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2022年4月 6日 (水)

誰の言葉か知りたい

 ひろゆき氏がツイッターに《ジャーナリストを暗殺して、クリミア併合して、ドンバス戦争に加担してるプーチン氏に投票し続けているロシア人が潔白だと考えるのは無理があると思います》と述べた.ロシアによるウクライナ侵略戦争は,プーチンだけでなくプーチンを支持しているロシア国民にも責任があるということを示した発言だ.
 確かにその通りであると私も思う.
 プーチンは人類史上最悪最凶にして非道の独裁者であるが,その悪魔を生み出し,衆愚的選挙制度によって独裁者にまで育てたのはロシア国民だからである.
 これは,よく知られた箴言「国民はその程度に応じた政府しか持ち得ない」の通りである.核兵器をもてあそんで世界を恫喝するロシア政府は,まことにロシア人に相応しい.(資料;RUSSIA BEYOND日本語版《「死の手」:最恐のロシア核報復システムについての5つの問い》)
 帝政ロシア以来,民主主義の欠片すらも学んでこなかったロシア人の,精神および行動の未熟度に相応しい独裁権力者として,プーチンは君臨しているのだ.
 
 ところで「国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」を引用した文章をよく見かける.誰でも一度は目にしたことがあるのではないか.
 あまりに一般的にに流布しているせいで,大学入試の国語問題に出てきそうなくらいだ.
 ところが,この箴言の出典を問われると,「実は知らない」と困惑する人が多い.
 
「レファレンス協同データベース」は,国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している,調べ物のためのデータベースだ.
 例えば,あるデータベース利用者が《「国民はその程度に応じた政府をもつ」というような意味の言葉を述べたのはどこの国の誰だろう》と考えたとする.すると,データベース参加機関から回答が得られることがあるという仕組みだ.
 この質問は実際にあって,質問と回答 (文字を着色した) は以下の通りである.(不要部分を省略し,**** で引用箇所を括って示す)
 
*****************************************
【提供館】     埼玉県立久喜図書館
【事例作成日】   1995/09/26
【登録日時】    2005年02月11日02時41分
【更新日時】    2009年10月30日11時54分

