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2022年6月 6日 (月)

バカ舌

 私は小学校高学年の頃に,父親にたくあんの漬け方を仕込まれた.
 晩秋,大根が安くなると,大根を二本ずつ束ねて,物干しざおに洗濯もののようにして干す.
 今はどうか知らぬが,昔々の群馬県ではカラっ風が吹く頃になるとアリゾナ砂漠のようなカラカラの低湿度となり,いかなる瑞々しい大根でもたちまち,白雪姫のお話に出てくる老婆が風呂上りに保湿化粧品を使わずに寝てしまった翌朝のように,しなびる.このフニャフニャと曲がる干し大根を,糠と塩で一斗樽に詰め込み,糠漬けを作ってこれが冬のおかず.作る時期をずらしてもう一樽漬け込む.
 大根の他には白菜を塩漬けにした.樽は家の外の物置小屋に置いた.
 上州以北の東日本は冬季の最低気温は氷点下何度という,ネアンデルタール人絶滅的気温だったから,漬け物樽には氷が張った.樽の中の塩水が氷るのは,北極海に氷が張るのと一緒の自然の摂理である.この氷は一日中解けないから,冬の間中,発酵は完全に停止してしまう.
 信州の野沢菜漬けも同じで,厳冬の信濃だからこその名産である.西日本では作れない.
 やがて春の声を聞いてもまだたくあんは古漬けになって樽に残っているから,これは水に漬けて塩抜きし,薄く切って醤油と唐辛子で油炒めにする.一種のキンピラである.
 農水省の役人はモノを知らないから,公式サイトの《うちの郷土料理》に《香川県 たくあんのきんぴら》を掲載している.
 いかにもこれが香川県独自の食品であるかのような記述であるが,阿呆をいうにも程がある.
 これは,郷土料理というには余りにも広範な東日本一帯で親しまれてきたごく普通の家庭料理なのだ.
 よく調べもせずに書くからこんな恥をさらす.まことに情けない.
 
 それはそれとして,地球温暖化のせいであろうか,昨今のように冬の気温が高くなると,糠漬けは発酵が進みすぎてしまう.
 それを避けるためには一年中を通して糠床を冷蔵庫に保管し,毎日か二日に一度は糠床を撹拌して発酵をコントロールしてやらねばならない.
 これが意味するのは,自家製の糠漬けを食べるには宿泊旅行を諦めなければいけないということである.
 出張があるような仕事の人も無理だ.
 こうして家庭から糠床が姿を消したのである.
 いま現在,「糠漬け」と称して市販されている漬物のほとんどは,実は糠漬けではなく調味液に浸漬した野菜である.いかにも糠漬けのように見える漬物が売られているが,あれは調味液に漬けた野菜に糠をまぶした「糠漬け風の漬け物」だ.パッケージのどこにも「糠漬け」とは書かれていない.書いたら表示違反だから,「糠風味」なんて書いてある.
 この種の「糠漬け風の漬け物」は,なぜ調味液 (いわゆる「浅漬けの素」だ) に浸漬する方法で作るか.伝統食品の糠漬けは大量生産に向いていないからである.
 私は幼少時に目撃したことがあるが,まだ業務用の浅漬け用調味料類が使用されるようになる以前は,小さなプールを漬け物樽代わりにして本物の糠漬けを作っていた.作業員は長靴で糠のプールに入り,子供の目には大変な作業のように思われた.
 それが今では,アマゾンにこんな (↓) のが出品されている.
 
20220606b
 
 上の商品の原材料をコピーすれば以下の通りだ.
 
