平均賃金の50%を超えないこと.
 (2) 一ヶ月の減給総額が,その月の月次給与の総額の10%を超えないこと.
 例えば平均賃金が1,000円,月次給与が300,000円の場合,一回の処分の限度額は5,000円で一ヶ月の限度額は30,000円である.
・出勤停止
 停止期間中は給与の支払いはしないのが通常である.  
・降格
 降格に伴って給与が下がる.かなり重い処分である.
・諭旨退職
 不正行為あるいは非行を行なった責任は重大であるが,自主的に退職届を提出すれば退職金の全額または一部を支給する処分である.
 不正行為も非行もないが職務能力に欠ける者の場合,温情により退職を強く促して退職させることがあり,これは依願退職という形をとる.
・懲戒解雇
 刑事罰に問われるような行為をした場合等に最も重い処分として退職金支給なしで解雇する.
 
 上記は一般的な懲戒の内容であるが,自衛隊はどうなのか.
 自衛隊法を参照してみたが,「懲戒」の定義については以下のように簡単に述べられているだけである.
 
-------------------------------------------------------------------------- 
自衛隊法
……
(懲戒処分)
第四十六条 隊員が次の各号のいずれかに該当する場合には、これに対し懲戒処分として、免職、降任、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
二 隊員たるにふさわしくない行為のあつた場合
三 その他この法律若しくは自衛隊員倫理法(平成十一年法律第百三十号)又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合
2 (略)
--------------------------------------------------------------------------

 もう少し詳しくは,航空自衛隊における用語定義には通達があるので以下に示す.那覇基地と入間基地における上記懲戒処分は以下の通達によって行われたはずである.
 
--------------------------------------------------------------------------
「懲戒処分等の基準に関する達」(昭和53年7月10日航空自衛隊達第21号,改正令和2年2月27日航空自衛隊達第4号)
…… 
(懲戒処分等の種別)
第4条 懲戒処分等の種別は、免職、降任、停職、減給、戒告のほか、訓戒及び注意とする。
(懲戒処分等の軽重)
第5条 懲戒処分等の種別の軽重は、前条記載の順序による。
2 降任については、2級下位の階級又は職務の級にくだすもの、停職については当該停職処分の期間が長期のもの、減給については減給率が大きいものを重いとする。
(免職の適用の基準)
第6条 免職は、職務の遂行上特に重大な影響を及ぼす規律違反、特に悪質な刑事事犯に該当する規律違反等、自衛隊に対し著しい不利益を与える規律違反を行つた者に対して適用する。
(降任の適用の基準)
第7条 降任は、免職には該当しないが、これに次いで重大な規律違反で、かつ、違反者の当該階級等に著しくふさわしくない規律違反を行つた者に対して適用する。
(停職の適用の基準)
第8条 停職は、降任以上には該当しないが、重大な規律違反を行つた者に対して適用する。
(減給の適用の基準)
第9条 減給は、停職以上には該当しないが、比較的重大な規律違反を行つた者に対して適用する。
(戒告の適用の基準)
第10条 戒告は、減給以上には該当しないが、比較的軽微な規律違反を行つた者に対して適用する。
(訓戒の適用の基準)
第11条 訓戒は、懲戒処分を行うまでには至らない程度の軽微な規律違反を行つた者に対して適用する。
(注意の適用の基準)
第12条 注意は、訓戒を行うまでには至らないが、不問に付することが適当でない極めて軽微な規律違反を行つた者に対して適用する。
……
第16条 規律違反となるべき行為が、次の各号の一に該当する場合は懲戒処分等を行わない。
(1) 天災地変等不可抗力に基づく場合
(2) 正当防衛の場合
(3) 緊急避難の場合で隊員としての義務に違反しない場合
(4) 心神喪失の場合 (本人の責に帰すべき理由がある場合を除く。)
2 違反者が次の各号の一に該当する場合は、情状をしやく量し懲戒処分等を軽減することができる。
(1) 極めて困難な任務遂行中の場合
(2) 過剰防衛の場合又は過剰避難の場合
(3) 心神耗弱な場合 (本人の責に帰すべき理由がある場合を除く。)
(4) 平素の勤務態度が優良な場合
(5) 自首した場合
(6) 改しゆんの情が顕著である場合
(7) 未遂の場合
(8) その他軽減すべき相当の理由がある場合
--------------------------------------------------------------------------
(上記条文中の文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
 検討に必要な箇所を抜き出すと那覇基地の3等空佐と入間基地の1等空尉は《降任以上には該当しないが、重大な規律違反を行つた者》であるとされ,しかも,入間基地の1等空尉は未遂であり,なおかつ自首したにもかかわらず処分された.<上記第16条2の(5)および(7)による軽減処置>
 当該空尉が,食堂の配膳口でパンとご飯の両方を取ってはいけないことを認識していなかったことが,それほど重大な規律違反なのか.
 その規律違反とは何か.防衛相の自衛隊員倫理審査会が定めた《懲戒処分の基準》に《隊員が、倫理法又は倫理規程に違反した場合、次表の基準により、懲戒処分に付されることとなる》との記載がある.「倫理法」とは自衛隊員倫理法である.
 その表から,停職に相当する行為を抜き出すと以下の通りである.
 