【質問】 「国民はその程度に応じた政府をもつ」というような意味の言葉を述べたのは、どこの国の誰か。
【回答】 『世界名言事典』p460より、J・S・ミル(J.S.Mill:イギリス)「国家の価値は結局、それを構成する個人個人のそれである」。
     『世界引用句事典』p251より、ダニエル・ウェブスター(アメリカ)「人民の政府は、…人民に適応するようにつくられる」。
     以上、2人の言葉を紹介する。
【回答プロセス】
 『世界名言事典』p460には「国家の価値は結局、それを構成する個人個人のそれである」(J.S.Mill)とあり。
 『東西名言辞典』『英語名句事典』に同内容のものあり。
 『世界引用句事典』p251には「人民の政府は、…人民に適応するようにつくられる」(ダニエル・ウェブスター)とある。
【事前調査事項】
【NDC】  人生訓.教訓 (159 9版)
      政治学.政治思想 (311 9版)
【参考資料】
 『世界名言事典』(明治書院 1988)
 『東西名言辞典』(東京堂出版 1983)
 『英語名句事典』(大修館書店 1984)
 『世界引用句事典』(明治書院 1979)
【キーワード】
  格言
  Mill Stuart John (ミル スチュアート ジョン)
  Webster Daniel (ウェブスター ダニエル)
  イギリス
  アメリカ合衆国
  政治学史
*****************************************
 さて,埼玉県立久喜図書館から提供されたこの回答は正しいか.
 実は誤りなのである.w
 普通の人はここで「埼玉県立図書館の人が言うんだから,きっとそうよねー」と思考停止してしまい,「国民はその程度に応じた政府しかもちえない」は J.S.Mill か D.Webstar とかいう人の言葉なのねと思い込んでしまうだろう.
 ではまず高校生でも名前だけは知っている J.S. Mill の言葉から検討してみる.
 この言葉が載っているという『世界名言事典』は既に絶版であり,国会図書館と限られた公共図書館にしか蔵書がない.しかも国会図書館は著作権の制限からデジタル公開に応じていない.つまり閲覧するために東京まで行かねばならない.さればとて,古書を購入しようにも流通は僅かしかなく,価格も高い.
 しかも,この手の本は「本は本から作られる」の喩えの通り,著者が出典を読んでいないのが普通で,孫引きして作られるから出典が書かれていないことも普通だから,何千円も出してハズレ本だったりすると泣くに泣けない.
 さあそこでウェブ検索の出番だ.
 埼玉県立図書館が「国民はその程度に応じた政府をもつ」の類句として挙げている J.S.Mill の「国家の価値は結局、それを構成する個人個人のそれである」の原文は簡単に調べがつく.
The worth of the state, in the long run, is the worth of the individuals composing it.”がそれで,J.S.Mill の著書“ON LIBERTY”(1859) 中に書かれている.翻訳書『自由論』には光文社古典新訳文庫 (新訳) と岩波文庫 (新訳) がある.
 この英文を読めば,Mill の言葉は「国民はその程度に応じた政府をもつ」とは似ても似つかぬものであることがわかる.
 Mill は政府のことなんか全く言っていないのである.Mill が説いているのは The worth of state なのだ.
 すなわち The worth of state「国家の価値」にも色々な切り口があるだろうが,例えば人類全体に対する文化的業績という面から,ノーベル賞を取り上げてみよう.
 まず自由主義諸国のうち米国は,米国籍取得者を含む受賞者総数は387人である.これからインチキ臭い平和賞を除けば,科学と文学分野の実質的な受賞者は374人である.
 以下,同様に平和賞を除き,他国からの国籍取得者を含めて
 英国は   115人
 ドイツは  81人
 フランス  52人
 イタリア  15人
 カナダ   16人
 日本    24人
である.
 次に今世紀における悪の枢軸国の中でロシアはどうか.平和賞を除く実質的受賞者はわずか十九人であり,しかもその中にはウクライナ人の免疫学者であるイリヤ・メチニコフと,ソ連政府から弾圧を受けた反体制作家のボリス・パステルナーク (『ドクトル・ジバゴ』の作者として名高い) を含む.その一方で,反体制作家として出発しておきながら後に 呆けて ロシア君主制の復活を望むようになり,晩年はとうとうプーチンの賛美者となった 変節野郎のスターリニスト アレクサンドル・ソルジェニーツィンも文学賞受賞者であることも記しておかねばなるまい.
 悪の枢軸の殺人鬼であるプーチンを支えるボスの中国は,ノーベル賞受賞者は平和賞を除いてたった二人である.しかも,一人しかいない平和賞受賞者の人権活動家である劉暁波を,習近平は投獄し,獄中死させた.
 習近平とプーチンの密かな仲間であるインドは,中国とどっこいどっこいの四人だ.
 以上のデータと,各国の核弾頭保有数 (作戦配備と貯蔵の合計;長崎大学核兵器廃絶研究センターの資料による) を表にしてみる.
 
 国名   ノーベル賞受賞者 核弾頭保有数  人口
 米国       374人     3800    33290万人 
 英国       115人      225    6820万人
 ドイツ      81人     -      8390万人
 フランス     52人      290    6540万人
 イタリア     15人     -      6040万人
 カナダ      16人     -      3810万人
 日本       24人     -      12610万人
 ロシア      19人     4495    14590万人
 中国        2人      350   144420万人
 インド       4人      160   139340万人
 
 もう一目瞭然とはこのことである.悪の枢軸国のノーベル賞受賞者は,人口当たりに換算すると惨憺たる有様である.
 かように自由主義諸国の国民は,共通の価値観のもとに人類の文化に貢献してきたが,悪の枢軸三国の国民は,頭は馬鹿で核兵器という暴力だけが関心事なのだ.この三国の国民には,個々人の能力才能を持って人類に貢献しようという高潔な精神がないのである.あるのは領土的野心だけだ.
 もしもこの悪の枢軸三国がこの世になければ,自由主義諸国は不要になった軍事費をアフリカ諸国の人々の福祉に振り向けるだろう.
 地球温暖化対策も進めるだろう.何よりも人類全体のために.
 これは,大金持ちの中国が,世界制覇を目的として発展途上国を借金漬けにし,世界中に貧困と戦乱を押し拡げているのと大違いである.(これを「債務のワナ」という;Wikipedia【借金漬け外交】)
 つまりJ.S.Mill 言葉「国家の価値は結局,それを構成する個人個人のそれである」は,嬉々として非戦闘員を拷問して惨殺し略奪し女性を凌辱するロシア兵のように,国民が人としてクズならば,そのクズどもの国は人類にとって無価値であるという事実を指しているのである.政府がどうのこうのという矮小な話ではない.従って埼玉県立図書館の回答は的外れなのだ.
 