【原材料】塩押しだいこん(九州産)漬け原材料〔糖類(ぶどう糖果糖液糖、砂糖)、食塩、発酵調味料、醸造酢、米ぬか〕/酸味料、調味料(アミノ酸等)、甘味料(アセスルファムK、アスパルテーム・L-フェニルアラニン化合物、ステビア、スクラロース)、酸化防止剤(ビタミンC)、黄色4号
 
塩押しだいこん》とは,干さずに食塩で脱水した大根のこと.
 あとの材料は食品添加物のオン・パレードだ.
 なぜこんなものが製造されたか.
 そもそもの間違いは,年間通してたくあんを製造販売するという点である.
 上の九州たくあんとやらは,夏でも賞味期限90日 (たぶん通販商品が到着してからの日数) だというからもはや頭がおかしいレベルだ.まともに乳酸発酵を維持するように作っても,味の良いのは厳冬期に二ヶ月くらいだ.
 しかるにこの業者はどうしたか.
 たくあんだと偽装して,発酵させない製法を採用したのである.
 一つ一つ説明すると,まず酸味料調味料 (アミノ酸等) (通称「日持ち向上剤) を用いて賞味期限90日を確保する.
 この二つは味を大きく悪化させるので,酸味料の嫌な味を醸造酢でマスクする.
 そして日持ち向上剤の不快な味を多種多量な糖類と発酵調味料で誤魔化す.それにしても,ぶどう糖果糖液糖,砂糖,アセスルファムK,アスパルテーム・L-フェニルアラニン化合物,ステビア,スクラロースの併用は驚きだ.各種甘味料を満載する意図がわからない.テキトーにやっていると思われる.
 最後にお化粧だ.黄色4号で染めて,次にほんのわずかな糠をまぶし付けて,いかにも「糠漬けでございます」という顔をさせる.調味料と食添を含む溶液に浸漬しただけなのに.
 名は体を表す,という.この商品の名称は「手間いらず九州たくあん」で,なるほど,この製造業者は,材料を発酵させる手間をかけていない.
 材料を混ぜただけで自称「たくあん」の一丁上がりだ.バカ舌の消費者を騙すなんざあ朝飯前だとうそぶく業者の顔が見えるようだ.
 情けないことに,アマゾンのレビューを読むと,賞味期限の短いものが送られてきたという低評価レビューはあるが,概ね「美味しい」「間違いのない味」と絶賛販売中だ.間違いだらけの味だというのに.w
 
 ものの味がわからないということは少々困ったことだ.先日のこのブログの記事に,稲垣えみ子さんが《ぬか漬けもチーズも発酵食品だから、目をつぶって食べれば味が大体一緒なの》と書いていることを紹介した.(稲垣さんの書いた記事は東洋経済ONLINE《調味料マニアの私が「塩」しか買わなくなった理由 「砂糖、酢、醤油、味噌」はどうしているのか?》)
 しかし稲垣さんの主張が世の中で通用するなら,
納豆もチーズも発酵食品だから、目をつぶって食べれば味が大体一緒なの
味噌もチーズも発酵食品だから、目をつぶって食べれば味が大体一緒なの
醤油もチーズも発酵食品だから、目をつぶって食べれば味が大体一緒なの
キムチもチーズも発酵食品だから、目をつぶって食べれば味が大体一緒なの
が成立する.しかもこれだけでは済まない.まだまだ山のように例文を作れる.
 私たちは,目をつぶって食べても糠漬けとチーズの味の違いを感じ分けることができる.なぜなら視覚は,食べ物の風味を感じるためにはあまり大きな役割を持っていないからだ.味覚と嗅覚の方がずっと重要だ.従って視覚に障害があっても食事の楽しみはなくならないが,味覚と嗅覚に異常が発生するとQOLが著しく低下する.これは新型コロナウイルス感染症の症状として有名になった.
 けれども稲垣さんは《ぬか漬けもチーズも発酵食品だから、目をつぶって食べれば味が大体一緒なの》と主張している.
 これは,稲垣さんに重度の味覚障害,嗅覚障害があることを示している.彼女は,目をつぶると糠漬けとチーズの食味が区別できなくなるのだ.
 こういう人が糠漬けを作ったりすると,糠床の面倒を見るのに手抜きをしたために異常発酵が生じても気が付かない.
 このような状態では食中毒のリスクもあるので,料理全般をやめたほうがよいと思われる.
「食」について何事か語ることもお止めになったほうがよい.しかしこういう味覚オンチの人が,2018年に著書「もうレシピ本はいらない」で料理レシピ本大賞 in Japan エッセイ賞を受賞している.もう世も末である.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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