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2022年4月21日 (木)

経営者が違法行為を (一)

 たまたまテレビをオンにしたら,《ゴゴスマ》で女性のコメンテーターが,例の吉野家の伊東正明常務取締役 (吉野家ホールディングスでは取締役ではなく執行役員) 解任の話題で私見を述べていた.
 彼女は「この人,会社でいつもこういうことを言ってたのじゃないですか?」と言ったのだが,私もそう思う.
 株式会社吉野家 (株式会社吉野家ホールディングスの100%子会社) の取締役たちは「伊東常務,次の取締役会で,例の生娘シャブ漬け戦略について詳しい説明をお願いしますよ,わははは」てなことを言ってたんじゃなかろうか.
 伊東常務解任の手続きが速やかだったところをみると,持株会社である株式会社吉野家ホールディングスのガバナンスは正常のようだが,事業会社である株式会社吉野家のほうは取締役会が腐っていた可能性がある.
《ゴゴスマ》MCである石井亮次は,女性コメンテーターが吉野家を批判するのに対して,悪いのは伊東常務だけであると,何の根拠もなく力説した.
 石井は吉野家の牛丼が好きで,無性に食べたくなるときがあると述べたが,そんな理由でコンプライアンス的に評価が地に落ちた吉野家を懸命に擁護するのは馬鹿である.前から知的レベルが低すぎると思っていたが,やはりそうだったか.
 それはともかく,株式会社吉野家は《当社役員の不適切発言についてのお詫び》(2022年4月18日) の中で次の通り述べている.
 
【吉野家のコンプライアンス教育について】
 コンプライアンス教育ツールとして、社員にはコンプライアンス・ガイドを、店舗にはコンプライアンスハンドブックを配布して、現場での知識教育、実践活動を推進し、職場全体へのコンプライアンス浸透に努めています。 グループで開催する階層別研修においては、コンプライアンスをカリキュラムに組み入れ、「経営理念」、「コンプライアンス」の重要性の理解を深め、日常業務においてのコンプライアンス実践について学んでいます。 特に「食の安全・安心」については、最重要課題と認識し、全従業員で基準、マニュアル、ガイドを徹底遵守し、日々サービスの提供に取り組んでいます。
 
 一読してわかることは,株式会社吉野家の経営者は,従業員にはコンプライアンス遵守を求めるが,経営者 (取締役) 自身のコンプライアンス教育については全く何もしていないということだ.
 コンプライアンス経営の頂点に立つべき経営者に,コンプライアンス意識がなかったという吉野家の逆説.
 伊東常務の「生娘シャブ漬け戦略」は,こうして生まれるべくして生まれたのである.
《ゴゴスマ》で女性コメンテーターが述べた「この人,会社でいつもこういうことを言ってたのじゃないですか?」は,正鵠を射ていたのである.
 
 実は私が長年勤めた会社もそうであった.
 もう一昔前のことになってしまったので,時効のような話をする.
 私はホーネンコーポレーションという食品会社にいた.この会社は業界再編成の動きの中で消滅して今はない.消滅したあと,その流れを汲む会社に私は移籍して定年まで勤めたし,会社自体は今も存続しているが,現在の経営陣は全く別の企業から来た人たちである.従って企業風土というか社風というか,会社の体質は昔とは完全に異なっている.
 そういう前提の上で,話は,ホーネンコーポレーションの最期の社長であり,社長のあとに会長に就いた嶋雅二という男がやった企業犯罪のことである.
 
 ことは昭和六十二年 (1987年) に始まる.
 この時はまだ社名は豊年製油といった.社名を変更したのは二年後の昭和六十四年 (1989年) である.
 この年,豊年製油の油脂営業部門は,中国から落花生油 (荷姿はドラム缶) を輸入し,小容量の瓶 (最近ではオリーブ油が小容量の瓶で販売されているが,それと似た大きさの瓶であった) に小分け充填して販売することにした.
 油脂業界では常識だが,中国製の落花生油は,アフラトキシン (カビが作る発がん性猛毒;Wikipedia【アフラトキシン】) に汚染されている可能性がある.そのため通常は,輸入者は中国から輸出される前にサンプルを取り寄せ,アフラトキシンが食品衛生法の規制値以下であることを確認し,それから現地で輸出手続きを行う.
 ところが,そんな基礎知識のない豊年製油の営業部門は,技術部門に相談なく勝手に輸入して販売してしまった.
 