-------------------------------------------------------------------------- 
3 利害関係者から金銭又は物品の贈与を受けること
4 利害関係者から不動産の贈与を受けること
7 利害関係者から無償で不動産の貸付けを受けること
8 利害関係者から無償で役務の提供を受けること
9 利害関係者から未公開株式を譲り受けること
12 利害関係者から海外旅行の接待を受けること
16 利害関係者をして第三者に対し3~15までの違反行為欄に掲げる行為をさせること
18 利害関係者につけ回しをすること
20 補助金や国の経費により作成される書籍等又は作成数の過半数を国が買い入れる書籍等の監修又は編さんに対する報酬を受けること
21 他の隊員が倫理規程に違反する行為によって得た財産上の利益であることを知りながらこれを受け取りまたは享受すること
22 倫理法等違反の疑いのある事実について虚偽の申述をし又は隠ぺいすること
23 部下の倫理法等違反の疑いのある事実を黙認すること
--------------------------------------------------------------------------
 
 以上,那覇基地と入間基地において給食に関して行われた懲戒処分に係る法令と諸規定を列記したが,
 
 上記の法令と諸規定の他に給食に関する通達「給食の実施に関する達」 (昭和44年6月10日航空自衛隊達第24号;改正令和2年1月28日航空自衛隊達第2号) がある.
 この通達は,自衛隊員に食事を支給するための計画と実施方法について述べたものであり,食事を支給される隊員については,以下の箇所を除いてほとんど言及はない.
 
--------------------------------------------------------------------------
第4節 食事の配分等
(食事の配分)
第32条 食事は、通常食堂において各人ごとに直接配分するものとする。ただし、施設の状況その他やむを得ない事情がある場合には、食堂以外の場所において配分し、又はその代表者に一括して配分することができる。
(喫食環境の維持)
第33条 喫食環境の清潔維持及び喫食後の食器の洗浄は、喫食者において行うものとする。ただし、給食実施機関の長は、別に示す予算の範囲内において、当該作業を部外業者等に実施させることができる。
……
(食事代の徴収)
第41条 隊員の有料支給の申込みに係る食事代については、喫食の有無にかかわらず食事代を徴収するものとする。ただし、第19条第2項ただし書の規定により食需伝票の訂正が行われた場合には、この限りではない。
--------------------------------------------------------------------------
 
 以上,最近報道された那覇基地と入間基地における幹部隊員に対する懲戒処分について関係法と規定類を記した.
 しかし,調べた限りにおいて「配膳窓口で一人分を超える食品を手にしたことは規律違反である」とする文章は見当たらない.
 法と規定類に定められているのは,飯をひとよりも多く食おうとした者は処罰するなどという,大のおとなとして情けない話ではなく,例えば汚職をしてはならない,などの自衛隊員の精神性の問題に関することである.
 自衛隊の外の一般企業では,そんな些末なことは口頭で注意することなのである.
 よって那覇基地の3等空佐と入間基地の1等空尉に対する懲戒処分は,根拠となる規定類がないにも関わらず行われた不当なものであることが明らかである.
 従って当該空佐と空尉が,処分を不服として提訴すれば,勝てる可能性が高い.
 
 しかし,だとすれば当該幹部隊員たちが,この侮辱にも等しい理由の停職処分を受け入れたのはなぜかという疑問が残る.
 考えられる事情の一つは,今回の停職処分は,本人たちと基地上層部との取引結果ではないかということだ.
 本当は別件で「免職」または「降任」に相当する重大な規律違反が適用されるのであるが,形式的には不名誉な理由による停職として,彼らに依願退職するよう強く示唆したのではないか.
「納豆を余計に取って食ったので停職」という尋常普通でない人事記録が書かれたのでは,那覇基地の3等空佐はもう今後の昇進は望めないからである.
 入間基地の1等空尉も同じ.
 停職処分を受けた情けない理由は隊内に公表される.従ってこの空佐と空尉は,自衛隊に奉職する限り,これからずっと基地内で隊員たちに嘲笑され続けるだろう.それは,彼らを退職に追い込むのに充分な苦痛だ.
 実は,元自衛官という人物がブログに,自衛隊では停職処分ののちに依願退職というおきまりのコースがあると記している.
 本当かどうかわからぬのでその記事を紹介するのは憚るが,いかにもありそうな話ではある.
 懲戒処分人事は,表面だけ見てもよく理解できないことがある.私がある食品会社の社員だった時,その会社で不祥事を起こしたため,本来なら懲戒解雇のところ温情措置として,一身上の理由による退職にされたと噂された社員がいた.おそらく事実だと思われたが,その社員が退職後,誰も彼の退職のことに触れようとはしなかった.それが会社員社会の慣わしだからである.
 
*********************************************
ウクライナに自由と光あれ
Pics2693_20220307154501
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


 
 

|

« キレの悪いアルコールディスペンサー | トップページ | 読者をナメくさっている Microsoft Start »

新・雑事雑感」カテゴリの記事