 では次に D.Webster (ダニエル・ウェブスター,1782年1月18日 - 1852年10月24日) の言葉「人民の政府は,人民のためにつくられ,人民によってつくられ,人民に適応するようにつくられる」を検討してみる.
 D.Webster はアメリカ南北戦争 (1861年 - 1865年) の前に上院議員と国務長官を務めた政治家である.と聞けば,この言葉から,Abraham Lincoln (エイブラハム・リンカーン,1809年2月12日 - 1865年4月15日) が1863年11月19日に,国立戦没者墓地で行ったゲティスバーグ演説の中の一節“government of the people, by the people, for the people”を想起するのは容易だ.
 残念ながら,D.Webster の言葉「人民の政府は……」が書かれているのは著書『経済と社会』であることまで判明しているのだが,原著は国内では入手不能と思われ,原文の文脈を確認できていない.
 ただ,ゲティスバーグ演説との類似性からすれば,「人民の政府」が米連邦政府を指す定型表現であることは明らかで,D.Webster のこの言葉は米国人の連邦政府観を示しているのである.
 だとすればこれまた,一般論を述べている「国民はその程度に応じた政府をもつ」と,D.Webster の「人民の政府は……」とは関係がない.
 以上を要約するに,埼玉県立図書館は,誤情報を提供したのである.
 そして実際に,この誤情報を信じ込んでしまった複数のブロガーが存在する.レファレンス協同データベースという公的機関を使って誤情報を流した埼玉県立図書館の責任は重いと言わざるを得ない.
 
 では,「国民はその程度に応じた政府を持つ」は,本当は誰の言葉なのか.
 松下幸之助が創設した月刊誌『PHP』には,
国民が政治を嘲笑しているあいだは嘲笑に値する政治しか行なわれない
民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しかもちえない
という二つの言葉が毎号掲載されていた.
「国民はその程度に応じた政府を持つ」は,後者から「民主主義国家においては」が欠落して流布したものである.
 このことについては,谷口全平氏 (元PHP研究所取締役,現客員) が,松下幸之助.com《国民はみずからの程度に応じた政治しかもちえない――松下幸之助の政治観 (4)》に次のように記している.
 
しかし、そうした議会の姿を見て誰に投票すべきかを判断し、良識ある国会議員を送り出すのは、民主主義のもとでは結局は国民である。かつて松下幸之助は、『PHP』誌に、「国民が政治を嘲笑しているあいだは嘲笑い値する政治しか行なわれない」「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しかもちえない」という二つの言葉を毎号掲載し、国民一人ひとりがもっと自分のこととして政治に関心を寄せなければならないと呼びかけたが、家庭においても学校においても政治の大切さを啓発するとともに、何が正しいか、何が国民全体にとって利益となるのかを見極める眼を育てる教育が大切だと訴えたのである。
 松下幸之助は、党利党略にとらわれ、いたずらに空転を重ねる国会の姿に憤りを感じながら、二十一世紀の日本においては、政治の基本理念が確立し、政治家と国民の政治的良識がさらに高まり、国民全体が活き活きと活動している、そのような姿を頭に描き、その実現を、文字どおり祈るような思いで願っていたのである。》(引用文中の文字の着色は当ブログの筆者が行った)
 
 かつて,『PHP』はそれなりの発行部数を持ち,図書館には必ず置かれていた雑誌である.
 しかるに図書館員が『PHP』に目を通したことがないという事実に,あらためて私は「昭和は遠くなりにけり」の感を深くした.
 ちなみに,「昭和は遠くなりにけり」の元になった本来の言葉の全文を即答できるあなたは苔むした年寄りです.w
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)

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