 さて販売開始後,食品業界最大手の企業A社の技術部門から,豊年製油の技術部門 (以下「技術部」とする) に内密の情報がもたらされた.
 A社の研究所の研究員がアフラトキシンの新しい分析法を開発したので,試みにスーパー店頭で食品を買い集めて分析してみたところ,豊年製油の落花生油からアフラトキシンが検出されたというのである.
 ついては,A社が開発したアフラトキシン分析法のプロトコル (分析法の手順書) を提供するので,豊年製油自身で確かめることを強く勧めるとのことだった.
 このA社からの忠告を受けたのは技術部のI課長だった.製品の分析は本来は製造部門の検査課という部署の業務であるが,I課長は,A社のプロトコルは検査課の手に余ると判断し,研究所にいた私のところに,分析法プロトコルとサンプルを持って,相談を持ち掛けてきた.当時,私の専門は微量有機化学物質の分析だったからである.
 そこでプロトコルを読んでみると,A社が開発した分析法は高速液体クロマトグラフ法 (参考資料;高速液体クロマトグラフの原理と応用) であった.当時の食品衛生法でアフラトキシンの公定法に採用されていたのは,薄層クロマトグラフィー法だった.
 日本では昭和四十六年に,すべての食品に対してアフラトキシンB1の規制値(10μg/kg)が設定された.この当時の分析法は「シリカゲルカラムにより精製した検液を薄層クロマト用プレートにスポットして展開後,紫外線灯下で薄層クロマトグラムを確認する時,アフラトキシンB1を検出してはならない」という方法であった.この方法の検出限界が10μg/kgであることから,アフラトキシンB1の規制値が10μg/kgとされた.しかし平成二十三年十月一日,食品中に含有されるアフラトキシンの規制が変更され「食品中の総アフラトキシン (アフラトキシンB1,B2,G1及びG2の総和) は10μg/kgを超えないこと」となった.
 総アフラトキシンで規制することになったのは,高速液体クロマトグラフ法の発展による.これにより,アフラトキシンB1以外のアフラトキシンによる食品汚染を見逃さずに検出できるようになった.
 それが平成二十三年のことだから,昭和六十二年にA社から豊年製油に提供された分析法は非常に先進的なものだった.
 私は検査試料の調整方法に多少の変更を加えたが,翌日には豊年製落花生油のアフラトキシン含有量が明らかになった.
 それは規制値の数百倍という,とんでもない値であった.
 この件は私にとってはスポツト的な依頼であったので,分析結果をI課長に連絡したあと,自分の研究テーマに戻った.
 
 暫くして,I課長と話をする機会があったので,「あの落花生油,どうなりました?」と訊いてみた.
 するとI課長は苦々しい顔で「あの件は,販売を継続することになったと営業から聞いた」と言った.
 驚いた私が事情を訊くと,関西地方の店頭から商品をすべて回収し,それを関東地方で売りさばくというのが営業部門の決定だった.
 なぜ関西で製品回収するかというと,灘神戸生協 (現コープこうべ) が,食品の安全性について店頭商品買い上げ調査をすることがあるので,アフラトキシン汚染がバレる可能性が高いためだという.
 私は驚いたが,豊年製油は一に営業,二に営業,三四がなくて五に製造という社風の会社で,技術者が「それは法律違反です」と言っても聞き入れられるような会社ではなかった.当時の日本社会はコンプライアンスの「コ」の字もなかった時代で,また内部告発という言葉もまだなかった.「それは法律違反です」と書いたが,これは食品衛生法違反などではない.歴とした業務上傷害罪に問われる企業犯罪である.だがI課長と私は,見て見ぬフリをするしかなかった.
 
 この事件,というか企業犯罪で事は終わらなかった.私とアフラトキシンの縁には次があったのである.
 
[(二)に続く]
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)



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