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2022年4月25日 (月)

経営者が違法行為を (二)

[(一) からの続き]
 
 豊年製油の油脂部門が,アフラトキシンに汚染された中国産落花生油を首都圏で秘密裏に販売した翌年,昭和六十三年の秋のこと.
 清水市 (現静岡市) にあった豊年製油の主力工場にはコーンスターチ製造部門があった.
 コーンスターチの原料となるトウモロコシは米国から輸入していた.
 米国のトウモロコシは,コーンベルトと呼ばれる広大な穀倉地帯で栽培されている.州としてはアイオワ州,イリノイ州,ネブラスカ州,ミネソタ州あたりである.(Wikipedia【コーンベルト】)
 昭和六十三年の米国は,トウモロコシの収穫時期に多雨となり,コーンベルトからミシシッピー川下流の港から穀物輸送船に積み込まれるまでの間にトウモロコシが雨に濡れてしまうということが生じた.
 そして出航後,日本の清水港へ向かう穀物輸送船から,太平洋運航中に「積み荷のトウモロコシにカビが発生した」との連絡が会社に入った.カビとはアスペルギルス・フラブス (Aspergillus flavus) である.
 船が工場に隣接した施設に着岸したとき,ただちに工場のコーンスターチ担当のY課長が船倉に入ってみたところ,確かにカビが発生していた.
 この報告が本社のコーンスターチ部門に入り,担当役員であった嶋雅二専務 (後に社長) は腹心のT課長にどうすべきかと訊ねた.
 一般に輸送中にダメージを受けた穀物は廃棄されるが,生じた損害には保険が掛けられている.しかし原料代の損失はそれで補填されるとしても,次の原料が入って来るまで工場の運転が止まってしまうのは一大事である.
 そこでTは一計を案じた.
 
 海外から輸入される食品等 (穀類,豆類,野菜,果実,種実類) は,輸送船から降ろす前に,農水省植物防疫所 (通称は「植防」) で植物防疫法に基づく検査を受ける.その後,厚労省検疫所で食品衛生法に基づく検査を受ける.これが済むと財務省税関で関税法に基づく手続きを行い,すべて終了すると荷揚げして国内貨物として流通することになる.(参考資料;小樽検疫所《食品等が輸入されるまでの流れ》)
 
 Tが思いついたのは,船倉のカビたトウモロコシから,カビていないトウモロコシの粒を選び出し,それを植防の検査にまわせばいい,ということだった.
 とんでもないことを思いつくものだ.単なる密輸どころか,発がん性毒物の密輸である.
 Tは後にまた別の密輸を行うのだが,それは後述する.
 さてアイデアはできたが,Tには具体的な方法がわからない.そこで研究所長のK (Tが研究員だった時の元上司) に相談した.
 するとK所長は,私 σ(--) にやらせればいいと言った.私がアフラトキシンの微量分析をできることを知っていたからである.
 早速TとK所長は,工場のY課長に指示して,船艙 (船倉) に入らせた.Y課長は防塵マスクを着用して中に入り,肉眼ではカビていないように見える箇所からトウモロコシの粒をサンプリングした.そしてすぐ車に積んで高速を走り,研究所の私の研究室に運んできた.
 K所長は私に「事情があって,このトウモロコシからアフラトキシン汚染されていない粒を選んで欲しい」と言った.
 まさか植防の検査用試料だと思わなかった私は部下たちを総動員し,ルーペを使用して,カビの小さな斑点が全く見当たらないトウモロコシを選別してもらった.
 次にこれを10の均等重量画分に分けた.この画分それぞれからランダムにサンプリングしたトウモロコシの粒を粉砕し,有機溶媒可溶性物質を抽出した.(方法;国立国際医療研究センター《14.Bligh & Dyer法》)
 次に,アフラトキシンを含むクロロホルム抽出液を減圧下に濃縮し,残渣をアセトニトリルに溶かし,逆相の高速液体クロマトに供した.高速液体クロマトグラフィの条件は,その前年にA社から提供された分析手順に従った.
 現在の公定法 (厚生労働省・食安発0816第2号「総アフラトキシンの試験法について」) に比べると,アフラトキシン類の分離が不充分で洗練されていないが,トウモロコシの場合はアフラトキシンB1が主たるカビ毒素なので,これで充分であった.
 
 アフラトキシンに汚染されたトウモロコシの粒は,10個の画分に均等に存在しているわけではない.二項分布している.
 これは言い換えると,10個の画分それぞれに含まれるアフラトキシンの量は,二項分布していることになる.
 そこで,二項分布の山の部分に相当する画分 (アフラトキシンを多く含む画分) を排除したのち,残りの画分を混合し,再び10個の画分に分ける.
 この10画分中でも,含まれるアフラトキシンの量は,二項分布している.
 従ってこの操作を繰り返すと,試料トウモロコシ全体から,アフラトキシンを排除していくことができる.そして二項分布の裾の部分におけるアフラトキシン濃度は減少していく.
 
 部下たちが帰宅したのちは,私が一人で分析を行い,徹夜となった.
 そして明け方になって,当時の公定分析法 (薄層クロマト法) ではアフラトキシンは検出されない画分を調製することができた.
 Y課長には朝一番で来てくれと言ってあったから,約束通り,調製した試料を渡すことができたのである.
 
 こうして,私はT課長とK所長に謀られて,自覚することなく密輸の片棒を担がされた.
 これだけであったなら,私はそのまま何も知らずにその後を過ごしていったかも知れない.
 だが,そうはならなかった.年内に再び同じことが起きたのである.
 
[(三) へ続く]
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)


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